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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)10号 判決 1998年3月19日

東京都中央区京橋1丁目10番1号

原告

株式会社ブリヂストン

代表者代表取締役

海崎洋一郎

訴訟代理人弁理士

鈴木悦郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

西山昇

逸見輝雄

吉村宅衛

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成7年審判第26620号事件について平成8年11月21日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「パラボラアンテナ用のリフレクター」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和63年7月22日特許出願(昭和63年特許願第183035号)をしたところ、平成5年5月7日出願公告(同年特許出願公告第30081号公報)されたが、特許異議の申立てがあり、平成7年7月31日異議申立ては理由があるとの決定とともに拒絶査定を受けたので、同年12月15日審判を請求し、平成7年審判第26620号事件として審理された結果、平成8年11月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月16日、原告に送達された。

2  特許請求の範囲第1項の発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨

放送衛星又は通信衛星からの電波を受信する、開口径Dが450mm以下であるパラボラアンテナ用のリフレクターにおいて、

一平面上で互いに直交する座標軸をX軸及びY軸、前記平面からの垂直軸をZ軸とし、Z軸を回転軸とする仮想の回転放物面を仮想の切断平面にて切断した曲面から反射面を構成し、

前記反射面の焦点距離であるZ軸上における原点からの距離をF、前記切断平面のX軸上における原点からのシフト量をA、X軸に対する角度をθ、勾配をB=tanθとしたとき、回転放物面が方程式X2+Y2=4FZで表され、切断平面が方程式Z=B(X-A)で表されるとともに、シフト量Aを12~50mmとし、角度θを28°~40°としたことを特徴とするパラボラアンテナ用のリフレクター(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例

これに対して、原査定の拒絶の理由となった特許異議の決定の理由に引用された、電子通信学会編「アンテナ工学ハンドブック」(株式会社オーム社昭和55年10月30日発行、157頁、以下「引用例1」という。)には、パラボラアンテナの反射鏡の鏡面座標は、fを焦点距離としたとき、方程式x2+y2=4fzで表されること(左欄7行ないし15行参照)及び「回転対称なパラボラアンテナでは、反射鏡の前面に1次放射器やその給電線路を設けなければならず、電波の通路を妨害し放射特性劣化の原因となる。これを避ける方法として、図2・11に示すように回転対称でない鏡面を使うことにより1次放射器を開口の外に設けるようにしたオフセットパラボラアンテナがある」(右欄4行ないし12行)ことが記載されていることから、図2・11を併せて参照すれば、引用例1には、

「パラボラアンテナ用の反射鏡において、一平面上で互いに直交する座標軸をX軸及びY軸、前記平面からの垂直軸をZ軸とし、Z軸を回転軸とする仮想の回転放物面を切断した曲面から反射面を構成し、前記反射面の焦点距離であるZ軸上における原点からの距離をFとしたとき、回転放物面が方程式X2+Y2=4FZで表され、該回転放物面の回転対称でない曲面を反射面として使い、1次放射器を開口の外に設けるようにしたパラボラアンテナ用の反射鏡」

が記載されている。

また、同じく引用された、PROCEEDING OF THE IEEE, VOL. 66, NO.12, DECEMBER 1978、1592頁ないし1618頁“Offset-Parabolic-Reflector Antennas:A Review”(以下「引用例2」という。)には、第1図及び第4図に、回転放物面の焦点距離F、オフセット角θ0及び半角θ*を反射鏡の基本パラメータとし、回転軸に垂直なx'y平面上の投影図が円形となる基本的なオフセットパラボラアンテナの幾何学的形状が記載されている。

(3)  対比

本願第1発明と引用例1記載の技術とを対比すると、引用例1の「反射鏡」は、本願第1発明の「リフレクター」と同義であり、引用例1において、「回転放物面の回転対称でない曲面を反射面として使い、1次放射器を開口の外に設けるようにした」ことと、本願第1発明において、「切断平面のX軸上における原点からのシフト量をA、X軸に対する角度をθ、勾配をB=tanθとしたとき、・・・切断平面が方程式Z=B(X-A)で表されるとともに、シフト量Aを12~50mmとし、角度θを28°~40°とした」切断平面にて回転放物面を切断した曲面から反射面を構成することは、いずれもパラボラアンテナ用のリフレクターのオフセットを規定したものであることから、両者は、「パラボラアンテナ用のリフレクターにおいて、一平面上で互いに直交する座標軸をX軸及びY軸、前記平面からの垂直軸をZ軸とし、Z軸を回転軸とする仮想の回転放物面を切断した曲面から反射面を構成し、

前記反射面の焦点距離であるZ軸上における原点からの距離をFとしたとき、回転放物面が方程式X2+Y2=4FZで表され、オフセットされたパラボラアンテナ用のリフレクター。」

である点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)本願第1発明のリフレクターは、放送衛星又は通信衛星からの電波を受信する、開口径Dが450mm以下のパラボラアンテナ用であるのに対し、引用例1は、パラボラアンテナの用途及び開口径が特定されていない点

(相違点2)リフレクターのオフセットのために、本願第1発明は、切断平面のX軸上における原点からのシフト量をA、X軸に対する角度をθ、勾配をB=tanθとしたとき、切断平面が方程式Z=B(X-A)で表される仮想の切断平面にて、仮想の回転放物面を切断した曲面から反射面を構成しているのに対し、引用例1には、当該切断面について明示されていない点

(相違点3)本願第1発明は、前記仮想の切断平面のシフト量Aを12~50mmとし、角度θを28°~40°としているのに対し、引用例1では、これらの値が規定されていない点

(4)  当審の判断

そこで、前記相違点について検討する。

<1> 相違点1について

放送衛星又は通信衛星からの電波を受信する、開口径Dが450mmのオフセットパラボラアンテナは、例えば、「衛星放送のすべて(月刊AudioVideo別冊)」(電波新聞社昭和63年1月31日発行、72、73頁参照、以下「周知例」という。)に記載されているように周知であり、また、開口径は、受信しようとする電波の強度等に基づいて決定できる事項であるから、これを450mm以下に規定した点に格別の困難性は認められない。

<2> 相違点2について

オフセットパラボラアンテナの反射面は、引用例2に記載されているように、その回転軸に垂直な面の投影図は、円形であり、かつ回転軸を含まないこと、例えば、原査定の拒絶の理由となった特許異議の決定の理由に引用された昭和59年特許出願公開第174001号公報の図面の記載においてリフレクターの縁部が同一平面となるよう構成されていること等からも明らかなように、一般に、回転放物面を原点からシフトした平面で切断した形状であり、これは、前記座標系のZ軸を回転軸とする仮想の回転放物面において、切断平面のX軸上における原点からのシフト量をA、X軸に対する角度をθ、勾配をB=tanθとしたとき、回転放物面を、方程式Z=B(X-A)で表される仮想の切断平面にて切断した形状に他ならないことから、引用例1に記載されたオフセットパラボラアンテナのリフレクターも、そのような形状に構成されていると考えるのが自然であるから、この相違点は、通常のオフセットパラボラアンテナのリフレクターの形状を単に定義したものにすぎない。

<3> 相違点3について

オフセットパラボラアンテナは、引用例1に記載されているように、1次放射器のブロッキングによる放射特性劣化を防止するために、1次放射器をリフレクターの開口の外に設けたものであり、1次放射器のブロッキングを防止できる前記切断平面のシフト量Aは、1次放射器の形状等に応じて、当業者が設計できる事項である。

また、オフセットパラボラアンテナを、そのリフレクターの開口面が略垂直方向となるように設置すれば、雪の影響を受けにくいことは、例えば、前出の周知例(79頁参照)に記載されているように周知であり、オフセットパラボラアンテナを設置したときの開口面の方向が、開口面の回転軸に対する角度及び放送衛星の仰角に対応することは、引用例2に記載されたオフセットパラボラアンテナの図等から明らかであるから、特定の地点における放送衛星の仰角に対して反射面が略垂直方向となるように前記角度θを設定することは、当業者が容易になし得ることである。なお、この場合、同一の衛星に対する仰角は地点により異なることから、どの地点の仰角を基準に設計するかにより、反射面が略垂直となる角度θが異なることは自明である。

したがって、予め設定したオフセットパラボラアンテナの開口径D、焦点距離F及び1次放射器の形状等に対応して、前記シフト量Aを12~50mmとし、前記角度θを28°~40°とすることは、当業者が容易になし得る設計事項と認められる。

(5)  むすび

以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用例1、2各記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、本願発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)の<1>、<2>は認め、<3>は争う。同(5)は争う。

審決は、パラボラアンテナの開口径を450mm以下とし、切断平面のX軸上における原点からのシフト量をA、X軸に対する角度をθ、勾配をB=tanθとしたとき、切断平面が方程式Z=B(X-A)で表される仮想の切断平面にて、仮想の回転放物面を切断した曲面から反射面を構成した場合における、切断平面のシフト量A、角度θを設定することについて、当業者が容易になし得る設計事項であると誤認した結果、相違点3の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  シフト量Aについて

ア 一次放射器のブロッキング(電波の通路妨害)による放射特性劣化を防止するために一次放射器をリフレクターの開口の外に設けることは公知であるとしても、本願第1発明のように比較的小型のオフセットパラボラアンテナのリフレクターに適応したシフト量はどのくらいが適当であるかについては、何も示唆するものはない。しかも、このシフト量は回転放物面の切断面を特定する方程式Z=B(X-A)にも関係する基本的事項である。したがって、単に設計事項であるとすることはできない。

イ 上記シフト量Aは、大きければ大きいほど1次放射器による電波の通路妨害域から開口面を遠ざけることができるが、それが大きければ大きいほど、同一の開口径を得るためにはリフレクターが大型化することとなり、本願第1発明のような開口径Dが450mm以下の小型オフセットアンテナリフレクターを実現することは困難になる。すなわち、リフレクター同士を比較すると、甲第7、第8号証の作図から明らかなように、シフト量Aを大きくする(A→A’)と、大きさが同一(長径が同一)のリフレクターであれば、開口径Dが小さくなり(D→D’)、電波反射面の面積が狭くなる結果、アンテナとしての性能が悪化する。また、シフト量Aを大きく(A-A’)し、かつ、同一の開口径を得ようとするならば、長径を大型化(長径L→L’)せざるを得ない。

このように、単純にシフト量Aをブロッキングを防止できる大きな値に設定すればよいというわけではないから、開口径Dとの関係を全く無視してシフト量Aのみを論議することはできない。そして、引用例1には開口径Dについて何も記載されていないから、これを基にシフト量Aが設計事項であるということはできない。

(2)  角度θについて

ア 審決は、「特定の地点における放送衛星の仰角に対して反射面が略垂直方向となるように前記角度θを設定することは当業者が容易になし得ること」とした。しかし、本願第1発明は仰角に対して略垂直になるように角度を設定したものではないから、審決は誤っている。

イ また、仮に、上記審決の「略垂直」を、「地面に対して略垂直」と解しても、以下のとおり、審決は誤りである。

すなわち、審決は、リフレクターの開口面が地面に対して略垂直(以下、地面に対して垂直を単に「垂直」という。)方向となるように設置すれば、雪の影響を受けにくいことは周知例に記載されているように周知であるとした。

しかし、周知例の79頁第7図(a)にはオフセットアンテナの「雪の影響を受けにくい取り付け」の例が示されているものの、これを略垂直方向であるということはできない。

ウ 確かに単なる板状体のものを垂直に設置すれば、雪の降り積もる部分の投影面積が小さくなり、雪の影響を受けにくいことは明白である。しかしながら、オフセットパラボラアンテナを上記板状体と同様に考えることはできない。なぜなら、上記(1)イで指摘したとおり、単にシフト量Aを大きくすると、それにつれて角度θは大きく(θ→θ’)なるが、垂直面とリフレクターのなす角度(アンテナ設置時のリフレクター角度)βを0に近づけて略垂直にした場合には、甲第7号証にβ=0(垂直)で、甲第8号証にβ<0(垂直から一側)で各作図したとおり開口径Dが小さくなり、電波反射面の面積が狭くなる結果、アンテナとしての性能が悪化するからである。そのため、アンテナ性能を考慮すれば、せいぜい雪の影響を受けにくい取り付けとして、周知例の79頁第7図(a)程度の角度までが限度なのであって、オフセットパラボラアンテナの場合には、略垂直方向となるように設置することは、命綱であるアンテナ性能を悪化させるため困難なのである。

それ故、本出願前の着雪防止技術は、単純にリフレクターの開口面を略垂直方向となるように設置するなどというものではなく、略垂直にできない代わりに、化学繊維を用いたシートなどでアンテナ全体を覆うレドームを使用していたのであって、アンテナ性能を犠牲にしてリフレクターの開口面が略垂直方向となるように設置することは、むしろ当業者の常識に反するのである。

(3)  相乗効果について

本願第1発明は、開口径Dが450mm以下の同一のリフレクターを日本全国で使用できるようにしたものであり、そのため、最適なシフト量A及び角度θの範囲を特定したものであって、<1>開口径Dが450mm以下であること、<2>シフト量Aを12~50mmとしたこと、<3>角度θを28°~40°としたこと、の相乗効果として、ブロッキングを防止できるだけでなく日本全土で着雪防止が可能であり、狭い反射面面積を有効に活用できるものである。

ところが、日本全国でβ=0とした場合には、仰角α=角度θであるから、仰角αによって切断面角度θを変えなければならず、仰角αごとに異なる大きさのリフレクターを用意しなければならないことになる。

なお、開口径Dが450mm以下であるパラボラアンテナ用リフレクターが本出願前に公知であることは争わないが、そのようなリフレクターが日本全国で使用できるものであったか否かは、はなはだ疑問である。すなわち、衛星放送の電波が強く積雪の心配もない関東・中部地区等に限定して使用することはできても、電波の弱い北海道・九州地区、電波は強くても積雪の多い北陸地区で使用できるものであったとは考えられない。

事実、「放送のニューメディアと受信技術」(電子技術出版株式会社昭和59年11月6日発行)に、「2.アンテナの大きさ・・・衛星放送の電波の強さは、日本列島の中心部(中部地方)ほど強く、北海道や沖縄など日本の北端と南端は弱くなります。第1図のように、日本列島の場所によって使用アンテナの大きさを変えないと良好な受信ができません」(101頁右欄下から9行ないし2行)とあるとおり、各メーカーは、使用地域に応じて開口径の相違する複数のリフレクターを用意していたのである。

第3  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の判断に誤りはない。

2  被告の反論

(1)  シフト量Aについて

ア 本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、シフト量Aの値に関し、「シフト量Aを1次放射器のブロッキングを防止する為に、大きく、すなわち、12~50mm・・・に設定」(本願公告公報4欄40行ないし42行)及び「この時、シフト量Aを1次放射器のブロッキングを防止する為に12~50mmに設定」(同6欄7行ないし8行)との記載しかなく、ブロッキングが防止できる程度の値とする以上の格別の根拠は開示されていない。

他方、引用例1には、「回転対称なパラボラアンテナでは、反射鏡の前面に1次放射器やその給電線路を設けなければならず、電波の通路を妨害し放射特性劣化の原因となる。これを避ける方法として、図2・11に示すように回転対称でない鏡面を使うことにより1次放射器を開口の外に設けるようにしたオフセットパラボラアンテナがある」(157頁右欄4ないし12行)ことが記載されている。これから明らかなように、オフセットパラボラアンテナにおいて、1次放射器によるブロッキングを防止するために、1次放射器を開口の外に設けることは、オフセットパラボラアンテナの基本的技術思想であり、方程式X2+Y2=4FZで表される仮想の回転放物面を、方程式Z=B(X-A)で表される仮想の切断平面にて切断した曲面から構成される、周知のオフセットパラボラアンテナ用のリフレクターを設計するにあたり、シフト量Aを、ブロッキングを防止できる値に設定することは、オフセットパラボラアンテナを扱う以上、アンテナの開口径にかかわらず、当業者が設計にあたり当然に考えることである。

したがって、シフト量Aは当業者が設計できる事項であるとした審決の判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。

イ 原告は、シフト量Aが大きければ大きいほど1次放射器による電波の通路妨害域から開口面を遠ざけることができるが、シフト量Aを大きくすると、同一の開口径を得るためには長径を大型化しなければならない旨主張する。

しかしながら、シフト量Aがブロッキングが防止できる程度の値であれば十分であることは、例えば、引用例1の157頁図2・11、引用例2の1592頁Fig.1及び周知例の79頁第6図の各図面の記載からも明らかであり、その大きさは、当業者が設計にあたり、技術常識に基づいて、適宜決定できることである。

また、本願明細書には、長径Lに関し、実施例である焦点距離Fと開口径Dとの比F/Dが0.5の場合の計算結果(表1)が一応示されているだけで、どの程度の範囲が望ましいのか、また、特許請求の範囲請求項1の構成要件を満たせば、一義的に望ましい範囲となるのか等については、技術的裏付けに基づく規定も検証もされていない。

なお、原告は、前記主張に関連して、シフト量Aを大きくすると、大きさが同一(長径が同一)のリフレクターであれば、開口径Dが小さくなり、アンテナとしての性能が悪化すると主張する。しかし、オフセットパラボラアンテナの大きさを規定する値は、長径Lではなく、リフレクターの開口径Dであることは、技術常識であり、アンテナ設計において前提とした、所与の値である開口径Dを無視して、長径Lを同一にしようとするのは、技術常識に反するものであり、失当である。

したがって、原告の前記主張は、技術常識及び本願明細書に記載された事項を無視したものであり、失当である。

(2)  角度θについて

ア 原告主張に係る審決の「反射面が略垂直方向」との記載は、文意から、「リフレクターの開口面が略垂直方向」という意味、詳細には、アンテナ設置時に、切断平面により特定されるリフレクターの開口面の地面に対する方向が略垂直という意味であることは明らかである。

イ 周知例には、オフセットパラボラアンテナは、「取り付け方によって雪や風の影響を少なくできるというメリットがある」(79頁第1段最終行ないし第2段2行)こと、及び第7図「オフセットアンテナの取り付け例」として、「(a)雪の影響を受けにくい取り付け」の図が「(b)風の影響を受けにくい取り付け」の図とともに記載されており、(a)図の取り付け方は、(b)図の取り付け方と対比すれば、リフレクターの開口面が略垂直方向といえることは、図面から自明である。

したがって、オフセットパラボラアンテナをリフレクターの開口面が略垂直方向となるように設置すれば、雪の影響を受けにくいことは周知であるとした審決の判断に誤りはない。

一方、放送衛星に向けてオフセットパラボラアンテナを設置したときの、リフレクターの開口面と地面における垂線との角度、すなわち、アンテナ設置時のリフレクター角度を角度β、放送衛星の仰角αとすれば、角度βは、開口面を特定する切断平面の角度θを用いて、本願明細書の発明の詳細な説明(本願公告公報10欄3行)に記載された式に相当する、次の式

β=α-θ

で表されることは、幾何学上自明であり、リフレクターの開口面が略垂直方向、即ち、前記角度βが略0となる条件は、前記角度θが仰角αに略等しい場合であることは、上記式から、当然に導き出せることである。

以上のことから、オフセットパラボラアンテナを、最も雪の影響を受けにくくするためには、アンテナ設置時にリフレクターの開口面が略垂直方向となるようにすればよく、そのときの前記角度θは、日本国内のアンテナを設置する地点における前記仰角αに略一致した角度として定めることができることは、当業者にとって容易に予測できたことである。

ここで、日本国内各地における放送衛星の仰角αは、例えば、本願明細書の表2に記載されているように、周知であるから、前記角度θは、該表を参照すれば、28°~48°の範囲となり、この結果、前記角度θとして、該角度範囲の中からいずれの角度を選択しても、日本国内の任意の地点における、アンテナ設置時のリフレクター角度βは、高々20°であるから、日本全土でリフレクターの開口面が略垂直方向となり、反射面を含むリフレクターが略垂直に立ち、雪の影響を受けにくくなるといえることは明らかである。

そして、前記角度範囲の中から、特許請求の範囲に記載されていない設計上の条件により、角度θとして、28°から40°の範囲を選択することは、当業者が適宜なし得る設計事項である。

ウ 原告は、単にシフト量Aを大きくし、それにつれて角度θを大きくして垂直面とリフレクターのなす角度(アンテナ設置時のリフレクター角度)βを0に近づけて略垂直にした場合には、開口径Dが小さくなり、電波反射面の面積が狭くなる結果、アンテナとしての性能が悪化すると主張する。しかしながら、シフト量Aは、前述したように技術常識に基づいて決定できる値であり、また、開口径Dは予め設定した所与の値であるから、開口径Dが小さくなるとの議論は、本末転倒であって、失当である。

エ また、原告は、本願第1発明は、同一のリフレクターを日本全土で使用できるようにしたものであるが、被告主張のように日本全土でβ=0とした場合には仰角αごとに異なる大きさのリフレクターを用意しなければならないことになるとし、開口径Dが450mm以下であるパラボラアンテナが公知であったことを認めた上で、そのようなリフレクターが日本全土で使用できたか疑問である旨も主張しているが、本願第1発明においても、リフレクターを形成することは可能であるとしても、アンテナとしての受信性能は何ら検証されていない。したがって、オフセットパラボラアンテナの反射面が略垂直方向となるように角度θを設定することは当業者が容易になし得たことであるとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録の記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

第2  本願第1発明の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願公告公報)によれば、本願明細書に記載された本願第1発明の概要は以下のとおりと認められる。

1  本願第1発明は、放送衛星又は通信衛星からの電波を受信する、開口径が450mm以下、特には300から400mmのものにおいて好適であるパラボラアンテナ用のリフレクターに関する。(2欄14行ないし17行)45景形下(開口径450mm以下)の小型オフセットアンテナリフレクターを設計する場合、明らかに電波反射面の面積が狭くなり、この狭い反射面面積を有効活用すべく、あらゆる面からの工夫が必要である。従来の75、60、50形リフレクター用と同一の1次放射器の使用を前提としてF/D(F=焦点距離、D=開口径)、オフセット角、開口角一定の条件で比例的に縮小していくと、

<1>  放物面原点からのシフト量Aが小さくなり、焦点距離に置かれる1次放射器によるブロッキングが大きくなり、

<2>  Fが短くなるため、1次放射器とリフレクターの距離が近づき、電波放射分布の不安定な近傍領域(フレネル領域)の影響が大きくなる。この点については1次放射器の特性で改善するのが効果的だが、コルゲートリング等により1次放射器の寸法が大きくなる可能性が大きい。

また小型リフレクターでは、わずかな着雪によってC/Nが劣化すると考えられるので、着雪防止可能な放物面の設定が必要となってくる。(3欄5行ないし25行)

2  本願第1発明は、小型化を図り、狭い反射面積を有効活用できるとともに、着雪防止可能な放物面の設定を可能としたパラボラアンテナ用のリフレクターを提供することを目的とする。上述の目的を達成するため、本願第1発明は、その特許請求の範囲第1項(本願第1発明の要旨)記載の構成としたものである。(4欄19行ないし38行)

3  本願第1発明は、シフト量Aを1次放射器のブロッキングを防止するために、大きく、すなわち、12~50mmに設定し、その結果として切断面角度θ28°~40°を得た。この放物面の設定により、アンテナとして設置した場合、リフレクターが日本全土で略垂直に立つことになった。リフレクターが垂直面となす角度は-10~+20°で特に積雪地方では、垂直から一側に立つこととなり、着雪防止に効果的である。(4欄40行ないし5欄5行)

本願第1発明の構成により、1次放射器のブロッキングを防止し、しかもアンテナとして組み上げた場合に日本全土でリフレクターが略垂直に立ち、着雪防止が可能で、狭い反射面積を有効に活用できる。また、F、D、Aの組合せによって定まるオフセット角TOは、50~70°となり、開口角TAは78~90°となる。オフセット角TOはサイドローブ特性と交差偏波特性を劣化させない範囲に設定され、また開口角は、従来の75、60、50形リフレクターの開口角87、57°との差を少なくし、従来の75、60、50形に用いた1次放射器も使用可能である。(11欄36行ないし12欄27行)

第3  審決の取消事由について

1  シフト量Aについて

(1)  前掲甲第2号証によれば、本願明細書にはシフト量Aについて、「シフト量Aを1次放射器のブロッキングを防止する為に、大きく、すなわち、12~50mm・・・に設定」(4欄40行ないし42行)及び「この時、シフト量Aを1次放射器のブロッキングを防止する為に12~50mmに設定」(6欄7行ないし8行)との記載があり、上記記載によれば本願第1発明のシフト量Aの設定はブロッキングを防止するためのものと認められる。

一方、オフセットパラボラアンテナの反射面は、一般にZ軸を回転軸とする方程式X2+Y2=4FZで表される仮想の回転放物面において、切断平面のX軸上における原点からのシフト量をA、X軸に対する角度をθ、勾配をB=tanθとしたとき、回転放物面を、方程式Z=B(X-A)で表される仮想の切断平面にて切断した形状であること、及び引用例1に、「回転対称なパラボラアンテナでは、反射鏡の前面に1次放射器やその給電線路を設けなければならず、電波の通路を妨害し放射特性劣化の原因となる。これを避ける方法として、図2・11に示すように回転対称でない鏡面を使うことにより1次放射器を開口の外に設けるようにしたオフセットパラボラアンテナがある」との記載があることは当事者間に争いがなく、以上の事実に引用例1の図2・11の記載を総合すれば、オフセットパラボラアンテナを用いるということは、そのリフレクターを設計するにあたり、方程式X2+Y2=4FZで表される回転放物面を、方程式Z=B(X-A)で表される切断平面にて切断するに際し、シフト量Aを、放射器、衛星方向等を考慮しながらブロッキングを防止できる値(A>0)に設定しなければならないことを技術的に意味することは、当業者にとって明らかであると認められる。

したがって、ブロッキングを防止するためのシフト量Aの値は、適宜に設定されるべき設計事項にすぎないというべきである。

(2)  原告は、上記シフト量Aについて、大きければ大きいほど1次放射器による電波の通路妨害域から開口面を遠ざけることができるが、大きければ大きいほど、同一の開口径を得るためにはリフレクターが大型化することとなり、本願第1発明のような小型オフセットアンテナリフレクターを実現することは困難になり、シフト量Aを大きくし、かつ、同一の開口径を得ようとするならば、リフレクターの長径を大型化せざるを得ないから、単純にシフト量Aを大きな値に設定すればよいというものではないと主張する。

しかし、シフト量Aは、ブロッキングを防止するためのものであるから、その値は、ブロッキングを防止できる程度の大きさであれば十分であって、大きければ大きいほど効果が上がるというものではないことは、上記(1)認定の事実から明らかである。したがって、原告の主張は失当である。また、本願第1発明の要旨はリフレクターの長径について何ら規定していないから、本願第1発明のリフレクターの長径が小さいことを前提とする原告の主張は、本願第1発明の要旨に基づかないものであって採用できない。

2  角度θについて

(1)  原告は、「特定の地点における放送衛星の仰角に対して反射面が略垂直方向となるように前記角度θを設定することは当業者が容易になし得ること」とした審決の判断につき、上記「略垂直」とは、仰角に対して略垂直という趣旨であると主張する。しかし、前記審決の理由の要点によれば、審決は、オフセットパラボラアンテナを、そのリフレクターの開口面が地面に対して略垂直方向となるように設計することについて判断していることからして、上記「略垂直」も、放送衛星の仰角について、反射面が「地面に対して略垂直」方向になるようにの意味であることは明らかであるから、原告の主張は採用できない。

(2)ア  前掲甲第2号証によれば、本願明細書には「切断面2の勾配Bは、次式で与えられる。

<省略>

(5欄26行ないし6欄3行)との記載、及び上記Bがtanθを意味する(5欄15行)との記載があることが認められ、これに前記第2認定に係る本願第1発明の概要を総合すれば、上記角度θは、

<省略>

D<450mm

なる関係を満足させるものであり、リフレクターが略垂直に立つことによって、着雪防止が可能となるという作用効果に関係するものと解される。

イ  一方、成立に争いのない甲第5号証(周知例)によれば、周知例には、オフセットパラボラアンテナは、「取り付け方によって雪や風の影響を少なくできるというメリットがある」(79頁第1段最終行ないし第2段2行)こと、並びに「第7図 オフセットアンテナの取り付け例」に、「(a)雪の影響を受けにくい取り付け」としてリフレクターの開口面がより垂直方向に近付いている図、「(b)風の影響を受けにくい取り付け」としてリフレクターの開口面がより水平方向に近付いている図が記載されていることが認められ、上記記載によれば、オフセットパラボラアンテナを、リフレクターの開口面が垂直方向に近付くように設置すれば、着雪が少なく、雪の影響を受けにくいことは周知であったと認められる。

ウ  放送衛星に向けてオフセットパラボラアンテナを設置したときの、リフレクターの開口面と地面における垂線との角度、すなわちアンテナ設置時のリフレクター角度βは、放送衛星の仰角α及び開口面を特定する切断平面の角度θを用いて、

β=α-θ

で表されることは、幾何学上自明である。

そうすると、着雪防止を可能とするためにリフレクターの開口面を垂直に近付けるには、角度βが0に近付くようにすればよいのであるから、その条件は、角度θが仰角αに近付くようにすればよいことも、また自明である。

そして、前掲甲第2号証の表2によれば、日本国内各地における放送衛星の仰角αは、地点によって異なり、28°~48°の範囲内にあることが周知であると認められる。

エ  以上の事実からすれば、着雪防止を可能とすることを考慮して、式

<省略>

から、角度θを、上記αの角度28°~48°に近い28°~40°と定めることは、当業者が適宜選択できた設計事項というべきである。

(3)  もっとも、原告は、単にシフト量Aを大きくし、それにつれて角度θを大きくして垂直面とリフレクターのなす角度(アンテナ設置時のリフレクター角度)βを0に近づけて略垂直にした場合には、開口径Dが小さくなり、電波反射面の面積が狭くなる結果、アンテナとしての性能が悪化するから、リフレクターの開口面を略垂直方向とすることは当業者の常識に反すると主張する。しかしながら、シフト量Aは、適宜に設定されるべき設計事項にすぎないことは前認定のとおりであるし、また、開口径Dは予め設定した所与の値であるから、それが小さくなるとする原告の主張は失当である。

3  相乗効果について

原告は、本願第1発明は、開口径Dが450mm以下の同一のリフレクターを日本全国で使用できるようにしたものであり、そのため、最適なシフト量A及び角度θの範囲を特定したものであって、<1>開口径Dが450mm以下であること、<2>シフト量Aを12~50mmとしたこと、<3>角度θを28°~40°としたこと、の相乗効果として、ブロッキングを防止できるだけでなく日本全土で着雪防止が可能であり、狭い反射面面積を有効に活用できると主張する。

検討するに、ブロッキングの防止はシフト量Aの効果であり、着雪防止は角度θを28°~40°としたことの効果であることは前認定のとおりであるところ、上記各効果は当業者が容易に予測できたものであることは前認定の事実から明らかであり、本願第1発明において、それ以上に格別の効果があると認めることはできない。

また、狭い反射面面積の有効活用とは、開口径が450mm以下のリフレクターを用いる点をいうものと解されるが、これを用いてシフト量A、角度θを上記のとおり設定したことによっても、上記以上の格別の効果が生ずるものとは認められない。

なお、原告は、従来の開口径Dが450mm以下であるパラボラアンテナ用リフレクターが日本全国で使用できるものであったか否かは、はなはだ疑問であり、場所によって使用アンテナの大きさを変えないと良好な受信ができないため、各メーカーは、使用地域に応じて開口径の相違する複数のリフレクターを用意していたのに対し、本願第1発明は開口径Dが450mm以下の同一のリフレクターを日本全国で使用できるようにしたものであると主張する。しかし、本願第1発明も、これを日本全土で使用した場合に、従来の開口径Dが450mm以下であるパラボラアンテナ用リフレクターと比べて良好な受信ができるか否かについては、本願明細書によっても明らかでないから、原告の上記主張も失当である。

4  以上のとおり、本願第1発明は、引用例1、2各記載の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の判断の結論に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。

第4  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年3月10日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

別紙図面

<省略>

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