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東京高等裁判所 平成9年(ラ)1996号 決定 1998年11月27日

抗告人

株式会社さくら銀行

右代表者代表取締役

岡田明重

右代理人弁護士

小川信明

友野喜一

鯉沼聡

右三名復代理人弁護士

髙橋秀一

主文

原決定を取り消す。

理由

一  本件執行抗告の趣旨は主文同旨の裁判を求めるものであり、その理由は別紙執行抗告の理由書記載のとおりである。

二  本件記録によると次の事実が認められる。

1  抗告人(合併前の当時の商号「株式会社三井銀行」)は、昭和六二年五月二六日、株式会社ハタリュー(当時の商号は畑龍不動産株式会社、以下「ハタリュー」という。)所有の別紙物件目録記載一ないし五の土地及び同記載六の建物(以下右土地、建物をそれぞれ「本件一土地」等という。)等につき、ハタリューを債務者とする極度額三九億円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)の設定を受け、昭和六二年六月三日、その旨の登記手続をした。

2  ハタリューは、平成三年二月ころ本件四、五土地のほぼ全部の上に本件七建物を建築することを計画し、同月一九日、西松建設株式会社(以下「西松建設」という。)との間で建築工事請負契約を締結した。建築請負代金総額は三億九七五八万円であり、契約成立の時に三九八八万円、上棟の時に七九五〇万円をそれぞれ現金で支払い、完成の時に一億五九〇〇万円を現金で、一億一九二〇万円を期日九〇日の約束手形で支払うことになっていた(以下「本件請負契約」という。)。そしてハタリューは、右契約成立のころ西松建設に対し三九八八万円を支払った。

西松建設は、そのころ建築に着工し、平成三年九月ころには、地下一階付六階建の建物の外形をほぼ完成させた。その工事内容は、建物の天井、囲壁、各階の床、階段はほぼ完成しており、ただ一階と六階の鉄柱と各階の天井の化粧板工事及び外装吹付が未施工の状態というものであった。

3  ハタリューは、平成三年九月九日、東京地方裁判所において破産宣告を受け(同庁平成三年(フ)第一三二一号事件、以下「本件破産事件」という。)、同月一七日、本件一ないし五土地及び本件六建物について破産登記が経由された。

4  西松建設は、平成三年一〇月八日、本件破産事件につき本件請負契約ほか一件の工事請負代金債権の届出をするとともに、同社が本件四、五土地ほか四筆の土地を占有し、これらの各土地について商法五二一条所定の留置権(以下「商事留置権」という。)を有する旨の届けをした。

5  また西松建設は、ハタリューの破産宣告後、本件七建物の建築工事を中止し、万能板で本件七建物を囲み、施錠し、施工業者が西松建設であるとの表示をし、これにより本件七建物の敷地である本件四、五土地のほぼ全部を右万能板等で囲む状況となった。

6  本件破産事件の平成四年三月一一日の債権調査期日において、西松建設が届け出た本件請負契約に基づく債権のうち破産宣告後の遅延損害金八二九万五八〇一円について劣後債権であるとして異議が述べられたものの、残額合計二億九一二八万九二三〇円が異議なく確定し、なお商事留置権も認められた。

また本件破産事件の破産管財人は、平成七年一二月一二日、本件四、五土地につき固定資産税等の支払が多額となることから破産財団から権利を放棄し、同月一四日その旨の登記が経由された。

7  抗告人は、平成八年五月一〇日、本件根抵当権に基づき、本件一ないし五土地及び本件六建物につき競売を申し立て、同月一四日、競売開始決定がされ(なおその所有者については本件一ないし三土地及び本件六建物は破産管財人とされたが、本件四、五土地はハタリュー(特別代理人が選任された。)とされた。)、同月一五日、差押登記が経由された。

8  本件における評価人は、執行裁判所の評価命令を受け、平成九年二月一四日に現地を見分する等調査をした上、同年四月八日、執行裁判所に対し評価書を提出した(以下「本件評価」という。)。

本件評価によると、本件四、五土地については、地上に前記のような状況となっている本件七建物が建築されていることから地上建物の有する場所的利益を一五パーセント減価する必要があり、これによるとその評価額は合計二億一〇三〇万円(本件四土地九三四七万円、本件五土地一億一六八三万円)であるとされた。

9  執行裁判所は、平成九年七月三一日本件評価に基づき本件四、五土地の最低売却価額を各零円と定め、同日、右金額及び手続費用(見込額)八〇〇万円を前提に、右土地の競売につき、剰余の見込みがないとして抗告人等利害関係人に対し民事執行法一八八条、六三条一項の通知をした。

しかし、抗告人が法定の期間内に民事執行法一八八条、六三条二項の申出、保証の提供をしなかったため、執行裁判所は、平成九年九月九日、本件四、五土地に対する競売の手続を取り消すとの決定(原決定)をした。

三  まず、本件七建物の所有権につき判断する。前記認定の事実によると、本件七建物は、一階と六階の鉄柱と各階の天井の化粧板工事及び外装吹付が未施工ではあるが、建物の天井、囲壁、各階の床、階段はほぼ完成した状況になっていることが認められ、したがって、その敷地である本件四、五土地とは別個に所有権が成立しているものと解される。

ところで、前記のとおり西松建設が本件請負契約に基づく工事代金債権等の届出をし、破産管財人が劣後債権を除いてこの債権を認めていることからすると、破産宣告後右届出に先立って破産管財人又は西松建設が民法六四二条に基づき本件請負契約を解除したものと認められる(記録上明らかではないが、少なくとも黙示的に解除されたと認めるべきである。)。そして、これにより請負人である西松建設は報酬等の債権を有することになり、他方前記のような状況となっている本件七建物は本件請負契約に基づく仕事の結果として破産財団に帰属することになった。

また、前記のとおり本件七建物の敷地である本件四、五土地は(破産財団を離れ、破産会社であるハタリューのいわゆる自由財産となったことが認められる。

四  次に西松建設の商事留置権について検討するに、西松建設は、本件請負契約に基づく二億九一二八万九二三〇円の報酬等の債権を有している一方、前記のとおり本件請負契約に基づいて本件七建物を占有しているので、同建物について商事留置権を取得したものと認められる(なお、商法五二一条は、商事留置権の成立する「債務者所有の物」を動産に限定していないから、不動産である本件七建物にも商事留置権が成立するものと解する。)。

また、その敷地である本件四、五土地についてみると、前記のような西松建設の占有の態様は商法五二一条所定の占有と評価することができ、商事留置権の成立にはいわゆる物と債権との牽連性を必要としないから、西松建設は同土地についても商事留置権を取得したと認めることができる。

五  ところが、ハタリューが破産宣告を受けたため、破産法九三条一項の規定により右各商事留置権は破産財団に対して特別の先取特権とみなされることとなった(右各商事留置権の成立の時期は、前記解除の意思表示により西松建設が本件請負契約に基づく報酬等の請求権を取得した時期と解されるが、その前にハタリューが破産宣告を受けているため、その成立と同時に右のように特別の先取特権とみなされることになったと解すべきであろう。)。

もっとも、その結果として商事留置権者の目的物件に対する留置権能が失われるか否かについては、破産宣告によって商事留置権者の留置機能を消滅させる旨の明文の規定はなく、破産法九三条一項の文言も当然には商事留置権者の有していた留置機能を消滅させることを意味するものとは解されないことから、さらに検討を要するものと考えられる。しかし、同条の趣旨は、商事留置権を特別の先取特権(破産法九二条により別除権とされる。)とみなすことにより、商事留置権の担保的機能を維持しつつ破産管財人による当該物件の管理及び換価を容易ならしめ、もって破産手続の円滑な遂行を図ることにあり、また商事留置権者が法律で定められた方法により特別の先取特権を実行するについては、特に目的物を留置している必要はないことからすれば、破産宣告後において商事留置権者が当該物件を留置していなければならない合理的理由はなく、したがって、原則として破産宣告により商事留置権者の目的物に対する留置権能及び使用収益機能は失われると解するのが相当である。この場合でも、商事留置権が特別の先取特権とみなされた結果として特別の先取特権自体の実行が困難となることまで法が予定しているものとは考えられないから、破産法九三条一項の規定は、商事留置権者が法律に定める方法によらずして目的物を処分する権限を有する場合に、その目的の範囲内で目的物を留置し続けることまで否定する趣旨ではないと解される(最高裁判所平成七年(オ)第二六四号平成一〇年七月一四日第三小法廷判決・裁判所時報一二二三号参照)が、この場合であっても、破産裁判所は、破産管財人の申立てにより特別の先取特権者が目的物を処分すべき期間を定めることができる(同法二〇四条)。

なお、本件四、五土地については、その後破産財団から権利放棄されハタリューの自由財産となったことから、これにより商事留置権が回復するか否かが問題となる。前記のとおり、破産法九三条一項により商事留置権が特別の先取特権とみなされた結果、商事留置権者は、破産手続によらずして、商事留置権が転化した特別の先取特権を行使できる(破産法九五条、民事執行法一八一条)ほか、その行使により弁済を受けることができない債権額については、所定の要件のもとに破産債権を行使することができるのである。このように右特別の先取特権の実行開始あるいは破産における中間配当等により、またほかの先取特権者との関係で新たな権利関係が形成された後になって、破産財団からの権利放棄により商事留置権が回復し、それまで先取特権であることを前提として形成された権利関係が覆滅するとしたのでは、破産手続上の手続及び権利関係を不安定なものとするばかりか破産手続の遂行にも支障を生じる結果となる。したがって、商事留置権が特別の先取特権とみなされた後に目的物件が破産財団から権利放棄されたとしても、商事留置権が回復することはないというべきである。のみならず、破産財団からの権利放棄により商事留置権が回復し、商事留置権者が商事留置権を享有するほか破産手続において被担保債権の全額について破産債権を行使できるとすることは、商事留置権者を不当に利する結果となる。

六  そこで、本件四、五土地について西松建設の特別の先取特権と本件根抵当権との優劣の関係についてさらに検討する。

まず留置権については、一般には留置権者はすべての者に対抗できるとされ、したがって抵当権の実行としての競売においては買受人がこれを引き受けるものと解されている。しかし、民事留置権の場合には、たとえば不動産の保存及び工事に関する先取特権は所定の登記を経由することにより先に設定登記された抵当権に優先するとされている(民法三三七条ないし三三九条)ことに象徴されるように、その物に関して生じた債権を担保するという点において他の担保権に対する優先権を容認する実質的根拠を有するのに対し、被担保債権と目的物との牽連性が要求されない商事留置権の場合には、ほかの担保権に優先すべき実質的理由は見あたらず、しかも、商法が不動産について商事留置権の成立を否定していないと解される結果、登記を対抗要件とする抵当権と占有を成立及び対抗要件とする商事留置権とが同一不動産について重複して成立し得ることとなり、相互の優劣関係について深刻な問題を生じる結果となっている。

右同様の問題は商事留置権から転化して留置権能を失った特別の先取特権と抵当権との関係についても生じるが、前記破産法九三条一項は、右特別の先取特権が他の特別の先取特権に後れる旨規定するだけで、抵当権との関係については何ら触れておらず、いずれを優先させるべきかを明示した法律上の規定もない。しかし、前記のとおり商事留置権をほかの担保物権に優先させるべき実質的理由が見あたらず、商事留置権から転化した特別の先取特権についても同様である上、商事留置権から転化した特別の先取特権も法定の担保物権であることに照らせば、この特別の先取特権とほかの担保物権との優劣の関係は、公示制度と、対抗要件の具備により権利の保護と取引の安定を調和させるとする担保物件の法理により解決すべきである。

以上のとおりであるから、商事留置権から転化した特別の先取特権と抵当権との優劣関係は、物権相互の優劣関係を律する対抗関係として処理すべきであり、特別の先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由された時との先後によって決すべきである。そうすると、本件四、五土地について西松建設の商事留置権が成立したのは、前記のとおりハタリューについて破産宣告がされた後のことであり、昭和六二年六月三日の本件根抵当権設定登記に後れるから、右各土地の最低売却価額を定めるに当たっては右商事留置権を考慮せず本件評価に基づく評価額合計二億一〇三〇万円(本件四土地九三四七万円、本件五土地一億一六八三万円)とするのが相当であり、これによると、見込まれる前記手続費用を考慮しても剰余を生ずる見込みがないとはいえない。

七  よって、右と異なる原決定は失当であって本件執行抗告は理由があるから原決定を取り消し、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官岡久幸治 裁判官宮岡章)

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