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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)123号 判決 1998年7月28日

東京都千代田区丸の内2丁目2番3号

原告

三菱電機株式会社

代表者代表取締役

北岡隆

訴訟代理人弁理士

竹中岑生

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

木南仁

吉村宅衛

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成8年審判第1685号事件について平成9年4月3日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成1年4月22日、名称を「短絡防止装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、特許出願(平成1年特許願第102829号)をしたが、平成7年12月7日拒絶査定を受けたので、平成8年2月15日、拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成8年審判第1685号事件として審理した結果、平成9年4月3日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月28日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

被制御装置と電源との間に配設される第1のスイッチと、

前記被制御装置とグランドとの間に配設される第2のスイッチと、

前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を制御する制御部と

を備えた短絡防止装置であって、

前記制御部は、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を設定され、基準とする矩形波信号と同期して計時を開始し、設定値に達すると信号を出力する設定値を任意に可変としたタイマーと、

ディジタル信号をラッチし、前記タイマーが出力する前記信号に基づいて出力するラッチ回路と、

前記ディジタル信号及びその反転信号を各一方の入力とし、前記ラッチ回路の出力を各他方の入力とし、前記第1、第2のスイッチをオン、オフ制御するための各信号を出力する第1、第2の論理回路と

を具備することを特徴とする短絡防止装置。(別紙1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨等

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例

特開昭63-122314号公報(以下、「引用例」という。)には、特に第4図(別紙2第4図参照)の実施例を参照すると、高電位側電源ノードと低電位側電源ノードとの間に直列に接続されたPチャネルトランジスタ及びNチャネルトランジスタと、データ信号を所定時間遅延する可変遅延手段VDLと、データ信号を各一方の入力とし、可変遅延手段VDLの出力を各他方の入力とし、前記Pチャネルトランジスタ及びNチャネルトランジスタをオン、オフ制御する2入カナンドゲートと2入力ノアゲートとを具備する出力バッファ回路が記載されており、「各実施例で使用される遅延手段は種種の遅延素子を利用することができるが、たとえば第6図(別紙2第6図参照)に示すようにクロック信号Φにより駆動されるD型フリップフロップ回路61を用いれば、クロック信号Φの1サイクル分の遅延時間を得ることができる。」(甲第2号証4頁右下欄12行ないし17行)及び「本発明用の出力バッファ回路によれば、遅延手段を用いて出力用のPチャネルトランジスタおよびNチャネルトランジスタの反転タイミングを調整することにより貫通電流を低減することができる。」(同5頁左上欄18行ないし右上欄2行)とも記載されている。

(3)  対比

そこで、本願発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例には高電位側電源ノードと低電位側電源ノードとの間に直列に接続されたPチャネルトランジスタ及びNチャネルトランジスタに被制御装置が接続されることについては、明記されていないが、Pチャネルトランジスタ及びNチャネルトランジスタの接続点である出力ノードNoに何らかの回路等が接続されることは明らかであって、引用例記載の「高電位側電源ノード」、「低電位側電源ノード」、「Pチャネルトランジスタ」、「Nチャネルトランジスタ」、「データ信号」及び「2入力ナンドゲートと2入力ノアゲート」は、それぞれ、本願発明の「電源」、「グランド」、「第1のスイッチ」、「第2のスイッチ」、「ディジタル信号」及び「第1、第2の論理回路」に相当するものであるから、両者は、被制御装置と電源との間に配設される第1のスイッチと、前記被制御装置とグランドとの間に配設される第2のスイッチと、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を制御する制御部とを備え、前記制御部は、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を可変とした回路と、ディジタル信号を一方の入力とし、前記回路の出力を各他方の入力とし、前記第1、第2のスイッチをオン、オフ制御するための各信号を出力する第1、第2の論理回路とを具備する装置である点で一致するものと認められ、次の点で相違するものと認められる。

<1> 本願発明は、短絡防止装置であるのに対し、引用例記載の発明は、出力バッファ回路である点、

<2> 前記制御部が、本願発明では、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を設定され、基準とする矩形波信号と同期して計時を開始し、設定値に達すると信号を出力する設定値を任意に可変としたタイマーと、ディジタル信号をラッチし、前記タイマーが出力する前記信号に基づいて出力するラッチ回路であるのに対し、引用例記載の発明は、ディジタル信号を遅延する可変遅延手段VDLである点、及び、

<3> 本願発明は、ディジタル信号及びその反転信号を第1、第2の論理回路の各一方の入力としているのに対し、引用例記載の発明は、ディジタル信号を第1、第2の論理回路の各一方の入力としている点。

(4)  当審の判断

そこで、上記相違点について検討する。

<1> 相違点<1>については、引用例記載の出力バッファ回路は、第1、第2のスイッチが同時にオンすることがないようにタイミングを調整することにより、貫通電流を低減することができるものであり、本願発明の短絡防止装置の第1、第2のスイッチが同時にオンすることがないようにタイミングを調整することにより、電源とグランドとが短絡されるのを防止するものと作用・効果において差異はないので、上記相違点を格別のものとすることはできない。(本願明細書発明の詳細な説明に「本発明は・・・電源とグランドとの短絡を防止する装置に関する。」及び「スイッチ29が・・・、即ち両スイッチ29、30が同時にオンして、電源とグランドとが短絡されるのを防止する短絡防止時間が存在するようになっている。」と記載されている。)

<2> 相違点<2>については、設定値を任意に可変としたタイマーと、そのタイマーの出力に基づいて出力するラッチ回路を可変遅延手段として使用することは、周知の技術であって(例えば、実願昭57-2174号(実開昭58-107625号公報)のマイクロフィルム等参照)、引用例記載の可変遅延手段として上記周知のものを採用するようなことは、引用例記載の可変遅延手段VDLがクロック信号Φに基づいて出力するラッチ機能を備えているものであることを考慮すると、当業者が容易になし得ることと認められる。

<3> 相違点<3>については、同一の動作を行う範囲で引用例記載の第1、第2の論理回路の種類を変更して、入力として反転信号を使用するものとするようなことは、当業者が適宜なし得る設計事項に属することと認められる。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例記載の発明及び上記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)(本願発明の要旨等)、同(2)(引用例)及び同(3)(対比)は認める。

同(4)(当審の判断)中、<1>のうち、かっこ内の記載は認め、その余は争う。<2>のうち、「設定値を任意に可変としたタイマーと、そのタイマーの出力に基づいて出力するラッチ回路を可変遅延手段として使用することは、周知の技術であ」ることは認め、その余は争う。<3>は争う。

同(5)(むすび)は争う。

審決は、相違点についての判断を誤った結果、進歩性の判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(相違点<1>についての判断の誤り)

審決の相違点<1>についての判断は、誤りである。

短絡防止装置と出力バッファ回路とは、その機能上、動作上において厳然とした差異を有するものである。したがって、引用例記載の出力バッファ回路を本願発明の短絡防止装置に適用するには極めて大きな困難性を伴うものである。

すなわち、本願発明の第1及び第2のスイッチは、被制御装置の動作保護のために、ある期間オフ状態とされるものである。これに対し、引用例記載の発明は、出力バッファ回路(データ出力のバッファ動作すなわち緩衝動作を行うもの)であるから、出力としてのデータは遅延するにせよ必ず出力されることが前提とされているものであって、貫通電流を減少し消費電力を低減するという目的を遂行する限りにおいては第1及び第2のスイッチが同時にオンすることのないように動作するものであるが、ある期間オフ状態とするというようなことは、およそ考えられない。引用例記載の発明においては、「貫通電流の大きさと前記遅延動作に伴うバッファ回路の動作速度低下とのトレードオフを考える」(甲第2号証第4頁右上欄7行ないし9行)と記載されているように、バッファ回路の動作速度を優先する場合には、貫通電流が生じること、すなわち第1及び第2のスイッチの同時オン状態も起り得ることを示している。

(2)  取消事由2(相違点<2>についての判断の誤り)

審決の相違点<2>についての判断は、誤りである。

本願発明は、タイマーの設定時間を変えることで、いずれか一方のスイッチがオフした後、いずれか他方のスイッチがオンするまでの時間を任意に設定することができ、さらに短絡防止時間は、タイマーとラッチ回路と第1、第2の論理回路とによって集積回路の製造パラメータのばらつきの影響、熱的影響を受けることなく、被制御装置の特性に応じた精細な設定が可能となり、確実な短絡防止を図ることができるのである。

引用例には、本願発明の特定構成のタイマー及びラッチ回路を採用することにより、出力信号に遅延を加えることなく、第1、第2のスイッチの同時オンを確実に防止するとの技術思想について記載がなく、それを示唆するところもないのであって、設定値を任意に可変としたタイマーとそのタイマーの出力に基づいて出力するラッチ回路を可変遅延手段として使用することが一般的に周知の技術であるとしても、これらから本願発明の要旨とする構成が導き出せるものではなく、本願発明の特別顕著な作用効果を奏することはできない。

遅延手段としてラッチ回路を用いる点が周知であったとしても、これは、あくまでも遅延手段としての構成であって、第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を設定するものではない。

(3)  取消事由3(相違点<3>についての判断の誤り)

審決の相違点<3>についての判断は、誤りである。

本願発明において、ディジタル信号及びその反転信号を第1、第2の論理回路の各一方の入力としたのは、第1、第2のスイッチの同時オフ状態を確実に設定し、被制御装置の動作保護を的確に行う旨の本願発明の技術思想を達成するために必須の構成要件であって、これにより本願発明の作用効果を奏することができるのであるが、このように構成することは、当業者が適宜なし得ることではない。。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

<1> 本願発明は、原告も主張しているとおり、特に集積回路として形成されるものであり、電源電圧とグランド電圧を交互に被制御装置に供給できるようにした制御回路における電源電圧とグランドとの短絡を防止する短絡防止装置において、第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間、つまり、短絡防止時間を設けるとともにこの短絡防止時間を任意に調整できる構成とすることによって、精度良く短絡防止時間の設定を可能としたものである。

他方、引用例記載の発明も、半導体集積回路として形成されるものであり、本願発明の第1、第2スイッチに相当する引用例のPチャンネルトランジスタ及びNチャンネルトランジスタの出力ノードNoに何らかの回路等が接続されるのは明らかである。そして、本願発明は信号線へ加えられるハイレベル、ロウレベルの電圧によって上記第1、第2スイッチのオンオフを制御するとともに短絡防止時間の設定を可能としたものであるが、引用例記載の発明も同様のハイレベルとロウレベルの信号が加えられその切替わりにおいて、本願発明と同様の上記短絡防止時間を設けるとともに、制御信号によって可変遅延手段の遅延時間を制御して短絡防止時間の設定を可能としたものである。

したがって、本願発明と引用例記載の発明は、短絡を防止するという効果及び上記のようにその機能あるいは動作において差異はなく、同一技術分野に属する技術として取り扱われるのは当然のことである。

ちなみに、両者は、国際特許分類のH03K17/16(パルス技術のうち、混信電圧または混信電流を消去する技術を分類する。例えば、外来ノイズの除去、貫通電流の除去や低減等)、H03K19/094(2入力1出力を持つ回路のうち、半導体装置を用いるもの、特に電界効果トランジスタを用いるものを分類する。)に分類される技術として取り扱われている。

<2> 原告は、引用例には第1、第2のスイッチの同時オン状態も起こり得ることが記載されている旨主張するが、引用例(甲第2号証)には、「上記第4図(第5図の誤記と認められる。別紙2第5図参照)の回路によれば、高速動作させたい場合には第2のCMOSスイッチ53をオンさせるように制御し、貫通電流を低減させて消費電力を低減させたい場合には第1のCMOSスイッチ52をオンさせるように制御するように選択することが可能になる。」(4頁右下欄6行ないし11行)と記載されており、この記載は、引用例には第1のCMOSスイッチの選択によって本願発明と同様の実施態様を有する装置が明示されていることを意味し、原告のこの点の主張は当を得ていない。

(2)  取消事由2について

可変遅延手段のオンオフによってなされる遅延は、本願発明の第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンする時点までの時間を設定するもので、本願発明のタイマーとラッチ回路が行う遅延と何ら変わらないものである。

また、本願発明の第1、第2のスイッチはその構成が細かく限定されたものでなく、第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンする時点までの短絡防止時間を形成しうるものであればよく、引用例のスイッチは本願発明のスイッチと同様の機能を有するものである。

さらに、引用例の可変遅延手段は第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方をオンするまでの時間を制御する制御部として働き、第1、第2のスイッチの同時オフ状態を確実に設定し短絡防止を行うものである。

そして、引用例の可変遅延手段と同様の動作をする設定値を任意に可変としたタイマーと、このタイマーの出力に基づいて出力するラッチ回路は既に周知の事項である。

これらのこと、及び、引用例の可変遅延手段がクロック信号に基づいて出力するラッチ機能を備えているものであることを考慮すると、「引用例記載の可変遅延手段として、上記周知のものを採用することは、当業者が容易になし得ること」とした審決の判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

引用例の実施例第4図(別紙2第4図参照)の回路のタイミング波形図は、同号証の第2図(別紙2第2図参照)に示されたタイミング図を参照すると、データ信号、可変遅延手段の出力、ナンド回路の出力、ノア回路の出力タイミング波形図は別紙3参考図2のようになり、これによって本願発明と同様の第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンする時間を制御しうるものである。そして、引用例の第4図のものは、第1のスイッチとして、スイッチへの入力がロウレベルのときオン、ハイレベルのときオフし、第2のスイッチとして、ハイレベルのときオン、ロウレベルの時オフするものが採用されているが、採用するスイッチのタイプは適宜に決め得るもので、ハイレベルの入力でオンし、ロウレベルの入力でオフするものを両方のスイッチに採用すれば、上記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンする時間を制御しうる両スイッチへの入力タイミング波形は、二つのスイッチの動作から別紙3参考図3のようであればよいことは自明である。

このような動作のために必要な論理回路は、論理回路の動作を考慮すれば、引用例の第4図(別紙2第4図参照)、別紙3参考図1のナンド回路をノア回路に、ノア回路をアンド回路にすればよく(別紙3参考図4及び7参照)、製造の容易性等で両方の論理回路をアンド回路にする場合は別紙3参考図4のノア回路を2つの入力部にインバータを有するアンド回路とし別紙3参考図5のようにすればよいことも、論理回路の動作を考慮すれば自明の事項である。この場合、本願発明のいうディジタル信号及びその反転信号を第1、第2の論理回路の各一方の入力としているものになる。そして、上記2つのインバータを1つにしてデータ信号を反転するように用いれば、制御部から下段のアンド回路へ送る信号をインバータで反転すればいいことも自明の事項である。このようにして形成された回路(別紙3参考図6参照)は本願発明の一実施例である本願に添付された第1図(別紙1第1図参照)の回路と同一であり、上記のような回路の変更は当業者が適宜なしうる設計事項に属する程度のことである。

また、上記のような変更のための論理、例えば、2つの入力から必要な出力を出すためのもの、ノア回路の他の回路への変換等は、論理演算を取り扱うブール代数においても、定理あるいは代表的な論理関数としてよく知られたものである(乙第1号証参照)。

したがって、同一の動作を行う範囲で引用例記載の第1、第2の論理回路の種類を変更して、反転信号を使用するようなものとするようなことは、当業者が適宜なし得る設計事項に属するとした審決の判断に誤りはない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点の記載)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)(引用例)及び同(3)(対比)は当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について判断する。

(1)  取消事由1について

<1>(a)  甲第4ないし第7号証によれば、本願明細書には、短絡防止装置に関して、「被制御装置と電源との間に配設される第1のスイッチと、前記被制御装置とグランドとの間に配設される第2のスイッチと、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフした時点からいずれか他方がオンするまでの時間を制御する制御部とを備えた短絡防止装置」(甲第7号証特許請求の範囲)、「而してこのような従来装置の動作を第4図(別紙1第4図参照)に示すタイミングチャートに従って説明する。いま信号21(別紙1第3図参照)に第4図に示す如くハイレベル(H)、ローレベル(L)が交互する信号Gが加えられたときはNOR回路22、AND回路23の各一方の入力端にはそのままの信号が、またNOR回路22、AND回路23の各他方の入力端には、遅延回路24を介して所定時間d1だけ遅延せしめられた信号Jが入力される。これによってNOR回路22からは信号G、Jが共にローレベルとなっている間に信号Eがハイレベルの状態で出力され、スイッチ29がオンされて電源電圧Vはスイッチ29を介して被制御装置31に印加される。一方AND回路23からは信号G、Hが共にハイレベルとなっている間、信号Fがハイレベルの状態で出力され、スイッチ30がオンされて被制御装置31にスイッチ30を介してグランド電圧が印加されることとなる。これによってスイッチ29がオン又はオフする時点とスイッチ30がオン又はオフする時点との間にはスイッチ29、30が共にオフの状態となる時間d1、即ち両スイッチ29、30が同時にオンして、電源とグランドとが短絡されるのを防止する短絡防止時間が存在するようになっている。」(甲第4号証2頁18行ないし3頁末行、甲第5号証2頁6行、7行)と記載されていることが認められる(一部は、当事者間に争いがない。)。

この記載によれば、本願発明の短絡防止装置は、被制御装置と電源との間に配設される第1のスイッチと、前記被制御装置とグランドとの間に配設される第2のスイッチとから構成され、被制御装置に対して電力を供給する装置に関して、ハイ、ロウが交互する信号が加えられた時、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフ、他方がオフするように動作するもので、スイッチの動作切換時に両スイッチ29、30が同時にオンして電源とグランドとが短絡されるのを防止するものである。

(b)  他方、甲第2号証によれば、引用例には、「第8図(別紙2第8図参照)は従来のトライステート型の出力バッファ回路を示している。即ち、VDD電源ノードとVSS電源ノード(接地端)との間にPチャネルトランジスタTP及びNチヤネルトランジスタTNが直列に接続されており」(2頁左上欄8行ないし12行)、「ところで、電流駆動能力の大きいCMOS出力バッファを数多く有するLSI(大規模集積回路)では、上記バッファの貫通電流成分がLSIチップ全体の消費電力に大きな影響を与えるので、これを低減する必要がある。」(2頁右下欄5行ないし9行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、引用例記載の発明は、次段の回路と電源との間に配設される第1のスイッチTPと、前記次段の回路とグランドとの間に配設される第2のスイッチTNとから構成され、次段回路に対して電力を供給する装置に関して、ハイ、ロウが交互する信号(データ信号D)が加えられた時、前記第1、第2のスイッチのいずれか一方がオフ、他方がオフするように動作するもので、スイッチの動作切換時に両スイッチTP、TNが同時にオンして貫通電流が流れるのを防止するものであると認められる。

(c)  そうすると、本願発明の短絡防止装置と引用例記載の出力バッファ回路とは、構成及び動作において共通しており、格別の差異はないものと認められる。

<2>  さらに、甲第2号証、乙第2及び第3号証並びに弁論の全趣旨によれば、本願発明の国際特許分類(第5版)はH03K17/16、H03K19/0944であり、引用例記載の発明の国際特許分類(第4版)はH03K17/16、19/00、19/094であり、H03K17/16(電子的スイッチングまたはゲート、すなわち、メークおよびブレーク接点によらないもののうち、混信電圧または混信電流を消去するための変形)で同一であり、また、H03K19/094(論理回路、すなわち1出力に作用する少なくとも2入力をもつもの;反転回路のうち、電界効果トランジスタを用いるもの)で同一であり(国際特許分類H03K19/0944は、第5版においてH03K19/094の下位に新しく展開された分類である。)、本願発明と引用例記載の発明は、国際特許分類の観点からも共通していることが認められる。

<3>  そうすると、引用例記載の出力バッファ回路は、第1、第2のスイッチが同時にオンすることがないようにタイミングを調整することにより、貫通電流を低減することができるものであり、本願発明の短絡防止装置の第1、第2のスイッチが同時にオンすることがないようにタイミングを調整することにより、電源とグランドとが短絡されるのを防止するものと作用、効果において差異はないので、相違点<1>を格別のものとすることはできない旨の審決の判断に誤りはないと認められる。

<4>  原告は、引用例記載の発明は、出力バッファ回路であるから、出力としてのデータは必ず出力されることが前提とされているものであり、貫通電流を減少し消費電力を低減するという目的を遂行する限りにおいては第1及び第2のスイッチが同時にオンすることのないように動作するものであるが、ある期間オフ状態とするというようなことは考えられず、バッファ回路の動作速度を優先する場合には第1及び第2のスイッチの同時オン状態も起り得る旨主張する。

しかしながら、甲第2号証によれば、引用例には、「次に、上記トライステート型の出力バッファ回路の動作を第2図(別紙2第2図参照)のタイミングチャートを参照して説明する。EN信号が低レベルのときには、ナンドゲート11(別紙2第1図参照)の出力点aが高レベル、ノアゲート12の出力点bが低レベルになるので、両トランジスタTP、TNともオフ状態になり、出力ノードNOは高インピーダンス状態になる。」(3頁左下欄18行ないし右上欄4行)と記載されていることが認められ、この記載及び第2図によれば、引用例記載の発明において第2図のTPオフからTNオン間での期間及びTNオフからTPオンの期間は、両トランジスタTP、TNは共にオフするものと認められる。したがって、原告のこの点の主張は採用することができない。

<5>  よって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

<1>  「設定値を任意に可変としたタイマーと、そのタイマーの出力に基づいて出力するラッチ回路を可変遅延手段として使用することは、周知の技術であ(る)」ことは、当事者間に争いがない。

<2>(a)  甲第4ないし第7号証によれば、本願明細書には(別紙1第1図、第2図参照)、タイマーとラッチにつき、「一方信号Aが設定タイマー4に入力されると設定タイマー4は信号Aの立ち上がり(又は立ち下がりでもよい)の都度計時動作を開始し、この計時動作の開始と同時的にローレベルからハイレベルに立ち上がり、予め設定された短絡防止時間dOに相当する時間だけハイレベルを維持し、計時が完了するとハイレベルからローレベルに立ち下がる信号Cをラッチ回路7へ出力する。

ラッチ回路7は設定タイマー4が計時動作を完了し、信号Cが立ち下がるのと同期してインバータ回路3の出力信号Bを取り込み、これを信号QとしてAND回路5、インバータ回路8へ出力する。

第2図に示す如く、信号Cの最初の立ち下がり時における信号Bはローレベルの状態にあり、インバータ回路3の信号Bはハイレベルの状態にあるから、ラッチ回路7の出力信号Qはハイレベルの状態となり、この状態でAND回路5に、またインバータ回路8を経て反転された信号Qがローレベルの状態でAND回路6に夫々出力されることとなる。

これによってAND回路5の両入力端には信号B、Qがハイレベルの状態で夫々入力されることとなり、その出力信号Eは設定タイマー4の出力信号Cが立ち下がるのと同時的にハイレベルとなり、次に設定タイマー4の出力信号Cが立ち上がるとき迄、換言すれば信号Bが立ち上がるときまでハイレベルの状態に維持される。

一方AND回路6は一方の入力端には信号Bがそのまま、また他方の入力端には信号Qが入力されるから、信号Bがハイレベルの状態から立ち下がる迄の間は信号Qもハイレベルの状態にあり、その出力信号Fはハイレベルに維持され、また信号Bがハイレベルの状態から立ち下がると同時に、換言すれば信号Eがハイレベルの状態に立ち上がるのに時間dOだけ先立ってローレベルの状態となり、また信号Qがハイレベルの状態から立ち下がるのと同時に、換言すれば信号Eがハイレベルの状態から立ち下がった後dO時間後に信号Fがハイレベルの状態となる。」(甲第4号証8頁11行ないし10頁9行、甲第5号証2頁10行ないし12行、甲第6号証2頁14行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、本願発明におけるタイマーの意義は、信号Bの立ち下がり又は立ち上がりとそれぞれ同時に立ち上がり、一定時間後にロウレベルに復帰するパルス状信号である信号Aを基に、設定タイマー4によってあらかじめ自由に設定された短絡防止時間dOを持つ信号Cを形成することであり、ラッチ回路はこの信号Cを用いて信号Bの反転信号で時間dO遅延した信号Qを形成することであるものと認められる。

そして、本願明細書添付の第1図(別紙1第1図参照)によれば、ラッチ回路としてD型フリップフロップが使用されていることが認められる。

(b)  これに対し、甲第2号証によれば、引用例には、「第4図(別紙2第4図参照)は他の実施例に係る出力バッファ回路を示しており、出力用のPチャネルトランジスタTPのゲートに2入力ナンドゲート41の出力が入力し、出力用のNチャネルトランジスタTNのゲートに2入力のノアゲート42の出力が入力し、上記ナンドゲート41およびノアゲート42の各一方の入力としてデータ信号Dが入力する。そして、データ信号Dが可変遅延手段VDLを経て上記ナンドゲート41およびノアゲート42の各他方の入力となっている。」(4頁左下欄6行ないし15行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、引用例の第4図の回路においては、データ信号Dは、VDLによってある時間遅延された信号が形成されることが認められる。そうすると、VDLは本願発明の設定タイマーとラッチ回路を合成したものに相当するものと認められる。

(c)  さらに、甲第2号証によれば、引用例には、「なお、前記各実施例で使用される遅延手段は種種の遅延素子を利用することができるが、たとえば第6図(別紙2第6図参照)に示すようにクロック信号φにより駆動されるD型フリップフロップ回路61を用いれば、クロック信号φの1サイクル分の遅延時間を得ることができる」(4頁右下欄12行ないし17行)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本願発明と引用例記載の発明とは、D型フリップフロップのクロック端子に、本願発明ではタイマーの出力を、引用例記載の発明ではクロックφを入力し遅延させる点で一応相違しているが、双方ともにD型フリップフロップを使用する点で共通しているものである。

(d)  そうすると、前記のとおり、可変遅延手段としてタイマーとラッチ回路の組合せとして使用することは周知であるから、引用例の第4図において、VDLすなわち可変遅延手段をタイマーとラッチ回路を組み合わせたものにより置換することは、当業者が容易になし得ることであると認められ、そのように構成することによる効果も、予測可能な程度のものであると認められる。

<3>  これに反すう原告の主張は、上記に説示したところに照らし、採用することができない。

<4>  よって、審決の相違点<2>についての判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

<1>(a)  甲第4ないし第7号証によれば、本願明細書には(別紙1第1図、第2図参照)、「これによってAND回路5の両入力端には信号B、Qがハイレベルの状態で夫々入力されることとなり、その出力信号Eは設定タイマー4の出力信号Cが立ち下がるのと同時的にハイレベルとなり、次に設定タイマー4の出力信号Cが立ち上がるとき迄、換言すれば信号Bが立ち上がるときまでハイレベルの状態に維持される。

一方AND回路6は一方の入力端には信号Bがそのまま、また他方の入力端には信号Qが入力されるから、信号Bがハイレベルの状態から立ち下がる迄の間は信号Qもハイレベルの状態にあり、その出力信号Fはハイレベルに維持され、また信号Bがハイレベルの状態から立ち下がると同時に、換言すれば信号Eがハイレベルの状態に立ち上がるのに時間dOだけ先立ってローレベルの状態となり、また信号Qがハイレベルの状態から立ち下がるのと同時に、換言すれば信号Eがハイレベルの状態から立ち下がった後dO時間後に信号Fがハイレベルの状態となる。

これによってスイッチ9、10は一方がオフの状態からオンの状態になるときは、これに時間dOだけ先立って他方がオンの状態からオフの状態となり、また一方がオンの状態からオフの状態になるときはこれとdOの時間遅れて他方がオフの状態からオンの状態となり、夫々がオン状態となる始点と終点との間に両者ともオフの状態となる時間dOが存在し、両スイッチ9、10が同時にオン状態となって短絡が発生するのが確実に防止されることとなる。」(甲第4号証9頁10行ないし10頁19行、甲第6号証2頁15行、16行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、本願発明において「ディジタル信号及びその反転信号を第1、第2の論理回路の各一方の入力とした」意義は、第2のスイッチ10に対しオフする信号を形成し、第1のスイッチ9に対し前記オフする信号の期間にオンする信号を形成し、又はこの逆の動作をする信号を形成することであると解される。

(b)  他方、甲第2号証によれば、引用例には、第1図(別紙2第1図参照)の動作について(引用例の別紙2第4図の動作は原理的には第1図の動作と同じであると認められる。)、「本発明の出力バッファ回路は、出力用のPチャネルトランジスタのゲート入力を与える第1の多入力論理回路および出力用のNチャネルトランジスタのゲート入力を与える第2の多入力論理回路に対して、それぞれ1つの入力として、データ信号またはその反転信号を遅延手段により所定時間遅延させた信号を与えるようにしてなることを特徴とする。」(3頁右上欄4行ないし11行)、「上記動作において、データ信号Dのレベル反転時における出力点a、bの応答時間は遅延手段DLの存在により次に述べるようになる。即ち、データ信号Dが高レベルから低レベルに変化するとき、ナンドゲート11の出力点aはその論理閾値(通常は1/2VDD)よりデータ信号Dのレベルが低くなると同時に高レベルになるのに対して、ノアゲート12の出力点bは遅延手段DLの入力が低レベルになってから出力が低レベルになるまでの遅延時間分だけ遅れて高レベルになる。したがって、PチャネルトランジスタTPがそれまでのオン状態からオフ状態になる動作よりもNチャネルトランジスタTNがそれまでのオフ状態からオン状態になる動作の方が遅く開始し、貫通電流が低減する。同様に、データ信号Dが低レベルから高レベルに変化するとき、ノアゲート12の出力点bはその論理閾値(通常は1/2VDD)よりデータ信号Dのレベルが高くなると同時に低レベルになるのに対して、ナンドゲート11の出力点aは遅延手段DLの入力が高レベルになってから出力が高レベルになるまでの遅延時間分だけ遅れて低レベルになる。したがって、NチャネルトランジスタTNがそれまでのオン状態からオフ状態に変化する動作よりもPチャネルトランジスタTPがそれまでのオフ状態からオン状態になる動作の方が遅く開始し、貫通電流が低減する。」(3頁右下欄18行ないし4頁右上欄3行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、引用例記載の発明も、NチャネルトランジスタTNがオン状態からオフ状態に変化する動作よりもPチャネルトランジスタTPがそれまでのオフ状態からオン状態への動作が遅く開始するようにしたものであると理解することができる。

(c)  そうすると、引用例記載の発明も、動作、作用効果の点で、本願発明と何ら変わるところはないと認められる。

(d)  そして、弁論の全趣旨によれば、本願発明第1図の回路と引用例第4図の回路が等価なものであることは当業者にとって明らかであり、このように論理回路の種類を変更して、入力として反転信号を使用するものとするようなことは、当業者が適宜なし得る程度のことであると認められる。本願発明のように構成することにより奏する効果も、当然予想し得る程度のものであると認められる。

<2>  したがって、審決の相違点<3>についての判断に誤りはなく、原告主張の取消事由3は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年7月9日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙 1

<省略>

1、2・・・信号線

3・・・インバータ回路

4・・・設定タイマ

5、6・・・AND回路

7・・・ラッチ回路

8・・・インバータ回路

9、10・・・スイッチ

11・・・被制御装置

<省略>

別紙 2

<省略>

別紙 3

<省略>

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