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東京高等裁判所 平成9年(う)1945号 判決 2000年3月31日

判決目次

主文

理由

第一 本件事案の概要

3 原判決の認定した「罪となるべき 事実」の要旨

第二 控訴趣意書中、絶対的控訴理由(審判の請求を受けない事件について判決をした違法)の主張について

第三 控訴趣意中、事実誤認等の主張について

一 本件の経緯・経過

1~25

二 B及びCの原審証言の信用性 について

(一) Bの原審証言の概要

(二) Cの原審証言の概要

(三) Eメモ及びDメモの概要

3 新会社構想―蛇の目独自路線と七・七・三構想をめぐる思惑に関して

4 本件三〇〇億円の融資決定の契機、理由に関して

5 本件三〇〇億円の融資は九六六億円の債務の肩代り、新会社による被告人保有株の引取りの「呼び水」かに関して

6 八月一日パレスホテルにおける被告人の言動に関して

7 八月一日ニューオータニにおける被告人の言動に関して

8 八月四日の被告人の脅迫的言動―ヒットマンなどに関して

9 八月七日の蛇の目の一〇億円の支出及び八月八日の臨時取締役会の決議に関して

10 B及びCの原審証言の内容から見た信用性

11 B、Cの原審証言とEメモ、Dメモその他の関係証拠について

(一)

(二) A念書付きの蛇の目株売却に関して

(三) 株の売却先、売却株数、売却後の懸念等に関して

(四) 蛇の目株の売却話の真実味に関して

(五) Qの介在、担保提供に関して

(六) Eメモ、Dメモに関して

12 B、Cの原審証言とA念書について

13 B、Cの原審証言の信用性についての総括

三 A、D、E等の原審証言等関係証拠の信用性について

2 Aの検察官調書及び原審証言の信用性について

3 D及びEの原審証言の信用性について

4 Nの原審証言の信用性について

5 その他の関係者の原審証言の信用性について

四 被告人の供述の信用性について

2 Gマターに関して

3 「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」に関して

4 岩間カントリークラブ会員権購入に関して

5 狂言芝居に関して

6 A念書の作成経緯、目的に関して

7 担保提供と返済意思の点について

8 被告人の弁解供述の信用性についての総括

五 本件恐喝罪の成否に関する個別的事項について

1 2 資金繰りの逼迫状況、動機を争う所論について

3 恐喝の構成要件該当性を争うその余の主張等について

六 結論

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、主任弁護人石丸俊彦、弁護人奥田保、同吉井文夫、同淺井洋、同仁平正夫、同三宅裕及び同吉木徹が連名で提出した控訴趣意書、同補充書、同補充書第二分冊及び同補充書第三分冊各記載(ただし、石丸主任弁護人作成の控訴趣意書訂正書並びに当審第一回公判における淺井弁護人による付加陳述部分及び当審第二回公判における石丸主任弁護人による訂正陳述部分を含む。)のとおりであり、これに対する答弁は、検察官山下永壽が提出した答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一本件事案の概要

一  本件は、株式会社Iの代表取締役であった被告人が、高値買取り等を企図して、同社若しくは被告人名義で、蛇の目ミシン工業株式会社(以下「蛇の目」という。)の株を大量に買い付けていたが、平成元年七月二九日ころから同年八月一一日ころまでの間に(以下「本件当時」ともいう。なお、以下において、年を記さないものは、いずれも平成元年である。)、蛇の目のA社長、B副社長、C専務取締役に対し、保有株を暴力団筋に売却するなどと言って脅迫し、同人らを畏怖させて、蛇の目から融資金名下に合計二九六億七四〇六万八四九四円(以下、これを「本件三〇〇億円」ともいう。)を喝取した、として起訴された事案である。

二1  被告人は、捜査段階の当初から、本件三〇〇億円は、正当な融資金として交付されたものであるなどとして、恐喝罪の成立を争い、無罪を主張しており、右三〇〇億円がどのような経緯、経過で、どのような性質のものとしてIに渡ったものであるかが、本件の最大の争点であり、証拠上は、本件に最も深くかつ全般的に係わったB及びCの原審証言の信用性、そして、右証言を裏付けるべきA、D、Eら関係者の証言等の信用性と、これらの証拠に相対する被告人の供述の信用性の判断の如何が、本件の帰趨を左右する関係にある。

2  原判決は、B、Cの原審証言が、A、D、Eら関係者の原審証言等や、Eメモ、Dメモ等の関係証拠によって裏付けられているとして、これらの信用性を肯定し、無罪を主張する被告人の供述弁解そして原審弁護人らの主張を排斥して、被告人に対して懲役七年(原審未決勾留日数中二一〇日算入、求刑・懲役一〇年)の有罪判決を言い渡したものであるが、原判決が認定した「罪となるべき事実」の要旨は、次のとおりである。

3  原判決の認定した「罪となるべき事実」の要旨

被告人は、被告人あるいはI名義で大量に買い付けた蛇の目株の高値買取り等をA社長及びB副社長らに要求していたところ、Iの資金繰りに窮したことなどから、Iが株式会社Kに対して借入金九六六億円の担保として提供していた蛇の目株一七四〇万株に関して、A社長からA念書を徴したことを奇貨として、蛇の目から融資金名下に金員を喝取しようと企て、平成元年七月二九日ころから同年八月一日ころまでの間、数回にわたり、蛇の目本社等において、A社長、B副社長及びC専務に対し、「社長の念書は、金額が入っていないし、株に念書をつけて売ると高く売れるな。大変なことになるな。」「株を処分されるのが嫌ならそっちで九六六億円準備しろ。」「そちらで用意できないなら俺の方で金を作る。俺の株は全部よそへ渡る。新大株主はOだ。新大株主は蛇の目だけでなく埼玉銀行にも駆け上がっていく。えらいことになったな。」などと申し向け、B副社長らから右株式の売却を翻意してもらいたい旨懇願されるや、「これを断るにはやはり金が要る。今度用意した金は危ないところから無理して作った。金利トイチで計算する分もある。それに先方には儲け話ということですっかり期待を持たせてしまった。蛇の目や埼玉銀行なんて貯金箱みたいなもんだと言って、幾らでも高く引き取らせることができるつもりになっている。この件をキャンセルするということになると、自分も資金の手当てが必要になってくる。それやこれやで三〇〇億円をそっちで用意してくれ。」などと申し向けて三〇〇億円の交付を要求し、さらに、同月四日ころ、蛇の目本社において、右要求に対して明確な態度を示さないでいるB副会長やC専務に対し、「三〇〇億円の件はどうなっているのだ。俺の方は相当の覚悟で、身体を張っているのに一向に話がまとまらないのはどういうわけだ。先方は腹を立てている。Cは俺と仲間割れして俺の足を引っ張っていると疑われているぞ。蛇の目がこの話をぶち壊しているんでBも駄目だと大変怒っている。気を付けたほうがいい。狙われるとすると俺、B、Cの順かな。大坂からヒットマンが二人来ている。」などと申し向け、Oが被告人とも親交が深い暴力団Pの関係会社であることを承知しているB副社長らをして、右三〇〇億円交付の要求に応じなければ、蛇の目株一七四〇万株がA念書付きで売却され、蛇の目に暴力団関係者が介入してくるような事態に陥り、同社の業務に支障が生じて甚大な損害を加えられるばかりか、同社並びに同社のメインバンクでありA社長及びB副社長の出身母体である埼玉銀行(当時、以下同じ)の信用が著しく失墜させられ、さらに、B副社長らの生命、身体に危害を加えられかねないものと畏怖させ、その結果、蛇の目の計算において、住友銀行新宿新都心支店のIの当座預金口座に、同月一〇日、一四八億三五四五万二〇五五円を、同月一一日、一四八億三八六一万六四三九円をそれぞれ振り込ませ、もって、蛇の目から融資金名下に合計二九六億七四〇六万八四九四円を喝取したものである。

三  本件控訴趣意は、審判の請求を受けない事件について判決をした違法がある旨の絶対的控訴理由の主張と真実誤認等の主張である。以下順次検討する。

第二控訴趣意書中、絶対的控訴理由(審判の請求を受けない事件について判決をした違法)の主張について

論旨は、原判決が、「争点に対する判断」第四の三2(弁護人の主張の意味等、一四二頁以下)において、被告人は本件当時蛇の目の取締役でもあったのであり、仮に、弁護人の狂言芝居等の主張が容れられるとしても、被告人(I)による本件三〇〇億円の取得に関しては、特別背任罪が成立するものと思われるし、蛇の目の実質的損害はなく、埼玉銀行が本件三〇〇億円の実質的負担者であると見るとしても、埼玉銀行を被害者とする詐欺罪が成立するということになる、これらの特別背任罪も詐欺罪も、被告人による本件三〇〇億円の取得を基本的事実とするものであるから、本件恐喝の訴因と公訴事実の同一性があることは明白であって、裁判所としては、仮に弁護人の主張の大半に理由があるものとの心証に達したとしても、検察官に右特別背任罪等の予備的訴因の追加を勧告ないし命令することなしに、被告人に無罪を言い渡すことはできないと解される旨説示しているのは、訴因の単一性を超えて公訴事実の同一性がない事実を認定したか、訴因の変更がないのに、明らかに訴因として構成されていない詐欺罪と特別背任罪の事実についても認定し、有罪としたものであって、適正手続に反して不意打ちを行い、最高裁昭和二五年六月八日決定・刑集四巻六号九七二頁、最高裁昭和二九年八月二〇日判決・刑集八巻八号一二四九頁に反し、刑訴法三七八条三号後段の「審判の請求を受けない事件」について判決をした違法があり、原判決は破棄を免れない、というのである。

しかしながら、原判決が認定判示した「罪となるべき事実」と、本件起訴状記載の公訴事実を対比すると、原判決は、右公訴事実にそう訴因とされた恐喝の事実を認定したものであって、原審記録からうかがわれる原審における審理経過に徴しても、所論のいうように詐欺及び特別背任の事実を審判の対象として認定し、判決したものでないことは明白である。

所論にかんがみ、若干補足すると、所論の指摘する原判決の右説示部分は、仮定論として、原審弁護人の主張するとおりの事実が認められるとしても、訴因が変更されれば、特別背任罪や詐欺罪が成立することになるから、直ちに無罪を言い渡すことができない関係にあることを述べたに止まるものであって、特別背任罪や詐欺罪に該当する事実を認定摘示し、これに対する適条を示しているわけではない。したがって、原判決が詐欺罪と特別背任罪の事実を認定し、その罪名をもって処断しているということはできないから、所論はその前提を欠くというほかない。

なお、原判決が判例に反するとして所論の引用する最高裁判例は、右に見たところから明らかなように、本件とは前提事実を異にするものであって、本件に適切ではなく、所論の論拠とならない。

論旨は理由がない。

第三控訴趣意中、事実誤認等の主張について

論旨は、憲法違反や判例違反等に言及するところもあるが、結局は事実誤認の主張に帰するもので、要するに、原判決は、B及びCの原審証言等を証拠として採用し、被告人の弁解供述を排斥して、被告人の本件行為について恐喝罪が成立するものと認定したが、B及びCの原審各証言は信用できず、他に恐喝罪を認定するに足りる証拠を欠いている上、その認定を合理的に疑うに足る他の事実が存在するにもかかわらず、これらの重要な事実を誤認して否定したり、あえて言及せずにその客観的な評価を意識的に避け、あるいは無視し、事実を誤認したものであって、本件については「疑わしきは被告人の利益に」の大原則に則り、無罪の言渡しをすべきである、というのである。

しかしながら、所論(当審における弁論を含む。)にかんがみ、原審記録及び証拠物を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せ検討してみても、原判決の証拠判断、取捨選択、そしてこれに基づく基本的な事実認定は、優に肯認することができ、原判決に所論の主張する判決に影響を及ぼすような事実誤認等の誤りがあるとは認められない。以下、その理由を、所論に即し、B、Cの原審証言の信用性を中心に、他の関係者らの原審証言や、Eメモ、Dメモ等の関係証拠のほか、被告人の弁解供述とも対比しつつ、主要な点について説明することとする。

一  本件の経緯・経過

所論は、本件の事実関係、証拠関係のほぼ全般に及ぶ多岐にわたる詳細なものであるが、その個々の論点に対する判断に先立ち、本件の経緯・経過について見ると、被告人と蛇の目側等との交渉、本件三〇〇億円交付に至る状況等の客観的事実関係について、原判決が認定判示しているところは、原判決挙示の関係証拠によって肯認することができ、被告人のBらに対する脅迫的言動、意図等は別論として、被告人、弁護人らにおいても概ねこれを認めているところである。

その概要は以下のとおりである。

1  被告人は、昭和四五年に不動産、有価証券の売買等を目的とするI′株式会社(昭和六三年に株式会社Iに商号変更、以下「I」という。)を、昭和五三年に不動産の売買、仲介等を目的とするJ′株式会社(昭和六三年に株式会社Jに商号変更、以下「J」という。)を設立するなどして、I等の代表取締役となった。

被告人は、国際航業株や藤田観光株などの大がかりな株の仕手戦を手がけ、蛇の目株については、昭和六一年三月からI及び被告人名義で取得し始め、本件当時の保有株は、I名義で二五一三万五〇〇〇株、被告人個人名義で三〇二万株の合計二八一五万五〇〇〇〇株であった。

2  東京証券取引所第一部上場企業である蛇の目では、メインバンクの株式会社埼玉銀行から派遣されたA及びBが被告人の蛇の目株を買集め問題の対応に当たっていたが、被告人は、Iが蛇の目の筆頭株主となったことから、昭和六二年六月に蛇の目の取締役に就任し、平成元年六月には被告人の推挙を受けたCが専務取締役に就任した。

A、Bが被告人の株買占め問題について従来相談していた埼玉銀行の主たる役員は、D副頭取及びE常務であり、D、Eは、F頭取の指示を仰いでいた。

なお、蛇の目では、家庭用ミシンの販売実績の伸び悩みから、経営の多角化・近代化が急務と考えられていた。蛇の目の関連会社としては、昭和四〇年設立の蛇の目不動産株式会社、昭和六三年一〇月設立の株式会社ジェー・シー・エル及び平成元年一一月設立のニューホームクレジット株式会社がある。

3  Cは、元は飛島建設株式会社の経理部長であったが、昭和六一年に同社を退職後は、昭和五八年に設立されたQ′株式会社(昭和六一年に株式会社Qに商号変更、以下「Q」という。)の代表取締役として同社の経営に専念するようになった。Qは、大阪市内の天満に土地を所有していたほか、福島県いわき市において「Qクラブ」の名称で会員制による高級リゾートの大規模な開発を手がけていた。

被告人は、Cが飛島建設に勤務していた当時から、飛島建設をいわゆる益出しに協力するため、Qと共に株取引をするようになった。Qは、昭和六一年から蛇の目株を保有するようになり、本件当時、二五一五万九〇〇〇株を保有し、うち八四〇万株についてはIに貸し株として提供していた。

4  被告人は、株式会社Mを中心とするMグループのオーナーであるN(原審証言時の名は「N′」)と面識があった。Iは、Mグループを構成する株式会社K(昭和五六年一一月「株式会社K′」として設立され、昭和六三年七月から同年一〇月までの商号は「株式会社K″」であった。以下「K」という。)から、昭和六三年に三回にわけて、蛇の目株合計一七四〇万株を担保に差し入れて合計五〇〇億円を借り入れた(返済期限は、うち一〇〇億円につき昭和六三年一〇月一七日、二〇〇億円につき昭和六四年<平成元年>三月二七日、その余の二〇〇億円につき同年六月一三日)ほか、国際航業株合計九二五万株を担保に差し入れて合計四六六億円を借り入れた(返済期限は昭和六四年<平成元年>一月ないし三月)。Iは、Kが以上の債務を一本化することに応じたことから、平成元年二月九日、右合計九六六億円について、返済期限を同年三月三一日(利率は六七〇億円につき年七・七パーセント、二二六億円につき年八・〇パーセント、七〇億円につき年八・二パーセント、遅延損害金は年一八パーセント)とする準消費貸借契約を締結した。しかし、Iは、九六六億円を同日までに返済せず、うち二〇〇億円については、同年四月二八日までその支払を猶予されたが、その日までにも返済せずに、同月七月三一日まで再猶予された。

5  被告人は、昭和六三年一一月下旬ころ、Bに対して、蛇の目株二〇〇〇万株を担保に埼玉銀行から六〇〇億円の融資を受けたいと申し入れ、同年一二月上旬には、埼玉銀行を訪れ、D及びEに対して、その融資に応じないのであれば、I等の名義で保有する蛇の目株を株式会社住友銀行のグループに買取りのオプション付きで担保に提供して融資を受けると伝えた。そして、Iは、同月二〇日、ジェー・シー・エルから、蛇の目株一〇〇〇万株を売買予約付きで担保に差し入れて、三五〇億円の融資を受け、その後予約完結権が行使されたことから、右一〇〇〇万株は、ジェー・シー・エルに移った。また、Iは、同月二三日、埼玉銀行系の東亜ファイナンス株式会社から、蛇の目株一〇〇〇万株を担保に差し入れて、二五〇億円の融資を受けた。

被告人は、その後もKからの借入金を返済したいとして、DやBらに対して、融資を要請したが、埼玉銀行の了解は得られなかった。

6  被告人は、平成元年六月ころ、Bに対して、蛇の目や埼玉銀行だけでなく、三井信託銀行や日本リースなどにも出資してもらって新会社を設立し、その新会社に自分が保有する蛇の目株や国際航業株を持たせる、IがKから借り入れている九六六億円もその新会社に肩代りさせたい、新会社に蛇の目の不動産を開発させれば、株を持つ際の金利負担をこなして行くことができるし、蛇の目にその利益を還元できるなどと説明して、新会社の設立を働きかけた(以下「新会社構想」という。)。

A、Bは、被告人が提唱する新会社構想に賛成し、同年七月に入ってから、埼玉銀行側と折衝を繰り返したが、埼玉銀行側は強く反対していた。同月一八日ころ、Fらは、A、Bに対して、新会社構想は蛇の目や埼玉銀行が被告人の戦略に組み込まれ、資金繰りに利用される危険があるなどと述べて、新会社構想に改めて反対し、新会社を設立する場合でも一〇〇パーセント蛇の目が出資すべきであるとの意向を示した。この意向をBらから聞いた被告人は、同日夜、F宅に出向いて、埼玉銀行の方針転換を求めたが、Fはこれに応じなかった。

被告人は、七月二五日ころ、A、B及びCに対して、日本リースがつなぎ融資として一〇〇〇億円を出してもいいと言っているなどと述べて、新会社を設立することによりIがKから借り入れている九六六億円を返済したいとの考えを示した。A、Bは、改めてFらにこれを伝えたが、埼玉銀行側の賛同は得られないままであった。

7  Dは、KがIから担保に取っている一七四〇万株は、Mグループで買い取ってもらい、その後、七〇〇万株をMグループで保有し、残余については七〇〇万株を埼玉銀行系列の会社で、三四〇万株を国際興業等で保有するとの構想(以下「七・七・三構想」という。)を立て、七月二七日、竹井に対して、右一七四〇万株の買取りを依頼して、承諾を得た。

A、Bには、七・七・三構想は知らされておらず、DがNに依頼して承諾を得たことも知らされていなかった。A、Bは、被告人から、Nが蛇の目に入ってきたら蛇の目の不動産を食い物にされると聞かされており、蛇の目がMグループ傘下に入るのを強く嫌うようになっていた。

8  被告人は、七月二七日、蛇の目本社に行き、A及びBに対して、Nが蛇の目株一七四〇万株を買い取るという話があるようだと告げた。

Aは、埼玉銀行に行き、蛇の目の問題は蛇の目独自の判断を尊重してやらせて欲しい、これからNのところに行って新会社で蛇の目株一七四〇万株と引き取るつもりであると言ってくるなどと述べ、Eから強く反対されたが、Nのもとに赴いた。しかし、Aは、Nに対し、新会社による右引取り話の前提となる、同月末に返済期限の迫っているIのKに対する二〇〇億円の返済期限を延伸してもらいたいとの用件は、言い出せないままになった。

被告人は、同日のうちに再度蛇の目本社に行き、A、B及びCに対して、埼玉銀行とNとの密約を示すN直筆のものだと述べて、メモを示した。被告人はBに電話をかけさせてEを蛇の目本社に呼びつけ、密約の存否を問いただしたが、Eはこれを否定した。

9  A及びBは、七月二八日午前中、埼玉銀行に行き、D、Hの両副頭取、Eと会った。Dは、N会長が蛇の目株を買い取ることについては基本的に賛成であるが、N会長の蛇の目への経営参加はない旨回答したが、A及びBは、新会社構想を実現したいと述べて、話し合いは平行線に終わった。

被告人は、同日、蛇の目本社に行き、Aに対して、蛇の目株の買取りなどについては、蛇の目が責任を負う旨をA社長に一筆書いてもらうとNに約束してきたから一筆書いてくれと言って、念書の作成を要求した。Aは、これに応じて、「貴殿所有の蛇の目ミシン工業(株)一千七百四十万株のファイナンス或は買取につき蛇の目ミシン工業(株)が責任をもって行います」と記載された被告人宛ての書面(当庁平成九年押第五九五号=原庁平成三年押第三七一号の1、以下「念書」ないしは「A念書」という。)を作成した。

その後、被告人は、Aと共にNのもとに赴き、A念書を見せた。Nは、これを見て、被告人から蛇の目株を安く買ってしまおうと思ったけどこれじゃ駄目だなと述べ、その後、Dに対し、A念書の写しをとってファクシミリで送った上、Mによる一七四〇万株の買取話はできないと電話で伝えた。

10  Bは、七月二九日(土曜日)、パレスホテルでの高木元社長の法要に出席した際、Aに会い、前日AがNに前記二〇〇億円の返済期限を延伸してもらいたいとの要請をしなかったことを確認し、とりあえずAがNに対して右延期の依頼をすることとし、蛇の目本社に出社して、Nの所在を探したが分からなかった。

被告人は、同日、蛇の目本社で、A、Bに対して、蛇の目株を他に売却して九六六億円を作るしかない旨告げた。

11  Aは、七月三〇日(日曜日)午前、Nの自宅を訪問し、同人に対し、翌日を期限とするIのKに対する二〇〇億円について、二か月間支払を猶予するよう頼み、その了解を得た。

Aは、同日午後、自宅にB副社長のほかに、蛇の目のZ専務、a専務、b専務、c常務、d常務を集め、埼玉銀行にIのKに対する九六六億円の債務の肩代りを依頼することについて、全員から同意を得た。

A、Bは、同日夜、Dの自宅を訪れ、右九六六億円の肩代りを願い出たが、Dから拒否された。

12  Iは、七月三一日、Kに対して、九六六億円の債務の一か月分の利息(ただし、利率は、当初の期限三月三一日を徒過後から漸増し、七月三一日には年九・八八パーセントに変更されていた。)の前払いとして、送金手数料を含めて八億四〇二万九五八九円を支払った。

A、Bは、同日午前、埼玉銀行に行き、Fらに再度九六六億円の融資を求めたが、拒否された。

被告人は、同日午後、蛇の目本社において、A、B及びCがいる場で、蛇の目株は全部よそへ売ると述べ、電話をして、その相手方に、打ち合わせどおりにやってくれと言った後、Aに対して、蛇の目の社長の辞任を迫った。Aは、被告人の要求を受け入れ、埼玉銀行に電話して、Fに辞意を伝えたが、Fに慰留され、そのことを被告人に告げた。被告人は、新大株主には社長が辞任すると言ってある、新大株主には来てもらってもしょうがないと言って、どこかに電話をし、新大株主が来るのを中止させる素振りをした。

Bは、同日夜、浦和の料亭「喜むら」でDと会った。

13  B及びCは、八月一日、埼玉銀行に行き、Dと会った。

被告人は、同日夜、パレスホテルでB、Cと会った。

14  Bは、八月二日、Eに対し、被告人の蛇の目株の売却をキャンセルするため三〇〇億円の資金が必要なので、事業資金としてQに貸す形で融資して欲しいと頼んだ。

15  Bは、八月三日、Dに対しても同様の依頼をした。

16  Dは、八月四日、埼玉銀行のG相談役に報告した。Eは、同日深夜、埼玉銀行の顧問弁護士を務める渡辺綱雄法律事務所の松田俊平に相談しに行った。Dは、埼玉銀行系のノンバンクである首都圏リース株式会社の今井和夫社長に会って、ジェー・シー・エルへの三〇〇億円の融資が可能か打診した。

17  八月五日(土曜日)、埼玉銀行の施設である「大宮クラブ」にF、D、Eら埼玉銀行関係者と、B、Cら蛇の目関係者が集まり、埼玉銀行が首都圏リースへ資金を貸し、首都圏リースが蛇の目から保証と同社本社ビルを登記留保のまま担保として提供を受けた上でジェー・シー・エルに資金を貸し、ジェー・シー・エルがQからいわきと天満の土地を名目的に登記留保のまま担保として提供を受けた上でQに資金を貸し、Qがその資金をIに貸すという手順で、三〇〇億円をIに出す話がまとまった。

18  B及びCは、八月六日(日曜日)、八重洲富士屋ホテルにZ、a、bの各専務と、c、d、eの各常務を集め、Bが、被告人が悪い筋に蛇の目株を売却したので取り戻すには三〇〇億円が必要であるなどと説明し、本件三〇〇億円の支出等についての同意を得た。蛇の目では、同月八日、臨時取締役会が開かれ、ジェー・シー・エルの本件三〇〇億円の借入れに伴う担保提供が決定された。

19  蛇の目は、被告人の要請で、八月七日、Iに対して、株式会社フィックスを介して八億円、Qに立替えてもらって二億円の、合計一〇億円を支出した。

なお、Zは、同日、Bに対して辞表を提出したが、同月九日辞意を撤回した。

20  その後、前記大宮クラブで決定をみたところに従い、各融資が実行され、Qからは、住友銀行新宿新都心支店のIの当座預金口座に、二か月分の利息を差し引いた上、八月一〇日、一四八億三五四五万二〇五五円が、翌一一日、一四八億三八六一万六四三九円(以上、合わせたものが本件三〇〇億円である。)がそれぞれ振り込まれた。

21  被告人は、八月七日の一〇億円については、同日のうちに、同年二月六日から四月にかけてI名義で信用買いをしていた岩崎電気株の購入代金二六億五二五八万円の一部に充て、本件三〇〇億円については、八月一一日に、Jを介してYに対し三〇億円を支払い、同月二四日、同様にJを介して岩間開発株式会社に対し岩間カントリークラブ会員資格保証預り証(以下「岩間カントリークラブ会員権」ともいう。)の購入代金として七〇億円を支払ったほか、その後にIの借入金の返済や金利の支払、藤田観光株、東洋酸素株、東洋ラジエーター株等の購入資金などに充てた。

22  Aは、八月二日午後、持病の心臓病が悪化して早退し、それ以降一一月ころまで出社できなくなっていたが、本件三〇〇億円の件については、八月六日、自宅療養中に訪ねてきたcから報告を受けた。

埼玉銀行では、同月一日以降同月一七日まで、F、D、Eら役員にガードマンが付けられた。

B及びCは、同月四日夜から、自宅に帰らず、八重洲富士屋ホテルに宿泊するようになり、Bは同月一二日まで、Cは同月一一日まで宿泊した。

23  九月二七日、蛇の目が一〇〇パーセント出資して、不動産に関する総合コンサルタント業務、金銭の貸付け等を目的とする株式会社ユーコムが設立された。ユーコムは、平成二年三月、三井信託銀行系、日本リース系の関連会社などに株式を引き受けさせ、蛇の目の出資比率は一九パーセントになったが、同社での被告人保有にかかる蛇の目株の引取りは実現しないままであった。

24  九月二九日、Iが蛇の目株一七四〇万株を担保に入れてKから借り入れている合計五〇〇億円について、Kが、ジェー・シー・エルに対し蛇の目株一〇〇〇万株を担保に三〇〇億円を、蛇の目不動産に対し蛇の目株七四〇万株を担保に三〇〇億円を、それぞれ貸し付け、ジェー・シー・エル及び蛇の目不動産がこれらの各三〇〇億円をJを介してIに貸し付け、IからKに合計六〇〇億円を返済する形をとって、蛇の目側のジェー・シー・エルと蛇の目不動産の二社がIの六〇〇億円の債務を肩代りした。

25  平成二年五月二四日、IのKに対する三六六億円の残債務について、ニューホームクレジットが同様に蛇の目株五〇〇万株を担保に差し入れて債務の肩代りをし、Iは、Kから担保に差し入れていた国際航業株九二五万株の返還を受けた。

また、同日、IとQの間で蛇の目株三四五〇万株(Qからの借り株八四〇万株を含む。)を代金一七二五億円で、翌二五日、被告人とQの間で蛇の目株三〇〇万株を代金一五〇億円で、それぞれQが買い受ける旨の売買予約契約が締結された。

二  B及びCの原審証言の信用性について

1  B及びCは、原審において、概ね前記一に摘記の事実経過にそう証言しているほか、被告人から脅迫を受けた状況、内容について、それぞれ次の(一)、(二)のような証言をしており、これらに対応すべきEメモ、Dメモの記載の概要は、(三)に掲記のとおりである。

(一) Bの原審証言(第二回~第一一回、第六七回~第七五回、第八二回、第八三回、第八八回公判)の概要

<1> 七月二九日(土曜日)午前中、被告人から私の自宅に電話があり、被告人から「二〇〇億円延期の話はどうなったの。」と聞かれ、「延期の話をしたんじゃないですか。」と答えると、「いや、そんなのは知らないよ。そうすると延期は無理だな。九六六億円は別に用意するから。念書は金額入ってないし、株に念書を付けて売ると高く売れるな。大変なことになるな。」と言われたので、延期のことや、念書をそのような形で使われてはA社長の立場はなくなるということを話そうとしたが、電話をすぐに切られてしまった。同日夜、被告人が蛇の目本社に来たので、一〇〇〇億円近い大金を本当に用意できるのか確かめたところ、被告人は、A社長と私に「明後日までに九六六億円を用意する。集めようとすれば集められる筋もあるのさ。」などと言った。

<2> 七月三一日午後、被告人が蛇の目本社に来て、A社長、私、C専務が役員応接室で会った。A社長が、被告人に対し、二〇〇億円の支払期限の延期を前日にN会長から取り付けてきたことを説明した上、「延期で何とかできませんか。」と言った。被告人は、「もう延期はいい。九六六億円は全部返す。金の段取りはできているが、そちらで用意できないか。できないなら俺の方で返す。早く返事をしろ。」ときつい口調で言った。私は、埼玉銀行のE常務に三回くらい電話をかけ、九六六億円の肩代りを重ねて要請したが、E常務から拒否された。私は、被告人に「もう無理です。銀行の答えはノーです。これは最終回答と考えていただきたい。」と言った。被告人は、A社長や私に対し、「それでは俺の株は全部よそへ移る。新新大株主登場というわけだ。新大株主に挨拶に来てもらおう。」と非常に強い口調で言った。被告人は、二度にわたって席を立って電話をかけ、相手方に対して、一度目は「こっちではできないと言っている。打ち合わせどおりにやってくれ。」と、二度目は「甲野です。いらっしゃいますか。」「打ち合わせどおりになったので、そうお伝え下さい。」と言っていた。被告人がこちらのテーブルに戻ってきたので、私が被告人に「相手はどなたですか。」と聞いた。被告人は、「Oだ。」と小さな声で答えた。被告人はA社長に「こうなったから、俺もやめるから、あんたもやめろ。」ときつい感じで言った。A社長は、「それじゃ、これから埼玉銀行に電話をして辞めると言うよ。」と言って、社長室に入って行ったが、戻って来て、F頭取から慰留されたので、今すぐ辞めるわけにはいかない、ということであった。被告人は、それを聞くや、「社長が辞めるということは先方にも伝えてあるんだ。これは話が違ってしまったな。それでは今日新大株主に来てもらうわけにはいかない。」ととがめるような口調で言った。被告人は、もう一度電話をかけ、相手方に対し、「今日は都合が悪くなったので来ないで下さい。」と言っていた。その直後、被告人は、A社長に「辞表を書かないというわけにはいかないんじゃないか。新大株主は蛇の目にも来るけれども埼玉銀行にも駆け上がってくるよ。」「新大株主は俺に替わるだけだから協調路線で頼むよ。」と言った。被告人は、「大変なことになったな。」と言い残し、午後五時前後に帰って行った。

<3> 八月一日午前、被告人から私に、「株の名義人はOではなく常興だ。Nさんの方は取りあえず延期しておいたからな。」という電話があった。午後五時ころ、被告人から私に電話があり、「株を売る件で少し話がやばくなってきた。話をしたいんだけれども、蛇の目と一緒にいることが分かるとまずいから、人目につかないところで会いたい。C専務も一緒に連れて来てくれ。」ということであった。午後一〇時ころ、パレスホテルの一室でC専務と共に被告人と会った。被告人は、「先方へ行ったら、とても張り切っているよ。DがNからもらった金で女にマンションを買ってやった件を知っている。俺が話したわけでなく、Dの件はNが一筆書いたメモを向こうが持っているんだ。それもあるので、先方は大変儲け話ができたと喜んでいる。蛇の目とか埼玉銀行は貯金箱みたいなもんだ、と言っている。それを聞いて、俺もちょっとやばくなってきた。そんなんで、あんた達にも話をしておこうと思って呼んだんだ。」と言った。私が、被告人に対し、株をもう売ってしまったのか、返済はもう済んだのかと確認をしたところ、返済は済んでいないということであったので、「それなら株の売買を元に戻してもらえませんか。」と頼んだ。C専務も、「あんたも蛇の目で表の経済人になるはずだったじゃないか。こういうことをしては、もう表に出られなくなってしまう。だから、この話はやめた方がいいんではないか。」と言った。被告人は、「あんた達の言うことは分かるよ。やはり株を売ったのはまずかったかな。ただ、今更やめるというわけにはいかない。何しろ大金を用意して決めた話だからな。」と言い、二、三分部屋の中を歩き回った後、「それでは元に戻すか。ただ、それには金がいるよ。三〇〇億円いるな。」「今度の金は相当無理をして危ないところからも作っているんだ。金利トイチで計算する分もある。先方は大変儲け話ということですっかり喜んでしまっているので、それをやめさせるための金がいる。やめてしまうと自分も資金の手当がある。岩間カントリーの会員権を買う件もあるし。」などと言った。私は、「ひとつ、その売買を元に戻すようによろしくお願いします。埼銀にも相談します。」と被告人に頼んだ。

<4> 八月三日午後、被告人が蛇の目本社に来て、私とC専務が会った。被告人は、「株の売買の話を壊しにかかっている。先方がこちらの様子を探りに来ていると思う。特に盗聴には気を付けろ。」と言った。

<5> 八月四日午後、被告人が蛇の目本社に来て、私とC専務が役員応接室で会った。被告人は、「三〇〇億円の件はどうなっているのだ。こちらは売買の話をキャンセルするために体を張ってやってるんだ。それなのに三〇〇億円のほうは一向に話が進まないじゃないか。」「銀行がどうのこうのと言っても先方には通じないよ。誠意を見せるために、月曜日まず一〇億円資金を出しなさい。」「先方は非常に腹を立ててる。俺がどうもいい加減な話を持ってきたと言っておる。Cが仲間割れをして足を引っ張ってる。蛇の目がこの話をぶち壊しているんでBも駄目だと言っている。三人とも気を付けたほうがいい。狙われるとすると甲野、C、Bの順かな。」と言い、更に、エレベーターのところで、「大阪からヒットマンが二人来ているぞ。」と言い残して帰った。

(二) Cの原審証言(第一〇回~第一八回、第七六回~第八一回、第八八回公判)の概要

<1> 七月二九日(土曜日)、いわき市の現場に被告人から電話があり、「自分の持ち株を売ることにしたので、Qの持ち株も一緒に売って欲しい。」と言われたが、即座に断った。売り先を聞くと、売り先は聞かないでくれ、という感じで「怖い筋だ。」ということであった。私が「怖い筋であればやめて欲しい。」と言った。被告人は、二〇〇億円の返済を迫られているし、Kとの借入れを解消したいということであった。

<2> 七月三一日午後、被告人が蛇の目本社に来たので、私は、A社長、B副社長と共に役員応接室で会った。A社長が被告人に対し、二〇〇億円の期限延伸をN会長から取り付けてきたことを説明した上、「これで何とか株の売買をやめて欲しい。」と言った。被告人は、「もう二〇〇億の延伸はいらない。九六六億円を全部返してしまう。九六六億円の用意はできたか。」と言った。B副社長が二、三度、埼玉銀行に電話をかけたが、「やっぱり駄目でした。」と伝えた。被告人は、「それでは俺の株は全部ほかへ渡る。新大株主が登場だ。」と言って、席を立って電話をかけ、相手方に対し、一回目の電話では「こちらの方ではやはり資金の手当がつかない。予定どおりやってくれ。」と、二回目は「いらっしゃいますか。前に申し上げていたようになりましたので、よろしくお伝え下さい。」というような感じのことを言っていた。B副社長が被告人に「どちらへ。」と売り先を聞いたところ、被告人は、「Oだよ。」と割と小声で答えた。被告人は、A社長に、「こうなったら私も辞めるからあなたもやめてくれ。」と強い口調で迫った。A社長は、「それじゃ辞めます。銀行へ相談する。」と言って、社長室に入って行ったが、戻ってきて、F頭取から今すぐ辞めてはまずいと言われたので、ここで社長を辞めるわけにはいかないということであった。被告人は、それを聞くと、「それでは事情が違う。新大株主には社長が辞めるということを言ってあるんだ。今日新大株主を会わせるというのは、やめざるを得ない。」と言って、もう一度電話をかけ、「本日は都合が悪くなりました。機会をあらためてまたお願いします。」と言っていた。被告人は、A社長に、「新大株主は今日は来ないが、社長を辞めないわけにはいかないよ。新大株主は蛇の目にも埼玉銀行にも駆け上がっていく。」「新大株主とも協調路線でお願いしたい。」と言った。被告人は、「えらいことになったな。」と言い残して帰って行った。

<3> 八月一日、私は、B副社長と共に午後一〇時ころからパレスホテルの一室で被告人と会った。被告人は、「七月三一日の二〇〇億円については、取りあえず延ばしておいた。」「株の売却の件で先方に行ったところ、向こうが思った以上に大喜びしていた。A念書のみならず、MのN会長のメモが向こうにあって、それで大変な儲け話だということを喜んでいる。」「これを種に蛇の目あるいは埼玉銀行からいくらでも金を引き出せる。言ってみれば貯金箱のようなものだと喜んでいる。」などと言いながらも、「思った以上のことになっちゃったんで心配してるんだ。」と言って、少し後悔しているというような話をした。被告人によれば、Nのメモに書かれているのは、D副頭取が女性にマンションを買ってやった、というようなスキャンダルめいた話ということであったので、私は、被告人が先方に言ったのではないかと思って、「汚いやり方だ。」となじった。被告人は、「これは自分が先方にその事実を漏らしたわけではなく、N会長の方で一筆とられたんだ。」と言った。B副社長は、「Kへの返済が済んでいないのだったら、何とかこの株を暴力団筋にいかないようにできませんか。」と言った。被告人は、「先方は大変喜んでいるのこれをキャンセルするとなると命懸けになる。この取引をやめてもらうには、急に集めたお金だから、高い金利のものも入っているし、ただでは済まない。資金繰りの問題などもある。三〇〇億円はかかる。」などと言った。B副社長は、「埼玉銀行と相談します。何とかこの取引をやめて下さい。」と頼んだ。

<4> 八月四日午後、被告人が蛇の目本社に来て、B副社長と私が役員応接室で会った。被告人は、「三〇〇億円の手当がついたか。自分の方は一生懸命やっておるのに何で三〇〇億円はまだ用意できないのか。」「八月七日までに一〇億円がどうしてもいる。」「先方が取引をキャンセルしたことに対して怒っている。向こうが騒ぎ出している。自分も狙われているが、この株売買の取引をやめてくれと言ったということで、Bさんも狙われている。一緒に株を売らないかということを断り足を引っ張ったということで、Cも狙われている。」と言い、さらに、帰り際に、「大阪のほうからヒットマンが二人ほどこっちに向かっている。」「うちへ帰らないほうがいいぞ。ホテルかなんかで泊まって帰らないほうがいい。」と言い残して帰った。

(三) (1) Eメモ(原審検察官請求甲一二八号証<以下、原審検察官請求書証については、単に「甲一二八号証」というように略記する。>、第二〇回公判で取調べ・記録一三冊一七六七丁以下、同弁護人請求二三号証、第二一回公判で取調べ・同記録一七七二丁以下、同弁護人請求八三号証、第七四回公判で取調べ・記録一九冊三〇六〇丁以下)、(2) Dメモ(原審弁護人請求二四号証、第二八回公判で取調べ・記録一三冊一七八八丁以下、同弁護人請求八六号証、第八〇回公判で取調べ・記録二〇冊三〇九九丁以下、なお、当審検察官請求一五号証・当庁平成九年押第五二五号の13メモ一袋)の概要

<1> 七月二九日欄

「Btel 高木社長の関係ソーギ 役員集まる 戦トー開始か 株が他に渡る可能性あり 株価に影きょうあり 800人の問題あり 証取法の問題あり」「メモ‥甲野は売らないと言っている、それをAが言うことになっていた、甲野が頭に来た、Aが言う予定だったことを手紙に書け、Bは書くなと言った、メモはいらないのに」(Eメモ)

<2> 七月三〇日欄

「夜、D氏よりtel B、A来訪あり 甲野が960用意した C、大変なことになるよ、変なヤツのところへ行くよ」(Eメモ)

<3> 七月三一日欄

「本店、頭取、H、D、E、B氏よりtel、Oに売った、3600万株@3,500円プラスアルファ 借入金は返す」(Eメモ)

<4> 八月一日欄

「B、C↓本店、D Oが変わった、Cの立場がかわった、蛇の目の中でやって行けるかどうか、今迄社長、副社長の線でやってきた、新株主はわからないが、J、B、Y考えを一つにすれば勝てる D―当行、Cと考えが同じであれば一っしょにやる」「B氏よりtel Oは常興となった由」(Eメモ)

「B副社長、C専務来行(本店) PM3、30 蛇の目株式36000千株(甲野氏支配株)が甲野氏の手から離れた」「[C氏]蛇の目専務就任1カ月は甲野との関係も配慮しつつ今迄はA社長、B副社長の意向を尊重して控え目に対応して来た、今後は甲野氏とは関係なく独自の立場で蛇の目の再建、業績向上に努力したい」(Dメモ)

<5> 八月二日欄

「B氏よりtel C氏よりイワキ等担保で300貸してくれ、甲野が買戻す為に必要 不動産の中身が分からなければ話合いの出発にならない 甲野は買戻しの方向でガンバル」(Eメモ)

「E常務より電話(B副社長がE常務を訪問)C談‥今回の甲野の新株主への売却はえらいことになる、これを取り戻すためには300億円が必要になる。Cが不動産担保を提供するのでQに貸してもらいたい、資金はイワキ開発資金とする、※1740万株は蛇の目の責任になったのであるから蛇の目の責任で引取るならその中でCも入るつもりである、B副社長の見解ではC、甲野の話は大変緊迫している、新株主は常興(解体工事屋)になったとのことである」(Dメモ)

<6> 八月三日欄

「300検討」(Eメモ)

<7> 八月四日欄

「B副社長より電話 甲野は株式取り戻しの交渉に入っている(双方の弁護士間で)、Cは300億円不動産担保、別に200億円(時価)程度の株式を差し入れる、Cは社長メモは重大な意味をもって来る(先方に渡った場合)」(Dメモ)

<8> 八月五日欄

「大宮倶楽部 決論 キーポイントはC氏、本来、甲野氏がJ株を他に売ることは勝手であり、当行がそれに対応する必要はまったくないがAメモ付きでさる筋に売られた場合、メモの効力は抜群で、J経営陣はその攻勢に抗しきれない」(Eメモ)

2  B及びCの原審証言は、右1の(一)、(二)に摘記した本件起訴にかかる主要部分についての証言内容からも明らかなように、前記一のような本件の事実経過に即応し、自然で、具体性があり、多数回、広範囲にわたる多角的で詳細、綿密な弁護人の反対尋問においても、基本的なところ、大筋、主要な点において、特に疑問とすべき変動はなく、一貫性があり、また、相互に符合し、前記1の(三)に摘記のEメモ、Dメモの内容とも基本的に符合するものであって、その他の関係証拠あるいはこれらの証拠によって認められる事実関係等にも照らすと、その信用性を肯定した原判断は、十分首肯することができる。

以下には、B及びCの原審証言の信用性に関する所論指摘の主要な点について、まず、3ないし10において、各証言の内容の点を中心に説明し、その後11、12において、両証言相互にあるいは他の関係証拠と対比して説明を加え、13において総括することとする。

3  新会社構想―蛇の目独自路線と七・七・三構想をめぐる思惑に関して

(一) 所論は、基本的視点として、AとBは、被告人から六月ころに持ちかけられた新会社構想に賛成し、埼玉銀行にその出資を働きかけていたが、埼玉銀行側では、新会社構想に反対の意向を示し続け、新会社を設立するにしても、被告人保有の蛇の目株の同社による引取りが不可能な、蛇の目の一〇〇パーセント子会社化を要求するとともに、他方で、N会長をして被告人保有の蛇の目株を引き取らせ、はめ込み先を手配してから新会社設立に動くとの考えを持ち、七・七・三構想を立ててNに働きかけていたものであって、本件当時、埼玉銀行抜きにしてでも新会社を作ろうとして独自路線をとっていた蛇の目側と、埼玉銀行側との間には路線の対立があったものの、被告人と蛇の目側との間に対立があったわけではなく、IのKに対する九六六億円の債務の肩代りの件などを含め、本件の事実経過全般について、事態はA、Bの「自発的意志」によって推移したものであり、このことを念頭に置くならば、本件三〇〇億円の融資の場面だけに恐喝があったというのは、全体の流れの事実に恐喝という他の事実を接き木した感を免れず不自然である、という。

(二)(1)  しかし、B、Aら蛇の目側関係者の原審証言、D、Eら埼玉銀行関係者の原審証言その他原判決挙示の関係証拠によれば、<1>被告人が保有していた蛇の目株をどのようにして引き取っていくかについて、蛇の目側では、被告人が新会社構想を出してきたことにより、三井信託銀行や日本リースが新会社に出資し、役員も送るということになると、被告人の言いなりの会社になるおそれはないであろうと考え、蛇の目の出資比率を一九パーセント以下に抑えて新会社を設立した上、被告人保有株を新会社で引き取っていくとの方針を是認して、新会社構想に賛成し、七月に入ってからは埼玉銀行側と度々折衝して、出資を働きかけていたこと、<2>埼玉銀行側では、蛇の目側の主張している新会社は、ディベロッパーの会社といいながらもその任に堪える適切な会社の関与がないことなどから、いったん設立されると、ファイナンス中心の、被告人に利用される会社になりかねないとの危惧感から、これに反対し続け、七月一八日ころには、新会社設立はやむを得ないとしても、それには新会社を一〇〇パーセント蛇の目の子会社化することが条件であるとの譲歩案を示しながら、他方で、Dが、同月二七日、MのN会長に対し、Kに担保に入っている被告人の蛇の目株一七四〇万株のうち七〇〇万株程度を、一株二五〇〇円ないし二七〇〇円で持ってもらえないかと持ちかけたこと、<3>Nは、これを了承したものの、翌二八日、被告人からA念書を見せられるや、担保に入っている被告人の蛇の目株の引取りを断念せざるを得ないと判断し、これをすぐにDに伝えたこと、Dは、Nに対し、右蛇の目株一七四〇万株の引取り話を持ちかけるに当たって、残余の一〇四〇万株のはめ込み先等は具体化していないので、そのはめ込み先の心積もりは告げておらず、また、蛇の目側に対しても、そのようなことで煮詰まった話ではないばかりか、埼玉銀行側がNに株の買取りを持ちかけていることが蛇の目側から被告人に漏れたりすると、被告人から被告人保有の蛇の目株の高値買取りを要求されるおそれもあるなどと考え、話をする段階ではないとして、A、BにはNに引取り話をもちかけたことを告げなかったことが認められる。

(2)  右のように、埼玉銀行側がNに持ちかけた蛇の目株の引取り話は、一日のうちに持ちかけては潰れてしまっており、その内容自体も所論のいうような新会社構造に対峙する七・七・三構想と呼べるほどに固まっていた話とは認め難い。のみならず、新会社構想については、七月二七日にAが埼玉銀行に赴いて、蛇の目の問題は蛇の目独自の判断を尊重してやらせて欲しいと言った際も、「埼玉銀行の協力なしで蛇の目側ですべて解決するということを言ったのではなく、解決に向けた蛇の目側の考え、つまり新会社構想を認めて欲しいということでした」(Aの検察官調書、甲一二六号証、記録一三冊一七二三丁裏)というのであり、Bも、原審で、「埼玉銀行と蛇の目が決定的な対立をしているような感じの話が出てくるんですけれども、私はそのときそんなことは全然考えておりませんで、蛇の目の問題の解決というのは、蛇の目自身が全部できることではなくて、かつA社長、私を派遣してこの問題を解決しようとしているのが埼玉銀行ですから、したがって一体となってやらなければならないというのは当然のことでありました。」「株の買占め問題どう解決するかということについて一緒にやっていくというのが一体感でして、一つ一つ取れば、例えば今度の場合に株が暴力団に行ってしまっていいんだろうかという問題、これについても一緒になってやっていくとかそういうことなんですね。」(Bの原審第一〇回公判証言、<以下「原審第一〇回証言」又は「第一〇回」というように略記する。>、記録二八冊八七〇丁以下)「(新会社構想といっても)それは埼玉銀行が入らないと蛇の目も受けにくいですね。これは完全に蛇の目と埼玉銀行が相反する立場になりますからね。」「A社長だって、そこまではやる気はなかったと思いますね。」(第七三回、記録五〇冊七一〇七丁裏以下)と証言しているのである。

(3)  右のような事実関係、証言等に徴すると、所論のように、AやBが、埼玉銀行抜きでもやろうという意味の「蛇の目独自路線」を採用し、新会社を立ち上げようとしていたものとは認められない。一方、被告人は、当時、日本リースなどに働きかけて埼玉銀行抜きでも新会社を作ろうとの言動を重ねていたのであって、埼玉銀行に対するスタンス一つをとっても、蛇の目側の考えとの間に隔たりがあったことが認められる。

(三)(1)  所論は、Aが七月二七日埼玉銀行に来た際のこととして、Eメモの同日欄には、「J株問題はJの独自路線でやる、まかせて欲しい」「社長退陣し形ばかり残ることもある」との記載があって、Aが辞任を表明しながら「蛇の目独自路線」の決意を示したことが明らかである、という。

(2)  しかし、Aの検察官調書及び原審証言その他関係証拠によれば、Aは、当時被告人が提唱している新会社構想を認めてもらおうと度々埼玉銀行に働きかけるなどしたのに対し、埼玉銀行側が反対し続け、仮に設立するにしても一〇〇パーセント子会社化することが条件であるとの意向を示していたことから、埼玉銀行との間で、いわば板挟みになって疲れがたまるような生活を送っており、埼玉銀行が被告人の蛇の目株買占め問題の解決策を示さないまま、蛇の目側の提案に反対するばかりであるとして不満を抱いていたことがうかがわれる。Aは、七月二七日、このような精神的に余裕のない状態で埼玉銀行に赴き、所論指摘のEメモに記載のような同人の考えを表明したものであると認められるが(前記一の8)、Eは、その際のAの様子について、「非常に切迫した感じ、悪い言葉でいいますと、目がすわったといいますか、という感じでございました。」と証言しており(原審第二〇回、記録三一冊一八〇六丁)、当日その直後にAと会ったNがD副頭取に連絡してきた内容を伝え聞いて、Eメモに、Nの受けた印象として「Aさんふらふらだね」と記載している。Aが七月二七日について埼玉銀行に赴いてE常務に会った際の言動や、その後AがNのもとを訪れた際の言動のうちに、埼玉銀行の協力抜きにしてでも新会社を設立するという意味での「蛇の目独自路線」を主張したと受け取られるようなところがあったとしても、Aの当時のいわば追い詰められたような精神状態にもかんがみると、右のような言動が直ちにAの真意ないし本心をそのまま表したものと見ることはできず、前記(二)(2) に記載のAの検察官調書中の供述は信用するに足りる。

(四)(1)  所論は、七月三〇日にAの自宅で開かれた蛇の目の常務会で、Aが、七・七・三構想には反対であることを説明して、新会社構想の容認につながる九六六億円の肩代りを埼玉銀行に依頼することについて賛同を得たことは、Zの原審証言からも明らかである、という。

(2)  しかし、所論の七月三〇日にA宅で常務以上の役員を召集して開かれた役員会に参集したa、D、d、cは、原審において、いずれも、その席では、Aから、被告人の九六六億円肩代りの要求に応じなければ、暴力団とかそういうところに株が売られてしまうので、それを防ぐために埼玉銀行に融資を依頼することについて意見を求められた旨証言している(a、第二九回、記録三三冊二五二五丁、D・第三一回、記録三四冊二六五八丁以下、d・同記録二七〇三丁裏以下、c・第三三回、記録三五冊二八四七丁)。所論が援用するZの原審証言(第三〇回、記録三四冊二五六六丁以下)も右aらの各証言と矛盾するものとまでは見られない。

これらの証言のほか、Aの検察官調書(記録一三冊一七四一丁以下)によれば、当日のA宅での会合では、Aは、A念書の作成経緯や被告人がA念書付きで株を売却しようとしている件には触れなかったものの、被告人が九六六億円の肩代りを要求しており、もしこれに応じなければ、被告人の蛇の目株が暴力団のようなところに行くかもしれないなどと説明した上、埼玉銀行に取りあえず九六六億円の肩代りを依頼するについて意見を求めたい旨話したことが認められる。社長の自宅で休日を返上して役員会が開かれたこと自体、暴力団筋に蛇の目株が売られるかもしれないとの危機的な事態が生じていたというB、C証言の信用性を裏付ける証左の一つということができる。

(3)  右のような諸点からして、所論のように、Aが七・七・三構想には反対であることを説明して、新会社構想の容認につながる九六六億円の肩代りを埼玉銀行に依頼することについて賛同を得たものと見ることはできない。

(五)(1)  所論は、B、Cの原審証言によれば、被告人から暴力団筋に株を売却すると言われた日であるという七月二九日以降においても、Eメモの七月二九日欄の「社長の考えは、Nのところにあったのでは安定しない、新会社でハメ込んでいく、良い悪いは別、日本リース等で肩代りをやる」「新会社一七四〇のみというわけには行かない」との記載や、Eメモの八月二日欄の「集金の合理化 クレジット会社を作る、割賦利益がこの会社に行く、この会社に30オクの利益が行く、持株可能」などの記載から、Bらが盛んに新会社構想を売り込んでいることが明らかであって、被告人から脅迫されたというBが、その当日以降も新会社構想をEに説明しているのは不自然である、という。

(2)  しかし、D、Eの原審証言その他関係証拠によれば、Eら埼玉銀行側では、被告人が提唱し、蛇の目側も賛成していた新会社構想がそのまま実現の方向に動き出すことに強い危惧を抱いたことから、Eは、Bから七月二九日と八月二日にそれぞれ報告を受けた際にも、Bに対し、被告人が株の売却を言ってきたかどうかということより、新会社構想の内容を再確認し、メモに所論のような記載をしたものとしても、不自然とはいない。

Eメモの「新会社一七四〇のみというわけには行かない」との所論指摘の記載は、「全部返済の為にやった」という記載を伴うものであって(記録一三冊一七六八丁)、Eが、Bから、被告人が蛇の目株一七四〇万株を担保として供しているKからの五〇〇億円分だけではなく、国際航業株を担保としている四六六億円分も含めた合計九六六億円を全部返済するために株を売却すると言っている、との報告を受け、新会社が設立されるに至っても、蛇の目株一七四〇万株の担保分五〇〇億円の債務の肩代りだけでは済まないというBの考えを聞いて、その趣旨を記載したものと見るのが合理的である。

Eメモに一部新会社構想に関する記載など所論指摘の記載があることなどから、BのEに対する、被告人からの株の売却話についての報告は虚偽であり、BがEに対し右のような九六六億円の肩代りを要求したものと見ることはできない。

(六) 以上に見てきたところからも明らかなように、本件の事態が動いていく過程で、所論がいうように、被告人とA、Bとの間に対立がなかったものとは認め難いし、A、Bが、被告人からの働きかけと無関係に「自発的意志」で埼玉銀行との折衝等に臨んでいたものと認めることもできないのであって、このような状況からすれば、被告人が本件三〇〇億円について恐喝に及ぶことも木に竹を接ぐように不自然であるとはいえない。

4  本件三〇〇億円の融資決定の契機、理由に関して

(一) 所論は、Dは、七月三一日夜、Bと浦和の料亭「喜むら」で会った際、Bが辞意を表明したことから、このままでは埼玉銀行の蛇の目支配の崩壊近しと感じ、それを阻止するため、Bをその後継者に指名するとともに、Bが求める新会社構想に応じる態度を示し、ある程度の資金を埼玉銀行が融資する以外に選択の余地がないと判断したものであり、このDの態度の軟化こそが、本件のターニングポイントとなり、同夜から八月一日にかけてA社長の後継者が話題となり、B、C体制の維持の動きが出てきたので、被告人、B、Cは、九六六億円の債務の肩代りのテーマを棚上げし、三〇〇億円の融資に方針を変えたのであって、B、Cの証言している被告人の脅迫的言動や、BとCのホテルでの合宿などは、B、Cのパフォーマンスであり、右融資の実現に向けて用いた小道具であるといえる、という。

(二) しかし、Bは、原審で、七月三一日夜から八月一日にかけて、自分が辞任するという話はしていない、A社長の後継者問題が話し合われたこともない旨証言し(第七五回、記録五一冊七四六五丁裏以下)、Dも、Bが辞意を表明したことはないなどと、Bの証言にそう証言をしている(原審第八一回、記録五四冊八一六七丁裏以下)。

(三)(1)  所論は、Bが、原審において、七月三一日に「喜むら」で、Dから「それより心配なのは、A社長のことなんだけれども。頭取に辞めたいと言ってきた。相当参っているんじゃないかな。Bさん大丈夫だろうか。Aさんにここで倒れられると次の人事をやっぱり考えなければならないわけで、これは大変だ。」と言われたと証言していること(第五回、記録二五冊二四七丁)、Eが、八月一日にBがCを伴って埼玉銀行を訪れ、Dに会った際の内容について、Dから報告を受け、Eメモの同日欄(記録一三冊一七六八丁)に、「A辞意表明について、Cはとめた、健康上も、B氏は居てもらわなければ、Aの後継、当行同意見」とメモしていることを理由に、七月三一日から八月一日にかけて、A社長の後継者問題が話題となり、B、C体制の維持の動きが出てきたと認められる、という。

(2)  しかし、B、Dの一致した原審証言に徴すると、Dの「喜むら」での発現は、Dが、当時健康がすぐれないように見受けられたAのことを心配し、Bに対し、Aの様子を尋ねたもので、仮にAが倒れたり、辞任するということになれば、埼玉銀行としては、その後の人事も考えざるを得ない事態に至るという懸念を口にしたに止まるものと見られるのであって、このDの発言が所論のように蛇の目の後継体制にまで踏み込んだ具体性のあるものであったとは認め難い。

(3)  八月一日の埼玉銀行でのDとB、Cの会談は、DがCの蛇の目に対する経営上の姿勢を確認する必要があると考えたことから設けられたものであることが関係証拠上明らかであって(Bの原審第五回証言、記録二五冊二四八丁以下、Dの原審第二四回証言、記録三二冊二二一六丁以下等)、Dが、社長のAがいったんは辞意を表明し、健康もすぐれないように見える状態であったことから、副社長のBが蛇の目の中心となってこれからやってゆかなければならないような事態が生ずるとすれば、CはBに協力する考えを持っているかどうかを問いただすことを通じて、Aの姿勢を確かめたものであることがうかがわれる。Eメモに「CがBはAの後継としていてもらわなければ」との意見を表明したとか、「当行同意見」などの記載があるからといって、所論のように、A社長の後継者問題が八月一日に話し合われたと見なければならないわけではない。

(四)(1)  所論は、Eが埼玉銀行で八月九日開催された専務会で報告する際に使用した同人作成の「専務会報告事項」と題する書面の中に、「(4) 解決・・・<2>現状では全面対決は蛇の目崩壊に近く当行責任は重すぎる」と記載(記録一三冊一八一八丁)があるのは、DとEの三〇〇億円融資決定の動機を裏付け、さらには、八月五日のBと埼玉銀行首脳陣との会談で、Dが、Bの融資の要求を聞かなければ、Bは辞意を表明する固い決意でイエスかノーかの返事を迫っていると受け止めての感想と理解できるのであって、右記載の「全面対決」とは、被告人とのことであり、暴力団とのことではない、という。

(2)  しかし、右の書面には、「(2) 貸出の背景」として「7/31甲野は、他グループに1740 960で売却と主張」「8月に入り買戻し必要と判断 当行としては議決権から見て必要ないが、<1>念書の悪用、<2>蛇の目の混乱、<3>当行への追撃が想定される」「買戻しに要すといわれる300億円対応を要す」との記載(記録一三冊一八一七丁~一八一八丁)もあるのであって、右記載からは、被告人が蛇の目株を「他グループ」に売却し、右<1>ないし<3>の懸念が生じていることが、埼玉銀行側が融資を斡旋せざるを得ないと判断する背景事情となっていたことが看取される。右<2>の「蛇の目の混乱」とは、A、Bの辞意表明が相次ぐ事態に陥るということを直接的に意味するものではなく、「全面対決」を前提とするものであることも明らかである。そして、その「全面対決」とは、被告人が蛇の目株の売却を主張している「他グループ」との対決を視野に入れてのことであって、ただ被告人との対決を指すものとは解されず、その「他グループ」とは、前記<1>ないし<3>の懸念を生じさせる相手であって、一般の企業家とは解されない。

(3)  所論指摘の「専務会報告事項」と題する書面の記載は、右のように理解されるのであって、その記載から、所論のように、Bが、本件三〇〇億円の融資の要求に応じてもらえなければ辞意を表明するとの固い決意を持っており、これによって蛇の目経営陣が崩壊するとの懸念が決定的要因となって、埼玉銀行が本件三〇〇億円の融資の斡旋を決断したものであるとは認め難い。

(五) 右(二)ないし(四)の説示から明らかなように、所論(一)の主張は証拠上の根拠に乏しい、被告人の弁解を前提とする憶測的な推論に過ぎないというべきである。

5  本件三〇〇億円の融資は九六六億円の債務の肩代り、新会社による被告人保有株の引取りの「呼び水」かに関して

(一) 所論は、IのKに対する九六六億円の債務の肩代りの要求は、BがCと相談して、埼玉銀行側が飲めないことを承知の上で持ち込んでいたものであり、これが果たせないとなるや、Bは、埼玉銀行側に新会社構想、新会社による被告人保有株の引取りを容認させるための「呼び水」となる本件三〇〇億円の融資を画策し、Cも、その融資に借入人として入り、担保を提供するという形で協力したものである、という。

(二)(1)  しかし、Bは、昭和二九年に埼玉銀行に入行し、同五九年に常務取締役になり、同六一年六月同行から派遣されて蛇の目の副社長に就任したものであって、その埼玉銀行が飲めないことを見通しながら、九六六億円の債務の肩代りを要求し、所論のいうような「呼び水」とする趣旨で埼玉銀行から本件三〇〇億円を引き出そうとしたものとすれば、出身母体である埼玉銀行を裏切る背信性の高い行為を繰り返していたことになるが、そのような事跡を認めるに足りる証拠は、所論にそう被告人の供述以外に見当たらず、右被告人の供述は、関係証拠と対比し、到底信用できない。

(2)  関係証拠によれば、Iに回った本件三〇〇億円は、全額被告人経営のI等の会社の資金繰り等に使われたことが認められ、その一部ですら、被告人保有の蛇の目株の買取り資金に引き当てられたような事実も、新会社設立のための準備金として積み立てられたような事実も認められない。B、Cが、本件三〇〇億円が被告人の経営会社の資金繰り等に使用されないような措置を講じた形跡もない。B、Cが、本件三〇〇億円が被告人の資金繰り等に充てられた上、将来設立される新会社への債務として付け替えられるという方策を選択したものとすれば、両名は埼玉銀行に対してはもとより、本件三〇〇億円の融資に関して担保を提供させた蛇の目に対しても、さらには、本件三〇〇億円を債務として背負って出発することになる新会社に対しても、背信性の高い行為をしたことにもなるのであるが、本件の証拠上、そのような事実を認めることはできない。

これらの事実からしても、所論の「呼び水」論は本件の実態にはそわないものといわなければならない。

(三)(1)  所論は、E作成の前記(4の(四))「専務会報告事項」と題する書面の中にある、「3(問題点)<2>三〇〇の回収のメドはなく新会社移行か、高値買取か」という記載は、まさに本件三〇〇億円が所論のいう「呼び水」になることを示している、という。

(2)  しかし、右記載(記録一三冊一八一八丁)は、いったん本件三〇〇億円を支出すれば、Iからの返済は見込めないから、その事後処理としては、新会社に本件三〇〇億円の債務を付け替えるか、あるいは、被告人保有株の高値買取りの中で本件三〇〇億円を回収する形をとるかという、いずれにしても窮余の方策で対処する以外にないことが、まさに「問題点」として指摘されたことを示すものと解される。

本件三〇〇億円の資金の流れの中にQを介在させたのも、埼玉銀行側が、従前の被告人とCの関係から、その継続的な取引関係の中で、QがIから本件三〇〇億円を回収した上、Qが返済してくれるのではないかと期待したものとして、前記のような状況の下で、窮余の方策を探る中では、取りあえずは一つの合理的な選択であったということができる。

(3)  本件三〇〇億円は、Qが回収してくれれば、それで済むし、そうならなくても、被告人保有株の高値買取りの中で本件三〇〇億円を回収するという方策をやむを得ず選択することもあり得るのであって、所論のいう新会社を設立することによる債務の付け替えは、事柄の性質やIと蛇の目あるいは埼玉銀行との関係から見ても、そのような方策が採られるとは限らないから、本件三〇〇億円の出捐が必ずしも所論がいうような新会社設立の「呼び水」になるとはいえない。

(四)(1)  所論は、Eメモの八月四日欄にある「頭取御指示により松田先生宅訪問 甲野の資金調達突破口となる、決論は甲野株全株買取より他なし」との記載も、本件三〇〇億円が「呼び水」となることを示している、という。

(2)  しかし、所論指摘のEメモの記載(記録一三冊一七六八丁)は、Eが、被告人の融資の要求に埼玉銀行が応じることの当否について松田俊平に意見を聞きに行った際(前記一の16参照)、松田が、「後日関与否定できず困難」と指摘した上、述べた意見を記載したものであって、その趣旨は、埼玉銀行が三〇〇億円を交付すれば、被告人にそのことを既成事実として使われ、被告人の資金調達の突破口に利用されかねず、その結果として、被告人の保有する蛇の目全株の高値買取りに至りかねないとの松田の懸念を示したものと解することができ、所論のように見ることはできない。

(五) 右のような諸点からして、B、Cが、所論のいうような「呼び水」とする趣旨で本件三〇〇億円を埼玉銀行から引き出そうとしていたものとは認め難い。

6  八月一日パレスホテルにおける被告人の言動に関して

(一) 所論は<1>B、Cが八月一日にパレスホテルで被告人から言われたと証言している内容(前記1の(一)<3>、(二)<3>)は、少しでも突っ込まれればすぐにぼろを出しそうな芝居であり、DもEもとっくに見抜いていたものである、架空の株売買の架空の取消話であることは、被告人、B及びCに認識されていたことである、三〇〇億円については回収が想定されていたのであるから、回収するわけにはいかない筋合いの株売買のキャンセル料とも結びつかない、<2>また、被告人がパレスホテルで言ったという内容について、B証言とC証言の間には、被告人が既に小切手を受け取っていたか、岩間カントリー会員権の代金として七〇億円という数字が出たか、株の売却がA念書付きであったかなどの重要な点で不一致があることからも両証言に信用性がないことが明らかである、<3>Eは、翌二日にBからパレスホテルの件の報告は受けていないと証言しており、Bが翌二日に埼玉銀行にパレスホテルでの被告人とのやり取りを報告していないのは不自然である、という。

(二)(1)  しかし、所論<1>については、Bは、原審において、パレスホテルでの被告人の話は、その真実性に全く疑問を感じない話ではなかったと証言してはいるが(第八回、記録二七冊六〇六丁以下等)、右証言に徴しても、被告人の言動が、外から突っ込まれればすぐにぼろを出しそうな芝居であったとは認め難い。被告人との間にB、Cが介在し、いわば距離のあるD、Eと、B、Cとの間では、被告人の言動についての感じ方、与える心理的影響にも自ずと違いがあり得る。B(第五回、記録二五冊二七八丁裏以下)、C(第一二回、記録二五冊一〇九七丁裏等)の原審証言によれば、B及びCは、三〇〇億円が「キャンセル料」とか「落とし前」的なものであると言われているだけに、その回収の見込みについて強い不安を抱いていたことがうかがわれるし、Zの原審証言(第三〇回、記録三四冊二五七一丁以下)等によれば、八月六日の蛇の目の常務会などでも回収の見込みについて意見が交わされていることが認められる。

(2)  被告人のパレスホテルでの言動についてのB、Cの原審証言の間に、被告人が既に小切手を受け取っていたか、岩間カントリーの会員権の代金として七〇億円という数字が出たか、株の売却がA念書付きであったかなどの点で違いがあることは所論<2>に指摘するとおりであるが、B、Cの関心の持ち方・方向、注意の払い方などの違いからすれば、右のような証言の違いがあったとしても、必ずしも不自然ではなく、このことから一方のあるいは双方の証言が信用できなくなるものでもない。

(3)  所論<3>の、Bが、八月二日、Eに対し、前日被告人から言われた話をどの程度報告したかという点について見ると、Eメモの八月二日欄(前記1の(三)<5>)の「B氏よりtel C氏よりイワキ等担保で300貸してくれ、甲野が買戻す為に必要」との記載にEの原審証言(第八四回、記録五六冊八七二二丁以下等)を併せると、Eは、Bからパレスホテルという場所やそこでの会話の具体的な内容は告げられていないか、あるいはそれらの点につき記憶に残るような言い方をされなかったことはうかがわれるとしても、被告人が蛇の目株を買い戻すために三〇〇億円が必要となったということは、Bから初めて告げられ、現にEメモに記載されているのであるから、火急の用件は伝えられているものと認めることができる。Eの原審証言には、Bに三〇〇億円の使途を問いただしたところ、Bから、被告人がゴルフ場の関係で七〇億円使うようだ(第二二回、記録三二冊二〇一〇丁裏以下)、あるいは、被告人がゴルフ場の会員権を七〇億円くらい買うようだ(第八四回、記録五六冊八七二四丁裏以下)と聞いたとする部分がある。この点は、Bが、原審で、被告人からパレスホテルで七〇億円という数字は聞いた覚えはないとしながらも、「岩間カントリーの会員権を買う件もある。」と聞いたと証言している(第五回、記録二五冊二七二丁裏等)ことを裏付けていると見ることができる。また、Dの原審証言にも八月二日のことではないにしても、Bから、株を買った者が念書で喜んでいるということを聞いたという部分があり(第二七回、記録三三冊二四三五丁)、この点もBの原審証言中のパレスホテルでの会話の内容を一部裏付けるということができる。右の諸点から見て、BのEに対する報告の仕方、内容が所論のように不自然であるということはできない。

7  八月一日ニューオータニにおける被告人の言動に関して

(一) 所論は、<1>八月一日、Cがパレスホテルの後にニューオータニのバーに行き被告人と会っていることは、Cの検察官調書の明確かつ断定的な供述内容からも明らかであるが、Cは、最初そのようには証言せず、原審公判における弁護人の反対尋問でこれを認め、当審においては、その経緯についてまで証言するに至っており、意図的にあいまいな証言を行っていることが明らかである。<2>Cが右のようなあいまいな証言をしたのは、ニューオータニで被告人と本件三〇〇億円について担保の話をしたということになれば、パレスホテルで脅迫されたということと矛盾するからである、<3>当審における權周一の証言によれば、ニューオータニのバーにおいて、Cが被告人と一緒にニコニコして話をし、「今、甲野さんと大きなことをやっている。」と權に話したことは明らかであって、このようなことは、被告人がCを恐喝した直後の行動とは見られない、<4>Cは、その席で權に会ったことも否定する証言をしており、Cの証言は信用できない、という。

(二)(1)  しかし、所論<1>に指摘のCの検察官調書(当審弁護人請求一九号証、記録六三冊三三丁)には、「私は、甲野さんと一緒にパレスホテルを出て、確かニューオータニに行きました。」との供述内容があるに止まり、Cは、捜査段階から、ニューオータニに行ったことを、所論のいうように明確かつ断定的に供述していたわけではないことがうかがわれる上、Cの当審証言も、ニューオータニに行ったことを前提として事後的に推測判断してのものもあって、具体的な記憶に従って供述しているものと見ることはできないことなどからすると、Cの原審及び当審における、ニューオータニで被告人に会ったかどうかの点の証言に揺れがあることが、所論のいうような意図的なものであるとは認められない。

(2)  所論<2>については、被告人が要求したという三〇〇億円が支出されるとすれば、融資の形をとらざるを得ないと考えられるところから、パレスホテルの後、ホテルニューオータニで被告人とCとの間で担保の話が出たとしても、それ自体は何ら不自然ではなく、それがパレスホテルでの脅迫と矛盾するとはいえない。

(3)  所論<3><4>については、被告人の捜査段階及び原審公判における供述によると、權が代表者を務めるという「常興」は、被告人ないしその経営会社と密接な関係にあったことがうかがえるにもかかわらず、被告人自身、原審においては、八月一日にニューオータニで会っていたのは、Cとだけであることを繰り返し供述している(第五八回、記録四三冊五四二八丁、五四四〇丁等)ことなどからしても、所論にそう權の当審証言はたやすく信用することができない。Cの原審証言が權の証言によって信用性を左右されるものとは認め難い。

8  八月四日の被告人の脅迫的言動―ヒットマンなどに関して

(一)(1)  所論は、B、Cが証言する八月四日の被告人による脅迫内容については、<1>BやCは、被告人のいうヒットマンの話が児戯にも等しい幼稚なフィクションであることは容易に看て取れたはずであって、それを信じていたという方がおかしいばかりでなく、内容的にも、関東を縄張りにするP系暴力団が大阪からヒットマンを派遣するというのもおかしいし、Bが八月四日に被告人から言われたことをすぐに埼玉銀行に伝えていないというのは不自然である、<2>Bは、八月四日に被告人から言われたことを翌五日に埼玉銀行に話したと証言するものの、Eが証言するように「被告人の家の前にパトカーが停まっている。」という明らかなうそまで伝えている、という。

(2)  しかし、所論<1>のヒットマンの話に関しては、B、Cが証言する、被告人が言ったという暴力団から命を狙われているという話は、所論のように児戯にも等しい幼稚なフィクションであるといえるとしても、直ちにうそと決めつけられないことは明らかであり、当時の状況からは、これを聞いたB、Cをして不安を感じさせ、畏怖させるに足りるものであったことは、両名のその後の行動が示している。

Bから八月五日に報告を受けたDですら、「(ヒットマンの話はBからあったが)そんなことを本当かうそかなんて、その世界の人のことを私は分かりません。」「我々の理屈からすれば、そんな馬鹿な話はないと思いますよ。だけど狙う人にとっての理屈は何だと、これは分からないです。」「ただ普通の人にとってみれば怖いような話だなと思うことは、常識的に考えて分かりますね。」と証言している(原審第二七回、記録三三冊二四四七丁以下)。E、Dの原審証言によれば、埼玉銀行側では、八月一日から一七日に至るまでF、H、D、Eにガードマンを付けていたことが認められることからしても、Bから伝えられた被告人の話が八月四日、五日の時点で全くのうそであると信じていたものとは見られない。Dは、原審において、八月四日にEから電話で、被告人から「俺がこれだけ一生懸命取戻し交渉やっているのに、三〇〇億円はどうしたんだ。」「大阪からヒットマンが二人来ている。」と言われた、というような話を聞いた旨一貫して証言しているのであって(第二七回、記録三三冊二四三六丁、第二八回、同記録二五〇六丁以下)、Bがそのような報告はしなかったと明確に証言しているわけではないことにも徴すると、所論のように、Bが被告人からの脅迫内容を埼玉銀行に伝えなかったものとは認められない。Eメモ、Dメモの八月四日欄には、ヒットマンの件をうかがわせる記載がないが、同日欄に記載された内容は、いずれもBがDにヒットマンの件を連絡する前に、Bから受けた報告を記載したものであることがうかがわれるから、特に疑問とするに足らない。

(3)  所論<2>についてみると、Bは、八月五日「大宮クラブ」において、F、D、Eらの前で、被告人から前日言われたことを説明しているが、その中で、被告人の家の前にパトカーが停まっているということを告げたかどうかという点については、Eは、それを肯定する証言をするものの、B、Dはそれを否定する証言をしている。仮に、Eの証言が正しく、Bが前日被告人から言われた一連の事柄を告げた内容のうちの一部に不正確な箇所があったことになるとしても、記憶違いということもあり得るのであって、BがDらに殊更うそを伝えたものとまでは見られない。

(二)(1)  所論は、B、Cが被告人のヒットマンの話に身の危険を感じたとしても、ホテルに宿泊していたというのに、蛇の目の総務部長fは、その日ゴルフに興じていたというのは、Bらが証言するホテル宿泊の理由を疑わせるものである、という。

(2)  しかし、B、Cが証言する被告人から受けた脅迫は、B、Cの両名が狙われているというものであって、蛇の目の他の幹部まで狙われるという趣旨のものではなく、また、D(第二五回、記録三三冊二二三〇丁裏以下)、B(第五回、記録二五冊三一二丁以下)の原審証言によれば、右当日の朝、B宅を訪ねても、Bの所在が分からなかったDが、結局、部下の職員を介してf総務部長に連絡を取ってその居場所を聞き出していることが認められることに照らすと、Bらに万が一の事があったときには、直ぐにf総務部長に連絡が付くようになっていたこともうかがえるから、所論のようにいうことはできない。

(三)(1)  所論は、<1>Cが被告人の言動に畏怖していないことは、C証言から明らかであるし、B、Cのその後の行動は命を守る態勢にもなっていない、<2>八月五日にDがB宅を訪れた際、Bの妻Vがとった態度からは、Bが妻に真実身に降りかかった危険を知らせたものではないことが分かる、<3>Cは、この時期に父親が危篤状態にあって、本来ならホテルに身を隠すようなことはしたくなかったのに、身の危険からやむなく父親の看病を断念してまでそうしたと証言しているが、本当は、当時開発中の大プロジェクトがあってそれに賭けていたから、本件三〇〇億円の融資が成功するか気が気でなかったからである、という。

(2)  しかし、Cについては、Cの原審証言(第一二回、記録二八冊一〇八一丁裏以下、一一〇八丁裏以下等)によれば、八月四日の被告人の言動から、知り合いの福田元警視総監に対し、七月三一日に続いて二度目の電話をかけ、ガードマン二名の連絡先を聞いて万一の場合に備えたというのであり、Wの原審証言(第三二回、記録三四冊二七七六丁裏以下)、捜査報告書(甲一〇五号証、記録一〇冊一二二三丁以下)その他関係証拠によれば、妻のWに連絡して、しばらく帰れない、ホテルに泊まるから、戸締まりをちゃんとするようにと伝え、その後、実父の病状がよくなく心配しながら、八月一一日にチェックアウトするまで偽名で八重洲富士屋ホテルに宿泊し、自宅に帰らなかったことが認められる。これらの証拠及び事実に徴すると、Cが被告人の言動に畏怖していたものと認めざるを得ないのであって、所論のように、Cは本件三〇〇億円の融資の成否が気になっていたから八月四日は自宅に帰らなかったものと認めることはできない。

(3)  Bについては、同人の妻Vは、原審で、Bから、ヒットマンに命を狙われていて、身を隠さなければならなくなったと聞かされた、父親がヒットマンに狙われているという話は、ホテルに勤務している子供にも話した、八月五日、Dが自宅に電話してきたが、盗聴されているかもしれないということであるので、夫の行き先を言わなかったところ、心配したDが自宅まで訪ねて来てくれた、などと証言している(第三二回、記録三四冊二七五〇丁以下)。D及びEの原審証言、前記捜査報告書その他関係証拠によれば、Bは、八月四日に被告人から言われたことを直ちにDに連絡し(前記(一)(2) )、翌日「大宮クラブ」で、F、Eらにも説明しており、妻に対しては、八月四日夜盗聴に気を遣いながら、電話で宿泊先を誰にも言わないようになどと用心するように伝え、同日夜から自分の子供がフロント係りをしている八重洲富士屋ホテルに宿泊し、八月七日からは「藤田勝」の偽名で一二日まで宿泊していることが認められる。

(4)  右のような証拠及び事実からしても、B、Cがヒットマンの話まで持ち出した被告人の言動に畏怖して不安を感じ、自宅から身を隠すなどの行動に出たものと認められるのであって、所論の主張は、証拠にそわない。

9  八月七日の蛇の目の一〇億円の支出及び八月八日の臨時取締役会の決議に関して

(一) 所論は、蛇の目が八月七日にIに一〇億円を支出した(前記一の19)のが、被告人から脅迫されて支出したというのであれば、埼玉銀行はもとより警察等になぜ通報しなかったか、甚だ疑問である、という。

(二)(1)  しかし、B、Cは、原審において、八月四日に被告人から一〇億円を要求されたと証言しているが(第五回、記録二五冊三〇四丁裏、第一二回、記録二八冊一一〇五丁裏以下等)、その一〇億円の支出について、Dは、八月五日に聞いたかどうかまでは記憶がないものの、Bから、被告人が一〇億円を出せという話をしているということは聞いたと証言していることからすると(原審第二八回、記録三三冊二五〇七丁以下)、Bが一〇億円の件を埼玉銀行側に伝えなかったものとは認められない。また、Cの原審証言(第一四回、記録二九冊一三一〇丁以下)によれば、蛇の目では、一〇億円までの支出は、取締役会にかける必要がなく、常務会の権限でできることから、八億円は蛇の目が支出することとし、二億円はQが立て替えることにして、総額一〇億円を支出したことが認められるから、埼玉銀行に依頼しなければ不可能な本件三〇〇億円の支出と、この一〇億円の支出とは、いわば性格が異なるものということができる。そうであるとすると、証拠上、焦眉の課題である本件三〇〇億円の融資が決定された「大宮クラブ」において、蛇の目独自でできる一〇億円の支出の件が話題とならなかったことが認められるが、この点も不自然とはいえない。

(2)  一〇億円の件が、警察等に報告されなかった点については、Bが、原審で、七月末から八月上旬にかけての心境を尋ねられて、「素人判断とすると、かなり脅しの内容がありますから。ただ、我々のほうは、むしろ犯罪というより、自分のところへ降りかかった火の粉を消すほうに一生懸命でしたから。それが客観的にみてこれが犯罪を構成するとか何とかということよりも、この火の粉を早く消して、更にいえば、無事に外側にも何も分からずに前のような状態にしなければ大変だとう気持ちのほうが非常に強かったと、こういうことです。」と当時の心情を吐露する証言をしていることからも(第八回、記録二七冊六九五丁裏以下)、理解できないわけではない。

(3)  なお、所論は、本件三〇〇億円の融資の担保提供を正式決定した蛇の目の八月八日付け臨時取締役会議事録(甲九八号証、記録一〇冊一一五八丁以下)にも、三〇〇億円が恐喝されたものとうかがわせる記載は見当たらない、というが、取締役会の正式な議事録に、企業が担保提供という実質的負担行為をするのが恐喝によるものであることをうかがわせる記載がされるとは考えられない。

10  B及びCの原審証言の内容から見た信用性

以上の3ないし9において検討、説示したとおりであって、被告人から九六六億円の肩代りや本件三〇〇億円の融資を求められて脅迫されたというB、Cの原審証言の内容は、大筋においてはもとより、本件における客観的な事実経過全般の流れの中で見ても、その信用性に影響を及ぼすような不自然で、不合理なところがあるとは認め難く、この点に関する所論は、証拠関係に照らし採用し難い主張というほかはない。

11  B、Cの原審証言とEメモ、Dメモその他の関係証拠について

(一) 所論は、B及びCの原審証言は、Eの原審証言とそのメモ、Dの原審証言とそのメモなど他の関係証拠と対比し、さらには相互に対比して検討すれば、その信用性が認められないことは明らかである、という。

以下、所論の指摘する諸点について見る。

(二) A念書付きの蛇の目株売却に関して

(1) ア 所論は、Bは、原審において、七月二九日午前中に、被告人から自宅に電話があって、株にA念書を付けて売ると高く売れると言われた旨証言しているが、そうであるとすれば、同日Bから連絡を受けたEが、Eメモにそのことを記載していなければおかしいのに、Eメモにはその旨の記載はなく、八月四日付けのDメモに初めてそのことが出て来るのは不自然である、という。

イ Eメモの七月二九日欄に、Bが原審で証言するように(第四回、記録二四冊一九三丁)、被告人から電話で蛇の目株に念書を付けて売ると高く売れると言われたとの明確な記載がないことは、所論のとおりであるが、前記1の(三)<1>に摘記したとおり、Bが同日被告人から言われた内容をEに報告した趣旨と解される、株が他に渡る可能性があるとの記載とともに、「メモ」と表現するA念書に関する記載がある(記録一三冊一七六七丁~一七六八丁)。Bは、原審において、Eに対し、被告人が念書を付けて株を高く売ると言ってきたことを伝えたと証言しており、Eも、Eメモについて、「(Bが)何をどのようにおっしゃったかというのは明確な記憶がないわけでございますけれども、重要な点だけは、ちょっちょっと、それに引っかかる言葉だけは書き連ねたわけでございます。」と証言していて(原審第八四回、記録五六冊八六一七丁裏)、右B証言を否定する証言をしているわけではない。Eら埼玉銀行関係者の間においては、A念書が被告人の手に渡ったことは、七月二八日の段階で既に知悉していた事柄であって、その悪用の危険性が当然予想されたことは、後記12において検討するとおりであるが、この点は、Eメモの七月二九日欄の「メモはいらないのに」という記載からもうかがうことができる。Eは、同日Bからその証言するような報告を受けた際には、当然に予想されたことが起きただけであると感じ、被告人の株売却が念書付きのものである点は特に記載するまでもないと考えたことから、それを明確に記載しなかったものとしても不自然ではない。

ウ 所論は、Eの証言によれば、Eは、高木元社長の法要の席から電話をかけてきたBに対し、A念書の悪用の心配について詳細な忠告をしていることが認められるが、これは、EがBから被告人によって念書付きで株が売却されるとの話を聞かされなかったからこそ忠告したのである、という。

しかし、右の点に関するEの証言(原審第二二回、記録三二冊一九七六丁以下)は、A念書に金額が記載されていない点が相手にどのように利用されるか、蛇の目側ではその点からどのように抗弁できるか、ということを具体的に想定して、Bにその考えを伝えたという趣旨のものであって、むしろ、所論指摘のEの忠告は、EがBから被告人によって念書付きで株が売却されるとの話を聞いたからこそ、されたものと見るべきである。

エ Dは、七月三〇日夜、自宅を訪ねてきたA及びBから、被告人がA念書付きで株を売却すると言ってきたという話を聞いたと証言している(原審第二四回、記録三二冊二二〇二丁)。この証言は、明確であって、Dの記憶違いに基づくものとは見られず、同旨のBの証言(原審第四回、記録二四冊二一三丁以下)を裏付けるものといえる。Dメモの八月四日欄の「Cは社長メモは重大な意味をもって来る(先方に渡った場合)」との記載(前記1の(三)<7>)は、埼玉銀行側が、Cも念書の危険性を危惧していることを認識していたことを示すものであって、右のような関係証拠に徴すると、この記載が、A念書が悪用される危険性を指摘した、メモ書きとしては初めて出てくるものとしても、所論のように不自然であるとはいえない。

(2) ア 所論は、Z、a、d、b、cの五人が、八月六日の蛇の目の常務会において、A念書の存在に関する説明を受けていないと証言していることは、その説明をしたというBの原審証言、その説明をBがしたというCの原審証言の信用性を失わせる、という。

イ しかし、Bは、社長のAが七月三〇日に自宅で常務らを集めて九六六億円の件の説明をしたときには、念書を作成したことに触れなかったことから、八月六日の常務会においては、三〇〇億円を出さなければならなくなった経緯を説明する中で、七月二八日に念書が作成され被告人に渡ったということについては触れたが、副社長の自分が暴き立てるようなことはできないとの気持ちがあって、念書の内容とか、悪用の恐れなどは説明していない旨証言しており(原審第八三回、記録五六冊八四一八丁裏以下)、CもBからA念書の説明があった旨証言している(原審第一二回、記録二八冊一一一四丁裏以下)。それまでの経緯、事実関係を知悉していない役員らに、BからのA念書の説明についての明確な記憶が残らなくとも不自然ではなく、Zらの右証言がB、Cの原審証言の信用性を損なうものとはいえない。

(三) 株の売却先、売却株数、売却後の懸念等に関して

(1) ア 所論は、Eメモの七月二九日欄には、「戦トー開始か 株が他に渡る可能性あり 株価に影きょうあり 800人の問題あり 証取法の問題あり」との記載があるなど、Bが言ったことは証言していない事柄が多く記載されており、EがBの報告にないことを書き留めるはずはないから、Bは被告人から聞いたと証言している以上のことを尾鰭、背鰭をつけてEに報告したことが明らかである、という。

イ 確かに、Eは、原審において、Eメモの所論指摘の記載事項(前記1の(三)<1>)はBから聞いて記載したと証言している(第八四回、記録五六冊八六一七丁以下、八七一一丁裏以下)のに対し、Bは、「株が他に渡る可能性あり」との部分を除いてEに告げた覚えはない旨相反する証言をしている(第六八回、記録四七冊六五五八丁裏以下、第七五回、記録五一冊七三七三丁裏以下等)。Bは、Eメモの右「八〇〇人の問題」や「証取法の問題」には触れたくないとの心理から、これらのことを当時Eに伝えたことはないと証言しているのではないかとの疑いが否定できないことは、原判決が「争点に対する判断」の第五の四2(二)(4) (一七〇頁以下)で説示するとおりである。しかし、Eが右のような記載をしたのは、Bからの電話で、少なくとも、被告人との間で「戦闘」が開始され、「株価にも影響」があり、「八〇〇人の問題」や「証券取引法の問題」を心配しなければならないような事態が生じていることを感じてメモをするきっかけとなった会話があったと見るのが合理的である。Bの原審証言や関係証拠に徴しても、所論指摘のEメモとの記載から、Bが被告人から聞いて危惧した以上のことを殊更尾鰭、背鰭をつけてEに伝えたという疑いがあるものとは認め難い。

(2) ア 蛇の目株の売却先について、所論は、Eメモの七月二九日欄の「C、ヤバイ」との記載は、株がMのNら企業家に売られること自体がやばいという趣旨である、という。

しかし、所論指摘のEメモの記載は、Bが、原審で、七月二九日のうちにCに電話で相談したところ、Cから、被告人が株を売ると言っている先はやばいところではないかと言われ、それをそのままEに報告した旨証言している点(第九回、記録二七冊八四七丁以下、第六八回、記録四七冊六五五六丁裏以下)を裏付けるものと見るべきであって、所論のように、この記載をNら企業家に売られていること自体がやばいという趣旨のものと見ることはできない。

イ 所論は、右に関連して、B、Cは、原審において、七月三〇日夜、Aと共に八重洲富士屋ホテルに集まって相談した際、被告人の蛇の目株の売り先について、「O」とか、P系などという言葉が出たという証言をしているが、BはOという名称を挙げたと証言していないし、Cも具体的な固有名詞は出ていないと証言している箇所があり、Aの検察官調書も、Oの名称が出たということを否定する趣旨のものである、という。

しかし、Bは、自分から「P系かな。」という話をしたと証言し(原審第四回、記録二四冊二一八丁等)、Cは、Bから「O辺りかな。」という話があった旨の証言をしているが(原審第一二回、記録二八冊一〇六八丁等)、B(第三回、記録二四冊一〇八丁以下等)、C(第一二回、記録二八冊一〇六八丁以下等)の原審証言によれば、B、Cは共にOが暴力団P系の企業であると認識していたことがうかがわれるから、B、Cのこの点に関する証言は、相互に符合するものと見ることができる。

そして、Aの検察官調書には、Cが、その場で「(私の書いた)メモが、蛇の目株と共に暴力団筋に売られてしまった場合のことを考えて、大変なことになると言っていたのです。」との供述部分(甲一二六号証、記録一三冊一七四五丁裏以下)があって、これはAの単なる意見とは見られないから、所論のように、Aの検察官調書を、Oの名称が出たことを否定する趣旨のものと理解することはできない。

ウ 右のとおり、B及びCの証言とAの原審証言及び検察官調書を対比してみると、所論にかかわらず、A、B、Cの三者とも、被告人の株の売り先は、暴力団筋のような「やばい」ところであると認識していたものと認められる。

(3) ア 所論は、B、Cは、原審において、被告人が、七月三一日午後、蛇の目本社の役員応接室で、A、B、Cに対し、株の売り先は「O」であると言ったと証言しているが、Aは、検察官調書(甲一二六号証、記録一三冊一七五〇丁)において、その場ではそのように聞いてはおらず、被告人が帰った後に、Bから被告人の株の売り先はOであると告げられたと供述しているのであって、Dの原審証言も併せると、Bは、被告人が帰った後、Aに被告人の株の売り先はOであるとうそを告げ、Aは、これを受けて、再度Dに電話をかけ、新大株主はOであると説明したと考えられる、という。

イ しかし、被告人が七月三一日に蛇の目の本社に来た際の役員応接室での着席状態については、A(第一九回、記録三一冊一六六三丁裏以下)、C(第一二回、記録二八冊一〇七二丁以下)の原審証言によれば、円形のテーブルに半円形になるようにして、被告人とAが向かい合った位置に座り、その間の被告人寄りにC、A寄りにBが座っていたことが認められる。そして、B、Cの証言によれば、被告人は、Bから蛇の目株の売り先を尋ねられて、小さな声で、Oであると言ったというのであるから、着席位置の関係もあって、その声がB、Cには聞こえたが、Aの耳には入らなかったということも考えられ、B、Cの原審証言とAの検察官調書の記載との間に相違があるのも必ずしも不自然とはいえない。もっとも、Aは、原審においては、Bから尋ねられて被告人が一瞬間をおいて何かを言ったが聞き取れなかったので、その場でBに確認したら、Bが「Oですよ。」と答えたと証言している(第一八回、記録三〇冊一六二九裏以下)。Aの検察官調書と対比し、右のA証言が直ちに措信できるかどうかはともかくとして、Aの供述及び原審証言は、被告人の株の売り先がOであることをBから聞いたという点では一貫しており、その点においては、B、Cの原審証言を補強するものとしても証拠価値を認めることができる。

ウ Dは、原審で、七月三一日、AがF頭取に辞意を伝えてきたので、頭取と電話を替わり、Aに新大株主は誰かと尋ねたら、AがOであると答えたと証言し(第二四回、記録三二冊二二〇八丁以下)、所論指摘のように、AからOというのはP系の会社だという話が出たのが七月三一日のことであったのかと質問されて、「再度、頭取に電話かかってきて、私が電話替わった話の中でですね。」と証言している(同公判、同記録二二〇九丁裏)が、右証言部分は、その前後の証言内容から見ても、所論のいうようにAは、被告人が帰ってから再度Dに電話をかけ、Oということを伝えたことをうかがわせるものとは見られない。

エ 被告人が七月三一日午後蛇の目本社でA、B、Cに株の売り先は「O」であると言ったとのB、Cの原審証言は、右A、Dの原審証言等に照らしても、信用するに足りるものと認められる。

(4) ア 所論は、<1>Aが八月一日に埼玉銀行に行った際の会談内容に関して、Aは、検察官調書において、被告人が株を譲渡した模様で、相手は暴力団関係のようである、新株主が埼玉銀行にあいさつに来るかもしれない、と話したと供述していて、新株主はOである、被告人がBにそう言ったらしい、と言っていないというのは、被告人がBらに売り先はOであると告げた事実がないからであり、Aが「O」の名を出していないのは、新株主がOだとのBの言葉を信じていなかったからである、<2>他方、Eが、Aは新大株主に従来の協調路線を踏襲するという意思表示をやってもらいたいと言った旨証言しているのは、Aが新株主が暴力団と解していたのではなく、一般の企業と解していたことを示しており、AもEもそのように考えたと思われる、という。

イ しかし、所論<1>については、Aが、埼玉銀行側に事情を説明する際、Oのことを暴力団筋のようであると表現し、Oという名をBから聞いたことを報告しなかったからといって、必ずしも不自然とは考えられず、このことから、Aは新株主がOであるとのBの言葉を信じていなかったなどということはできない。

ウ 所論<2>については、Aが、新株主との協調路線のことに触れたという点は、被告人が、前日、Aらに対し、新株主とも協調路線で頼む旨言ったというB(第五回、記録二五冊二三二丁)、C(第一二回、記録二八冊一〇七九丁裏等)の原審証言と符合している。Aが、「新大株主」が暴力団筋を意味していることを前提にしながらも、Eが証言する、所論指摘のような言い方をしたという点も、Aの当時の精神状態等からみて、理解できるところであって、所論のように、その言い方から、Aが新大株主を一般企業家と理解していたということはできない。

(5) ア 所論は、<1>Bは、原審において、八月一日に被告人から電話があって、株の売り先が「O」から「常興」に替わったと告げられたと証言しているが、常興は暴力団とは何ら関係のない会社であり、被告人がBやCに株をOに売ったと告げたというのが真実であれば、常興に替わったと言うのは、その効果を減殺するものとなるから、そのようなことを言ったというのは不自然である、<2>Cは、常興の代表者の權周一とは親しいから、Oが常興に替わったと聞き、常興はOのダミーと思ったと証言している点は、明らかに真実を隠しているのであって、右の点においてCとBの原審証言が一致しているのは、両者が申し合わせてうそを証言していると推定できる、<3>株の売り先がどこかということは最重要の問題であるから、BとCが埼玉銀行にDを訪ねた際、売り先が常興に替わったことをDに告げていないというのも不自然である、という。

イ しかし、所論<1>については、Bの原審証言に徴すると、Bは、被告人から株の売り先が替わったことを告げられた時点で、常興が暴力団筋に名義を貸すような会社でないと言い切れるほど常興のことを知っていたとはうかがえないし、被告人は、八月一日、Bに電話で株の名義人はOではなく常興だと伝え、その夜に人目に付かないところで会いたいと言って、パレスホテルで会い、三〇〇億円が必要な理由として岩間カントリークラブ会員権のことにも触れたということなどからすると、常興がOのダミーであると思ったというBの証言が信用できないとはいえない。

暴力団との関係が取り沙汰される被告人の口から、Oの名が出たその翌日に常興の名が出され、その日のうちに、かつて被告人が蛇の目本社に連れて来たO関係者が購入を勧めたという岩間カントリークラブ会員権の件(後記五の2(二)(3) 参照)が出ていることからすると、聞く者をして常興はOのダミーではないかと思わせるものであって、脅迫の効果を減殺させるものとはいえないし、その裏に何かの動きがあるのではないかと考えさせる効果はあるといえるから、被告人がそのようなことを言ったのが不自然であるということはできない。

ウ 所論<2>については、Cの原審及び当審証言によっても、Cが常興の代表者の權と親しいとは認められず、Bの原審証言同様、常興がOのダミーであると思った旨のCの証言に信用性がないとはいえない。

この点についてのB、Cの証言が一致しているからといって、両名が申し合わせて虚偽を証言したものとは認め難い。

エ 所論<3>については、Eメモの八月一日欄(前記1の(三)<4>)に、「Bよりtel Oは常興となった由」との記載がある。Bは、Cと共に埼玉銀行に赴いた際には、被告人から電話で聞いた「常興」という名を記憶しておらず、蛇の目に帰社してから、電話でEに常興という名を連絡したということはあり得るところであって、右記載はそのように考えれば理解できる。

所論指摘のように、Eメモの同日欄に、Cの言葉として「新株主は分からないが」という記載があるが、Cは、被告人の電話を受けたBから、株の売り先が替わったということだけ告げられて、常興の名まで告げられずに埼玉銀行に赴いた可能性もあり得るから、右記載も必ずしも所論の論拠とはならない。

所論は、Eメモの八月一日欄の「J、B、Y考えを一つにすれば勝てる」との記載について、相手が暴力団であれば、三者が一つになっても勝てるはずがないから、埼玉銀行での話合いは、相手が暴力団であることを前提としたものではなかった、ともいう。しかし、関係証拠(報告書―原審弁護人請求四六号証―記録一五冊二〇〇二丁以下、Eの原審第二二回証言、記録三二冊二〇四七丁、Dの原審第二八回証言、記録三三冊二四六二丁等)によれば、当時、B(埼玉銀行系)Y(Q)が保有する蛇の目株は、合計すると、安定多数を優に超えていたことが認められ、J(蛇の目執行部)と両者が力を合わせれば、暴力団筋が被告人から全株を譲り受けたということで蛇の目に入ってきても、対応できなくはないと考えられるから、所論のようにいうことはできない。

(6) ア 所論は、Eメモの七月三一日欄には、EがBから、被告人が三六〇〇万株を一株三五〇〇円プラスアルファで売却したとの報告を受けたことが記載され、Dメモの翌八月一日欄にも、被告人が三六〇〇万株を売却した、との記載があるが、Bらの原審証言を見ても、被告人から何株をいくらで売ったかということを聞いたとの証言はなく、この点においてEメモ、Dメモと重大な齟齬があり、このことは、Bは、被告人が株を売ったということが演技で架空のことと知っていたから、誇大的な株数等をEに告げたものであることを示していて、Bが、被告人、Cと意思を相通じて「狂言芝居」に及んだことの有力な証左となる、という。

イ しかし、Dメモの八月一日欄(前記1の(三)<4>)欄の「36000千株(甲野氏支配株)が甲野氏の手から離れた」との記載は、Dの証言(原審第二四回、記録三二冊二二一一丁以下)によれば、Eから聞いたことであると認められる。Eメモの七月三一日欄(前記1の(三)<3>)欄に「B氏よりtel 3600万株@3500円プラスアルファ」との記載がある点については、Eは、Bから聞いた内容をメモしたものであると証言している(原審第二二回、記録三二冊一九九四丁裏以下等)。Bは、Eに対して金額は一株三五〇〇円以上と言った覚えはあるが、株数を言った記憶はないと証言している(原審第七五回、記録五一冊七四四三丁裏以下)。Iに勤務していた高橋みさ子の検察官調書(甲八九号証、記録八冊八四七丁裏以下)その他関係証拠によれば、Iが、平成元年一月一〇日ジェー・シー・エルに対して蛇の目株一〇〇〇万株を三五〇億円で売却した(前記一の5)ことにより、その時点でIの蛇の目株の保有株数は二五一三万五〇〇〇株となり、被告人個人の保有株三〇二万株との合計二八一五万五〇〇〇株が本件当時の被告人及びIの所有株であったことが認められる。B(第七五回、記録五一冊七四七一丁以下等)、C(第八〇回、記録五三冊八〇六五丁裏以下)の原審証言によると、Bは、七月末の時点では、IがQから蛇の目株八四〇万株を借り受けていることを知らなかったものと認められるから、この借り株数も加えた三千六、七百万株を被告人の保有株数と考え、埼玉銀行側でもそのように見ていたとしてもおかしくない。

ウ このように見てくると、Eから尋ねられてBが被告人の売却した株数を三六〇〇万株と言ったという可能性も、あるいは、Bが被告人の売却数を「全株」と言ったのを、Eが全株を三六〇〇万株と把握していたことからその数字を記載したという可能性も考えられる。Bが、Eに対して、被告人による売却株数は全株と告げた旨証言し(原審第七五回、記録五一冊七四四四丁裏等)、他方、Eが被告人の売却株数については、一〇〇パーセント聞き違いがないかと言われれば自信はないものの、Bから三六〇〇万株と聞かされた旨証言しているのも(原審第八四回、記録五六冊八七一七丁裏以下等)、右の可能性を否定する趣旨の証言とは見られない。いずれにしても、BとEの電話でのやり取りを通して三六〇〇万株という数字がEメモに残されたことは間違いないところであり、その数字は被告人保有株の全体を示しているものと見ることができる。Dメモ及びEメモの所論指摘の記載をもって、所論のいわんとするように、Bが、Eに対し、殊更誇大な数字を伝えたものと認めることは困難であり、Bが、被告人の株の売却話が演技であり、架空のことと知っており、この点が、Bが被告人、Cと相通じて「狂言芝居」に及んだことの証左とすることはできない。

(四) 蛇の目株の売却話の真実味に関して

(1) ア 所論は、E、Dの原審証言を検討すると、E、Dは、七月二九日にBから報告を受けた時点で、被告人が株を売って九六六億円を用意するというのは、九〇数パーセント作り話であることを見抜いていたことが明らかであるばかりでなく、誰が考えてもすぐ見破ることのできる「お話」に過ぎなかったといえるから、B、Cもそれを見抜けなかったはずはないし、E、DはBに被告人の話がうそであることを知らせようとしている、という。

イ 確かに、E、Dは、原審で、七月二九日の時点での被告人の株の売却話だけでなく、その後の被告人のOに対する株の売却話も含めて、真実味の薄い話であると感じた旨証言している。

ウ しかし、被告人の言動を直接見聞きしたB、Cと、主にBからこれを伝え聞いたE、Dとの間で、立場の違いもあり、被告人の話の真実味について感じ方を異にしても不自然とはいえない。現に、蛇の目のZ専務は、原審で、七月二九日の高木元社長の法要の席ではBの顔色が大変悪く、また、社長室に行ったときにAが何かにおびえるように憔悴していることがあった旨証言しており(第三〇回、記録三四冊二六三四丁以下)、B、Aらが被告人の株の売却話を信じて畏怖しているのが周囲の役員にも悟られるような状況にあったことがうかがえる。被告人の蛇の目株売却等の話は、蛇の目側でも埼玉銀行側でも悪用を懸念しているA念書が被告人の手に渡ったままになっている当時の状況の下で、A、Bら蛇の目側はもとよりE、Dら埼玉銀行側にも、いわば悪い予感が的中するのではないか、あるいは的中したのではないかと思わせる内容のものであって、暴力団筋に売却されるという話自体は信憑性の薄い話であるからといって、漫然と放置しておける話ではなかったと認められる。

E、Cの原審証言からは、両名が被告人の蛇の目株の売却話をあり得ることとして信じていたものと認められるであって、当時の状況やその他の関係証拠に照らしても、右証言が不自然であるということはできないし、埼玉銀行側でも、Eが、「Oに売るとか、常興に売るとかいうのは、金額の規模からいっても、それに使えた時間からいっても、ほとんど不可能だろうというのは誰が考えてもすぐ分かることなんで、それより、むしろその念書をそのように扱うんだな、ということのほうが重要だったんです。」「念書が甲野の手にあるうちはこれは蛇の目にとっては大変なことなんだ、というふうに思っていました。」と証言し(原審第二〇回、記録三一冊一八三〇丁以下)、Dが、「その先が暴力団系とか何とか、そういう話ですから、どういうことが起こるかということも念頭に置かなけりゃならないわけですから、通常のうそ話だということでそのまま取り合わないというわけにはいかない。」「信憑性の乏しい中でも売られたことは全く否定できるわけではない。」と証言しているのである(原審第二七回、記録三三冊二四二二丁以下、二四三七丁以下)。

右のような関係証言によれば、所論のように、B、Cが被告人の話をうそと見抜けなかったはずはないというのは、事後的な見方としてはともかく、本件の証拠関係にそわないものというほかはない。Bが、E、Dから被告人の話がうそであると知らされたにもかかわらず、その後もその話を信じた振りをして埼玉銀行から金を引き出そうとしていたかのようにいう所論は、右のような事実、証拠関係にそわないもので首肯し難い。

エ Eは、七月三一日にBから被告人がOに株を売却するとの報告を受けた際にも、「その取引は無理だと思うよ。」と告げたと思うと証言し(原審第二二回、記録三二冊一九九八丁等)、Dも、被告人が行っているという話は非常に信憑性は低いと思った、Aが社長を辞めたいと言ってきた際には、「Oが来るんなら来たっていいじゃないか。」と告げたと証言しているが(原審二六回、記録三三冊二三四二丁裏)、辞意を表明するほど精神的に追い込まれていたとうかがわれるAはもとより、被告人からOへの株の売却を直接告げられたというB、Cの心理的状況を考慮すると、EやDの意図はおよそ伝わらなかったものと見ることができる。

(2) ア 所論は、Eメモの七月三一日欄には、九六六億円を借り入れれば株は取り戻せる旨の記載があるが、暴力団に三六〇〇万株を一株三五〇〇円以上で、総額一二六〇億円プラスアルファで売却されたのであれば、そのような金額で取り戻せるはずはなく、不自然であり、「蛇の目も差額融資は不可との決論とのこと」との記載(記録一三冊一七六八丁)もあるが、この点も、取戻しに要する金額はいくらか分からないのであるから、九六六億円に拘泥する理由はなく、Bが九六六億円をあくまで要求したのは、株がOに売られたということを信じていなかったからである、という。

イ しかし、前示(一の4)のとおり、IがKから借り入れていた九六六億円のうち、五〇〇億円は蛇の目株一七四〇万株によって担保され、四六六億円は国際航業株九二五万株によって担保されていたのであって、B、Dの原審証言その他関係証拠によれば、埼玉銀行も蛇の目も、蛇の目株一七四〇万株のみで九六六億円全額を肩代りすることは筋が通らないから、終始反対であったことが認められる。そうであるとすると、Eメモの七月三一日欄の「代替可能なのは、1740で960借入れる方法のみ」との記載(記録一三冊一七六八丁)は、BがEに借り入れを依頼するために言ったことを記載したものとも、Eが問題を解決するための方法として考えたことを記載したものとも認め難い。

ウ 前示(一の25)のとおり、被告人は本件の後に右九六六億円の債務を免れ、かつ担保を差し入れていた国際航業株九二五万株を受け戻すことにも成功していることが認められることなどからすれば、七月三一日の時点でEメモに右のような記載があることは、Bの原審証言(第七五回、記録五一冊七四四七丁以下)にもかかわらず、被告人がこの時期のころにもそのような無理な要求をBらにし、BがEにその要求をそのまま伝えた可能性があることを示すもものとはいえるが、Bが、埼玉銀行から九六六億円を引き出そうと苦慮するあまり、無理な要求をしたものとは見ることができない。

エ Eメモの七月三一日欄の「蛇の目も差額融資は不可との決論とのこと」との記載については、「差額融資」という言葉はいわばEの造語とでもいうべきものであって、その趣旨は、一七四〇万株を担保に五〇〇億円の融資を考えるのであればともかく、これに加えて、九六六億円との差額四六六億円を無担保で融資することは到底無理であると、埼玉銀行はもとより蛇の目も考えていたことを示すものと解される。

オ Eメモの所論の記載から、Bがあくまで九六六億円を要求したのは、株がOに売られたということを信じていなかったからであるということはできない。

(3) ア 所論は、Eは、八月二日にBから報告を受けた際、被告人の言っているという株の売却話は九〇数パーセントの確率でうそと考え、Bに三〇〇億円の使途を問いただしたが、Bは非常に不明確な説明をするだけで、あり得ることだと言った、という。

イ しかし、E、Dらが、Bから被告人が言っていると聞かされた株の売却話の真実性を強く疑っていたことは所論のとおりとしても、全く信じていなかったわけではなく、蛇の目経営陣の崩壊のおそれが埼玉銀行に融資の斡旋を決断させた決定的要因であるとは認められないことは、前述(4の(四)(3) )のとおりである。また、Bからの連絡を受けたEが、Bに対して、被告人の話が疑わしいことを言わんがために、三〇〇億円の使途を問いただしたというようなことがあったとしても、A念書の悪用や暴力団の仲介を埼玉銀行関係者以上に切実に心配していたとうかがえるBが、Eの意図を感じ取ることができなかったということは十分にあり得るところである。被告人から直接脅されたというBと、主にBから被告人が言っていることを伝え聞いたというEの間に感じ方の差異があっても不自然でないことも、前述(四の(1) ウ、エ)のとおりである。

ウ 右のような諸点やBの経歴等からして、Bが、Eの指摘を受け、被告人から言われた話がうそと分かっていながら、その後も色々と埼玉銀行に働きかけていたものとは認め難い。

(4) ア 所論は、Bは、埼玉銀行がBが色々と言い立てているようなことにびびって三〇〇億円を出すとは思っておらず、八月五日の大宮クラブでの会談では、「目をつぶったつもりで一つ何とか助けていただきたい。」とすがり、Dもこれを受けて、体制を維持しなければならないほかならぬBが、頭を下げて来ているのだからと考え、本件三〇〇億円の融資を斡旋したのである、という。

イ しかし、所論が指摘する「目をつぶったつもりで一つ何とか助けていただきたい。」とのBの言辞は、Bの原審証言(原審第五回、記録二五冊三一四丁以下)によれば、Bが大宮クラブに行って着席するなり、F頭取から、三〇〇億円の融資は無理だなと言われたことから、Bが「頭取そう言わないで下さい。蛇の目が暴力団新大株主登場ということで将来は大変な問題が起きそうになっている。これを救うには蛇の目を守るためどうしても三〇〇億円を何としてでも向こうに渡して、暴力団大株主に株が渡らないようにしなければならないと思います。」「是非お願いします。」と言った後に続いて発した言葉であるというのであるから、所論のような理解はできない。

ウ 所論は、<1>Eメモの八月五欄の「Aメモ付きでさる筋に売られると、蛇の目経営陣はその攻勢に抗しきれない」との記載(記録一三冊一七六八丁)は、Bの訴えを記載したに過ぎない、<2>前記の「専務会報告事項」と題する書面の解決欄に記載された「全面対決は蛇の目の崩壊に近く」(同記録一八一八丁)との判断は、埼玉銀行側が融資に当たって考慮した唯一の理由を記載したものである、ともいう。

しかし、所論<1>については、「本来、甲野氏がJ株を他に売ることは勝手であり、当行がそれに対応する必要はまったくないが」という文言に引き続いて記載されている文言であることからすれば、右が埼玉銀行の判断であることは明らかである。所論<2>については、先に(4の(四)(3) )見たとおりであって、所論指摘の「専務会報告事項」と題する書面の全体の趣旨をみれば、「全面対決は蛇の目の崩壊に近く」との判断は、埼玉銀行側が本件三〇〇億円の融資の斡旋を決断した一要素に止まることが明らかである。

(五) Qの介在、担保提供に関して

(1) ア 所論は、Eメモの八月二日欄には「B氏よりtel C氏よりイワキ等担保で300貸してくれ」と、Dメモの同日欄にも「Cが不動産担保を提供するのでQに貸してもらいたい」との記載(記録一三冊一七六八丁、一八一五丁)があるところ、Bは、八月二日朝、Cに間に入ってくれるように相談を持ちかけ、その承諾を得て、そのことをEに話したと証言していて、その証言は信用できるのに対し、CがBからそのようなことを言われたのは八月二日ではなく、八月三日から四日のことであると証言しているのは信用できない、という。

イ しかし、Cにとってみれば、本件三〇〇億円の資金の流れの中にQが介在し、担保まで提供することは、極めて負担の重い事柄であり、Bから、その件を持ちかけられても、簡単に承諾できないとの気持ちが働いたとしても無理からぬところである。一方、Bにとってみれば、何とかQを介在させ、その融資が埼玉銀行にも納得してもらえる形を整えたいとの気持ちが働くであろうことも推察するに難くない。Bが、八月二日にQに間に入って欲しいとの話を持ちかけた際のCの態度から、Cの承諾が得られたものと理解し、他方、Cはそのような話が正式に持ちかけられたものとは受け止めず、承諾をしたという態度を示した気持ちもない、というすれ違いが両名の間に起きるということも十分考えられる。この点のBの証言が信用できるからといって、所論のようにCの証言が信用できないとまではいえない。

なお、Bが八月二日朝、いち早くCに相談したのは、埼玉銀行から融資を早くしてもらえるように形を整えたいとの意図からであり、被告人から前日夜にパレスホテルで言われたことに対応するものと認めることができるのであって、Bが所論のいう「自発的意志」に基づいて画策したことをうかがわせるものとは見られない。

(2) ア 所論は、Dメモの八月四日欄には、Bからの電話の内容として「Cは300億円不動産担保、別に200億円(時価)程度の株式を差し入れる」との記載(記録一三冊一八一五丁)があるところ、Dは、Bからその記載のように聞いたと証言しているのに、Bはそれを意図的に否定しているものと思われる証言をしているところに、右メモ記載の有価証券二〇〇億円の持つ意味の重大性がある、という。

イ しかし、被告人側が二〇〇億円の株式を担保に入れるという話については、Eは、「二〇〇億株式の話は当然聞いたわけでございますけれども、これがどういう株式で、誰が持っていて、誰の貸し出しの担保に入るのか、そういう具体性というのはないんですね。ほとんど。」と証言し(原審第八四回、記載五六冊八七二八丁以下)、Dも、二〇〇億円の担保は誰が出すのかさえはっきりしていなかったことを前提に証言している(原審第八二回、記録五四冊八一九九丁以下)。そして、Cは、被告人が手許に時価二〇〇億円くらいの有価証券しかないと言ったが、それを担保に入れるという趣旨の話はなかった旨証言している(原審第七六回、記録五一冊七五八八丁)ことからすると、Cが被告人から聞いた事柄が、CからBに、BからEやDに伝えられるうちに、不正確に伝わったものであることがうかがわれるのであって、この点に関するDメモとBの証言に食い違いがあっても、特に疑問とすべきものとは考え難い。右のような証拠関係から、所論のようにBが意図的に担保差入れの話を否定しているものとは認め難い。

(六) Eメモ、Dメモに関して

(1)  所論が、B、Cの原審証言の信用性を吟味するに当たって最も重視すべきであるというEメモ、Dメモは、E、Dの原審証言によれば、両名がそれぞれ個人の備忘録としてつけていたものであることが認められる。Eの原審証言(第二一回、記録三一冊一八六一丁以下)によれば、ノートが手許にあれば直接書く場合もあるが、なければ他の紙に書いたものを転記する場合もあって、そのときは翌日とか翌々日にできるだけ早く記載している、記憶違いのことを記載している可能性はある、頭の中に残ってるような場合には記載しないときもある、重要性に従って記載されているわけではない、というのである。そして、Dの原審証言(第二七回、記録三三冊二三五〇丁以下)によれば、自分は系統的に記載しているわけではないので、便箋等を使っている、そのときにあったことをすべて書いたものではなく、ピックアップして記載している、というのである。

右各証言等関係証拠によれば、Eメモ、Dメモともに、E、Dがそのときどきの関心に従い適宜取捨選択を行って記載したものであり、メモに残すまでもないことは記載していないが、重要なことがすべて書かれているわけでもなく、内容も部分的には必ずしも正確とはいえないところもあることがうかがえる。このようなものであるとすれば、既に検討、説示した諸点を含め、BからE、Dへの報告に関する右各メモの記載について、所論が呈している疑問は、いずれもそれなりの説明がつく。Eメモ、Dメモは、B、Cの原審証言を裏付ける証拠ではあっても、その信用性を減殺する証拠とはいえない。

(2)  なお、弁護人は、当審弁論において、Dメモについて、明らかな書き直し箇所があるなどとして、その信用性について、疑問を呈しているので、念のため付言する。

原審記録並びに当審において取り調べたDメモの原本一袋(前同押号の13)、その任意提出書(当審検察官請求一三号証、記録六三冊一六五丁)、領置調書(同一四号証、同記録一六六丁)及びDの平成三年三月一三日付け検察官調書(同一六号証、同記録一六七丁)によると、Dメモの原本は、埼玉銀行用紙及び便箋と見られる用紙に手書きされたもので、合計三四枚あり、平成三年三月一〇日、当時Dの手許にあったものが検察官に任意提出され、領置されたものであること、原審において、検察官は、第一回公判で、右Dメモの原本のうちの二八枚のコピー等を添付した右Dの検察官調書(他に、Eメモ添付の前記「専務会報告事項」と題する書面二枚及び他の領置物件中の「J社株式引取の課題(N構想について)」と題する書面一枚の各コピーも添付されている。)を甲四三号証として証拠請求したが、弁護人の不同意により、取調請求を撤回したこと、その後、弁護人は、原審第二七回公判で、右調書に添付されたDメモのコピー二八枚のコピーを、二四号証(記録一三冊一七八八丁以下)として取調べを請求し、原審二八回公判で、その成立経過等について、特段の争いはなく、検察官の同意により、取り調べられたこと、その余のDメモの六枚のうちの五枚のコピーについても、弁護人は、原審第八〇回公判で、八六号証(記録二〇冊三〇九九丁以下)として取調べを請求し、検察官の同意により、取り調べられたこと、右Dメモのうち、特に右二四号証は、原審におけるその後のDを始め、B、C等の証人尋問や被告人質問において、随所で示され、その記載内容等について詳細な尋問、質問がされていることが認められる。右のような経過からしても、またDメモの原本を検し、Dメモと右原本及び前記Dの検察官調書添付のコピーとを対照するなどして検討し、さらには、原審におけるDの証言その他関係証拠を改めて精査してみても、証拠として顕出されているDメモそれ自体としての信用性に疑問を抱かせるような、所論の書き直し等の作為が施された形跡はうかがえない。Dメモが、Dのみならず、B、C等の原審証言を裏付ける証拠としての価値を有し、これを本件事実認定の証拠として採用し挙示した原判断が是認できることは、これまで説示したとおりであって、この判断は、当審における事実取調べの結果によっても動かない。

12  B、Cの原審証言とA念書について

(一) 所論は、A念書は、新会社構想に賛成していたAが「自発的意志」により書いたもので、その体裁、内容からしても、その悪用が懸念されるようなものではないから、A念書の悪用のおそれが本件三〇〇億円の受交付の原因となっている旨のB、Cらの原審証言は信用できない、という。

(二)(1)  A念書については、前記11の(二)において、蛇の目株売却話との関係で検討したところであるが、その作成状況に関して、Bは、原審で、七月二八日午後、被告人が蛇の目本社に来て、A社長、私、C専務と共に役員応接室で会った。被告人は、A社長に対し、「今日N会長の所に行って恥をかいてきた。N会長は新会社での肩代りをまだ聞かされてない。Aさん、あなたは昨日Nさんの所にその話をしに行ったんではないのか。」と厳しい口調で言い、更に「NさんにA社長から一筆書いてもらうという約束をしたから、社長、一筆書いてくれ。」と言った、A社長は、社長室に入って行き、書こうとしたので、私が反対すると、いったん書くのをやめたが、被告人からの再度の要求に従って、A念書を書いた旨証言している(第四回、記録二四冊一八一丁裏以下等)。一方、Cは、原審で、同日午後、被告人が蛇の目本社に来て、A社長、B副社長と私が役員応接室で会った際、被告人は、A社長に対し、「今日Mに行ってN会長に会ったけれども、新会社の話が全然通じていないじゃないか。二〇〇億円の月末の決済を延ばしてもらう話も聞いていないと言われた。恥をかかされた。」と怒り、「A社長の一筆をとってくるということをN会長に約束してきたから、その新会社についてのことを書いてくれ。」と要求した、A社長は、「書きましょう。」ということで、社長室に入って行ったので、B副社長が後を追って行った、両名が社長室から出て来て、A社長は、いったんは一筆書くのを断わったものの、被告人から再度要求されて、念書を作成した旨証言している(第一一回、記録二八冊一〇五二丁以下等)。

(2)  A念書(コピー・記録一三冊一七六六丁)は、被告人宛ての書面であるが、便箋にボールペンで走り書きされたもので、作成者としては「A」と書かれているものの、肩書は記載されておらず、その名下に押されている印影も「A」という個人の印鑑によるものであり、内容的にも、自己株式の取得禁止の観点から、法的に問題となり得るものである。A念書の体裁、内容自体からも、Aは、文言を十分考える余裕も、部下に浄書を命じる暇もなく、被告人の求めるままにこの念書を作成した状況がうかがえるのであって、この状況には、B(第四回、記録二四冊一八一丁裏以下)及びC(第一一回、記録二八冊一〇五二丁以下等)が原審で証言するA念書の作成状況と整合し、Aが、検察官調書(甲一二六号証、記録一三冊一七二六丁裏以下)において供述し、原審公判(第一八回、記録三〇冊一六二五丁以下)において証言しているところにも符合している。Aが、所論がいうような「自発的意志」に基づいてA念書を作成したものとは認め難い。

(三)(1)  所論は、A念書は、その体裁からするとまさにメモに過ぎず、蛇の目の社長であるAが、蛇の目株をNに担保として供している被告人に対し、蛇の目の出資比率一九パーセントの子会社ができたときは、その会社でその株を引き受けることを宣明し、埼玉銀行からその株を一部保有してくれと言われているNを牽制する意思を明らかにしたものであって、その程度の効用しかなく、そのような背景を無視して独り歩きできる念書ではない、という。

(2)  確かに、A念書には、蛇の目が一七四〇万株の買取りやKに責任を持つと記載されているのであるから、記載のとおり実行されれば、Nがその株を引き取る事態にはならず、Dから持ちかけられたNによる蛇の目株の引取りは実現しないことになるから、A念書が埼玉銀行の意向を阻止する効果を持つことは否定できない。しかし、当時、IがKから借り入れていた九六六億円のうち二〇〇億円について七月末日の返済期限が迫っていたことからすると、被告人は、A念書をNに見せることによって、Nが一七四〇万株を担保とする債務については蛇の目の責任で支払ってもらえると安心し、返済期限の再延伸にも応じてくれることを期待していたものと見ることができるのであって、A念書の文言それ自体からも、そのような理解が可能である。

(3)  被告人は、A念書を手に入れた後、A念書を悪用することも十分可能であったと考えられる。すなわち、いわゆる上場企業の社長が一筆書くこと自体、異例に属することと考えられ、A念書は、前述のとおり、浄書されたものではなく、Aの肩書きも付記されていないなど、所論のいうメモ的なものであるにしても、経営トップの自筆であるからこそ、悪用される危険性が一層高いものであるといえるし、前述のように法的な観点から問題があることや、金額も明記されていないことなどから、内容面で言いがかりをつけられやすいものといえる。Bが、悪用されるようなことがあってはならないと感じて、Aに念書を書くのを思いとどまらせようとしたのは、自然な成り行きといえる。また、D(第二四回、記録三二冊二一九六丁以下)、E(第二〇回、記録三一冊一八一三丁以下)の原審証言など関係証拠によれば、NにA念書が示された七月二八日、NからファックスされてきたA念書の写しを見た埼玉銀行の役員が、悪用の危険を直感して、蛇の目側にすぐ事情を聞いていることが認められるが、これらも自然な行動である。A念書は、所論がいうような意味で独り歩きできる文書ではなく、その悪用されるとの危惧も抽象的可能性としての危惧で幻想のあだ花である、などということはできない。

(四)(1)  所論は、A念書は、当時の被告人の所有する蛇の目株二八〇〇万余株に関するものではなく、Nに担保に供されている一七四〇万株に限定されたものであることは明らかであり、この一七四〇万株を暴力団に売却するということになれば、株価の暴落により大損するのは被告人であるから、被告人がそのようなことを言うはずはなく、Bは、その矛盾をいち早く見抜いたからこそ、当時被告人が所有支配していると思っていた三六〇〇万株を、被告人が売却したことに飛躍させたのである、という。

(2)  しかし、A念書に記載されている一七四〇万株については、念書の文言からは、Kに対し担保に供されている株と明示されているわけではなく、所論のいうような限定があることを読み取ることはできず、一七四〇万株に止まらず売買された全株に関して、A念書を悪用しようと思えばできなくはないと考えられる。また、七月二九日の時点で被告人から言われた蛇の目株売却の話についても、Bは、念書では一七四〇万株となっているが、株は全部売却されると考えたと証言し(原審第四回、記録二四冊二〇五丁裏)、Cも、被告人と一緒に持ち株を売らないかと持ちかけられたと証言しているのであって(原審第一二回、記録二八冊一〇六〇丁以下等)、B、C両名とも、被告人が売却するという株数について具体的な数字を挙げたとは証言しておらず、関係証拠を検討しても、具体的な数字が示された事実はうかがえない。EメモやDメモに「三六〇〇万株」という数字が記載されている点については、被告人が七月三一日の時点で売るとBらに告げたという「全株」につき、Bが、埼玉銀行のEに報告するに当たって、本件当時の被告人の保有株数を三六〇〇万株と把握していたことからこれを告げたか、あるいは、Eが被告人の保有株数を三六〇〇万株と把握していたことから、Bから聞いた「全株」という言葉を自ら数字に置き換えて記載したものか、どちらかと見ることができることは、前述(11の(三)(6) )したとおりである。

Bが、所論のいうような矛盾に気付いたからこそ、被告人が三六〇〇万株を売ったとうそを言ったというのは、本件の事実経過、証拠関係からかけ離れるものであって、首肯し難い。

(3)  なお、原判決は、前記(第一の二3)のとおり、「罪となるべき事実」として、被告人が「Iが株式会社Kに対して借入金九六六億円の担保として提供していた蛇の目株一七四〇万株に関して」A念書を徴したことを奇貨として脅迫し、Bらをして「右三〇〇億円交付の要求に応じなければ、蛇の目株一七四〇万株がA念書付きで売却され」る事態に陥る旨畏怖させたと認定判示しているが、右に見てきたところによれば、Bらは、必ずしも原判示の一七四〇万株に限ってのA念書付き売却を恐れたといえないことも明らかであるから、原判示の右認定には、一部事実の誤認があると認められるが、右の誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかなものとはいえない。

(五)(1)  所論は、A念書に記載された一七四〇万株の中には、Qからの借り株八四〇万株が入っていて、これを売却するにはCの意思表示を必要とすることは、被告人はもちろん、C、Bも知っていたのであるから、BやCは、念書の悪用など信じてはいなかった、という。

(2)  しかし、B及びCは、原審で、被告人がBらに告げたのは、全株を売却するという趣旨の話であった旨証言している。関係証拠によれば、確かに、IがKに担保に供していた蛇の目株一七四〇万株の中には、IがQから借りている八四〇万株が入っていたことが認められるものの、被告人が売却するという株の中にQからの貸し株が入っているかどうかについて、Cは、入っている場合もあれば入っていない場合もあるという程度のことで、入っていれば被告人が精算してくれるだろうと思っていた旨証言し(原審第八〇回、記録五三冊八〇六二丁裏以下)、Bは、当時は被告人の保有株の中にQからの貸し株が入っていること自体知らされていなかったと証言しているのであって(原審第七五回、記録五一冊七四七一丁以下等)、B及びCが、被告人から全株を売ると言われても、貸し株があるから株の売却を信じず、念書の悪用を信じなかったというような状況にあったものとは認め難い。加えて、被告人が売却するという株の中にQからの貸し株が入っていても、被告人から買い受ける第三者はその貸し株についても善意取得を主張することが考えられることからしても、第三者による念書の悪用の危惧もあったのである。

(六)(1)  所論は、Cが、AとBから被告人からのA念書の回収を八月中旬に依頼されながら、被告人に対して積極的な回収の挙に出ず、一二月ころ、被告人からA念書の返還を受けるまで放置したこと、A自身も何ら念書取戻しの挙に出ていないことは、A、B、Cの三者がC念書の実効性は記載内容どおりの実行が限度と知っていたことを示している、という。

(2)  しかし、Bの原審証言(第四回、記録二四冊一八八丁裏以下)によれば、Aは、七月二八日にN会長のところから戻って来てから、Bに言われて、直ちにIの事務所にA念書を取戻しに行ったというのであり、この点は、Aもそのように証言している(原審第一九回、記録三一冊一七一五丁以下)。Cの原審証言(第一二回、記録二八冊一一二三丁裏以下、第一七回、記録三〇冊一五二三丁以下)によっても、Cは、一二月にA念書が被告人から返却されるまでの間に、一度ならず被告人にその返還を要求したというのである。Aはもとより、B、Cも、一見緩慢に見えるものの、被告人からA念書を回収しようと状況を見ながら働きかけていたことがうかがわれるのであって、一二月まで全く放置していたわけではなく、A念書の回収が一二月になったことから、所論のように、A、B、CにとってA念書の実効性は記載内容の限度であり、念書の悪用があり得ないと思っていたものと見ることはできない。

(七) このように見てくると、A念書の作成状況に関するB及びCの原審証言、そして、A念書の悪用を危惧したというB、D、Eらの原審証言の信用性に、所論のいうような疑問があるとはいえない。

13  B、Cの原審証言の信用性についての総括

(一) これまで検討、詳述してきたところから既に明らかなように、前記1(一)、(二)で摘記したところを含むB、Cの原審証言は、前記10において説示したとおり、内容自体前記一の本件の事実経過に即応し、自然で具体的であり、詳細な被告人質問が行われ、EメモやDメモが取り調べられた前後においても、信用性に疑いを生じさせるような変遷、動揺が見られず、基本的な点、根幹において一貫しているなど、信用性を肯定し得る上、主要部分、根幹において、相互によく符合しているだけでなく、同(三)のEメモ及びDメモの内容とも整合しており、E、Dらの埼玉銀行関係者、Zら蛇の目関係者、B、Cの家族等の関係者の原審証言などによっても裏付けられている。

以下、なお若干敷衍する。

(二)(1)  平成元年七月二九日から八月一一日までの間の、本件起訴にかかる期間に限って見ても、B及びCが被告人から要求されたと証言するIのKに対する九六六億円の債務の肩代りの件や本件三〇〇億円の件は、いずれも、IがKから従来借り入れていた債務の返済期限とされた平成元年七月末日を挾むわずか二週間ほどの間に生起した、連続的な出来事である。

B及びCは、被告人が七月のうちは保有する蛇の目株をA念書付きで怖い筋に売却すると言いながら、蛇の目側に右九六六億円の債務そのものの肩代りを要求した旨証言している。B及びCの右原審証言は、IのKに対する債務について、返済期限が当初の三月末から四月下旬に猶予されたが支払がされず、そのうちの二〇〇億円については七月末まで更に猶予され、その返済期限が迫っていた時期であるという状況の下で起こった事態の推移を説明するものとして、了解可能である。

(2)  また、被告人は、七月三一日に九六六億円肩代りの件が実現可能性がないことを知るや、その翌日からは、蛇の目株の暴力団筋への売却のキャンセルを理由に、三〇〇億円を要求するようになったというB、Cの原審証言は、七月三一日IからKに九六六億円の利息の前払いがされて返済期限が延伸され、九六六億円の一括返済を迫られるおそれがなくなったとはいえ、三〇〇億円という九六六億円とも二〇〇億円とも異なるそれまで話に出たこともない金額が要求され、その三〇〇億円が全額被告人の経営するI関係の資金繰り等に充てられたという状況に照応する。

(3)  被告人から加えられた脅迫的言動についてのB、Cの原審証言も、八月五日の「大宮クラブ」での埼玉銀行側と蛇の目側の会談において埼玉銀行が蛇の目の三〇〇億円の融資要請に応じることが決まり、翌六日の蛇の目の常務会を経て八日の臨時取締役会で三〇〇億円の支出とそのための担保提供の決定をみるまで、わずか一週間前後の間に三〇〇億円という大金の支出が根回しされ決定されたという経過や、その後、その決定されたところに従って、形としては迂回融資の手順を踏んだ上、合計三〇〇億円が同月一一日までのこれまた短期間のうちに実際に支出されるに至ったという経過に符節が合っている。

(4)  この約二週の間に、A、B、Cら蛇の目関係者は、休日に出社したり、社長の自宅や副社長らが宿泊しているホテルに集まるなどしているほか、八月六日の常務会が開かれた翌日には、その参加者の一人であったZが辞表を提出する(前記一の19)などしており、右のような関係者らの行動からも、本件当時、緊迫した事態が生じていたことをうかがわせるし、Aが八月二日に持病が悪化して以降出社しなくなり、BとCが同月四日から自宅に帰らずホテルに宿泊し続けたという事実に徴すると、Aが持病を悪化させるほどの心労をおぼえ、B及びCが自宅にも帰れないほど不安を覚えるような事態が生じていたことが推認できるのであって、これらの点に照らしても、B及びCの両証言の内容は自然であって、作為的で、虚構を含むものとは到底認められない。

(三)(1)  B及びCの原審証言の信用性に関して、所論が裏付け証拠との関係で詳細する各点について、七月二七日から八月一一日の期間及びその前後に関するEメモ及びDメモの記載や、それについてのE及びDの原審証言など関係証拠に照らして検討を加えてみても、B及びCの原審証言の肝要な点、大筋における信用性は否定されない。

(2) ア 関係証拠によれば、本件前後における被告人の行動として、次のような事実も認められる。

i Eメモの四月一四日欄の「サイギンがリークしている、甲野‥全面戦争だ、但し困る」、「その后、甲野、B、D会談、おとし前をつけろ」との記載(記録一三冊一七八二丁以下)などの関係証拠によれば、被告人は、Iが昭和六三年一二月にジェー・シー・エルから蛇の目株一〇〇〇万株を売買予約付きで担保に差し入れて三五〇億円を借り、その後右完結権が行使されて一株三五〇〇円で右一〇〇〇万株を売却した件(前記一の5)に関して、当時証券取引法が改正されていたことから、売主であるIがその売買を大蔵省に届け出る必要があったのに、これを怠ったことが埼玉銀行側の策謀にひっかけられたものであり、大蔵省に知られたことも埼玉銀行の役員が情報を漏らしたからであるなどとして、平成元年四月にはDと直談判に及び、その後そのことを駆け引きの材料としたことが認められる。

ii Iの元帳に平成二年四月二七日岩間カントリークラブ会員権によってQに本件三〇〇億円を返した旨の記帳があること(記録九冊九〇七丁)、高橋みさ子の検察官調書(甲九〇号証、同記録八八九丁裏以下)などの関係証拠によれば、被告人は、本件三〇〇億円の交付を受けた後、平成二年四月には、桐の箱に入った岩間カントリークラブ会員権を蛇の目本社に持参し、Cに対し、三〇〇億円をこれで返したい旨述べたことが認められる(後記四の7(四)も参照)。

iii Dメモの平成二年四月二一日欄に、「甲野、Bと面談」した内容として、被告人が、蛇の目株を一株五八〇〇円で取引銀行である住友銀行、取引関係先である伊藤萬等に売却する、「その場合売却先からは専務等数名の役員要求がある」などと述べ、埼玉銀行と蛇の目側に被告人保有株の買取り要求をし、これに対し、Dが、「われわれは蛇の目と共に検討するとすれば、リーズナブルな価格でなければならないと思っている、<1>したがってこの話しにはのれない、<2>蛇の目株式が他に売却されるのは已むを得ない、<3>役員派遣については蛇の目が考えることではあるがわれわれは具体化する過程で考える、(この段階で住友BK又はグループが乗り出して来る筈はなく、甲野の作り話しと判断)」との記載(記録二〇冊三〇九九丁)があることなどの関係証拠によれば、被告人は、平成二年四月下旬ころ、住友銀行が被告人保有株を高値で買ってもよいとの意向を示しているなどとして、住友銀行の経営介入を嫌う蛇の目や埼玉銀行に対して株の高値買取りを画策しており、同年五月二四日及び二五日に締結された、I、被告人Nとの間で、Nからの借り株八四〇万株を含めた被告人保有株合計三七五〇万株を総額一八七五億円で売買する旨の売買予約契約は、被告人保有株を住友銀行に売却するとの話を一年間凍結してもらうためにやむを得ず行ったものであることが認められる。

イ 右のような、被告人の行動及びこれに対する蛇の目、埼玉銀行の対応などを見ても、B、Cらが、所論のいう「自発的意志」に基づき新会社構想を実現するために行ったものといえない事実が積み重なっている。

ウ B、Cの原審証言は、これらの点を含め、本件三〇〇億円の恐喝の犯罪自体からはかなり遠い周辺的事柄についても、関係証拠にも符合し、特段無理のない合理的な内容のものとなっていて、全体としてその信用性を高めているといって妨げない。

(3) ア 他方、本件後、<1>九月二七日にユーコムが設立されたこと(前記一の23)、<2>同月二九日に、IのKに対する六〇〇億円分の債務がジェー・シー・エルと蛇の目不動産によって肩代りされ(前記一の24)、平成二年五月二四日には、残債務の三六六億円分の債務についてもニューホームクレジットによって肩代りされていること(前記一の25)、<3>右(2) で見たように、平成二年五月二四、五日には、IとQ間で被告人保有株三七五〇万株を総額一八七五億円で売買する旨の予約契約が締結されていること(前記一の25)など、本件三〇〇億円支出後の事態の流れからすると、一見、所論にそう新会社構想が実現し、被告人保有株の新会社による引取りの方向に向かっているかのように見える事実が存することも否定できない。

イ しかし、右<1>のユーコムについては、B、Cらが、埼玉銀行が従来から示していた線に従って、蛇の目一〇〇パーセントの子会社としてまず設立したものであって、埼玉銀行からの出資もなく、平成二年三月にユーコムに対する蛇の目の出資比率が一九パーセント以下になってからも、同社による被告人保有株の引取りは実現していないのであって、これらの点にも徴すると、Bらとしては、事後的な損害回復の方策として、新会社を設立することによって本件三〇〇億円を回収する手だてとしたいとの気持ちがあって、右<1>のみならず、<2><3>のような対応をしていったものと見られるのであって、所論の主張するように、本件三〇〇億円の融資が「呼び水」となって、「新会社構想」が実現したというには、実態からほど遠いというほかない。

<2>のIのKに対する九六六億円の債務の蛇の目関連会社三社による肩代りも、被告人が担保としてKに差し入れていた蛇の目株を蛇の目側で早く回収したいとのBらの考えからされたものであることは、関係証拠上明らかであって、蛇の目側とNとの間で、右肩代りに蛇の目側からKに差し入れる担保株数も調整して、蛇の目側にとってもそれほど負担が重くなり過ぎないように配慮されていることもうかがえるから、Bらは、被告人による蛇の目株の買占め問題を解消する第一歩として、右の肩代りを選択したものであって、これを被告人と一致協力し、所論の主張する「自発的意志」に基づいて行ったものと見ることはできない。

<3>のIとQ間の売買予約契約の締結は、右(2) で見たとおり、被告人から出た被告人保有株を住友銀行に売却するとの話を一年間凍結してもらうためにやむを得ず行ったものと認められるのであって、これをCが所論の主張する「自発的意志」に基づいて行ったものとは認め難い。

ウ B、Cの原審証言によれば、本件三〇〇億円が支出された後は、本件三〇〇億円の問題が表に出ないように考え、何とか回収できないかと苦慮しながら、被告人や関係者らとの対応に当たっていたことが認められ、所論にそう新会社構想が実現し、被告人保有株の新会社による引取りの方向に向かっているかのように見える前述のような事後の経過も、右のような観点から理解することが可能であって、B、Cが本件三〇〇億円の恐喝の被害者であるとすることが不自然であるとはいえないのである。

(4)  もっとも、<1>Bの原審証言中には、原判決が「争点に対する判断」の第四の二1(一二九頁以下)、第五の四2(一六五頁以下)で説示しているとおり、Bは、被告人が平成元年一月から三月にかけて蛇の目株の株価を操作したことを認識していただけでなく、この状況を蛇の目の株主作りに利用したのに、これを否定するかのような証言をしている点など、疑問に思われる箇所が一部あること、<2>Cの原審証言には、心情を素直に表現していない箇所が見られるほか、原審公判の終盤段階や当審公判で行なわれた尋問においては、捜査段階や前の証人尋問の供述のとおりであるというだけであって、記憶が薄れている箇所が多いこと、また、<3>B、Cは、いずれ本件三〇〇億円の融資等に関して特別背任罪の嫌疑をかけられかねない立場にあったことや、株主代表訴訟において被告として訴えられ本件三〇〇億円を含めて損害賠償を請求されている立場にあることなど、B及びCの原審証言の信用性を判断するに当たって看過できない点があるが、これらの点についても、所論に即し十分検討し、考慮しても、右各証言の基本的な信用性は動かない。

(四) 以上によれば、B及びCの原審証言の信用性を肯定し、これらを証拠とした原判断は、相当であって、所論のような誤りがあるものとは認められない。右各証言が信用できないから、被告人から原判示の脅迫を加えられて恐喝されたと認定するに足りる証拠を欠くに至るとする所論は、既に前提において失当というほかはない。

三  A、D、E等の原審証言等関係証拠の信用性について

1  B、Cの原審証言を裏付ける、Aら蛇の目関係者や、Dら埼玉銀行関係者の各原審証言等の信用性を論難する所論が理由のないことは、これまで見てきたところから明らかであるが、所論にかんがみ更に若干の説明を加える。

2  Aの検察官調書及び原審証言の信用性について

(一)(1)  所論は、原判決は、Aの検察官調書及び原審証言が信用できる旨判示しているが、Aの原審証言は、同人の検察官調書における供述と対比すると重要部分で変遷していることが明らかで、自己の推測、判断を交えて供述している部分も多く、いずれも信用することはできない、という。

(2)  所論が、A供述、証言の変遷部分として指摘するのは、Aが、<1>検察官調書(甲一二六号証、記録一三冊一七五〇丁)においては、七月三一日に蛇の目本社で被告人から株の売り先はOであるとは聞いておらず、被告人が帰った後、Bから被告人の株の売り先はOであると告げられたと供述していたのに、原審(第一八回、記録三〇冊一六二九丁裏以下)においては、被告人の言ったことが聞き取れなかったので、その場でBに確かめたら、BがOですよと答えたと証言している箇所、<2>検察官調書(前同号証、記録一三冊一七五九丁以下)においては、本件三〇〇億円の話を初めて聞いたのは、八月六日にcが自宅に来たときであったと供述していたのに、原審(第一八回、記録三〇冊一六三一丁裏以下、第一九回、記録三一冊一六四一丁裏以下)においては、八月二日朝、蛇の目本社において、BとCが社長室に来たときであったと証言している箇所などである。

(3)  しかし、<1>の点については、前述(二の11の(三)(3) イ)したとおり、Aの原審証言が直ちに信用できるかどうかはともかくとして、Aの供述及び証言は、被告人の株の売り先がOであるということをBから聞いたという点では一貫しており、その点での信用性は揺るがない。<2>の点については、Aは、原審で、証言時に記憶が蘇っていたことや、八月六日にcから聞かされた内容とは区別しながら、八月二日に社長室でBから聞かされた内容を具体的に証言している。

(4)  右のとおりで、Aの供述及び証言に所論が指摘するような違いがあるからといって、Aの供述及び証言が全体として信用できないということにはならない。

(二)(1)  所論は、Aが、七月二八日にA念書の作成を要求された際の被告人の様子について供述するところは、検察官調書より原審の方が非常に強調した内容となっており、負い目がある者の誇張された表現として信用できない、という。

(2)  しかし、Aは、検察官調書においても、被告人からきつい口調で執拗にA念書の作成を要求され圧倒された旨供述しているのであって(前同号証、記録一三冊一七二七丁以下)、右供述は、それ自体とってみても、所論がいう「自発的意志」でAが念書を作成したといえないことはもちろん、Aが当時、前日にNのところに行ったのに用件を切り出せなかった負い目を感じていたことは事実としても、被告人の様子について誇張して供述しているとの疑問もなく、被告人から凄い形相で強烈な勢いで半ば怒鳴るような感じで要求された旨の原審証言(第一八回、記録三〇冊一六二七丁以下)の信用性を直ちに失わせるものともいえない。

(三)(1)  所論は、Aが、七月二八日被告人と共にA念書を持ってMのNのところに赴いた後、一人で帰社し、A念書が悪用されるのではないかと心配になって、Iの事務所にA念書を取戻しに行ったが、被告人から、郵送したと言われて取り戻せなかったと供述、証言しているが、被告人は、Nのところを辞してから蛇の目本社に戻り、その後ホテルに行っていて、Iの事務所には帰っていないから、Aの右供述、証言は信用できない、という。

(2)  しかし、所論のAの供述(甲一二六号証、記録一三冊一七三二丁以下)、原審証言部分(第一九回、記録三一冊一七一五丁以下)は、七月二八日被告人と共にNのところに赴いたAが、一人で蛇の目に帰社し、Bから、A念書の悪用のおそれがあるから取り戻した方がよいとの忠告を受けて、Iの事務所に向かったが、取り戻せないまま帰社し、Bに事情を説明したというのであって、Bの原審証言(第四回、記録二四冊一八八丁裏以下)と符合しており、これらの証言等や関係証拠に照らしても、AがIの事務所に行ったように装い、BにA念書を取り戻せなかったとうそをついたものとは認められない。

(3)  所論は、被告人の車の運転手を務めていた高橋通博が、つけていた手帳(前同押号の7)の七月二八日欄に、「午後三時四五分M、午後五時三〇分蛇の目」等の記載があり、当日、被告人がNのところからIの事務所に戻っていないことは明らかである、という。しかし、被告人が蛇の目に帰ったのであれば、所論のいうところからすると、Nに見せて七・七・三構想を潰す役割を果たし終えたA念書を、被告人がAあるいはBに返していなければ、理に適わないが、被告人が当日AらにA念書を返そうとした形跡は認められない。所論指摘の高橋の手帳の記載、同人の原審証言や被告人の供述は、右の点に照らしても、たやくす信用できない。

(四) 所論は、右のほか、Aが推測、判断を交えて証言しているなどとして、Aの供述、証言に信用性がない旨種々論難するが、これらの点について検討しても、所論の論難は当たらず、その信用性を認めた原判断は首肯できる。

3  D及びEの原審証言の信用性について

(一) 原判決は、D及びEの原審各証言は、Dメモ及びEメモに裏付けられていて、大筋において信用できる旨判示しており、所論も、D及びEの原審各証言並びにDメモ及びEメモを前提に、B、Cの原審証言に信用性がない旨主張するものであることは、これまで見てきたとおりである。

(二) 所論は、D及びEが、原審でA念書の悪用を危惧した旨証言しているのは信用できない、という。

しかし、A念書には悪用の危険性があり、A、Bらの蛇の目関係者はもとより、D、Eら埼玉銀行関係者においてもその悪用を危惧した旨のD及びEの原審証言を含む各証言が信用し得ることは、前述(二の12)したところから明らかである。埼玉銀行の役員に八月一日以降一七日までガードマンが付いた事実(前記一の22)からしても、D、Eは、被告人が暴力団筋に対して蛇の目株を売却したと話しているのを全く信じていなかったということはできず、両名が、A念書の悪用を恐れていたとの虚偽を証言しているとの疑問があるとはいえない。右の点に関するD、Eの原審証言は信用できる。

(三) D、Eは、本件三〇〇億円の融資を決定するに当たって、金がIに渡ることについては関知するところではない旨証言するなど(D・原審第二五回、記録三三冊二二三九丁裏以下等、なお、E・原審第二四回、記録三二冊二一七二丁等)、埼玉銀行の立場を強く意識しながらも、本件に係わる事項については、記憶に従って誠実に証言しようとしたものであることがうかがえる。所論の論難にもかかわらず、D、Eの原審証言は、その証言内容、態度や関係証拠に照らしても、十分信用することができる。

(四) なお、原判決は、D、Eの原審証言と、B、Cら蛇の目関係者の原審証言とが食い違っている事実については、B、Cの証言の方が真相に近い旨説示しているが(「争点に対する判断」の第四の二3、一三七頁以下)、前述したとおり、被告人から直接脅迫を受けたか、その脅迫的言動について間接的に報告を受けたかという違いや、融資を受ける側と融資をする側の立場の違いなどに照らすと、かなりの部分が説明のつく食い違いに過ぎないものと認められるから、原判決の右説示は必ずしも是認し難いが、右の点は、前示結論に影響を及ぼすものとは認められない。

4  Nの原審証言の信用性について

(一) 所論は、Nの原審証言について、原判決は信用できると判示しているが、Nは、日時や事実の前後関係、細かいやりとりなどの多くを忘れたと証言し、事実に関する証言は、ほとんどが検察官の誘導によって引き出されたものであるなど、信用することができない、という。

(二) 確かに、Nの原審の所在尋問における証言は、あいまいで、記憶されていない箇所が多くみられる。しかし、Nは本件当時のDとの接触状況や、被告人との関係、接触状況などについては、ほぼ明瞭に証言している。A念書についても、Nは、所論のいうように、Nが被告人に対してAに作成させて持ってくるように要求したことはなく、被告人が銀行から金を借りてKの債務を返済するとの言動を重ねていたことから、本当に銀行から金が借りられるというのであれば、一筆書いてもらって来てくれ、ということを言い、Dに対しても、被告人にそのような話をしたと言った旨の証言をしており(記録三五冊二九七五丁裏以下、二九八五丁裏以下)、右証言は、Eメモの七月二七日欄の「Dtel、N氏optionにて7000千株OK、4月200は返せ、Sと了解返す、文書もってこい」との記載(記録一三冊一七六七丁)によって裏付けられている。

(三) 所論が論難するその他の点を含め、これまで見てきた関係証拠に照らして検討してみても、Nが殊更Dらに迎合し、被告人に反発して虚偽の証言をしたものとは認め難く、Aら蛇の目関係者やDら埼玉銀行関係者の原審証言を裏付ける限度での信用性は否定できず、N証言の信用性を認めた原判断は是認できる。

5  その他の関係者の原審証言の信用性について

所論は、VやWら関係者の原審証言の信用性についても論難するが、所論に即して検討してみても、右Vら関係者の原審証言についても、B、Cらの原審証言を裏付けるものとしての信用性を否定すべきものとは認め難いことは、これまでに見てきたところから明らかというべきである。

四  被告人の供述の信用性について

1  所論は、被告人の供述には信用性が十分あるのに、原判決が被告人の原審供述が信用できないと判断したのは、誤りである旨主張する。

しかしながら、被告人の供述が信用できない理由として、原判決が「争点に対する判断」の第四(一〇八頁以下)及び第五(一四四頁以下)において詳細に説示しているところは、前記三までに検討、説示してきたところにも照らし、概ね是認することができる。

以下、所論にかんがみ、被告人の原審及び当審公判における供述の信用性について、若干補足説明する。

2  Gマターに関して

(一) 被告人は、原審(第四二回等)において、埼玉銀行の当時の会長であったGとの間で、昭和六一年二月ころ、国際興業社主で、蛇の目の株主であるgを蛇の目から排除する目的で、被告人が蛇の目株三一〇〇万株を買い集め、これを一株当たり二〇〇〇円、合計六二〇億円で埼玉銀行が買い取る旨の合意をし、これに基づいて蛇の目株を買い集めたが、Gからその実行を引き延ばされたまま本件に至ったものである旨供述している。

(二) 被告人は、関係者の間で「Gマター」と呼ばれていた、被告人と当時の埼玉銀行のG会長との間に所論のような合意が存在した旨供述するのであるが、右供述は、原審における被告人の弁解主張を含む審理経過にも徴すると、単に、被告人が蛇の目株を買い集めた動機を説明するに止まらず、その後蛇の目を介して埼玉銀行に蛇の目株の買取りを種々働きかけたこと、そして、本件三〇〇億円の受交付の正当性を主張する意図に出たものであることは明らかである。

しかし、原判決が「争点に対する判断」の第五の一(一四四頁以下)で説示するとおり、被告人は、埼玉銀行の役員も蛇の目の役員のBらもGマターの存在を知っていたと供述するが、EメモにもDメモにもその存在をうかがわせる記載が全くないのみならず、B原審第六七回、記録四七冊六三四七丁以下)、D(同第八一回、記録五四冊八一四四丁以下)、E(同第八四回、記録五六冊八五九〇丁裏以下)もそのような話を聞いたことはないと一致して証言している。当時会長であったとはいえ、Gが独断で六二〇億円もの支出を伴う合意を被告人との間でしたとは考え難いばかりでなく、報告書(原審弁護人請求四六号証、記録一五冊一九九六丁以下)によれば、被告人がGマターの合意をしたという当時、gが保有していた蛇の目株は、六六八万九〇〇〇株で、蛇の目の発行済株式総数一億五二四六万株のうちの四・三パーセントに過ぎなかったことが認められるほか、B、D、Eは、原審で、いずれもGはgとは親しい関係であり、Gはもとより蛇の目もg排除を考えるような関係にはなかった旨証言している(前同各公判、記録四七冊六三四八丁裏以下、五四冊八一三七丁裏以下、五六冊八五九一丁以下)。右各証言は、Gマターに関するC、廣谷豊蔵(第八六回、記録五七冊八九〇一丁裏以下)の原審証言等の関係証拠と対比して検討しても、信用するに足りるものと認められ、この点に関する原判決の判断、説示も是認できる。

(三) 被告人の供述する「Gマター」なるものは、証拠上その存在を認め難く、蛇の目株の買占め、高値売り逃げの画策の弁明のために、Gが平成五年四月に死亡していることも奇貨として、考案された弁解に過ぎないものと見るほかはない。この点は、被告人の供述全体としての信用性の判断において軽視することができない。

3  「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」に関して

(一) 被告人は、原審(第四九回等)において、平成元年三月ころ、蛇の目の総資産を含み益という観点から約四〇〇〇億円と評価し、当時の被告人とCの保有株合計約五三〇〇万株について株価を一株五〇〇〇円と考え、それには反映できない約七六八億円のうち三〇〇億円を被告人が取得することをCと合意した旨供述している。

(二) 被告人が供述する「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」についても、前記「Gマター」の場合と同様、被告人が埼玉銀行や蛇の目に対し被告人保有の蛇の目株を一株五〇〇〇円で買い取るように持ちかけても高値買取りの要求とはならず、かつ株売却代金とは別に三〇〇億円を被告人が取得することに正当な理由があること、あるいは後の蛇の目株三七五〇万株一八七五億円での売買予約契約上の一株の単価の正当性を主張する意図に出たものであることがうかがえる。

(三) しかし、Cは、原審で、平成元年四月から六月ころにかけて、被告人との間で、被告人とCが保有している蛇の目株について一株五〇〇〇円位が妥当であるというような話合いはしたことはない旨証言しており(第七六回、記録五一冊七五四二丁裏以下等)、Bも、「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」の話をしてBから了解を得たとの被告人供述を否定する証言をしていること(原審第六七回、記録四七冊六四二五丁)など関係証拠に照らし、また、被告人の供述する、一株当たりの価格に反映できない含み資産を、本件三〇〇億円もこれに当たるとして、被告人らが取得するというような話は、恣意的で、およそ合理性を欠くことからも、被告人の右供述は、信用するに値しない。原判決が、この点について、「争点に対する判断」の第五の二(一五七頁以下)で説示するところも是認できる。

4  岩間カントリークラブ会員権購入に関して

(一) 被告人は、原審公判(第四七回ないし第五一回、第六一回等)において、Bらから、平成元年一月中旬ころ、蛇の目が東証一部上場基準の株主数を確保するため、従業員が安価で株を買うことができるように株価操作をして欲しいと持ちかけられ、Cと共に株価操作を行ったが、この件が総会屋に漏れ、株主総会で問題にしようとしているということが聞こえてきたので、暴力団Pのh会長に頼んで手打ちをしてもらったところ、そのお礼などとして、蛇の目では七〇億円分の岩間カントリークラブ会員権を購入せざるを得なくなった旨供述している。

(二) 被告人の右供述も、前記「Gマター」や「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」についてと同様、被告人とPとの関係を薄める意図をうかがわせるだけでなく、被告人は、前示(一の21)のとおり、平成元年八月二四日にJを紹介し右会員権を購入しているとはいえ、本来岩間カントリークラブ会員権を購入するいわれはなく、購入を迫られていたわけでもないのであるから、実際に本件三〇〇億円のうちから七〇億円がその購入資金に充てられているからといって、被告人が資金繰りに窮していたことにはならないし、さらには、融資としては、Iから提供される時価約二〇〇億円相当の担保に見合う二〇〇億円の融資で十分であったが、右七〇億円に充てる分が加わるので、これらを合わせた数字を丸めて三〇〇億円という金額にしたものであると説明することによって、被告人の弁解が理に適ったものであることを主張する意図に出たものであることがうかがえる。

(三) しかし、被告人の右供述中、株価操作に関する点は、前述(二の13(三)(4) )のとおり、Bらが全く知らなかったものとするには疑問があるものの、蛇の目が岩間カントリークラブ会員権を購入することになっていたという点は、Bの原審証言(第六七回、記録四七冊六四五六丁裏等)にそわないものであるばかりでなく、O代表取締役のR(第三六回、記録三六冊三三〇七丁裏以下等)、同社監査役のS(第三七回、記録三六冊三四一六丁以下等)が、原審において、平成元年六月ころ、被告人に案内されて蛇の目本社を表敬訪問し、Bに岩間カントリークラブのことを説明し、会員権の購入方を頼んだが、結局断られた旨証言していることに照らしても、被告人の供述するような事実は認め難い。また、本来二〇〇億円の融資を受けようと思っていたが、前記七〇億円分の岩間カントリークラブ会員権を購入する件があるので、三〇〇億円としたという点は、合計二七〇億であるならばともかく、三〇〇億円という金額の説明としては、余りにも大雑把であって、本件三〇〇億円交付の経緯や趣旨に関するB、Cの原審証言等に照らしても、到底首肯し難いものというほかない。

5  狂言芝居に関して

(一) 被告人は、原審(第五五回ないし第六〇回等)において、蛇の目側の新会社構想と埼玉銀行側の七・七・三構想が対立し、蛇の目側のB、Cが、埼玉銀行とNとの密約に反発し、被告人と共に新会社構想を実現するために打ち合せて、埼玉銀行から本件三〇〇億円を引き出そうと種々試み、成功したものである旨供述している。

(二) 被告人の右供述は、このような「狂言芝居」があって本件三〇〇億円が被告人に交付されるに至った真相であるとする所論主張の基盤となっているものである。

(三) しかし、右狂言芝居の主張の、いわば中核をなすものというべきOに対する蛇の目株の売却の件について、被告人は、原審(第五六回、記録四二冊五一五九丁以下、第五七回、記録四三冊五二七九丁裏以下)においては、「(七月二七日E常務と別れてから、B、Cとホテルニューオータニに行った際、株の売り先としては)Cさんから、Oさんはどうですかね、こういう話が出たんですね。」「私は確かにインパクトはあるんだけれども、これはどうかなあ、ただ、売る話はやることにしよう。」と言ってOの名を出すことには反対した、「(七月三〇日電話でB、Cと話し合った際、Bから)A社長が退任をされる、辞意を表明される、そうなりますと、その後で私のほうでその株を、どっちにしても七・七・三構想というものをつぶさにゃいかんですね。そういう問題もあって、Oに売ったことにしてくれませんか、と、売ってくれませんか、ということなんですね。」「(Bは)Aさんが辞意を表明する、それで残された埼玉銀行からきてる自分、副社長まで辞意を表明すれば、さすがの埼玉銀行もそのまま放置しないでしょう。これに関しては大変な自信のようなものを示しておりました。したがって、そのためにも明日Oへ売った(と)言ってくださいと、こんなことでした。」などと供述し、Bの提案で、七・七・三構想を阻止するために蛇の目株の売り先について「O」という名前を出すことが決まったものである旨供述していたにもかかわらず、当審(第三回)においては、「(七月三一日車で埼玉銀行に向かおうとしているBと電話で連絡を取り合った際、Bから、初めて、Oに売ったと言っておきましたよ、と聞いて)そんなことでいいのかな。何の話をしているんだろう、こういうふうに思いました。」(記録六四冊九五丁以下)と、Oという言葉はBが勝手に言ったものである旨供述している。

(四) 右のとおり、被告人の供述には、蛇の目株の売り先としてOという名を埼玉銀行側に伝えるに当たって、被告人とB、Cとの間で打ち合せがあったかどうか、被告人にBがそのように伝えることの認識があったかどうか、という重要な点について、単なる記憶違いや思い違いなどとしては説明のつかない、看過し難い変遷がある。

このような供述の変遷が生じた理由について、被告人は、当審(第二回)において、原審で、B、Cと詳しく打ち合せたように供述をしたのは、A念書を取った後はB、Cにすべて任せたから、彼らが言ったこと、やったことは、自分の責任の範囲内であると思ったからで、彼らの法廷での供述を聞いて、あんなこともあったのか、そんなこともあったのかということから、ある程度迎合したというところもあったからである、と供述しているだけで(記録六四冊一二丁以下)、首肯できる説明をしていない。

(五) 右のような、被告人の保有株をOに売却したことにするという点についての被告人の供述の変遷は、「狂言芝居」に関する被告人の供述の信用性に疑問を抱かせるものといわざるを得ない。

6  A念書の作成経緯、目的に関して

(一) A念書については、前記二の11(二)、12において、B、Cの原審証言の信用性との関連で検討、説示したとおりであるが、被告人は、A念書の作成目的についても、検察官調書(乙六号証、記録二三冊三四〇九丁以下)においては、Nから「俺はあんたから金を返してもらえばいいんだ。蛇の目の株は蛇の目に引き取ってもらってかまわない。そのことをAさんに早く実行させたいのなら、念書を書いてもらったら。」などと言われたので、Aに対し、「Nさんに見せなければならないので、一筆書いてもらいたい。」と言って書いてもらったものである、と供述していたにもかかわらず、被告人が原案を見た上で検討を重ねて最終案ができ上がったという(被告人の原審第六六回公判供述、記録四六冊六二二七丁以下)、原審弁護人ら連名の冒頭陳述書には、「埼玉銀行に対し弱腰なA社長を退陣に追い込むためには、Aに蛇の目株を引き取る旨の念書を書かせて、埼玉銀行及びNに対し、蛇の目としては独自路線でいく決意である旨を明らかにさせると共に、念書を書いた責任をとらせてAを辞めさせる方向に持って行くことを決めた」との記載があり、原審(第五五回、記録四二冊五一〇三丁以下)においては、再度、「(Nから)甲野、おい、これ、あそこまではっきり本人が一七四〇に関しても責任を持つと言ってるんだから、これは何かの書類にしておけよ。後々問題となったときにこういうものがありますよ、あなた方責任を持つとおっしゃったじゃないかと言えるように、そういうものを取っておけよ、こういう案がでました。」、それがA念書ということになる、と供述しているのに対し、当審(第二回)においては、「一つは、埼玉銀行が企むところの七・七・三構想、これを牽制すること、いま一つは、それ以降は、私所有の蛇の目株問題は、A、B、Cが責任を持って処理することですよと、この二点を主眼として念書をいただきました。」「(Aさんを辞任に追い込むためにA念書を書かせたことは)ありません。」と供述している(記録六四冊三丁裏以下)。

(二) 右に見たように、A念書作成の経緯、目的に関する被告人の供述は、著しく変転、変容している。このこと自体からも、被告人は、供述の場面や状況に応じ、自らの弁解供述に合うようにA念書の意義付けを変えてきていることがうかがわれ、被告人の供述の信用性に疑問を抱かざるを得ない。

(三) 関係証拠によれば、A念書が作成された七月二八日は、被告人がIのKに対する九六六億円の債務のうちの二〇〇億円の返済期限を七月末日にひかえ、どうしてもその支払の猶予を得たい時期であったことが認められることからすると、前記二の12(三)(2) に説示のとおり、A念書は、埼玉銀行からNに持ちかけた蛇の目株一七四〇万株の引取りを阻止する効果を持つだけでなく、被告人としては、A念書をNに見せれば、IのKに対する債務の返済期限の再延伸に応じてもらえると考え、Aに迫って念書を作成させたものと見ることができる。

7  担保の提供と返済意思の点について

(一) 被告人は、原審(第五八回ないし第六〇回等)において、B、Cとの打ち合せで、Bからは三〇〇億円を借り入れるにはIが担保を出さなければならないと言われていたので、担保提供のことは覚悟していたが、二〇〇億円の担保しか出せないと話し、了承を得ていた、七月三〇日夜、Iの経理全般の担当者であるiに対し、Iの担保を洗い直して担保明細を作るように指示した、八月一日のパレスホテルでの会合の後、ホテルニューオータニのバー「カプリ」において、Cと二人で担保の話をし、二百二、三十億円相当の担保株の明細を見せた、八月三日、担保に供するつもりの割引債六〇億円分を持ってiと一緒に蛇の目本社に行き、Cに会ったが、置き場所もないから持って帰って欲しいと言われた、八月四日、契約の細部の詰めをするためにiと一緒に蛇の目に行き、B、Cと会ったが、その際、iはCに七月三一日現在での担保明細書を手渡して、差し入れる担保がその明細書のとおりでよいか確認し、了承を得た、八月九日、iと一緒に蛇の目本社に行き、Cに対して、用意のできた約二〇三億円相当の担保株の明細書を改めて見せ、Cから正式な了承を得た、翌一〇日朝、iがQの事務所に行って、QとIの間の本件三〇〇億円の契約書を取り交わしてきたが、約二〇三億円分の担保株については、Cから、今日のところはいい、と言われたので、持って帰って来た、ということであった、八月一一日にも担保株を提供するとの申入れをしたが、C、Bは、これを受け取らず、埼玉銀行には、株を担保に取ったとのうその報告をした旨供述している。iも、原審において、被告人の右供述にそう証言をしている(第八七回、記録五八冊九〇四〇丁裏以下)。

(二)(1)  一方、B(第六九回、記録四八冊六五九七丁裏等)、C(第七六回、記録五一冊七五八四丁以下等)は、原審において、被告人が供述するような事実はなかった旨証言している。そもそも被告人に本件三〇〇億円の担保となるような物が一部でもあり、被告人がそれを提供しようとしていたというのであれば、B、Cがその物を預かるなり、少なくともその担保明細書を預かって埼玉銀行に持って行くのが自然である。Bらにそのような行動があったことをうかがわせる証跡は見当たらない。

(2)  この点に関して、所論は、Bは、Cと打ち合せて、本件三〇〇億円の融資につきQを介在させることに成功したから、被告人から担保が提供されても殊更受け取らなかったものであり、Cも、その時点で被告人から提供される担保を受け取ってしまうと、埼玉銀行に転担保として取られてしまい、新会社にQの債務を付け替えるときには担保がないこととなり、Qが提供した不動産を担保から抜くこともできなくなって、Qのプロジェクトに将来融資を受けるための担保に事欠くことになるとの思惑から、被告人から提供される担保を受け取らなかったものである、という。

しかし、蛇の目はもとより、埼玉銀行にとっても被告人から提供される担保があれば、これを取っておいたほうがよいことは多言を要しないところであって、Qが介在することになった点は、必ずしもBが被告人からの担保提供を断る理由とはならない。また、本件三〇〇億円の債務を将来新会社に付け替えるとして、被告人から最初に提供された担保が転担保に取られていても、その付け替えの時点において、被告人から提供された担保の時価を再評価の上、当事者間で協議し、債務者ではなくなるQの不動産を担保から抜くということは十分考えられるし、さらにいえば、その時点においては、三〇〇億円の交付を受けた本来の債務者であるI側がQの提供した担保が抜けるように増担保を提供するのが筋でもある。

(三) Cは、原審において、被告人からは手許に時価二〇〇億円くらいの有価証券しかないと言われただけで、それを担保に入れるとの言い方をされたわけでない旨証言しており、この点の信用性は、Cの当審証言によっても左右されない。そして、報告書(甲九八号証、記録一〇冊一一九六丁以下)その他関係証拠によれば、八月一〇日付けで作成されているQとIの間の本件三〇〇億円の金銭消費貸借契約書の第六条には「別途担保を差し入れるものとする」とされているが、その後実際に担保が差し入れられた事実はなく、I側から担保を差し入れようとした形跡も認められない。また、右消費貸借契約上の返済期限である平成二年二月一一日までにIが本件三〇〇億円を返済しようとしたことも、右契約が弁済期限の前後ころに更改された証跡も見当たらない。

(四) Cは、原審において、被告人は、平成二年四月一〇日ころ、蛇の目本社に、桐の箱に入った岩間カントリークラブ会員権を持って来て、Cに対して、「自分の手許に残ったのはこれだけだから、三〇〇億円をこれで処理してくれ。」と言った。Cが、被告人に、Iが本件三〇〇億円の金利を支払ってくれていることを告げると、被告人は、「そんな馬鹿なことがあるか、金利なんか支払っていない。」と言った後、Iの事務所に電話して確かめた際、「なんでそんな馬鹿なことをしたんだ。もうこれから払うな。」と言っており、電話が終わってから、Cに対して、「あの三〇〇億円について、Iで金利を払う必要はなかったんだ。金利はもう払わない。」と言ったなどと証言していることも(第一三回、記録二九冊一一四七丁以下等、この点を裏付ける書証として、金銭消費貸借変更契約書写し、原審弁護人請求二一号証、記録一三冊一六七八丁)、被告人に担保提供の意思がなかったことを裏付けるものといえる。

右証言や、被告人が、前述のように「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」の供述をしていることも考え併せると、被告人には本件三〇〇億円について現実に担保を提供する意思はもちろん、本件三〇〇億円を返済する意思もなかったものと認めざるを得ない。

(五) 右に見たとおり、被告人が八月一日から用意してCらに有価証券を担保として提供しようとしたが、持ち帰るように言われたなどという被告人の供述、そして、これにそうiの原審証言は、B及びCの原審証言等関係証拠に照らしても、たやすく信用することができない。

8  被告人の弁解供述の信用性についての総括

(一) 前記2ないし7において検討、説示したことから明らかなように、被告人の供述は、本件の、いわばキーワードともいえる「A念書」、「O」に関係する主要な事柄についても、看過し難い供述の変動があって、一貫性がなく、その合理的な説明ができていないばかりか、被告人は、被告人の弁解の基本をなすと考えられる「Gマター」、「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」、「狂言芝居」などの点についても、関係証拠と対比し、到底信用できない供述を繰り返し、本件三〇〇億円についても、一方で返済する必要のないものであるとの説明をしながら、返済する意思があったことを前提に担保を提供しようとしたが、B、Cに断られたなどと矛盾する供述もしている。被告人は、Bに七月下旬に二〇〇〇万円と一億円を贈った旨の、その内容自体からも、またこれを否定するBの原審証言(第六八回、記録四七冊六四九四丁裏、六五〇三丁等)等と対比しても到底信用し難い供述までしている。

(二) 被告人の供述は、B、Cの証言する事柄について、単に自分は関知しないというに止まるものではなく、Bらが、「Gマター」、「一株五〇〇〇円プラス三〇〇億円」の主張に賛同し、「狂言芝居」をすることを打ち合わせた上、埼玉銀行に本件三〇〇億円の融資を持ちかけたものであるなどという具体的な内容のものであることからして、その供述が信用できないということになれば、そのことは、相対的に被告人の供述に相反するB、Cの証言の信用性を肯定すべき一事由となるものということができる。

(三) 被告人の弁解供述は、右に見たとおり、根幹において一貫性を欠くなど、看取し難いほころびがあって、信用するに足りるB、CやAの原審証言のほか、多数の証拠と対比し、到底信用することができない。この点の原判断も是認できる。

五  本件恐喝罪の成否に関する個別的事項について

1  前四項までの関係証拠の信用性についての検討、説示から既に明らかなように、原判決挙示の関係証拠を総合して、本件の恐喝の事実を認定した原判決は、是認することができる。

所論は、本件恐喝罪の成否に関する個別の事項についても、原判決の事実誤認を主張し詳論しているところ、その主要な点については、これまでに関係証拠ないしは被告人の供述の信用性について検討、説示した中で論及してきたところから理由がないことが明らかというべきであるが、所論にかんがみ、若干補足説明することとする。

2  資金繰りの逼迫状況、動機を争う所論について

(一) 所論は、原判決は、「罪となるべき事実」において、被告人はIが資金繰りに窮したことなどから本件三〇〇億円の交付を要求したと認定し、「争点に対する判断」の第二の一4(四四頁以下)において、Iは、国際航業株や蛇の目株を借入金によって大量に買い入れており、平成元年六月末の借入金総額は二三九二億六三二二万円余に達し、その資金繰りは苦境に陥っていたと判示しているが、資金繰りと借入残高の多さは同一ではないことは常識であって、Iが資金繰りに窮していた事実はなく、また、被告人には、新会社構想に賛同し埼玉銀行にその実現を強く求めていた被告人の味方である蛇の目を脅す理由はない、という。

(二) 関係証拠によれば、本件当時Iの資金繰りの状態については、次のような事実が認められる。

(1)  Iの平成元年六月末の借入金総額が二三九二億六三二二万円余に達していたことは、捜査報告書(甲一一〇号証の中の「借入金」勘定を表す書面、記録一二冊一三九一丁)から明らかであるが、Iの平成元年度の損益計算書(高橋みさ子の検察官調書<甲九四号証>の添付資料<1>、記録九冊一〇八九丁以下)によると、Iの売上総利益はわずか八〇二二万円余りで、営業外収益の大半を占める有価証券処理益が一九八億五五八六円余であるのに対し、営業外費用の大半を占める支払利息は一八八億〇五九六円余である。

(2)  IのKからの借入金の状態は、先に見たとおり、Iは、Kから合計九六六億円を借り入れ、重ねて猶予を得て、うち二〇〇億円については、平成元年七月三一日が返済期限となっていた。B(第七一回、記録四九冊六九四七丁裏等)及びL(第三七回、記録三六冊三三八二丁裏)の原審証言その他関係証拠によれば、Kの代表取締役であるLは、Iの経理部長iと接触して、同年五月には返済計画案を徴するなどしたほか、度々蛇の目に赴いて被告人と会って返済に強硬な姿勢を示していたこと、被告人はBに対し、普段、Kの金利が高いとこぼすことがあったことが認められる。

(3)  岩間カントリークラブ会員権の購入の件については、前記四の4で詳述したとおりで、捜査報告書(甲一〇八号証、記録一一冊一二四三丁以下)、R(第三六回、記録三六冊三三〇五丁以下)、S(第三七回、記録同冊三四一一丁裏以下、三四二二丁以下)及びB(第三回、記録二四冊一〇八丁以下)の原審証言その他関係証拠によれば、被告人は、岩間カントリークラブを経営する岩間開発の全株を保有し、Oが中核的存在である、いわゆるTグループのオーナーである暴力団Pの会長であるhから、平成元年三、四月ころ、岩間カントリークラブ会員権七〇億円分を六月を目処に引き受けてくれるように依頼され、同月ころ、OのR、Sを同道して蛇の目に赴き、右会員権の購入方を頼んだが、蛇の目側ではOや岩間カントリーのことを調べた上、会員権の購入を断ったこと、そのことを聞いたhは、Sに対し「他人のふんどしで相撲をとるようなことになったんだと思う。そういうのは俺の性に合わない。」「もう一切いらない。甲野にも伝えとけ。」と言って怒ったこと、Sは被告人にそのことを伝え、結局、右会員権は被告人が買わざるを得なくなり、その後本件三〇〇億円の中からその代金七〇億円が支払われていることが認められる。

(4)  捜査報告書(甲一五〇号証、記録一四冊一九一八丁以下)、Yの原審証言(第三六回、記録三六冊三三二八丁以下等)その他関係証拠を総合すると、被告人は、国際航業株を買い集め、同社を支配しようと考えていたことから、いったんは暴力団Xの関係者であるYに協力を求め、株の買い集めや、多数派工作などに助力してもらったものの、Yが送り込んだグループとの軋轢を生じたこともあって、平成元年一月ころからは、Yを遠ざけるようになったが、Yは、被告人に対し、株の買占めに尽力したことなどによる報酬三〇億円や実費等を請求できると考えており、同年四、五月ころからは、被告人が立てた代理人弁護士田中森一と交渉を続けていたことが認められる。

(5)  小坂孟(コスモ証券株式会社渋谷支店次長、甲六五号証、記録七冊五〇六丁以下)及び高橋みさ子(甲九一号証、記録九冊九二六丁以下)の検察官調書その他関係証拠を総合すると、Iは、コスモ証券を介して、岩崎電気株を、平成元年二月六日に六九万一〇〇〇株、同月七日に一五万株のほか、同月から四月にかけて一二万株、合計九六万一〇〇〇株を信用買いで買い付けたこと、被告人は、信用取引の期限は六か月を限度とするものであることから、八月三日、コスモ証券渋谷支店に対し、右岩崎電気株を現引きすると連絡を入れた上、同月七日に二六億五二五八万円余を同社の口座に振り込んで、翌日右岩崎電気株の引渡しを受けたこと、右二六億五二五八万円余のうちには、被告人が八月四日に蛇の目に要求して八月七日に交付を受けた一〇億円が入っていたことが認められる。

(6)  以上(1) ないし(5) の各事実から、被告人は、平成元年七月の時点において、IがKから借り入れて、返済期限を一度ならず猶予してもらってきていた九六六億円のうちの二〇〇億円の返済はもとより、八月六日を信用買いの期限とする岩崎電気株の現引き代金にも事欠く状態であったことがうかがわれる上、岩間カントリークラブ会員権七〇億円分の購入や、Yに対する未払金の精算などにも迫られる状況にあったものと認められる。Iの平成元年度の損益計算書や、総勘定元帳の借入金欄などから明らかな同社の収支状況、負債状況なども総合すると、所論や被告人の弁解にもかかわらず、少なくとも、被告人が平成元年七月の段階でIの資金繰りに窮していたことは否定し難いものと認められる。

本件当時、被告人が資金繰りに窮していたと認定した原判断に誤りがあるとは認められない。

(三) 右に見たとおり、被告人、Iは、本件当時、資金繰りに窮していたことが認められることから、被告人に本件犯行に及ぶ動機がなかったとはいえない。被告人が提唱する新会社構想と蛇の目の新会社構想に対する考えとの間には、埼玉銀行に対するスタンス一つをとってみても差異があったことは、前述(二の3(二)(3) )のとおりであって、被告人と蛇の目との間に、被告人が自分の味方である蛇の目を脅す理由はないというような一枚岩の関係があったものとも認められない。資金繰りに窮した被告人が本件犯行に及んだとしても、その後の被告人保有株の高値買取りの途が閉ざされるわけでないことも明らかである。

被告人はIが資金繰りに窮したことなどから本件三〇〇億円の交付を要求したと認定した原判断に誤りはない。

3  恐喝の構成要件該当性を争うその余の主張等について

(一) 所論は、被告人が、本件三〇〇億円の融資について真面目に担保を提供する意思を持ち、そのために有価証券を用意し、返済の意思を有していたことは、被告人には恐喝の故意と不法領得の意思がなかったことの有力な証左である、また、被告人は蛇の目より融資を受ける意思はなく、埼玉銀行より融資を受ける意思であったから、被告人には蛇の目から金員を喝取するとの故意を欠く、というのである。

しかし、既に検討したとおり(四の7)、被告人が本件三〇〇億円について担保を提供する意思を持ち、そのために有価証券等を用意したとは認め難く、被告人に返済の意思があったとは認められないから、被告人には本件恐喝の故意と不法領得の意思がないとの所論は前提を欠く。また、B、C、D、Eらの原審証言その他関係証拠によれば、被告人は埼玉銀行から直接Iに本件三〇〇億円が融資されることはないことを知ってA、Bら蛇の目関係者に対し脅迫に及び、最終的に本件三〇〇億円がIに入ればよいことから、その経路、方法等についてはBやCに任せていたものであって、蛇の目の担保提供などの実質的な負担行為がなければ、本件三〇〇億円がIに交付されることがないということも知っていたと認められるから、被告人が蛇の目から金員を喝取する故意を欠くということもできない。

(二) 所論は、被告人がBらに加えたという害悪の告知は、犯人の関知しないところでの第三者による暴力の告知であって、単なる予測を伝えたに過ぎないから脅迫とはならない、という。

しかし、前記一の1(一)、(二)に摘記のようなB、Cらの原審証言その他の関係証拠によって認められる、被告人が告知した害悪は、被告人が蛇の目株を売却したという相手方ないしはその関係者から加えられる害悪であって、その害悪は、被告人がその相手方との対応如何によって左右できることをうかがわせるものであるから、これを単なる第三者による害悪の告知とか、予測的な害悪の告知と見ることはできない。

(三)(1)  所論は、本件三〇〇億円は埼玉銀行が融資決定することにより初めて実施されたもので、蛇の目にはその金員の事実上の交付決定権限はなく、処分権限もなかったから、蛇の目に対する恐喝罪は成立しない、埼玉銀行は、被告人の言動に畏怖して本件三〇〇億円の融資を決定したものではないから、この融資と脅迫行為との間には因果関係がない、という。

(2)  しかし、前記一の17に記載のとおり、蛇の目は、本社ビルの土地建物に担保権を設定し、保証もして、埼玉銀行が斡旋する首都圏リースから蛇の目の関連会社であるジェー・シー・エルに本件三〇〇億円の融資を得ていることが認められ、その三〇〇億円をQを介してIに事実上交付したのは蛇の目であり、蛇の目がその交付、処分を決定したことも、本件の証拠上、明らかである。埼玉銀行は、蛇の目が本件三〇〇億円を原資として調達する関係で、蛇の目のメインバンクとして本件に係わったに過ぎないものと見るべきである。右の事実からして、蛇の目には本件三〇〇億円に関し、恐喝罪の成立に必要とされる、所論のいう交付権限と処分権限があったものと認めることができる。

(3)  本件起訴にかかる恐喝罪の被害者は、既に見てきたような本件の事実関係の下においては、蛇の目であって、埼玉銀行ではなく、埼玉銀行の意思、認識によって恐喝罪の成立が左右されるわけはなく、埼玉銀行の融資斡旋と本件脅迫行為との因果関係についても所論のようにいうことはできない。

所論が引用する東京高裁昭和五三年三月一四日判決・東京高裁時報二九巻三号四二頁は、本件と事案を異にし、所論の論拠として援用するには適切でない。

(四) 所論は、Iの本件三〇〇億円の債務はQの債務と相殺されて完済されている、という。

しかし、報告書(原審弁護人請求四五号証、記録一五冊二三五〇丁~二三五四丁、甲七七号証、記録一八冊三〇二三丁~三〇二四丁等)その他関係証拠によれば、Qがニューホームクレジットの転担保として差し入れたI及び被告人所有の国際航業株二一三二万九〇〇〇株は、平成三年三月、一株一四七〇円で公開買付けの方法により総額三一三億六九八〇万円で換価されていることが認められるが、当時のQとIとの間の債権、債務関係に照らすと、右換価により本件三〇〇億円が相殺され、消滅したことになるものとは認められない。のみならず、被告人が本件三〇〇億円の返済の意思をそもそも有していなかったことは、前述(四の7)のとおりであって、この点は、I及び被告人所有の国際航業株二一三二万九〇〇〇株について、Qとの間で「担保差入契約書」(原審弁護人請求四五号証の二五六、記録一五冊二三五〇丁)を交わした平成二年一二月二六日の際も同様であったと推認され、結局、同契約書の第一条にいう、国際航業株が担保するIのQに対する一切の債務の中には、本件三〇〇億円は入っていなかったものと認められるから、本件三〇〇億円が国際航業株の前記換価によって消滅することはあり得ないというべきである。

六  結論

以上検討、説示してきたところを要するに、B、Cの原審証言は、相互によく符合し、客観的な事実経過に照らしても自然な内容であって、物証や書証、多数の人証によって裏付けられているのに対し、被告人の供述は、それらにそわないばかりか、被告人の弁解の根幹となるべき点に不可解な供述の変遷があり、その内容も、主要な部分に不自然、不合理なところが多々ある。

所論は、原判決が、専らB、Cの原審証言と被告人の供述を対比し、被告人の供述は信用できず、B、Cの原審証言は信用できると判断し、被告人の弁解が時期に遅れたものであるから、あるいは、関係証人に対し反対尋問を求めず、関係者の証言を求めていないからとの理由で、被告人の供述が厳しい吟味を必要とするというのは、憲法三一条、三八条に反する、被告人の弁解が立証十分でなく納得し難いものであっても、それ故に被告人が有罪にされてはならない、証言態度の巧拙に目を奪われ、B、Cの原審証言の一貫性、迫真性、説得性が被告人のそれに優っているからということで恐喝の事実が認定できると判断してはならない、原判決は、犯罪事実の判断を人物評価に頼った根本的な誤りを犯している、などとも主張する。

しかし、原判決も、先に指摘した肯認し難い点のほか、表現、判示の仕方にやや適切を欠き、誤解を招く点もないではないとはいえ、関係証拠の信用性を判断する当たり、所論が論難するような点を不当に重視したものではなく、他の証拠との整合性や、客観的に認められる事実経過との符合性などに十分留意したものであることは、判文に徴して明らかである。また、被告人の公判における供述姿勢、供述時期なども、被告人の供述の信用性の判断に際して考慮し、さらには、補助的事実として心証形成に働かせたからといって、黙秘権を侵害するようなことになるものではなく、所論がいうような憲法違反になるものともいえない。

その余の点を含め、所論に即し逐一検討し、「疑わしきは被告人の利益に」の原則に則り考察しても、本件においては、所論引用の「三人市虎をなす」の諺にいう類のものとはいえない信用性の高いB、CやAの原審証言のほかに、それらを裏付ける多数の証拠があり、これらの証拠を総合すると、被告人が本件三〇〇億円を得たのは、経済取引活動として正当視され得る融資に基づくものではなく、Bらに対し原判示の脅迫を加えて喝取したものであることを優に認めることができるのであって、原判決の事実認定には所論がいうような判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りはなく、その認定に合理的疑いを入れるべき事実も存しない。原判決に所論の事実誤認等の誤りがあるとは認められない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍岡資晃 裁判官 川上拓一 裁判官 波床昌則)

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