大判例

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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)162号 判決

原告

有家功

訴訟代理人弁護士

岡部文彦

小平恭正

布施繁雄

被告

千葉県選挙管理委員会

代表者委員長

須賀利雄

訴訟代理人弁護士

鎌田久仁夫

指定代理人

石井正己

佐々木悟

鵜澤広司

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  本件他事記載のある投票用紙の候補者氏名欄の本件他事記載及び「ありか功」の記載は、本判決添付の別紙のとおりであり、これらの記載は、いずれも黒色芯の鉛筆により記入されたものと認められる(検証の結果。ただし、別紙は、乙二号証の写真を拡大して複写したものである。)。

そこで、以下、本件の争点について判断する。

二  争点1について

原告は、本件他事記載は、本件選挙における投票の際に記入されたものではなく、被告が、本件審査の申立てを受け、平成九年四月一五日に本件選挙における投票の開披点検を行った際に、何者かによって記載されたものと考えられる旨主張する。

しかしながら、本件において、原告の右主張事実の存在を窺わせるような事実を認めるに足りる証拠はないばかりか、被告が、本件審査の申立てを受け、平成九年四月一五日、大多喜町選挙管理委員会が保管していた本件選挙のすべての投票について開披点検を行った際には、大多喜町選挙管理委員会の委員及び職員等が立ち会って、その作業を監視していたこと、また、右一のとおり、本件他事記載のある投票用紙の候補者氏名欄の本件他事記載及び「ありか功」の記載はいずれも黒色芯の鉛筆により記入されたものと認められるところ、本件選挙の投票所においては、選挙人が候補者の氏名を投票用紙に記入するための筆記用具として黒色芯の鉛筆を用意していたこと、被告は、右の開披点検の際に使用する筆記用具については、事務局で用意した赤ボールペンのみを使用することとして、鉛筆等の係員の私物は持ち込ませなかったこと、が認められる(〔証拠略〕)のであって、これらの事実からすれば、原告主張のように被告が右の本件投票の開披点検を行った際に何者かが本件他事記載をすることは極めて困難というべき状況にあったものと認められるのであり、加えて、本件他事記載のある投票用紙の候補者氏名欄の本件他事記載及び「ありか功」の各記載に係る鉛筆の色合いの濃淡や芯の触れ方の勢い等に照らすと、本件他事記載及び「ありか功」の記載は同一の機会に記入されたものと認めることができる(検証の結果)のであって、原告の右主張は失当というほかはない。

三  争点2について

1  〔証拠略〕によれば、本件選挙の投票所において選挙人が投票用紙に記入するための筆記用具として用意されていた鉛筆は消しゴムが付いていないタイプの鉛筆であったこと、本件選挙の投票所においては別に消しゴムは用意されていなかったこと、したがって、選挙人が投票用紙への記入の書損じを抹消しようとすれば、鉛筆を使用して抹消のための措置を講ずるしかなかったことが認められる。

2  ところで、本件他事記載について、原告は、本件他事記載は平仮名の「の」の文字を書き損じてこれを抹消したものとみられるところ、これは、原告の古くからの支援者が原告の旧姓である「野口」の「の」を記入しようとして、誤りに気がつき、途中で筆を止めて、これを抹消しようとしたものとみるのが自然である旨主張し、これに対し、被告は、本件他事記載は、その記載自体に照らし、不完全な円と二本の斜線が重なった記載ととらえるのが自然である旨主張する。

(一)  そこで、右の点について考察すると、本件他事記載中の円弧様の形状を描いている部分について、被告は、不完全な「円」であると主張するが、検証の結果によれば、右部分の形状等に照らすと、それが、記入者において何らかの意図に基づいて意識的に「円」を描こうとしたことにより形成されたものとは認めがたい。

他方、原告は、右部分は、選挙人が平仮名の「の」の文字を書きかけて、途中で筆を止めたものとするが、右部分の形状等に照らせば、一般的、抽象的にみる限り、その主張のような解釈は必ずしも説得的であるとは思われない。しかし、〔証拠略〕によれば、原告は、昭和一九年八月二一日、夷隅郡上瀑村横山で父野口規矩雄と母やす子の間の長男として出生し、成人した後の昭和四一年四月二〇日、肩書住所地の有家繁喜及び有家はなとの養子縁組の届出をするとともに、有家愛子と婚姻の届出をしたことが認められるのであり、このことからすると、原告の主張するように、右部分が、原告の古くからの支援者が原告の旧姓である「野口」の「の」を記入しようとして、その誤りに気がつき、途中で筆を止めたものである可能性があることを一概に否定し去ることは相当と思われないし、本件選挙の投票所の投票記載台に掲示された大多喜町議会議員選挙候補者一覧表(〔証拠略〕)によれば、他にも氏が「の」から始まる「野村けんいち」、「野口晴男」及び「野中眞弓」という候補者が存在していたこと、さらには、名が「の」から始まる「よこやまのぼる」及び「滝口延一(のぶかず)」という候補者も存在していたことが認められるのであり、このことをも併せ考慮すれば、本件の具体的な事情の下においては、本件他事記載中の円弧様の形状を描いている部分が、選挙人において平仮名の「の」の文字を書きかけて、途中で筆を止めたものである可能性を否定することはできないものというべきである(なお、被告は、右のように解すると、本件投票の「ありか功」の記載が右下がりのくせ字であると見えるにもかかわらず、右「の」は右上がりで、しかも傾斜して記載したことになり、不自然である旨を指摘するが、右「の」の文字が右上がりかどうかは「の」字の終筆の運びいかんによって左右されるのであるから、右の指摘は必ずしも当を得ないものと思われる。)。

(二)  次に、本件他事記載中の二本の斜線の部分について、被告は、本件他事記載が全体として丸に二本の斜線という記号として使用される可能性があることを根拠に、これを不完全な円を抹消する趣旨の記載とみるべきではない旨主張するのである。

しかしながら、検証の結果によれば、右の二本の斜線部分は、本件他事記載中の円孤様の形状を描いている部分の右上方部分から左下方部分にかけて、概ね平行に描かれているものであるところ、その左側の線は右側の線に比べて長く、かつ、右側の線が円孤内に収まっているのに対し、左側の線は円弧様の線から突き出した形となっており、また、平行線自体が、きちんと意識されて慎重に平行線として記入されたものではなく、かなり大雑把にざっと記載されたものであることは明らかである。

(三)  そして、前示(一)の事情をふまえて、本件他事記載を全体として考察すると、右の二本の斜線部分は、円孤様の形状を描いている部分を抹消しようとする意思に基づいて記入されたものとみるのが自然であって、被告が主張するように、記入者において、丸に二本の斜線という「記号」を意識的に記載したものとみることは、円孤様の形状を描いている部分と二本の斜線部分とを組み合わせた形状全体として考察しても、いかにも不自然であるというほかはない。

(四)  結局、右の(一)ないし(三)に説示したところを総合すると、本件他事記載は、その全体として、被告が主張するような「不完全な円と二本の斜線が重なった記載」(記号)であると認識することは困難というべきであり、むしろ、選挙人において、候補者の氏名の一部を構成する「の」の文字を書きかけて、途中で筆を止め、これを抹消しようとして形成されたものである蓋然性が高いものと推認すべきである。

3  そこで、右のような他事記載がされた投票の有効性について判断するに、公選法六八条一項六号の規定がいわゆる他事記載のある投票を無効とする趣旨は、投票の記載が投票者の何人であるかを推知させる機縁をつくり秘密投票制が侵害される結果となることを防止する見地から、そのような記載をすることを抑制するにあるから、もとより、無意識又は不用意から生じた記載までを投票の無効原因とする要請を含むものではなく(最高裁判所昭和四二年三月二三日第一小法廷判決・民集二一巻二号四一九頁参照)、また、候補者の氏名を記入しようとするに際し選挙人の不用意から生じた書損じ及びこれを抹消するためにされた記載のある投票までを無効とするものではないと解するのが相当である。

これを本件についてみると、右2(四)のとおり、本件他事記載は、「不完全な円と二本の斜線が重なった記載」(記号)として何らかの意図に基づき意識的に記入されたものであると認識することは困難なのであり、むしろ、選挙人において、候補者の氏名の一部を構成する「の」の文字を書きかけて、途中で筆を止め、これを抹消しようとして形成されたものである蓋然性が高いものと推認すべきであって、本件他事記載は特定の選挙人が投票したことを他に推知させる機縁をつくるものとは認め難いから、右にみた公選法六八条一項六号の規定の趣旨にかんがみ、本件他事記載の存在をもって本件投票を無効とすべきではなく、本件投票は有効であると解するのが相当というべきである。

なお、被告は、本件他事記載中の二本の斜線部分を抹消の趣旨とみるべきであるとしても、その余の記載、すなわち円孤様の形状を描いている部分の記載が容易に判別できない程度に抹消されなければ、なお他事記載として無効とすべきである旨の見解を有しているように窺われるが、右のとおり、そもそも本件他事記載は、これを不完全な円と二本の斜線の重なりによって構成された「記号」が何らかの意図に基づき意識的に記入されたものと認識することが困難なのであるから、公選法六八条一項六号の規定の趣旨に照らし、右の被告の見解のように解さなければならない理由はないものというほかはない。

第四 結論

以上のとおりであって、本件裁決は違法であり、本訴請求を正当として認容すべきであるから、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 橋本和夫 川勝隆之)

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