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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)129号 判決 1998年10月01日

山口県下関市一の宮住吉2丁目8番33-501号

原告

渡邉修

訴訟代理人弁護士

稲元富保

同弁理士

吉村博文

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

蓮井雅之

佐田洋一郎

田中弘満

幸長保次郎

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成5年審判第17034号事件について平成9年3月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年8月31日、考案の名称を「墓の構造」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願(平成1年実願第102853号)をしたが、平成5年6月24日付で拒絶査定を受けたため、同年8月26日付で拒絶査定不服の審判を請求し、同年審判第17034号事件として審理され、平成9年3月25日付で「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年5月8日にその謄本の送達を受けた。

2  本願考案の実用新案登録請求の範囲

墓石本体の前面側に、花立・屋根付き線香立、灯明立等の前卓部を有する墓の構造であって、該墓石本体と前卓部を別体とすると共に、両者の間に間隙を設け、かつ該前卓部の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置することを特徴とする墓の構造。

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の実用新案登録請求の範囲は、前項記載のとおりである。

(2)  引用例

原審の拒絶の理由に引用された実願昭62-56137号(実開昭63-164799号)のマイクロフィルム(甲第2号証。以下「引用例」という。)には、「第2図において、墓石の前方に花立て2、香立て3、墓誌銘碑4、名刺受け5などが配置されている。」(3頁16行ないし18行)及び「墓石本件の前面側に、屋根付き香立て3を有し、墓石本体と香立て3を別体とすると共に、両者の間に間隙を設けた点」(第2図)が記載されているから、引用例には、「墓石本体の前面側に、花立て2と屋根付き香立て3を有し、墓石本体と香立て3を別体とすると共に、両者の間に間隙を設けた墓の構造。」という考案(以下「引用考案」という。)が記載されていると認める。

(3)  対比

本願考案と引用考案とを対比すると、引用考案の「香立て3」は、本願考案の「前卓部」に相当するものと認められることから、両者は、墓石本体の前面側に、前卓部を有する墓の構造であって、該墓石本体と前卓部を別体とするとともに、両者の間に間隙を設けた墓の構造である点で一致し、本願考案は、前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置しているのに対して、引用考案は、前卓部の前後の配置が不明である点で相違する。

(4)  当審の判断

前卓部の前後のどちらの面を墓石前面に対して対面するように配置するかは、亡き人への敬いの気持ちに基づいた宗教上の決めごとにすぎないから、前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置するように変更することは当業者がきわめて容易に想封し得るものと認める。そして、本願考案の効果は引用考案から予測し得るものであって、格別のものとは認められない。

(5)  むすび

したがって、本願考案は、引用考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものと認められるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由中(1)、(2)及び(3)のうちの「本願考案と引用考案とを対比すると、引用考案の「香立て3」は、本願考案の「前卓部」に相当するものと認められることから、両者は、墓石本体の前面側に、前卓部を有する墓の構造であって、該墓石本体と前卓部を別体とするとともに、両者の間に間隙を設けた墓の構造である点で一致し、本願考案は、前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置している」という記載部分は認め、その余は争う。

審決は、次のとおり、認定判断を誤った違法があり、取り消されるべきである。

(1)  対比の認定の誤り

(イ) 引用考案において、香立て3は、墓石1と別体であるが、本願考案にいう前卓部の1つである花立て2が墓石1と一体であることからすると、本願考案が従来例として指摘するように、墓石本体と前卓部とを一体化した構成であり、したがって、花立て2は、参拝者に対面した構造になっていると認められる。そうすると、香立て3について、その前面を墓石1及び参拝者のいずれに対面させているか明文の記載がない以上、香立て3のみが、花立て2と異なって、その前面が墓石1に向けられていると考えることは不自然であり、香立て3も、花立て2と同様に、参拝者に前面を対面させていると認めるのが相当である。

したがって、審決が、引用考案は、前卓部の前後の配置が不明であるという認定をしている点は、他の構成との比較対象を行なうことなく、安易に、香立てのみを抽出して、前後の配置が不明であるという認定をしたものであって、誤っているといわざるを得ない。

(ロ) 被告は、本願考案の前卓部は、あらかじめ前面と後面が決まるものではなく、供養物の配置の仕方の決めごと等の祭事上の決めごとに基づいて、参拝者の主観的認識によって前面と後面とが決められるものであるから、出願人の主観的認識によるところの前卓部の前面を、墓石前面に対面するように配置する構成は、引用考案及び祭事上の亡き人への敬いの気持ちに基づいて当業者が適宜なしうる程度のものであると主張する。

しかし、一般に、寿司、天麩羅などの盛込器、盛器、盤台、お膳、お盆、箱膳などについていえば、安価な木製や樹脂性のものはともかく、杉や桧の柾目あるいは塗り物になれば、形状、細工、絵柄等によって明確に前後を区別することができ、これに家紋、紋章等を加えたものであればなおさら前後を明確に区別できることは一般に知られている事実である。本願考案の前卓部は、供養物の配置の仕方の決めごと等の祭事上の決めごとに基づいて参拝者の主観的認識によって前面と後面とが決められるものではなく、客観的に前面と後面とが区別できることが前提になっている。したがって、それは、出願人の主観的認識による前卓部の前面でもない。

(2)  進歩性の判断の誤り

(イ) 従来の墓の構造は、墓の霊に供える供養物などを載せ置く前卓部の前面が参拝者に対面させられ、前卓部の後面が墓石本体の前面に対面するようになっているため、霊に対して礼を失する構造になっているという課題がある。本願考案は、上記のように従来の墓の構造が霊に対して礼を失する構造になっている原因は、墓石には、機能的に見て、亡き霊の鎮魂を願う部分と、関係者が供養のため、花、線香、飲食、灯明等を供え置く部分とに区別されるにもかかわらず、このような区別がされていないことにあることを解明した。そこで、本願考案は、霊に対する礼を失しない墓の構造を提供することを目的とする。本願考案は、上記の日的を達成するため、実用新案登録請求の範囲記載のとおりの「前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置する構成」を採用したものである。これによって、本願考案は、霊に対する礼を失しない状態で供養物などを供えることができるという格別の作用効果を奏するものである。

(ロ) 本願出願当時の技術常識ないし技術水準は、本願明細書にも記載されてように、「前卓部の前面を参拝者側に対面させ、前卓部の後面を墓石前面に対して対面するように配置する構成」であったと認められる。このことは、本願の審査段階で引用された甲第3号証(実願昭61-132989号(実開昭63-40448号)のマイクロフィルム)の第4図に、明らかに前卓部の前面が参拝者側に対面し、前卓部の後面が墓石本体に対面している墓の構造が記載されていること等から明らかである。

上記の技術常識ないし技術水準のもとにおいては、本願考案が取り上げた従来の墓の構造が霊に対する礼を失することになるという問題点は何ら認識されておらず、その原因が墓の各部の持つ機能について理解されていなかったことにあるということは、何ら解明されていなかった。したがって、およそ課題とされていないことについて、その原因を解明することが容易であるとすることは到底できない。

(ハ) 審決は、引用考案を一旦離れ、唐突にも「宗教」という概念を持出しているが、「前卓部の前後のどちらの面を墓石前面に対して対面するように配置するか」ということと「宗教」との間に直接の関係が存すことについては、全くこれを裏付ける証拠を示さないでいる。

また、審決は、「宗教上め決めごとにすぎない」から「前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置するように変更することは当業者がきわめて容易に想到し得る」と判断しているが、「宗教上の決めごと」であれば、「前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置するように変更する」ことは許されないことになる。このように、技術常識ないし技術水準とも異なる「宗教」というきわめて不明確な概念を持ち出して考案の進歩性を判断することは相当ではない。

(ニ) さらに、審決は、「本願考案の効果は引用考案から予測し得る」と判断しているが、引用例には、前卓部の前面を参拝者及び墓石本体のいずれに対面させて配置するかについて明文で記載されていないし、まして、本願考案が解決しようとする課題である「従来の墓の構造は霊に対する礼を失したものになっている」ことや、その原因が「墓を構成する墓石本体と前卓部とが異なる機能を持つことの認識を欠いていることにある」点については、全く記載されていない。それにもかかわらず、本願考案の効果である「霊に対する礼を失しないようにする」ことをいかにして引用考案から予測し得るのか理解できない。

結局のところ、審決は、本願明細書から得た知識を前提にして、所謂コロンブスの卵があかされた状態で、事後的に分析し、技術常識という本来進歩性の判断に欠くことのできない判断基準を放棄し、全く特定できない「宗教」という概念を持出して出願人の反論を封じ込めようとし、本願で指摘されていなければ気付くことのなかった「霊に対する礼を失することになる」という問題をあたかも自明のこととして本願考案の進歩性を否定しようとするものである。

第3  請求の原因に対する被告の認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定判断は正当であって、原告の審決の取消事由は理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

2  被告の反論

(1)  対比の認定について

引用例では、香立て3については、「第2図において、墓石の前方に花立て2、香立て3、墓誌銘碑4、名刺受け5などが配置されている。」(明細書第3頁第16ないし18行)及び「墓石本体の前面側に、屋根付き香立て3を有し、墓石本体と香立て3を別体とすると共に、両者の間に間隙を設けた点」(第2図)が記載されているのみである。それらの記載からみて、前卓部に相当する香立ての前後の配置関係が不明であり、すなわち、明確に香立ての前後の配置関係が特定できない(前後の区別がつかない場合も含め)と認定したものであり、審決の認定は正当である。

(2)  進歩性の判断について

(イ) 前卓部について、本願明細書には、「従って、墓石本体と前卓部(供養物配置台)を対面した構造に改め、供物を供養物たらしめる必要がある。また、前卓(供養物配置台)という性格からして、亡き霊に礼を欠いたものであってはならず、そのためには、必要な高さを保つ置台が必要となり、適当な隙間も必要となる。」(3頁8行ないし14行)とあり、前卓部が、供養物配置台、すなわち供養物を載せる台であることが記載されている。そして、前卓部(供養物配置台)の前面について、本願明細書には、「そして、前卓部2は、その前面2aが墓石本体1の前面1aに対面するように設置されている。すなわち、前面(屋根等によって区別できる)側が墓石本体1の前面1aに対面するようにして配置された構造とされている。」(6頁15行ないし20行)と記載されている。すなわち、前卓部(供養物配置台)そのものに前面と後面との区別はなく、前卓部(供養物配置台)の前面は、その上部に配置されたものによってはじめて区別されることがわかる。一般に、物を載せる台には、例えば、お膳、寿司台(寿司を載せる台)のように、台そのものに前面と後面との区別がなく、その上部に物が配置(配置の仕方の決めごとに基づいて)されてはじめて前面と後面とが区別されるものがあり、本願考案の前卓部(供養物配置台)も、これに当たる。つまり、本願考案における前卓部(供養物配置台)は、あらかじめ前面と後面が決まるものでなく、供養物の配置の仕方の決めごと等の祭事上の決めごとに基づいて、参拝者の主観的認識によって前面と後面とが決められるものであるから、出願人の主観的認識によるところの前卓部の前面を、墓石前面に対面するように配置する構成は、引用考案及び祭事上の亡き人への敬いの気持ちに基づいて当業者が適宜なしうる程度のものである。この点の審決の判断に誤りはない。

(ロ) 一般に、参拝や儀典式典に際し、敬いの気持ちから、相手に対して正面を向くこと、あるいは渡すもの、差し出すものがあれば、それを正面に向けることは、社会通念上よく行われることである(乙第1号証、乙第2号証参照)。本件考案の花、線香、灯明等は参拝者が墓に供養する目的で献じられるものであり、その際、墓に葬られている霊に対して、礼を失することがないようにとの気持ちを表そうとすると、上述した社会通念からこれらの供養物を、墓石に対して正面を向けることは自然の行為である。故に、本件考案の花立、屋根付き線香立、灯明立等の前卓部を、特に該前卓部の前面を墓石前面に対して対面して配置することは、上記敬いの気持や社会通念から当業者がきわめて容易に想到し得た事項と認められる。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3は、当事者間に争いがない。

第2  審決の取消事由について判断する。

1  甲第5号証(本願明細書)、甲第7号証(平成4年11月19日付手続補正書)及び甲第11号証(平成5年8月26日付手続補正書)によれば、本願考案の概要は、次のとおりであると認められる(別紙図面(1)参照)。

(1)  産業上の利用分野

本願考案は、墓の構造に係り、より詳細には、亡き人の霊に対する礼を失することがないようにした墓の構造に関する(甲第5号証1頁16行ないし19行)。

(2)  考案の技術的背景

花、灯明、飲食、線香等の供養物は、参拝者が、墓の霊に対して供えるものであることは言及するまでもない。しかし、従来の墓は、墓石本体の前面に、前卓部の後面が対面し、該前卓部の前面が、参拝者に対面するような構造となっている。すなわち、該供養物が必然的に参拝者に対面し、供物を献じ、供養するという目的意義を失う構造となっている(2頁10行ないし15行)。

<1>墓石は、機能的にみて、骨を納めた上に台座を組んで、その上に仏石と呼ばれる各柱上の石を祀って、亡き霊の鎮魂を願う部分と、関係者が供養のため、花、線香、飲食、灯明等を供え置く部分に別れる。本来、機能的に分けた構造であるべきものを、従来のものは一体化して、ともに参拝者が対面するようになっているため、備えた供物が参拝者のためのものとなり、亡き人の霊を供養する上に、絶対要件の上記供物を常に欠いたままのものとなっていて、供養の心を欠いた参拝となっている。したがって、墓石本体と前卓部(供養物配置台)を対面した構造に改め、供物を供養物たらしめる必要がある。<2>また、前卓部(供養物配置台)という性格からして、亡き霊に礼を欠いたものであってはならず、そのためには、必要な高さを保つ置台が必要となり、適当な隙間も必要となる。<3>適宜、水洗、清拭できる構造も必要であるとともに、灯明、線香については、屋外であるため、雨、風を防ぐ構造も必要となる。本考案は、上述した点に対処して創案したものであって、その目的とするところは、亡き人の霊に対する礼を失することがないようにした墓の構造を提供することにある(2頁18行ないし4頁1行)。

(3)  課題を解決するための手段

そして、上記目的を達成するための手段としての本願考案の墓の構造は、実用新案登録請求の範囲記載のとおりであって、墓石本体の前面側に、花立・屋根付き線香立、灯明立等の前卓部を有する墓の構造において、該前卓部の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置するようにした構成よりなる。また、本願考案は、上記構成において、必要に応じて、上記墓石本体と前卓部(供養物等配置部)とを別体とすると共に、両者間に隙間部を設けるようにした構成としてもよい。更に、必要に応じて、墓石本体に付設されている水鉢の上に供物皿を着脱自在に載置できるようにしてもよい。(甲第11号証。甲第5号証4頁2行ないし14行)

(4)  作用

上記構成に基づく本願考案の墓の構造は、前卓部の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置しているので、花、線香等供養物を墓に葬られている霊に対して、お供えし、この状態で参拝することになることより、該墓に葬られている霊に対する礼を失することがなく参拝できるように作用する。

以上のように、本願考案の墓の構造は、前卓部(供養物等配置部)の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置するようにした点に特徴を有し、この点によって、従来の墓の構造と異なり、墓に葬られている霊に対する礼を失することがなく参拝できるという格別な作用を奏するものである(4頁15行ないし5頁9行)

(5)  考案の効果

本願考案の墓石の構造によれば、前卓部(供養物等配置部)の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置するようにしているので、従来の墓の構造と異なり、墓に葬られている霊に対する礼を失することがなく参拝できるという効果を有する(8頁3行ないし8行)。

2  対比の認定について

(1)  審決理由中、本願考案と引用考案とを対比すると、引用考案の「香立て3」は、本願考案の「前卓部」に相当するものと認められることから、両者は、墓石本体の前面側に、前卓部を有する墓の構造であって、該墓石本体と前卓部を別体とすると共に、両者の間に間隙を設けた墓の構造である点で一致するとの点、本願考案は、前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置しているとの点は、原告の認めるところである。

(2)  本願明細書の実用新案登録請求の範囲には、前卓部について、「該前卓部の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置する」という記載があるのみであって、本願考案における前卓部の前面と後面がどのように識別されるのか明らかでない。

そこで、本願明細書の考案の詳細な説明をみると、前記1(2)、(3)の認定によれば、従来の墓石は、墓石本体も花、線香、飲食、灯明等を供え置く部分も区別されておらず、一体化して、ともに参拝者が対面するようになっていたところ、本願考案の墓の構造は、墓石本体は参拝者が対面するようになっているが、前卓部はその前面を墓石本体側に対面するように配置されているという構成にしたというのであるから、本願考案において、墓の前卓部は、外観上、参拝者が見て、前面か後面かが区別できるようになっていることを前提として、その前面を墓石本体側に対面するように配置されていると解するのが相当である。

このことは、本願考案の実施例の「前卓部2は、その前面2aが墓石本体1の前面1aに対面するように設置されている。すなわち、前面(屋根等によって区別できる)側が墓石本体1の前面1aに対面するようにして配置された構造とされている。」(本願明細書6頁15行ないし20行)という記載からも明らかである。

(3)  ところで、甲第2号証によれば、引用例中の明細書には、「第2図において、墓石1の前方に花立て2、香立て3、墓誌銘碑4、名刺受け5などが配置されている。」(明細書第3頁第16ないし18行)という記載があり、また、図面の第2図には、墓石1とその前方の花立て2は接着して配置されており、花立て2とその前方の香立て3とは、両者の間に若干の間隙をもって設置されており、香立て3は屋根付の形状をしているが、いずれが前か後ろか区別することができない(別紙図面(2)参照)。

そうすると、本願考案の前卓部に相当する引用例の香立ては、外観上、前記認定の本願考案のように、前面か後面かが区別できる構成となっていないから、墓石に対して前後の配置が不明というべきである。

(4)  原告は、引用例について、花立て2は参拝者に対面した構造になっていると認められ、そうすると、香立て3について、その前面を墓石1及び参拝者のいずれに対面させているか明文の記載がない以上、香立て3のみが、花立て2と異なって、その前面が墓石1に向けられていると考えることは不自然であり、香立て3も、花立て2と同様に参拝者に前面を対面させていると認めるのが相当である旨主張する。

しかしながら、上記認定のとおり、引用例の香立て3から前後の方向性を窺うことはできないのであり、また、花立て2と香立て3とはそれぞれ独立した構成となっているから、仮に花立て2が参拝者に対面した構造になっているとしても、このことから直ちに香立て3の前面も花立て2と同様に参拝者に前面を対面させていると解することは困難であって、上記原告の主張は採用できない。

(5)  よって、対比についての審決の認定に誤りはない。

3  進歩性の判断について

(1)  原告は、本願考案は、実用新案登録請求の範囲記載のとおりの「前卓部の前面を墓石前面に対して対面するように配置する構成」を採用し、これによって、本願考案は、霊に対する礼を失しない状態で供養物などを供えることができるという格別の作用効果を奏するものである旨主張する。

しかしながら、死者の葬られている墓に対する祭祠、礼拝の様式は、本願考案にいう前卓部の配置を含め、時代、国、地方、宗教、風習により様々であり、決まったものがないことは、当裁判所に顕著な事実である。したがって、墓の構造が霊に対して礼を失することになるかどうかは、精神的な問題であって、自然法則を利用した技術的思想である考案とは無縁のものというべきであって、考案による格別の作用効果であるということはできない。

したがって、原告の上記主張は採用することができない。

(2)  もっとも、本願考案の墓の構造は、墓石本体の前面側に、花立・屋根付き線香立、灯明立等の前卓部を有する墓の構造であって、該前卓部の前面を上記墓石前面に対して対面するように配置する構成としたというのであるから、その構成による作用効果、例えば、本願考案の前卓部の構成においては、参拝者が、亡き霊の供養のため、墓石に向かって花、線香、飲食、灯明等を供え置けば、前卓部、供物のいずれも墓石に対面することになって調和を得ることがでるというような作用効果は、認めうるものというべきである。

(3)  以上の点を考慮しながら、更に検討するに、前記認定のとおり、本願考案の前卓部に相当する引用例の香立ては、墓石に対してどのような配置となっているか不明であるが、この香立てについて、屋根の構造を変えたり、家紋、紋章等を付したりして、前後の区別ができるようにすることは、当業者にとって、技術的にきわめて容易なことは明らかである。

また、社会通念上、一般に、参拝や儀礼式典において、相手方への敬いの気持ちから、相手方に対して正面を向き、差し出すものがあれば、これを相手方の方に向けて献ずることがあることは周知の事実であるところ(乙第1号証、乙第2号証参照)、上記事実によれば、墓参りにおいて、墓に葬られている死者への敬い、鎮魂の気持ちかち、参拝者が、供物を墓石の方に向かって置くことは、当然にありうることである。

したがって、引用例記載の技術に上記周知の事実を考慮して、本件発明の構成とすることは、当業者であれば、容易に想到し得たものと認めるのが相当である。

また、本願考案における前卓部の前面を墓石の方に向けることによる前記認定のような作用効果は、上記周知の事実に照らし、当業者が容易に予測することができたものであり、これをもって格別の作用効果であるということはできない。

第3  以上によれば、審決には原告主張の違法はなく、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年9月17日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面(1)

<省略>

1・・・墓石本体、1a・・・墓石本体の前面、2・・・前卓部(供養物等配置部)、2a・・・供養物等配置部の前面、3・・・水鉢、4・・・供物皿、5・・・載置台、6・・・花立、7・・・線香立て付き屋根、8・・・灯明立

別紙図面(2)

<省略>

1…墓石、2…花立て、3…香立て、4…墓誌銘碑、5…名刺受け、6A…台、6B…緩衝材であるふとん、6C…鐘、6D…蓋、6E…支え、6F…ばち、6G…家紋、7…凹部。

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