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東京高等裁判所 平成9年(ネ)5927号 判決 1999年5月26日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、3,339万円及びこれに対する平成8年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴棄却申立て

第二  事案の概要

本件は、控訴人が、平成2年6月11日、被控訴人から、その所有に係る原判決別紙物件目録一<略>の土地(以下、原判決にならい「原告土地」という。)68.90平方メートルを、原告土地とその南側に隣接する同目録二<略>の土地(以下「南側隣接地」という。)との境界が原判決別紙図面イロハの各点を順次直線で結んだ線であって、同図面ロハニホロの各点を順次直線で結んで囲んだ12.26平方メートル(約3.71坪)の部分(以下、原判決にならい「本件土地」という。)が原告土地の一部であることを前提とし、1坪当たり900万円とし、代金を1億8,758万円と定めて買い受け(以下「本件売買」という。)、その代金を支払ったところ、控訴人が被控訴人に対し、本件売買の前提とされた右境界線と真実の境界とが異なり、真実の境界は同図面イロホニの各点を順次直線で結んだ線であって、本件土地が南側隣接地の所有者甲田太郎のものであったから、売買の目的である権利の一部が他人に属し、あるいは指示された面積が不足していたことになるとして、3,339万円(3.71坪×900万円)の代金減額の請求をし、当審において、予備的に、右同額の不当利得返還の請求をした事案である。

これに対し、被控訴人は、原告土地と南側隣接地との境界は本件売買の前提とされた境界線のとおりであって、本件土地は南側隣接地の所有者のものではないから代金減額請求権は発生しないことを、また、仮に、そうでないとしても、控訴人主張の代金減額請求権は、民法564条により1年の除斥期間の経過により消滅したが、一般の商事債権と同様に右土地引渡時から起算して5年の経過をもって時効消滅しているなどと主張し、結局、控訴人主張の代金減額請求権は消滅し、これにより控訴人主張の不当利得返還請求権も発生する余地はない旨主張した。

本件の事案の概要は、控訴人が当番において次のとおりの予備的請求原因を加えたほかは、原判決の事実及び理由欄の第二「事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人の当審における予備的請求原因

仮に、控訴人の被控訴人に対する代金減額請求権が1年の除斥期間又は5年の商事債権の消滅時効期間の経過によって消滅しているとされる場合には、減額すべき代金と同額の金員について、控訴人の損失において被控訴人が不当に利得しているものというべきであるから、控訴人は、被控訴人に対して右減額すべき代金と同額の不当利得返還請求権を有する。

二  被控訴人の認否

控訴人の主張は争う。

第三  当裁判所の判断

当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する代金減額請求及び不当利得返還請求はいずれも理由がないと判断するが、その理由は、次のとおり加えるほかは、原判決の事実及び理由欄の第三「当裁判所の判断」に記載のとおりであるからこれを引用する。

一  控訴人と被控訴人との間で本件売買契約が締結されたこと、本件売買は、その契約内容に照して数量指示売買であること、本件売買において売買の目的に含まれるとされていた本件土地12.26平方メートルが南側隣接地の所有者甲田太郎(以下「甲田」という。)所有土地の範囲に含まれるものであるうえ、右甲田が本件土地を譲渡する意思がないので、本件売買の売主である被控訴人が買主である控訴人に本件土地を移転することができなかったことは、原判決の認定するとおりである。

二  ところで、控訴人主張の本件代金減額請求権は、民法563条又は565条に基づくものであるところ、同法564条によると、売買の目的である権利の一部が他人に属し、あるいは、数量指示売買において売買した物が不足であって、売主がこれを買主に移転することができない場合には、善意の買主が右事実を知った時から1年以内に限り売主に対して代金減額請求権を行使することができるとされているところ、右1年の行使期間は除斥期間と解されるものであり、その起算時は、善意の買主が、単に、売買の目的である権利の一部が他人に属し、あるいは、数量指示売買において売買した物が不足していたことを知っただけでは足りず、これに加えて、売主がこれを買主に移転することができないことをも知った時と解するのが相当である。

控訴人は、右除斥期間の起算時が、控訴人が右甲田を相手方として、右甲田が本件土地内に設置したブロック塀の撤去等を求めた訴え(束京地方裁判所平成3年(ワ)第17360号、控訴審は東京高等裁判所平成6年(ネ)第5350号、上告審は平成7年(オ)第2511号。一審において、本件土地の所有者は控訴人ではなく、右甲田であると判断されて、本件控訴人の請求が棄却され、控訴審及び上告審においても、控訴又は上告がいずれも棄却された。以下「別件訴訟」という。)について、東京地方裁判所の一審判決が言い渡された平成6年11月28日よりも後であり、控訴人は、同日から1年以内である平成7年11月8日に、被控訴人に対して代金減額請求権を行使しているから、右代金減額請求権は消滅していない旨主張する。

しかしながら、右甲田は、控訴人と被控訴人との間の本件売買契約が締結された平成2年6月11日から約10か月後である平成3年4月ころ、原判決別紙図面ニホの線上にブロック塀を築造していること、これに対し、控訴人は、同年7月末ころ、右甲田に対して右ブロック塀の築造に抗議したが、同人がこれを受け入れなかったこと、さらに、控訴人は、別件訴訟の提起に先立ち、右ブロック塀の撤去を求める仮処分を東京地方裁判所に申請したが、右仮処分事件において相手方とされた甲田は、代理人を通じて、同年12月16日付け答弁書を提出し、控訴人に対し、本件土地が自己の所有地である旨を明確に主張したこと等原判決の認定する事実関係の下においては、控訴人は、右甲田からの右答弁書が提出された平成3年12月16日の時点で、本件売買の目的の一部であるとされた本件土地が右甲田の所有に属し、あるいは売買の目的である土地の面積に不足があることのみならず、本件売買の売主である被控訴人が右甲田から本件土地を取得してこれを控訴人に移転することができないことをも知ったものであると認めた原判決の判断は相当である。そして、控訴人が、同日から1年以内である平成4年12月16日までに被控訴人に対して代金減額請求権を行使したことを認めるに足りる証拠はない(なお、控訴人が被控訴人に対して損害賠償の話をし、売買の瑕疵担保責任を問う意思を表明したのは、せいぜい平成7年11月10日頃のことであり、むしろそれまで控訴人は別件訴訟で勝訴するため被控訴人の協力を得ようとしていたことが認められることも、原判示のとおりである。)。

以上の事実によれば、控訴人の被控訴人に対する代金減額請求権は除斥期間の経過により消滅していることになる(なお、本件売買における控訴人の被控訴人に対する代金減額請求権が一般の商事債権と同じくその行使し得るときより起算して5年経過したことにより消滅した旨も主張しているが、本件代金減額請求権の消長につき、当裁判所はそのような見解を採らないので、この点についての事実の認定・判断は不要とした。)。

三  控訴人は、控訴人の被控訴人に対する代金減額請求権が除斥期間の経過によって消滅しているとしても、減額すべき代金と同額の金員について、控訴人の損失において被控訴人が不当に利得しているものというべきであるから、控訴人は、被控訴人に対して右減額すべき代金と同額の不当利得返還請求権を有する旨主張する。

しかし、そもそも控訴人の代金減額請求権が消滅した以上は、これあることを前提として利得・損失をいう不当利得返還請求権も発生する余地のないことは明白であり、右主張は、独自の見解というしかなく、採用することができないものである。

四  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の被控訴人に対する本件代金減額請求及び不当利得返還請求のいずれも理由がない。

第四  結論

よって、控訴人の被控訴人に対する本訴請求を理由がないとして棄却した原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

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