大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(ラ)13号 決定 1997年3月14日

抗告人

株式会社東日本銀行

右代表者代表取締役

吉居時哉

右代理人弁護士

三好徹

吉田哲

竹内義則

星隆文

根本雄一

渡辺昇一

藤川浩一

高梨敏

高久尚彦

岩本康郎

主文

原決定を取り消す。

理由

一  抗告人は、主文同旨の裁判を求め、その抗告理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  記録によれば、以下のとおり認められる。

(一)  債務者兼所有者中孝弘(以下「中孝弘」という。)は、別紙物件目録記載一、二の土地(以下「本件土地」という。)を所有し、平成二年九月三〇日、有限会社岡本工務店(以下「岡本工務店」という。)との間で建築工事請負契約を締結し、岡本工務店は、右請負契約に基づき、平成三年四月二三日、本件土地上に同目録記載三の建物(以下「本件建物」という。)を建築し、同年五月頃、中孝弘に対し、本件建物を引き渡し、以来、中孝弘は、本件建物に居住し、その店舗部分で喫茶店を営業していた。

(二)  中孝弘は、平成二年八月一七日、抗告人に対し、本件土地について極度額六〇〇〇万円の順位一番の根抵当権を設定し、同日、その旨の登記をし、次いで、平成三年五月一〇日、本件建物について保存登記手続をした上、同日、抗告人に対し、本件建物について極度額六〇〇〇万円の順位一番の根抵当権を追加設定(本件土地と共同担保)し、その旨の登記手続をした。

(三)  中孝弘は、平成三年一〇月七日、岡本工務店に対し、本件土地建物について、本件建物の請負工事残代金一六一〇万〇七七七円を被担保債権とする順位二番の抵当権を設定し、平成四年六月二四日、その旨の登記手続をするとともに、同日、平成三年一〇月七日代物弁済を原因とする条件付所有権移転仮登記手続をした。

(四)  抗告人は、平成七年一月一〇日に岡本工務店に到達した内容証明郵便をもって、本件土地建物についての順位一番の共同根抵当権実行の通知をした。大蔵省(水戸税務署)は、同年二月九日、本件土地建物を差し押さえ、同日その旨の差押登記がされた。次いで、抗告人は、同年三月一六日、本件土地建物につき右共同根抵当権に基づき水戸地方裁判所に競売の申立て(同裁判所平成七年(ケ)第五五号)をし、同裁判所は同月一七日不動産競売開始決定をし、同月二〇日差押えの登記がされた。

(五)  岡本工務店は、平成六年一一月頃、中孝弘に対し、本件建物の請負工事残代金の支払が遅滞しているとして、本件建物の明渡を要求したため、中孝弘は、その頃、岡本工務店に対し、本件建物のうち居宅部分を明け渡し、翌平成七年二月、同工務店に対し、本件建物のうち店舗部分を明け渡した。岡本工務店は、中孝弘から本件建物の明渡を受けた後、店舗出入口の脇に留置権に基づき管理中である旨の看板を立て、店舗部分を倉庫として使用し、居宅部分には同月一一日から従業員を居住させている。

右の事実によれば、岡本工務店は、中孝弘から請負残代金の支払いを受けないまま、平成三年五月頃、中孝弘に対し、本件建物を引き渡し、以降、中孝弘が三年六か月もの間、本件建物を居宅兼店舗として占有使用してきたものであるから、岡本工務店は、本件建物の占有を喪失した平成三年五月頃、本件建物についての留置権を放棄し、同工務店の留置権は消滅したものと認めるのが相当である。

また、岡本工務店は、本件土地建物についての自己の抵当権が抗告人の根抵当権に劣後し、抵当権の実行によっては中孝弘に対する請負工事残代金の回収が図れないことから、平成六年一一月頃から翌平成七年二月までの間、本件土地建物に対する抗告人の根抵当権実行の通知及び大蔵省(水戸税務署)と抗告人の各差押登記がされた前後にわたり、右請負代金債権を回収する手段として、中孝弘に要請して留置権の行使に名を借りて本件建物の占有を回復したものであって、その占有は、先順位の抗告人の根抵当権の優先弁済効を不当に妨げるものであり、正常な用益を目的とするものとはいえず、占有権原(留置権)の保護を受けるべき正当な利益を有しない。

したがって、原決定が本件建物につき岡本工務店の留置権を認め、その被担保債権一六一〇万〇七七七円に相当する価格の減額をして本件建物の最低売却価額を〇円と定め、右価額では手続費用及び差押債権者(抗告人)の債権に優先する債権を弁済して剰余を生ずる見込みがないとして、本件建物に対する競売の手続を取り消したのは、違法である。

2  次に、記録によれば、抗告人は、本件土地建物につき順位一番の共同の根抵当権者として、本件土地建物に対し、共同根抵当権の実行として競売の申立てをしたこと、仮に岡本工務店の留置権が存在するとしても、本件土地建物の一括売却を前提とした評価額は九四五万円(留置権を認めない場合の評価額は二四七三万四〇〇〇円)であり、この価額によれば手続費用約四四万円及び差押債権者(抗告人)の債権に優先する債権(水戸税務署の交付要求に係る法定納期限平成三年四月一日の所得税約五〇万円)を弁済して剰余を生ずる見込みがあることが認められる。

ところで、差し押さえられた不動産が複数ある場合において、剰余の有無は、各不動産ごとに判断するのが原則であるが、複数の不動産が共同の担保の目的とされ、かつ、同時に執行の目的とされている場合には、複数の目的不動産を合わせて剰余の有無を判断すればよく、その一つの不動産がたとえ無剰余であったとしても、複数の不動産全体で剰余を生じ弁済を受けられるのであれば、無剰余に当たらないというべきである。とりわけ、本件土地建物のように土地とその地上建物という関係があり、利用上の牽連性のある複数の不動産が共同の担保の目的とされ、共同担保権実行の申立てがされた場合において、土地又は地上建物を個別売却すると無剰余になるとしても、土地及び地上建物を一括売却すれば剰余を生ずるときは、一括売却を実施するのが相当である。そうすると、原決定が、本件土地建物を一括売却すれば剰余を生ずる見込みがあるのに、本件建物のみを個別売却すると無剰余になるとして、本件建物に対する競売の手続を取り消したのは、不当である。

三  よって、本件抗告は理由があるから、原決定を取り消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官永井紀昭 裁判官小野剛 裁判官山本博)

別紙物件目録<省略>

別紙抗告理由書

頭書事件に関する抗告人の抗告理由は次のとおりである。

一 留置権の不成立

執行裁判所は、競売取消決定にかかる建物(以下「本件建物」という。)について、抗告外有限会社岡本工務店(以下「岡本工務店」という。)の留置権が成立するものと認定し、結果本件建物については無剰余であると判断しているが、本件建物について留置権は成立することはなく、原決定は留置権の成否に関する法律上の解釈を誤っており違法である。

1 建物引渡による留置権放棄

(1) 本件競売事件における、現況調査報告書によれば、岡本工務店は本件建物の建築を行い、平成三年五月ころ本件建物を抗告外中孝弘(以下「中」という。)に引渡し、中は本件建物に居住さらに店舗部分で喫茶店を営業していたとのことである。

そして、その後、岡本工務店は本件建物を再度占有するに至っている。

(2) 留置権は、目的物の占有を内容とする権利であり、本件建物建築後引渡しまでの間は岡本工務店に留置権が成立していたとしても、平成三年五月には中に確定的に引渡しを行っているのであるから、その時点で岡本工務店は留置権を放棄していることは明らかである。

(3) このように、岡本工務店は本件建物を引渡すことにより留置権を放棄しているのであるが、再度本件建物を占有したとしても留置権を再取得することはありえないというべきである。

留置権の成否の判断にあたっては、その制度趣旨である公平の原則に基づいて判断されるべきであるが、本件のようにいったん留置権を確定的に放棄し、中の支払困難な状況となるやいなや本件建物を占有したような場合には、留置権の再取得を認めることは公平にもとるものといわなければならない。

一般に留置権は差押後成立したものであっても、買受人に対抗できるものとされ、不動産競売における執行妨害に利用され抵当権者に重大な脅威を与えているのであり、留置権に関しては真に保護すべきもののみ限定的に成立を認めるものとされるべきである。

したがって、いったん留置権を確定的に放棄している以上、抜け駆け的に本件建物を占有したとしても、留置権という強力な権利を与えてまで岡本工務店を保護する必要はないのである。

2 不法行為に基づく占有または執行妨害目的による占有

(1) 現況調査報告書によれば、中は岡本工務店に対し本件建物を任意に引き渡した旨の記載があるが、岡本工務店は現況調査報告書添付の写真にあるように看板を設置し、最低競売価格の下落を意図していることは明らかであり、本件建物の占有が平穏に行われたとは到底言えない。

(2) したがって、岡本工務店の占有は不法行為により始まり、執行妨害目的を有していることは明らかであって、留置権は成立しない。

3 被担保債権の消滅

(1) 本件競売事件の請求債権の一部は、本件建物の建築資金として融資されたものであって、請負代金未払いとの岡本工務店の主張は到底信用できない。

(2) また、岡本工務店の主張によれば、請負代金未払いのまま中に本件建物を引き渡したことになり、岡本工務店の主張自体不自然不合理であることは明らかである。

二 無剰余判断の方法

執行裁判所は、無剰余判断の方法として、本件建物の個別判断を先行させ、その結果本件建物は無剰余であると判断している。

しかしながら、本件のように、土地及び建物に共同抵当が設定され、ともに競売に付された場合においては、建物自体無剰余であったとしても土地及び建物の総合評価の上剰余があれば建物についてのみ競売を取り消すことは許されないというべきである。

共同抵当を設定した抵当権者は、土地及び建物全体を総合評価の上抵当権を設定しているのであって、建物についてのみ競売を取り消すことは抵当権者の予期に反し、不測の損害を与えることになるからである。

また、無剰余取消は無益執行を妨害する観点からなされるものであるが、土地及び建物を総合評価の上全体的に剰余があれば無益執行とはいえないのである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例