東京高等裁判所 平成9年(行ケ)176号 判決 1998年10月20日
アメリカ合衆国
ミシガン州 48674、ミドランド、2030 ダウ センター
原告
ザダウケミカルカンパニー
代表者
スチーブンエス.グレース
訴訟代理人弁理士
戸水辰男
同復代理人弁理士
泉谷玲子
東京都千代田区霞が関三丁目4番3号
被告
特許庁長官
伊佐山建志
指定代理人
小林正己
同
小野新次郎
同
中川隆司
同
後藤千恵子
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成7年審判第24014号事件について平成9年3月7日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和60年7月22日に発明の名称を「低密度繊維強化可塑性複合体」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和60年特許願第503339号。1984年8月6日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張)をし、平成4年9月3日に出願公告(平成4年特許出願公告第55618号)されたが、特許異議の申立てがあり、平成6年12月27日に拒絶査定を受けたので、平成7年11月6日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成7年審判第24014号事件として審理された結果、平成9年3月7日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年3月24日にその謄本の送達を受けた。なお、原告のための出訴期間として90日が付加された。
2 本願発明の特許請求の範囲1(以下「本願第1発明」という。)
合成樹脂材料の連続孔質マトリックスと、このマトリックス中に分散し、複合体の10~55重量%を占める、ランダムに配向した補強用繊維を含み、前記繊維が3~25mmの平均長さと少なくとも40の縦横比を有し、その補強用繊維は、その樹脂全体にわたって実質上均一に分散されており、水性スラリー法で製造される繊維強化複合体であって、複合体全体積の20~90%の空隙量を有するようになるまで熱膨脹されている複合体。
3 審決の理由
別紙審決書「理由」写しのとおり(なお、「先願明細書と先願の優先権証明書の両方に記載された部分」、すなわち「先願としての地位を有する」発明を、以下「先願発明」という。)
4 審決の取消事由
審決は、先願明細書記載の技術内容を誤認して、一致点の認定及び相違点の判断を誤った結果、本願第1発明は特許法29条の2第1項の規定に該当するとしたものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1)一致点の認定の誤り
審決は、先願明細書の図面である別紙図面FIG.1から熱可塑性合成樹脂のマトリックス中に分散したガラス繊維2がランダムに配向していることが読み取れるとした上で、本願第1発明と先願発明はランダムに配向した補強用繊維を含む点で一致する旨認定している。
しかしながら、先願明細書にはシート1の厚さが2.65~3.60mm、ガラス繊維2の長さが7~50mmと記載されているところ、FIG.1におけるガラス繊維2はシート1の厚さに比較して余りにも短く図示されており、明らかに不合理である。したがって、FIG.1は極めてラフなスケッチであって、シート1中にガラス繊維2が存在することを示すものにすぎず、同図からガラス繊維2の配向状態を読み取ることは不当である。
のみならず、本願明細書に「繊維が前記複合体によって限定される面内で実質的に二次元にランダムに配向し」(公告公報6欄12行ないし14行)、「補強用繊維は(中略)複合体によって限定される面内でランダムに配向している。」(同8欄32行ないし35行)と記載されていることから明らかなように、本願第1発明の特許請求の範囲記載の「ランダム」は、平面(X及びY方向)におけるランダム状態をいうのであって、平面に対して垂直方向(Z方向)の配向をも含むランダム状態をいうのではない。一方、仮に別紙図面FIG.1がガラス繊維2の配向状態を示すものとすると、同図面はシート1の縦断面図であって、平面に対して垂直方向の配向も図示されていることになるが、これは、本願第1発明の要件である「ランダムに配向した補強用繊維」とは異なるものである。
(2)相違点の判断の誤り
a 相違点<1>の判断について
審決は、繊維強化複合体に使用される長さ12mm程度のガラス繊維(チョップトストランド)は通常10μ前後の直径を有するから、先願明細書記載の長さ12mmのガラス繊維が「少なくとも40の縦横比」を有することは明らかであるとした上、本願第1発明と先願発明は使用する補強用繊維の点で実質的に相違するとは認められない旨判断している。
しかしながら、チョップトストランドとは、直径9~18μのフィラメントを204~816本集束したもの(ストランド)を数十本引き揃えたもの(ロービング)を約0.5~12mmの長さに切断したものである。そうすると、チョップトストランドの縦横比は高くても19であって、本願発明の要件である「少なくとも40の縦横比」にはとうてい達しないから、相違点<1>に関する審決の判断は誤りである。
この点について、被告は、縦横比算出の基礎となる直径が単繊維の直径であることは技術常識である旨主張する。
しかしながら、そのような技術常識は存在しない。そして、本願明細書における繊維の縦横比は、実際に使用されている状態の繊維についての数値であるから、被告の上記主張は失当である。
b 相違点<2>の判断について
審決は、先願明細書記載の「製紙方法で成形した」繊維強化複合体が水性スラリーを脱水、乾燥させる「水性スラリー法で製造した」ものを意味することは技術常識であり、このことは英国特許第1、129、757号明細書(以下「甲第8号明細書」という。)、同第1、329、409号明細書(以下「甲第9号明細書」という。)の記載によって裏付けられるから、相違点<2>は実質的な相違点ではない旨判断している。
しかしながら、先願明細書には甲第8号明細書あるいは甲第9号明細書からどのような技術を援用したのか記載されていないから、審決の上記判断は先願明細書に記載されていない事項を先願明細書に記載されている事項として取り扱ったことになり、違法である。
そうでないとしても、補強用繊維は合成樹脂材料より比重が大きく、水性スラリー中に実質上均一に分散させることは困難であるから、「製紙方法(水性スラリー法)で製造すれば、補強用繊維が、樹脂全体にわたって実質上均一に分散されることも自明であ」るという審決の判断は誤りである。
第3 被告の主張
原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
1 一致点の認定について
原告は、先願明細書の図面である別紙図面FIG.1は極めてラフなスケッチであるから、同図からガラス繊維2の配向状態を読み取ることは不当である旨主張する。
確かに、別紙図面FIG.1はシート1の厚さとガラス繊維2の長さを正確に図示したものではないが、図示されているガラス繊維がランダムに配向していることは明らかである。
なお、原告は、本願第1発明の特許請求の範囲記載の「ランダム」は平面におけるランダム状態をいうのであって、平面に対して垂直方向の配向をも含むランダム状態をいうのではない旨主張する。
しかしながら、原告が援用している本願公報8欄32行ないし35行の直後に「すなわち、前記面内で特定方向に繊維が整列することは実質的にあり得ない。」(8欄35行ないし37行)と記載されていることから明らかなように、本願第1発明の特許請求の範囲記載の「ランダム」は、平面に対して垂直方向の配向をも含むランダム状態を排除しないものと解すべきであるから、原告の上記主張は失当である。そもそも、一定の厚みを持つマトリックスには原告のいう「平面」がほとんど無数に存在するから、一つの平面上にのみ補強用繊維を配向する(すなわち、ある平面とその上下の平面にわたって補強用繊維を配向させない)ことは至難の技であるが、本願明細書にはそのような配向状態がどのような手段によって実現できるのか何ら記載されていないから、原告の上記主張は非現実的である。
2 相違点の判断について
(1)相違点<1>について
原告は、チョップトストランドは、ロービングを約0.5~12mmの長さに切断したものであるから、その縦横比は高くても19であって、本願発明の要件である「少なくとも40の縦横比」にはとうてい達しない旨主張する。
繊維の縦横比とは、繊維の長さ対直径の比のことであるが、ここにいう直径が、原則として繊維の最小単位、すなわち単繊維の直径を指すことは技術常識であるから、原告の上記主張は誤りである(ただし、極めて細い単繊維を切断することは技術的に困難であるから、単繊維に集束剤を塗布してストランド化したうえ所要の長さに切断してチョップストランドにする(あるいは、複数のチョップストランドを引き揃えてロービングにする)ことが行われているのである。)。
(2)相違点<2>について
原告は、補強用繊維は合成樹脂材料より比重が大きいから水性スラリー中に実質上均一に分散させることは困難である旨主張する。
しかしながら、水性スラリー中に補強用繊維を実質上均一に分散させることが困難か否かと、水性スラリー法で製造した複合体に補強用繊維が実質上均一に分散されているか否かとは別問題である。そして、例えば、昭和40年特許出願公告第568号公報あるいは昭和47年特許出願公開第30906号公報に記載されているように、水性スラリー法の技術分野では、水性スラリー中における繊維の均一な分散を確保する技術は、先願発明の特許出願前に多数存在しており、また、甲第8号公報あるいは甲第9号公報にも同様の技術が記載されている。したがって、「製紙方法(水性スラリー法)で製造すれば、補強用繊維が、樹脂全体にわたって実質上均一に分散されることも自明であ」るとした審決の判断に誤りはない。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 甲第2号証の1(手続補正書)及び2(公告公報)によれば、本願発明の概要は次のとおりと認められる。
1 技術的課題(目的)
本願発明は、低密度繊維強化可塑性複合体に関するものである(公報5欄8行、9行)。
補強材として種々の繊維を用いて強化樹脂を製造することが知られているが、従来の繊維強化樹脂は、一般に非孔質の高密度強化物質を含むものである。しかしながら、孔質の低密度強化物質を含み、高い曲げ強度と曲げ剛生を持つ繊維強化樹脂、例えば、軽量樹脂シートも有用である(同5欄17行ないし27行)。
本願第1発明の目的は、低密度の繊維強化可塑性複合体及びその製造方法を創案することである。
2 構成
上記の目的を達成するため、本願発明は、その特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(手続補正書2枚目2行ないし5頁19行)。
3 作用効果
本願発明によれば、優れた強度対重量比と曲げ特性を持つ複合体を得ることができるので、荷重負荷成形体の製造が可能となる。また、この複合体は、有意に堅牢な性質及び断熱性を有している(公報6欄23行ないし29行)。
第3 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 一致点の認定について
(1)原告は、別紙図面FIG.1は極めてラフなスケッチであって、シート1中にガラス繊維2が存在することを示すものにすぎないから、同図からガラス繊維2の配向状態を読み取ることは不当である旨主張する。
しかしながら、甲第4号証によれば、先願明細書には「長さ7から50mmの高弾性係数を有する強化繊維を重量比20(中略)%分散させた熱可塑性剛性樹脂の固化シート」(公報3頁左上欄7行ないし9行)と記載されていることが認められるが、ここにいう「分散」は、特に意味内容が限定されていない以上、普通に使われている意味、すなわち、無作為な配向状態を指すと考えるのが当然である。
したがって、別紙図面FIG.1の正確性を云々するまでもなく、本願第1発明と先願発明はランダムに配向した補強用繊維を含む点で一致するとした審決の認定に誤りはない。
この点について、原告は、本願明細書の発明の詳細な説明中の「繊維が前記複合体によって限定される面内で実質的に二次元にランダムに配向し」(公告公報6欄12行ないし14行)等の記載を援用して、本願第1発明の特許請求の範囲記載の「ランダム」は、平面(X及びY方向)におけるランダム状態をいうのであって、平面に対して垂直方向(Z方向)の配向をも含むランダム状態をいうのではない旨主張する。
しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲において「ランダム」の意味内容が特に限定されていない以上、本願第1発明の要件である「ランダムに配向した補強用繊維」は、普通に使われている意味どおり、無作為に配向された補強用繊維の意味であることが一義的に明確であって、発明の詳細な説明を参考にしなければ特定できないものではないから、原告の上記主張は失当である。ちなみに、上記の「複合体によって限定される面」を、複合体の表面あるいは裏面に平行な断面に限定する理由はなく、複合体を任意に切り取った断面の意味と解することもできるから、原告が援用する本願明細書の「繊維が前記複合体によって限定される面内で実質的に二次元的にランダムに配向し」等の記載が、原告のいうZ方向の配向をも含むランダム状態を排斥しているとはいえない。
(2)相違点の判断について
a 相違点<1>について
原告は、審決の「繊維強化複合体に使用される長さ12mm程度のガラス繊維(チョップトストランド)」という記載を捉えて、チョップトストランドの縦横比は高くても19であって、本願発明の要件である「少なくとも40の縦横比」にはとうてい達しないから、相違点<1>に関する審決の判断は誤りである旨主張する。
検討すると、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には「繊維は少なくとも40、好ましくは少なくとも約100のアスペクト比(長さ対直径比)を有する。」(8欄30行ないし32行)記載されていることが認められるから、本願第1発明の特許請求の範囲記載の「縦横比」が長さ対直径の比のことであることは明らかである。
一方、前掲甲第4号証によれば、先願明細書には、実施例の説明として「シートには直径11μ長さ12mmのガラス繊維を重量比40%含有し」(5頁左上欄19行、20行)と記載されていることが認められる。ただし、甲第3号証によれば、先願発明の優先権証明書添付の明細書には「直径11μ」の記載がないことが認められるから(6頁21行、22行参照)、補強用繊維の直径が11μであることは、先願発明の技術内容には含まれないことになる。
しかしながら、物の大きさ等の特定は、特に限定がない限り、その物の最小単位についてされるのが普通であるから、繊維の縦横比も繊維の最小単位、すなわち、単繊維について求めるのが相当である。そして、ガラス繊維の単繊維の直径が10μ前後であることは自明の事項であるから、先願明細書記載の実施例で使用されている強化用繊維は1200前後の縦横比を有することになる。したがって、相違点<1>は実質的には相違点でないとした審決の判断に誤りはない。
この点について、原告は、本願明細書における繊維の縦横比は、実際に使用されている状態の繊維についての数値である旨主張する。
しかしながら、本願第1発明の特許請求の範囲には発明の要件である強化用繊維の実際の使用状態は何ら規定されていないし、そもそも、前掲甲第2号証の1によれば、本願発明の特許請求の範囲の請求項5には「前記繊維が直径13~25μm、平均長さ4~12mmを有する特許請求の範囲第1項~第4項のいずれかに記載の複合体」(3枚目1行ないし3行)と記載されているのであるから、原告の上記主張は全く採用の余地がないものである。
b 相違点<2>について
原告は、先願明細書には甲第8号明細書あるいは甲第9号明細書からどのような技術を援用したのか記載されていないから、相違点<2>に関する審決の判断は先願明細書に記載されていない事項を先願明細書に記載されている事項として取り扱った違法がある旨主張する。
しかしながら、審決が、先願明細書記載の「従来の製紙方法」(公報3頁下欄表1の実施例3の項)が水性スラリーを脱水乾燥させる「水性スラリー法」を意味することは技術常識であるとの判断を示していることは明らかであって、甲第8号明細書及び甲第9号明細書はその裏付けとして挙げられているにすぎないのである。したがって、審決が甲第8号明細書あるいは甲第9号明細書からどのような技術を援用したのか不明であると仮定しても、先願明細書記載の「従来の製紙方法」は「水性スラリー法」を意味するとした審決の判断(原告も、審決のこの判断自体が技術的に誤りであると主張しているわけではないと考えられる。)が不明確となることはないから、原告の上記主張は失当である。
また、原告は、補強用繊維は合成樹脂材料より比重が大きく、水性スラリー中に実質上均一に分散させることは困難であるから、「製紙方法(水性スラリー法)で製造すれば、補強用繊維が、樹脂全体にわたって実質上均一に分散されることも自明であ」るという審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら、本願明細書においては、本願第1発明の特許請求の範囲はもとより発明の詳細な説明にも、補強用繊維を水性スラリー中に実質上均一に分散させる手段は具体的に記載されていないから、本願第1発明の複合体も、この点は既に知られている手段を採用して製造されるものと解さざるをえない。すなわち、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、実施例の説明として「平均長さ9mmを有するガラス繊維40重量%を充てんした、0.325kg/m2の基底重量を有する高密度ポリエチレン・マットを、米国特許第4426470号の実施例1に述べられている一般方法によって製造する。」(15欄3行ないし7行)と記載されているところ、甲第7号証の1によれば、上記米国特許明細書記載の実施例1に述べられている方法とは、「急速に攪拌しつつある水中に、所望量の強化剤を加えて、固形分が0.5重量%の希薄水性分散液を作り、次に、絶えず攪拌しながら所望量のラテックスを添加し、さらに、所望の熱可融性ポリマーを段階的に増量しながら添加して、強化ポリマー複合体を作る」(4欄55行ないし61行)ものであると認められる。
一方、先願明細書には、審決認定のとおり、甲第8号明細書及び甲第9号明細書記載の製造方法が援用されているところ、甲第8号証によれば、甲第8号明細書には「本発明によれば、極めて小さい泡状の多量の空気を、界面活性剤含有水溶液中に分散させ、かつ、激しい剪断作用によって、(中略)濃厚で粘調な水中空気分散液を生成させることより成るチキソトロピックな液体媒質製造法が提供される。」(1頁右欄24行ないし34行)、「このような液体媒質中に分散した繊維は、攪拌を止めると急速に動かなくなり、完全に分散したままになって、実質的に均一なウェブを形成することも認められる。このように形成された物質は、(中略)全面にわたる極めて均一な繊維の分布という利点を有する。」(2頁左欄4行ないし14行)、「得られた物質の均一性は、(中略)通常の物質よりもはるかに優れており」(3頁右欄22行ないし24行)と記載されていることが認められ、また、甲第9号証によれば、甲第9号明細書には甲第8号明細書記載の技術を更に改良した技術が記載されていることが認められる。
このように、先願明細書が援用する甲第8号明細書及び甲第9号明細書には、本願明細書が援用する「米国特許第4426470号の実施例1に述べられている一般方法」に極めて近似する、水性スラリー中における繊維の均一な分散を確保する技術が記載されている。したがって、補強用繊維は合成樹脂材料より比重が大きく、水性スラリー中に実質上均一に分散させることは困難であるという原告の主張は、「製紙方法(水性スラリー法)で製造すれば、補強用繊維が、樹脂全体にわたって実質上均一に分散されることも自明であ」るという審決の判断を誤りとする論拠にはなりえないといわざるをえない。
(3)以上のとおりであるから、本願第1発明は特許法29条の2第1項の規定に該当するとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張のような違法はない。
第4 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間付加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年10月6日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙図面
<省略>
1…シート、2…ガラス繊維
理由
(手続の経緯・本願発明の要旨)
本願は、特許法第38条ただし書の規定による昭和60年7月22日(優先権主張1984年8月6日、米国)の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後の平成7年12月6日付けの手続補正書により補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項及び第21項に記載されたとおりの「繊維強化複合体」及び「底密度 (『低密度』の誤記と認められる。)繊維強化複合体を製造する方法」にあるものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)は次のとおりである。
「合成樹脂材料の連続孔質マトリックスと、このマトリックス中に分散し、複合体の10~55重量%を占める、ランダムに配向した補強用繊維を含み、前記繊維が3~25mmの平均長さと少なくとも40の縦横比を有し、その補強用繊維は、その樹脂全体にわたって実質上均一に分散されており、水性スラリー法で製造される繊維強化複合体であって、複合体全体積の20~90%の空隙量を有するようになるまで熱膨張されている複合体。」
(先願明細書)
これに対して、原査定の拒絶の理由となった特許異議の決定の理由において引用された、本願の出願の日前の他の特許出願(他の特許出願の出願日は本願の優先日よりも遅いが、他の特許出願の優先日は1984年1月6日であり、本願の優先日より早いので、他の特許出願は先願としての地位を有する。)であって、本願出願後に出願公開された特願昭59-282069号(特開昭60-179234号公報参照)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「先願明細書」という。先願明細書と先願の優先権証明書の両方に記載された部分が先願としての地位を有する。)には、
「本発明によれば、長さ7~50mmの高弾性係数を有する強化繊維を重量比20から60%(先願明細書には、『70%』と記載されているが、先願の優先権証明書には、『60%』と記載されているから、先願としての地位を有する部分は、『60%』までである。)分散させた熱可塑性合成樹脂の固化シートを加熱およびモールド成形することによって、前記繊維にかかる応力でマトリックスをモールドの形状に膨張拡大して多孔性にすることを特徴とする繊維強化合成樹脂成形品の製造方法が提供される。
本発明の方法によって得られた最終成形品は、初期シートに対する膨張量および厚さの増大量が、従来技術で得た成形品の場合よりもかなり大きく、より一定している。従って曲げ堅度が極めて高く、表面が比較的平坦な成形品を得ることができる。・・・・・・
以下、本発明を実施例に基づいて説明する。
ガラス繊維強化熱可塑性合成樹脂の固化シートを複数枚からなる試料を各約2cmの幅に切断し、ホット・プレスの下型上に並列に載置した後、上型を6mm(これは個々の試料の厚さよりかなり大きい)の高さまで閉鎖した。
次いでプレスを200℃(これは試料の軟加点を超えている)まで加熱し、5分間経過後、プレスを冷却すると共に解放して各試料の膨張量を調べた。この結果は表1に示す。」(公開公報第3頁左上欄第7行~右上欄第13行)、
「表1から明らかなように、製紙方法で得た2つの試料だけがプレスの上下型間一杯に膨張してこれら型の内面に十分な圧力がかかり、その結果つやがあり平滑な表面の膨張シートが得られた。」(同第4頁左上欄第1行~第4行)、
「第1図は、長さ7~50mmのガラス繊維(2)で補強した熱可塑性樹脂のシート(1)を示す。」(同第8頁左下欄第3行~第4行)
と記載されている。
また、先願明細書の表1には、上記「製紙方法で得た2つの試料」として、「従来の製紙方法で成形した固化試料。長さ12mmのガラス繊維重量比50%、ポリプロピレン重量比5%含有」のもの、「英国特許第1129757号、同第1329409号の方法で成形した試料。長さ12mmのガラス繊維重量比50%、ポリプロピレン重量比5%含有」のものが、厚さ(mm)が、膨張前は、それぞれ、3.55、2.65、膨張後は、共に6.0であり、膨張後の表面特性は、共に「平滑かつ多孔」であることが示されている。
さらに、第1図からは、熱可塑性合成樹脂のマトリックス中に分散したガラス繊維2がランダムに配向していることが読みとれる。
以上の記載からみて、先願明細書には、「熱可塑性合成樹脂であるポリプロピレンのマトリックスと、このマトリックス中に分散し、成形品の50重量%を占める、ランダムに配向した長さ12mmのガラス繊維を含み、従来の製紙方法または英国特許第1129757号、同第1329409号の製紙方法で成形したガラス繊維強化熱可塑性合成樹脂からなる厚さが3.55mmまたは2.65mmである固化シートを加熱およびモールド成形することによって、前記繊維にかかる応力でマトリックスをモールドの形状に膨張拡大して多孔性にした、膨張後の厚さが6.0mmで、膨張後の表面特性が平滑かつ多孔である繊維強化合成樹脂成形品。」の発明が記載されているものと認める。
(対比)
そこで、本願第1発明と先願明細書に記載された発明とを対比すると、先願明細書に記載された発明における「ポリプロピレン」、「ガラス繊維」、「繊維強化合成樹脂成形品」は、それぞれ、本願発明における「合成樹脂材料」、「補強用繊維」、「繊維強化複合体」に相当し、また、先願明細書に記載された発明は、「繊維にかかる応力でマトリックスをモールドの形状に膨張拡大して多孔性にした」ものであり、マトリックスは「連続孔質」であると認められるから、両者は、「合成樹脂材料の連続孔質マトリックスと、このマトリックス中に分散し、複合体の50重量%を占める、ランダムに配向した補強用繊維を含み、前記繊維が12mmの長さを有する繊維強化複合体であって、熱膨張されている複合体。」である点で一致し、<1>本願第1発明においては、繊維が「少なくとも40の縦横比を有し」と規定されているのに対して、先願明細書に記載された発明においては、該規定がない点、<2>繊維強化複合体が、本願第1発明においては、「補強用繊維は、その樹脂全体にわたって実質上均一に分散されており、水性スラリー法で製造される」ものであるのに対して、先願明細書に記載された発明においては、「従来の製紙方法または英国特許第1129757号、同第1329409号の製紙方法で成形した」ものである点、<3>本願第1発明においては、「複合体全体積の20~90%の空隙量を有するようになるまで熱膨張されている」のに対して、先願明細書に記載された発明においては、「厚さが3.55mmまたは2.65mmのものが6.0mmまで熱膨張されている」点で相違する。
(当審の判断)
上記相違点について検討する。
相違点<1>について
繊維強化複合体に使用される長さ12mm程度のガラス繊維(チョップトストランド)は、通常、10μ前後の直径を有するものであり(例えば、「林毅編『複合材料工学』1977年1月25日、日科技連出版社発行、第343頁第14行~第16行」、「強化プラスチックス技術協会編『強化プラスチックハンドプック』昭和50年5月15日、日刊工業新聞社発行、第69頁表4・1単繊維直径の欄、第110頁下から第4行~第1行」参照)、先願明細書に記載された長さ12mmのガラス繊維が「少なくとも40の縦横比」を有することは明らかであるから、両者は、使用される補強用繊維の点で実質的に相違するとは認められない。
相違点<2>について
先願明細書に記載された「製紙方法で成形した」繊維強化複合体が、水性スラリーを脱水、乾燥させる「水性スラリー法で製造した」ものを意味することは技術常識であり、このことは、英国特許第1129757号、同第1329409号の記載によっても裏付けられるから、両者は、「水性スラリー法で製造される」点で実質的に相違するとは認められない。
また、製紙方法(水性スラリー法)で製造すれば、補強用繊維が、樹脂全体にわたって実質上均一に分散されることも自明であり、このことは、先願明細書の「本発明の方法によって得られた最終成形品は、初期シートに対する膨張量および厚さの増大量が、従来技術で得た成形品の場合よりもかなり大きく、より一定している。従って曲げ堅度が極めて高く、表面が比較的平坦な成形品を得ることができる。」という効果の記載からも裏付けられるから、両者は、この点でも実質的に相違するものではない。
相違点<3>について
本願明細書には、「『高空隙量』とは、複合体が複合体体積の20~90%、好ましくは30~70%、特に好ましくは50~70%を占める空隙量を有することを意味する。このような空隙量は、以下に述べるような、圧縮シートからの複合体の製造中に厚さが20~500%、好ましくは100~300%膨張することに大体相当する。」と記載されており(本願公告公報第6欄第38行~第7欄第5行)、また、実施例Ⅰにおいては、最初の厚さ(3mm)の約1.5倍まで膨張させたものが、63%の空隙量を有すること、実施例Ⅴにおいては、3mmの厚さのものを6mmの厚さ(100%膨張)としたものが、空隙量46.9%、9mmの厚さ(200%膨張)としたものが、空隙量67.6%であることが示されている。
これに対して、先願明細書に記載された発明においては、厚さが3.55mmまたは2.65mmのものが6.0mmまで、すなわち、約69%または約126%熱膨張されており、本願第1発明の範囲内の空隙量を有するものと認められるから、両者は、空隙量の点でも実質的に相違するとは認められない。
(むすび)
したがって、本願第1発明は、先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願第1発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また、本願の出願の時に、その出願人が上記他の特許出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願第1発明は、特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。