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東京高等裁判所 平成9年(ネ)4595号 判決 1998年9月29日

静岡県賀茂郡松崎町岩科北側六二番地の二

控訴人

株式会社小泉商店

右代表者代表取締役

小泉巳智雄

静岡県賀茂郡西伊豆町仁科一一〇一番地の五

控訴人

橋本屋商店株式会社

右代表者代表取締役

山本國男

右両名訴訟代理人弁護士

松岡宏

山嵜正俊

同補佐人弁理士

佐藤孝雄

静岡県田方郡土肥町小土肥四八五番地

被控訴人

有限会社山光

右代表者代表取締役

山元芳光

右訴訟代理人弁護士

井出正光

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文同旨

第二  事実関係

次のとおり、付加、訂正するほか、原判決の事実及び理由「第二 事案の概要」(原判決三頁七行ないし一三頁六行)と同一であるから、これを引用する。

一  原判決三頁八行、九行の「登録第一一九三〇一七号」を「登録第一六一五一三二号」と改める。

二  同五頁七行、八行の「構成要件(一)及び(二)を充たし」を「構成要件(一)を充たし」と改める。

三  同八頁八行の次に、改行して、次のとおり加える。

「2-2 被控訴人が、本件発明においては減圧前の漬け込み期間は問うところではないと主張することは、禁反言の原則に反するか。

(一)  控訴人らの主張

本件明細書中の「浸漬して得られた均一で鮮明なベツ甲または生ゴム色を呈し得ない不適当な桜葉の塩漬け処理物やまた同様の市販の塩漬け加工物を、気密性容器にて食塩の水溶液である水性媒体中で減圧し、次いでこれを食塩の水溶液である水性媒体に漬込む」(甲第一号証3欄一九行ないし二四行)との部分は、拒絶理由を回避するために補正で加入されたものである(乙第二九号証の一、二)。そして、被控訴人は、特許異議答弁書(乙第三〇号証)において、本件発明で使用されるのは未熟な桜葉であることを主張している(五頁一〇行以下)。すなわち、本件発明の原材料である桜葉の塩漬け処理物を、出願人である被控訴人自ら青臭み(長くて約一箇月の塩漬け)があって食することのできない未熟な不適当な桜葉に積極的に限定して特許を得ているのである。このように、本件発明の請求の範囲である構成要件(三)の「桜葉の塩漬け処理物」を未熟な桜葉に限定して本件特許を受けながら、侵害訴訟において漬け込み期間は問わないと主張することは、禁反言の原則からして許されない。

(二)  被控訴人の主張

本件明細書で青臭みに言及しているのは、実施例においてのみであって、これは、本件発明の特許出願を急がなければならない関係から、短期間の実験結果を実施例として例示せざるを得なかったことによるにすぎない。本件発明の特許請求の範囲では、単に「桜葉の塩漬け処理物」としているだけで、青臭みのある桜葉の塩漬け処理物というような限定はしていないし、その発明の詳細な説明では、専ら長期間の塩漬けによっても除去できなかった不均一な白褐色の呈色や白褐斑を短期間で除去し、均一で鮮明なベッ甲色又は生ゴム色を呈する桜葉漬物を得ることを目的とするものであることを明示している。特許異議答弁書には、「未熟な」との表現はあるが、この意味は、「均一で鮮明なベッ甲色または生ゴム白を呈し得ない」ということであって、青臭みがあって食用に適さないものということではない。

したがって、被控訴人の主張が禁反言の原則に反することはない。」

四  同九頁四行ないし一〇頁一行を、次のとおり改める。

「(一) 被控訴人の主張

(1)  イ号方法(一)及び(二)は、真空引きを約一ないし二分継続するというものである。単なる真空包装であれば、これだけ長い時間は必要でなく、二〇秒もあれば十分である。

その後加圧が行われても、果たして桜葉漬物のような柔らかいものにおいて、加圧によって脱気ができるものかどうか疑問なしとしない。

(2)  柔らかい非通気性の袋の中が、真空包装機から取り出された後も減圧状態が保たれていて、大気圧の影響を受けないというようなことはあり得ない。

(3)  控訴人らは、検証調書添付の写真<18>等では減圧処理後も桜葉には依然として白褐色斑が残っていると主張するが、これは、検証時における減圧時間が約五〇秒と短かったことによるものと思われる。

(二) 控訴人らの主張

(1)  本件発明では、気密性容器内で桜葉を減圧して気泡、ガス等の気体を除去した後、気密性容器を常圧に戻して大気圧で食塩水を桜葉内に強制的に含浸させる方法を採用している。

これに対し、イ号方法(一)及び(二)においては、一ないし二分間真空包装機内で減圧は行われるが、それによって桜葉内の気泡等の除去はほとんど行われず、しかも、桜葉は減圧状態をそのまま保持したまま密封されているため、これを真空包装機から取り出して大気圧下に置いたとしても、桜葉自体は減圧状態、すなわち負圧下で密封されており、直接大気に触れることはなく、この結果、イ号方法(一)及び(二)では、真空含浸又は真空置換の作用はされていない。

検証調書添付の写真<4>ないし<7>は、はじめの工程である約一八〇日間の浸込み工程が終了した桜葉の状態を撮影したものであるが、桜葉には白褐色斑が残っている。同写真<17>、<18>及び<24>は、真空包装作業終了後の桜葉の状態を撮影したものであるが、桜葉には依然として白褐色斑が残っている。そして、同写真<23>は、加圧処理後の桜葉の状態を撮影したものであるが、白褐色斑は消去されている。このように、イ号方法(一)及び(二)においては、真空包装完了後の桜葉には気泡、ガス等の気体が依然として残存しているが、加圧処理により白褐色斑が消去されているものである。

イ号方法(一)及び(二)において減圧作用によっても桜葉内の気泡、ガス等の気体は白褐色部分が消去されるという程度には脱気はされない理由としては、桜葉は五〇枚一束とされ、この一束の桜葉は一枚一枚が密着状態となっており、しかも桜葉は表皮が厚く、約一ないし二分間の真空引きでは桜葉内の気体は容易に外部に出ないためであると考えられる。

被控訴人は、加圧が行われても、果たして桜葉漬物のような柔らかいものにおいて、加圧によって脱気ができるものかどうか疑問なしとしないと主張するが、加圧により脱気することができることは、検証調書添付の写真<23>ないし<25>により証明されているところである。この点は、乙第三四号証の九(特開昭四九-一九〇五七号公報)の記載からも明らかである。最低一〇〇日以上、場合によっては一八〇日間食塩水に漬け込まれた桜葉においては、その細胞は原形質分離を起こして死滅し、葉の組織は軟化しているため、加圧による脱気は更に容易である。

(2)  しかも、イ号方法(一)及び(二)においては、真空包装機内で減圧下で熱シールされて密封包装されるため、桜葉はビニール袋のような非通気性の袋の中に減圧、すなわち負圧状態を保持したままで密封包装されているのであり、減圧後常圧に戻されないため、食塩水が桜葉内に含浸されることもないのである。

(3)  検証調書には、当事者の指示説明欄に「これらの包装体は、約一分かけて真空包装される。」と記載され、検証の結果欄にも「約一分の真空作業中、各装置のゲージは、写真<10>の1、<10>の2及び<16>の数値まで上がると、同数値で安定していた。」と記載されており、減圧時間が短かった等の事情はない。」

五  同一〇頁一行の次に、改行して、加える。

「3-2 イ号方法(一)及び(二)にいう「ビニール袋のような非通気性の袋の中に、・・・食塩水と共に入れ、真空包装機の中で・・・真空引き(減圧)」することは、本件特許の請求の範囲である構成要件(二)の「気密性容器内にて」減圧することに該当するか。

(一)  被控訴人の主張

真空包装技術であっても、気密性容器の中で減圧することに変わりはない。問題は、単なる真空包装にすぎないか、食塩水中で減圧処理するかの違いにある。

(二)  控訴人らの主張

本件発明は鉄又はステンレス製の気密性容器を使用しているが、イ号方法(一)及び(二)は真空包装機を使用している。この真空包装機は、桜葉内の気泡、ガス等の気体と食塩水たる水性媒体との置換を行うことができないから、本件発明の気密性容器に当たらない。」

六  同一三頁六行の次に、改行して、加える。

「5 公知技術を含まないように解釈すると、本件特許の請求の範囲である構成要件(四)は限定して解釈されるべきであり、イ号方法(一)及び(二)は、同構成要件(四)に該当しなくなるか。

(一)  控訴人らの主張

乙第三二号証の一ないし八(公開特許公報)から明らかなように、イ号方法(一)及び(二)の真空包装手段、真空包装時に食塩水を充填する手段、真空包装後の加圧手段は、いずれも食品加工業界においては慣用された技術であり、そのような技術が本件発明の構成要件(四)に含まれることはあり得ないから、イ号方法(一)及び(二)は本件発明の構成要件(四)には該当しないものである。

(二)  被控訴人の主張

控訴人らが提示する右各乙号証は、桜葉とは形状も性質も異なる天然果実に関する技術であるなど、いずれも本件発明の公知例となり得るものではない。

6 本件特許に進歩性を欠くとの無効理由があり、被控訴人の控訴人らに対する差止請求の行使は権利の濫用となるか。

(一)  控訴人らの主張

減圧処理により、脱気と水性媒体の浸透すなわち置換が起こること、及び減圧処理後の水性媒体に「浸漬(含浸)」することは、乙第三二号証の一、二及び乙第三四号証の一ないし九(公開特許公報等)に示されているように、本件発明の出願前公知のものであり、右各乙号証並びに乙第三五号証(「食品産業事典」)、乙第三六号証(「食品加工学」)及び甲第四号証の三(「商品大辞典」)によれば、本件発明は、容易に想到し得るものであり、本件特許は無効とされるべきである。このように実質的に無効な本件特許に基づいて控訴人らに対し差止請求権を行使することは、権利の濫用である。

(二)  被控訴人らの主張

控訴人らが提示した乙第三二号証の一、二及び乙第三四号証の一ないし九は、いずれも薄葉で柔らかい桜葉漬物において独特な香りと風味を損なうことなしに白褐色、白褐斑を除去する方法について参考になるようなものではない。」

第三  証拠

原審及び当審における書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらの記載を引用する。

第四  当裁判所の争点に対する判断

一  争点1(食塩水の量)について

原判決一三頁九行ないし一五頁三行のとおりであるから、これを引用する。

二  争点3(水性媒体中での減圧の点)について

1  本件発明は、「桜葉の漬物加工において」、「均一で鮮明なベッ甲色または生ゴム色を呈する桜葉の速製漬け加工方法」(本件発明の特許請求の範囲。構成要件(一)及び(六))についてのものであることは、当事者間に争いがない。

そして、甲第一号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明には、「従来の加工法においては、桜葉固有の風味と香りを損うことなく、かつ外観上均一で鮮明なベッ甲色または生ゴム色に加工する簡便な加工法はなく、長期間の加工日数を要してもややもすると不均一で、不鮮明な白褐色を呈し、商品価値を著るしく低下させ、さらには使用不能な加工物とな(る)・・・ものであった。」(2欄二九行ないし三六行)が、「本発明者は、・・・先に桜葉の生葉を、気密性容器内にて、水または塩水溶液などの水性媒体中に浸して減圧して浸漬処理し、さらにこれを必要に応じて水性媒体中に漬込むことにより、従来の欠点であった白褐色の呈色を全く生ぜず、かつ風味、香りも良好で、短期間にて均一で鮮明なベッ甲色または生ゴム色を呈する桜葉の加工物を得られることを知り」(2欄三七行ないし3欄八行)、及び「上記の第1~6表に示す通り、減圧処理により、桜の生葉の浸漬における白褐色部分が消去され、さらにこれを食塩水溶液からなる水性媒体に漬込むことにより良好な加工物が得られたものである。」(8欄二一行ないし二四行)と記載されていることが認められる。

これらの事実によれば、本件発明の構成要件(四)にいう「減圧」は、桜葉内の気泡、ガス等を除去することによって、白褐色を呈しない桜葉を得られる程度の減圧を意味し、そのような桜葉の得られない程度の減圧は本件発明の構成要件(四)にいう「減圧」には当たらないというべきである。

鑑定の結果及び原審証人江藤剛の証言は、真空包装機による減圧により当然桜葉内の気泡、ガス等を除去することができるか否かの点については検討せず、除去することができることを当然の前提としたものであって、本件発明の構成要件(四)を右のように解することの妨げとなるものではない。

2(一)  イ号方法(一)及び(二)における真空包装機による真空引きにより白褐色を呈しない桜葉を得られることを認めるに足りる証拠はない。

(二)  かえって、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、約一八〇日間の浸込み工程が終了した桜葉(五〇枚を一束にしたもの。)には白褐色斑が残っているが(検証調書添付の写真<4>ないし<7>参照)、それを一斗缶専用の非通気性のビニール製の包装体に桜葉が液面下になる程度の量の食塩水とともに入れ(同写真<6>及び<7>参照)、東邦式真空パック装置(同写真<10>の1、2参照)で約一分間、約七〇〇mmHgで真空引き(減圧)をし、その袋をそのまま減圧下で密封した後(同写真<11>ないし<13>参照)、加圧機に入れて約三時間三気圧で加圧したところ(同写真<19>ないし<22>参照)、加圧処理前の桜葉には白褐色斑が残っているが(同写真<24>、<25>左参照)、加圧処理後の桜葉では白褐色斑は消えていること(同写真<23>、<25>右参照)が認められる。

同様に、検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、約一八〇日間の浸込み工程が終了したが白褐色斑が残っている桜葉(五〇枚を一束にしたもの。)数束を、非通気性のビニール袋の包装体に重量比にして三〇ないし四〇パーセント程度の食塩水とともに入れ(同写真<14>及び<15>参照)、古川式真空パック装置(同写真<15>及び<16>参照)で約一分間、約七〇〇mmHgで真空引き(減圧)をし、その袋をそのまま減圧下で密封した後(同写真<17>及び<18>参照)、加圧機に入れて約三時間三気圧で加圧したところ(同写真<19>参照)、加圧処理前の桜葉には白褐色斑が残っているが(同写真<18>参照)、加圧処理後の桜葉では白褐色斑は消えていることが認められる。

これらの事実によれば、イ号方法(一)及び(二)に該当する方法では、真空引きにより桜葉内の気泡、ガス等が多少除去されることはあっても、完全に除去されて白褐色を呈しない桜葉を得ることはできないことが認められる(原審における控訴人株式会社小泉商店代表者の尋問の結果及び証人佐藤孝雄の証言参照)。

被控訴人は、減圧処理後も桜葉に依然として白褐色斑が残っているのは(同写真<18>、<24>等)検証時における減圧時間が約五〇秒と短かったことによる旨主張するが、検証調書によれば、同調書の当事者の指示説明欄に、「これらの包装体は、約一分かけて真空包装される。」と記載され、検証の結果欄に、「約一分間の真空作業中、各装置のゲージは、写真<10>の1、<10>の2及び<16>の数値まで上がると同数値で安定していた。」と記載されていることが認められるから、減圧時間がイ号方法(一)及び(二)(原判決別紙目録(一)及び(二))の規定する最低一分間に達していなかった旨の被控訴人の主張は採用することができない。

3  そうすると、イ号方法(一)及び(二)が本件発明の構成要件(四)を満たすことの立証がないから、被控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三  結論

よって、被控訴人の請求はいずれも失当として棄却すべきであるから、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する(平成一〇年七月九日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

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