東京高等裁判所 平成9年(う)30号 判決
被告人 パルヴィーズ・ゴルバーニー
〔抄 録〕
控訴趣意に対する判断に先立ち、職権で調査すると、原判決には、以下にみるような訴訟手続の法令違反がある。すなわち、原判決は、被告人に対し、押収してある覚せい剤五〇袋(横浜地方裁判所平成八年押第二九八号の一ないし一九、二一ないし五〇、五二)、乾燥大麻五袋(同押号の七四ないし七八)、大麻樹脂三九包(同押号の七九ないし一一七)、LSD(リゼルギン酸ジエチルアミド)一袋(同押号の一二九)及びあへん七包(同押号の一二二ないし一二八)を没収すると言い渡している。すなわち、原判決は、右覚せい剤五〇袋は、原判示第一の罪のうち、覚せい剤の営利目的所持の罪に係る物件と認め、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文により、右乾燥大麻五袋及び右大麻樹脂三九包は、原判示第一の罪のうち、大麻の営利目的所持の罪に係る物件と認め、大麻取締法二四条の五第一項本文により、右LSD一袋は、原判示第一の罪のうち、麻薬の営利目的所持の罪に係る物件と認め、麻薬及び向精神薬取締法六九条の三第一項本文により、右あへん七包は、原判示第一の罪のうち、あへんの営利目的所持の罪に係る物件と認め、あへん法五四条一項本文により、これらを没収することとしている(以下、右各没収の根拠規定を「覚せい剤取締法四一条の八第一項本文等」という。)。なお、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文等は、右各条に掲げる覚せい剤取締法等違反の罪に係る覚せい剤等で、犯人が所有し、又は所持するものは、没収する旨定めているが、原判決においては、本件没収に関し、被告人が右覚せい剤五〇袋等を所持していたことにより、直ちに覚せい剤取締法四一条の八第一項本文等を適用したのであるか、所有していたと認めて右各条を適用したものであるかは明示していない。
この点、原審記録及び証拠物を調査して検討すると、原審で取り調べた関係各証拠によれば、原判決が罪となるべき事実第一として認定判示するとおり、被告人が営利の目的で右覚せい剤五〇袋、右乾燥大麻五袋、右大麻樹脂三九包、右LSD一袋(四二錠相当の紙片六枚)及び右あへん七包(以下、これらを「本件薬物」という。)を所持していたことは明らかではある。すなわち、関係各証拠によれば、被告人は、平成八年一月二一日ころから、神奈川県座間市Aハイツ一〇一号室に居住していたこと、神奈川県茅ケ崎警察署所属の警察官らが、同年二月二三日、右Aハイツ一〇一号室にやって来て、別件の覚せい剤取締法違反被疑事件につき発付された捜索差押許可状に基づき、被告人立会いの下に同室の捜索を行ったこと、その際、被告人は、警察官らに、被告人のはいていたズボンの内側に入れていた小銭入れの中、鏡台の裏に置いていたポーチの中、茶だんす内にあった缶の中などから、本件薬物を発見されたこと、本件薬物のうち、覚せい剤、乾燥大麻、大麻樹脂及びあへんは、それぞれ細かく小分けされていたこと、また、その際、同室内で、本件薬物のほか、手帳やノートなどが発見されたが、これらには覚せい剤などの薬物を密売した相手と思われる多数の人物の名前や、右の者らに対する薬物の密売の収支計算を示すと思われる数字などが多数記載されていたことなどが認められる。右のような客観的状況から、被告人が、右捜索を受けた際、本件薬物を所持していたことは明らかであり、さらに、被告人が、覚せい剤や大麻などの薬物の密売に深く関わっており、本件薬物についても、密売の目的で、すなわち営利の目的でこれらを所持していたものと十分に窺われる。なお、さらに、当時二五歳の女性が、原審公判廷において証人として尋問を受けた際、自分は、平成七年の春ころから秋ころにかけて、一日置きくらいに、被告人の携帯電話に連絡を入れて、小田急相模原駅付近の被告人に指定された場所で被告人と会い、被告人から、現金取引やいわゆるつけで覚せい剤を買ったり、LSDやマリファナをもらったりしていたなどという趣旨の証言をしている。しかしながら、原審で取り調べた関係各証拠を精査しても、本件薬物が被告人の所有物であったかどうかについては明らかになっていない。すなわち、被告人は、捜査段階及び原審公判廷における供述中で、本件薬物の所持そのものを否認する供述をしており、原審で取り調べた関係各証拠によるも、被告人が本件薬物を所持するに至った経緯やその入手の状況、あるいは、本件薬物の入手費用の負担やこれを他人に売った場合の利益の帰属などの計算関係等については、一切不明である(被告人は、当審公判廷において、本件薬物の所持自体を認める趣旨の供述をするに至ってはいるものの、本件薬物は多分ジャシムードという人物の所有物だと思うなどと述べている。)。したがって、被告人が、いわゆる卸元から本件薬物を買い受けるなどして、自己の物としてこれらの密売を行おうとしていたのか、あるいは、本件薬物の所有権は他人に帰属し、他人の計算関係の下に、被告人としてはその密売行為のみに当たろうとしていたのかなど、こうした状況は全く不明というほかない。すなわち、本件薬物はいずれも、被告人の所有に属するか他人の所有に属するかが明らかでない物というほかないのである。
そうすると、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法二条は、被告人の所有に属するか第三者の所有に属するかが明らかでない物を没収する必要があるときは、被告人以外の者の所有に属する物の場合と同様に、同条所定の告知(公告)の手続をとることを要すると定めているところ、本件においては、第一審である原審の裁判が終わるまでに、検察官によって、右告知(公告)の手続がとられていないのである。すなわち、原判決は、同法に定める手続が履践されていないのに、本件薬物を没収することとしたのであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるといわざるを得ず、原判決は、この点において、破棄を免れない。
(松本時夫 岡田雄一 服部悟)