大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)143号 判決 1999年2月23日

大阪府門真市大字門真1006番地

原告

松下電器産業株式会社

代表者代表取締役

森下洋一

訴訟代理人弁護士

中村稔

松尾和子

同弁理士

大塚文昭

竹内英人

須田洋之

三木友由

坂口智康

上記中村稔訴訟復代理人弁護士

岩瀬吉和

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

森田信一

井上雅夫

廣田米男

主文

特許庁が平成7年審判第7267号事件について平成9年4月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

主文と同旨の判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年12月27日に発明の名称を「カラー液晶表示装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第280205号)をしたが、平成7年2月9日に拒絶査定を受けたので、同年4月14日に拒絶査定不服の審判を請求した。

特許庁は、これを平成7年審判第7267号事件として審理した結果、平成9年4月21日に「本件審判請求は、成り立たない。」との番決をし、同年5月19日にその謄本を原告に送達した。

2  本願発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)

別紙審決書写しの理由Ⅰのとおり

3  決定の理由

別紙審決書写しの理由Ⅱ以下のとおり

4  審決の取消事由

審決は、引用例記載の技術内容を誤認した結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

すなわち、審決は、

a  本願発明と引用例記載の発明は、R(赤)、G(緑)、B(青)に対応する画素に対して、所定のオフセット電圧を印加する点で一致し、

b  本願発明が、各画素に対して印加するオフセット電圧の差の数値を限定しているのに対して、引用例記載の発明は、上記の数値を限定していない点で、両者は相違する

としたうえ、「各画素毎にカラーフィルタを具備した液晶において、その印加電圧-透過率特性はR、G、B間に所定の特性上のズレ幅を有し、カラー液晶の色バランス(「色のアンバランス」の意味であると解される。)は、この特性上のズレ幅に起因すること」(以下「前提知見」という。)は当業者が熟知していたことを論拠として、相違点に係る本願発明の構成は適宜になしえた設計事項であって、本願発明の要件であるオフセット電圧の差の数値限定に格別の技術的意義は認められない旨判断している。

(1)しかしながら、前提知見が本願発明の特許出願前に周知であった事実はない。

この点について、被告は、ツイスト・ネマティック液晶(以下「TN型液晶」という。)を通過する偏光の回転角に波長依存性があることは、本願発明の特許出願前に周知の事項である旨主張する。

上記事実が、本願発明の特許出願前に一般的な物理学の知識として周知であったことは争わない。

しかしながら、本願発明が対象とするカラー液晶表示装置によって一般のカラー画像を映出した場合、赤が強調された画像となる現象は、本願発明の特許出願前には広く知られておらず、まして、この現象の原因は、当業者の間においても知られていたとはいえない。現に、前提知見は「各画素毎にカラーフィルタを具備した液晶」に関するものであるにもかかわらず、被告が前提知見が周知であったとして援用する乙第1ないし第3号証は、いずれもカラーフィルタを用いる液晶表示に関するものではないのである。

そして、後記乙第1号刊行物は、液晶表示装置により白黒表示を行う場合に、印加電圧が極めて低い領域において生ずる色分離の現象を指摘し、かつ、カラー表示の可能性を示唆してはいるが、カラー表示を行う場合の問題点については何ら言及していない。

また、後記乙第2号公報記載の発明も、液晶表示装置により白黒表示を行う場合に、電圧を印加しない部分では光の通過が波長依存性のために阻害され、暗くなることを解決すべき課題とし、液晶の厚さを問題としているにすぎないのであって、3色に対応する画素に対して電圧を印加することについての記載は全く存在しない。

さらに、後記乙第3号公報記載の発明は「色消しグレー系イメージを表示する方法並びに装置」(5頁右上欄20行ないし左下欄2行)に関するものであって、TN型液晶に入射されるのは白色光であり、同公報にはTN型液晶にR、G、Bの単一光を入射することは全く記載されていない。

(2)そして、本願発明は、

a  カラーフィルタを用いる液晶表示装置においては、R、G、Bの「透過率/印加電圧」の関係を示す曲線(以下「透過特性曲線」という。)が、それぞれの波長に依存して電圧軸方向にずれて現れるので、色のアンバランスが生ずる

b  しかしながら、R、G、Bの透過特性曲線の波形はほぼ同一であるので、3色に対応する画素に対して適値のオフセット電圧を印加し、3色の透過特性曲線を電圧軸方向に移動して重ね合わせれば、良好な色バランスを得ることができる

との新たな知見を得て、創案されたものである。

このような新たな知見に基づかない以上、本願発明の要件であるオフセット電圧の差の数値を限定することは不可能であるから、前提知見のみを論拠とする審決の上記判断は、失当というほかないものである。

(3)ちなみに、引用例記載の発明は、

a  カラー液晶表示が、製造工程のばらつきに起因するカラーフィルタの膜厚の差等によって、色のアンバランスを生ずること

b  人種等によって、白色の感じ方に差異があること

を解決するためのものであって、本願発明とは技術的課題が明らかに異なっている。

そして、引用例記載の発明は、バイアス電圧(Vth)の制御と併せて、信号振幅電圧(Vsig)の制御を行うことによって、透過特性曲線の波形自体を変化させることを企図するものと考えられるから、オフセット電圧の制御のみを行う本願発明とは、構成も異なるのである。

なお、本願発明の要件であるオフセット電圧の数値は、3色の透過特性曲線の波長依存性に基づいて、一義的に決定することができる。これに対して、引用例記載の発明のバイアス電圧は、3色の透過特性曲線の波長依存性とは無関係であるから、その数値が一義的に決定されるとする理由はない。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、前提知見が本願発明の特許出願前に周知であった事実はない旨主張する。

しかしながら、佐々木昭夫編「液晶エレクトロニクスの基礎と応用」(株式会社オーム社昭和54年4月25日発行。以下「乙第1号刊行物」という。)には、TN型液晶を通過する偏光の回転角に波長依存性があるため、白色光を入射しても透過光は色を呈するので、白黒表示のとき問題であることが記載されている。この記載は、TN型液晶に白色光を入射すると、白色光に含まれる色成分ことに回転角が異なることをいうものであるから、TN型液晶にR、G、Bの単一光を入射すれば、3色の透過特性曲線が、各色の波長に依存してずれて現れることをも意味していることは明らかである。

また、昭和50年特許出願公開第125760号公報(以下「乙第2号公報」という。)には、TN型液晶を通過する偏光の回転角の波長依存性の原理が説明されており、TN型液晶に十字ニコルの偏光フィルタを適用した場合、偏光の回転角の波長依存性によって、B、G、Rの順に透過率が大きくなることが記載されている。

さらに、昭和56年特許出願公開第43681号公報(以下「乙第3号公報」という。)にも、TN型液晶にR、G、Bの単一光を入射すると、3色の透過特性曲線が電圧軸方向にずれて現れることが記載されている。

このように、TN型液晶を通過する偏光の回転角に波長依存性があるため、カラー表示の場合に色のアンバランスが生ずることは、本願発明の特許出願前に周知の事項であったから、前提知見に関する原告の上記主張は誤りである。

2  そして、原告は、本願発明者が得た新たな知見に基づかない以上、本願発明の要件であるオフセット電圧の差の数値を限定することは不可能である旨主張する。

しかしながら、R、G、Bの透過特性曲線の波長依存性が本願発明の特許出願前に周知であった以上、これに起因する色のアンバランスを解消するため、3色に対応する画素に印加する電圧の差を、3色の透過特性曲線が重なり合うように限定する程度のことは、当業者ならば適宜になしえた設計事項にすぎないから、相違点に関する審決の判断に誤りはない。

3  なお、原告は、引用例記載の発明は、技術的課題及び構成において、本願発明と異なる旨主張する。

しかしながら、引用例記載の発明のカラー液晶表示方法もTN型液晶を用いている以上、前提知見に起因する問題点を有することは当然である。そして、引用例に「本発明の目的は、均一な色バランスを実現することにある。」(2頁左上欄13行、14行)と記載されているから、引用例記載の発明の技術的課題は、本願発明の技術的課題と同一である。

また、引用例の第2図(別紙図面B参照)には、着色層の有無に応じて、異なる透過特性曲線が表されているが、着色層の有無が決まれば、透過特性曲線の波形も決まるから、印加すべき「バイアス電圧+信号振幅電圧」も、一義的に決定することができるのである。

そして、引用例記載の発明が、バイアス電圧の制御に加えて、信号振幅電圧の制御をも要件としているのは、透過特性曲線の波長依存性以外の要因(例えば、カラーフィルタの膜厚の差)に起因する問題点にも対応することができるようにするためである。したがって、引用例には、バイアス電圧の制御によって透過特性曲線の波長依存性を解消し、良好な色バランスを得るという本願発明の技術的思想が含まれているといえる。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号証(特許願書添付の明細書)及び第4号証(手続補正書)によれば、本願発明の概要は次のとおりと認められる(別紙図画A参照)。

1  技術的課題(目的)

本願発明は、TN型液晶とカラーフィルタを用いて中間調の表示を行う、カラー液晶表示装置に関するものである(明細書1頁20行ないし2頁3行)。

TN型液晶と偏光フィルタを組み合わせたディスプレイをカラー化するには、第2図に記載されているように、2枚の透明電極基板(9)の間に液晶を封入し、どちらかの透明電極基板にR、G、Bのカラーフィルタを装着するのが一般的である(なお、8、10は偏光フィルタである。同2頁5行ないし11行)。

しかしながら、従来の液晶ディスプレイには、中間調の表示を行うと色のバランスが失われるという問題点があった(2頁15行ない17行)。

すなわち、第3図は、偏光板を平行ニコルにした場合のR、G、Bの透過特性曲線を示すものであって(電圧を印加しないときは、入射光が90°ねじれて透過しないから、ディスプレイは黒を表示する。)、印加電圧を徐々に増加して行くと、最初に波長の長いR、次にG、最後に波長の短いBの順序で、透過率が大きくなる(最終的には、3色がすべて通過するから、ディスプレイは白を表示する。)。この現象は、偏光がTN型液晶を通過するとき、偏光の回転角が波長依存性をもつことを意味しているが、その結果、カラー画像をそのまま映出すると、赤が強調された不快な画像になってしまう(同2頁18行ないし3頁9行)。

なお、第4図は、偏光板を十字ニコルにした場合のR、G、Bの透過特性曲線を示すものであって(電圧を印加しないときは、ディスプレイは白を表示する。)、カラー画像をそのまま映出すると、青が強調された画像になってしまう(同3頁13行ないし15行)。

本願発明の目的は、簡易な構成によって、色バランスの良好な画像を提供するカラー液晶表示装置を創案することである(同3頁16行ないし18行)。

2  構成

上記の目的を達成するために、本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものであって(補正書2枚目2行ないし16行)、要するに、R、G、Bの各色信号VR、VG、VBごとに、最適なオフセット電圧を印加することを特徴とするものである(明細書3頁20行ないし4頁2行)。

3  作用効果

本願発明によれば、従来のカラー液晶表示パネルに比較して、大幅に色バランスの良好なカラー画像を得ることが可能となる(明細書8頁15行ないし18行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

審決は、別紙記載のとおり、前提知見は当業者が熟知していたことを論拠として、相違点に係る本願発明の構成は適宜になしえた設計事項である旨判断したものである。

この点について、原告が、前提知見が本願発明の特許出願前に周知であった事実はない旨主張するのに対して、被告は、本件訴訟において、新たに乙第1ないし第3号証を援用している。

1  乙第1号証によれば、乙第1号刊行物は「液晶エレクトロニクスの基礎と応用」と題する論稿であって、その「ねじれネマティック効果」の項には、

a  「しきい値より十分大きな電界印加では、(中略)入射光は、液晶の影響をほとんど受けずに出てくるため、検光子にさえぎられないことになる.このときは液晶は透明になる.すなわち、(中略)黒地に白の像を得ることになる.偏光子と検光子の偏光軸方向を直交させておくと、白地に黒の像を得ることになる.」(38頁6行ないし12行)

b  「しきい値電圧を少しこえたところでは、液晶の光軸と入射光の偏光軸方向が異なり、複屈折効果を呈することになる.そのため、(中略)直線偏光が楕円偏光となる.この偏光状態の変化は、(中略)周波数に依存するため、検光子を出てくる光は波長によって強さが異なり、そのため色を呈するようになる.これはねじれネマティックによるカラー表示の可能性を示すが、白黒表示のときは好ましくない現象である.しかし、印加電圧が十分大きいとき、セル内の大半の液晶分子が電界方向に向きを変えるため、色のついて見える問題は、十分低減されあまり問題とならない.」(38頁22行ないし28行)

と記載されていることが認められる。

すなわち、乙第1号刊行物の記載は、液晶表示装置によって白黒表示を行う場合について、

c  十分に大きな電圧を印加すれば良好な白黒表示を得られるが、印加電圧がしきい値電圧に近いときは、着色が生じて好ましくないこと

d  この現象は、液晶を通過する偏光の偏光状態が、光の周波数(波長)に応じて変化することに起因すること

を開示しているに止まることが明らかである。

したがって、乙第1号刊行物の上記記載から、カラーフィルタを用いてカラー表示を行う場合に関する前提知見を得ることは困難であるといわざるをえない。

2  また、乙第2号証によれば、乙第2号公報には、「本発明は、ねじれたネマチック液晶を用いた電気光学装置において、電圧を印加しない部分が、なるべく明かるく、しかも波長依存性がない表示を可能とする液晶表示装置に関する。」(1頁左下欄12行ないし15行)と記載されているのみであって、その液晶表示装置が、カラーフィルタを用いるものであることを認めるべき記載は何ら存在しないことが認められる。要するに、乙第2号公報は、カラーフィルタを用いてカラー表示を行う場合に関する前提知見とは、直接関連するものではないのである。

ちなみに、乙第2号公報の図面(別紙図面C参照)のうち第2図は、「ねじれた液晶の光学特性を液晶の厚さdをパラメータとして求めた理論曲線を示す図」(2頁右下欄4行ないし6行)であるから、前提知見とは無関係であることが明らかである。また、第3図は、「光の波長λをパラメータとして求めた理論曲線を示す図」(2頁右下欄7行、8行)とされているが、そこに表されているのは、δ=(ε11-ε2/ε11+ε2)(2頁左上欄4行、5行)と、|Tx/Ty|(出力光の振幅比と考えられる。)との関係を示す曲線であって、透過特性曲線ではない。

3  さらに、乙第3号証によれば、乙第3号公報記載の発明は「液晶光弁でマルチモード・イメージ表示を行う方法および装置」に関するものであるが、そのFIG.5a及びFIG.5bについて、次のような記載があることが認められる(別紙図面D参照)。

a  「第5a図、第5b図では縦軸が液晶装置に入射する投射光線の伝達率を表わし、横軸が液晶層に加えられる電圧を表わす。(中略)各図に三つの原色、赤、緑、青のそれぞれの伝達を表わす三つの曲線の描かれていることが解る。第5a図では赤、緑、青が曲線70、72、74でそれぞれ表わしてあり、第5b図ではこれらの色は曲線76、80、78でそれぞれ表わしてある。各図でそれぞれの色がそれぞれ別個の曲線を有する。何故なら伝達は投射光線の波長によって異るからである。」(8頁左下欄12行ないし右下欄3行。なお、第5a図は従来技術による透過特性曲線を、第5b図は乙第3号公報記載の発明による透過特性曲線を表すものとされている。)

b  「第5a図を参照すると、曲線は低電圧で低い伝達を有すること、また電圧Aで始まる伝達は直線状に上昇し始めて電圧Bの近辺で最高レベルに達することが解る。この装置の動作は電圧A、つまりオフ状態電圧と電圧B、つまり最高伝達電圧との間の直線領域内で生じる。(中略)電圧設定点Aでは三色すべての伝達が低く、(従って、色消しに近いオフ状態を示し)、電圧Bでは白色に近い伝達を行うけれども、所定電圧レベルで色成分の比率はAからBの領域にわたって大幅に変わる。(中略)AからBまでのグレー系領域にわたって、青成分は青(「赤」の誤記と考えられる。)と緑に対して極めて低い強さから高い強さへと増加する。このためそれぞれのグレー系レベルが(Aでの)黒から、(Aの直ぐ上方での)黄へ、更には(AとBとの中間で)茶へ、そして最終的に(Bで)白へと変わることになる。」(8頁右下欄20行ないし9頁右上欄1行)

c  「第5b図を参照すると、(中略)曲線は装置が三原色赤、青、緑(それぞれ曲線76、78、80)を伝達し、電圧Gでの最高伝達から電圧Hでの零伝達まで青のまさった白色光線からなることを示す。」(9頁左下欄8行ないし15行)このように、乙第3号公報には、液晶光弁でマルチモード・イメージ表示を行う装置に白色光を入射すると、第5a図(あるいは第5b図)に図示されているような透過特性曲線の特性に従ったR、G、Bの合成光が得られること、換言すれば、第5a図の電圧点A、B間(第5b図の電圧点D、G間)に、R、G、Bの各単色光をそれぞれ個別に入射すると、R、G、Bそれぞれの透過特性曲線が「R、G、B間に特性上のズレ幅を有」することが記載されているといえる。

しかしながら、上記の透過特性曲線は、印加電圧が第5a図の電圧点B(第5b図の電圧点G)を越えてさらに増加すると、伝達率(透過率)が減衰するものである。

これに対して、甲第2号証によれば、本願発明の要件であるTN型液晶は、「徐々に電圧を印加すると最初に波長の長いR、次にG、最後にBの透過光が強くなり、最終的に飽和し一定の透過光となる」(3頁3行ないし5行)透過特性曲線を有するものと認められ(別紙図面Aの第3図参照)、この透過特性曲線は、乙第3号公報記載の上記透過特性曲線とは明らかに異なるものである。

したがって、乙第3号公報記載の発明は、本願発明の要件であるTN型液晶とは異なる特性の液晶を対象としていると考えざるをえない。まして、乙第3号証によれば、乙第3号公報記載の発明は、カラーフィルタを用いる方法ないし装置ではなく、したがって、乙第3号公報には「カラー液晶の色バランスは、この特性上のズレ幅に起因すること」は全く記載されていないことが認められるから、同公報の記載をもって、TN型液晶にカラーフィルタを適用してカラー表示を行う場合に関する前提知見が本出願前に周知であったことの論拠とすることはできない。

4  以上のように、各画素ごとにカラーフィルタを用いる液晶表示装置には必然的に色のアンバランスが生ずること、この現象が、R、G、Bの透過特性曲線にズレがあることに起因することは、被告が援用する乙号各証のいずれにも記載されておらず、示唆すらされていないといわざるをえない。

そして、他に、前提知見が本願発明の特許出願前に周知であったことを認めるに足りる証拠は、本件訴訟において提出されていない。

したがって、前提知見が本願発明の特許出願前に周知であったことのみを論拠とする審決の相違点の判断は、証拠上肯認することができないといわざるをえないところ、この判断の誤りは本願発明の進歩性を否定した審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成11年2月9日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面A

<省略>

<省略>

第2図はカラー液晶表示パネルの一例を示す構成図、第3、4図は従来のカラー液晶表示パネルの透過特性曲線、第7図は本願発明のカラー液晶表示パネルの透過特性曲線

別紙図面B

<省略>

別紙図面C

<省略>

別紙図面D

<省略>

理由

Ⅰ、本件発明

本件審判請求に係る特許願は、昭和59年12月27日になされたものであり、その発明の要旨は、平成7年5月12日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの

「信号ラインと、それに直交する走査ラインと、前記信号ラインと走査ラインの交点又は交点の近傍に配置された画素と、前記画素に対応したR、G、Bのカラーフィルタと、前記画素に印加される電圧により光学特性が変化するツイスト・ネマティック型液晶層を備えたカラー液晶表示装置において、

前記Gに対応する画素の印加電圧VGと、Rに対応する画素の印加電圧VRと、Bに対応する画素の印加電圧VBとした場合、以下の(イ)、(ロ)または(ハ)の条件

(イ)Gに対するRのオフセット電圧差ΔVGRはRが小さい方向で、Gに対するBのオフセット電圧差ΔVGBはBが大きい方向で、

-180mV<ΔVGR<-20mV

+30mV<ΔVGB<+370mV

(ロ)ΔVGRを略0とし、ΔVGBをBが大きい方向で

+30mV<ΔVGB<+370mV

(ハ)ΔVGBを略0とし、ΔVGRをRが小さい方向で

-180mV<ΔVGR<-20mV

の何れかに設定することを特徴とするカラー液晶表示装置」

にあるものと認められる。

Ⅱ、引用例記載発明

原審の拒絶理由の中で引用した特開昭59-200222号公報(以下「引用例」という。)には、その第3図を参照して、均一な色バランスを実現するために、各画素毎に「カラーフイルター層4、5、6」を具備したカラー液晶表示装置において、その「Video Amp21」の「ポテンショメーター23」を調整することによってアンプのバイアスを制御して各色毎の「TNセル」の印加電圧Vthのオフセット電圧を調整するようにしてなるカラー液晶表示装置の記載が認められる。

Ⅲ、本件発明と引用例記載発明との対比

イ、本件発明(以下「前者」という。)の「R、G、Bのカラーフイルタ」は、引用例記載発明(以下「後者」という。)の「カラーフイルター層4、5、6」と同義ないし等価であり、

ロ、後者の「TNセル」も、「印加される電圧により光学特性が変化する」ものであるから、前者の「ツイスト・ネマティック型液晶層」と等価であり、

ハ、前者の「信号ラインと、それに直交する走査ラインと、前記信号ラインと走査ラインの交点又は交点の近傍に配置された画素」は、後者も当然具備している構成であると認められるから、

両者の一致点、相違点は次のとおりである。

(一致点)

「信号ラインと、それに直交する走査ラインと、前記信号ラインと走査ラインの交点又は交点の近傍に配置された画素と、前記画素に対応したR、G、Bのカラーフィルタと、前記画素に印加される電圧により光学特性が変化するツイスト・ネマティック型液晶層を備えたカラー液晶表示装置において、

前記Gに対応する画素の印加電圧VGと、Rに対応する画素の印加電圧VRと、Bに対応する画素の印加電圧VBとした場合、R、G、Bに対する画素に対して、所定のオフセット電圧を印加することを特徴とするカラー液晶表示装置」である点。

(相違点)

前者は、R、G、Bに対応するオフセット電圧を、以下の(イ)、(ロ)または(ハ)の条件(イ)Gに対するRのオフセット電圧差ΔVGRはRが小さい方向で、Gに対するBのオフセット電圧差ΔVGBはBが大きい方向で、

-180mV<ΔVGR<-20mV

+30mV<ΔVGB<+370mV

(ロ)ΔVGRを略0とし、ΔVGBをBが大きい方向で

+30mV<ΔVGB<+370mV

(ハ)ΔVGBを略0とし、ΔVGRをRが小さい方向で

-180mV<ΔVGR<-20mV

の何れかに設定しているのに対して、後者は、そのように特定していない点。

Ⅳ、容易性の検討

各画素毎にカラーフイルタを具備した液晶において、その印加電圧-透過率特性はR、G、B間に所定の特性上のズレ幅を有し、カラー液晶の色バランスは、この特性上のズレ輻に起因することは当業者においては、熟知していることであるから、上記引用例記載のカラー液晶表示装置において、その色バランス調整を調整するに当たって、本件発明の如く、例えばGを基準として、R、Bのオフセット電圧ΔVGR、ΔVGBを大、小方向へ設定することは、当業者にとつて、適宜なし得る設計事項であると認められる。

そして、上記オフセット電圧に対する、上記数値限定について、本件明細書第6頁第19行-第7頁第5行「発明者らの・・・変わらない。」なる記載及び同明細書第8頁第1-5行「上記した・・・検討した結果」なる記載は、単に、特定の試料の特定の条件下の一データを開示しているにすぎず、これをもって、上記数値限定に、格別の技術的意義を認めることはできない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例