東京高等裁判所 平成9年(ラ)1731号 決定 1997年11月05日
抗告人
島田恵司
相手方(買受人)
株式会社エー・アール・マネジメント
右代表者代表取締役
吉田道生
右代理人弁護士
大貫憲介
同
水野英樹
主文
一 本件執行抗告を棄却する。
二 抗告費用は、抗告人の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨
原決定を取消し、相手方(買受人)の本件引渡命令を却下する旨の裁判を求める。
二 抗告理由の要旨
抗告人は、本件競売事件(千葉地方裁判所平成八年(ケ)第一〇一〇号)の競売開始決定による差押登記の前である平成八年八月一日、当時の所有者である今井久夫との間で本件建物につき、期間三年の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、右賃借権に基づき右建物を占有していたものであるが、平成八年一〇月三一日ころ、今井から本件賃貸借契約上の貸主を田中舘和夫にしてほしいと頼まれて、以後同人との間で新たに賃貸借契約を締結し、同人に賃料を支払うこととしたものである。しかし、抗告人は、同人との賃貸借契約を取り消したので、民法五一七条により今井との本件賃貸借契約が復活した。したがって、抗告人は、民事執行法一八八条で準用する同法八三条一項所定の「買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者」に該当し、本件建物につき抗告人に引渡しを命ずることは許されない。
また、抗告人は同条三項所定の「債務者以外の占有者」に該当するのに、執行裁判所は抗告人を審尋することなく本件引渡命令を発したものであり、本件引渡命令はその点でも違法である。
三 当裁判所の判断
1 本件記録によれば、田中舘は、今井に対して一二〇〇万円の債権を有していた者であるところ、平成五年一二月一四日本件建物につき仮差押登記を経由したうえ、平成八年四月四日、本件建物につき、今井との間で賃料月額八五〇〇円、期間三年、譲渡、転貸できるとの特約付きの賃貸借契約を締結し、平成八年四月一六日付けで賃借権設定仮登記を経由していること、今井は、同年八月抗告人との間で、本件建物につき、期間二年、賃料月額一六万円とする賃貸借契約を締結し、以後、抗告人は今井に対し、所定の賃料を支払っていたこと、今井は、同年一一月抗告人に対し、本件建物を田中舘を経由して貸すことにすることを申し入れ、抗告人もこれを承諾して、抗告人は同年七月二五日に遡って、田中舘から本件建物を転借した形式をとり、以降同人に対し、所定の賃料を支払っていること、抗告人は、同年一二月一七日の本件建物の現況調査の際、執行官に対し、田中舘との間で同年七月二五日、賃料月額一六万円、期間二年、譲渡、転貸できるとの特約付きで建物賃貸借契約を締結し、同年八月一日から本件建物に居住を開始した旨を述べたこと、また、抗告人は、その以前から今井との間でも直接賃貸借契約を締結し、契約書を作成したが、これを破棄したと説明したこと(もっとも、破棄されたはずの契約書が抗告審において抗告人から資料として提出されている事実は、そもそも抗告人と今井との間の賃貸借契約が真に成立したものであるかにも疑いを抱かせるものであるが、その点は一応措くとする。)が認められる。
右事実によれば、田中舘は、今井に対する前記貸金の弁済に充てるため、同人との間で本件建物の賃貸借契約を締結したものであり、抗告人は、当初は今井との間で賃貸借契約を締結したものの、今井及び田中舘との間において平成八年一一月ころ、三者間で成立した更改契約、又は、抗告人と今井との間の賃貸借契約を解約し、今井と田中舘との間で結ばれた賃貸借契約及び田中舘と抗告人との間で結ばれた転貸借契約により本件建物の転借人として本件建物を占有しているものと解される。
2 ところで、金銭債権の回収を目的とする不動産の賃借権は、担保法体系の秩序を乱す不当なものである等の理由から、それが形式的に短期賃貸借の要件を充たすものであっても、民事執行法一八八条で準用する同法八三条一項但し書の「買受人に対抗することができる権原」に当らないものというべきであり、したがって、右賃借権者との間で更に不動産の転貸借契約を締結し、その転借権により不動産を占有する者も、右規定にいう「買受人に対抗することができる権原により占有していると認められる者」には該当せず、引渡命令の相手方となるものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、右1によれば、田中舘の本件建物に対する賃借権は、今井に対する貸金の回収を目的とするものであると解することができるから、田中舘から本件建物を転借している抗告人は、本件引渡命令の相手方となるといわなければならない。
3 この点につき、抗告人は、民法五一七条に依拠して、田中舘との間の本件建物転貸借契約を取り消した結果、抗告人と今井との間の当初の賃貸借契約が復活する旨を主張するが、右1の末尾に掲げた契約の変更が更改契約であることを前提としても、右取消しにつき具体的取消原因の主張がなく、また、これを認めるに足りる資料もないから、抗告人の右主張は失当である。
4 なお、民事執行法八三条三項によれば、「事件の記録上その者が買受人に対抗することができる権原により占有しているものでないことが明らかであるとき」は、その者を審尋することなく引渡命令を発することができるのであり、前記1ないし3によれば、抗告人がこれに該当することは明らかであるから、執行裁判所が無審尋で本件引渡命令を発した措置に何ら違法はない。したがって、この点に関する抗告人の主張も理由がない。
四 結論
よって、本件執行抗告を棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官柳田幸三 裁判官小磯武男)