大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(う)624号 判決 1997年12月11日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

一  本件控訴の趣意は弁護人杉浦幸彦が提出した控訴趣意書及び控訴趣意補充書(弁論を含む。)に、これに対する答弁は検察官山本弘が提出した答弁書(弁論を含む。)にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

二  論旨は、要するに、原判決は、被告人が、甲野一郎と共謀の上、平成八年三月二八日午前七時過ぎころ、神奈川県綾瀬市内の綾瀬市消防本部職員専用駐車場に駐車中の普通乗用自動車からナンバープレート二枚を窃取した、との事実を認定しているが、被告人がそのような共謀と実行行為をした事実はないから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

三  そこで検討すると、当審取調べに係るトヨタカローラ神奈川株式会社新車部次長木下昌三の証言によると、平成八年三月二七日午後八時半から翌二八日午前九時半ころまでの間に、神奈川県藤沢市内の同会社の用田第三モータープールから、まだナンバープレートの付いていない新車スープラ二台が盗まれたことが認められる。この事実を前提にすると、主として、甲野一郎の原審第三及び第六回公判における証言並びに当審取調べに係る○○こと乙山二郎の検察官に対する供述調書から、更に次のような事実を認めることができる。

1  甲野は、平成八年三月二八日未明、神奈川県厚木市内のゲームセンターロッキーから被告人に電話をかけ、足代わりになってくれるよう車の運転を依頼して、ロッキーに被告人を呼び付けた。

2  早暁になって、被告人が運転してきたアコードに甲野と乙山が乗り、被告人の運転によりロッキーから前記の用田第三モータープール付近まで行き、甲野と乙山が、被告人を車内に残して、モータープールに入り、スープラを一台ずつ盗み、乙山は盗んだ一台に乗って、その場から立ち去った。

3  引き続き、甲野は、アコードの前部ナンバープレートを取り外して、自らが盗んだスープラの後部に取り付けた上、甲野がスープラを、被告人がアコードをそれぞれ運転して、原判示の本件駐車場入り口に至ったが、その途中、何箇所かの駐車場に立ち寄り、スープラから降りた甲野が字光式のナンバープレートを物色した。

4  そして、甲野が、本件駐車場に入り、本件ナンバープレートを取り外して盗んだ。それから、甲野と被告人は、五、六キロメートル離れた空地に移動し、盗んだナンバープレートをスープラに取り付け、スープラに取り付けられていたアコードのナンバープレート一枚を元に戻した。

四  本件における被告人の供述には種々の変遷があるところ、結論的には、前項1のとおり甲野からロッキーに呼び付けられたことは認めるが、2ないし4については、その日における乙山の同行と甲野及び乙山によるスープラの窃取の事実は完全に否定している。アコードに甲野のみを乗せ、途中どこにも寄らずに、まっすぐ本件駐車場入り口に至り、甲野が一人で中に入って本件ナンバープレートを盗んできたというのが、被告人の最終的な供述である。

しかし、この被告人の供述は、1ないし4の認定に反する限度で採用することができず、被告人は、アコードのナンバープレートの一枚を甲野に貸してやり、かつ、甲野がナンバープレートを窃取しようとしているのを知りながら、アコードを運転して甲野運転のスープラに従い、本件駐車場まで同行し、甲野が本件ナンバープレートを窃取してくるのを待っていたものと認められる。加えて、被告人の司法警察員に対する起訴後の平成八年七月一六日付け供述調書(以下「七月一六日付け調書」という。)中には、走行中のアコードの車内において、甲野から「太郎よ、今からナンバーを取りにいくから運転してくれ。ちょっと知っているところがあるから、盗みに行く。」と言われた旨の供述記載があり、この記載とこれまでの認定事実を総合すると、被告人と甲野の間に本ナンバープレートの窃取についての共謀があったとの認定が可能であるように思われる。

五  しかしながら、更に子細に検討すると、そのように断定することには、なお次のような合理的な疑いが残る。

1  甲野は、元暴力団稲川会遠藤組に所属していたもので、乙山を介して被告人と知り合ったが、被告人は甲野の指示に逆らえない立場にあった旨証言している。甲野証言は、概して、被告人に不利にならないことを意識してされていることがうかがわれるが、甲野の暴力団経験にかんがみ、甲野と被告人の立場上の上下関係を一概に否定することができない。

2  被告人は、未明に、甲野から突然アコードの運転を頼まれたのであるが、その際に運転目的がナンバープレートの窃取にあることを告げられたことの証拠はなく、かえって、甲野は、運転目的を告げなかった旨証言し、被告人も、告げられなかった旨供述している。

3  甲野が、盗んだスープラに一時的に付けるため、アコードのナンバープレート一枚を外しているが、被告人が進んで貸してやったものとは認め難い。甲野証言によれば、被告人は貸すのは嫌だと言ったが、甲野が強引に外させたことになっている。

4  被告人は、甲野がアコードを降りて盗んだスープラに移った後も甲野に従い、本件駐車場まで付いていっているが、進んで付いていき、見張りをしたと断定することはできない。アコードのナンバープレートの一枚は、まだスープラに取り付けられていて、アコードに戻っていないので、甲野に付いていかざるを得なかったと見る余地もあるからである。

5  問題は、本件駐車場に向け走行中の車内において、甲野から「太郎よ、今からナンバーを取りにいくから運転してくれ。ちょっと知っているところがあるから、盗みに行く。」と言われた旨の七月一六日付け調書の存在である。この点について、甲野は、被告人にそのように言ったことはない旨証言し、被告人自身も、原審及び当審において、甲野からそのように言われたことはない旨供述している。

被告人の原審第四及び第五回公判における弁解は、被告人の取調べを担当した警察官塩入誠次には、接見禁止中にもかかわらず、自分が交際している女性に電話させ、会わせてくれるなどの優しさがあり、その厚意に心を打たれたので、自らは供述しなかったものの、塩入の誘導に乗り、自分に有利になるのか不利になるのかも考えずに、きれいにまとめてくれた七月一六日付け調書に署名押印したという趣旨のものである。

一方、被告人の起訴前の多数の供述調書には、甲野が七月一六日付け調書にあるような発言をしたとの供述記載はなかったところ、塩入の上司の警察官高野正勝は、共謀状況について被告人から十分な供述が得られていないと判断し、塩入に対し、共謀をはっきりさせるため、車中での被告人と甲野の会話があれば具体的に供述調書を記載するように指示している(高野の原審第七回公判における証言)。そして、塩入は、原審第六回公判において、裁判官の問いに対し、「被告人は、女性に会えたことを恩義に感じたのか、自分に話を合わしている印象があった。」「七月一六日段階で、自分なりに事実関係を推測して、こうじゃないかという形で被告人を取り調べている感じがある。」「今からナンバーを取りにいく云々の記載は、自分から誘導したのではないが、被告人から刑事さんの思うようにという表現があり、それじゃ、この文章でいいのかというふうに見せた。」と証言し、そうかと思うと、「被告人に対し、甲野から何か言われていないかと尋ねたところ、被告人が、ナンバーを取りに行く云々と供述した。」などとも証言している。この塩入証言の真意をにわかに補捉し難いが、あいまいさがあることは免れず、被告人の前記の弁解に沿うようにも解されるから、被告人の弁解を虚偽と否定し去ることはできない。七月一六日付け供述調書の信用性には疑問が残るというべきである。

六  以上を要するに、被告人において、甲野による本件ナンバープレートの窃取を認識していたことは、これを認めることができるとしても、進んで、甲野とその旨の共謀を遂げたものと断定するのには、前項のような疑問があるのである。したがって、被告人が、甲野と共謀の上、本件ナンバープレートを窃取したとの事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわなければならない。論旨は理由がある。

七  よって、刑訴法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して被告事件につき更に判決する。

本件公訴事実は、被告人が、甲野一郎と共謀の上、平成八年三月二八日午前七時三〇分ころ、神奈川県綾瀬市深谷三七四三番地二の綾瀬市消防本部職員専用駐車場において、同所に駐車中の池田稔所有にかかる自家用普通乗用自動車のナンバープレート二枚(時価合計二八四〇円相当)を窃取した、というものであるが、これを認定するのには合理的な疑いが存在し、結局、被告事件について犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田忠治 裁判官 長岡哲次 裁判官 大澤廣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例