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東京高等裁判所 平成9年(く)314号 決定 1997年10月24日

少年 B・Z子(昭和53.7.4生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、少年作成名義の抗告申立書に記載されたとおりであるが、その論旨は、要するに、少年を中等少年院に送致した原決定の処分は著しく不当である、というのである。

そこで、検討するのに、本件は、少年が、自転車に乗って買い物に出かけたところ、これを何者かに盗まれてしまったので、その足代わりに付近にあった放置自転車1台(時価4,000円相当)を横領し(原判示第1)、ショッピングセンターでビーチマット等商品10点(時価合計5,897円相当)を万引きし(同第2)、これとは別に書店で漫画本等10点(時価合計3,348円相当)を万引きした(同第3)という事案である。

少年は、中学卒業までは格別の逸脱行動をすることなく成長したが、平成6年4月高等専門学院に進学したのち万引きを繰り返すようになり、平成6年8月、平成7年5月、同年8月にいずれも万引き事犯により審判不開始になったのをはじめ、平成8年2月、同年4月に相次いで万引き事件を起こして同年7月保護観察(一般短期)に処せられ、さらに同年9月、同年10月(2件)と万引きを重ねて、観護措置の上平成9年1月21日試験観察に付され、その直後の同月26日再び万引き事件を起こし、右事件も併合の上、同年6月11日保護観察に処せられたという経過の中で、右試験観察期間中に原判示第1の事件を起こし、右事件が発覚しないうちに右第2回目の保護観察に処せられ、その継続中に同第2の事件を起こし、その処分も決まらぬうちにさらに同第3の事件を起こしたというのである。本件の特徴は、このように少年がその改善、更生のため種々の処分、処遇を受けながら、一向に内省が深まらず、いとも安易に同種非行を反復累行した点にあるといえる。

ところで、少年に対する鑑別結果等によると、少年は、知的能力に恵まれない面がある上、母親は監護能力に乏しく、一方父親は少年に対して過度の要求をして葛藤を生じさせることが多かったなど両親の少年に対する処遇が適切さを欠いていたこともあって、精神発達、社会性の発達が著しく遅れ、そのような未熟な人格を基底に、社会的不適応を起こしやすい状態が続いているとされている。原判示第2の事件は、職務質問の結果同第1の事件が発覚し、警察の取り調べを受けたまさにその日に犯されたものであり、また、同第3の事件は、同第1、同第2の事件が発覚し、父親から厳しく叱責される日々が続く中で犯されたものであって、いずれも単なる物欲からだけではなく、精神的ストレス解消のため敢行されたという面があることが窺えることからすると、これら一連の非行は、右のような社会的不適合の結果引き起こされたものということができる。そして、これまで、家庭裁判所が在宅処遇による少年の更生を期待し種々の措置を講じてきたのに、これがことごとく裏切られる結果に終わったのは、右のような社会的不適合を抜本的に解決するための措置が十分とられてこなかったことに由来するものと考えられる。また右のような少年の資質の問題や、これまでの経過からすると、現段階で少年の両親に、右の点をふまえた上での少年の適切な監護、教育を期待することができないことは明らかである。

以上のような諸事情を総合勘案すると、非行に累行性が認められるとはいうものの、万引きにとどまっていて非行が抗大していないこと、本件の被害額がさほど多額ではなく、被害品はいずれも被害者に返還されていること、少年が本件審判手続を通じて更生の意欲を示すに至っていることなど少年のために酌むことのできる事情を十分考慮しても、少年の健全な育成のためには、この時期に一定期間施設に収容した上、専門家による系統的な教育を施し、その精神や社会性の発達を促して、現実生活にたえられるだけの社会適応能力を身につけさせることが必要と考えられる。そうすると、右のような観点から少年を中等少年院に送致するとした原決定の処分は十分理由があるものであって、これが不当であるとは到底いえない。論旨は理由がない。

(なお、前記のように、少年の今回の非行は、少年の社会的不適合の結果引き起こされたものということができ、少年の資質もさることながら、その原因の多くは父親ら両親が少年の資質・能力を十分理解せず、過剰な要求(例えば、運転免許の取得)をしたり、適切に指導して少年の能力をカバーする等の配慮を欠いたところにあったことが窺われる。してみると、この際少年に系統的な教育を施し、社会適応能力を身につけさせる必要のあることは、前記のとおりであり、その点に疑問の余地はないが、少年の両親に対する働きかけなど、少年を受け入れる環境を整えることもこの際是非とも必要と考えられるのであって、本件は、少年法24条2項の環境調整を検討するのが相当な事案ではなかったかと思われる。したがって、今後の処遇にあたっては、原審裁判所による適切な処遇勧告等が期待されるとともに、右のような環境調整を積極的に実施するなどこの点に対する配慮が必要と思われる。さらに、本件少年の非行は、同種犯行を累行したところに特徴があるが、非行自体はまことに軽微なものであり、それが深化拡大しているとは必ずしもいえない状況にある。非行の動機は、直接的には父親らからの過剰な期待や叱責を受ける中でのストレスなどを原因にしているもので、この点の解決が図られれば、非行自体は相当程度改善されるものと思われる。少年の抱える問題は決して小さいものではないが、それは、少年の資質・能力に大きく関係しており、長期的に、家族やその周辺の関係者らの辛抱強い努力によって改善されるべきもののように思われる。そうだとすると、今回、少年が関東医療少年院において処遇を受けていることは、まことに当を得た措置であると解されるが、以上の諸点に照らすと、その収容期間については、短期処遇に準ずる形で、環境調整の結果とも照らし合わせながら、できる限り早めの社会復帰を期することが望ましい。)

よって、少年法33条1項、少年審判規則50条により、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 門野博 裁判官 下山保男 福崎伸一郎)

編注 本決定後、新潟家庭裁判所は、平成9年11月7日付けで、保護観察所長に対し、少年と両親との関係を調整するよう、少年院長に対し、保護観察所による前記環境調整の結果を考慮した上で少年の収容期間を決定するよう、それぞれ処遇勧告をした。

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