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東京高等裁判所 平成9年(ネ)5366号 判決 1998年11月19日

控訴人(被告) Y

右訴訟代理人弁護士 浅見精二

被控訴人(原告) オリックス・クレジット株式会社

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 林彰久

同 池袋恒明

同 池田友子

同 木村裕

同 山宮慎一郎

同 小池和正

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴棄却

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり、付加するほかは、原判決「事実」の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  本件特約(本件契約書一〇条(1)項①ないし③号)の適用

(一) 本件ゴルフ会員権は、真里谷が本件ゴルフ場を完成、開場させることによって控訴人ら会員が優先利用請求権を行使し得るという期待権であって、経済的価値が限定された不完全な商品であるから、真里谷はこれを完全な商品(入会募集の際に説明したとおりゴルフ場を完成、オープンさせる)にして引渡すべき義務があるが、本件ゴルフ場開場の目途は立っていないのであるから、完全な商品の引渡しはなかったというべきである。また、本件ゴルフ会員権における会員の優先利用請求権は将来の期待権であって法的地位が不完全なものであったから、商品に瑕疵があったというべきである。

(二) ゴルフ場の開場時期がいつかということは、ゴルフクラブ入会契約締結後の施設利用の開始時に関する重要な事柄であり、ゴルフクラブ入会契約の内容をなすから、ゴルフ場開場の遅延が通常の予測の範囲を超える著しい遅延であるときは、ゴルフクラブ入会契約締結の錯誤となるというべきであり、本件ゴルフ場は当初の開場予定から五年以上経過しているのに開場の予定は立っていないのであるから、通常の予測の範囲を超える著しい遅延がある場合に該当し、本件ゴルフクラブ入会契約は錯誤により無効である。また、ゴルフ場の開場が予定時期より二年程度経過しても開場されない場合は、ゴルフ場経営会社の会員に対するゴルフ場施設優先利用債務の不履行となり、会員はゴルフクラブ入会契約を解除し得るところ、本件ゴルフ場の開場遅延状況は前記のとおりであるから、これは真里谷の控訴人ら会員に対する債務不履行であり、控訴人は本件ゴルフクラブ入会契約を解除し得るものである。そして、本件契約書一〇条は、ゴルフクラブ入会契約という役務提供契約についても、割賦販売法三〇条の四の抗弁の接続規定に準じた取扱いをすることを明らかにしたものであって、同条の対抗事由は購入者保護の観点からできる限り広く解すべきであるとされていることに鑑みれば、自社割賦の場合なら販売業者に主張し得る事由は全てこれをもってあっせん業者に対抗できると解すべきであるから、控訴人は、本件契約書一〇条(1)項③号に基づき、割賦販売業者と同様な地位にある被控訴人に対し、支払停止の抗弁をもって対抗できるというべきである。

2  信義則上支払いを拒み得る特段の事情

オリックス及びその子会社である被控訴人は、真里谷に巨額の資金を貸付け、あるいは共同開発事業を計画する等取引上密接な牽連関係にあった上、オリックスは真里谷が倒産すれば本件ゴルフ場の完成は不可能になることを知りながら、本件ゴルフ場用地の競売を申立てて真里谷を倒産させていること、控訴人が割賦金の支払いを停止したとしても、被控訴人は真里谷との契約に基づき代位弁済金を真里谷から回収できることとなっていること、それにもかかわらず、被控訴人が何らの対価も取得できない控訴人にクレジット代金を請求するのは信義に反し権利の濫用であること、控訴人はオリックス及び被控訴人共同で本件ゴルフ会員権の購入を勧誘されたものであること等を総合考慮すれば、真里谷の前記債務不履行の結果を被控訴人に帰せしめるのを相当とする事由、すなわち、控訴人が被控訴人に対し本件クレジット代金の支払いを信義則上拒みうる特段の事情があるというべきである。

二  被控訴人

控訴人の主張は争う。

1(一)  本件契約書一〇条(1)項は、顧客がゴルフ場経営会社とゴルフクラブ入会契約を成立させる前提としてゴルフ会員権販売業者との間でゴルフ会員権の売買契約を締結して、ゴルフ会員権を承継取得することを想定して規定されたものであって、本件のようにゴルフ場経営会社との間のゴルフクラブ入会契約によって新規ゴルフ会員権を原始取得する場合には、ゴルフ会員権の売買契約が行われることもなく、また売買契約を観念することもできないのであるから、同条項各号の適用の余地はない。

(二)  仮に、本件契約書一〇条(1)項が本件にも適用され、その解釈は割賦販売法三〇条の四の趣旨に基づいてなされるべきであるとしても、同条により、顧客が販売会社に対して主張し得る事由をもってあっせん業者に対抗できるためには、顧客があっせん業者との間で立替払契約を締結せず、販売会社から直接商品を購入した場合において、販売会社に対して商品の代金の支払いを拒み得る事由があることが必要である。本件において、真里谷によって入会を承諾された入会申込者が、本件ゴルフクラブ入会契約を成立させるためには、所定の期間内に入会金及び預託金を支払わなければならず、入会金及び預託金の支払は本件ゴルフクラブ入会契約に基づく契約上の地位(本件ゴルフ会員権)から発生する債権債務に対して先履行の関係に立つから、入会申込者は、入会の承諾を得て、入会金及び預託金を支払って初めて本件ゴルフクラブ会員となるのであって、ゴルフ場がその契約当時未開場であることは入会金及び預託金の支払いを拒絶できる事由には該当しない。

2  控訴人の主張は、誤った事実認識に基づいて展開されたものであり、本件において控訴人がクレジット代金の支払いを信義則上拒み得る特段の事情は何ら存在しない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も被控訴人の本訴請求は理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり、付加、訂正、削除するほかは、原判決「理由」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四頁一二行目の「名の」の次に「開場前の」を加え、同一五頁初行の「ゴルフ会員権」を「預託金制のゴルフ会員権」に改め、同四行目の「債務」の次に「関係」を、同五行目の「ある」の次に「が、本件ゴルフ場のように開場前のゴルフ場のゴルフ会員権においては、ゴルフ場経営会社に対し、開場予定の時期又は社会通念上相当として是認される範囲内の時期までに、ゴルフ場を完成させ、これを優先的に使用させるよう請求する権利をも含む」を、同九行目の「対する」の次に「施設優先利用請求権、預託金返還請求権等の」を各加え、同一〇行目の「真里谷の提供する役務そのものではない。」を「本件商品は、真里谷が本件ゴルフ場を会員に優先的に利用させるという役務の提供それ自体ではなく、本件ゴルフ場が開場した場合において初めて真里谷から右役務の提供を受け得る権利にすぎない。」に改める。

2  原判決一五頁一一行目の「本件特約における」の次に「「商品の引渡しがないこと」及び」を加え、同一二行目の「右2で認定説示したところによれば、」を「被控訴人が控訴人の委託に基づき真里谷に対して保証債務を履行して入会金及び預託金の残金を代位弁済したことは当事者間に争いがないところ、これによって真里谷と控訴人との間に本件ゴルフクラブ入会契約が成立し、控訴人が本件ゴルフクラブの正会員たる地位、すなわち前示の複合的な債権債務関係を内容とする法律上の地位を取得したことになるから、本件の契約にいう「商品の引渡し」がなかったということはできない。控訴人は未だ開場していない本件ゴルフ場のゴルフクラブに入会することを目的として真里谷とゴルフクラブ入会契約を締結したものであるから、開場が遅れ、あるいは開場の目途が立たないことは、本件ゴルフクラブ入会契約の締結によって商品の引渡しがなされた後に生じた事由というべきである。また、本件特約における」に改め、同行目の「会員権に」の次に「「」を、同末行の「場合」の前に「」」を各加え、同一六頁五行目の「本件ゴルフ場」を「本件ゴルフクラブ」に改める。

3  原判決一六頁一二行目の冒頭から同一七頁二行目末尾までを削り、同一〇行目の「契約時」から同一一行目末尾までを「控訴人が本件ゴルフクラブ入会契約において表示した内容と同人の内心の意思は共に本件ゴルフ会員権を取得するということであって、両者の間には不一致はないから、錯誤の問題は生じない。」に改める。

4  原判決一八頁初行の冒頭から同一九頁二行目の末尾までを、次のとおり改める。

「乙三三号証の一、二に弁論の全趣旨を併せると、割賦販売法が昭和五九年の改正によりいわゆる抗弁権の接続を認めたことに伴って、通商産業省産業政策局消費経済課長名で個別割賦購入あっせんについては添付の標準約款を約款作成上の基準とするよう周知徹底を図られたい旨の通達が社団法人日本クレジット産業協会等宛に発せられ、本件契約書一〇条(1)項(支払停止の抗弁)は右通達添付の標準約款一一条一項(割賦販売法三〇条の四第一項の定めを具体化したもの)に倣って規定されたものであることが認められるから、本件取引についての本件契約書一〇条(1)項は、割賦販売法三〇条の四第一項の趣旨に沿って解釈するのが相当であり、その抗弁事由は、販売業者との売買契約について生じている事由で、直接販売業者に対して代金を支払うべきものとすれば、その支払を拒絶することを正当化するものがこれに該当するものと解される。したがって、本件ゴルフクラブ入会契約(本件ゴルフ会員権購入契約)において、本件特約にいう「支払停止の抗弁」となり得るのは、控訴人が本件クレジット契約を利用することなく真里谷とゴルフクラブ入会契約を締結し、直接真里谷に入会金及び預託金を支払うべきものであったとすれば、真里谷に対する支払いを拒絶することを正当とする事由がある場合に限られるというべきである。そして、未だ開場していないゴルフ場のゴルフ会員権を有する会員は、ゴルフ場経営会社に対し、ゴルフ場を完成させ、これを優先的に利用させるよう請求する権利を有するものの、この権利は、ゴルフ会員権を有する会員が会員としての地位に基づいて有する権利であって、入会金及び預託金を支払って初めて取得し得るものであるから、控訴人が、本件クレジット契約を利用することなく真里谷と入会契約を締結し、直接真里谷に対して入会金及び預託金を支払うべきものであったならば、入会金及び預託金を支払わない以上、真里谷に対してゴルフ場の開場を請求することのできる立場にはなり得ないのであり、開場前の本件ゴルフクラブに入会するために本件ゴルフクラブ入会契約を締結した控訴人としては、本件ゴルフ場が契約時において開場していないことをもって、入会金及び預託金の支払いを拒むことはできないことはいうまでもないことであって、その後、本件ゴルフ場の開場が遅延し、あるいは開場の目途が立っていないとしても、それは真里谷が控訴人に対して会員としての地位を取得させるという本件ゴルフクラブ入会契約上の債務を履行した後に生じた事由であるから、控訴人の主張する債務不履行は本件契約書一〇条(1)項③号にいう「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」には該当しないというべきである。

また、控訴人が、真里谷から本件ゴルフ会員権を購入した時点では、真里谷は未だ本件ゴルフ場を開場していなかったのであるから、真里谷がゴルフ場を開場し、ゴルフ会員権を有する会員に優先的に利用させるべき債務を履行できるかどうかは、右購入時点では不確定であったというべきところ、将来における履行の可能性についての判断は、これを購入することを決断した控訴人がその責任において行うべきであると考えられる上、被控訴人は、控訴人が本件ゴルフ会員権を購入する際、控訴人の資力を補うため、控訴人の依頼を受けて購入代金の支払を保証し、これを代位弁済したものにすぎないから、そのような被控訴人に、一〇年にも及ぶ分割金の支払期間を通じて真里谷の債務不履行の責任を負わせるのは相当ではないと考えられる。さらに、本件ゴルフ会員権が開場前の権利であって、開場のリスクを負っているために、通常は、その価額は開場時のものよりは低額であるのであって、その利益は会員権の購入者が受けるのであるから、そのリスクも、会員権の購入者が負うべきである。控訴人の主張するように、本件特約によりこれが支払拒絶の事由になるとすると、右のリスクはクレジット会社が負い、購入者は、そのリスクを負わないことになり、クレジットを利用しない購入者との間にリスクの開差を生じることになるが、本件契約において、右のような特別なリスクを被控訴人が負担すべき合理的な理由は認め難い。以上の諸事情に照らせば、実質的な利益考量の観点からしても、真里谷の債務不履行をもって「商品の販売について、販売会社に対して生じている事由」に当たるということはできないというべきである。」

5  原判決二〇頁三行目の「しかし、」から同四行目の「のみから」までを「しかしながら」に、同五行目の「得たと」から同七行目の「したがって」までを「得たものとも、また真里谷の倒産がオリックスの競売申立によるものとも認めるに足りる証拠はない上、前記1の事実に本件記録上窺われるオリックス及び被控訴人と真里谷との関係を併せ考慮してみても」に各改める。

二  以上の次第であって、被控訴人の請求を認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筧康生 裁判官 澤田英雄 信濃孝一)

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