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東京高等裁判所 平成9年(ネ)3433号 判決 1998年10月28日

東京都墨田区墨田五丁目一七番四号

控訴人(原審原告)

鐘紡株式会社

右代表者代表取締役

石原聰一

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

滝井朋子

吉利靖雄

東京都足立区鹿浜一丁目九番一一号

被控訴人(原審被告)

富士製薬工業株式会社

右代表者代表取締役

今井精一

右訴訟代理人弁護士

安田有三

小南明也

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審で追加した請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中、被控訴人に対する部分を取り消す。

2  被控訴人は、原判決別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品を製剤し、該製剤品を販売してはならない。

3  被控訴人は、被控訴人の所有する原判決別紙目録記載の物質及びこれを有効成分とする製剤品を廃棄せよ。

4  被控訴人は、被控訴人の申請によってなされた薬事法に基づく原判決別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品に対する製造承認につき厚生省に対し製造承認の整理届を提出せよ。

5  被控訴人は、前項の医薬品について厚生大臣に対してなした健康保険法に基づく薬価基準への収載申請の取下げをせよ。

6(当審で追加した請求)

被控訴人は控訴人に対し、金九〇五二万円及びこれに対する平成九年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

7  訴訟費用中、第一審において控訴人と被控訴人との問に生じた部分及び第二審において生じた部分は被控訴人の負担とする。

8  仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、既に存続期間が終了した本件各特許権の権利者であった控訴人が、被控訴人において、原判決別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品につき薬事法に基づく製造承認申請をするために必要な試験を特許権存続期間中に行ったことが、本件各特許権を侵害する行為であると主張して、被控訴人に対し、本件各特許権に基づく妨害排除請求権の行使として、同目録記載の物質を有効成分とする医薬品等の製造販売の差止め、廃棄、同医薬品に対する薬事法に基づく製造承認の整理届の提出及び同医薬品についての薬価基準への収載申請の取下げを請求し、さらに当審における追加的請求として、不当利得返還請求権の行使として右差止め等を求めるとともに、本件各特許権侵害による不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  本件各特許権については、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)の二(基礎となる事実)の1(原判決五頁四行目から八頁九行目まで)の記載を引用する。

2  特許権存続期間中の本件試験の施行

被控訴人は、医薬品等の製造販売を目的とする会社であるところ、原判決別紙目録記載の物質を有効成分とする医薬品の製剤(以下「被控訴人製剤」という。)につき、薬事法一四条一項所定の医薬品製造承認申請をした。

被控訴人が被控訴人製剤について製造承認申請をするためには、その申請書に、<1>規格及び試験方法に関する資料、<2>加速試験に関する資料を添付する必要がある。右各資料は、後発医薬品の製造承認申請をする場合において必要とされるものであり、被控訴人は、被控訴人製剤につき製造承認申請をするに当たり、右各資料の作成を目的として、本件各特許権の存続期間中に被控訴人製剤を使用して右各資料作成のために必要な試験を行った(以下、被控訴人が被控訴人製剤を使用して行った右試験を「本件試験」という。)。

3  製造承認の取得及び薬価基準への収載申請

被控訴人は、被控訴人製剤につき、平成八年三月一五日に「注射用アイリストーマー」の商品名で製造承認を受け、その後、被控訴人製剤につき厚生大臣に対する薬価基準への収載の申請をし、本件各特許権の存続期間終了後、被控訴人製剤の製造販売を開始した。

二  争点

1  被控訴人が、本件各特許権存続期間中に、被控訴人製剤を使用して本件試験を行ったことが、本件各特許権の侵害行為に当たるか。

(一) 特許権の存続期間中に、医薬品製造販売業者が、後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で特許発明である医薬品を使用して行う試験が、特許発明の業として(特許法六八条)の実施に当たるか。

(二) 特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる試験が特許発明の実施に該当するとした場合に、これが試験又は研究のためにする特許発明の実施(特許法六九条一項)に当たるか。

(三) 被控訴人製剤が本件各特許権の技術的範囲に属するか。

2  被控訴人が被控訴人製剤を使用して本件試験を行ったことが本件各特許権の侵害行為に当たるとした場合に、

(一) 控訴人は被控訴人に対し、本件各特許権存続期間終了後に、本件各特許権に基づく妨害排除請求権又は不当利得返還請求権の行使として、<1>被控訴人製剤の製造販売の差止め、<2>原判決別紙目録記載の物質及び被控訴人製剤の廃棄、<3>被控訴人製剤に対する薬事法に基づく製造承認の整理届の提出、<4>被控訴人製剤についての薬価基準への収載申請の取下げを求めることができるか。

(二) 被控訴人が控訴人に対して支払うべき損害賠償額はいくらか。

三  争点に関する控訴人の主張の要点

1(一)  争点1(一)について

医薬品製造販売業者が、後発医薬品の製造販売をするにつき法的に不可欠な製造承認を得るために、製造承認申請書に添付する資料を作成する目的で、特許発明である医薬品を使用して行う試験は、特許発明の業としての実施そのものであり、それ以外ではあり得ない。

(二)  争点1(二)について

(1) 特許法六九条一項の「試験又は研究」の意義に関し、同項は、これが国語としての「試験」、「研究」の意義に含まれる全行為を意味するものではなく、何らかの制限が付されるものであることを規定してはいない。

しかしながら、法の適用に当たっては、法文の用語の意義を明らかにする法解釈を要するのであり、その場合に、法文の用語がどのような意義を有するかを見極めるためには、その法制度が一国の全法制度の中にどのように組み込まれ、位置付けられているか、そして、その法制度がどのように構成されているかという視点が最重要な基準であるというべきである。

しかるところ、進歩性のある新規有用な技術である発明は、これが公開されることにより、これを基礎として更なる技術進歩をもたらすことから、社会全体はその技術と経済の観点より多大な恩恵を受けるが、その反面、発明者にとって発明を公開することは、これを創出するのに多大な犠牲を要したのに、その独占的な占有を維持することが困難となるという不利益を生ずることになる。そこで、進歩性のある新規有用な技術を進んで公開した者に対し、その報奨として、一定期間国家がその技術の独占を保障することにして、その開示を求めようとする法技術が特許制度であり、経済全体にとつては、進歩性のある新規有用な技術につき一定期間の独占を許すことと引換えにこれを公開させることが有益すなわち公益に合致するとしたのが、特許制度を設けた国家意思というべきである。

すなわち、特許制度における公益は、進歩性のある新規有用な技術を開示させることと、その対価として一定期間はその独占を保障することという骨格に合致してのみ成立し得るものであり、特許法一条もこの趣旨を規定したものである。

そうすると、特許法六九条一項において、「試験又は研究」に対しては、右のような特許制度の根幹である技術独占、すなわち特許権の効力が例外的に及ばないものとされているのであるから、同項の「試験又は研究」は、厳格に右の特許制度の趣旨に合致し、これが許容する限度でのみ認められなければならない。それが公益を尊重するということである。

そして、特許制度は、右のとおり、進歩性のある新規有用な技術である発明が公開されることにより、これを基礎として更なる技術進歩をもたらすことが、社会全体にとって極めて重要であるために、発明者に対し、公開の代償として、一定期間開発技術の独占を保障したものであるから、当該開発技術を第三者が無断で使用することが当然に許されるのは、第三者の実施行為が社会全体からみて、なお一層の技術の進歩に役立つこと、少なくとも、その方向を目指すものと評価できることが必須であるというべきである。したがって、特許法六九条一項の「試験又は研究」とは、少なくとも技術を次の段階に進歩させることを目的とするものでなければならない。そして、特許発明が真に実施可能であるか、新規性、進歩性を有しているかを確認する行為は、技術を進歩させる前提となる行為として、右「試験又は研究」に含まれると解することができる。

特許制度も一国の全体的法制度の中に位置しているものである以上、公益とは無縁であり得ない。自由な経済活動や薬事法上の安全確認は、それぞれに公益に合致するものであるが、特許制度が一定期間に限って特許発明の実施に当たる行為を第三者に禁じているのは、これを制限してでも守られるべき別の公益が存すると評価したからであり、特許制度上は、それが第一の公益であると評価されるべきである。したがって、特許権行使と他の公益とが矛盾する場合には、前記の特許制度の趣旨に遡って、特許権行使の制限が正当化される公益であるか否かが問われるべきである。

(2) 後発医薬品の製造承認申請に添付することが要求されている資料は、<1>規格及び試験方法に関する資料、<2>加速試験に関する資料、<3>生物学的同等性に関する資料のみであり(但し、被控訴人製剤のような静脈内注射のみを投与経路とする医薬品については、原則として生物学的同等性に関する資料は不要とされている。)、その内容は次のとおりである。

ア 規格及び試験方法

その医薬品の品質を公に登録し、同時にその品質を実証する手段を示すことを目的とするものであって、当該医薬品がどのような特質・規格を有しているかを具体的に記載するとともに、その記載内容を確認する試験方法も併せ記載して、その特質・規格の記載の正確性を追確認することを可能とするものであり、医薬品が製剤である場合には、名称(販売名)、含量規格(一定の品質を有することを保障する規格値、有効成分の割合はパーセントで示す。)、性状(剤形、色、形状、香、味、錠剤の割線など)、確認試験(含量規格の項に表示した有効成分が含まれていることを確認するための試験方法などの手段)、製剤試験(バンソウコウなどの粘着性の程度、カプセル剤の含量均一性の程度、錠剤の液中での崩壊程度など、当該医薬品の製剤特性の試験結果)及び定量法(含量規格の項に表示した組成・有効成分の含有量等を測定する試験方法などの手段)の六項目を設定することを要する。

イ 加速試験

一定の流通期間中の品質の安定性を短期間で推定するために実施する試験であり、検体を原則として気温摂氏四〇度、湿度七五パーセントの条件下で六か月以上保存した結果を示す。

ウ 生物学的同等性試験

先発医薬品と生物学的に同等であることを証明するために実施する試験であり、異なる健康人に当該医薬品(後発医薬品)と先発医薬品とを臨床投与経路で一回投与して一定時間経過後の血中濃度を測定し、さらに適切な休薬期間をおいた交叉試験(当該医薬品を投与する者と先発医薬品を投与する者とを逆にして行う同様の試験)を行い、それぞれ当該医薬品と先発医薬品の血中濃度を比較した結果を示すものである。

このうち、規格及び試験方法に関する資料は、いわば製造承認の対象となる医薬品を特定するための情報であって、すべての種類の医薬品の製造承認申請に添付することが必要とされているが、加速試験に関する資料と生物学的同等性に関する資料は、先発医薬品(新有効成分含有医薬品)の製造承認申請には添付が必要とされておらず、逆に先発医薬品の製造承認申請に添付することが必要とされている多数の厳格な資料は、後発医薬品の製造承認申請には添付が必要とされていない。これは、先発医薬品の製造承認がその有効性及び安全性についての極めて詳細な事項の確認の後に初めてなされるのに対し、後発医薬品の製造承認において確認されるべき事項が、当該後発医薬品が先発医薬品と同等であるという一点に尽きるからである。すなわち、後発医薬品は、先発医薬品と同一有効成分を有する場合であっても、医薬として、先発医薬品といささかなりとも異なっていてはならないし、優れていてもならないのである。したがって、後発医薬品の製造承認申請に添付することが必要とされている各資料を作成するために行われる試験は、技術を更に進展させることを目的とするものという性質を持つものではありえず、また、あってはならないのである。

そして、先発医薬品は既に広く販売されているものであり、その重要構成物である有効成分及び汎用添加物以外の医療用医薬品添加物とその分量が、法令の規定及び厚生省通達により、容器、被包、添付文書に記載されているほか、他の公認添加物を用いる場合も公刊されている医薬品添加物辞典を用いることが可能であるから、これらの情報に基づいて、先発医薬品と同一又はわずかな公認添加物を付加した先発医薬品に限りなく近い後発医薬品を製造し、加速試験及び生物学的同等性試験によって先発医薬品と実質的に同等との結果を出すことに、何らの技術的困難もない。

(3) したがって、後発医薬品についての製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる試験が、技術の進展を目的とするものに該当することはあり得ず、特許法六九条一項所定の「試験又は研究」に当たるということはできない。

(三)  争点1(三)について

被控訴人製剤は、本件各特許権の技術的範囲に属する。

2(一)  争点2(一)について

(1) 本件各特許権に基づく妨害排除請求権の行使に関する主張については、次の主張を付加するほかは、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)の四(争点に関する当事者の主張)の1(争点1について)の(一)(原告の主張)の(1)ないし(4)(原判決一〇頁一〇行目から一六頁九行目まで)の記載を引用する。

「(5) 原判決は、『特許法は、差止請求権を行使できるのが権利としての特許権の存続期間中に限られることを当然の前提としているものと解される。・・・存続期間の満了によって特許権は消滅し、存続期間満了後に特許権の効力を主張することはできないというべきである。』、『原告のその余の請求、すなわち<2>被告製剤等の廃棄、<3>被告製剤に対する製造承認の整理届の提出、<4>被告製剤についての薬価基準への収載申請の取下げは、いずれも特許権の侵害の予防に必要な行為として請求されているものと解されるところ、侵害の予防に必要な行為は、特許権に基づく差止請求をするに際して請求することができるにすぎないものであって(特許法一〇〇条二項)、差止請求が認められないことは前記のとおりであるから、右<2>ないし<4>の請求も理由がない。』と判断した。

しかし、本件請求は、特許権存続期間中に特許権者の目をくらまして、特許権存続期間終了の少なくとも二七か月前から特許権侵害を密かに行い、その存続期間が終了するや、その侵害の結果による経済的成果を取得しようとする特許権存続期間中の特許権侵害者から、その侵害に基づく経済的成果を排除すべきことを請求するものであり、控訴人は、特許権者には、その特許権存続期間中の特許権侵害行為に起因して、その侵害行為がなく法が正しく遵守されていればその侵害者が取得することができず、その結果特許権者に帰属することになる法的利益が侵害される場合には、右侵害に起因している妨害が継続している限度で、その排除を特許権に基づく妨害排除請求権として認められるべきであると主張しているのである。

これはまさに、特許権をその存続期間中、完全に遵守すべきであるとすることから生ずる正義の要請であり、この要請に基づいて特許権侵害に基づく不当な利益の取得を許さずとする結論は、ヨーロッパ司法裁判所、ヨーロッパ委員会において承認され、ドイツ連邦最高裁判所及びオランダの裁判所等においても採用されている。

これに対し、原判決のように解すると、特許権者に発見されない限りは、特許権存続期間中にどのような特許権侵害をなすことも自由自在であることになり、その判断は著しく正義に反する。

また、原判決は、『医薬品の製造承認を取得するための試験を開始してから薬価収載に至るまで、最低限二七か月を要し、そのため、後発医薬品の製造会社が、存続期間満了後に製造承認のための試験を開始した場合には、薬価収載を受けるまでの二七か月間は、特許権者が独占的に実施品を製造販売することができ、市場の利益を独占することがあるとしても、これを法的利益ないし法的に保護すべき利益ということはできない。』と判断した。

しかし、最高裁判所昭和三七年一月一九日判決(民集一六巻一号五七頁)は、公衆浴場法によって許可を受けた者の利益につき「適正な許可制度の運用によつて保護せられるべき業者の営業上の利益は単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、法によって保護せられる利益と解するを相当とする。」と判示しているところであり、後発優薬品メーカーが特許権存続期間終了後に製造承認のための試験を開始した場合に、その製造販売を行い得るまでの二七か月間、特許権者が独占的に実施品を製造販売することができる利益は、右判決の事案の公衆浴場営業者の利益と共通するから、法的利益に該当するというべきであり、控訴人は、被控訴人に対し、前記期間に相当する期間、後発医薬品である被控訴人製剤の製造販売の差止めを求める権利を有しているといわなければならない。」

(2) 発明に、有体物と同様、主観的に認識知得し実施するなど、利用可能な事実状態として管理下におくことにより占有することのできるものである。

控訴人は、本件各特許権に係る各発明(以下「本件各発明」という。)が完成すると同時にこれを秘密下に利用可能な事実状態に管理して独占的な占有を取得し、さらに、これについて本件各特許権を取得することにより、その権利存続期間中は法的にも独占的な占有権限を与えられ、独占的占有を継続してきた。被控訴人は、控訴人が本件各特許権の権利者として、本件各発明を占有していることを認識しながら、被控訴人製剤についての製造承認申請のために必要な資料を取得するため、本件各発明の実施品である製品を製造又は輸入し、これを使用することによって、控訴人の本件各発明に対する独占的占有を侵奪したものである。

したがって、被控訴人は、悪意で、法律上の原因なく、本件各発明に対する控訴人の独占的占有を侵奪することにより、控訴人に独占的占有の喪失という損失を生じさせ、これにより、製造承認の取得、薬価基準収載及びこれらに基づく被控訴人製剤の製造販売可能な地位の取得という不当な利得を得たものであるから、控訴人に対し、悪意の不当利得者として、右利得のすべてを返還すべき義務を負う。

そして、この場合に被控訴人が控訴人に対し返還すべき利得とは、有体物の返還方法として一般法理の承認する現物返還と同一の満足を控訴人に与えるものであること、すなわち、本件各発明の占有が侵害されなかったと同一の状態を控訴人が回復するものでなければならない。したがって、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人が右占有侵奪によって取得した製造承認及び薬価基準収載手続を一旦白紙に戻し、被控訴人が被控訴人製剤を製造販売することのできない地位に戻ること、すなわち、<1>被控訴人製剤の製造販売の差止め、<2>原判決別紙目録記載の物質及び被控訴人製剤の廃棄、<3>被控訴人製剤に対する薬事法に基づく製造承認の整理届の提出、<4>被控訴人製剤についての薬価基準への収載申請の取下げを請求することができるものというべきである。

(3) 右(1)、(2)のとおり、控訴人は被控訴人に対し、本件各特許権存続期間終了後であっても、本件各特許権に基づく妨害排除請求権又は不当利得返還請求権の行使として、<1>被控訴人製剤の製造販売の差止め、<2>原判決別紙目録記載の物質及び被控訴人製剤の廃棄、<3>被控訴人製剤に対する薬事法に基づく製造承認の整理届の提出、<4>被控訴人製剤についての薬価基準への収載申請の取下げを求めることができる。

(二)  争点2(二)について

被控訴人は、被控訴人製剤の製造承認の取得のため、本件各特許権存続期間中に被控訴人製剤を使用して本件試験を行うことにより、本件各発明を実施し、本件各特許権を侵害したものであるから、控訴人は、被控訴人に対し、平成一〇年法律第五一号による改正前の特許法一〇二条二項に基づき、本件各発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額を損害賠償として請求することができる。

そして、本件における実施料相当額は、本件各特許権存続期間中における本件試験に使用された被控訴人製剤(プラステロン硫酸ナトリウム)の使用量を控訴人のプラステロン硫酸ナトリウム製剤の薬価基準に換算した額及び本件各特許権存続期間終了後二七か月間における被控訴人の被控訴人製剤販売高を被控訴人の薬価基準に換算した額に、それぞれ実施料率を乗じて算出すべきである。

すなわち、後発医薬品を製造販売するためには、製造承認及び薬価基準への収載が不可欠であるところ、製造承認申請のための試験開始から薬価基準への収載までは少なくとも二七か月間の期間を要する。そして、後発医薬品となる物質が他人の特許権に係る発明である場合には、その特許権存続期間終了後に初めて製造承認申請のための試験を開始することができるのであるから、適法に後発医薬品の製造販売をすることができるのは、特許権存続期間終了から二七か月が経過してからである。したがって、特許権存続期間終了から二七か月が経過する前に該後発医薬品の製造販売をすることができえとすれば、それは特許権存続期間中に特許権を侵害して製造承認申請のための試験をしたからにほかならない。そうであれば、特許権存続期間終了から二七か月が経過する間に後発医薬品の製造販売によって得た利益は、特許権存続期間中の特許権侵害行為に基づくものというべきであるから、特許権者の損害賠償額算定のうえで、これを考慮するのは当然である。

そして、これによって算出した実施料相当額は、次のとおりである。

ア 本件試験に使用された被控訴人製剤に係る実施料相当額

本件試験に使用されたプラステロン硫酸ナトリウム原末の量は三四・七八二キログラムを下回らないところ、この使用量を控訴人のプラステロン硫酸ナトリウム製剤の該期の薬価基準(マイリス注一〇〇mgの薬価基準一一七三円及びマイリス注二〇〇mgの薬価基準二一六六円)で換算すると三億九二三四万円となる。そして、本件各特許権の実施料は、控訴人のプラステロン硫酸ナトリゥム製剤の該期の薬価基準の二〇パーセントを下回らないから、実施料相当額は七八四六万円である。

イ 本件各特許権存続期間終了後二七か月間に販売された被控訴人製剤に係る実施料相当額

本件各特許権の最終存続期間終了日である平成八年七月六日から二七か月以内の日である平成九年一〇月三一日までの被控訴人製剤の販売高を被控訴人製剤の該期の薬価基準(平成九年三月三一日まで注射用アイリストーマー一〇〇mgの薬価基準九三八円及び注射用アイリストーマー二〇〇mgの薬価基準一七三三円、同年四月一日以降注射用アイリストーマー一〇〇mgの薬価基準七七一円及び注射用アイリストーマー二〇〇mgの薬価基準一四二四円)で換算すると六〇三〇万円となる。そして、本件各特許権の実施料は、被控訴人製剤の該期の薬価基準の二〇パーセントを下回らないから、実施料相当額は一二〇六万円である。

ウ 右ア及びイ合計額 九〇五二万円

四  争点に関する被控訴人の主張の要点

1(一)  争点1(一)について

後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる試験が、特許発明の業としての実施に当たらないとする主張については、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)の四(争点に関する当事者の主張)の2(争点2について)の(二)(被告らの主張)の(1)ないし(3)(原判決一九頁五行目から二一頁三行目まで)の記載を引用する。但し、原判決一九頁五行目の「製造承認申請のための」から二〇頁一行の「目的としたものではなく、」までを、「後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる試験ば、該医薬品を人間に投与する場合(生物学的同等性試験)であつても、健康な人間に投与して有効成分の血中濃度を測定し、先発医薬品と比較するものであって、患者に投与して治療行為をするものではない。したがって、右試験の実施は、先発医薬品と競合して市場競争に参画するものではなく、特許権者に損害を与えないから、この点において個人的実施と変わるところはない。しかも、製造承認の取得は、行政法規で定められた義務であり、その取得を目的として、医薬品を試験に使用することはそれ自体利益を目的としたものではなく、」に、同二〇頁七行目の「平成六年改正法附則五条二項」を「平成六年法律第一一六号の附則(特許法改正附則)五条二項」に、それぞれ改める。

(二)  争点1(二)について

後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる試験が、試験又は研究のためにする特許発明の実施に当たるとする主張については、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)の四(争点に関する当事者の主張)の3(争点3について)の(二)(被告らの主張)の(1)(原判決二一頁九行目から二三頁九行目まで)の記載を引用する。

(三)  争点1(三)について

被控訴人製剤は本件各特許権の技術的範囲に属さない。

2(一)  争点2(一)について

(1) 本件各特許権に基づく妨害排除請求権の行使に対する主張については、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)の四(争点に関する当事者の主張)の1(争点1について)の(二)(被告らの主張)の(1)ないし(3)(原判決一六頁一一行目から一八頁一〇行目まで)の記載を引用する。

(2) 控訴人は、控訴人が本件各発明の独占的占有を継続してきたと主張するが、技術的思想である発明は有体物とは異なるから、発明の占有ということは考えることができない。

仮に、発明を秘密状態に管理しているという事実状態を「発明の独占的占有」と表現するものであるとしても、本件各発明については、そのような状態は、本件各特許権に係る特許出願手続における出願公開及び出願公告によって失われているのであるから、現在、本件各発明の独占的占有は存在しない。また、右のような状態が失われたのは、もとより被控訴人の行為によるものではない。

(3) したがって、いずれにしても、控訴人の<1>被控訴人製剤の製造販売の差止め、<2>原判決別紙目録記載の物質及び被控訴人製剤の廃棄、<3>被控訴人製剤に対する薬事法に基づく製造承認の整理届の提出、<4>被控訴人製剤についての薬価基準への収載申請の取下げを求める各請求は失当である。

(二)  争点2(二)について

控訴人の主張のうち、本件各特許権の最終存続期間終了日が平成八年七月六日であることは認め、その余は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(一)について

特許権の存続期間中に、医薬品製造販売業者が、後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で特許発明である医薬品を使用して行う試験が、当該医薬品製造販売業者の事業活動の一環としてなされるものであることは明白であるから、それが特許権者による特許発明の実施と市場において競業しないとしても、業として特許発明を実施したことに当たるものといわざるを得ない。

特許法六七条二項の「その特許発明の実施」を同法六八条の「業としての実施」と同じ意味に解さなければならない理由はなく、また、平成六年法律第一一六号の附則(特許法改正附則)五条二項、特許法七九条の規定も右行為が業として特許発明を実施したことに当たるものと解することの妨げとなるものではない。

二  争点1(二)について

1  特許法六八条は、「特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有する。」旨定め、特許権が独占的排他権であって、特許権者の了解がなければ、業として特許発明を実施することは、原則としてできないとの特許権の効力を明らかにしている。そして、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」旨を定める同法六九条一項は、右のような原則に対して例外に当たる場合を定めたものであるところ、同項の「試験又は研究」という概念自体相当程度広範なものであるうえに、同項は、その「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴っていない。しかしながら、右のような限定がないからといって、およそ「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の外形を有するあらゆる行為がこれに該当すると解することは相当ではない。なぜなら、特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的との関係において、その例外たるべき合理的・実質的な根拠を伴わない特許発明の実施についてまで、特許権の効力を及ぼさないとする理由は見い出せず、同項がかかる場合までも同項該当行為に含める趣旨であるものとは考えられないからである。したがって、特定の特許発明の実施が、その「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものであるかどうかは、特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的を考慮したうえで、当該特定の特許発明の実施が、右の趣旨若しくは目的に沿い、又はこれに反しないものであるかどうか、あるいは右の趣旨又は目的に対して劣後するものではないと考えられる何らかの法的利益を実現するものであるかどうか等を検討することによって決せられるべきものと解される。

しかるところ、特許制度は、発明者にその発明を公開させ、その代償として、発明者に対し、一定の期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与することにより、発明に対する意欲を高め、発明を奨励するとともに、発明の公開をもって、社会一般の技術的進歩に役立たせることを制度の根幹の一つとするものであり、特許権が独占的排他権として構成される趣旨も、かかる制度目的に基づいて理解されるべきものである。

しかるときは、控訴人が主張する、技術を次の段階に進歩させることを目的とする行為、特許発明が真に実施可能であるか、新規性、進歩性を有しているかを確認する行為等は、概ね右の特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的に沿うものであるか、又は、少なくとも、その制度目的との関係において、特許権を独占的排他権として構成した趣旨に反しないものとして、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものと解される。

しかしながら、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当する行為が、右のような特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的そのものに由来するものに限られると解することはできない。なぜなら、発明者に対し、発明の公開の代償として、一定の期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめることも特許制度の根幹の一つであって、特許法の枠内における解釈のみからしても、このような他の制度目的との関係において、同項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当する行為の範囲を検討すべき場合があり得ることは当然であるのみならず、前示のとおり、特許法六九条一項の「試験又は研究」という概念が広範なものであり、また、同項が「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴わないことに鑑みれば、前示の特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的が、直接には特許法がその目的とするところではない社会一般の利益、より具体的には、他の法令がその目的として保護する公益との比較衡量において、これに対し譲歩しても不当とは解されない場合として、同項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると認めるべき行為も存在するものというべきであるからである。

控訴人は、薬事法上の安全確認等が公益に合致するものであるとしながら、特許制度が一定期間に限って特許発明の実施に当たる行為を第三者に禁じているのは、これを制限してでも守られるべき別の公益が存すると評価したからであり、特許制度上は、それが第一の公益であると評価されるべきであるとか、特許権行使と他の公益とが矛盾する場合には、特許制度の趣旨に遡って特許権行使の制限が正当化される公益であるか否かが問われるべきである等と主張するところ、該主張が、特許制度上は、特許法に基づく法的利益が、特許法が直接その目的とするところではない公益に対して一般的に優先するとの趣旨であるものとすれば、そのような主張は採用することができない。

すなわち、特許制度は、もとより我が国の諸法制の一分野であって、他の諸法制と無関係に存在するものでないことはいうまでもなく、したがって、特許法に基づく特許権者の法的利益にしたところで、特許法を含む我が国の諸法制全体によって構成される種々の法益の一として、他の法益、なかんずく公益との調整を欠くことのできないものであるし、また、かかる調整があり得ることを前提として、その存在意義が認められるものである。このように特許法に基づく特許権者の法的利益であっても、特許法がその直接の目的とするところではない公益との調整を図ることが必要であることは、特許法上、一条の「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」との定めのうちに既に示唆されているものというべきであるし、公益との調整を図る見地から特許権の成立を否定し、あるいはその効力を制限する規定である同法三二条、六九条二項一号、三項、九三条等において現実化しているところである。とりわけ、同法六九条一項と同様、特許権の効力が及ばないとする文言の規定によってその制限がなされている同条二項一号、三項においては、その制限をすることによって保護しようとする公益の内容(国際交通の混乱の防止、医療の混乱の防止)が具体的に明らかとなっており、かつ、それが特許法が直接その目的とするところではない公益であることからみても、特許法に基づく法的利益が、特許法が直接その目的とするところではない公益に優先するとの控訴人の立論が成り立たないことは明白である。そうすると、「試験又は研究」の目的、「特許発明の実施」の態様等につき何らの限定も伴わない同法六九条一項は、これらの規定と同様に、他の法令がその目的として保護するものを含む公益との調整を図る見地から、特許権の効力を制限する趣旨も包含する規定であると解することが自然である。

2  そこで、特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる試験が特許発明の実施に該当するとした場合に、これが特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たるかどうかについて検討する。

(一) 後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付することが要求されている資料が、<1>規格及び試験方法に関する資料、<2>加速試験に関する資料、<3>生物学的同等性に関する資料であること、並びに各資料の具体的内容が前示第二の三の1の(二)の(2)のアないしウのとおりであることは、控訴人の自認するところであり(被控訴人製剤に係る製造承認申請の申請書に添付されたのが、このうちの<1>規格及び試験方法に関する資料、<2>加速試験に関する資料であったことは当事者間に争いがない。)、この事実によれば、右各資料を作成する目的で行う試験は、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」の外形を有するものと認められる(以下、一般に後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる右各試験を併せて「各種試験」という。)。

(二) ところで、薬事法は、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品の製造をしてはならない旨(同法一二条一項)、厚生大臣は、基準を定めて指定する医薬品を除き、医薬品を製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承認を与える旨(同法一四条一項)、製造業の許可の申請者が製造しようとする物が製造承認を要するものであって、製造承認を受けていないときは、その品目に係る製造業の許可を与えない旨(同法一三条一項)をそれぞれ定めており、これらの規定によれば、結局、業として医薬品を製造しようとする者は、厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除き、品目ごとに厚生大臣の製造承認を得る必要があることになる。そして、同法一四条二項は、製造承認は、申請に係る医薬品の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、副作用等を審査して行うものとし、同条三項は、製造承認申請をしようとする者は、厚生省令の定めるところにより、申請書に資料を添付して申請しなければならないとしているところ、後発医薬品の製造承認申請のための各種試験も、右各規定の定めに従って、厚生省令である薬事法施行規則一八条の三により申請書に添付する必要のある資料を得るために、行われるものである。

薬事法は、「医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品及び医療用具の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とする。」(同法一条)ものであって、同法が医薬品の製造につき製造承認を要するものとする規制を行い、その申請に係る医薬品について所定の審査を行うのは、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、保健衛生の向上を図るためであると解される。そうすると、製造承認の申請者が、申請書に添付かる必要のある資料を得るために行う各種試験を含む各試験の目的も、同じく、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保することに帰着することは明らかである。

控訴人は、後発医薬品の製造承認申請に係る各種試験に関し、確認されるべき事項が当該後発医薬品が先発医薬品と同等であるという一点に尽きるとか、先発医薬品の添付文書等や公刊物に記載されている情報に基づいて、先発医薬品と同一又はこれに限りなく近い後発医薬品を製造し、加速試験及び生物学的同等性試験によって先発医薬品と実質的に同等との結果を出すことに、何らの技術的困難もない等と主張するところ、仮に各種試験にその主張のような側面があるとしても、そのような試験についての資料の添付が要求され、製造承認に係る審査の対象とされるのは、既に製造承認を経て医薬品としての品質、有効性及び安全性が確認されている先発医薬品に係るデータを利用しつつも、後発医薬品自体についての品質、有効性及び安全性を確認して、将来後発医薬品の投与を受けることとなる多数の者の安全を確保するためであることは明らかであり、その意味で、後発医薬品についての製造承認のための審査や、その申請のために行う各種試験が、内容的に先発医薬品の場合と異なるからといって、薬事法におけるその意義の点で相違があるものということはできない。そして、このような製造承認による医薬品製造の規制、審査及びそのための各種試験が、薬事法の実現しようとする法的利益と直接関係するものであり、かつ、多数の者の生命身体の安全に直接関わる極めて公益性の強いものであることは論ずるまでもないところである。

(三) 右のとおり、各種試験は、これが特許発明の実施に該当するものであっても、薬事法の目的とする極めて強い公益の実現に関わるものである。それのみならず、前示の各種試験の内容等に照らすと、製造承認申請をしようとする者が各種試験を行うためにする特許発明の実施において、製造された製剤は、患者に投与されることなく各種試験を行う過程で費消されるのであるから、その特許発明の実施によって、製造承認申請をしようとする者に直接収益がもたらされるわけではなく、また、特許権者側の特許発明の実施と競業するものでもないから、特許権者が、その特許発明を実施するという側面において受ける実質的損害は皆無である。もっとも、この点は、特許権存続期間中に各種試験を経ることによって、後発医薬品メーカーが特許権存続期間終了後直ちに市場に参入することをもって特許権者の損害と捉えるのであれば別の結論に至ることになるが、そのように解することが許されないことは次に述べるとおりである。

(四) 製造承認を得るために各種試験に着手してから、製造承認申請を経て製造承認を取得するまでの間に、各種試験の期間及び審査期間等としてある程度の日時を要し、その間、医薬品の製造が規制されることはやむを得ないことであるが、仮に、特許権存続期間中に各種試験のために特許発明を実施することが特許権の侵害に当たる行為であるとすれば、製造承認申請をしようとする者は、特許権存続期間終了後に各種試験に着手しなければならず、その後試験の期間及び審査期間等を経て、当該薬剤の製造販売を行い得るまでには、控訴人の主張によれば二七か月を要し、その間、特許権者であった者は、特許権存続期間が終了したにもかかわらず、その存続中と同様、当該発明を独占的排他的に実施し得る結果となる。しかしながら、先に述べたとおり、発明者に対し一定期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめることも特許制度の根幹の一つであることを考えれば、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して保健衛生の向上を図るという、特許法の目的とは全く無縁というべき薬事法の目的に基づく規制が存するために、特許権者であった者が、特許権存続期間終了後においてまで、社会一般の財産となるべき発明を独占し、自由競争を阻害するようなこととなる事態は、特許法の観点からみても直ちに容認されるべきではないといわなければならない。

まして、右のような薬事法の目的に基づく規制から医薬品を製造できない期間がやむを得ず生じることを根拠に、特許権存続期間終了後直ちに他者によって当該発明が実施され、特許権者であった者の発明の実施と市場において競合することが、あたかも、特許法によつて特許権者に認められた法的地位ないし利益を侵害するものであるかのようにいう控訴人の主張は到底許容されるものではない。薬事法上の規制は、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して保健衛生の向上を図るという同法の目的に基づくものであって、当該医薬品に係る特許権者がその製造販売を独占的に行うことを保障することを目的とするものではないから、仮にその規制の影響で特許権者に何らかの利益が生じるとしても、それは単なる反射的利益にすぎず、法的利益とはなり得ないものである。

なお、この点に関し、控訴人は、最高裁判所昭和三七年一月一九日判決(民集一六巻一号五七頁)の判示を引用して、後発医薬品メーカーが特許権存続期間終了後に製造承認申請のための各種試験を開始した場合に、製造販売を行い得るまでの二七か月間、特許権者が独占的に実施品を製造販売することができる利益が法的利益に該当すると主張する。しかし、同判決は、都道府県知事が第三者に対してなした公衆浴場営業許可処分につき、既存の公衆浴場営業者にその処分の無効確認の訴えを提起する原告適格ないし訴えの利益を認める前提として、当該処分の根拠となる行政法規である公衆浴場法が、公衆浴場の営業を許可制とし、かつ、一定間隔の距離をもって許可の要件としたことが、単に公益の実現を目的とするに止まらず、被許可者を濫立による経営の不合理化より守ろうとする目的も有するものとして、既存の公衆浴場営業者の営業上の利益を同法によって保護された個人的・具体的利益であるものと解したものである。これに対し、医薬品の製造承認処分の根拠となる行政法規である薬事法が、公益の実現を目的とするほかに、特許権者であった者の特許権存続期間終了後における発明独占の利益を保護することを目的として、後発医薬品の製造を許可処分(製造承認)に係らしめ、かつ、その要件(審査基準)を定めたものと解する余地は全くなく、したがって、同判決の事案に係る既存の公衆浴場営業者と本件事案に係る特許権者であった者(先発医薬品製造業者)とは、それぞれの処分との関係における法的立場を全く異にし、控訴人の右主張が失当であることは明白である。

(五) 以上の各点を総合すれば、薬事法が製造承認の制度を設けて保護しようとする公益の内容が、前示の特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的との比較衝量において劣後するものとは考えられず、特許権存続期間中に、各種試験のために特許発明を実施しようとする場面においても、かかる限度に止まる限り、これに対し特許権の効力が及ばないものとすることにより、特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないし制度目的が、右薬事法の実現しようとする公益の前に譲歩するものとすることが不当であるとは到底解されない。のみならず、特許権存続期間中に各種試験を行うためにする特許発明の実施に対しては、特許権の効力が及ばないものとすることは、一定の期間を限って、発明者に対し、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめるという特許制度の他の目的にも符合するものである。

そうすると、特許権の存続期間中に各種試験を行うために特許発明を実施することは、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものとして、特許権の効力が及ばないものと解するのが相当である。

3  昭和六二年法律第二七号により、特許権存続期間の延長登録制度(特許法六七条二項、六七条の二ないし同条の四)が設けられたことも、製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明を実施することが、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当することを裏付けるものということができる。

すなわち、特許権存続期間の延長登録制度は、薬事法に基づく製造承認を含む(特許法施行令一条の三第二号)「その特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分」を受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが一定期間以上できなかった場合に、一定の限度内で当該期間に相当する期間、特許権存続期間を延長することをその趣旨とするものであるが、かかる制度が設けられたことにより、特許権者は、特許権存続期間のうち、自らの製造承認申請のために侵食された期間に相当する期間の補填を受け、原則として特許法の定める特許権存続期間と同じ期間だけ当該発明の独占的排他的な実施を確保し得ることとなったのであるから(延長登録制度上の最長・最短期間の制限のために、現実には特許法の定める特許権存続期間と同期間にならないことがあり得るものとしても、それは同制度についての内部的な制度設計に関する問題であるにすぎない。)、その上さらに、後発医薬品の製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明を実施することが特許権侵害に当たるものとして、延長された特許権存続期間の終了後においてまで当該発明の独占的排他的な実施の期間を生じさせることは、およそ合理的な説明のなし難いことであるといわなければならない。

本件証拠中には、この点につき、延長登録制度上の最長期間が理論的に算出されたものではなく、政策的に決定されたものであること、同制度がない場合に特許権存続期間中の各種試験が特許権侵害となる以上、同制度がある場合にも、各種試験が特許権侵害とならない旨の明文の規定がなければ、各種試験は特許権侵害と考えるべきことを理由として、各種試験が特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に当たらないことを説明しようとする論考が存在する。しかし、延長登録制度上の最長期間の制限のために、特許権者による発明の独占的排他的な実施の期間が特許法の定める特許権存続期間と同期間とならないとしても、それは同制度の内部的な制度設計に関する問題であること、同制度を考慮しなくとも、後発医薬品の製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明を実施することが特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当すると解されることは、いずれも前示のとおりである(各種試験が同項に該当すると解さなければ、延長登録制度の説明がなし難いからといって、逆に同制度がない場合には、各種試験が同項に該当しないということにはならない。)。

さらに、本件証拠中には、特許法は、そもそも先発メーカーと後発メーカーとの間に二〇年(特許権存続期間)プラスαのタイム・ラグを予定しているものとして、特許権者であった者の延長された特許権存続期間の終了後の当該発明の独占的排他的な実施の期間を説明しようとする論考もあるが、特許法上、延長登録制度の適用を受ける特許権に限って、かかるプラスαが付与されることを相当とする実質的な根拠は見い出し難い。

4  以上のとおり、特許権の存続期間中に、後発医薬品の製造承認申請の申請書に添付する資料を作成する目的で行われる各種試験が特許発明の実施に当たる場合であつても、各種試験は、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものと解すべきである。

そうすると、仮に、被控訴人製剤が本件各特許権の技術的範囲に属するものであり、被控訴人が被控訴人製剤を使用して本件試験を行ったことが、本件各特許権に係る特許発明の実施に当たるものとしても、本件試験が本件各特許権を侵害する行為であるということはできない。

三  控訴人の本件請求は、いずれも、被控訴人が、本件各特許権存続期間中に被控訴人製剤を使用して本件試験を行ったことが、本件各特許権を侵害する特許発明の実施であること(不当利得返還請求権の行使として被控訴人製剤の製造販売の差止め等を求める請求に関しては、それが特許法六九条一項に該当しないが故に法律上の原因がないこと)を前提とするものであるから、本件試験が同項に該当するものであって、本件各特許権を侵害するものといえない以上、その余の点について判断するまでもなく理由がないものである。

よって、原判決が、本件各特許権に基づく妨害排除請求権の行使として、<1>被控訴人製剤の製造販売の差止め、<2>原判決別紙目録記載の物質及び被控訴人製剤の廃棄、<3>被控訴人製剤に対する薬事法に基づく製造承認の整理届の提出、<4>被控訴人製剤についての薬価基準への収載申請の取下げを求める請求を棄却したことは相当であるから、該請求に係る控訴を棄却し、また、控訴人が当審で追加した不当利得返還請求権の行使として右差止め等を求める請求及び不法行為に基づく損害賠償請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六七条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

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