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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)133号 判決 1998年7月09日

山梨県甲府市中小河原町527番地

原告

株式会社イノウエ

代表者代表取締役

井上善展

訴訟代理人弁護士

飯田秀郷

栗宇一樹

和田聖仁

早稲本和徳

久保田伸

同弁理士

飯田幸郷

日高一樹

山梨県甲府市国玉町325-15

被告

穂坂喜博

訴訟代理人弁護士

鈴木和夫

鈴木きほ

同弁理士

土橋皓

土橋博司

主文

特許庁が平成7年審判第24592号事件について平成9年3月26日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、意匠に係る物品を「イヤリング」とし、その形態を別紙1のとおりとする登録第863326号意匠(平成2年6月22日出願、平成4年12月10日登録。以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。

原告は、平成7年11月15日、本件登録意匠の登録を無効とすることにつき審判を請求した。

特許庁は、同請求を平成7年審判第24592号事件として審理した結果、平成9年3月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年5月12日原告に送達された。

2  審決の理由

審決の理由は、別紙2審決書写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり(ただし、9頁12行の「別紙」は、本件の別紙1を意味する。)、

(1-1)甲第5号証(大和宝飾売上証明書。本訴における書証番号。以下、同じ。)に基づく、本件登録意匠は、その出願前である平成元年4月1日から平成2年3月31日までの間に、日本国内で、株式会社大和宝飾(以下「大和宝飾」という。)が商品番号「20429」として販売したピアスの意匠と同一であって、意匠法3条1項1号の公然知られた意匠に該当するとの主張、

(1-2)甲第3号証(原告から大和宝飾あて受注書兼納品書)に基づく、本件登録意匠は、平成元年6月14日から同年8月5日までの間に、日本国内で、原告が大和宝飾に商品番号「20429」として販売したイヤリングの意匠と同一であって、意匠法3条1項1号の公然知られ意匠に該当するとの主張、

(2)甲第4号証(「PIERCE, Gold PIERCE Catalogue Vol.1」)、甲第21号証(大和宝飾印刷証明書)、甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)、甲第7号証(大和宝飾頒布証明書)に基づく、本件登録意匠は、その出願前に、大和宝飾によって頒布された刊行物である甲第4号証56頁に記載された商品番号「20429」の意匠と同一であって、意匠法3条1項2号の刊行物に記載された意匠に該当するとの主張、

(3)仮に、上記(2)が認められないとしても、類似することは明らかであるから、意匠法3条1項3号に該当するとの主張について、

審決は、審判請求人(原告)の主張(1-1)、(1-2)につき、甲第5号証(大和宝飾売上証明書)は、証明対象が不明確であって、文書記載内容の信用性も極めて弱く(審決書11頁17行ないし19行)、甲第8号証(原告から大和宝飾あて受注書兼納品書)は、製造会社と販売会社の関係にある原告と大和宝飾間で商品番号「20429」に関する取引があった事実は推認しうるものの、この取引のみをもって直ちに本件登録意匠の出願日以前に本件登録意匠と同一のイヤリングの意匠が日本国内で販売され不特定多数の人に知られうる状態に至った事実を証明するものとは認められない(同11頁20行ないし12頁11行)と認定、判断し、主張(2)、(3)につき、甲第4号証(「PIERCE, Gold PIERCE Catalogue Vol.1」。甲第21号証(大和宝飾印刷証明書)はこれと同一。)及び甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)によっても、甲第4号証のカタログの発行日を特定できず、かつ、甲第7号証(大和宝飾頒布証明書)によっても、頒布の事実を確認することはできない(審決書15頁4行ないし7行、11行ないし13行)と認定し、原告主張の無効理由は、いずれも理由がないと判断した。

3  審決の取消事由

審決は、証拠の評価を誤った結果、原告主張の無効理由はいずれも理由がないと誤って判断したものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。

(取消事由)

(1) 取消事由1(無効理由(1-1)、(1-2)について)

審決は、甲第5号証(大和宝飾売上証明書)は、証明対象が不明確であって、文書記載内容の信用性も極めて弱く(審決書11頁17行ないし19行)、甲第8号証(原告から大和宝飾あて受注書兼納品書)は、製造会社と販売会社の関係にある原告と大和宝飾間で商品番号「20429」に関する取引があった事実は推認しうるものの、この取引のみをもって直ちに本件登録意匠の出願日以前に本件登録意匠と同一のイヤリングの意匠が日本国内で販売され不特定多数の人に知られうる状態に至った事実を証明するものとは認められない(同11頁20行ないし12頁11行)と認定、判断するが、誤りである。

<1>(a) 甲第5号証(大和宝飾売上証明書)に添付された「売上調査資料20429&21049」は、大和宝飾が宝飾店(小売店)に対する売上データとしてコンピュータに記憶保存していたものについて、商品番号「20429」及び「21049」が付されたものを検索キーとして平成元年4月1日から平成2年3月31日までの該当分を出力したものであることは、その体裁からして明らかである。

甲第9号証の1ないし166は、甲第5号証に記載された伝票番号に対応する売上伝票である。なお、甲第9号証の1ないし166に記載された取引は、その成立の都度、売上データとしてコンピュータに入力され、顧客データベースとリンクして記憶装置に順次保存されていたものである。甲第9号証の1ないし166の右下欄外の数字が連番になっているのは、データの打ち出し順に番号が印刷されるためである。また、東京都区内の局番の桁数の変更に伴い、東京都区内の顧客につき、顧客データベースの局番も4桁に変更されたため、必要な売上データとともに出力される東京都区内の顧客の市内局番も4桁となるものである。

したがって、甲第5号証及びその元データである甲第9号証の1ないし166に記載された内容は、信頼性の高いものである。

(b) そして、商品番号「20429」のイヤリングは、甲第4号証(「PIERCE,Gold PIERCE Catalogue Vol.1」)56頁に「20429」として記載されているイヤリングを指称する。すなわち、本件登録意匠のようなイヤリングは多品種であるため、甲第4号証のカタログのように商品の外観を明瞭に示すものがなければ間違いのない注文はできない。そのため、大和宝飾は、甲第4号証のようなカタログを顧客である宝飾店に頒布して注文を受けるシステムを採用している。後記(2)に述べる甲第4号証のカタログの作成時期等からすると、そのような注文の基とされたカタログは、甲第4号証のカタログ以外には考えられない。

<2> 甲第8号証(原告から大和宝飾あて受注書兼納品書)は、原告と大和宝飾との間において、平成元年6月14日から商品番号「20429」のイヤリングの取引が存在したことを示すものである。商品番号「20429」のイヤリングは、甲第4号証(「PIERCE,Go1d PIERCE Catalogue Vol.1」)56頁に「20429」として記載されているイヤリングを指称する。

そして、これらの商品番号「20429」のイヤリングが大和宝飾から宝飾店に販売され、それら宝飾店からエンドユーザーに小売りされたことは、当然である。

<3> さらに、本件登録意匠は、大和宝飾が商品番号「20429」として販売したイヤリングの意匠(甲第4号証56頁参照)と同一である。

<4> 被告は、本訴における甲第9号証以下の新証拠の提出は許されない旨主張するが、審決取消訴訟において新たな主張が許されないのは、審判で審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因のみであり、審判で審理判断された特定の公知事実に関する事実(公知事実の存在を推認させる事実など)の主張は許容される。そして、原告は、審判段階で無効理由(1-1)、(1-2)として主張した「大和宝飾が、平成元年4月1日から平成2年3月31日までの間に、日本国内で、商品番号「20429」としてピアスを販売した事実」等を証明の対象として、甲第9ないし第23号証を提出しているものであり、これらの提出は当然許容されるものである。

(2) 取消事由2(無効理由(2)、(3)について)

審決は、甲第4号証(「PIERCE, Gold PIERCE Catalogue Vol.1」。甲第21号証はこれと同一。)及び甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)によっても、甲第4号証のカタログの発行日を特定できず、かつ、甲第7号証(大和宝飾頒布証明書)によっても、頒布の事実を確認することはできない(審決書15頁4行ないし7行)と認定するが、誤りである。

<1> 甲第6号証は、凸版印刷株式会社(以下「凸版印刷」という。)の印刷証明書である。原告が凸版印刷に対し、印刷時期の証明を依頼したところ、同社は、当時の資料を点検の上、この証明書を発行したものであり、正確なものである(証人杉本壽造の証言)。

甲第22号証(平成9年10月9日付け凸版印刷証明書)は、凸版印刷の売掛金元帳に、甲第4号証のカタログ印刷の日付、売掛代金等が記載されている事実を示すものであり、客観的資料に基づいた信用性の高いものである。

<2> 甲第16号証の1、2は、株式会社ジュエリーイイヌマ及び株式会社山勝が平成元年5月ころ、大和宝飾から甲第4号証のカタログを受領していたことを証明している。

<3> そして、本件登録意匠は、甲第4号証の56頁に記載された商品番号「20429」の意匠と同一であるか、少なくとも類似する。

<4> 被告は、本訴において甲第9号証以下の新証拠の提出は許されない旨主張するが、原告は、審判段階で無効理由(2)、(3)として主張した「本件登録意匠と同一又は類似のイヤリングの意匠が、その出願前に、大和宝飾によって頒布された刊行物である甲第4号証に商品番号「20429」として記載されている事実」を証明の対象として、甲第9ないし第23号証を提出しているものであり、これらの提出は当然許容されるものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  認否

請求の原因1のうち、審決謄本の送達日は知らず、その余は認め、同2は認め、同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1(無効理由(1-1)、(1-2))について

<1> 甲第5号証(大和宝飾売上証明書)の「売上調査資料20429&21049」は、会員No.、販売先、住所、電話No.、商品No.、伝票No.、数量等の表示のもとに羅列記載がされているのみであって、これが原告主張のようなデータを記載したものであるかは、その客観的な体裁自体からは全く不明である。

また、甲第5号証においては、「売上台帳の写し」の添付を依頼しているのもかかわらず、添付されているのは、「売上調査資料20429&21049」と表題の付された表のみである。

加えて、甲第5号証の「売上調査資料20429&21049」は、作成年月日、作成者、出所等の記載がないものであるから、結局、甲第5号証は、いかなる事実をどのように立証しようとするのか、その客観的な記載だけからでは全く理解できないものである。

甲第9号証の1ないし166の売上伝票は、その記載された取引の行われた時点において作成されたものではない。また、甲第9号証の1ないし166に記載されている東京都区内の電話番号は市内局番が4桁であるが、東京都区内の市内局番が4桁になったのは平成3年1月1日である。したがって、甲第9号証の1ないし166は、本件訴訟の証拠として提出するために新規に作成されたものと断ぜざるをえない。仮に、甲第9号証の1ないし166がコンピュータに記憶されていたものだとしても、そのデータは随時書き換え可能な状態で記憶されていたものであり、同じく信用性がない。

<2> 甲第8号証(原告から大和宝飾あて受注書兼納品書)は、審決が指摘するように、原告と大和宝飾との間に商品番号「20429」のイヤリングに関する取引があったことを推認させるものにすぎず、それ以上に、商品番号「20429」のイヤリングと本件登録商標の同一性や、本件登録商標と同一のイヤリングが日本国内で販売され不特定多数の人に知られうる状態に至った事実を証明するものではない。

<3> 原告は、無効理由(1-1)、(1-2)を立証するために、審判手続で提出しなかった甲第9号証以下の証拠を提出するが、無効審判手続においては、請求人の主張する無効理由の存否が請求人の提出した証拠によって認定できるかが判断されるのであるから、該請求人が審決取消訴訟で、審判手続において提出しなかった新たな証拠をもって審決の違法性を主張することは許されない。したがって、これらの新証拠の提出は、許されないものである。

(2)  取消事由2(無効理由(2)、(3))について

<1> 甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)は、証明しようとする事項に関する客観的な物的証拠が添付されていないものであるので、信用性を欠くと評価せざるをえないものである。

甲第22号証(平成9年10月9日付け凸版印刷証明書)についても、添付されている「売掛金元帳」なる書面は、その体裁からして、平成元年に作成されたものではなく、この証明書に添付するために作成されたものであり、客観的な物的証拠とは評価しえないものである。また、甲第22号証に添付されている「売掛金元帳」の「1.5.31」の摘要欄には、単に「ピアスカタログ」と記載されているだけで、甲第4号証のカタログの名称である「PIERCE,Gold PIERCE Catalogue Vol.1」とは記載されていないから、「1.5.31」の「ピァスカタログ」と甲第4号証のカタログとは異なるカタログである。また、甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)においては、甲第4号証のカタログの納品年月日は平成元年5月22日になっているのに対し、甲第22号証に添付されている「売掛金元帳」の納品日は「1.5.31」となっており、両記載は明らかに矛盾しており、両証拠に信用性がないことを強く疑わせるものである。

<2> 甲第16号証の1、2を作成した株式会社ジュエリーイイヌマと株式会社山勝は、原告と同じ大和宝飾の下請け業者であって、原告と利害関係を一にする立場にある上、証明事項を証する客観的な物的証拠は何ら添付されていないから、甲第16号証の1、2は信用性を欠く。

<3> 原告は、無効理由(2)、(3)を立証するために、審判手続で提出しなかった甲第9号証以下の証拠を提出するが、これらの新証拠の提出は、前記(1)で述べたと同様の理由で許されない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)のうち、審決謄本の送達日を除く事実は、当事者間に争いがなく、審決の送達日は成立に争いのない甲第1号証及び弁論の全趣旨により認められる。同2(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由2(無効理由(2)、(3))について

<1>  証人杉本壽造の証言により真正に成立したものと認められる甲第4号証(「PIERCE,Gold PIERCE Catalogue Vol.1」)、甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)及び甲第22号証(平成9年10月9日付け凸版印刷証明書)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第7号証(大和宝飾頒布証明書)及び甲第21号証(大和宝飾印刷証明書)並びに証人杉本壽造の証言によれば、凸版印刷は、大和宝飾の発注に応じて、イヤリング、ピアスのみを掲げた特別カタログを作成することになり、平成元年5月22日ころまでに「PIERCE,Gold PIERCE Catalogue Vol.1」(甲第4号証)を約3万部印刷して作成し、その納品を受けた大和宝飾は、そのころ、取引先である日本国内の宝飾店に大量に配布したことが認められる。

被告は、甲第6号証(平成8年8月9日付け凸版印刷証明書)に記載された納品日と甲第22号証(平成9年10月9日付け凸版印刷証明書)に記載された納品日の相違等を主張するが、これらの点は、いずれも上記証拠の信用性を左右するものではなく、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

また、被告は、審判段階で提出されなかった甲第21、第22号証を本件訴訟で提出することは許されない旨主張するが、同号証は、原告が審判段階で主張した「本件登録意匠と同一又は類似のイヤリングの意匠が、その出願前に、大和宝飾によって頒布された刊行物である甲第4号証に商品番号「20429」として記載されている事実」を立証するために使用されるものであり、新たな無効理由の立証のために使用されるものではないから、その提出は許されるものであり、この点の被告の主張は採用することができない。

<2>  そうすると、甲第4号証(「PIERCE, Gold PIERCE Catalogue Vol.1」)は、本件登録意匠の出願前に日本国内において頒布された刊行物であると認められるところ、本件登録意匠は、甲第4号証56頁に商品番号「20429」として記載されたピアスの意匠と、意匠に係る物品を共通とし、その形態も同一であると認められる。

したがって、審決の無効理由(2)についての認定、判断は誤りであり、原告主張の取消事由2は理由がある。

(2)  取消事由1(無効理由(1-1)、(1-2))について

<1>  弁論の全趣旨により原告主張のとおりのイヤリングであると認められる検甲第1号証、前記甲第4号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立の認められる甲第5号証(大和宝飾売上証明書)、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第9号証の1ないし166(売上伝票)並びに弁論の全趣旨によれば、大和宝飾は、平成元年4月1日から平成2年3月31日までの間に、検甲第1号証と同一のピアス(甲第4号証の56頁に商品番号「20429」として記載されたものである。)を有限会社一誠堂等の日本国内の宝飾店(小売店)35店に販売し、それらの宝飾店は、そのころ、そのピアスを販売のために店内で展示したものと認められる。

この認定に反する被告の主張は、前記認定のとおり甲第4号証のカタログが平成元年5月には頒布されていたと認められることに照らし、採用することができず、他に上記認定を左右するに足りる証拠はない。

また、被告は、審判段階で提出されなかった甲第9号証の1ないし166をを本件訴訟で提出することは許されない旨主張するが、同号証は、原告が審判段階で主張した「大和宝飾が、平成元年4月1日から平成2年3月31日までの間に、日本国内で、商品番号「20429」としてピアスを販売した事実」等を立証するために使用されるものであり、新たな無効理由の立証のために使用されるものではないから、その提出は許されるものであり、この点の被告の主張は採用することができない。

<2>  そうすると、それらのピアス(イヤリング)は、本件登録意匠の出願前に日本国内において公然知られたものであるところ、本件登録意匠は、それら宝飾店に販売されたピアスの意匠と、意匠に係る物品を共通とし、その形態も同一であると認められる。

したがって、審決の無効理由(1-1)についての認定、判断は誤りであり、原告主張の取消事由1のうち、無効理由(1-1)に関する部分も理由がある。

3  よって、原告の請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年5月15日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙1

<省略>

平成7年審判第24592号

審決

山梨県甲府市中小河原町527

請求人 株式会社 イノウエ

東京都千代田区一番町10番7号 ワールドタイムズビル3階 飯田・栗宇特許法律事務所

代理人弁理士 飯田幸郷

東京都千代田区一番町10番7号 ワールドタイムズビル3階

代理人弁護士 飯田秀郷

山梨県甲府市国玉町325-15

被請求人 穂坂喜博

山梨県甲府市池田3丁目3番24号 土橋特許事務所

代理人弁理士 土橋博司

上記当事者間の登録第863326号意匠「イヤリング」の登録無効審判事件について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

審判費用は、請求人の負担とする.

理由

第一 請求の趣旨及び理由

請求人は、登録第863326号意匠(以下、本件登録意匠という)の登録を無効とする、審判費用は被請求人の負担とする、との審決を求める、と申し立て、その理由として審判請求書及び弁駁書の記載のとおりの主張をし、証拠方法として、甲第1号証乃至甲第6号証の書証を提出した。

その主張の要点は、これを整理すると本件意匠登録は、以下の各理由によりその登録は、無効とされるべきとするものである。

1 本件登録意匠は、その出願前である平成元年4月1同から同2年3月31日までの間に、日本国内で株式会社大和宝飾が、商品番号「20429」として販売したピアスの意匠と同一であって、意匠法第3条第1項第1号の公然知られた意匠に該当し、意匠法第48条第1項第1号により意匠登録を無効とすべきである。

この証拠として、<1>「売上帳簿等送付依頼書」と上記<2>カタログ「PIERCE Gold PIERC Catalogue Vol、1」の写しと<3>「売上調査資料20429&21049」の3点からなる甲第1号証を提出した。

また、本件登録意匠は、その出願前である平成元年6月14日から同年8月5日までに、日本国内で株式会社イノウエが株式会社大和宝飾に、商品番号「20429」として販売したイヤリングの意匠と同一であって、意匠法第3条第1項第1号の公然知られた意匠に該当し、意匠法第48条第1項第1号により意匠登録を無効とすべきである。

この証拠として、甲第6号証を提出した。

2 本件登録意匠は、その出願前に株式会社大和宝飾によって頒布された刊行物であるカタログ「PIERCE Gold PIERC Catalogue Vol、1」、第56頁に記載された商品番号「20429」の意匠と同一であって、意匠法第3条第1項第2号の刊行物に記載された意匠に該当し、同法第48条第1項第1号によって意匠登録を無効とすべきである。この証拠として、甲第2号証(甲第3号証はこれと同一)~甲第5号証を提出した。

3 本件登録意匠は、万一、上記2における刊行物記載の意匠と完全同一が認められないとしても、類似であることは明白であるから意匠法第3条第1項第3号に該当し、同法48条第1項第1号によって意匠登録を無効にすべきである。

この証拠として、甲第2号証を提出する。

第2 答弁の趣旨及び理由

被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由として答弁書に記載のとおりの反論をし、証拠方法として乙第1号証及び乙第2号証の書証を提出したものである。

その反論の要点は、これを整理すると以下のとおりである。

1 無効理由1について

本件意匠は意匠法第48条第1項第1号に、該当せず、同規定によってその登録を無効とすることはできない。

主張の根拠になっているのは、審判外株式会社大和宝飾が証明者である「売上帳簿等送付依頼書」と題する書面(甲第1号証)である。しかしながらこの甲第1号証に添付されたカタログ自体が、本件登録意匠の出願前に作成されたものであるとの証明がない以上、「売上帳簿等送付依頼書」で証明されるものは何もない。

審判外株式会社大和宝飾は、カタログ販売を業とするものと推察されるが、上記「売上帳簿等送付依頼書」(甲第1号証)で窺えるのは、取引があったかも知れないというだけであって、いつ、どのような商品に関し誰に販売したかを証明するものではない。

2 無効理由2について

審判請求人は、本件登録意匠が、株式会社大和宝飾によって頒布された刊行物(甲第2号証)の意匠と同一である旨主張するが、甲第2号証(請求書の甲第3号証との記載は証拠の表示と合致しない)の証明書願いは刊行物を頒布した株式会社大和宝飾自身が証明者となっており、全く証拠能力のない書面である。

したがって甲第2号証について本件登録意匠が記載されていたかどうかを議論するまでもない。甲第3号証は審判外株式会社大和宝飾が証明者である。しかしながら審判外株式会社大和宝飾は、乙第1号証及び乙第2号証の警告書に明らかなように、株式会社イノウエと同様、審判被請求人(意匠権者)により侵害警告を受けている当事者である。このような同じ利害関係を有している両者が、何らの物的証拠もなく単にお互いを依頼者及び証明者として記載した証明書にどのような証拠能力を認定することができるであろうか。まったく証拠能力を欠いた証明書である。

甲第4号証の証明書は、本件審判との関係では第3者である凸版印刷株式会社による証明がなされているかに見える。しかしながらこの証明書も、甲第5号証との関係で見た場合、その信憑性を疑わざるを得ない。

すなわち、甲第4号証の証明書には甲第2号証が平成元年5月22日に、30、000册が印刷され、同年5月22日に株式会社大和宝飾に対して納品された事実がある旨の記載がある。他方、甲第5号証には、平成元年5月22日に、株式会社大和宝飾が株式会社ジュエルタカシマ、株式会社松尾宝飾に対して甲第2号証のカタログを配布した旨の記載がある。この証明書も、甲第5号証との関係で見た場合、その信憑性を疑わざるを得ない。

この種カタログは少なくとも143頁以上のものであり、写真が掲載されていることからかなり厚みがあることは明らかである。

そしてこのような厚みのあるカタログを、凸版印刷株式会社が平成元年5月22日に30、000冊印刷し、同年5月22日に株式会社大和宝飾に対して納品し平成元年5月22日に株式会社大和宝飾が株式会社ジュエルタカヤマ、株式会社丸尾宝飾に対して配布したということが甲第4号証及び甲第5号証からなる両証明書にそれぞれ記載されている。果たしてこのような明らかに物理的に不可能な事柄を証明書として記載したものが証拠能力ありとすべきであろうか。

要するに、元々発行日の記載のない刊行物を、証拠として挙げ、その証明能力に疑問が出てきたからといって印刷所の担当者が証明者である証明書を出しても、客観的に見て上記刊行物の発行日について何も証明されたことにはならない。したがって甲第4号証及び甲第5号証には何らの証拠能力を持たないものである。

甲第5号証は、審判外株式会社大和宝飾が証明者である。しかしながら審判外株式会社大和宝飾は、上述のように株式会社イノウエと同様、審判請求人(意匠権者)によりそれぞれ侵害警告を受けている当事者である。

このような同じ利害関係を有している両社が、何ら物的証拠もなく単にお互いを依頼者及び証明者として記載した証明書には、いかなる証明能力をも認定することができない。

3 無効理由3について

上記2と同様に、甲第2号証の証明願いは、刊行物を頒布した株式会社大和宝飾自身が証明者になっており、まったく証拠能力のない書面である。したがって甲第2号証について本件登録意匠が記載されていたかどうか、また記載されていた意匠が本件登録意匠と類似するか否かを議論するまでもない。

第三 当審の判断

1 本件登録意匠

本件登録意匠は、平成2年6月22日の意匠登録出願に係り、平成4年12月10日に意匠登録第863326号として意匠権の設定の登録があったもので、その願書の記載及び願書に添付した図面の記載によれば、意匠に係る物品が「イヤリング」であって、その形態は、別紙のとおりのものである。

2 無効理由の検討

請求人が主張する無効理由は、上記の1乃至3であるが、以下その当否について検討する。

(1) 無効理由の1について

主張の根拠になっている、<1>「売上帳簿等送付依頼書」と上記<2>「カタログの写し」と<3>「売上調査資料20429&21049」の3点からなる甲第1号証について、以下検討する。

<1> 「売上帳簿等送付依頼書」と題する書面は、請求人の株式会社大和宝飾宛ての「別紙添付の貴社カタログ(「PIERCE Gold PIERC Catalogue Vol、1」、)における商品番号「20429」および「21049」のピアスについて、貴社が平成2年6月21日以前に販売されたことを示す売り上げ台帳の写しを添付して返送くださいますようお願いします」旨の平成7年10月31日付けの依頼文とそれを受けた、平成7年11月10日付けの株式今社大和宝飾の「添付の売上台帳の写しは平成1年4月1日から平成2年3月31日までのものである」旨の証明書からなるものである。この<1>「売上帳簿等送付依頼書」文中の証明書の作成日は平成7年11月10日であって、この証明書作成日と証明する事実の平成1年4月1日から平成2年3月31日とは相当年月の隔たりがあり、記憶にのみ基づいて疎明しているものであってその信憑性は明確性を欠くものとせざるを得ない。また、この<1>「売上帳簿等送付依頼書」には、表題を売上台帳とするものの添付はなく、添付されているものは、表題を<3>「売上調査資料20429&21049」とする1~2頁分である。そして、この<3>の資料自体には、会員No.、販売先、住所、電話No.、商品No.、伝票No.、数量等の表示のもとに羅列記載されているのみであって、書面には作成年月日、作成者、出所等の記載がないものである。<1>「売上帳簿等送付依頼書」の記載にある「売上台帳」の写しの添付にあたるものが、<3>「売上調査資料20429&21049」をいうとしても、その証明書部分記載の「売上台帳は、1年4月1日から2年3月31日までのものである」の事実を確かなものとする両者を結ぶ判断材料を両者共に有しておらず、<3>は何を如何なる目的のもとに記載作成されたものか意味不明なものである。これらを参酌すると、甲第1号証は、証明対象が不明確であって、文書記載内容の信憑性も極めて弱いものと言うほかない。

次ぎに、甲第6号証は、株式会社イノウエから株式会社大和宝飾宛の受注書兼納品書(控)であるが、これから両社間で平成1年6月22日から数回に渡って商品番号「20429」に関する取引があった事実は推認しうるものの、証明するとするものは両社間の取引に関するもののみであって、両社が商品番号「20429」の製造会社とその販売会社である関係にあることから、この取引のみをもって直ちに本件登録意匠の出願日以前に本件登録意匠と同一のイヤリングの意匠が日本国内で販売され不特定多数の人に知られうる状態に至った事実を証明するものとは認められない。

以上、甲第1号証及び甲第6号証を以て、本件登録意匠がその出願前に公然知られた意匠と認めることはできず、本件登録意匠を無効とすべきものとすることはできない。

(2) 無効理由の2について

主張の根拠となっている甲第2号証~甲第5号証を以下検討する。

甲第2号証は、<1>「証明願い」と<2>「カタログの写し」からなり、<1>「証明願い」は、その内容が、<2>カタログの「1、印刷年月日平成1年5月、2、印刷会社名、住所東京都台東区台東1丁目5番1号凸版印刷株式会社、3、印刷部数30、000冊」の記載事実を平成7年10月27日付けで株式会社大和宝飾が証明するものであるが、この証明書作成日と証明する事実の平成元年5月22日とは相当年月の隔たりがあり、記憶にのみ基づくものであってその信憑性は明確性を欠くものとせざるを得ないものである。

甲第4号証は、凸版印刷株式会社が、株式会社大和宝飾から依頼されて商品カタログ「PIERCE Gold PIERC Catalogue Vol、1」について、1、印刷年月日平成元年5月22日、2、印刷部数30、000冊、3、納品年月日平成元年5月22日として株式会社大和宝飾に納品した事実を凸版印刷株式会社の代表者が平成8年8月9日付けで証明するものであるが、この証明日と証明する事実の平成元年5月22日とは相当年月の隔たりがあり、記憶にのみ基づくものであってその信憑性は明確性を欠くものとせざるを得ないものである。

そして、このカタログ自体に、発行年月日を推認する記号も一切記載なく、発行当時の記憶のみに基づくものでない物的証拠がない以上、甲第2号証及び甲第3号証をもって、このカタログの発行日が本件登録意匠の出願前とする確かな証拠とするには至らないものとせざるをえない。

甲第5号証は、甲第2号証中のカタログを平成元年5月22日に配布先例として<1>(株)ジュェルタカシマ、<2>(株)松尾宝飾をあげ、その他配布の実状として、全国の宝飾小売店約10、000社に無料配布を行った、旨の事実を証明する証明者株式会社大和宝飾の平成8年8月9日付けの証明書であるが、<1><2>の各配布先についてはその住所の記載もなく、具体的な配布先を記載しているものとは認められないものであって、その他の配布先については、漠然としたものであって、特定の事実の記載がないに等しいものであり、また平成8年8月9日付けで証明するものであるが、この証明日と証明する事実の平成元年5月22日とは相当年月の隔たりがあり、記憶にのみ基づくものであってその信憑性は明確性を欠くものとせざるを得ないものである。

以上、甲第2号証(甲第3号証はこれに同一)及び甲第4号証によってもカタログの発行日を特定できず、且つ、甲第5号証をもっても、頒布の事実を確認するには至らないものである。

従って、この理由を以て、本件意匠登録を無効とすべきものとすることはできない。

(3)無効理由の3について

上記(2)で述べたと同じく、甲第2号証をもって、本件登録意匠を無効とすべきものとすることはできない。

3 結び

以上のとおりであって、請求人の主張する本件登録意匠を無効とすべき理由は、いずれも理由のないものであるから、その理由を以て本件登録意匠が意匠法第48条第1項第1号の規定により無効とされるべきものとすることは、できない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年3月26日

審判長 特許庁審判官

特許庁審判官

特許庁審判官

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