東京高等裁判所 平成9年(ラ)2324号 決定 1998年1月23日
主文
一 本件執行抗告を棄却する。
二 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 抗告の趣旨
東京地方裁判所が平成九年一〇月七日にした債権差押及び転付命令申立を却下する旨の決定を取り消す。
二 本件の事案の概要及び債権者の主張の要旨は、原決定の理由一、二(原決定書一枚目一二行目から同三枚目二一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原決定書二枚目一五行目の「掲載した」を「積載した」に改め、原決定書中の各「決裁」をいずれも「決済」に改める(この点は、後記三において引用された原決定書部分についても同じである。)。)。
三 当裁判所の判断
1 動産売買の先取特権(物上代位)に基づく差押命令を発するために必要な民事執行法一九三条一項所定の「担保権を証する書面」とは、文理上、担保権の存在を証明するに足りるものであることが必要とされている上、右書面が提出されることにより、債務者の反論を待つことなく、直ちに執行が開始されるものであり、しかも、同法一八四条が担保権の不存在等により換価の効果が影響を受けない旨規定している点を考慮すれば、右書面の証明力については、担保権の存在を高度の蓋然性をもって証明することができるものであることが要求されると解するのが相当である。そして、右「担保権を証する書面」については、同法一八一条一項一号ないし三号に定められているような公文書であることを要する旨の規定はないから、債務名義に準じるような格式性は必要なく、複数の文書を総合して裁判所の自由心証によって、担保権の存在を高度の蓋然性をもって証明できる文書であれば足りるのであって、必ずしも債務者が作成に関与した文書でなければならないというものではないが、一般的には、債権者が一方的に作成した文書、債権者や第三債務者が事後的に作成した文書には、右のような証明力が認められ難く、債務者が関与して作成された文書以外の文書にそのような証明力が認められるのは、特別の場合であると考えられる。
2 抗告人は、前記のとおり主張し、甲第一号証(相手方と第三債務者間の「戊田指定取引店契約書」)、第二号証(仮差押事件における第三債務者の陳述書)、第三号証の1・2(抗告人作成の報告書)、第四号証(第三債務者が指定する納品書のサンプル)、第五号証(抗告人と相手方者間の「割り戻し金等(割り戻し金・販促協力金・その他)に関する覚書」)、第六号証(枝番省略)(平成八年八月付けでチェーン加盟店に商品が納品されたことを示す納品書。仕入先名に相手方の名称が記載されている。)、第七号証(枝番省略)(平成八年八月納品分の抗告人からチェーン加盟店宛の請求書)、第八号証(枝番省略)(平成八年八月納品分の相手方宛の請求書)、第九号証(枝番省略)(平成八年八月納品分の抗告人から「丙川(カブ)戊田」宛請求書。証拠説明書によれば、抗告人から相手方に直接納品された分である。)、第一〇号証(枝番省略)(抗告人の売上台帳)、第一一号証(平成八年九月、一〇月付けでチェーン加盟店に商品が納品されたことを示す納品書。仕入先名に相手方の名称が記載されている。)、第一二号証(枝番省略)(平成八年九月、一〇月納品分の抗告人からチェーン加盟店宛の請求書)、第一三号証(枝番省略)(平成八年九月、一〇月納品分の相手方宛の請求書)、第一四号証(抗告人の東京本部課長代理乙野梅夫作成の「売買契約関係説明書」と題する書面)、第一五号証(戊田商事(株)洋日配部共同配送の概要)、第一六号証(抗告人と第三債務者との間の覚書案)、第一七号(戊田チェーン店名簿)、第一八号証(原審において提出されたもの)(戊田チェーン商事店舗コード 一覧表)、第一八号証の一ないし四(当審において提出されたもの)(抗告人名義の普通預金通帳)、第一九号証(相手方作成の「顛末書」と題する書面(平成八年一一月二五日付け))、第二〇号証(抗告人作成の「御報告」と題する書面(平成九年一〇月二四日付け))、抗告人の前記乙野梅夫作成の「新宿戊田様の各店舗の発注につきまして」と題する書面(平成九年二月二八日付け)、同人作成の「指定伝票取り扱い説明書」と題する書面(平成九年三月付け)、第三債務者作成の報告書(平成九年一一月二七日付け)を提出する。
右甲第一四号証及び第三債務者作成の報告書(平成九年一一月二七日付け)には、これに副う記載があり、また、《証拠略》によれば、原決定書三枚目二五行目から同五枚目九行目までに記載の事実が認められる。
しかし、他方、原決定書六枚日一八行目の「債権者の担当者」から同八枚目二五行目までに記載された事情が認められる。
そして、第三債務者作成の報告書(平成九年一一月二七日付け)は、事後的に第三債務者によって作成されたものであり、かつ、これによれば、チェーン加盟店が仕入れた抗告人販売にかかる商品は、すべて指定取引店である相手方から仕入れていたものであり、抗告人が相手方の社名が記載されている納品伝票によって納品し、この納品伝票を抗告人が所持しているとすれば、その商品については、抗告人が相手方に売買したものと理解しているとの記載があるが、他方、第三債務者は、相手方と直接に本件売買をした契約当事者ではなく、相手方を仕入先としてチェーン加盟店が納品を受けた商品(抗告人以外の業者の商品が含まれていることは抗告人も認めるところである。)の代金について、チェーン加盟店に代わって、相手方に対する代金の支払を代行をしていただけのものであり、第三債務者が相手方から支払を受けるべきものを相殺した残代金を供託したので、相手方に対する未払金はない旨の記載があり、その内容は、第三債務者に有利な側面がある上、抗告人、相手方、第三債務者及びチェーン加盟店間に抗告人主張の本件売買にかかる契約関係成立に至る経緯は明らかにされていない。
また、甲第一八号証の一ないし四の抗告人名義の普通預金通帳には、相手方から抗告人に対する入金状況が記載されており、相手方が関与して作成された文書の一種といえ、本件売買の成立を証明するために役立つ面を有するものであることは否定できないが、他方、抗告人がチェーン加盟店への納品を開始するに際し「相手方を経由する」ことの意味が、相手方とチェーン加盟店との本件売買を成立させることにあるのではなく、商品の代金決済を相手方の指定取引店契約上の取引口座を用いて行うというものであった可能性を否定する根拠とはならない。
さらに、甲第一九号証は、相手方作成の「顛末書」と題する書面(平成八年一一月二五日付け)であり、これに添付された平成八年一〇月三一日現在の財産目録には、抗告人に対する買掛金債務二一八万〇七七五円、未払金債務三七一万八一〇一円、仮受金債務七二七万七〇八六円の記載がある。これに対し、一件記録によれば、抗告人が相手方に対し、平成八年九月二日から同年一〇月三一日までに直接売却した商品の代金が未払いとなっていることが認められるところ、《証拠略》によれば、抗告人の売上台帳上、ヘイカワカブシキカイシャ宛の請求残額が、平成八年九月末現在で、当月分七三一万〇一五三円と前月分の残金六三六五円の合計七三一万六五一八円、同年一〇月末日現在では、同月分の請求残金七四七万八二五〇円と右七三一万六五一八円の合計一四七九万四七六八円となっており、ヘイカワ(カブ)ボウタ宛の請求残額が、同月末日現在で二一八万〇七七五円となっていることが認められる。これらを対比すれば、右財産目録に記載された相手方の抗告人に対する買掛金債務は、右直接の売買に基づくものと認められる。しかし、右未払金及び仮受金債務の原因は不明であって、右記載からこれらが本件売買に基づく抗告人の相手方に対する代金支払債務であると認めるには十分でない。仮に、抗告人が主張するとおり本件売買が成立しているのであれば、本件売買に基づく代金支払債務について、右財産目録上、未払金及び仮受金として処理するのではなく、抗告人の売上台帳上にヘイカワカブシキカイシャ宛の請求残額として処理されている金額を上乗せした額が買掛金債務額として計上されるべきであり、それにもかかわらず、抗告人がチェーン加盟店に納品した分が右未払金及び仮受金として処理されているのであるとすれば、抗告人が主張する本件売買とは別の内容の合意が存在した可能性を推認させるから、かえって、右の事情は、甲第一九号証が、本件売買の成立について、他の文書の証明力を減殺する方向で働く余地があると考えられる。
以上のとおり、抗告人と相手方との法律関係について相手方が直接作成した文書である甲第五号証及び第一九号証並びに相手方が作成に関与した文書の一種ともいえる甲第一八号証の一ないし四によっても、本件売買の成立を認めるには疑問が残るのであって、結局、抗告人が提出した本件全文書によっても、本件売買の成立を高度の蓋然性をもって認定することができないから、本件売買に基づく先取特権を証する書面が提出されたということはできない。
なお、抗告人は、原決定が、納品書は、そこに記載された商品についての相手方とチェーン加盟店との間の売買の事実をうかがわせる旨認定し、本件商品が抗告人から売買によりチェーン加盟店へ引き渡されている事実と併せ考えれば、本件商品は抗告人から相手方へ売買され、これに基づき相手方からチェーン加盟店へ売買されたものであることが明白であると主張する。
しかし、納品書の記載は、そこに記載された商品についての相手方とチェーン加盟店との間の売買の事実をうかがわせる証拠の一つにはなるものの、前示のとおり、甲第三号証の1・2、第一九号証等他の文書によれば、抗告人がチェーン加盟店への納品を開始するに際し「相手方を経由する」ことの意味が、相手方とチェーン加盟店との本件売買を成立させることにあるのではなく、商品の代金決済を相手方の指定取引店契約上の取引口座を用いて行うというものであった可能性を否定することはできず、結局、右納品書が存在しても、相手方とチェーン加盟店との間の本件売買の事実を認めるには十分でないのであるから、抗告人の右主張を採用することはできない。
4 以上の次第であるから、抗告人の本件債権差押及び転付命令申立を却下するのが相当であり、本件執行抗告は理由がない。
四 結論
よって、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民事執行法二〇条、民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 宗宮英俊 裁判官 下田文男 裁判官 長 秀之)