大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(ラ)1908号 決定 1997年12月26日

抗告人 有限会社甲野水産

右代表者代表取締役 甲野太郎

主文

一  本件執行抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件執行抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。売却を不許可とする。」との裁判を求めるものと解することができ、その理由は、別紙執行抗告(理由書)写しの「理由」欄記載のとおりである。

二1  本件記録によると、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件建物は、鉄筋鉄骨コンクリート造陸屋根九階事務所であり、平成七年七月二〇日から同年八月一〇日までの間にされた現況調査の際には、本件建物全体を債務者である株式会社エヌ・ケイ・ケイ(以下「エヌ・ケイ・ケイ」という。その代表取締役は本件の債権者である甲野太郎であり、同人は本件建物の所有者である抗告人の代表取締役でもある。)が賃借しており、本件建物の各階にはそれぞれエヌ・ケイ・ケイからの転借人又は転々借人と称する者がおり、四階部分は空室状態であったが他はいずれも占有者がいたこと。

(二)  評価人は、平成七年八月一〇日に行った現地調査に基づき、同年一二月二八日付けで評価書を提出したが、その中では右の占有状況を前提とした上、エヌ・ケイ・ケイの賃借権を否定し、二階、五階、六階、七階の各占有者には買受人に対抗できる賃借権があり、その他の各階の占有者には買受人に対抗できる賃借権がないとして、買受人が本件建物の占有を取得するための時間的経済的事情を考慮して本件建物の価額を評定していたこと。

(三)  執行裁判所は、平成九年五月二一日、評価人の右評価に基づき、本件建物の最低売却価額を五億三四七三万円と決定し、その敷地(最低売却価額・八三二四万円)と一括して売却する旨決定したこと。

(四)  また、執行裁判所は、右同日、本件建物の物件明細書を作成し、それには、本件建物の二階、五階、六階、七階については売却により効力を失わない賃借権があり、賃貸期限後の更新は買受人に対抗できる旨記載されていたこと。

(五)  入札期間を平成九年七月三〇日から同年八月六日とする期間入札においては入札者が一名あり、その者が最高価買受申出人となったが、その価額は、敷地とあわせて六億二八一〇万円であったこと。

2  ところで、抗告人は、本件建物の五階部分の賃貸借契約は現況調査前の平成七年六月七日に解約されていた旨主張し、本件記録によると、五階部分は現況調査後である同年九月三〇日に賃借人からエヌ・ケイ・ケイに明け渡されていたことが認められる。

そうすると、執行裁判所の右最低売却価額の決定には誤りがあったことになるが、評価人の右評定は、本件建物の敷地の価額を平成七年一月一日の公示地価格(一平方メートル当たり二八八万円)を用いて行われるところ、評価人の補充意見書(平成九年九月一二日付け)によると平成九年一月一日の公示地価格は一平方メートル当たり一六九万円に下落しており、それを用いて平成九年五月二一日の時点で五階に前記賃借権がないとした場合の本件建物の価額を求めると、約四億五〇〇〇万円となり、前示の最低売却価額五億三四七三万円を大きく下回ることになる(なお、現時点において再度評定を行っても、本件建物の価額が右最低売却価額以上になる見込みはない。)。

したがって、本件建物の最低売却価額は、事実と異なる占有状態を前提としたため低く定められたものと認められるが、他方で、より合理的に評定すれば価額を低下させる事由があったにもかかわらず、それを考慮しなかったために、結果的には本来定められるべきであった最低売却価額を大きく上回るものとなっているものと認められる。

ところで、抗告人は、本件建物の所有者であるから、最低売却価額が低く定められたことに対してその違法を主張する利益を有するが、右に判示したように、定められた最低売却価額が本来定められるべき額よりも高額であると認められる場合には、その違法を主張する利益を有していないというべきである。

したがって、抗告人との関係では、執行裁判所による本件建物の最低売却価額の決定に実質的違法はないというべきであり、右の点をもって本件売却許可決定に取消事由があるとすることはできない。

3  なお、本件においては、前示のように物件明細書にも本件建物の五階に賃借権がある旨の誤った記載がある。しかし、本件建物は、九階建ての事務所であり、その各階は商店又は事務所として賃貸されていたものである。そして、五階部分の賃借権がなくとも二階、六階、七階には賃借権があったのであるから、右の記載の差異は、本件建物の価額についてある程度の評価の差を生じさせるものではあるが、五階に賃借権がないという前提であれば本件建物に対する需要が大きく異なっていたとはいえない。

そうすると、現時点において再度競売するとなると、前示のように最低売却価額が大きく低下する上、本件建物に対しその低下分を補填するだけの新たな需要が生ずるとは認められないから、本件のような額での入札は期待できないといわざるを得ない。

したがって、本件建物の所有者である抗告人は、物件明細書の右違法を主張する利益を有していないというべきであり、右の点をもって本件売却許可決定の取消事由とすることはできない。

三  右二において判示したとおり、抗告人が抗告の理由として主張する点は本件売却許可決定の取消事由とはならず、また、本件記録を検討するも、他に、原決定に事実の誤認又は法令適用の誤りがあるとすべき事情を認めることはできない。

四  よって、本件執行抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民事執行法二〇条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 新村正人 裁判官 岡久幸治 裁判官 北澤章功)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例