大判例

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東京高等裁判所 平成9年(ネ)4654号 判決 1998年8月26日

控訴人(原告)

田沼公子外四名

控訴人ら訴訟代理人弁護士

田口邦雄

小林孝一

出口尚明

被控訴人(被告)

田沼加祢

法定代理人後見人

國廣正

被控訴人(被告)

田沼三男

被控訴人(被告)兼田沼三男訴訟代理人弁護士

河嶋昭

両名訴訟代理人弁護士

大浦浩

被控訴人(被告)

田沼俊夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  控訴人らと被控訴人らとの間で、東京法務局所属公証人篠宮力平成七年一月一〇日作成に係る平成七年第二号遺言公正証書による亡田沼松五郎の遺言が無効であることを確認する。

3  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人田沼三男及び被控訴人河嶋昭の連帯負担とする。

二  被控訴人田沼加祢・田沼三男・河嶋昭

主文と同旨

第二  事案の概要

本件事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四枚目裏三行目の「本件」を「原審の」と、同行の「当」を「原審」と、それぞれ改め、四、五行目の「提出しており、」の次に「当審の口頭弁論期日においては、本件遺言は無効であると考える旨を述べているが、右の考え方の当否については裁判所の公正な判断を求めたいというのがその真意であると窺えるところであって、」を加える。

2  原判決五枚目裏一〇行目及び六枚目裏一〇行目の各「俊夫」を、いずれも「三男」と改める。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、原審における当事者双方の主張立証に、当審におけるそれらを加え、総合検討しても、控訴人らの本訴請求は、理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。

その理由は、次のとおり補正するほかは、原判決の「第三 当裁判所の判断」に説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七枚目裏一行目の「供述」の次に「、当審における鑑定の結果」を加え、五行目の「脳梗塞等に起因する老人性痴呆に基づく症状」を「加齢に伴う生理的な知的老化の徴候(いわゆる『ぼけ』)」と改める。

2  原判決八枚目表一行目の「CT検査では」の次に「脳梗塞、脳出血等の脳血管性疾患の所見は認められず、」を、二行目の末尾に「また、松五郎は、長谷川式簡易知能評価スケール(改訂版)による検査を受けた結果、合計得点は二一点で、非痴呆と判定される領域内に入った(右の長谷川式簡易知能評価スケール(改訂版)においては、三〇点満点で合計二一点以上を非痴呆、二〇点以下を痴呆と判定する。なお、鑑定人高橋啓医師は、右の検査結果を具体的に検討し、当時、松五郎の見当識は総じて保持されていたと認められることなどから、松五郎は痴呆ではなく、生理的な知的老化の特徴を備えていたと考えられるとしている。)〔当審における鑑定の結果・弁論の全趣旨〕。」を、それぞれ加える。

3  原判決八枚目裏二行目の「遺言書」から三行目の「希望を」までを「遺産相続についての法律の仕組みについて説明するとともに、もし、法律で定める相続と異なる相続をさせたいと考える場合は、遺言書を作成することが必要であることを説明し、同人の考えについて」と改め、三行目の「半分」の次に「くらい」を加え、五行目の「及び」を「には、以前に多額の金を与えているので相続させないこと、また、亡二男曻の子である」と改める。

4  原判決九枚目表五行目の「なったが、」から六行目の末尾までを「なった。」と改め、一〇枚目表三行目の「、「大丈夫です」」を削る。

5  原判決一一枚目裏三行目の「寝たきり」から四行目の「ものの、」までを「その精神状態に」と改め、四行目の「松五郎は、」の次に「同日から」を、六行目の「一二月」の次に「一五日から呼吸状態が悪化し、翌」を、それぞれ加え、九行目の「入院」を「外来受診」と、同行の「痴呆」を「ぼけ」と、それぞれ改め、一一行目の「右当時、」の次に「加齢に伴う軽度のぼけがみられ、また、」を加える。

6  原判決一一枚目裏一一行目から一二枚目表一行目にかけての「夜間に老人性痴呆の悪化した症状」を「夜間せん妄の症状」と改め、一二枚目表二行目の「続けてきた」の次に「(ちなみに、七〇歳以上の高齢者では右の夜間せん妄が起こりやすいが、これは一過性の症状であり、夜間はせん妄状態を呈しても昼間はしっかりとしているのであって、せん妄は持続的不可逆的な症状を呈する痴呆とは全く別の病態であるから、両者は峻別される必要がある〔当審における鑑定の結果〕。)」を加える。

7  原判決一二枚目裏六行目を次のとおり改める。

「3 そして、当審における鑑定の結果によれば、鑑定人は、カルテや看護記録等の資料に基づき、松五郎の本件遺言前夜の経過について、平成七年一月九日午後一〇時ころには、松五郎はショック状態からほぼ完全に脱出していたものと認められるとし、また、松五郎の遺言時(平成七年一月一〇日午後二時ころ)の意識状態について、本件遺言の作成中、モニターによる監視が行われたが、昇圧剤イノバンの点滴速度を速めるなどの変更が行われることはなかったことから、その間の血圧、脈拍数、呼吸数などは正常範囲にあり、意識は平常の状態であったものと考えられるとし、結論として、松五郎の本件遺言時における遺言能力の有無について、『松五郎は、その前夜一時的に低血圧による失神状態に陥ったものの同日中に回復しており、本件遺言時において血圧や脈拍など正常であり、また意識の状態も普段通りであったと推定できる。特別な精神状態にあったとする根拠は全く得られない。精神面では、生理的知的老化の徴候は認められるものの痴呆の所見はなく、九四歳老人の標準的精神能力を有していたとみるのが自然である。したがって、遺言に関する意思能力も有していたものと認められる。』としているところである。

右の本件遺言時における松五郎の精神能力に関する鑑定人の見解に対して、控訴人らは、松五郎が平成六年八月の段階で受けた簡易知能検査の結果は非痴呆の最低限度にあったのであり、しかも、その後の長期間の寝たきりの入院生活により松五郎の痴呆は進行したはずであるから、平成七年一月一〇日の本件遺言の直前に知能検査を受けたなら、松五郎が痴呆と判断されたことは明らかである旨主張する。しかし、鑑定人は、松五郎の場合には、入院中にしょっちゅう子供や嫁の面会があり、刺激のない環境とはいえないから、骨折のため寝込んでいても廃用性のぼけ(知的刺激に乏しい環境の中で長期間頭を使わないでいるうちに現れることのあるぼけ)が発生したとは考えにくいとしてる(もっとも、鑑定人は、廃用性のぼけそれ自体、病的なものではなく、それを放置したからといって病的なぼけに移行するものでもないとしている。)ところであり、さらに、鑑定人は、平成七年一月七日及び八日の看護記録に記述されている松五郎の発語の数々を検討して、右の時点で、松五郎にごく普通の感情反応が保たれていると判断しているところであって、松五郎の本件遺言時における精神能力に関する鑑定人の前示の判断は、右のような検討をも踏まえてのことであるから、控訴人の右の主張を直ちに首肯することはできない。また、控訴人らがその主張を裏付けるものとして当審において提出した甲一八号証の「陳述録取書」(控訴人ら訴訟代理人弁護士が、平成一〇年三月一〇日、東京都老人医療センターにおける松五郎の受持医であった安藤毅医師と面談し、松五郎の遺言能力についての同医師の見解を聴き取り、要約した書面。)も、同書面に記述された本件遺言当時における松五郎の遺言能力に関する安藤医師の見解が、主として記憶に基づいて極めた大雑把な、かつ、主観的な表現に支配された内容のものであり、当時のカルテや看護記録を慎重に再検討した上で導き出されたものではないと認められるところであるから、これを採用することはでいない。」

8  原判決一二枚目裏七行目の冒頭から一三枚目表六行目の「経過等からすれば、」までを、次のとおり改める。

「4  そこで、前示1の事実関係及び3の鑑定意見を総合して考察すると、松五郎は、本件遺言が行われた平成七年一月当時、加齢に伴う生理的な知的老化の徴候は認められたものの、未だ痴呆の領域には至っておらず、ほぼ九四歳の老人としての標準的な精神能力を有していたものと認められること、松五郎は、本件遺言前夜の同月九日午後八時ころ、血圧が著しく低下して、一時的にショック状態に陥り、意識レベルが大きく低下したものの、病院側の処置等により同日午後一〇時ころまでにはショック状態からほぼ脱出し、本件遺言が行われた翌一〇日午後二時ころの時点においては、血圧や脈拍は正常な状態に戻り、意識の状態も概ね普段どおりに回復していたものと認められること、本件遺言の内容は、松五郎において、事前に被控訴人河嶋から説明を受け、それが自己の希望に沿うものとして了承していたものであること、また、本件遺言の内容自体についてみても、その条項は、遺言執行者の指定も含め全部で八か条に過ぎず、遺言による相続に関係する者も、妻、子及び孫という松五郎の近親者だけであり、遺言の対象となった相続財産は不動産と預金のみで、このうち、不動産は、豊島区南大塚の土地建物と板橋区高島平の居宅である土地建物だけであること等に照らすと、ほぼ九四歳の老人としての標準的な精神能力を有していた松五郎にとり、その意味内容を的確に認識することが困難なものであったとは認め難いこと(なお、本件遺言の実質的な内容についてみても、四男の伯司や二男の曻の子である控訴人和夫及びみどりと比べると、松五郎・加祢夫妻と同居し、身の回りの面倒をみてきた三男の被控訴人三男がある程度有利な取り扱いを受けた内容のものとなっていることは否定できないものの、その内容が松五郎の遺言として特に不合理ないしは不自然な内容のものであると認めることはできない。)、等にかんがみれば、」

9  原判決一三枚目裏一〇行目から一四枚目表三行目までを削り、一四枚目表四行目の「4」を「5」と改める。

10  原判決一四枚目表八行目の「(一一)及び(一二)」を削り、九行目の「人から、」の次に「(三)及び(六)の経緯により」を、同行の「内容を、」の次に「(一一)のとおり、」を、それぞれ加え、一一行目の「全体的に」から一四枚目裏一行目の「を含め、」までを「遺言者の口授と公証人によるその筆記及び読み聞かせとが、公正証書による遺言の方式として民法九六九条の規定する順序と前後する関係となったことは否定できないが、これを全体的に考察すれば、」と改め、裏一行目の「その方式につき、」を削り、二行目の「するために」を「するため遺言の」と、同行の「趣旨に反するところは」を「法意に反するものでは」と、それぞれ改め、三行目の「である」の次に「(最高裁判所昭和四三年一二月二〇日第二小法廷判決・民集二二巻一三号三〇一七頁参照)」を加える。

第四  結論

以上のとおりであるから、控訴人らの請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法六七条一項、六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官橋本和夫 裁判官川勝隆之)

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