東京高等裁判所 平成9年(ネ)6015号 判決 1998年7月21日
控訴人 X
右訴訟代理人弁護士 村上徹
被控訴人 破産者株式会社a破産管財人 Y
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文第一項同旨
第二事案の概要
当事者の主張を含む事案の概要は、原判決六頁七行目に「別紙目録」とあるのを、「原判決別紙」と訂正するほか、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)記載のとおりであるから、これを引用する。
第三裁判所の判断
一 破産債権者が支払不能を知って破産者に対し債務を負担した場合、破産法一〇四条二号本文の類推適用を認め、相殺が禁止されると解するのが相当である。
その理由は、破産法一〇四条二号の規定は、昭和四二年法律第八八号による改正によって新設されたものであり、その立法の趣旨は、同号ただし書に定める場合を除き、破産債権者が、債務者(後に破産宣告を受けた者)が危機状態にあることを知りながら、債務者に対する債務を負担し、自己の有する債権と相殺することを許せば、破産債権者平等の理念に反する結果となるので、そのような相殺を禁止するというものと解されるところ、同号は破産債権者が「支払ノ停止又ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リテ」債務を負担したことを要件として定めており、支払不能であることを知っていたことは要件として挙げていないが、むしろ、支払不能が破産原因であり、支払停止は支払不能を推定する前提事実であって、債務者の支払不能を知ることは、債務者が破産の危機にあることをより確実に知ることであること、債務者が支払不能であることを知って同人に対し債務を負担した破産債権者に相殺を認めて、支払停止を知って同人に対し債務を負担した破産債権者よりも保護すべき理由はないことを考慮すると、前記のような類推適用を認めるのが相当であるからである。
そこで、本件において、控訴人の原判決別紙記載の商品の購入行為が破産会社の支払不能を知って行われたものであるか否かについて検討する。
二 甲一号証ないし甲三号証、乙四号証、乙五号証、証人Aの証言及び控訴人本人尋問の結果(いずれも原審)によると、以下の事実を認めることができる。
1 破産会社は、平成七年三月に設立されたが、その後まもないころから、取引先であった株式会社フランス商事、株式会社和則産業、松栄電設株式会社、ブラザー商事株式会社などの倒産が相次ぎ、更に、株式会社新富産業から買い入れる商品代金支払のために額面四〇〇〇万円余、支払期日平成八年二月末日とする約束手形を振出したところ、商品は入荷しないままに、右約束手形が金融業者に渡り、暴力団関係者と思われる者から右手形の取立てを予告されるものの、手形決済の目処が立たず、会社運営が困難となった。
2 控訴人は、約一〇年前ころから破産会社代表者と取引があり、破産会社設立後も同社に対する資金的な援助をしており、平成八年一月末の段階で二二六〇万円の貸付金があったが、破産会社代表者は、右のような経営の行き詰まりの打開策について控訴人と相談するなどしていた。また、控訴人は、平成七年一二月初めころから、当時既に三六歳位で、愛知県でテレビゲームや自動販売機のリース業を自営している長男のAを見習いと称して破産会社に週三、四日、自費により交通費及び宿泊費を負担の上、名古屋から東京まで通わせ、破産会社の様子を観察させていた。
3 破産会社代表者は、平成八年二月二三日に支払うべき二月分の従業員に対する給与が支払えなくなり、従業員に対し、その猶予を申し出た。Aはこの話を従業員のBから聞いて知った。そして、控訴人は、この知らせを受けて二月二四日ころから上京し、毎日破産会社を訪問するようになった。
4 同年二月二四日、破産会社代表者は、同月末が履行期の債務の支払いの見込が無く、売掛金の支払いのために受取った手形も不渡りが予測されるなど、経営の行き詰まりから、破産申立てを決意して弁護士に破産申立てを依頼した。そして、ホテルに缶詰状態で破産申立てに必要な書類の準備と作成を行い、同月二六日午後七時ころには従業員に破産申立てをすることを伝え、同月二七日には従業員全員に対し、給与を総額で二三八万五〇〇〇円、解雇予告手当として一か月分の給与である総額二三八万五〇〇〇円を支払って解雇した。
5 控訴人は、破産会社代表者とは連絡が取れない状態になっていたので、同月二八日、破産会社のC常務に貸付金の返済を迫り、債権回収の目的で商品の買取りを申し出て、トラックを手配した上、「早く返してくれ」「在庫でもなんでもいいから積めるだけ積んでくれ」と言って、トラックに原判決別紙記載同月二八日分の各商品を積み込み、大阪の倉庫に持ち去った。
6 破産会社は、同年三月一日、東京地方裁判所に自己破産の申立てをした。
7 東京地方裁判所は、同年三月二五日午後三時、破産会社は、債権者約六五名に対して、合計約四億〇三七八万円の債務を負担し、これが支払不能の財産状態にあるとの理由で、破産会社につき破産宣告をした。
三 右認定の事実によれば、破産会社は破産宣告時はもとより、平成八年二月二七日には既に支払不能の状態にあったものと認められる。そして同年二月初めに経営の行き詰まりの打開策の相談を受けて破産会社の経営が困難な状況にあったことを知っていた控訴人は、Aからの給料遅配の連絡を受けて、破産会社の経営状況を危惧し、同年二月二四日ころから毎日破産会社を訪問していたが、破産会社代表者とは連絡がとれないままに、遅くとも同年二月二七日には、破産会社の従業員を通じて、破産会社が破産申立てをする予定であること、従業員全員が解雇されたことを知り、具体的な財産状態の詳細はともかく、破産会社が債務弁済能力の継続的な欠乏の状態、即ち支払不能の状態にあることを認識し、右二5のような行為に出たものと推認することができる。
四1 原審証人Aは、「平成七年一二月初めから破産会社で見習いのため働いていた。荷物の運搬や運転の仕事をした。控訴人に破産会社の給料の遅配や売掛金の焦げ付きを知らせたことはない。」旨供述し、乙五号証(Aの陳述書)中にも同旨の記載があるが、既に三六歳位で、愛知県でテレビゲームや自動販売機のリース業を自営している同人が、週三、四日、宿泊費や交通費も自己負担の上、無報酬で破産会社の荷物の運搬をする見習いとなるというのはいかにも不自然であり、また、破産会社のいかなる部分を見習いに行ったのかという点も曖昧であるから、乙五号証の右部分及びD証人の右証言部分はとうてい信用できない。そして、破産会社の従業員に対する給料の遅配が明らかとなった翌日には控訴人が上京していることを考えると、むしろ、Aは、破産会社の動向を観察するため、控訴人により派遣されていたもので、従業員の給料遅配の事実は控訴人に即日報告されたものと認定するのが自然である。
2 また、控訴人は、本人尋問(原審)において、「従業員の給料の遅配も、破産申立ての予定も知らない。二月二八日の段階でも破産会社がおかしいとは思わなかった」旨供述するが、控訴人が原判決別紙記載二月二八日分の各商品を持ち去った状況は、前記二5に認定したとおり、トラックを手配した上、「早く返してくれ」「在庫でもなんでもいいから積めるだけ積んでくれ」と言って、トラックに商品を積み込み、大阪の倉庫に持ち去ってしまったものであり、しかも、前記のとおりAから給料遅配の報告を聞き、二月二四日に上京し、連日破産会社に出向いて様子をうかがい、原判決別紙記載のとおり、二月二五日、二月二六日と商品の売買をするなど破産会社の従業員と面談し、面識があるもので、他方、破産会社の従業員は二月二六日の夕刻に破産申立てをする予定であることを告げられ、同月二七日には全員解雇されていたのであるから、これらの状況からすると、控訴人は、二月二八日には、破産会社の従業員から聞込むなどして、破産会社が既に支払不能の状態にあり、まもなく破産申立てを行うことを知って急遽手当たり次第に商品を積み込み、これを買受けたものとして運び去ったものと認めるのが自然である。
五 そうすると、控訴人は、原判決別紙記載の各商品のうち平成八年二月二八日に購入した商品については、破産会社の支払不能の事実を知って、その商品の購入という債務負担行為を行ったものと認めることができるから、破産法一〇四条二号の類推適用により、その売買代金債務を受働債権とする控訴人の相殺は許されないもので、効力を生じない。
したがって、被控訴人の請求を、右二八日購入分の代金一八五三万八三〇〇円とこれに対する三パーセントの消費税の合計一九〇九万四四四九円及びこれに対する商品引渡後で本件訴状送達による請求の翌日から完済まで商法所定年六分の割合の遅延損害金の支払いを求める限度で認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。
六 よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 西田美昭 筏津順子)