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東京高等裁判所 平成9年(ネ)3889号 判決 1998年9月24日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は、平成一一年における後発品の薬価基準収載日の翌日まで別紙物件目録記載の製剤を製造し又は販売してはならない。

3 被控訴人は、平成一一年一一月二日まで、アシクロビルを有効成分とし、「単純疱疹」又は「骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」を薬効とする製剤につき、製造承認申請、かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又は製造若しくは販売をしてはならない。

4 被控訴人は、平成一二年五月一一日まで、アシクロビルを有効成分とし、「帯状疱疹」を薬効とする製剤につき、製造承認申請、かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又は製造若しくは販売をしてはならない。

5 被控訴人は、平成一二年六月一五日まで、アシクロビルを有効成分とし、「水痘」を薬効とする製剤につき、製造承認申請、かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又は製造若しくは販売をしてはならない。

6 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

事案の概要は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄中「第二 事案の概要」(四頁五行ないし三一頁八行)のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五頁八行目の「当該製剤の製造販売を開始する可能性が高い、」の後に改行して、次のとおり加える。

「<3> 被控訴人は、本件特許権の存続期間の延長の対象となった薬効に関する製剤についても、その延長期間中に後発品として製造承認申請をし、その一環として、本件特許権侵害を構成する、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造がなされる蓋然性が極めて高く、また、生物学的同等性試験のための製剤の製造が実生産規模でなされることは必至である、」

二  同一三頁二行目の「本件特許権を侵害する行為を行うおそれがあるか。」の後に改行して、次のとおり加える。

「6 予測的バリデーションのためのバルク製品の製造や生物学的同等性試験のための製剤の製造は、本件特許権を侵害するものであるか。

(当審における新たな争点)」

三  同一六頁末行ないし二〇頁八行を次のとおり改める。

「2 争点2(特許法六九条一項の「試験又は研究」)について

(被控訴人の主張)

後発品の製造承認申請のために行う製剤の試作及び各種試験は特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たる。

(一) 先発品メーカーが製造承認申請した当該製剤の配合処方の内容は企業秘密に属する事項であって、後発品メーカーはこれを知り得る立場にはないから、後発品メーカーは、先発品メーカーと同じ有効成分の医薬品について製造承認の申請を行う場合でも、自己の知識と経験に基づき配合処方を研究して製剤化を行ったうえで、その製剤が安定であるかどうか、先発品と同程度の生物学的利用能が認められるかどうかの研究をしなくてはならず、そこには、後発品メーカーなりの技術の積み重ねに基づく工夫が必要である。

したがって、被控訴人がアシクロビル製剤の製造承認申請のために行った実験は、本件製剤についていえば、基本的にはいかなる方法で製剤化すれば安定した注射剤を製造することができ、その製剤を投与したとき所定の血中濃度を得ることができるかを判定するための学問的探求であり、特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たる。なお、本件特許明細書には注射剤について何の記載もない。

また、規格試験、安定性試験及び生物学的同等性試験はそれぞれ単独で意味があるものではなく、製剤の試作と共に一体としてとらえるべきであり、全体として「研究」に当たるというべきものなのである。

(二) 特許法六九条一項の「試験又は研究」には、目的、対象、水準等に何ら限定はない。「試験又は研究」を特許権の効力の範囲外とした理由は、「試験又は研究」の段階においては、未だ特許権者と市場において競合することはなく、特許権者が市場を独占する権利を何ら脅かすものではないので違法性がないと考えられたためである。すなわち、特許法六九条一項の「試験又は研究」は違法性がない特許発明の実施の例示であり、技術的進歩を目的としなくても、また販売を目的としたとしても、違法性がないことに変わりはないのである(ただ、特許期間中の販売を目的とする試験・研究は違法性がある。)。

さらに、医薬品の製造承認申請に必要な製剤の試作及び各種試験は、医薬品の有効性や安全性の確保や国民の保健衛生の向上を目的とする公益性の高いものであり、このことも、製剤の試作及び各種試験が違法性がないことの根拠となる。

(控訴人の主張)

後発品の製造承認申請のための試験は特許法六九条一項の「試験」に該当しない。

(一) 特許法六九条一項について

特許法の目的は、発明の公開の代償として特許権者に独占権を付与し、もって技術の進歩を促すことにあるが、技術の進歩をもたらす試験又は研究が特許権により禁じられてしまうのでは、かかる特許法の目的自体の実現が妨げられてしまう。そこで、このような試験又は研究を例外的に特許権の効力が及ばないものとしたのが、特許法六九条一項の規定である。したがって、特許法六九条一項の「試験又は研究」とは技術の進歩を目的とするものであり、当該特許発明との関係での技術の進歩をもたらすような試験又は研究のみを指すものである。

右規定の「試験又は研究」の範囲を安易に拡大することは、発明の公開の代償として特許権者に対し与えられるべき独占権の範囲を不当に制限するものであり、特許法の目的に反するものである。

(二) 後発品の製造承認申請のための試験と特許法六九条一項

(1) 後発品の製造承認申請のための試験の実態

<1> 後発品の製造承認申請のための製造基準や試験方法については、後発品が出されるような医薬品については、日本薬局方又は日本薬局方外医薬品規格(以下「局外規」という。)に、後発品の申請に必要な測定条件、規格及びデータが掲載されており、また、各先発品のインタビューフォーム、能書及び製品パンフレットには、多数の測定条件、規格及びデータが掲載されている。このように、後発品の製造基準や試験方法が明らかにされていることに加えて、後発品の製造承認申請のための試験時には、通常、先発品が発表されてから約一〇年、その有効成分が合成されてから約二〇年が経過しており、その間に製剤化技術・機器も進歩することに鑑みると、後発品メーカーが、自らの創意工夫により、後発品の製造基準や試験方法を設定考案する必要性はほとんどないというべきである。

<2> 有効成分である原末の製造方法について、後発品メーカーは、先発品メーカーの特許明細書から知ることができることに加え、前記のとおり、当該化合物が合成されてから約二〇年も経過した時点で同一の化合物を合成するのであるから、その間の合成技術の進歩の成果を享受することができる。また、そもそも、後発品メーカーの多くは、自ら原末を製造することなく、安価な原末を輸入している。

したがって、後発品メーカーにおいて自らの創意工夫により、後発品のための原末の製造方法を設定考案する必要性はない。

<3> 後発品の製造に用いる副材料の種類については、当然のことながら、薬理的に許容されているものでなければならず、そのほとんどは、日本薬局方、局外規又は医薬品添加物規格等に収載され、規格が定まっている。製剤化検討については、先発品の組成は、副材料を含めてリバースエンジニアリングにより簡単に分析できるものであり、特に溶剤に溶解し得る物質の分析は極めて容易である。さらに、こういった組成分析を行わなくても、慣用の基本製剤処方に活性成分を加えて製剤化検討を行うだけで製剤化検討はできる。また、後発品の製造方法が先発品と相違していたとしても、生理作用に大した影響が生じることはない上、万一影響が生じたとしても、後発品についての臨床試験が行われない以上、かかる影響による好ましくない生理活性を検出することも除去することもできない。

したがって、後発品メーカーにおいて、自らの創意工夫により、後発品の副材料や製剤化検討について設定考案する必要性はない。

<4> 結局のところ、後発品の製造承認申請のための試験は、技術の進歩を導くものでも、新しい知見ないし未知の情報を入手するためのものでもなく、先発品につき提供された旧い知見ないし既知の情報に基づき、後発品の商品としての品質が先発品と同等であることを示すためのものにすぎない。

そして、後発品の有効成分は先発品のそれと同一でなければならないことから、後発品の製造承認申請に際して、特許発明の対象である有効成分自体の改良は一切行われていない。また、後発品の製造承認申請に際して、臨床試験が行われない以上、安全性及び有効性についての新しい知見ないし未知の情報を入手することはできない。

したがって、後発品の製造承認申請のための試験において、当該特許発明の改良がなされるなどということはあり得ない。

(2) 後発品の製造承認

後発品の製造承認申請に当たって要求される「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」(静脈注射剤にあってはこの資料は免除されている。)は、当該申請にかかる後発品が新薬の同等品であることを確認するためにのみ提出されるものであり、それ以外の目的はない。

厚生省は、後発品の製造承認申請に基づき製造承認という行政処分を行うが、申請にかかる後発品の品質、有効性及び安全性を審査して、問題がなければ、この処分を行う。しかしながら、後発品の場合には、新薬の同等品であるか否かが唯一の審査対象であって、いうなれば、後発品の製造承認とは、新薬の同等品であることを公に承認し、お墨付きを与えることを意味する。

このような新薬の同等品であることのお墨付きに基づき、後発品の製造販売の禁止が解除され、その製造販売が可能となる。製造承認申請はこのようなお墨付きを得ることを唯一の目的とした行為であり、そのための試験も全く同様な目的で行われる。

(3) 特許法六九条一項との関係

右のとおり、製造承認申請のための試験とは、いうなれば、後発品という新薬の同等品を発売するための準備行為であって、それ以上のものではない。また、これは、特定の製品に関するものであって、しかも、この試験によって得られたデータは第三者に対し公開されるものではないので、医薬品分野の技術の進歩ないし革新を導くものではない。逆にいえば、このような行為を特許法六九条一項に該当しないとしても禁止しても、技術の進歩が何ら阻害されるものではない。つまり、後発品の製造承認申請のための試験をする際には、新薬の試験により当該有効成分の有効性、安全性は既に確認されており、当該有効成分の有用性を知るという意義は失われている。後発品の製造承認申請のための試験の目的は、特定の後発品が新薬と同等品であるか否かを確認することに尽きるものであり、また、この試験のデータが公開されることもない。したがって、後発品の製造承認申請のための試験は、当該後発品メーカー以外の第三者にとって何ら有益な新しい知見ないし情報をもたらすものではない。

しかも、後発品の製造承認申請は、新薬の製造承認申請によって得られたデータにフリーライドしてなされるものであり、また、その販売に当たっても新薬によりなされた営業努力にフリーライドして新薬を処分した医療機関に取り込んでいくだけでよいのである。このようなフリーライドとしての後発品の製造承認申請のための行為に関して、特許法が特別に取り扱う社会的ないし経済的必要性は何ら認められない。

(三) 国際的な潮流と公平等

(1) 特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を試験特権として適法化する見解は、先進国の中には全く例を見ない。

先進国の中でも、米国のようにボーラー条項により後発品の製造承認申請のための試験を立法化した例はあるが、わが国において、ボーラー型条項を解釈により事実上制定することは許されない。これは立法的にのみ可能であって、ボーラー条項と同様な趣旨を軽々しく司法判断によって持ち込むことはできない。米国の法制においても、単に後発品の製造承認申請のための試験を非侵害としただけではなく、製造承認申請自体を形式的に特許権の侵害とし、少なくとも手続的に特許権者を保護する格別な手段を採用している。単なる司法判断では、このような手段を採ることは不可能である。

日本においては、米国におけるような手続的保護もない上、実際に後発品メーカーが特許権の存続期間中にどのような行為をしたのかも全く明らかにされない。特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を適法化することは、このような試験の名目で特許権の侵害行為の横行を許すおそれがあり、公平を欠くものであるといわざるを得ない。

特許権存続期間中に後発品の製造承認申請のための試験が特許権の侵害になるとすれば、後発品メーカーとしては、同じスタートラインに立って製品開発を進めることになるのであり、後発品メーカー間での不公平は解消される。また、特許権者としても、特許権存続期間中は、少なくとも、後発品という先発品との同等品のサンプル製造行為等の禁止を求めることができるのであり、特許権の十分な保護を享受し得ることになる。

さらにいえば、その結果、後発品の市場参入が遅れるとしても、それは二年程度の期間であり、この間は必要な患者に従前どおり新薬が提供され続け、格別の不都合はないのである。したがって、このような後発品の市場参入の多少の遅れを参酌しても、特許権の保護、とりわけ医薬品特許という開発に莫大な費用と時間を要するものに対する保護の必要性並びに画期的な新薬への社会的要請に鑑みれば、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を禁止すべきことは明らかである。

(2) また、後発品の製造承認申請のための試験について、特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たると解釈することは、TRIPs協定に違反するものである。すなわち、

「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(「TRIPs協定」)三三条は、特許権の保護期間を最低でも出願日から二〇年と定め、同二八条一項は、特許権が物の発明の場合に、その物の「生産、使用、販売の申出若しくは販売又はこれらを目的とする輸入を防止する排他的権利」を有する旨規定している。しかも、同三〇条は、この排他的権利について、第三者の正当な利益を考慮し、限定的な例外を定めることができるとしながらも、この例外は、「特許の通常の実施を不当に妨げず、かつ、特許権者の正当な利益を不当に害さないことを条件とする」旨を規定し、また、同二七条一項は、技術分野を問わず特許権が与えられ、享受されるべき旨を規定している。したがって、後発品の製造承認申請のための試験について、特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たると解釈することは、同条項の「試験又は研究」の範囲を不当に拡大し、また、後発品の製造承認申請のための試験のみを特許法上有利に扱うことにより、新薬に係る特許権の行使につき差別的取扱いをしたものであって、TRIPs協定に違反するものといわざるを得ない。」

四  同二二頁六行、七行を次のとおり改める。

「平成六年改正法附則五条二項は、医薬品を製造販売するための準備行為(製剤の試作及び各種試験を行い製造承認の申請を行うこと)を含め通常実施権が成立する前提となる準備行為を適法とするものであり、特許権の侵害を構成しないことを前提とするものである。

したがって、特許期間中に行う医薬品の製造承認申請のための特許発明の実施は違法性を欠き、その実施を認めるべきである。

仮に、製造承認取得のための製剤の試作及び各種試験が違法であり、特許権を侵害するとしても、その違法性は極めて軽微であり、控訴人の被る損害も微々たるものである。先発品メーカーが後発品メーカーの行う製造承認取得のための製剤の試作及び各種試験の差止めを求める目的は、特許権の存続期間を事実上二年数カ月以上延長することにある。特許権の存続期間経過後は何人も当該発明を自由に実施することができることが特許制度の根幹の一つであることを考慮すると、右差止請求は明らかに権利の濫用である。」

五  同二三頁一〇行目の「技術の進歩を阻害することになる。」の後に改行して、次のとおり加える。

「なお、平成六年改正法附則五条二項による保護を受けるためには、当該準備行為が適法なものであることを要すると解されているから、同附則を根拠に、準備行為に当たる製剤の試作及び各種試験を適法と解することは本末転倒の議論であることは明らかである。

また、本件差止めが認められることにより、実質的に特許権延長と同様の事態が生じるとしても、それは、特許法と全く異なる理由による薬事法の規制が存することによるものであり、本来特許権侵害とされるべき行為に対する特許権の行使を制限することによって、これらの規制との調整を図るべきではない。」

六  同三一頁四行目の「製造承認」を「製造承認申請」と改める。

七  同三一頁八行目の「差止めの必要性がない。」の後に改行して、次のとおり加える。

「6 争点6(製品サンプルの製造と特許権侵害)について

(控訴人の主張)

後発品の製品サンプルの製造行為は本件特許権を侵害するものであり、かかる製造行為は差し止められるべきである。

(一) 予測的バリデーションと特許権侵害

(1) 平成八年四月一日以降、医薬品の製造業者が新たに品目追加等の許可を取得するには、バリデーション基準(平成七年三月一日薬発第一五八号各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知)が適用されることから、同日以降に品目追加許可を取得して、アシクロビル後発品の製造を開始するためには、予測的バリデーションを実施しなければならず、その一環として、原則三ロットのバルク製品を実生産規模で製造することが必要である。

ここでいうバルク製品とは、錠剤の場合、包装されていないものの刻印も施されており、包装をすれば直ちに販売することが可能であるものを意味する。そして、バリデーション基準においても、これらバルク製品は、製造承認及び許可を得た後には、規格に適合していれば製品として出荷して差し支えないとされている。

後発品の場合、各社及び各製剤毎に一ロットの数量は異なるが、一ロットで数十キログラムの原末を使用するのが通常と考えられる。

このように、予測的バリデーションのために生産されるバルク製品の数量は原末で数十キログラムにも及ぶこと、予測的バリデーションのために製造されたバルク製品は販売されることを予定していること、バルク製品は実際にも包装すれば直ちに販売できる製品そのものであることから、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造は、商業的生産行為そのものである。

したがって、特許権存続期間中に予測的バリデーションのためのバルク製品を製造することは、特許法六九条一項の「試験又は研究」に該当する余地はなく、特許権侵害を構成する。

(2) 被控訴人は、注射剤について、特許権存続期間満了前に所定の試験を行って資料を準備し、製造承認申請を行い、存続期間満了後間もなく製造承認を取得している(当時は、前記バリデーション基準の適用はなかった。)。

特段の事情のない限り、特許期間が延長された薬効にかかる後発品についても、同様のスケジュールで製造承認申請等の手続を行うものと考えられるから、その一環として予測的バリデーションのためのバルク製品の製造が特許権存続期間中になされる蓋然性が極めて高く、特許権存続期間中におけるかかる製造は差し止められるべきである。

(二) 後発医薬品の生物学的同等性試験と特許権侵害

(1) 後発品の製造承認申請に際して添付すべき生物学的同等性に関する資料の作成については、平成九年一二月二二日付け医薬審第四八七号で厚生省医薬安全局審査管理課長により「後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドライン」が発表され、平成一〇年一月一日以降に行われる医療用後発医薬品の承認申請から適用することとされた。

右ガイドラインによれば、特許権存続期間中に製造承認申請をする場合、生物学的同等性試験に用いる試験製剤は、実生産ロットの一〇分の一以上の規模の製剤を製造しなければならない。このような規模の製造が要求されるのは、特許発明の対象である発明に関する試験ないし研究とは無関係に、先発品と同等の後発品が商業的規模で製造されるのかという製造上の技術が問題にされているからであり、このような点からしても後発品の製造承認申請のための試験における製剤の製造が、特許法六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」たり得ないことは明らかである。

(2) 生物学的同等性のための試験は、製造承認申請のために必要な資料を準備するためになされるものであるから、製造承認申請を特許権存続期間中に行う以上、必ず特許権存続期間中になされることになる。

被控訴人は、特許期間が延長された薬効にかかる後発品についても、特許権存続期間中に製造承認申請等の手続を行うものと考えられるから、その一環として生物学的同等性試験のための製剤の製造が実生産規模で特許権存続期間中になされることは必至であり、特許権存続期間中におけるかかる製造は差し止められるべきである。

(被控訴人の主張)

(一) 予測的バリデーションについて

(1) 現在、厚生省は、先発品の特許権の存続期間満了前に後発品の製造承認申請を行う場合の取扱いにつき、承認審査の標準的事務処理期間を考慮して、存続期間満了後に承認することができる時期に承認申請を行うことは差し支えないとしている。すなわち、先発品の特許権の存続期間満了前には製造承認はなされず、存続期間満了後に承認される取扱いとなっている。このため、被控訴人は、本件特許権の延長された期間中に予測的バリデーションを実施する必要はない。

(2) 特許権の存続期間内に予測的バリデーションを実施したとしても、未だ事業の準備段階であり、「業としての実施」には当たらない。

また、予測的バリデーションは特許法六九条一項の「試験又は研究」に当たる。

厚生省が予測的バリデーションの実施を求める理由は、製造承認申請のために実験室的に少量の製剤を試作した場合と現実に製品を製造する工場において多量に製造する場合とでは品質等において差異が生じることがあるため、医薬品が人の生命、身体に重要な影響を及ぼすことに鑑み、商業的に生産される医薬品が製造承認申請の際に試作したものと同じ品質を有しているかどうかを試験するためのものである。商業的製造の工程で製造されるものが試作品と同じ品質のものであることが明白であるならば、厚生省が予測的バリデーションを要求することはない。予測的バリデーションの実施は現実にやってみなければ分からないからこれを行うのであり、試験又は研究に当たることは明らかである。また、予測的バリデーションは、従来の実験室的な少量の製剤の試作という研究に加え、さらに大規模な試作を試みるものであり、これらを一体として捉えれば製剤の方法をより深く研究したことになるのである。

仮に、予測的バリデーションが「業としての実施」、特許法六九条一項の「試験又は研究」のいずれにも当たらないとしても、平成六年改正法附則五条二項の「事業の準備」には「試験又は研究」を伴わなければならないとの限定がないことから、右条項の予定する「事業の準備」ということになり、法が違法な実施を予定するはずがないので、予測的バリデーションの実施は適法ということになる。また、予測的バリデーションは、均質で規格に合った医薬品を恒常的に製造し、人の生命、身体に対する安全性を確保するという公益を目的としたものであり、しかも未だ特許権者と市場で競合することもないので、特許権の存続期間中経済的利益を独占できるという特許権者の利益を侵すものでもない。この意味においても、予測的バリデーションの実施には違法性はない。

(二) 新しい生物学的同等性試験ガイドラインについて

被控訴人が、新ガイドラインによる生物学的同等性試験に基づき製造承認の申請をしたとしても、従来の生物学的同等性試験等が違法であるなら格別、適法であるならば、新ガイドラインに基づく生物学的同等性試験に用いる製剤が実生産ロットの一〇分の一以上の規模で製造されるものであるからといって、この生物学的同等性試験が違法になるはずはない。

新ガイドラインによる生物学的同等性試験は、未だ「業としての実施」とはならず、また、特許法六九条一項の「試験又は研究」であり、そうでないとしても実質的違法性がない。」

第三  証拠《略》

第四  当裁判所の判断

一  争点1(「業としての実施」)について

被控訴人は、その事業の一環として本件製剤の製造承認申請のための試験を行うに際し、本件特許権の存続期間中に本件特許発明の技術的範囲に属するアシクロビル原末を輸入し、これを使用して本件製剤を製造したものであるから、被控訴人の右行為は、本件特許発明の業としての実施に該当するものというべきである。

二  争点2(「試験又は研究」)について

1 特許法六九条一項の「試験又は研究」について

(一) 特許法は、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」(一条)ものであって、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与するという目的を達成するために、「発明の保護」と「発明の利用」を図ることとしている。このことは、例えば、発明が広く利用されることを確実ならしめるために、特許を受けようとする者に発明の公開を義務づけるとともに、発明の公開の代償として特許権を付与し、また、特許権者による特許発明の実施の独占を一定期間に限って認め、一定期間経過後は何人も当該特許発明を自由に利用することを認めることによって具体化されている。わが国の特許制度は、発明の保護と発明の利用との調和、換言すれば、特許権者が公開義務はあるが、特許発明を一定期間中独占的に実施することができること等による利益と、第三者が特許発明を利用する場合、一定期間中は特許権により制約を受けるが、一定期間経過後は自由に利用できることによる社会一般の利益との調和を前提としているということができる。

したがって、特許法が「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」(六九条一項)という規定を設けている趣旨及びその内容についても、特許制度における右のような前提を踏まえて解釈することが必要である。

(二) まず、右六九条一項の規定が設けられている趣旨について、「発明の利用」という観点から考えると、前記のとおり発明が広く利用されることを確実にするために発明の公開を義務づけているのであるが、当該特許発明を産業上利用するためには、その準備行為として、試験又は研究によって当該特許発明の技術内容、利用可能性等を確認ないし検討する必要があり、それは当然許容されるべきものと考えられる。そして、試験又は研究として行われる特許発明の実施は、通常、特許権者と直接競業する形態で行われることはなく、したがって、特許権者の経済的利益を直接害するということもないから、「発明の保護」という点が特に問題になるということは考えられない。

このように、特許発明を産業上利用するためには、その準備行為として、試験又は研究によって当該特許発明の技術内容、利用可能性等を確認ないし検討することが当然必要であり、試験又は研究として行われる特許発明の実施が特許権者の経済的利益を直接害するということも通常考えられないことから、特許法は、特許権の効力が及ばない範囲の一態様として、右六九条一項の規定を設けたものと解される。

(三) 六九条一項所定の「試験又は研究」の内容についてみるに、特許発明を産業上利用するための準備行為としての試験又は研究は、例えば、第三者が特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを目的として行う場合、第三者が特許権者から実施権の設定を受けるか否かを決定するための資料を得ることを目的として行う場合、特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施するか否かを決定するための資料を得ることを目的として行う場合等種々の態様が考えられる。また、特許発明を直接的に産業上利用するための準備行為としてのものとはいえないが、第三者が特許権を侵害しないような技術を探索することを目的として行う場合、特許発明が従来技術と対比して新規性・進歩性を有しているか否かを確認することを目的として行う場合があるほか、単に特許発明の技術内容についての知見を得るために、当該特許発明について試験又は研究を行うといった場合も想定される。

そして、特許発明の実施としての試験又は研究には、それが当該特許発明を産業上利用するための準備行為であるか否かを問わず、例えば「物」の特許発明に関していえば、まず、特許発明に係る実施品を分析・調査することにより、あるいは特許発明に係る実施品を試作し又は特許発明に係る実施品を使用した試作品を製作して、それらの物を分析・調査することにより、当該特許発明に係る物あるいはそれを使用した物の性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得ること及び特許発明の実施可能性、実施価値を確認、検討することをその内容とするものも含むということになる。また、それが特許発明の産業上の利用を前提としている場合には、試作品等の分析・調査により得られた知見や検討結果が、現実に特許発明を利用し、製品化することとなった場合にも、正しいものとして妥当し通用するか否かを確認、検討しておくことが必要であり、右確認、検討に必要な限度における特許発明の実施も準備行為としての試験又は研究に含まれるものというべきである。

もっとも、発明の保護と発明の利用との調和という観点から、六九条一項に該当するためには、試験又は研究として行われる特許発明の実施が、特許権の存続期間中に、市場において特許権者と直接競業する形態で行われるものではなく、特許権者の経済的利益を直接侵害することがないものであることを要することはいうまでもない。

(四) ところで、六九条一項が、「発明の保護」と「発明の利用」との調和の一態様として設けられている以上、右規定における「試験又は研究」についても、一条に定める「発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する」という目的にかなうものであることが求められており、試験又は研究のためにする特許発明の実施について特許権の効力が及ばないとしているのも、それが技術の進歩ないし開発に寄与するものと考えられていることによるものである。

しかしながら、このことから、六九条一項の「試験又は研究」について、特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを直接の目的とするもの、又は、具体的・現実的に技術の進歩ないし開発をもたらすものに限定することは相当ではない。

前記のとおり、試験又は研究には、第三者が特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを目的として行う場合のほか、第三者が特許権者から実施権の設定を受けるか否かを決定するためや特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施するか否かを決定するための資料を得ることを目的として行う場合、第三者が特許権を侵害しないような技術を探索することを目的として行う場合、特許発明が従来技術と対比して新規性・進歩性を有しているか否かを確認することを目的として行う場合、あるいは単に特許発明の技術内容についての知見を得るために行う場合等種々のものが考えられるが、これら後者の目的・態様のものも六九条一項の「試験又は研究」に該当することは明らかであるところ、これらのものは、間接的にはともかく直接的には技術の進歩ないし開発を目的とするものとはいい難いし、具体的・現実的に必ず技術の進歩ないし開発をもたらす結果となるとは限らないのである。

しかし、特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを直接の目的とするもの以外のものも六九条一項の「試験又は研究」に該当するものは、それらが何らかのかたちで技術の進歩ないし開発に結びつく性質又は一般的可能性を有しているからである。すなわち、前示のように、試験又は研究の内容である、特許発明に係る物あるいはそれを使用した物の性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得たり、さらには特許発明の実施可能性、実施価値についての検討結果を得ること、また、試作品の分析・調査により得られた知見や検討結果が、現実に特許発明を利用し、製品化することとなった場合にも、正しいものとして妥当し通用するか否かを確認、検討することは、特許発明及びそれに関連する技術分野における知見を広げ、あるいは技術水準を向上させるものであり、間接的であっても技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有するものと考えられていることによるものと解される。したがって、右のような知見を得たり、確認、検討をすることを内容とする試験又は研究も、特許権者と直接競業する形態で行われず、特許権者の経済的利益を直接侵害することがないものである限り、それが技術の進歩ないし開発を直接的な目的としていると否とにかかわらず、また、具体的・現実的に技術の進歩ないし開発をもたらすものであると否とにかかわらず、一般的に技術の進歩ないし開発をもたらす可能性を有するものとして、六九条一項の「試験又は研究」に該当するものということができる。

2 製造承認申請のためにする試験の特許法六九条一項にいう「試験又は研究」の該当性について

被控訴人が行った本件製剤の製造承認申請のための試験が、特許法六九条一項にいう「試験又は研究」に該当するか否かについて検討する。

(一) 被控訴人は、本件製剤の製造承認申請に必要な資料を得ようとして、本件特許権の技術的範囲に属するアシクロビル原末を使用して本件製剤を製造し、「規格及び試験方法に関する資料」及び「加速試験に関する資料」を得るための各種試験を行い、これによって得た資料を添付していわゆる後発品の製造承認を申請し、本件製剤の製造承認を得たものである。

右「規格及び試験方法に関する資料」の提出が求められるのは、その医薬品の品質を公に登録し、同時にその品質を実証する手段を確保するためであって、右資料を作成するためには、三ロットの試料を準備し、各ロットについて、性状、確認試験・純度・定量、水分、pH、重量偏差試験、発熱性物質試験、不溶性異物試験、無菌試験といった試験項目について三回以上の測定が必要である。また、「加速試験」は、一定の流通期間中の品質の安定性を短時間で推定するために実施するもので、具体的な試験方法は、原体及び製剤それぞれにつき保存条件ごとに三ロットから一検体ずつ採取し、一定の温度及び湿度で保存し、その品質の変化をみるものである。

薬事法が、後発品製造者に対しても、その製造承認に当たり、一定の年月を要する「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」を得るための各種試験の実施とそのデータの添付を求め、相当の期間をかけて審査を行うのは、将来後発品を投与されるであろう多数の患者の安全を確保するため、先発品と品質において実質的に同等であり、同様の有効性、安全性があることを担保するためであり、被控訴人が本件製剤の製造承認申請のために「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」を得るための各種試験を行ったのは、専ら本件製剤の製造を薬事法上可能にすることを目的とするものである。

ところで、弁論の全趣旨によれば、同一の有効成分を含む医薬品であっても、処方の変化により、医薬品としての有効性や品質の安定性に変動を生じる可能性があること、先発品を製造するための具体的技術は先発品製造者によって秘匿され、ノウハウとして保持されている場合が少なくないことから、後発品製造者としては、先発品と品質において実質的に同等のものを得るべく、開示されている技術、周知技術等のほか、自己の知識、技術、経験に基づいて配合処方を研究、工夫して製剤化を行った上、その製剤が先発品と同程度の有効性を発揮することができるかどうか、その製剤が安定であるかどうかなどの試験、研究を行い、製剤の有効性や安定性等の確保を図る必要があることが認められ、これによれば、後発品の製造承認申請のために「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」を得るための各種試験を行うに当たっては、製剤化に相応の技術的工夫が必要であると認められる。そして、《証拠略》によれば、被控訴人においても、先発品と品質において実質的に同等のものを得るべく、自己の知識、技術、経験に基づいて配合処方を研究、工夫して本件製剤を製造し、それを用いて「規格及び試験方法に関する資料」及び「加速試験に関する資料」を得るための各種試験を行ったものであり、それによって、先発品と品質において実質的に同等の製剤を得るために必要な技術的工夫についての知見や、その技術的工夫によって得られた本件製剤の物理的化学的性質及び品質の安定性についての知見を得たものと認められる。

したがって、右各種試験は、被控訴人において、先発品と品質において実質的に同等の製剤を得るために必要な技術的工夫についての知見や、その技術的工夫によって得られた本件製剤の物理的化学的性質及び品質の安定性についての知見を得たり、確認、検討することをもその内容とするものであって、六九条一項が一般的に技術の進歩ないし開発に結びつく可能性を有するものとして、特許権の効力が及ばないものとしている「試験又は研究」に適合するものということができる。

(二) 弁論の全趣旨によれば、被控訴人は本件製剤の製造承認申請のための試験に本件特許発明を実施したが、これによって直接収益を得たわけではなく、本件特許発明の実施によって控訴人と直接競業したわけでもない。そして、被控訴人は、本件製剤につき薬事法一四条所定の製造承認を得て(平成八年三月一五日)、本件製剤の製造販売のため薬価基準の収載を受けた(同年七月)が、いずれも本件特許権の存続期間満了(同年三月一日の経過)後であり、本件製剤が本件特許発明の技術的範囲に属することを認めていることからすれば、被控訴人が本件製剤の製造承認申請のための試験を行ったのは、本件特許権の存続期間満了後に製造販売することを目的とする準備行為としてであり、存続期間中に製造販売することを目的とするものではなかったことが認められる。

(三) 右(一)、(二)によれば、被控訴人が本件特許権の存続期間中に行った本件製剤の製造承認申請のための試験は、特許法六九条一項に規定する「試験又は研究」に当たり、右試験のためにした本件特許発明の実施は、右条項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものであって、本件特許権の効力が及ばないものというべきである。

3 控訴人の主張についての検討

(一) 控訴人は、六九条一項の「試験又は研究」とは技術の進歩を目的とするものであり、当該特許発明との関係での技術の進歩をもたらすような試験又は研究のみを指すものであるところ、後発品の製造承認申請は、後発品が先発品と同等品であることのお墨付きを得ることを唯一の目的とした行為であり、そのための試験も全く同様の目的で行われるものであって、後発品メーカーが、自らの創意工夫により、後発品の製造基準や試験方法、後発品のための原末の製造方法、後発品の副材料や製剤化検討についてほとんど設定考案する必要性はなく、また、新薬の試験により当該有効成分の有効性、安全性は既に確認されていて、後発品の製造承認申請のための試験は技術の進歩を導くものではなく、先発品につき提供された旧い知見ないし既知の情報に基づき、後発品の商品としての品質が先発品と同等であることを示すためのものにすぎず、後発品の製造承認申請のための試験において、当該特許発明の改良がなされるなどということはあり得ないなどと縷々主張する(争点2についての控訴人の主張(一)、(二))。

本件製剤のような後発品については、先発品(新有効成分含有医薬品)に較べて製造承認申請に際して提出すべき資料が大幅に免除されているが、弁論の全趣旨によれば、それは、先発品によって医薬品の有効成分及びそれを含有する医薬品の品質、有効性及び安全性が既に判明していることによるものと認められる。そして、本件に関していえば、製造承認申請のための試験は、本件特許発明に係る物質であるアシクロビル自体あるいはアシクロビルを有効成分とする製剤自体の改良を目的とするものではないし、また、そのような結果をもたらすものでもない。

しかしながら、前記説示のとおり、六九条一項の「試験又は研究」について、特許発明を基礎として新たな技術を開発することあるいは特許発明に係る技術を次の段階に進歩させることを直接の目的とするもの、又は、具体的・現実的に技術の進歩ないし開発をもたらすものに限定することは相当ではなく、右条項は、前記1に例示したように、特許発明に係る物あるいはそれを使用した物の性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得たり、確認、検討をすることを内容とするものについても、それが技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有するものとして、「試験又は研究」に該当するものとしていると解される。

そして、本件における製造承認申請のための試験も、特許発明に係る物を使用して後発品を製造し、それを分析・調査することによって、その性状、機能、有効性、安全性等についての知見を得たり、確認、検討をするものであり、それ自体、当該特許発明及びそれに関連する技術分野における知見を広げ、あるいは技術水準を向上させるものであり、間接的であっても技術の進歩ないし開発に結びつく一般的な可能性を有しているから、六九条一項の「試験又は研究」に該当するものということができる。

控訴人が主張するように、後発品の製造基準や試験方法及び後発品の製造に用いる副材料の種類が規格等により一般的に知られており、後発品のための原末の入手も容易であり、後発品の製剤化検討について控訴人主張のような事情が存するとしても、また、後発品の製造承認申請のための試験により得られたデータが公開されるものではないとしても、前記のような知見を得ることなどが「試験又は研究」に該当することを否定する事由とはならないのであって、前記判断を左右するものではない。

したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

(二)(1) 控訴人は、ボーラー型条項は立法的にのみ可能なのであって、解釈により事実上制定することは許されない旨主張し、後発品の市場参入の多少の遅れを参酌しても、特許権の保護、とりわけ医薬品特許という開発に莫大な費用と時間を要するものに対する保護の必要性並びに画期的な新薬への社会的要請に鑑みれば、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を禁止すべきことは明らかである旨主張する(争点2についての控訴人の主張(三)(1))。

しかしながら、六九条一項は「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」と規定しているのであるから、裁判所が、右条項を解釈して、製造承認申請のための試験が右条項の「試験又は研究」に当たるか否かを判断する権限を有することは明らかである。また、医薬品特許について控訴人主張のような事情が存するとしても、特許権存続期間中になされた後発品の製造承認申請のための試験につき、六九条一項の「試験」に該当しないものと判断すべき理由になるとは解されず、医薬品特許の保護の必要性といったことは立法政策に係わる事項であって、六九条一項の解釈とは直接の関連性を有するものではない。

したがって、控訴人の右主張は採用することができない。

(2) さらに、控訴人は、後発品の製造承認申請のための試験について、六九条一項の「試験又は研究」に当たると解釈することは、同条項の「試験又は研究」の範囲を不当に拡大し、また、後発品の製造承認申請のための試験のみを特許法上有利に扱うことにより、新薬に係る特許権の行使につき差別的取扱いをしたものであって、TPIPs協定に違反する旨主張する(争点2についての控訴人の主張(三)(2))。

知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPs協定)の三〇条(与えられる権利の例外)には、「加盟国は、第三者の正当な利益を考慮し、特許により与えられる排他的権利について限定的な例外を定めることができる。ただし、特許の通常の実施を不当に妨げず、かつ、特許権者の正当な利益を不当に害さないことを条件とする。」と規定されているところ、被控訴人は本件製剤の製造承認申請のための試験に本件特許発明を実施したが、前記のとおり、これによって直接収益を得たわけでもなく、本件特許発明の実施によって控訴人と直接競業したわけでもないから、特許権者である控訴人の正当な利益を不当に害したということもない。

したがって、控訴人の右主張も採用することができない。

三  争点6(製品サンプルの製造と特許権侵害)について

1 予測的バリデーション実施のためのバルク製品の製造

(一) 《証拠略》によれば、平成八年四月一日以降、医薬品の製造業者が新たに品目追加等の許可を取得するには、バリデーション基準(平成七年三月一日薬発第一五八号各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知)が適用されること、バリデーションは、製造所の構造設備並びに手順、工程その他の製造管理及び品質管理の方法が期待される結果(目的とする品質の医薬品を製造するため、個々の設備、工程、中間製品及び製品が満たすべき具体的かつ検証可能な規格又は基準)を与えることを検証し、これを文書とすることによって、目的とする品質に適合する医薬品を恒常的に製造できるようにすることを目的とするものであること、右同日以降に品目追加許可を取得して、アシクロビル後発品の製造を開始するためには、予測的バリデーションを実施しなければならないが、予測的バリデーションの実施項目には、医薬品の品質に影響を及ぼす変動要因(原料及び資材の物性、操作条件等)を特定し、それに対する許容条件の妥当性を実生産規模で確認することが含まれていること、この実生産規模での確認のために、原則三ロットのバルク製品(製造工程のうち、直接の容器への表示又は包装以外の製造工程をすべて終えた中間製品)を実生産規模で製造することが必要であること、バルク製品は、製造承認及び許可を得た後には、規格に適合していれば、製品として出荷して差し支えないとされていることが認められる。

(二) 控訴人は、特許期間が延長された薬効に係る後発品について、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造が特許権存続期間中になされる蓋然性が極めて高い旨主張するが、この点を肯認すべき証拠はない。

仮に、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造が特許権の存続期間中になされたとしても、右認定のとおり、バリデーションは、目的とする品質に適合する医薬品を恒常的に製造できるかどうかを確認するためのものであり、予測的バリデーションの実施項目には、医薬品の品質に影響を及ぼす変動要因(原料及び資材の物性、操作条件等)を特定し、それに対する許容条件の妥当性を実生産規模で確認することが含まれているが、この予測的バリデーションは、試作品の分析・調査により得られた知見や検討結果が、現実に製品化された場合にも正しいものとして妥当し通用するか否かを確認、検討することと同様の趣旨の事項等を内容とするものである。

したがって、予測的バリデーションのために本件特許権の技術的範囲に属するアシクロビル原末を使用してバルク製品を製造する行為は、それが本件特許権の延長期間中に販売されるなどして控訴人の経済的利益を直接的に侵害するものでない限り、六九条一項が一般的に技術の進歩ないし開発に結びつく可能性を有するものとして、特許権の効力が及ばないものとしている「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に該当するものということができる。

前記認定のとおり、予測的バリデーションの実施には実生産規模でのバルク製品の製造が必要であり、また、バルク製品は、製造承認及び許可を得た後には、規格に適合していれば、製品として出荷して差し支えないとされているが、そのことから、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造が商業的生産行為そのものであるとは認められない(もっとも、特許権の存続期間中に、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造に名を借りて、その枠を超えた製造販売をすることが特許権侵害になることはいうまでもない。)。

よって、予測的バリデーションのためのバルク製品を製造することが六九条一項の「試験又は研究」に該当する余地はなく特許権侵害を構成する旨の控訴人の主張は、採用することができない。

2 後発医薬品の生物学的同等性試験のための製剤の製造

(一) 《証拠略》によれば、後発品の製造承認申請に際して添付すべき生物学的同等性に関する資料の作成については、平成九年一二月二二日付け医薬審第四八七号で厚生省医薬安全局審査管理課長により「後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドライン」が発表され、平成一〇年一月一日以降に行われる医療用後発医薬品の承認申請から適用することとされたこと、生物学的同等性試験を行う目的は、先発医薬品の治療学的な同等性を保証することにあること、右ガイドラインでは、特許権存続期間中に製造承認申請をする場合、生物学的同等性試験に用いる試験製剤は、実生産ロットの一〇分の一以上の規模の製剤を製造しなければならないとされていることが認められる。

(二) 右ガイドラインによる生物学的同等性試験の場合についても、前記二2に説示したところが妥当するものであり、生物学的同等性試験を行うことによって、製剤化に必要な技術的工夫についての知見や有効成分を含有する後発医薬品の品質、有効性及び安全性についての知見を得るものと認められる。

したがって、右試験のための製剤を製造する行為は、実生産ロットの一〇分の一以上の規模のものであっても、六九条一項にいう「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に適合するものということができる。そして、被控訴人において、右試験製剤を本件特許権の延長期間中に製造販売して控訴人の経済的利益を直接的に侵害するおそれがあることを認めるべき証拠はない。

四  控訴人の申立第2項ないし第5項の請求について

1 控訴人の申立第2項の請求(被控訴人に対し、平成一一年における後発品の薬価基準収載日の翌日まで本件製剤の製造販売の差止めを求めるもの)について

前記二において説示したとおり、被控訴人が本件特許権の存続期間中に本件製剤の製造承認申請のための試験を行うに際し、本件特許発明を実施したことは、六九条一項の「試験又は研究のための特許発明の実施」に該当し、本件特許権の効力が及ばないから、違法性がないものというべきである。

したがって、控訴人の申立第2項の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2 控訴人の申立第3項ないし第5項の請求(被控訴人に対し、延長された薬効に関するアシクロビル製剤について、各延長期間中における製造承認申請、右申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験、製造販売の差止めを求めるもの)について

(一) 後発品の製造承認申請のための試験は、前記二1に説示したような内容を有するものであれば、特許権者と直接競業する形態で行われず、特許権者の経済的利益を直接侵害することがないものである限り、六九条一項所定の「試験又は研究」に該当すると解すべきである。また、被控訴人には、前記二2(二)に認定したとおり、本件特許権の存続期間中に本件製剤を製造販売する目的はなく、現に収益を得たり直接控訴人と競合した事実はなかったものと認められるところ、延長された薬効に関するアシクロビル製剤についても、その延長期間中に後発品を製造販売して収益を得るなど直接控訴人と競業するおそれがあるものとは認められない。したがって、延長期間中における右アシクロビル製剤の製造承認申請に関する資料作成のための試験及びその製造販売の差止めを求める控訴人の請求は理由がなく、また、製造承認申請のための試験が特許権の侵害を構成することを前提とする製造承認申請自体の差止請求も理由がない。

剤型検討のための試験は、後発医薬品製造業者による製剤化のための基材その他の配合物の配合処方の検討であるから、医薬品として有効性を有し、新規物質の特許発明の技術的範囲に属するアシクロビルを、医薬品として使用する際の具体的条件を探究するための試験、すなわち、六九条一項にいう「試験又は研究」にほかならず、本件特許権の効力が及ぶものではない。よって、剤型検討のための試験の差止めを求める控訴人の請求も理由がない。

(二) 前記三において説示したとおり、特許期間が延長された薬効に関するアシクロビル製剤について、予測的バリデーションのためのバルク製品の製造、後発品の生物学的同等性試験のための製剤の製造は、六九条一項の「試験又は研究のためにする特許発明の実施」に適合するところであり、また、本件においては、被控訴人により右バルク製品の製造が延長された特許期間中に行われる蓋然性は認められず、後発品の生物学的同等性試験のための製剤が延長期間中に製造販売されるおそれがあるとも認められないから、延長期間中のアシクロビル製剤の製造の差止めを求める控訴人の請求は理由がない。

五  結論

以上のとおりであって、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなくこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がない。

よって、民事訴訟法三〇二条一項、六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年六月一二日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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