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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)127号 判決 1998年3月31日

大阪市住之江区浜口西3丁目13番7号

原告

株式会社壁の穴

代表者代表取締役

伏木政光

訴訟代理人弁護士

丹羽一彦

金子浩子

東京都保谷市東伏見2丁目6番10号

被告

内河淑子

訴訟代理人弁理士

鈴江武彦

石川義雄

石井孝

主文

1  特許庁が平成2年審判第4145号事件について平成9年3月24日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外内河煕は、商品区分(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。以下同じ。)第31類の「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」を指定商品とし、「壁の穴」の文字を横書きしてなる登録第1482034号商標(昭和52年8月8日登録出願、昭和56年9月30日設定登録、平成4年1月29日商標権存続期間更新登録。以下「本件商標」という。)の商標権者であったが、被告は、平成6年4月8日、同訴外人から本件商標の譲渡を受け、同年9月30日にその登録がされた。

訴外日清製粉株式会社は、平成2年4月25日、本件商標につき商標登録の取消しの審判を請求し、平成2年審判4145事件として審理されていたところ、原告は、同事件に参加の申請をし、平成8年3月18日、請求人の側への参加が許可された。

特許庁は、同事件について平成9年3月24日「本件審判の請求は、成り立たない」との審決をし、その謄本は、同年5月7日訴外日清製粉株式会社及び原告に送達された。

2  審決の理由の要点

別紙審決書の理由記載のとおりである(ただし、11頁6行目及び12頁5行目の各「b2」は「No.2」の、12頁5行目の「b3」は「No.3」の誤りと認める。また、審決における乙第1ないし第15号証は、本訴のそれと同じである。また、審決における資料1は乙第1号証、同2の1は乙第18号証、同2の2は乙第19号証、同3の1は乙第20号証、同4は乙第21号証、同5は乙第10号証の写、同6の1は乙第22号証、同6の2は乙第23号証、同8の1は乙第25号証、同9は乙第26号証である。)。

3  審決の取消事由

審決の理由1ないし3は認める。同4の第1文は認め、第2文は否認し、第3文は争う。

審決は、新世界興業株式会社(以下「新世界興業」という。)が本件審判請求の登録前3年以内に指定商品中の「ホワイトソース、ドレッシング」等に本件商標を使用していたと誤認し、また、新世界興業が本件商標の通常使用権者であったと誤認したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(「ホワイトソース、ドレッシング」等への本件商標の不使用事実の誤認)

原告は、新世界興業が経営するレストラン「壁の穴西新宿店」、「チボリ京王モール店」がスパゲティ専門店であったことは争わない。しかし、これら店舗で「ホワイトソース、ドレッシング」を本件商標と同一性を有する「壁の穴」商標を付して本件審判請求の登録前3年以内に使用していた証拠はない。

ア スパゲティ専門店ならば当然に「ホワイトソース、ドレッシング」を商品として販売していたという推定は成り立たない。そして、被告提出証拠をみても、これを裏付ける証拠はない。

イ 被告は、納品書(乙第19、第23号証、第24号証の2、以下納品書の前に書証番号を付し「乙第19号証納品書」のごとくいう。)を提出しているが、それはいずれも「コクヨ ウー221N」の用紙が使用され、それぞれには、1988年12月20日、1989年9月10日、1988年9月20日の日付が記載され、税率、消費税額の記入欄がある。しかし、「コクヨ ウー221N」の用紙の販売開始は平成元年5月である。したがって、乙第19号証納品書の1988年12月20日という日付及び乙第24号証の2納品書の1988年9月20日という日付はいずれも実際の作成日を大幅に遡った虚偽の日付であり、同号証記載の会社案内等(乙第18、第20号証等)が上記納品書の各日付に納品されたはずはない。

また、乙第19号証納品書が虚偽の日付を記載した文書であることからすると、同号証の番号「2」と続き番号の「3」が付された乙第23号証納品書の日付も虚偽の日付と解するのが合理的である。

乙第19、第23号証納品書によって納品されたとされる、「新宿壁の穴グループご案内」(乙第20号証、以下「乙第20号証商品案内」という。)、「新宿壁の穴店頭販売商品」(乙第22号証、以下「乙第22号証チラシ」という。)は、「創業15年元祖壁の穴」と明示されており、新世界興業が壁の穴レストランを開始したのは昭和52年であることからすれば、これらの文書は平成4年ころに作成されたものである。

ウ 「ホワイトソース(エビ入り)」は第31類に属する商品ではない。また、「ミートソース」や「トマトソース」も同様であって、これら「スパゲッティ・ソース」はいずれも特許庁において第32類に属するものとして取り扱われていた商品である。

お持ち帰りメニュー(乙第6号証)の「ホワイトソース(エビ入り1人前120グラム)」は500円であるが、表示ポスターの写真(乙第7号証)の「ホワイトソース1人前」も500円であるから、これもエビ入りであり、第31類に属しない商品である。そうすると、他の証拠中の「ホワイトソース」も同じくエビ入りであるから、「ホワイトソース」については使用の証拠は全くない。

(2)  取消理由2(新世界興業が通常使用権者ではない事実の誤認)

ア 昭和59年12月10付使用許諾契約書(乙第1号証)が、同号証記載の日に作成されたとは認められない。

すなわち、<1>当該契約を同日に締結しなければならない必然性の証明がなく、また、本件商標について格別使用許諾契約書を作る必要があったのか不自然である。<1>それにもかかわらず、上記契約書は当事者の他に立会人が記名押印し、内容が比較的詳細であり、収入印紙が添付されているなど、オーナー経営者と企業との間で結ばれた契約としては異例なほど詳細である。<3>上記<2>を前提に考えると、上記契約書は第三者に見せることを前提として作成されたとしか考えられないが、そうであるならこの契約に伴って当然作成されるべき取締役会の議事録は提出されていない。<4>上記契約書は、審判手続で被告が提出したのと同じワープロで作成されているとみられる。

これらの事実は、上記契約書が同日に作成されたことを前提とすると説明困難であるが、これが本件審判手続開始後に作成されたことを前提とすると、極めて説明がつきやすいものである。

イ 黙示の使用許諾契約の存在も認められない。

被告は、黙示の使用許諾契約が認定された裁判例として、東京高等裁判所昭和57年9月22日判決(審決取消訴訟判決集昭和57年1167頁)をあげ、黙示の使用許諾契約を主張する。しかし、上記裁判例は、当該商標出願以前から被許諾者が当該商標と類似する商標を指定商品について使用しており、許諾権者は始めから被許諾者に使用させるために当該商標を出願したことが前提とされている。本件では、内河煕の商標の出願から長期間本件商標が使用されておらず、前提となる事実が全く異なる。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1、2は認め、同3は争う。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア ホワイトソース等の写真(乙第21号証)は、店内で飲食する顧客の注文に応じて差し出す加工した料理(サービス営業)を示す商標の使用に当たらないホワイトソースと、第31類の商標の使用に係る持ち帰り商品(乙第6、第22、第29号証)としてのホワイトソースの両者を含むものである。

イ コクヨ株式会社が「コクヨ ウー221N」の販売開始を平成元年5月としていることと、乙第19号証納品書、第24号証の2納品書の日付が食い違っていることについては、上記納品書を作成した株式会社広放の元従業員によれば、注文品の納付が遅れ至急納入する場合、例えば夜間の配達や少量の納品については製品だけを納入することがあったとのことであり、したがって、後日領収書の作成時期に納品書を書く場合が往々あり、上記納品書も領収書の作成時の平成元年8月31日に配送員が持ち合わせた納品書に日付だけを遡って記入して被告側に提出した疑いがある。しかし、株式会社広放は倒産しているため、正確な事実の調査は困難である。

(2)  取消事由2について

昭和60年10月、東京都は都庁を新宿駅西口に移転する副都心計画を都条例により策定し、都庁の移転と新宿駅西口一帯の開発が計画された。そこで被告側も、経営の新規拡大による出店計画として、壁の穴西新宿店の外に壁の穴セントラルキッチン、焼々家等の開店を図り、オーナーである内河煕の個人経営であった経営規模を、新規出店による店舗開設と商標権を含めた権利関係、及び社内業務態勢を明確にするため、都庁移転決定前に登録商標の使用権について許諾契約書を作成する必要があったのである。

そして、使用許諾契約書については、第18類、第26類、第29類、第30類の商標についてもそれぞれ昭和59年12月10日付で通常使用権許諾契約を設定し、その許諾書(乙第27号証)を作成したもので、第31類の本件商標のみに限定したものではない。

本件の許諾契約書は、社内対策と税務対策上の処理を前提とした債権契約書として作成したので、取締役会議事録を省略し、また、設定登録には時間がかかるので未登録の通常使用権としたものである。そして、その後、営業態勢の安定化に伴って、いずれも専用使用権の設定登録をしている。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

第2  審決の取消事由1について判断する。

1  乙第20号証(乙第20号証商品案内)及び乙第22号証(乙第22号証チラシ)には、新世界興業が経営する「壁の穴」の店舗で、ホワイトソース、ドレッシングを店頭販売している旨の記載があり、乙第17号証の2には、乙第20号証商品案内は1988年12月20日付の乙第19号証納品書によって、乙第22号証チラシは平成元年9月10日付の乙第23号証納品書によって納品された旨の記載がある。また、乙第24号証の2(乙第24号証の2納品書)には、1988年9月20日付でお持ち帰りメニューチラシ、パッケージ用シール等が納品された旨の記載がある。しかし、上記各納品書は、いずれもコクヨ株式会社製の「コクヨ ウー221N」の用紙が使用されているところ、調査嘱託の結果によれば、上記「コクヨ ウー221N」の用紙は平成元年5月から販売が開始されたことが認められ、上記事実によれば、乙第19号証納品書及び乙第24号証の2納品書は、いずれも日付を遡らせて記載されたものであることが認められる。

上記日付を遡らせた理由について、被告は、納入業者が夜間の配達や少量の納品については製品だけを納入することがあり、上記各納品書も領収書の作成時の平成元年8月31日に配送員が持ち合わせた納品書に日付だけを遡って記入して被告側に提出した疑いがあると主張する。しかし、乙第24号証の2納品書の日付は1988年9月20日、乙第19号証納品書の日付は1988年12月20日付であって、被告主張の領収書作成時期までは期間が長すぎ、それまで代金授受もされず、納品書も作成されなかったとは信じがたいから、上記主張は採用できない。しかも、成立に争いのない甲第1号証によれば、被告は上記の点について、審判段階では印刷業者が消費税法施行前にサンプルとして配布していたものを使用した旨主張しており、その主張の変遷状況に照らしても被告の上記主張は採用できないものである。

そして、乙第23号証納品書は、「No.3」であって、乙第19号証納品書(No.2)及び乙第24号証の2納品書(No.1)、と一連のものと認められるから、乙第24号証の2納品書及び乙策19号証納品書が日付を遡らせている事実に照らし、乙第23号証納品書の日付も信用できないものといわざるをえない。

また、成立に争いのない乙第32号証(内河煕作成の陳述書)によれば、新世界興業が「壁の穴」店舗を開店したのは昭和52年であることが認められるところ、乙第19号証納品書及び乙第23号証納品書によって納品されたとされる乙第20号証商品案内及び乙第22号証チラシには、いずれも「創業15年 元祖壁の穴」の記載があるから、これらが昭和63年ないし平成元年に作成、使用されるのは不自然である。

そうすると、乙第19、第20、第22、第23号証、第24号証の2は、その作成時期に疑問があり、成立に争いのない甲第7号証(成松孝安作成の宣誓供述書)、第8号証(伏木建一作成の宣誓供述書)に照らしても、新世界興業が本件審判請求の登録(原木の存在及び成立に争いのない乙第16号証により平成2年4月25日と認める。)前3年以内に本件商標と同一性を有する「壁の穴」商標を使用していた証左とすることはできないものというべきである。

2  乙第6号証には、「お持ち帰りメニュー」として「元祖壁の穴」、「サラダドレッシング」等の記載がある。しかし、同号証には、作成時期の記載がなく、また乙第5号証のメニューと比較して、紙質、文字が大きく異なるものであって、上記メニューと同様に作成、使用されたものとは思われず、前掲甲第7、第8号証に照らし、本件審判請求の登録前に使用されていたものと認めることはできない。

3  乙第7号証は、「壁の穴」店舗にホワイトソース、サラダドレッシング等を販売している旨のはり紙の写真であり、乙第10号証は、ホワイトソース、ドレッシング等の容器の写真であるが、上記写真は、いずれも写真自体に撮影年月日を特定できる表示は認められず、上記はり紙及び容器を撮影する目的で撮影されたものと窺われることからして本件審判と関係なく撮影されたものとしては不自然であって、前掲甲第7、第8号証に照らし、本件審判請求の登録前に撮影されたものとは認めがたい。

4  乙第26号証は、谷口千鶴子に対する「壁の穴ドレッシング」及び「壁の穴ホワイトソース」販売の領収証控であるが、控であるのに販売品の内容が詳細に記載された上、新世界興業の社印及び扱者印が押捺されており、かつ、前後の領収証も全く提出されていないものである。一方、前掲甲第7号証によれば、新世界興業には「谷口千鶴子」という名の従業員がいることが認められ、上記事実及び前記1認定に係る被告が日付を遡らせた納品書を書証として提出している事実に照らせば、乙第26号証が本件審判請求の登録前に作成されたものと認めることはできない。

5  乙第17号証の2(資料説明書)には、乙第25号証のシールが平成元年9月10日に乙第23号証納品書によって納品された旨の記載があるが、乙第23号証納品書が平成元年9月10日に作成されたとは認められないことは前記1認定のとおりであるし、他に上記シールが本件審判請求の登録前に作成されたものと認めるに足りる証拠はない。

6  乙第30号証の1枚目(成松孝安作成の商品開発報告書)には、新世界興業が壁の穴西新宿店において、ホワイトソース、ドレッシング等を店頭販売している旨の記載があるが、上記は作成年月日の記載もなく(同号証の2枚目以降には平成元年4月30日の日付があるが、これらが同号証の1枚目と一体の文書ではないことは被告も認めるところである。)、その文面も店頭販売の事実を証する目的で書かれたように窺われ、本件審判請求以前に書かれたものとしては不自然であって、前掲甲第7号証に照らし、新世界興業が本件審判請求の登録前3年以内に本件商標を使用していた事実を認める証左とすることはできない。

7  乙第31号証(株式会社三喜作成の証明書)には、持ち帰り用ソース容器のポリ袋(乙第9号証の写真の被写体)、持ち帰り用ソース類その他のポリ袋(乙第29号証の原本)について、昭和60年ころから平成4年にかけてデザインや表示を変えたポリ袋として度々納品した旨の記載がある。しかし、上記ポリ袋自体から納品がそのいずれの時期であったか特定できないのみならず、前記1認定に係る被告が日付を遡らせた納品書を書証として提出している事実に照らしあわせると、その記載が事実であると信用し難い。

8  乙第21号証の写真の被写体であるソースは、その容器の状況及び前掲甲第7号証に照らし、店頭販売用のものと認めることはできない。

9  新世界興業の経営するレストラン「壁の穴西新宿店」、「チボリ京王モール店」がスパゲティ専門店であったことは原告も認めて争わないところであるが、スパゲティ専門のレストランであることから、ホワイトソース、ドレッシングを持ち帰り商品として店頭販売していたと推認することはできず、この点に関する乙第31号証の記載も信用できないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

10  そうすると、新世界興業が本件審判請求の登録前3年以内に本件商標と同一性を有する「壁の穴」商標を使用していた事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、これが認められるとした審決は、事実を誤認したものであって、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は違法であって取消しを免れない。

第3  結論

よって、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく、理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成10年2月24日)

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 持本健司 裁判官 山田知司)

理由

1. 本件登録第1482034号商標(以下、「本件商標」という。)は、「壁の穴」の文字を横書きしてなり、昭和52年8月8日に登録出願、第31類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」を指定商品として、昭和56年9月30日に設定の登録、その後平成4年1月29日に商標権存続期間の更新登録がなされたものである。

2. 請求人は、「第1482034号の登録商標の登録はこれを取り消す、審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求める、と申し立て、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証の及び同号証の2、同第3号証及び同第4号証を提出した。

(1)請求人の調査によれば、被請求人は、本件商標を正当な理由がないにも拘わらず、過去3年間継続していずれの指定商品についても使用していない。また、本件商標に関しては、専用使用権者または登録された通常使用権者は存在しない。

(2)請求人は、平成2年3月12日付で商標「壁の穴」を出願しているので、本件審判請求に利害関係を有する者である。

因って、本件登録は取り消されるべきものと思料し、商標法第50条第1項の規定により、請求の趣旨のとおりの審決を求めて、本審判を請求する。

(3)使用の証拠として提出された業務日報(乙第3号証)は、商品の動きが記載され得ていても、商標「壁の穴」が各商品について使用されていた事実は立証されていないというべきである。

なお、スパゲッティソースは第32類の商品で、「ホワイトソース、プラウンソース」はスパゲッティソースとして加工されたソースであり、第32類に属するものである。

乙第4号証はソースの納品書写しであるが、商標「壁の穴」の表示は全く現れておらず、各商品について使用されている事実は立証されていない。納品書の名宛人はすべて商標権者の通常使用権者が経営するものであり、このように、業者間、特に関連業者間のバルクでの取引には、通常商標を使用しないのが慣行というべきである。

乙第5号証は、レストランのメニューであり、第31類の商品について「壁の穴」の商標が使用されている事実はどこにも見当たらない。

乙第6号証は、お持ち帰りメニューで、「特製壁の穴ドレッシング・サラダドレッシング」の表示があるが、メニュー上に作成日付もなく、本件審判請求登録前に使用されたものか不明である。「スパゲティソース/ミートソース・トマトソース・ホワイトソース」の表示において、これらのソースは、いずれもスパゲティソースとして加工されたものであり、「ホワイトソース(エビ入り1人前120g)」の記述から明らかであり、第32類に属する商品である。また、実際の販売事実を示す領収書、売上げの記録なども提出されていないので、本件商標が使用されたとの主張は措信しがたいものである。

乙第7号証は店内に掲示されたソース、ドレッシングの価格表であるが、商品に商標「壁の穴」が使用されている事実は明らかでない。又、写真を撮った日付も不明であり、使用を立証する証拠とはなりえない。

乙第8号証は、月刊「新宿うまいもの」であり、スパゲティ専門店「壁の穴」、「スパゲティ チボリ」の紹介があるのみで何を立証せんとするものか不明である。

乙第9号証は持ち帰り用ポリ袋の写真で、写真を撮った日付が客観的に証明されておらず、本件審判請求登録前に使用されたものか不明である。さらに、「スパゲティソース」の表示はあるが、本類の商品の記載はない。

乙第10号証は、「ミートソース」、「トマトソース」、「ホワイトソース」、「ドレッシング」の表示と囲みに入った「壁の穴」の表示の印刷されたラベルを付した容器に入ったソース様のものの写真であるが、写真の撮影日が客観的に証明されていないので、このようなものが本件審判請求登録以前に存在していた事実を否認する。

第31類のソースとは味付けに加えるベースになるものを指し、そのまま食べるようなものではない。本願商標を使用している商品を「ホワイトソース」と呼んでいるが、ホワイトソースをベースとしたスパゲティソースで、このことは乙第6号証に表示された「ホワイトソース(エビ入り1人前120g)」の記述からも明らかである。即ち、ゆでたスパゲティにからめて料理にするだけの「ホワイトソース」は、言い方はどうであろうとも、スパゲティソースそのものであるから、「ミートソース」と同様に第32類の加工食料品に属するものである。

写真のソース入りとおぼしき容器にはソースの名前と囲みに入った「壁の穴」を表示したラベルが付されている。然し乍ら、これだけの表示しかないことは、商品が実際に販売されたとは俄に措信しがたいものである。即ち、食品衛生法によれば、販売する食品には「製造年月日」、「製造所の表示」、「製造者の表示」等を表示しなければならないことになっている。逆に言えば、それらの表示がないものは、商品として販売できない、即ち、商品ではない。してみれば、写真に現れた容器入りのソースとおぼしきものは、食品衛生法に違反するものであって販売できないものであり、販売していないものと推認することができる。してみると商標法上の商品とはいえないものである。

したがって、提出された写真は、本件商標を商品に使用した状態を示すものではないというべきである。

写真に現れた容器に付されたラベルに記されたマークは、赤字をもって太細のはっきりした文字にて「壁の穴」を書し、その左肩に「元祖」を配し、四角形の四隅を内側に丸く膨らませた太細2重線で囲んでなるものであり、これらは同一の基調の元にデザインされており、一連不可分に看取されるというべきある。これを本件商標と比較すると、類似であっても、同一とはいいかねる態様上の相違がある。

乙第11号証(第32類の出願)及び同第12号証(営業許可書)は、本件には関係がない。(15)乙第13号証は、同第4号証と同じく、納品書写しであり、商標「壁の穴」の表示は全く現れておらず、商標「壁の穴」がここに述べられ各商品について使用されている事実は立証されていない。

以上のとおり、提出された各号証は、いずれも、本件商標の審判請求登録前の具体的な使用を客観的に立証していないので、本件商標の登録は取り消されるべきである。

(4)本件審判請求の利害関係について付け加えるに、「壁の穴」という表示は、昭和39年成松孝安氏が渋谷区宇田川町にオープンしたスパゲティ専門店の屋号に由来するもので、請求人は現在この商号を成松氏から継承した株式会社パスタ専門店壁の穴と協力関係にあり、同社の依頼により、第31類に商標出願を提出し、尚且つ、本件審判を請求したものである。

パスタ専門店「壁の穴」は、独特の味付けで人気を博し、折からの外食ブームに乗って瞬く間に著名になり、「七坪で一億売上の専門飲食店」として話題になったものである。成松氏は直営店のほか、フランチャイズ方式で店舗の拡大を図り、本件商標権者とは昭和52年1月14日覚書を交わし、スパゲティ料理の技術指導、営業接客技術指導、宣伝方法指導、従業員教育指導料などの対価として350万円を支払ったもので、フランチャイジーの立場としては、その屋号のみの使用が許されるに過ぎないものであるのに、本件商標権者は、成松氏に断りもなく、本件商標を出願、登録するに及んだものである。

従って、その後、株式会社パスタ専門店壁の穴及び請求人は多大な不利益を被るに至っている。

(5)資料1は、平成2年8月10日付け「答弁書」と共に提出された昭和59年12月10日付けの「使用許諾契約書」であるが両者は同一の印書にて作成されたものであり、俄に信じがたい。

資料2は、「壁の穴会社案内」等の納品書であるが、「単価」「金額」の欄が設けられているにもかかわらず、それらの記載がなく、実際に納品されたのであるならば、領収書など証ひょう類は税法上7年間保存すべきものとされていることから、納品書よりも領収書を提出して代金の支払いを明らかにすることの方が容易なはずである。

また、この納品書には、「b2」の番号が記入きれ、「消費税額」などを記入する欄が設けられている。消費税法は昭和63年12月30日に成立し、平成1年4月1日以降の取引に適用されたものである。この納品書を発行した印刷会社は同法成立の10日以上前にこのような伝票を入手していたことになり、真正に作成されたものとは到底信じがたいものである。

資料3の1は「新宿 壁の穴グループご案内」と題する会社案内書に類するものと見られるが、このような文書の余白に殊更「何れも、店頭にて販売いたしております。」のような一般消費者向けの文言の記載がされているのは、いかにも不自然と言わざるを得ない。

資料4は厨房で使用される保温器具とスパゲティソースと見られるものを撮影した写真であるが到底小売りに供される商品の状態を表したものと認められない。

資料6の2の平成1年9月10日付け納品書「b3」は、昭和63年12月20日付け「b2」からほぼ9ヶ月の間1通の納品書も発行されなかったように見えるのは不自然である。

資料7は「お持ち帰りポリ袋をコピーしたもの」であるが、乙第9号証の写真に撮影されているポリ袋とは異なっている、これらがどのような関係に立つのか不明である。

資料8の1は、「ドレッシングシール」と表示されたラベルには「ドレッシング」の文字の上に「壁の穴特製スパゲッティソース」と表示されている。ところが、「お持ち帰りメニュー」では「サラダドレッシング」とされており、「ドレッシング」についての表示が不統一で事実関係が不明確ある。

資料9は領収書の控えと称するものであるが、消費税を除いて僅か1500円の個人の日常的な買い物の場合に、客が購入した商品の品目の明細をすべて領収書に記載するのは取引の常識に反する。

乙第4号証及び同第13号証の納品書は、すべて自社の営業所である「壁の穴チボリ店」(京王モール街)、「壁の穴西新宿店」又は焼肉屋たる「焼々家」に宛てたものであって、社内の物品の移動を示すに過ぎないから、一般取引市場における商品取引ではないこと明らかである。

3. 被請求人は、結論同旨の審決を求める、と答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至同第15号証及び資料1乃至同9(それぞれともに枝番号を含む。)を提出した。

(1)本件商標権者内河煕は、新世界興業株式会社、フロンティァ産業株式会社等の新世界企業グループのオーナー経営者として事業を経営し、本件商標「壁の穴」については、同人が代表者として実質的に経営する新世界興業株式会社との間に通常使用権の許諾契約を昭和59年12月10日に締結し審判請求登録時現在使用中のものである。

通常使用権者は、昭和63年10月頃より「壁の穴」のパック入りスパゲッティ麺及びスパゲッティ料理の味付けに欠かせないドレッシング、ミートソース、ホワイトソース等独特の製法による味覚が好評であったので「壁の穴」風ソースとして随時ユーザーにお持ち帰り品又はおみやげ品として販売している。

(2)請求人は、協力関係にある株式会社パスタの専門店壁の穴の依頼によって商標登録出願をし、その立場から本件審判を請求している旨主張されるが、およそ商標登録は、自己の業務に係る商品について使用をする商標を対象とするものであって、他人の商標をその依頼により出願して登録を受けられるという制度ではなく、本件商標登録の取消審判請求について法律上の利害関係があるものとはとても考えられず、この点において不適法なものであること明らかであるから、商標法第56条において準用する特許法第135条により却下されるべきものである。

(3)本件審判請求前から使用している物等を本件審判の請求後に撮影した写真、請求前から使用している印刷物を提出したもので、お持ち帰りメニュー、チラシ、シール等に示すとおり商標「壁の穴」は明確に表示して使用しているところ、商標「壁の穴」が、色彩あるいは輪郭を伴うからといって、識別標識としては格別別異の印象を与えることなく取引における社会通念上は、本件商標と同一性のあるものとして認識される程度のものというべきである。

また、ラベルを貼った容器には、食品衛生法上の表示がないからといって商品ではないというのは全く理由がない。

被請求人が本件商標を使用している商品「ホワイトソース(エビ入りを除く)」(「ホワイトソース(エビ入り)」が第31類に属さないことは争わない。)はそれが仮にスパゲティソースとかパスタソースのように呼ばれることがあるとしても「ホワイトソース」の類のものであり、また、「ドレッシング」も第31類の商品と例示され得ている。

被請求人の提出した「ホワイトソース」は、牛乳、ブイヨン、たまねぎ、小麦粉、食用油脂、食塩、香辛料等を原材料とするものではあるが、いわゆる具が入っているという状態のものではなく、スパゲッティを食べる際の調味を目的としたものである。

したがって、本件商標は、使用権者が本件審判請求の登録前3年以内に指定商品について国内において商品又は広告等に表示して使用していたものであること明らかであるから、本件商標の登録は商標法第50条により取り消されるべきものでなく、本件審判請求は理由がない。

商標権者内河煕と商標使用権者新世界興業式会社の実質的なオーナーである代表者内河煕は同一人であり、法律上は密接な関係を有する他人として両者の間には登録商標の使用において充分了知され、権利者による使用差し止めの事実もみとめられず黙示的な使用許諾があったものであり、通常使用権の設定契約が存在していなくても新世界興業株式会社は登録商標の使用について商標権者内河煕との間に通常使用権の許諾があったことは明らかである。なお、本件商標について専用使用権の設定登録(平成2年11月5日)がなされた。(4)納品書については、「壁の穴」会社案内B4…50部、同メニュー表A4…150部と記載されているのは、印刷業者と発注依頼業者との間には発注前にサンプルとして小数部を納品することは業界の取引慣行として行われており、本件の場合もサービスとして提供された納品書を使用したものであるので印刷費等の金額の記載がないのは当然である。又、消費税については請求人の主張する如く平成1年4月1日施行されたものであることは認めるが、印刷業者が消費税率記載の納品書をサンプルとして施行前に顧客に配り受注獲得に懸命であったが、税率については最後まで決定されずにいたので業者は税率を空白としたまま印刷して配布したいきさつもあり、本件の場合も偶々それを消費税施行前に使用していたもので請求人の主張は理由がない。

本件パンフレットは一般人にも配布する場合もあり、又専門のコピーライターに依頼して作成したものでもないので、内容的に整然と統一されていないのは当然であり、売上げ向上を狙って強調した店頭販売の記載があるからといってこれに疑問をはさむこと自体理解できない。

資料4及び同5に対する請求人の主張は、セントラルキッチンの厨房において加工したホワイトソース等を加工し厨房器具に大量に貯えたものをポリ容器に充填して各営業店に配送し店頭、又は店内でホワイトソース、ドレッシングを小売り販売したことを示すもので、各資料のつながりを無視したものである。

請求人は、納品書の番号を問題にしているが納品の内容はまった区別のチラシ、パッケージ用シール等の納品であり、両者の納品書の間には何ら関係がないので、これに結び付けて主張する請求人の主張は理由がない。

ポリ袋のコピーはデザインやサイズについて営業上数種類のものを製作したものであり写真のものとコピーとが相違していても何等不思議ではない。

ドレッシング、ホワイトソースの内容表示について不統一であるとしているが、それぞれ販売されていたことは明白であり、請求人の主張はこぢつけによる揚げ足取りとしか受け取れない。

領収書は営業の実態を把握しない根拠のない主張であり容認できない。

4. よって本件審判について利害関係について争いがあるのでまずこの点についてみるに、請求人は、少なくとも、本件商標と抵触関係にある商標登録出願をし、審査において当該出願について本件商標を引用して商標法第4条第1項第11号に該当するものとして拒絶査定され、現在審判に継続中であり、さらに、本件審判の参加申請人に名義変更がなされていることが確認し得たものであり、請求人は、当該商標登録出願が商標登録を受けるために本件商標が障害となっているところから、本件審判の請求をなしているもので、この点において、請求人は、本件審判の請求について利害関係を有するものといわざるを得ない。

そこで本案にはいって判断するに、被請求人が提出した各証拠を総合勘案すれば、前商標権者の通常使用権者と認められる新世界興業株式会社の経営するレストラン「壁の穴西新宿店」、「チボリ京王モール店」において、お持ち帰り商品として、取消請求にかかる指定商品中の「ホワイトソース、ドレッシング」等に本件商標と同一性を有する「壁の穴」商標を付して、本件審判の請求の登録前3年以内に使用していたものと認められる。

したがって、本件商標の登録は、商標法第50条の規定により、その登録を取り消すことはできない。

よって、結論のとおり審決する。

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