東京高等裁判所 平成9年(ネ)4731号 判決 1998年3月25日
控訴人
明治生命保険相互会社
右代表者代表取締役
波多健治郎
右訴訟代理人弁護士
上山一知
被控訴人
中島修三
右訴訟代理人弁護士
北新居良雄
同
青木裕司
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
一 控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。
二 事案の概要は、原判決二頁以下の「第二 事案の概要」に示されているとおりである。ただし、原判決二頁一〇行目の「一二日」を「一五日」に、五頁三行目の「知らない」を「知らないが、その余の事実は認める」に、同頁七行目の「判例時報一二五四号四二頁」を「民集四一巻七号一五二七頁」にそれぞれ改める。
三 当裁判所も被控訴人の本訴請求は認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおりである。
1 甲一の1ないし4、四及び弁論の全趣旨によれば、請求原因1前段の事実が認められ、同後段の事実及び2の事実は当事者間に争いがない。右各書証によれば、同3の事実が認められ、同4の事実中、本件保険契約の受取人が被控訴人に変更された旨の通知があったことは当事者間に争いがない。
2 保険金受取人変更は、保険契約者の一方的意思表示によって効力が生ずる(最判昭和六二年一〇月二九日民集四一巻七号一五二七頁)。この判例は、保険金受取人変更の意思表示の相手方は、保険者又は新旧保険金受取人のいずれに対するものでもよいと判示しており、これを相手方のある意思表示と解しているかのようである。確かにその意思表示は保険金受取人変更の法律効果を受けるべき前示の者のいずれかに対してすることが通例ではあろうが、一方的意思表示と解する限り、これについて常に相手方を要するとする必要はない。その意思表示(効果意思の表示)が外部から明確に確認できるものである限り、単独の意思表示としてすることも許容すべきである。商法六七五条二項は、保険契約者が、保険金受取人の指定変更権を有する場合において、その権利を行わずに死亡したときは、保険金受取人の権利は確定すると定めている。保険契約者が遺言によってその変更権を行使したときも、その意思表示自体は生前に行われているのであり、死亡までにその権利を行ったものと解するべきである。遺言の性質上、その効力は遺言者の死亡によって生ずることになるが、保険者としては、その通知があるまではその変更を対抗されることはなく(商法六七七条)、そのことによって特段の不利益を受けることはない。
なお、保険金受取人の指定がある場合には、保険契約者の死亡により保険金請求権は保険金受取人の固有財産となり、これを保険契約者が遺贈することはできない旨判示する最判昭和四〇年二月二日民集一九巻一号一頁は、本件とは事案を異にする。すなわち、保険契約者以外の者を保険金受取人とする指定がある場合には、保険金請求権は保険契約者に帰属するものではなく、これを保険契約者が保険金受取人の変更以外の方法で処分することはできない。生前処分としてできないことを遺言によってもすることができないのは当然である。右判例は、右の理を判示したものにすぎず、遺言による保険金受取人の変更についてのものではない。
3 前記の事実関係によれば、本件死亡保険金の受取人は、保険契約者である武田道子が遺言で行い、かつ同人死亡により効力が発生した保険金受取人変更の意思表示によって、被控訴人に変更されたもので、その旨の通知が右遺言の執行者である被控訴人から控訴人にされているので、死亡保険金二五〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由がある。
四 本件控訴は理由がない。
(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 大藤敏 裁判官 塩月秀平)