東京高等裁判所 平成9年(行ケ)175号 判決 1998年12月10日
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
原告
株式会社東芝
代表者代表取締役
西室泰三
訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
村松貞男
同
勝村紘
同
福原淑弘
同
布施田勝正
同
森定奈美
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
高瀬博明
同
宮島郁美
同
井上雅夫
同
小池隆
主文
特許庁が平成7年審判第12518号事件について平成9年5月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和59年10月23日、名称を「浮上式搬送装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和59年特許願第222702号)をしたが、平成7年4月28日拒絶査定を受けたので、同年6月22日拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、この請求を平成7年審判第12518号事件として審理したが、平成9年5月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月18日原告に送達された。
2 本願発明の特許請求の範囲(1)の記載
少なくとも一部が磁性体で形成されたガイドレールと、
このガイドレールに沿って走行自在に配置された搬送車と、
前記ガイドレールの下面と空隙を介して対向するように前記搬送車に取付けられた複数の電磁石と、
これら各電磁石、前記ガイドレールおよび前記空隙で構成される各磁気回路中に配置されるとともに前記搬送車に取付けられ、発生する磁束に係る磁気回路の空隙が前記電磁石に係る磁気回路の空隙と一致するように、前記搬送車の浮上に必要な起磁力を供給する永久磁石と、
前記搬送車に取付けられて前記磁気回路中の空隙の大きさの変化を検出するセンサ部およびこのセンサ部の出力に基づいて前記搬送車に作用する外力の有無に拘らず前記電磁石に流れる励磁電流の定常値を零にするように前記電磁石に流す励磁電流を制御する制御部を有した制御装置と
を具備してなることを特徴とする浮上式搬送装置。(別紙2第1図参照)
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書写し(以下「審決書」という。)記載のとおりであり、審決は、特許請求の範囲(1)には、本願発明の構成に必須の事項が記載されてなく、本願は、特許法36条4項に規定する要件を満たしていないと判断した。
4 審決の取消事由
審決の理由Ⅰ(本願明細書の記載。審決書2頁2行ないし7行)、同Ⅱ(拒絶理由。同2頁8行ないし3頁6頁)、及び同Ⅲ(平成9年2月14日付け手続補正の内容。同3頁7行ないし4頁12行)は、認める。
審決の理由Ⅳ(判断。同4頁13行ないし7頁4行)のうち、審決書6頁3行ないし5行、6頁15行「この励磁電流」から7頁4行までは争い、その余は認める。
審決の理由Ⅴ(まとめ。同7頁5行ないし7行)は争う。
(取消事由)
審決は、「(空隙の変化に応じて過渡的に流れる)励磁電流をどのような値から、どのように制御して定常値零までするのか、即ち、「磁気回路中の変化と制御される励磁電流の過渡値、定常値との関係」(磁気回路の各空隙長と、励磁電流の状態との関係)は、本願発明において必須のものである。結局、補正後の明細書によっても、依然として、特許請求の範囲(1)には、本願発明の構成に必須の事項が記載されてなく、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。」と判断するが、誤りである。
(1)<1> 本願発明は、センサ部によって検出された空隙の大きさの変化に基づいて、その変化を打ち消すように電磁石の励磁制御を行う点では従来の装置と共通するが、従来の装置では一定の空隙の大きさとなるように制御するのに対して、本願発明では励磁電流が零で空隙長が安定するような状態に制御するものである。
そして、この点については、特許請求の範囲(1)に、「センサ部の出力に基づいて前記搬送車に作用する外力の有無に拘らず前記電磁石に流れる励磁電流の定常値を零にするように前記電磁石に流す励磁電流を制御する制御部」と明確に記載されている。
<2> どのような方法で上記励磁制御を行うかは、任意に選択、設計できる事項であり、特許請求の範囲において特に限定しなければならない事項ではない。
すなわち、空隙長の変化をセンサ部が検出したときそれに対応する制御を行うことは、従来から行われてきたことであり、どのような制御装置を使用するかは、通常行われている制御技術の中から必要に応じて適宜選択すれば足りることである。
そして、本願明細書には、励磁電流を零にする制御の方法について、<1>外力Umを状態観測器によって観測し、この観測値Umに適当なゲインを持たせて磁気浮上系にフィードバックする方法、<2>ギャップ長偏差△Z、速度偏差△ Zおよび電流偏差△iに全てが同時に零でない適当なゲインを持たせ、それぞれの値をsの一次系を構成するフィルタを介して磁気浮上系にフィードバックする方法、<3>電流偏差△iを積分補償器を用いて積分し、その出力値に適当なゲインを持たせて磁気浮上系にフィードバックする方法、<4>上記<1>、<2>あるいは<3>の方法を併用する方法が例示され(甲第2号証14頁18行ないし15頁10行)、制御部の具体例も示されている(甲第2号証21頁6行ないし24頁15行及び第2図(別紙2第2図参照)、甲第3号証2頁7行ないし17行)。
(2)<1> 被告は、本願発明は、励磁電流制御装置だけでなく、空隙長制御装置を有するものであるから、特許請求の範囲の記載事項としては、単なる基本的な自動制御装置の記載のみでは不十分であり、両制御装置のより具体的な関係を記載すべきである旨主張するが、本願発明は、励磁電流の定常値を零にするように制御するものであって、所定の空隙長を目標として定常状態が得られるように制御するものではないから、被告の上記主張は失当である。
<2> 被告が本願特許請求の範囲に記載すべきであると指摘する事項のうち、「所定空隙長を基準値として」の部分については、上記のように、本願発明は、励磁電流の定常値を零にするように制御するものであって、所定の空隙長を目標として定常状態が得られるように制御する空隙長制御装置ではないから、そのような記載は必要がない。
「空隙長制御ループ」の部分については、制御ループを使用することは、自動制御の常識であるから、この点も、特許請求の範囲に記載する必要がない。
「積分値」の部分については、本願明細書にはその他の制御の方法についても記載されており、積分補償器の使用は単なる一例にすぎないから、同様に、特許請求の範囲に記載する必要がないものである。
また、被告は、従来型の磁気浮上装置を構成する事項を前提として記載すべきである旨主張するが、特許請求の範囲の記載においては、従来より、明細書の実施例等に記載された構成要素の詳細を省略し、その発明を特定するための作用的、機能的記載が認められているものであり、被告の上記主張も失当である。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。
2 反論
(1) 当初の本願明細書(甲第2号証)には、発明の目的、効果、構成として、次のとおり記載されている。
[目的]
「本発明は、係る問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、消費電力の低減化を図ることにより、省エネルギ、省スペース化の図れる浮上式搬送装置を提供することにある。」(5頁12行ないし16行)
[効果]
「本発明によれば、・・・励磁電流の定常値を、搬送車に印加された外力の有無に拘らず零にするようにしているので、・・・過渡的に電流が流れるのみである。したがって、本発明によればコイルで消費される電力を従来に較べて大幅に少なくすることができ、電源の負担を軽減させることができる。つまり、省エネルギ化に大きく寄与できる。また、・・・電源は小容量のもので足りることになる。このため、小形軽量の電源を使用することができるので、装置の省スペース化にも寄与することができる。」(18頁8行ないし19頁3行)
[構成]
「本発明は、上記(16)、(17)式で表される定常偏差のうち、電流定常偏差△isを、ステップ状の外力Umの有無に拘わらず零にするように、磁気支持部にフィードバック制御を施すようにしたことを特徴としている。」(13頁9行ないし13行)
(2)<1> 本来、制御装置を主たる構成とする発明の場合、目標値の設定部、検出部、演算部、操作部、制御対象の特定とともに、それらの関係を記載すべきである。一般的には、制御装置の分野において機能的表現による記載が許されるとしても、上記各部の関係が明確になるように記載すべきことは当然である。
そして、本願発明は、上記(1)に記載のとおり、空隙の大きさの変化に基づいてその変化を打ち消すように電磁石の励磁制御を行い、かつ、励磁電流が零で空隙長が安定するような状態に制御するものであるから、空隙長制御装置と励磁電流制御装置とを有するものである。したがって、本願発明がこのような特殊な制御を行うものである以上、その特許請求の範囲には、両制御装置のより具体的な関係を記載すべきである。
<2> 励磁電流の変化に対するものとしては、上記(1)の構成の記載から、本願発明は、「電流定常偏差△isを、ステップ状の外力Umの有無に拘わらず零にするように、磁気支持部にフィードバック制御を施すようにしたこと」を特徴としていることから、このために構成を必須のものとして記載すべきである。
そして、本願発明では、<3>の方法(甲第2号証15頁14行以下)が具体的に記載されているのみである。
また、本願発明は従来型の磁気浮上装置の存在を前提としたものであるから、本願特許請求の範囲には、空隙長の変化に対するものとしては、従来型の磁気浮上装置を構成する事項を前提として記載すべきである。
<3> したがって、本願特許請求の範囲(1)中の制御装置についての記載は、「前記搬送車に取付けられて前記磁気回路中の空隙の大きさの変化を検出するセンサ部およびこのセンサ部の出力に基づいて所定空隙長を基準値として空隙長偏差に応じて励磁電流を制御する空隙長制御ループを有する制御部であって、励磁電流の目標値を零とし、励磁電流偏差の積分値に応じて前記電磁石に流す励磁電流を制御する制御部を有した制御装置」(下線部が訂正されるべき部分である。)と改められるべきである。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願特許請求の範囲(1)の記載)及び同3(審決の理由の記載)については、当事者間に争いがない。
そして、審決の理由Ⅳ(判断。審決書4頁13行ないし7頁4行)のうち、審決書4頁13行ないし6頁2行及び6頁6行ないし15行「考えられ、」までは、当事者間に争いがない。
2 そこで、本願特許請求の範囲(1)には、励磁電流の制御の点について、本願発明の構成に必須の事項が記載されていないとの審決の判断に誤りがあるか否かについて検討する。
(1) 本願発明について
甲第2ないし第6号証によれば、本願明細書には、本願発明の[従来技術]、[制御方法]につき、次のとおり記載されていることが認められる。
[従来技術]
「ここでRm(磁気抵抗)は、(1)式から明らかなように、空隙長zの関数である。そこで、いま、Ⅰ(励磁電流)=0の時に吸引力Fと重力mgとが釣合う際のギャップ長をzo、全磁気抵抗をRmoとして、上記(5)、(6)式を空隙長z=zo、速度dz/dt=0、電流Ⅰ=0の近傍で線形化するこの場合、z、dz/dt、Ⅰは、それぞれの徴小量を△z、△ z、△iとして、
z=zo+△z
dz/dt=0+△z
I=0+△i
で表わせる。」(甲第2号証9頁2行ないし12行)
「上記第(13)式において、Umをステップ上(「ステップ状」の誤記と認める。)の外力とすれば、Xの安定性は、状態推移行列φ(s)すなわち、
φ(s)=(sl-A+BFC)-1 ……(14)
の行列式det|φ(s)|の特性根がsの複素平面上で全て左半面上に保存すれば保障される。(9)式の場合、φ(S)の特性方程式det|φ(s)|=0は、
s3+(b31F3-a33)s2+{-a21+a23(b31F2-a32)}s+a23b31F1-a21(b31F3-a33)=0 ……(15)
となる。したがって、F1、F2、F3の値を適宜決定することにより、det|φ(s)|=0の特性根の複素平面上での配置を任意に決定することができ、磁気浮上系の安定化を達成することができる。磁気支持部にこの様なフィードバック制御を施した場合の磁気浮上系のブロック図を第5図(別紙2第5図参照)に示す。すなわち、制御対象11には、フィードバックゲイン補償器12が付加されている。なお、同図中yはCxを表わす。
このような磁気浮上系においては、ステップ状の外力Umおよび印加電圧Eのバイアス電圧eoの変化に伴い、系の安定状態時の空隙長偏差△zおよび電流偏差△iに以下に示すような定常偏差△zsおよび△isが生じる。」(甲第2号証12頁4行ないし13頁6行)
[本願発明の制御方法]
<省略>
本発明は、上記(16)、(17)式で表わされる定常偏差のうち、電流定常偏差△isを、ステップ状の外力Umの有無に拘らず零にするように、磁気支持部にフイードバック制御を施すようにしたことを特徴としている。」(甲第2号証13頁7行ないし15行)
「すなわち、本発明に係る浮上式搬送装置は、少なくとも一部が磁性体で形成されたガイドレールと、このガイドレールに沿って走行自在に配置された搬送車と、前記ガイドレールの下面と空隙を介して対向するように前記搬送車に取付けられた複数の電磁石と、これら各電磁石、前記ガイドレールおよび前記空隙で構成される各磁気回路中に配置されるとともに前記搬送車に取付けられ、発生する磁束に係る磁気回路の空隙が前記電磁石に係る磁気回路の空隙と一致するように、前記搬送車の浮上に必要な起磁力を供給する永久磁石と、前記搬送車に取付けられて前記磁気回路中の空隙の大きさの変化を検出するセンサ部およびこのセンサ部の出力に基づいて前記搬送車に作用する外力の有無に拘らず前記電磁石に流れる励磁電流の定常値を零にするように前記電磁石に流す励磁電流を制御する制御部を有した制御装置とを具備している。
本発明は、このように電流定常偏差△isを零に制御するため、例えば次のような制御方法を採用したものとなっている。
<1>外力Umを状態観測器によって観測し、この観測値Umに適当なゲインを持たせて磁気浮上系にフィードバックする方法。
<2>ギヤツプ長偏差△z、速度偏差△ zおよび電流偏差△iに全てが同時に零でない適当なゲインを持たせ、それぞれの値をsの一次系を構成するフィルタを介して磁気浮上系にフイードバックする方法。
<3>電流偏差△iを積分補償器を用いて積分し、その出力値に適当なゲインを持たせて磁気浮上系にフィードバックする方法。
<4>上記<1>、<2>あるいは<3>の方法を併用する方法。
等である。
ここでは、一例として<3>の方法について説明する。
上記<3>の方法を用いた磁気浮上系のブロック図は第6図(別紙2第6図参照)に示される。すなわち、上記の方法は、前述したフイードバックゲイン補償器12に加え、さらに積分補償器13を付加したものとなっている。この積分補償器13のゲインKは、K=〔0、0、K3〕で表わされる行列であり、K3は電流偏差△iの積分ゲインである。したがって、この磁気浮上系における印加電圧Eは、
<省略>
で表わせる。前述と同様にして状態推移行列φ(s)を求めると、
φ(s)=(s2l-sA+sBFC+BKC)-1……(19)
となる。外力Umを入力とし、y=Cxで表わされるyを出力としたときの伝達関数G(s)は、
G(s)=sφ(s)Dすなわち、
<省略>
但し、
Δ(s)=s4+(b31F3-a33)s3+{b31K3-a21+a23(b31F2-a32)}s2+{a23b31F1-a21(b31F3-a33)}s-a21b31K3 ……(21)
と表すことができる。伝達関数G(s)の特性根は、上記(21)式で表わされる△(s)を、△(s)=0として求めることができ、F1、F2、F3、K3を適宜決定することにより、第6図の磁気浮上系の安定化を実現できる。
ここで、もし同図の磁気浮上系が安定であるとすれば、外力Umに対する偏差電流△iの応答は、ラプラス変換を用いて、
<省略>
と求めることができる。
この(22)式において前記外力Umがステップ状外力であることから、Foを外力の大きさとすれば、Um(s)=F0/sとなり、(22)式は、
<省略>
となる。この(23)式は、
<省略>
を保障するものであるから、結局、外力Umの有無に拘らず、電流定常偏差△isを零に近付ける手段は、現実に存在することは明らかである。」(甲第3号証2頁21行ないし3頁5行、甲第2号証14頁15行ないし17頁13行、甲第5号証2頁2行、3行)
「本実施例に係る浮上式搬送装置は、次のように動作する。
すなわち、磁気支持部33において永久磁石40が作る磁束は、継鉄34、35、空隙、ガイドレール21の強磁性体部分を通過して磁気回路を形成する。また、永久磁石40が発生する磁束に係る磁気回路の空隙は、ちょうど電磁石38、39が形成する磁気回路の空隙と一致している。そして、搬送車22に外力が印加されていない定常状態で、電磁石38、39による磁束を全く必要としないような磁気吸引力を持たせるように所定の空隙長zaを保っている。
この状態で外力Umが印加されると、ギャップセンサ51はこれを検知して変調回路52を介して演算回路47に検出信号を送出する。演算回路47は、減算器54によって上記信号から空隙長設定値zoを減算し、空隙長偏差信号△zを算出する。この空隙長偏差信号△zは、フィードバックゲイン補償器56に入力されるとともに、微分器55によって速度偏差信号△ zに変換された後フィードバックゲイン補償器57に入力される。一方、電流偏差信号△iは、電流検出器53の計測信号によって得られ、フィードバックゲイン補償器58に入力される。また、電流偏差信号△iは、減算器59によって零レベルと比較され、その差信号が積分補償器60に入力される。そして、加算器61によって加算された3つのフィードバックゲイン補償器56~58の出力信号と、前記積分補償器60の信号とは、それぞれ所定のゲインを付与されてパワーアンプ48にフィードバックされる。これにより、(18)式のフィードバックが実現され、磁気浮上制御系の安定化制御がなされることになる。安定化制御がなされると、電流偏差△iが積分器60に導入されているため、その入力値が零になるように磁気浮上制御系が推移するとともに、磁気支持部33の吸引力がステップ状外力Umの印加分と釣り合うようにギャップ長偏差△zが定常状態に移行する。ギャップ長偏差△z、その変化速度および電流偏差△iの過渡状態は(20)式に基づいてその変化しており、これら諸量の安定性は(22)式の特性根配置で保証されている。つまり、積分補償器60に入力される電流偏差△iが零に収束するため、結果として外力の印加分に見合った吸引力が発生するように浮上ギャップ長に定常偏差が生じることになる。かくして系は、上記電流偏差△iが零になった状態で安定化することになる。
このように本実施例によれば、コイル36、37には、搬送車22に外力が印加されて磁気回路に変動が生じた際の過渡的状態のみ電流が流れ、定常状態では外力の有無に拘らずその電流が零であるので、電源の負担を大幅に軽減でき、省エネルギ、省スペース化を図ることができる。」(甲第2号証23頁5行ないし25頁2行、甲第3号証2頁7行ないし17行、甲第6号証2頁3行ないし5行)
(2) 上記(1)に認定の事実によれば、本願発明では、永久磁石がが発生する磁束に係る磁気回路の空隙は、搬送車に外力が印加されてない定常状態で、電磁石による磁束を全く必要としないような磁気吸引力を持たせるように所定の空隙長を保っているところ、搬送車に外力が印加されると、ギャップセンサが検知して、変調回路を介して演算回路に検出信号を送出し、演算回路は減算器によって上記信号から空隙長設定値を減算し、空隙長偏差信号△zを算出するが、この信号はフィードバックゲイン補償器に入力されるとともに、積分補償器に入力される電流偏差△iが零に収束するように構成されているため、結果として外力の印加分に見合った吸引力が発生するように浮上ギャップ長に定常偏差が生じ、電流偏差△iが零になった状態で安定化することになるという制御を行うものである。すなわち、外力が印加されると、空隙長偏差信号△zを算出し、この値がフィードバックされて、積分補償器の作用を受け、結果的にギャップ長に定常偏差を生じながら、励磁電流について零に収束して安定するという制御を行うものであり、更に要約すれば、外力が加わり空隙が大きくなったことをセンサが検出した場合、空隙を小さくして、最終的に励磁電流を零とするような制御を行うものである。
したがって、本願発明の従来技術においては、安定状態時に空隙長及び励磁電流について零でない一定の定常偏差が生じるものであるのに対し、本願発明は、励磁電流定常偏差を零にするように制御するという技術思想の下に構築されているものである。つまり、本願発明においては、空隙長について目標値を設定して制御しているものではなく、空隙長は、励磁電流偏差を零にするように制御することの結果として、所定の空隙長に収束するものである。
そうすると、本願特許請求の範囲には、励磁電流偏差を零にするように制御する装置について記載すれば足り、空隙長について目標値を設定して制御する装置を必須の構成要件として記載する必要はないといわなければならない。
したがって、本願発明が空隙長制御装置と励磁電流制御装置とを有する特殊な制御を行うものである以上、その特許請求の範囲には、両制御装置のより具体的な関係を記載すべきであるとの被告の主張は、理由がなく、この点についての原告の取消事由は理由がある。
(3) さらに、被告は、励磁電流制御装置についての記載をどの程度具体的に行うかの点について、本願発明は、電流定常偏差△isを、ステップ状の外力Umの有無に拘わらず零にするように、磁気支持部にフィードバック制御を施すようにしたことを特徴としていることから、このための構成を必須のものとして記載すべきであり、また、本願発明では、<3>の方法が具体的に記載されているのみであるから、空隙長制御ループの点や励磁電流偏差の積分値に基づくとの点が特許請求の範囲に記載されるべきである旨主張する。
本願明細書に、「本発明は、このように電流定常偏差△isを零に制御するため、例えば次のような制御方法を採用したものとなっている。
<1> 外力Umを状態観測器によって観測し、この観測値Umに適当なゲインを持たせて磁気浮上系にフィードバックする方法。
<2> ギヤツプ長偏差△z、速度偏差△ zおよび電流偏差△iに全てが同時に零でない適当なゲインを持たせ、それぞれの値をsの一次系を構成するフィルタを介して磁気浮上系にフィードバックする方法。
<3> 電流偏差△iを積分補償器を用いて積分し、その出力値に適当なゲインを持たせて磁気浮上系にフィードバックする方法。
<4> 上記<1>、<2>あるいは<3>の方法を併用する方法。
等である。」と記載され、<3>の方法のみが詳説されていることは、前記(1)に認定のとおりであるが、前記説示のとおり、本願発明は励磁電流定常偏差を零にするように制御するという技術思想の下に構築されているものであり、この点を実現する方法も<3>の方法を用いて実施できる程度に本願明細書に開示されており、本願発明はその明細書に十分開示されているものであるから、本願特許請求の範囲を<3>の方法に限定し<1>、<2>を排除しなければならない理由はない。
したがって、被告の上記主張は理由がなく、この点についての原告主張の取消事由も理由がある。
(4) なお、被告は、本願発明は従来型の磁気浮上装置の存在を前提としたものであるから、その特許請求の範囲には、空隙長の変化に対するものとしては、従来型の磁気浮上装置を構成する事項を前提として記載すべきである旨主張するが、前記説示のとおり、従来型の磁気浮上装置の制御装置は空隙長検出出力と電流検出出力が演算器に入力され制御する構成になっているのに対し、本願特許請求の範囲には空隙長の変化に対し「センサ部の出力に基づいて・・・制御する」と空隙長検出器の出力に基づいて制御することが記載されており、従来型の磁気浮上装置を構成する事項を前提として記載されているから、被告の上記主張は理由がない。
3 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する(平成10年11月17日口頭弁論終結)。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
平成7年審判第12518号
審決
神奈川県川崎市幸区堀川町72番地
請求人 株式会社東芝
東京都港区芝浦一丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内
代理人弁理士 外川英明
東京都港区芝浦1-1-1 株式会社東芝本社事務所内
代理人弁理士 山川喜久
昭和59年特許願第222702号「浮上式搬送装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年5月20日出願公開、特開昭61-102105)について、次のとおり審決する.
結論
本件審判の請求は、成り立たない.
理由
Ⅰ. 本件特許願は、昭和59年10月23日に出願されたものであって、平成4年9月28日付け、平成6年3月28日付け、平成7年7月24日付け及び平成9年2月14日付けの各手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、「浮上式搬送装置」に関するものと認める。
Ⅱ. 当審において、平成8年11月22日付けで通知した拒絶の理由は、次のとおりのものである。
「本件出願は、明細書及び図面の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条3項及び第4項に規定する要件を満たしていない。
記
1. (略)
2. (略)
3. 特許請求の範囲の第9行~第12行の
「前記搬送車に取付けられて…制御部を有した制御装置」なる記載では、いかなるものによって生じる、いかなる磁気回路中の変化を検出するのか、不明である。また、この磁気回路中の変化と制御される励磁電流の過渡値、定常値との関係も、不明である。
(磁気回路の各空隙長と、励磁電流の状態との関係が不明である。)
4. (略)」
Ⅲ. これに対して、請求人は、前記平成9年2月14日付けで、意見書に代わる手続補正書を提出して、特許請求の範囲の記載を、次のとおりに補正した。「(1)少なくとも一部が磁性体で形成されたガイドレールと、
このガイドレールに沿って走行自在に配置された搬送車と、
前記ガイドレールの下面と空隙を介して対向するように前記搬送車に取付けられた複数の電磁石と、
これら各電磁石、前記ガイドレールおよび前記空隙で構成される各磁気回路中に配置されるとともに前記搬送車に取付けられ、発生する磁束に係る磁気回路の空隙が前記電磁石に係る磁気回路の空隙と一致するように、前記搬送車の浮上に必要な起磁力を供給する永久磁石と、
前記搬送車に取付けられて前記磁気回路中の空隙の大きさの変化を検出するセンサ部およびこのセンサ部の出力に基づいて前記搬送車に作用する外力の有無に拘らず前記電磁石に流れる励磁電流の定常値を零にするように前記電磁石に流す励磁電流を制御する制御部を有した制御装置と
を具備してなることを特徴とする浮上式搬送装置。
(2)~(7) 省略」
Ⅳ. 補正された特許請求の範囲の記載のうち、前記拒絶の理由の「記3.」に関連する記載は、主に、(1)の
「前記搬送車に取付けられて前記磁気回路中の空隙の大きさの変化を検出するセンサ部およびこのセンサ部の出力に基づいて前記搬送車に作用する外力の有無に拘らず前記電磁石に流れる励磁電流の定常値を零にするように前記電磁石に流す励磁電流を制御する制御部を有した制御装置」
の部分と認められる。
上記記載部分は、補正前の記載に対して、「空隙の大きさ」を付加したものである。
前記拒絶の理由の「記3.」は、「…なる記載では、いかなるものによって生じる、いかなる磁気回路中の変化を検出するのか、不明である」というものであるから、「磁気回路中の変化」を「空隙の大きさ」とした点では適正と言える。
しかしながら、当該記載部分の「搬送車に作用する外力の有無に拘わらず前記電磁石に流れる励磁電流の定常値を零にする」は、励磁電流の「目標値」を「零」にするというものであり、「目標値」に至るまで、どのように励磁電流を制御するのかは、何等記載されていない。
「記3.」は、更に、「この磁気回路中の変化と制御される励磁電流の過渡値、定常値との関係も、不明である。(磁気回路の各空隙長と、励磁電流の状態との関係が不明である。)」というものである。
上記補正は、この点については何等対処することなく、依然として不明瞭であるといわざるを得ない。
そして、外力のない定常状態から、外力を加わえて外力のある定常状態に落ち着くまでの間、或いは逆に、外力が加わっている定常状態から、外力を取り去って外力のない定常状態に落ち着くまでの間、いずれにおいても「磁気回路中の空隙の大きさ」は、過渡的に変化するものである。
しかも、定常状態における空隙の大きさ(空隙長)も、外力の大きさに応じて異なるはずである。
とすると、励磁電流もこの空隙の変化に応じて、過渡的には必ず流れると考えられ、この励磁電流をどのような値から、どのように制御して定常値零までするのか、即ち、「磁気回路中の変化と制御される励磁電流の過渡値、定常値との関係」(磁気回路の各空隙長と、励磁電流の状態との関係)は、本願発明において必須のものである。
結局、補正後の明細書によっても、依然として、特許請求の範囲(1)には、本願発明の構成に必須の事項が記載されてなく、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない。
Ⅴ. 以上のとおりであるので、本願は、当審で通知した拒絶の理由によって、拒絶をすべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年5月20日
審判長 特許庁審判官
特許庁審判官
特許庁審判官
別紙2
<省略>
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