東京高等裁判所 平成9年(く)70号 決定
被告人 鈴木時男
〔抄 録〕
右のとおり、本件強盗致傷等被告事件につき、申立人が、上訴権を放棄する趣旨で本件上訴権放棄申立書を作成し、差し出したものではないという前提をとっても、申立人が、控訴の提起期間内に控訴申立書を差し出していないのであるから、上訴権が消滅した状態にあることはいうまでもない。そして、申立人が控訴の提起期間内に実際に控訴申立書を差し出さなかったことにつき、刑訴法三六二条にいう「自己又は代人の責に帰することができない事由」があったかどうかみるに、この点、申立人は、控訴申立書を差し出さなかったことに関し、右四掲記のように、自分が、アメリカで受刑した経験から、上訴する旨を口頭で看守に告げれば、看守の方で手続をしてくれると思っていたので、判決の宣告があった平成五年一二月七日及び翌八日、二回にわたり、八王子拘置支所において、自分を担当する係であった看守に、口頭で、上訴したいということを話し、上訴審の手続が始まるのを待っていたというのである。すなわち、申立人の述べるところによっても、申立人は、本件強盗致傷等被告事件につき判決の言渡しを受けた際、前記三の2認定のように、裁判長から、控訴をする場合には、一四日以内に、控訴申立書を第一審裁判所に差し出さなければならない旨告げられていたにもかかわらず、自分の場合、看守に対し口頭で上訴する旨告げれば、看守が上訴の手続を進めるなどしてくれるという誤った見解によって、控訴申立書を差し出すことなく、控訴の提起期間を徒過したことが窺われるのである。そうすると、このように、自らの誤った見解によって控訴の提起期間を徒過するに至ったということは、まさに申立人の明白な過失に基づくものというほかない。なお、申立人は、幼少時から三十数年間アメリカで暮らし、英語には通じていたものの、日本語はほとんど理解できず、本件強盗致傷等被告事件の審理及び判決は、法廷通訳人を介して行われたという事情があったことは認められるものの、控訴の提起の手続や方法等については、前記のとおり、法廷通訳人を介して、裁判長から刑訴規則に定めるのと同じ内容の告知を受けていたのであり、なおこれを十分に理解できなかったとしても、自らにできる種々の手段を講じて正確なことを認識するよう努力すべきであったのである。この点、たとえ、申立人が、八王子拘置支所の看守に口頭で上訴したいということを話したとき、その看守が申立人の話を十分に理解して、申立人の見解が誤りであることを指摘し、正しい手続や方法について申立人に教えるということができたとしても、看守が、そのようなことをなすべき義務を負うものではない。しかも、関係記録によると、申立人は、平成五年一二月七日に判決の言渡しを受けた以降、一四日という期間が経過するまでの間にも、申立人の前妻(鈴木朋子)や友人らと面会したり、同人らに対して手紙を書き送ったりしていることが窺え、したがって、この者らを通じて、本件強盗致傷等被告事件の国選弁護人であった弁護士(控訴申立又は判決確定までは、なお申立人の国選弁護人である。)と連絡を取り、その助言を受けることも可能であったと認められるのである。
以上要するに、本件強盗致傷等被告事件について言い渡された判決に対し、申立人が、控訴の提起期間内に控訴申立書を東京地方裁判所(八王子支部)に差し出さなかったことにつき、申立人において本件上訴権放棄申立書を差し出したことが、刑訴法三六二条に定める「自己又は代人の責に帰することができない事由」に当たるものでないことはいうまでもなく、他に右事由に当たるような事情の存在することは一切認められないのである。したがって、申立人の本件上訴権回復の請求はその理由がなく、また、本件控訴の申立は刑訴法三七五条にいう「明らかに控訴権の消滅後にされたもの」に該当し不適法であるとした原決定の判断は、結論的に正当として維持できるのである。
(松本時夫 服部悟 高橋徹)