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東京高等裁判所 平成9年(ラ)2130号 決定 1998年7月07日

抗告人(被告)

青梅市

右代表者市長

田辺栄吉

抗告人(被告)

野崎正巳

外四名

抗告人

青梅市議会

右代表者議長

川杉清太郎

右七名代理人弁護士

橋本勇

三木浩一

相手方(原告)

関根初恵

右代理人弁護士

鈴木亜英

山本哲子

長尾宜行

土橋実

尾林芳匡

三村伸之

加藤健次

吉村清人

主文

原決定を次のとおり変更する。

一  抗告人青梅市は、青梅市議会が平成三年一〇月一八日設置した「教育行政事務の調査に関する特別委員会」の平成五年二月一日に開催された第一〇回特別委員会の会議要録のうち、相手方(参考人)に対する意見聴取に関する部分を提出せよ。

二  相手方のその余の申立てを却下する。

理由

第一  抗告の趣旨及び当事者の主張

一  抗告の趣旨

1  原決定の第一項を取り消す。

2  抗告人青梅市議会が平成三年一〇月一八日設置した「教育行政事務の調査に関する特別委員会」の会議要録(同委員会に出頭した参考人等の尋問速記録を含む。)についての相手方の文書提出命令の申立てを却下する。

二  当事者の主張

抗告人らの抗告の理由の要旨は別紙一記載のとおりであり、相手方の反論の要旨は別紙二記載のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  本件訴訟及び文書提出命令の経過

記録によると、次の経過が明らかである。

1  相手方は、平成八年七月二四日、抗告人青梅市議会を除く抗告人らを被告として、損害賠償請求訴訟を提起した。その請求原因は、明確でないところもあるが、要するに、① 抗告人野崎正巳ら五名の議員(以下「抗告人野崎ら五名」という。)は、通学費補助の運動に協力した藤野ひろえ議員を吊し上げ、住民運動を攻撃するという党利党略のために、青梅市議会に「教育行政事務の調査に関する特別委員会」(以下「本件特別委員会」という。)を設置した、② 相手方は、本件特別委員会に参考人として出頭を求められ、抗告人野崎、同井村、同久保らから受けた質疑により、相手方の請願権、表現の自由、名誉・プライバシーを含む人格権や思想良心の自由などを侵害された、③ 抗告人青梅市ないし抗告人青梅市議会は、本件特別委員会の調査の結果と異なる事実を「市議会だより」に掲載し、これを領布した、などとして、抗告人青梅市に対し国家賠償法により、抗告人野崎ら五名に対し民法(不法行為)により、それぞれ損害賠償を求めるものである。

2  相手方は、平成九年六月二三日、文書の所持者を「青梅市 担当機関 青梅市議会議長」として、本件文書提出を申し立てたところ、原審裁判所は、青梅市議会議長を審尋した上、平成九年一〇月八日、青梅市議会に対し、本件特別委員会の会議要録全部の提出を命じた。

二  本件特別委員会及びその会議要録

1(一)  普通地方公共団体の議会は、条例で特別委員会を置くことができる(地方自治法一一〇条一項)。特別委員会は、当該普通地方公共団体の事務に関する調査のため必要があると認めるときは、参考人の出頭を求め、その意見を聴くことができる(同条四項、一〇九条五項)。

また、青梅市議会委員会条例(昭和四五年条例第四〇号。以下「委員会条例」という。)は、「特別委員会は、必要がある場合において議会の議決で置く。」(六条一項)とし、委員は、出席した参考人に対して質疑をすることができる(二九条三項、二七条一項)としている。

(二)  記録によると、次の事実が認められる。

抗告人青梅市議会(本会議)は、平成三年一〇月一八日、本件特別委員会の設置を議決し、委員として抗告人野崎ら五名を含む八名を選任し、抗告人野崎が委員長に選任された。本件特別委員会は平成五年三月一五日までに合計一三回開催され、同月一八日、本件特別委員会委員長の抗告人野崎は、青梅市議会議長に対し、調査報告書を提出した。

そして、その間の平成五年二月一日に開催された第一〇回特別委員会において、参考人として出席した相手方に対する意見聴取(質疑)が行われた。

2  委員会に関し必要な事項は、地方自治法一〇九条ないし一一〇条に定めるものを除くほか、条例で定める(地方自治法一一一条)とされているところ、青梅市議会の委員会の記録について、委員会条例三〇条一項は「委員長は、職員をして会議の概要、出席委員の氏名等必要な事項を記載した記録を作成させ、これに署名または押印しなければならない。」とし、同条二項は「前項の記録は、議長が保管する。」と定めている。

また、「青梅市議会申し合せ事項」(平成四年二月二六日議会運営委員会決定)は、「委員会……の会議録閲覧は、議員及び市職員に限って許可するものとする。」としている。

三  本件特別委員会の会議要録の所持者

1  文書の提出義務を負う者は、文書の「所持者」である(民事訴訟法二二〇条)。右の文書の「所持者」とは、文書の「保管者」と同義ではなく、原則として、権利義務の主体たる人又は法人を指すと解される。このことは、裁判所は、文書提出命令に従わない者が当事者であれば、当該文書の記載に関する相手方の主張を真実と認めることができる(同法二二四条一項)し、それが第三者であれば過料に処する(同法二二五条)こと等によっても明らかである。したがって、国又は地方公共団体を当事者とする民事訴訟あるいは国家賠償請求訴訟においても、原則として、権利義務の主体である国又は地方公共団体を文書の「所持者」とすべきであって、当該文書を保管する内部機関を「所持者」とすべきではない(もっとも、抗告訴訟のように行政庁が訴訟の当事者となる場合には、別個の考慮を必要とすることがあり得よう。)。

2  そうすると、本件特別委員会の会議要録は、青梅市議会議長が保管すべきものとされているが、文書の提出義務を負う文書の所持者は、抗告人青梅市とすべきであって、抗告人青梅市議会あるいは青梅市議会議長とすべきではない。

抗告人らは、原決定が抗告人青梅市議会を本件特別委員会の会議要録の所持者と認め、かつ、これを訴訟の第三者であるとして文書提出命令を発したことにつき、文書の所持者が第三者であり、かつ、官公署であるときは、文書送付嘱託によって文書の提出を求めるべきであって、文書提出命令の申立てをすることができないと主張するが、右の主張自体説得力のあるものといえるか疑問である上、本件特別委員会の会議要録の所持者は、右にみたように抗告人青梅市であるから、抗告人らの右主張はその前提を欠き、いずれにしても採用することができない。

四  文書提出義務の有無

1  法律関係文書(民事訴訟法二二〇条三号後段)の該当性について

(一) 民事訴訟法二二〇条三号後段の「文書が……挙証者と文書の所持者との間の法律関係について作成されたとき」とは、当該法律関係そのものを記載した文書に限らず、当該法律関係の構成要件事実の全部又は一部を記載した文書をも含むものと解するのが相当である。

(二) 本件の場合、相手方の主張する前記一、1記載の法律関係は明確性を欠くところもあるが、このうち①、③記載の事実は、そもそも本件全証拠によっても直ちに相手方自身の権利利益を侵害するものということはできず、本案訴訟の証拠調べにより証明すべき事実ということはできない(ちなみに、本件文書提出命令申立書の「三証すべき事実」欄には「本件百条委員会の調査活動の違法性」と記載されている。)から、抗告人らが文書を提出する義務があるということも文書を取り調べる必要があるということもできない。しかし、そのうち②記載の事実は、これと本件の本案の事件記録に現れた事実関係を併せ考えると、相手方が抗告人青梅市に対し国家賠償請求権を取得したことを主張する点において、相手方(挙証者)と抗告人青梅市(文書の所持者)との間の法律関係に該当すると解すべきものである。そうすると、本件特別委員会の平成五年二月一日に開催された第一〇回特別委員会の会議要録のうち相手方に対する参考人の意見聴取を記載した部分は、前記法律関係について作成された文書であるということができるが、その余の部分は右の法律関係について作成された文書であるということはできない(この判断は、右の部分が民事訴訟法二二〇条三号前段にいわゆる利益文書に該当するかどうかについて認定判断を加えても、左右されない。)。

2  内部文書の該当性

(一) 抗告人らは、青梅市議会の委員会は原則として非公開であり、その会議要録を公開すべきものではないから、本件特別委員会の会議要録も抗告人らが提出義務を負わない内部文書あるいは自己使用のための文書であると主張する。

(二)(1) 民事訴訟法二二〇条三号には、「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」(同条四号ハ参照)について文書提出義務を負わない旨の規定は置かれていないが、いわゆる利益文書ないし法律関係文書であっても、内部文書、自己使用文書に該当するものは文書提出命令の対象とならないと解するのが相当である。

(2) よって検討するに、委員会は、議会の予備的な調査又は審査機関であって最終的な意思決定機関ではないから、自由な雰囲気で十分な調査、審査が行われることが望ましい、そこで、本会議と異なり(地方自治法一一五条一項)、委員会条例一九条は、「委員会は、議員のほか、委員会の許可を得た者が傍聴することができる。」と定め(なお、前記「青梅市議会申し合わせ事項」は、「委員会の傍聴は、許可することを原則とする。」としている。)、二〇条は、「委員会は、その議決で秘密会とすることができる。」と定めて(秘密会の議事の記録は公表されない。青梅市議会会議規則一〇六条一項)、いわゆる制限公開制を採用しているが、その反面として、委員会が審査又は調査を終えたときは議長へ報告書を提出することとしている(青梅市議会会議規則一〇三条)。そして、前記二、2記載のとおり、委員会条例は、委員長は委員会の会議の概要等の記録を作成させることとしているが、委員会の議事のすべてを記録すべきものとはしておらず、また、「青梅市議会申し合わせ事項」は、委員会の会議録の閲覧は、議員及び市職員に限って許可することとされているが、これらは、通常、あえて委員会の会議要録を公開する必要がないことによるものと解される。

しかし、本件特別委員会は地方自治法一一〇条によって設置された公的な機関である上、結局秘密会とされたことはなかったし、その会議の概要等は、市議会の議決等に役立てるために法令により組織として作成、保管が義務づけられ、かつ、その利用が予定されていることにかんがみると、本件特別委員会の会議要録をもって外部に公表することを予定しない内部文書であるということも自己使用の文書であるということもできない。

五  抗告人らの弁論主義違反の主張等

抗告人らは、(1) 本件特別委員会における相手方に対する質疑応答については、抗告人(被告)らが既に自白している、(2) 相手方が抗告人野崎、同井村、同久保ら委員の故意過失及び相手方の損害等について具体的な事実を主張していないことからも明らかなように、本件文書提出命令申立ては模索的証明を行おうとするものである、したがって、本件文書提出命令を発する必要はないにもかかわらず、本件文書提出命令を発することは、相手方の主張しない事実を前提にする点及び自白の拘束力に違反する点において、弁論主義に違反すると主張する。

しかし、(1) 抗告人(被告)らが相手方の主張する質疑応答を認めたとしても、本案の審理をする裁判所が抗告人(被告)らの責任の存否、相手方の精神的損害の有無・程度を認定判断する上で、その具体的状況について審理する必要があることは見易い道理であるから、抗告人らの挙げる理由をもって本件特別委員会の会議要録の証拠調べの必要性を否定することはできない。また、(2)相手方は、故意過失及び損害等に関する事実を一応主張しているし、本件文書提出命令の申立てが模索的証明を行うものと認めるに足りる証拠はない。

その余の抗告人らの主張は、いずれもこれまでの説示と相容れないものであって、採用することができない。

六  結論

以上によれば、抗告人青梅市が、本件特別委員会の平成五年二月一日に開催された第一〇回特別委員会の会議要録のうち相手方(参考人)に対する意見聴取に関する部分の提出義務を負うことは明らかである。原決定のうち右部分を超えて会議要録の提出を命じた部分は相当でないから、取消しを免れない。なお、原決定は、右文書の所持者を第三者である青梅市議会(抗告人)としたが、さきに説示したとおり、青梅市議会は青梅市の一機関であるから、相手方の文書の所持者についての前記申立てに対応して、原決定の文書提出義務者を抗告人青梅市に更正するのが相当である。

よって、主文のとおり原決定を変更する。

(裁判長裁判官増井和男 裁判官岩井俊 裁判官髙野輝久)

別紙一 抗告理由書<省略>

別紙二 抗告人らの平成九年一一月五日付抗告理由書に対する反論等<省略>

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