東京高等裁判所 平成9年(行ケ)116号 判決 1999年10月26日
原告
株式会社佐久間製作所
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁理士
【B】
弁護士
植村元雄
土方周二
弁理士
【C】
被告
極東工業株式会社
代表者代表取締役
【D】
訴訟代理人弁理士
【E】
主文
特許庁が平成8年審判第1112号事件について平成9年3月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた判決
主文第1項同旨の判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「配管用支持具」とする登録第1994457号実用新案(昭和63年9月9日実用新案登録出願、平成5年2月18日出願公告(実公平5-6471号)、平成5年11月26日設定登録。本件考案)の実用新案権者である。
原告は、平成8年2月2日、本件考案について無効審判の請求をし、平成8年審判第1112号事件として審理された結果、平成9年3月24日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は平成9年4月21日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
略コ字状の基体の対向する上下の水平片に貫通孔を穿設すると共に、基体の下端における折曲部位に枢軸を形成する様に下方の水平片および垂直片の基部側に透孔を穿設し、又垂直片の上端側には掛止孔の上端辺より下方に爪を突設して成る嵌合主体部を設ける保持体と、一方略円弧状の支持部の一端より連続してUターン状のフック片を折曲すると共に、支持部の他端より連続して基体の垂直片と対向する外壁片を折曲し、更に外壁片より連続して支持部と対向すべき片持梁状に弾性を具有させる連結片を折曲し、該連結片の先端には前記掛止孔に挿入され、且つ前記爪が挿入される嵌合孔を穿設する掛止部を形成して成る嵌合従体部を設ける配管支持体とから成り、該配管支持体のフック片を基体の下端における透孔に挿通させて枢軸で以って回動自在に配管支持体を装着し、且つ配管支持体の回動変位時に外壁片が略水平状態になる様にフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定したことを特徴とする配管用支持具。
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の要旨
前項のとおりである。
(2) 原告(請求人)の審判における主張
原告は、下記に示す審判甲第1号証ないし審判甲第12号証を提示し、大略次のように主張している。
平成4年10月15日付け手続補正書の実用新案登録請求の範囲に記載された
「配管支持体の回動変位時に外壁片が略水平状態となるようにフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した」構成は、本件考案の出願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内のものではなく、明細書の要旨を変更するものであるから、本件出願は、実用新案法9条で準用する特許法40条の規定によって、その補正について手続補正書を提出した時にしたものとみなされる。(願書に最初に添付した図面の一部(第2図、第4図、第7図及び第8図)を本判決の別紙図面(本件考案の当初図面)とする。)
そして、本件考案は、その出願したとみなされた時より前に頒布された審判甲第5号証に記載された考案に基づいて、当業者が極めて容易に考案することができたものであるから、本件実用新案登録は、実用新案法3条2項の規定に違反してされたものである(審判甲第1号証は、本訴で書証として提出されていない。その他の下記の甲号証は、審判で提出されたものと番号を共通にして、本訴においても提出されている。)。
審判甲第1号証:実用新案登録第1994457号の実用新案登録原簿の写し
甲第2号証:実公平5-6471号公報
甲第3号証:本件出願の願書並びに願書に最初に添付した明細書及び図面
甲第4号証:平成1年4月24日付け手続補正書
甲第5号証:実開平2-40178号公報及び実願昭63-118908号の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム
甲第6号証:平成2年5月1日付け出願審査請求書
甲第7号証:平成4年5月14日付け拒絶理通知書
甲第8号証の1:平成4年7月31日付け意見書
甲第8号証の2:平成4年7月31日付け手続補正書
甲第9号証:平成4年10月15日付け拒絶理由通知書
甲第10号証:平成4年10月15日付け手続補正書
甲第11号証:平成4年10月27日付け出願公告の決定
甲第12号証:平成5年7月23日付け登録査定
(3) 審決の判断
本件の手続の経緯(審判甲第1号証、甲第2~第4号証、甲第6~第12号証をみると、「配管支持体の回動変位時に外壁片が略水平状態になる様にフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した」(本件補正事項)は、平成4年10月15日付けの手続補正書(甲第10号証)によって初めて限定されているので、まず、この手続補正(本件補正)が適法な補正であるかどうかについて検討する。
本件考案の出願の願書に最初に添付した明細書(甲第3号証)の6頁5~9行目には、「本体1、1a…は、保持体2、2a…の前記枢軸7、7a…に配管支持体…3、3a…の一端を枢着せしめ、保持体2、2a…の掛止孔9、9a…に配管支持体3、3a…の掛止部13、13a…を着脱自在に嵌合掛止めせしめている。」と記載されており、第2図には、「平坦部4a…の垂直面6、6a…寄り端部に、透孔(甲第8号証の2における符号23a部分)が穿設され、配管支持体3、3a…のフック片が、前記透孔内にその先端が若干突出状態で挿入され、且つフック片の先端が支持部11の基端部と略同方向を指向している」構成が、前記記載の具体例として示されている。
また、同明細書7頁17行目~8頁2行目には、「第4図に示す如く保持体2、2a…の嵌合主体部10、10a…から配管支持体3、3a…の嵌合従体部14、14a…を外した状態にて配管支持体3、3a…の支持部11、11a…上に配管20を載置せしめた後、最終的な本体1、1a…の高さ調節を成すのである。」と記載され、第4図には、「略コ字状に形成された配管支持体3、3a…が、その中間部が略水平状態に保持され、中間部に配管20を載置している」構成が、前記記載の具体例として示されているので、配管用支持具には、第4図の状態に配管支持体3、3a…を保持するための保持手段が必要であると認められる。
以上の事項を総合すると、「配管支持体の回動変位時に外壁片が略水平状態になる様にフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した」構成は、願書に最初に添付した明細書及び図面に記載されているといえるから、本件補正は、出願の願書に最初に添付した明細書及び図面に記載された事項の範囲内においてする補正であり、適法な補正と認められる。
そうすると、甲第5号証は、本件考案の出願後に頒布された刊行物であるから、本件考案が、甲第5号証に記載された考案に基づいて極めて容易に考案できたものとすることはできない。
(4) 審決のむすび
以上のとおりであるから、原告の主張及び証拠方法によっては、本件考案の実用新案登録を無効とすることはできない。
第3 原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(配管載置状態と回動変位時における配管支持体の水平保持構成について)
本件考案の当初明細書及び図面に記載された「配管支持体の水平保持構成」は、「配管を載置した状態」であるにもかかわらず、以下に述べるとおり、審決は、これをもって「配管が載置されない配管支持体それ自体の回動変位時」である旨認定しており、誤りである。
(1) 本件考案の当初明細書及び図面には、配管を載置した状態で配管支持体が水平保持されていることが示されているが、配管支持体を保持体から外したときに、当該配管支持体がどのような状態にあるかを示す記載はない。ところが、本件補正後の明細書の考案の詳細な説明で、「配管支持体自体」を回動変位してそのフック片を「当接」させ配管支持体の外壁片を「略水平状態と成した」後、「配管を載置支持」することが明示されるに至っている。
このように、本件補正により、「配管支持体の回動変位時」として、配管支持体を保持体から外したときに、配管支持体それ自体が水平保持される構成に変更されているのであり、これは、当初明細書及び図面に記載されない事項であって、要旨を変更する不適法な補正である。
(2) 被告は、本件補正事項は「配管支持体自体の回動変位時」に限定されないと反論するが、そのような主張は、本件考案の明細書の記載に反する。また、仮に、限定されないとすれば、配管載置状態から配管を載置してもしなくてもよい状態まで広がり、本件補正事項は、当初明細書及び図面に記載された事項よりも広い意味となり、いずれにしても要旨変更の補正となる。
2 取消事由2(保持手段の必要性について)
本件考案の当初明細書及び図面には、「配管支持体の保持手段の必要性」について何ら記載されておらず、かえって保持手段が不要であることがうかがい知れるにもかかわらず、以下に述べるとおり、審決は、「配管支持体の保持手段が必要である」旨認定しており、誤りである。
(1) 配管支持体を保持する手段を必要とするかしないかは、技術的思想の本質(課題の提示)にかかわる重要な点であるにもかかわらず、配管支持体の保持手段の必要性については、当初明細書及び図面にそれを明示又は示唆する記載が全くなく、かえって、当初明細書に他の実施例として記載された「蝶番による蝶着構造」では、その機能上本来的に配管支持体を保持できないものであり、当初明細書及び図面の記載事項はこの「蝶番による蝶着構造」を含む説明であることを考え合わせるとき、当初明細書及び図面の記載からは、配管支持体の保持手段は不要であることがうかがい知れる。
したがって、審決が、当初明細書及び図面の記載を挙げて、配管支持体の保持手段の必要性を認定しているのには根拠がなく、誤りである。
(2) 被告は、回動自在な配管支持体は、その自重で又は荷重が負荷されて回動するため、配管載置のために、水平状態保持が必要であり示唆されていると主張するが、この場合においても、「水平保持状態」は「水平保持手段」がなくても配管支持体自体の自重で実現することができるから、水平保持手段の必要性を認定する根拠にならない。
3 取消事由3(フック片の当接について)
本件考案の当初明細書及び図面には、単に配管を載置した配管支持体の水平保持状態のみが記載されているにすぎず、フック片の当接構成については何ら記載されていないにもかかわらず、審決は、「配管支持体のフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した構成」が記載されていると認定しており、誤りである。
(1) 本件補正事項は、「フック片の先端側の長さ」及び「下方の水平片への当接」を規定するけれども、当初明細書及び図面には、フック片の長さについてはもちろん、その先端が下方の水平片に当接するなどの技術事項についての記載は、一切ない。
審決は、当初図面の第2図のフック片の構成を拠り所としているのであるが、この第2図に記載されたフック片の構成では、配管支持体が水平状態となるように回動することができず、ましてや配管支持体の水平保持状態で、フック片の先端が下方の水平片に当接することもできない。
当初明細書及び図面には、配管支持体自体の保持手段の必要性という課題の提示すらなく、仮にあったとしても当該保持手段の具体的構成の開示もないから、このフック片の当接構成に係る考案、つまり本件補正事項に係る本件考案は、結局、出願時において完成されていない考案であるといわなければならない。
(2) したがって、審決は、当初明細書等に記載されないフック片の当接構成を認めた点において、判断を誤っている。
第4 審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1について
保持体2と配管支持体3は枢着構造なので、配管支持体3が回動自在であることは自明であり、配管支持体3の重心が保持体2との枢着部より外側であるために、保持体2から配管支持体3を外した状態では、配管支持体3は回動する。そして、回動した配管支持体3は自重があり、配管が載置された状態で水平保持されるのであるから、配管が載置されていなくても水平保持される。よって、保持体2から外された配管支持体3は回動して水平保持状態となることは、自明のことである。
したがって、「回動変位時に配管支持体が水平保持される構成」は、当初明細書又は図面に直接記載されていないとしても、自明な事項であるために、当初明細書又は図面に記載されている事項に該当し、要旨を変更しない適法な補正である。
原告は、「配管支持体の回動変位時」とは、「配管支持体自体の回動変位時」を意味すると主張しているが、本件考案では原告主張のような限定はない。第4図(当初及び本件補正後の双方)では回動変位後に配管を載置した状態で配管支持体が水平保持されているので、回動変位時とは「配管支持体自体」に限定されない。審決は「配管載置状態の配管支持体の水平保持構成」だけで、「配管支持体の回動変位時」の適法性を判断したわけではなく、当初明細書又は図面の記載事項を総合して本件補正事項の適法性を導き出しており、自明範囲を含めて判断している。
2 取消事由2について
配管が載置された状態で、配管支持体が水平保持されている構成は、当初図面の第4図に明示されている。仮に、配管支持体が水平保持されていなければ、保持体に対して回動自在であるために、水平保持できず配管は載置できない。回動自在な配管支持体は、その自重で又は荷重が負荷されて回動するため、配管載置のために、水平状態状態保持が必要であることは自明であり示唆されている。
また、出願当初においては「蝶番による蝶着構造」も実施例であり、当初図面の第4図の配管載置状態が適用されるから、「蝶番による蝶着構造」も配管支持体を水平状態に保持する手段が必要であり存在していたことがうかがい知れる。例えば、当初図面の第8図の蝶番による蝶着構造にあっては、配管支持体が回動した時には、下方の水平片の下面に湾曲状の支持部11の裏面が当接して配管支持体が水平状態に保持されるものである。
3 取消事由3について
審決は「配管載置状態の配管支持体の水平保持構成」だけで、「フック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した構成」の適法性を判断したわけではなく、当初明細書及び図面の記載事項を総合して本件補正事項の適法性を導き出しており、自明範囲を含めて正確に認定し、判断している。
原告の主張と審決の判断の相違は、当初図面の第2図の記載を判断材料としているか否かの相違である。原告は、当該第2図の記載に照らして、当初明細書又は図面には、そのようなフック片の「長さ」についてはもちろん、その先端が下方の水平片に「当接」するなどの技術事項についての記載は一切ない、と主張している。
しかし、当初図面の第2図には、審決が認定したように、「配管支持体3のフック片が、透孔内にその先端が若干突出状態で挿入され、且つフック片の先端が支持部11の基端部と略同方向を指向している構成」の記載がある。
そして、上記の「フック片の長さ」は、自明の範囲内から出願人が選択し、限定した事項である。すなわち、当初明細書及び図面には、枢着構造と蝶着構造の2種類の実施例が記載されており、審査段階で出願人は枢着構造のものだけに限定するとともに、水平保持手段を限定選択したものである。枢着構造としては、Uターン状のフック片を透孔に挿通して、配管支持体を回動自在と成しており、蝶着構造としては、1周弱の略円形状の外輪と軸で構成しており、本件考案では、枢着構造のフック片と蝶着構造の外輪を区別するために、フック片と透孔の大きさ位置関係を特定しているだけである。
また、上記の「フック片の先端が下方の水平片に当接する」構成は、自明の範囲内である。すなわち、当初図面の第2図において、配管支持体を保持体から外せば、配管支持体それ自体の自重で回動し、フック片の先端が下方の水平片に当接することは自明である。
原告は、当初図面の第2図の構成では、配管支持体の回動や水平保持が不可能であると主張し、未完成考案は保護に値しないと主張している。しかし、本件考案の当初明細書等には、自明範囲、示唆内容を含み、当業者が実施できる程度に技術的内容は開示されている。
第5 当裁判所の判断
1 出願当初の明細書及び図面の記載
(1) 甲第3号証(本件願書)によれば、本件考案の出願当初の明細書に以下の記載があることが認められる。
◇ 登録請求の範囲として、
「アンカーボルト等の取付部材に装着せしめる保持体の垂直面の一端近傍には嵌合支持体を形成せしめると共に、他端には配管支持体の一端を回動自在に装着せしめ、又配管支持体の他端を片持梁状に弾性を有せしめると共に、先端に嵌合従体部を形成せしめ、該嵌合従体部と前記嵌合主体部とを相互に着脱自在に成したことを特徴とする配管用支持具。」(当初明細書1頁5行~12行)
◇ 従来技術として、
「(従来の)配管方法にあっては、配管を配設せしめる際に、配管の各所定部位をクランプバンドにて被冠せしめ、しかる後、いちいちボルト締めをしなければならず、特に天井に沿って配管を配設せしめる場合にあっては、配管の各所定部位を被冠せしめたクランプバンドを頭上にて両手を使ってボルト締めをしなければならず、作業者の労働疲れが著しく、非常に非能率的であることにより、そのため費やされる時間が長く、作業者の時間当たりのコストが高騰し、又作業者一人では容易にかかる作業を終えることが出来ないといった欠点を有していた。」(当初明細書2頁11行~3頁3行)
◇ 考案が解決しようとする課題として、
「本考案は冷暖房設備等の配管に際し、その作業の手間を軽減して作業能率を向上せしめて、作業時間を短縮し、作業者の時間当たりのコストを軽減せしめる様にした配管用支持具を提供せんとするものである。」(当初明細書3頁5~9行)
◇ 作用として、
「本考案は壁面に所定間隔を有せしめて打ち込んだアンカーボルト等の取付部材に配管用支持具の保持体を装着することにより固定し、各配管用支持具が略同じ高さに位置する様に大体の高さ調節をした後に、保持体の嵌合主体部から配管支持体の嵌合従体部を外した状態にて、配管支持体上に配管を載置せしめた後、最終的な配管用支持具の高さ調節を成す」(当初明細書4頁2~9行)
◇ 実施例として、
「1、1a…は配管用支持具の本体であり、該本体1、1a…は保持体2、2a…と配管支持体3、3a…より構成せしめている。
保持体2、2a…は帯状の金属板の両端を直角に折曲せしめて略コ字状に形成せしめ、(中略)垂直面6、6a…の下端には保持体2、2a…の幅方向に枢軸7、7a…を形成する様に略矩形状の穴を上下に穿設せしめ、又上端近傍には(中略)嵌合主体部10、10a…と成らしめている。
配管支持体3、3a…は帯状の金属板の下端を略円弧状に湾曲せしめて支持部11、11a…と成し、」(当初明細書4頁20行~5頁16行)
「本体1、1a…は、保持体2、2a…の前記枢軸7、7a…に配管支持体3、3a…の一端を枢着せしめ、保持体2、2a…の掛止孔9、9a…に配管支持体3、3a…の掛止部13、13a…を着脱自在に嵌合掛止せしめている。」(当初明細書6頁5~9行)
「他の実施例にあっては、保持体2の下端と配管支持体3の一端とを蝶番15により蝶着せしめており、保持体2の掛止孔9は上下方向に対して所定の間隔を有せしめて矩形状に穿設せしめて嵌合主体部10、10a…と成し、又配管支持体3の掛止部13には上部に爪16を突起せしめて嵌合従体部14、14a…と成している。」(当初明細書6頁14~20行)
「第4図に示す如く保持体2、2a…の嵌合主体部10、10a…から配管支持体3、3a…の嵌合従体部14、14a…を外した状態にて配管支持体3、3a…の支持部11、11a…上に配管20を載置せしめた後、最終的な本体1、1a…の高さ調節を成すのである。」(当初明細書7頁17行~8頁2行)
◇ 考案の効果として、
「アンカーボルト等の取付部材18、18a…に本体1、1a…を仮固定して配管支持体3、3a…上に配管20を載置した後に、最終的に本体1、1a…の高さ調節をすることが出来、」(明細書9頁11~14行)
(2) また、以下の事項は、審決が出願当初の図面に示されているものとして認定した構成であるが、甲第3号証によれば、審決が認定したとおりの事項が、当初明細書の具体例として示されているものと認めることができる。
◇ 第2図に示されている事項として、
「平坦部4a…の垂直面6、6a…寄り端部に、透孔(甲第8号証の2における符号23a部分)が穿設され、配管支持体3、3a…のフック片が、前記透孔内にその先端が若干突出状態で挿入され、且つフック片の先端が支持部11の基端部と略同方向を指向している」との構成
◇ 第4図に示されている事項として、
「略コ字状に形成された配管支持体3、3a…が、その中間部が略水平状態に保持され、中間部に配管20を載置している」との構成
2 当初明細書及び図面に開示の配管用支持具の構成
(1) 以上認定の当初明細書及び図面の記載事項によると、従来の配管方法は、配管の各所定部位を被冠せしめたクランプバンドを作業者が保持しつつボルト締めをしなければならず、作業者の労働疲れが著しく、非常に非能率的であるという問題があったので、本件考案は、これを解決することを課題に、明細書の実施例に記載の構成を採用したものであり、特に、壁面の取付部材に配管用支持具が略同じ高さに位置するように大体の高さ調節をして取り付けた後に、配管用支持具を構成する保持体の嵌合主体部から配管支持体の嵌合従体部を外した状態にて、配管支持体上に配管を載置せしめた後、最終的な配管用支持具の高さ調節をなすようにしたものである。
その実施例としては、配管用支持具につき、保持体2と、略円弧状に湾曲せしめて成る支持部11を備える配管支持体3とから構成されるものが示され、配管用支持体3の支持部11上に配管を載置せしめることについて、保持体2の下端に形成した枢軸7に配管支持体3の一端が装着され、保持体の上端側には嵌合主体部を形成し嵌合従体部と着脱自在に構成することが示され、保持体2の下端に形成した枢軸7に配管支持体3の一端を装着する装着構造については、第2図に、配管支持体3の端部に鉤状に屈曲したフック片を、その先端が配管支持体3の支持部11の基端部と略同方向を指向して、保持体2の枢軸7に枢着する態様のものが図示されている。
また、当初明細書には、他の実施例として、配管支持体3の端部の形状(構造)を蝶番15にしたものが示されている(この実施例は、第7、第8図として示されていることが甲第3号証によって認められる。)。
そして、保持体2から配管支持体3の上端の嵌合従体部14を外した状態で支持部11上に配管を載置したときには、配管支持体3の支持部11の嵌合従体部との接続部分がほぼ水平状態に保持される態様が、当初図面の第4図に示されている。
(2) 他方において、1で認定したとおり、実施例として、「垂直面6、6a…の下端には保持体2、2a…の幅方向に枢軸7、7a…を形成する様に略矩形状の穴を上下に穿設せしめ」との記載及び「他の実施例にあっては、保持体2の下端と配管支持体3の一端とを蝶番15により蝶着せしめており」との記載はあるが、配管支持体3を水平状態に保持するための手段に関する具体的な構成については、当初明細書及び図面のいずれにも、直接的な記載あるいは明示的な記載はないことが甲第3号証によって認められる。
3 配管載置状態における配管支持体の水平保持構成の検討
(1) そこで、配管載置状態における、配管支持体を水平状態に保持する構成について検討すると、配管載置状態では配管支持体3に荷重が負荷されるにもかかわらず配管支持体3がそれ以上回動しないことから、何らかの水平保持手段の存在が当然想定されるところであり、その水平保持手段は、保持体2の下端に形成した枢軸7に装着されている配管支持体3の構成部分が、保持体2の水平部分に当接して回動を規制されることに由来するものであることも自明である。
(2) そして、枢軸7に装着される配管支持体3は、ほぼ円弧状に湾曲せしめて成る支持体11に連続して嵌合従体部との接続部分が形成される形状であり、この形状は当初図面にも図示されているから、保持体2の嵌合主体部から配管支持体3の嵌合従体部を外すと、配管の載置の有無にかかわらず、外方に存在する配管支持体3の重心の作用により枢軸7を支点に回動し、その途中で保持体2の水平部分に当接することで回動が規制され、支持部11あるいはそれに連続する嵌合従体部との接続部分が水平状態になって配管載置が可能になるようにされていなければならないことも明らかである。
しかしながら、以上においてみたところによると、本件考案の当初明細書及び図面には、配管載置状態における配管支持体の水平保持構成が存在していることは記載されているにとどまり、2(2)において説示したように、その水平保持の実現手段については具体的開示を欠くものといわざるを得ない。
4 補正後の明細書の記載
一方、本件考案の構成中、「配管支持体の回動変位時に外壁片が略水平状態となるようにフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した」との点が本件補正によって初めて限定された事項であることは、前記本件考案の要旨及び当初明細書における登録請求の範囲の記載との対比からして明らかであるところ、甲第2号証(本件出願公告公報)によれば、本件考案の補正後の明細書に以下の記載があることが認められる。
◇ 作用として、
「本考案にあっては、基体の透孔に配管支持体のフック片を挿入することにより、基体に対して配管支持体を回動自在に出来、又嵌合主体部から配管支持体の嵌合従体部を外すと、配管支持体が回動変位するも、かかる配管支持体の支持部のフック片先端側が基体の下方における水平片と当接して回動変位が規制され、配管支持体の外壁片が略水平状態と成って連結片を略垂直状態とするのである。」(本件公告公報2頁4欄13~21行)
◇ 効果として、
「配管支持体3のフック片24を基体22の下端における透孔23,23aに挿通させて枢軸7で以って回動自在に配管支持体3を装着し、且つ配管支持体3の回動変位時に外壁片25が略水平状態となる様にフック片24の先端側の長さを下方の水平片4aに当接する程度に設定したので、屋内配管の際に、取付部材18,18a…に本体1を仮固定し、配管支持体3の他端側である嵌合従体部14を嵌合主体部10より外すと、配管支持体3は回動変位するも、かかる配管支持体3の支持部11のフック片24の先端側が基体22の下方における水平片4aと当接すると、この位置で回動変位が規制されることにより、配管支持体3の外壁片25が略水平状態と成って連結片26が略垂直状態と成るため、この配管支持体3上に配管20,20aを自由状態にて載置支持することにより、配管20,20aの仮止めをすることが出来、このため最終的に本体1の高さ調節をすることが出来る。」(本件公告公報4頁7欄26行~8欄2行)
そして、本件考案の登録請求の範囲には、本件補正事項のほかに、「略円弧状の支持部の一端より連続してUターン状のフック片を折曲すると共に、支持部の他端より連続して基体の垂直片と対向する外壁片を折曲し、更に外壁片より連続して……嵌合従体部を設ける配管支持体」との構成があることは、本件考案の要旨から明らかである。
5 要旨変更の当否の検討
(1) これらの補正後の明細書の記載によると、本件補正事項においては、配管支持体3の枢軸7への装着構造について、「フック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した」と具体化し限定化しているが、当初明細書及び図面には、配管載置状態における配管支持体の水平保持構成が存在していることが記載されているにとどまることは前判示のとおりである。したがって、配管載置状態での配管支持体の水平状態と、本件補正事項にある配管支持体の回動変位時の水平状態とは同じ意味であるということはいえても、その水平状態を保持するための手段としては多様な手段が想定され得るから、当初明細書又は図面には、水平状態を保持するための実現手段について具体的開示を欠いており、その実現手段が、当初明細書又は図面あるいは技術常識に基づいて自明であると認めるに足りる証拠もない。
つまり、フック片をもって枢軸に装着する構造自体は、一般に周知慣用の技術であるとしても、具体的にこのフック片の先端を回動規制手段として利用すること、すなわち、枢軸を備えた部材に対してフック片の先端側の長さを当接する程度に特別に長く設定してフック片を備えた部材の回動を所定の限度までに規制する手段とすることが周知慣用の技術であったと認めることはできないし、回動規制手段としてフック片の先端を利用するから、別途回動規制手段を必要としないとの構成も自明な事項ということもできない。
(2) したがって、本件補正事項は、配管用支持具の技術分野の回動規制手段として本件補正後の本件考案を特徴づけているものであり、本件補正前の構成からみて明らかな従来の通常の周知技術を開示したものではないし、自明の具体的手段を明らかにしたものでもないというべきである。
してみると、当初明細書及び図面には、具体的な回動規制手段の開示はないといわざるを得ない。
(3) 結局、本件補正事項に係る、回動規制手段として「フック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した」構成が、当初明細書又は図面に記載されていたということはできないから、本件補正事項は明細書の要旨を変更するものというべきである。
(4) 被告は、当初明細書に記載の「配管載置状態の配管支持体の水平保持構成」のみならず、当初明細書の第2図に「配管支持体3のフック片が、透孔内にその先端が若干突出状態で挿入され、且つフック片の先端が支持部11の基端部と略同方向を指向している」構成が示されており、本件補正事項に係るフック片の長さは、自明の範囲内から被告が選択し限定した事項であって、「フック片の先端が下方の水平片に当接する」構成は自明の範囲内である旨主張する。
しかしながら、フック片本来の作用目的として枢軸7に回動自在に配管支持体3を装着するためにフック片の長さを適宜に設定することは自明の範囲内であるとしても、当初明細書に記載の「配管載置状態の配管支持体の水平保持構成」を前提にして、この水平保持構成を実現するための手段として想定される多くの手段の中から、フック片本来の上記作用目的とは別異の作用目的として水平保持構成を実現するためにフック片の長さを当接する程度に設定するということは、当業者にとって自明の事項とは認められないから、被告の主張は理由がない。
6 まとめ
以上によれば、当初明細書及び図面に「配管支持体のフック片の先端側の長さを下方の水平片に当接する程度に設定した構成」が記載されているとした審決の認定は誤りであり、この誤りは本件補正を適法なものと認め、これを前提にして、本件補正前に頒布された刊行物である甲第5号証をもって、本件考案の出願後に頒布されたものであるとし、甲5号証との対比判断をしないまま本件考案の進歩性を肯定した審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
第6 結論
以上のとおりであり、原告主張の取消事由3は理由があるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、原告の請求は認容されるべきである。
(平成11年10月5日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
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