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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)112号 判決 1998年4月28日

東京都武蔵野市中町2丁目9番32号

原告

横河電機株式会社

同代表者代表取締役

美川英二

同訴訟代理人弁護士

尾崎英男

東京都大田区雪谷大塚町1番7号

被告

アルプス電気株式会社

同代表者代表取締役

片岡政隆

同訴訟代理人弁理士

武顕次郎

橘昭成

七條耕司

主文

特許庁が平成8年審判第13420号事件について平成9年3月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「熱転写プリンタ」とする実用新案登録第1922461号(昭和59年9月18日出願、平成4年8月7日設定登録。以下「本件実用新案」といい、その考案を「本件考案」という。)の実用新案権者である。

被告は、平成8年8月9日、特許庁に対し、本件実用新案の登録を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成8年審判第13420号事件として審理した結果、平成9年3月25日、「登録第1922461号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年4月23日原告に送達された。

2  本件考案の要旨

(1)  平成9年審判第15416号事件における平成9年12月16日付け訂正審決(以下「本件訂正審決」という。)による訂正前の実用新案登録請求の範囲第1項の記載

カセット式の熱転写リボンを使用するとともにキャリッジの駆動力を利用して熱転写リボンの巻取りを行うようにした熱転写プリンタにおいて、キャリッジとは独立に回動しアップダウンを行う印字ヘッドと、この印字ヘッドとともに回動するアーム部材と、キャリッジの摺動軸と並行に設けられたラック部と係合しキャリッジの移動とともに回転する中間歯車と、この中間歯車と熱転写リボンの巻取り軸との間を結合するとともに前記アーム部材によりその断続が制御されるギヤクラッチとを具備してなる熱転写プリンタ。

(2)  本件訂正審決による訂正後の実用新案登録請求の範囲第1項の記載

カセット式の熱転写リボンを使用するとともにキャリッジの駆動力を利用して熱転写リボンの巻取りを行うようにした熱転写プリンタにおいて、キャリッジとは独立に回動しアップダウンを行う印字ヘッドと、この印字ヘッドを支持するとともに、キャリッジに設けられた軸であって、キャリッジの摺動軸とは異なる軸で回動し印字ヘッドをアップダウンする支持部材と、前記印字ヘッドとともに回動するアーム部材と、キャリッジの摺動軸と並行に設けられたラック部と係合しキャリッジの移動とともに回転する中間歯車と、この中間歯車と熱転写リボンの巻取り軸との間を結合するとともに前記アーム部材によりその断続が制御されるギヤクラッチとを具備してなる熱転写プリンタ。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決写し(以下「審決書」という。)記載のとおりであり、本件考案の要旨を本件訂正審決による訂正前の実用新案登録講求の範囲第1項により認定した上、本件考案は先願考案(実願昭59-28576号(実開昭60-141258号)の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された考案)と同一であると認定し、本件実用新案の登録は実用新案法3条の2に違反してなされたものであり、同法37条1項1号に該当し、無効とすべきであると判断した。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、本件訂正審決による訂正の結果、本件考案の要旨の認定を誤ったものであり、違法として取り消されるべきである。

(1)  すなわち、本件考案の要旨は、前記2(1)に記載のとおりであったが、原告は、本件考案につき訂正審判の請求(平成9年審判第15416号)をし、特許庁は、平成9年12月16日、本件実用新案明細書を原告請求のとおり訂正することを認める旨の審決をし、その謄本は、平成10年1月12日原告に送達された。

その結果、本件考案の要旨は、前記2(2)のとおり訂正された。

(2)  したがって、審決には、本件考案の要旨の認定を誤った違法があり、その余の点について判断するまでもなく、取り消されるべきである。

第3  請求の原因に対する被告の認否

請求の原因1ないし3は認める。同4のうち、(1)は認め、(2)は争う。

第4  証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであり、書証の成立は、いずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件考案の要旨)及び同3(審決の理由)は、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  請求の原因4(1)(本件訂正審決による訂正)は、当事者間に争いがない。

(2)  そうすると、審決は、本件訂正審決による訂正前の実用新案登録請求の範囲第1項の記載に基づいて考案の要旨を認定したため、結果として本件考案の要旨の認定を誤ったものである。そして、その誤りは審決の結論に影響するものと認められるから、審決は、その余の点について判断するまでもなく、違法なものとして取り消されるべきである。

3  よって、原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

平成8年審判第13420号

審決

東京都太田区雪谷大塚町1番7号

請求人 アルプス電気 株式会社

東京都港区西新橋1丁目6番13号 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 武顕次郎

東京都港区西新橋1-6-13 柏屋ビル 武特許事務所

代理人弁理士 橘昭成

東京都武蔵野市中町2丁目9番32号

被請求人 横河電機 株式会社

上記当事者間の登録第1922461号実用新案「熱転写プリンタ」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

登録第1922461号実用新案の登録を無効とする。

審判費用は、被請求人の負担とする。

理由

1、 本件実用新案登録第1922461号考案(昭和59年9月18日出願、平成3年10月24日公告(実公平3-49891号)、平成4年8月7日設定登録)の要旨は、その明細書および図面の記載からみて実用新案登録請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「カセット式の熱転写リボンを使用するとともにキャリッジの駆動力を利用して熱転写リボンの巻取りを行うようにした熱転写プリンタにおいて、キャリッジとは独立に回動しアップダウンを行う印字ヘッドと、この印字ヘッドとともに回動するアーム部材と、キャリッジの摺動軸と並行に設けられたラック部と係合しキャリッジの移動とともに回動する中間歯車と、この中間歯車と熱転写リボンの巻取り軸との間を結合するとともに前記アーム部材によりその断続が制御されるギヤクラッチとを具備してなる熱転写プリンタ。」

2、 これに対し、請求人 アルプス電気株式会社は、本件登録実用新案は、その出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された実願昭59-28576号(実開昭60-141258号)の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下、先願明細書という。)に記載された考案(以下、先願考案という。)と同一であり、しかも、この出願の考案者がその出願前の出願に係る前記考案をした者と同一であるとも、また、この出願の時において、その出願人がその出願前の出願に係る前記実用新案登録出願の出願人と同一でもないのであり、本件実用新案登録は実用新案法3条の2の規定に違反してなされたものであるので同法37条1項2号に該当し無効とすべきであると主張する。

3、 これに対し、被請求人は、先願考案には、本件考案の要旨のうち、(イ)「キャリッジとは独立に回動するアップダウンを行う印字ヘッド」(以下、構成Aという。)の構成は存在しない、かつ、(ロ)、先願明細書にはリボン巻取り軸を回転させる構成は記載されていないから「中間歯車と熱転写リボンの巻取り軸との間を結合するとともに前記アーム部材によりその断続が制御されるギヤクラッチ」(以下、構成Bという。)については開示がないとし、それを理由に請求人が主張する無効理由には根拠がない旨主張する。

4、 そこで検討するに、先願明細書には、「本考案は・・・、印字する時にはリボンフィードギャによりリボンをフィードし、印字しない時はクラッチを外してリボンフィードしないようにした熱転写プリンタのリボンフィード機構を提供することを目的とする。」(3頁10~15行)、

「そして上記の目的は本考案によれば、ヘッドキャリアにリボンカセットを搭載して印字する形式の熱転写プリンタのリボンフィード機構において、ヘッドキャリアの移動方向に沿設した固定ラックとリボンフレームに設けられたリボンフィードギヤとの間に互いに対向して設けられた一方が摺動自在な一対のカミアイクラッチを介在せしめると共に、ヘッドキャリアの印字動作に連動して前記一方のカミアイクラッチを摺動せしめ前記固定ラックとリボンフィードギアとを係合離脱可能にしたことを特徴とする熱転写プリンタのリボンフィード機構を提供することによって達成させる。」(3頁17~4頁8行)、

「ヘッドキャリア9およびリボンフレーム10は、夫々ガイド軸12、13によりその長手方向に摺動自在に支持され」(4頁13~15行)、

「ヘッドキャリア9はガイド軸12を中心としてB方向に回動してプラテン16とサーマルヘッド18との間に間隙を生ぜしめ」(5頁10~13行)、

「ヘッドキャリア9のスペース方向移動により固定ラック22に噛合した遊星ギヤ21aおよびカミァイクラッチ20、21により、これに連結された他の遊星ギヤ20aが共に回転しリボンフィードギヤ19を回転させる」(7頁12~17行)

の記載が認められ、この記載および例えば第1図からみて、前記先願明細書には、本件考案の要旨のうち、被請求人が主張する前記(ア)、(イ)の点はさて措き、その余の構成については全て記載されているものと認める。また、この点については被請求人も反論していない。

(41)次に、前記構成Aおよび構成Bが先願明細書に記載されているか否かについて検討する。(411)構成Aについて、

本件考案における「キャリッジ」についてみるとその明細書には、〔考案が解決しようとする問題点〕の項において、

「印字ヘッドをアップの状態としたままでキャリッジを印字方向へ移動させた場合には、印字動作を行っていないにもかかわらず、熱転写リボンを巻き取ってしまい、熱転写リボンを無駄に消費してしまうことになる。

また、このような欠点を解決するために、印字ヘッドのアップダウンと熱転写リボンの巻取りとを連動させ、印字ヘッドがダウンの状態の時にのみ熱転写リボンを巻き取るようにしたものも実用化されている。しかしながら、このような装置においては、キャリッジ全体をその摺動軸を中心に回動させることにより印字ヘッドのアップダウンを行っているので、アップダウン機構等の構成が複雑になるとともに、アップダウン機構の負荷が大きくなり、アップダウン時の動作音も大きくなってしまう。」(公報2欄15~3欄4行)、および、「本考案は、上記のような従来装置の欠点をなくし、印字ヘッドのアップダウンと熱転写リボンの巻取りとを連動させて、印字ヘッドがダウンの状態の時にのみ熱転写リボンを巻き取り、熱転写リボンを無駄に消費してしまうことのない熱転写プリンタを簡単な構成により実現することを目的としたものである。」(3欄5~11行)、

の記載が認められ、これによれば、従来のものはキャリッジ全体を回動させる構成であったため、アップダウン機構等の構成が複雑になるとともに、アップダウン機構の負荷が大きくなり、アップダウン時の動作音も大きくなってしまう問題点があった。本件考案はこの問題を解決するため、前記構成Aを採用したのであると解される。

また、同書中〔考案の効果〕の項には、

「印字ヘッドのアップダウンと熱転写リボンの巻取りとを連動させて、印字ヘッドがダウンの状態の時のみ熱転写リボンを巻取り、熱転写リボンを無駄に消費してしまうことのない熱転写プリンタを簡単な構成により実現することができる。」(6欄20~24行)の記載が認められるところ、これによれば、本件考案は前記構成Aを採用したことにより、従来のキャリッジ全体を回動させるものに比して構成が簡単になるという効果を奏するものということはできる。しかしながら、本件明細書全体をみても、他に前記構成Aを採用したことによるそれ以上の作用効果は認められない。

してみれば、本件考案は前記構成Aを採用した趣旨は、キャリッジ全体を回動させる構成を避けてそれよりも簡単な構成とすることにより、従来のものよりもアップダウン機構の負荷、アップダウン時の動作音が大きくならないようにしたということに尽きるというべきである。

これに対し、引用例には(ア)「ヘッドキャリア9の上部にリボンフレーム10およびリボンカセット11が搭載されている。このヘッドキャリア9およびリボンフレーム10は、夫々ガイド軸12、13により長手方向に摺動自在に支持され」(明細書4頁13~18行)、(イ)「ヘッドキャリア9におけるプラテン16および介装された用紙17側の前面にはサーマルヘッド18が設けられている。」(同5頁6~9行)、(ウ)「上記シャフト15が図面に対し下方に移動することにより、ヘッドキャリア9はガイド軸12を中心としてB方向に回動してプラテン16とサーマルヘッド18との間に間隙を生ぜしめ、反対にシャフト15が上方に移動すると、(・・・)サーマルヘッド18がプラテン16及び用紙17に到達して印字が行われるようになっている。」(明細書5頁9~17行)、の記載が認められる。

これらの記載およびその第2、4、5図によれば、ヘッドキャリアはリボンフレームとは別体であって、リボンフレームに対して回動自在に構成されていることは明かである。これはいわばキャリッジ全体の回動を避けたものとみることができ、本件考案において、キャリッジ全体が回動する構成を避けて構成Aを採用した趣旨と何等変わらないから、その点からすると、引用例2に記載されたサーマルヘッドをキャリッジとは独立に回動しアップダウンを行う印字ヘッド、とみることができる。

なお、仮に、ヘッドキャリアをキャリッジの一部とみて、その点から前記サーマルヘッドはキャリッジとは独立して回動しないとものといえるとしても、本件考案の作用効果は前示のとおりであり、それは引用例のヘッドキャリアによっても達成できることは明かであるから、その構成の相違は単なる設計変更にすぎないというべきである。

いずれにしても、先願明細書に前記構成Aが記載されていないことを理由に本件考案は先願考案と格別相違するということはできない。

(22)前記構成Bについて検討する。

請求人は、引用例に開示されたリボンフィードギヤ、リボンフィード軸はインクリボンの巻取り側に備えられた機構でなく、インクリボンの供給側であるからリボンの巻取り軸でなく、引用例には、構成Bは記載されていない旨主張する。

しかしながら、引用例には、「上記リボンフレーム10の下部のリボンフィード軸19aにはリボンフィードギヤ19が取付けられ、・・・上記リボンフィードギヤ19が回転するとリボンカセット11に収納されているリボン23が巻取られる。」(5頁17~6頁3行)、および

「ヘッドキャリア9がガイド軸12、13に沿いスペース動作を行うと固定ラック22に噛合されるカミァイクラッチ20、21を介してリボンフィードギャ19が回転し、リボン23が巻取られる。」(6頁15~18行)の記載が認められ、これらの記載から明らかなように、リボンフィートギヤが回転するとリボンフィード軸が回転してリボンは巻き取られるのであるから、リボンフィード軸が巻取り軸であることに疑問の余地はない。

したがって、被請求人の主張は明らかに失当であり、先願明細書には構成Bが記載されている。

以上、先願明細書には本件考案の要旨に規定された構成要件がことごとく記載されていると認められるから、本件考案は先願考案と同一であると認められ、しかも、この出願の考案の考案者がその先願考案をした者と同一であるとも、また、この出願の時において、その出願人が先願に係る前記実用新案登録出願の出願人と同一とも認められないから、本件実用新案の登録は実用新案法3条の2に違反してなれたものであり、同法37条1項1号に該当し、無効とすべきものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年3月25日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

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