東京高等裁判所 平成9年(行ケ)180号 判決 1999年6月30日
東京都品川区大崎1丁目11番1号
原告
三井金属鉱業株式会社
代表者代表取締役
宮村眞平
訴訟代理人弁護士
花輪達也
同
弁理士 新関宏太郎
同
新関淳一郎
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
志村博
同
飯野茂
同
井上雅夫
同
小林和男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成7年審判第2961号事件について、平成9年6月17日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成2年5月21日、名称を「内部欠陥測定方法および装置」とする発明につき特許出願をした(特願平2-129182号)が、平成7年1月17日に拒絶査定を受けたので、同年2月16日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成7年審判第2961号事件として審理したうえ、平成9年6月17日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月23日、原告に送達された。
2 本願明細書の特許請求の範囲の請求項1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨
相互に対向する第1表面および第2表面を有する被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程と、この入射したレーザビームの前記第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程と、このレーザビームによる被検物体内部からの散乱光を、被検物体の前記第1表面の側から、かつ入射レーザビームの入射光軸と異なる方向から観察する工程とを具備することを特徴とする被検物体内の内部欠陥測定方法。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平1-221850号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)及び特開昭60-256033号公報(以下「引用例2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1の記載事項の認定のうち、その記載自体を摘記した部分(審決書3頁1行~4頁6行)、引用例2の記載事項の認定、本願発明と引用例発明との相違点の認定は認める。
審決は、引用例1に記載された技術事項を誤認して本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、さらに本願発明と引用例発明との相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明が引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
(1) 審決は、引用例1に記載された「入射レーザビームIR」が、「検査対象である半導体ウエハの一部の領域を照射するものであるから、当然に細く絞ったビームとされているものである。」(審決書4頁7~10行)と認定したうえで、本願発明と引用例発明とが、「相互に対向する第1表面および第2表面を有す被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程と、このレーザビームによる被検物体内部からの散乱光を、被検物体の前記第1表面の側から、かつ入射レーザビームの入射光軸と異なる方向から観察する工程とを具備する被検物体内の内部欠陥測定方法。」(同7頁11~18行)で一致すると認定したが、該認定のうち、「被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程」を具備する点で一致するとの部分は誤りである。
(2) すなわち、応用物理学会日本光学会、レーザー学会において定められたレーザビームの基本操作として、「細く絞る」とは、レンズ等を用いてレーザビームを一点に集束させる(集光する)ことをいうものとされている。
本願明細書の「第2図は、被検物体に入射するレーザビームの光路を示す断面図である。・・・ここでは、一点に集束するタイプのレーザビームを入射する例を説明する。」(甲第2号証の1第13頁1~13行)との記載及び図面第2図の表示のとおり、本願発明の要旨の「細く絞ったレーザビーム」との規定は、レーザビームを一点に集束させることを意味するものである。そして、本願発明は、細く絞ったレーザビーム、すなわち一点に集束するレーザビームを用い、かつ、これを第1表面から斜めに入射させるものであって、仮にレーザビームが数ミクロンまで集束したとすると、集束させない平行ビームに比べて、ビーム強度は100万倍にもなるから、微細な欠陥でも、必要な散乱強度が得られ、半導体ウエハの内部の欠陥の状態を1つずつ観察できるとの効果を奏するものである。
これに対し、引用例発明は、表面(本願発明の「第1表面」に相当する。)に斜めに入射するレーザビームを用いているが、該レーザビームは、平行の赤外線レーザビームであって、被検物体の表面で屈折するものの、その後も一定の幅を保って平行に進み、集光はしない。すなわち、引用例発明のレーザビームは、「細く絞った」レーザビームではないのである。審決は、上記のとおり、引用例発明の「入射レーザビームIR」が、「検査対象である半導体ウエハの一部の領域を照射するものであるから、当然に細く絞ったビームとされているものである」と認定したが、ウエハの一部の領域を照射することを「細く絞る」とはいわない。引用例1中にも、従来技術に関して「細く絞った赤外線レーザビーム」(甲第3号証1頁右下欄16~17行)との記載があるが、引用例発明自体に関しては、「細く絞った」との記載はない。そして、引用例発明の平行のレーザビームは、無数に存在する欠陥群のうち微細な欠陥に当ったときの散乱光が弱いので観察不可能であり、また、一定の幅を有する赤外線レーザビームであるから、顕微鏡で見る方向に複数の欠陥が重なって見えるため、半導体ウエハの内部の欠陥の状態を正確には観察できないという課題を残すものである。
したがって、本願発明と引用例発明とが「被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程」を具備する点で一致するとした審決の認定は誤りである。
(3) 被告は、特開平6-76337号公報(乙第4号証)、特開昭63-86588号公報(乙第7号証)、特開平5-224206号公報(乙第8号証)を引用して、平行光束の径をレンズ系により縮小することも「絞る」と表現されると主張するが、複数のレンズを用いて径大の平行レーザビームを径小の平行レーザビームにすることを「絞る」と表現するのは誤りであり、正しくは「縮小する」と表現しなければならない。該各公報の「絞る」の用語例は極めて稀であって、しかも誤った使用例である。
また、被告は、本願明細書に、実施例として、一点に集束する集束光束(図面第2図)、平行光束(同第3図)及び集束光束か平行光束かが限定されない光束(同第1図)が記載されており、「細く絞ったレーザビーム」の用語は、これら全実施例について入射レーザビームを表す用語と見ることが相当であると主張するが、本願発明は、図面第2図の入射レーザビームが一点に集光する実施例として示されたものである。図面第1図は「概略構成を示す断面図」(甲第2号証の1第39頁3行)であるにすぎず、集束光束か平行光束かについて限定されないレーザビームを示したものではない。また、図面第3図の平行レーザビームを用いた実施例は、本願発明とは別の発明である。
さらに、被告は、引用例1に、引用例発明の赤外線レーザビームが平行ビームに限定される旨の記載はないから、一点に向かって集光するレーザビームと平行レーザビームの双方を含むものと主張するが、かかる主張は審決の認定理由と異なるし、一点に向かって集光するレーザビームと平行レーザビームの双方を含むことは引用例1に記載されていない。引用例1の図面第3、第4図の実施例図のレーザビームは平行ビームとして記載されているのみならず、同第1、第5図のいずれにも、レーザビームを一点に集束するためのレンズが記載されていない。また、引用例1の第5図では、赤外光検出器21の前段にレーザトラップ19を設けていることからして、赤外線レーザビームIRは、レーザトラップ19で捕えることができる平行ビームに限られることが理論的に明らかであり、一点に集束するレーザビームも含まれるということはあり得ない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
(1) 本願発明と引用例発明との相違点、すなわち「本願発明は『入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程』を具備しているのに対し、引用例1記載の発明(注、引用例発明)にはその工程が具備されていない点」(審決書7頁末行~8頁4行)につき、審決は、特開昭57-48644号公報(以下「周知例1」という。)及び特開昭63-200043号公報(以下「周知例2」という。)を引用し、「この種の相互に対向する表面及び裏面を有する被検物体の光を用いた欠陥検査において、『表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズを抑える必要があること』、そのためには、『表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること』は、いずれも周知の課題である」(同8頁15行~9頁1行)としたうえで、「引用例2に示された『被検物体の表面からレーザービームが入り込む深さを変化させるために、被検物体から入射されるレーザービームの波長を選択、調整することで、被検物体中での入射レーザー光の減衰率を制御する』という公知の手法を、上記周知な課題の解決のための手段として採用し、本願発明のように、レーザビームを用いた内部欠陥検出方法において『入射したレーザビームを第2表面(裏面)における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を(例えばビームの波長を調整することで)制御することにより規制する』という工程を付加することは、当業者ならば容易に想到し得たことである」(同9頁8行~10頁1行)と判断したが、それは誤りである。
(2) すなわち、本願発明の「入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程」との構成要件は、「相互に対向する第1表面および第2表面を有する被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程」との構成要件によって、被検物体内で一点に集束した光束が被検物体の第2表面(裏面)に到達し、その反射光束によって欠陥の観察を阻害することのないように第2表面で反射する光のみを減衰させるものであり、第1表面(表面)から入射された光線が第2表面に到達するまでは被検物体中で減衰されずに第2表面に到達するものであって、これにより第1表面から第2表面までの間の欠陥の観察、特に第2表面付近の欠陥の観察を良好に行えるものである。
したがって、審決が、周知例1、2を引用して、周知の課題であるとして認定した「表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること」は、本願発明の課題とは異質なものである。
また、引用例2には、材料中のある深さの欠陥のみを検出するために被検物体内でのレーザ光の減衰率を制御する技術が記載されているが、レーザ光は裏面で反射せずに通過するものであるから、観察の阻害をする裏面反射を、被検物体内におけるレーザビームの減衰率を制御することにより規制する本願発明の構成とは、本質的に相違するものである。
本願発明の上記構成は、細く絞ったレーザビームを第1表面から照射するという構成要件の副産物として生じた課題を解決するものであるところ、周知例1、2又は引用例1は、そのような構成要件を具備するものではなく、引用例2に記載された公知の手法を適用しても、レーザビームの第2表面(裏面)における反射を、被検物体内におけるレーザビームの減衰率を制御することにより規制する本願発明の構成となるものではない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
原告は、本件発明の要旨の「細く絞る」との規定が、レーザビームを一点に集束させる(集光する)ことを意味すると主張するが、レーザの技術分野において、「細く絞る」又は「絞る」の用語が、平行光束(ビーム)を一点に集束させるもののみを意味するものとして定義されているわけではないし、そのような技術内容のみを表現するものとして定着しているわけでもない。ビームを一点に集束させる(集光する)ことを「絞る」と表現することもあるが、それに加えて平行光束の径をレンズ系により縮小することも「絞る」と表現されるものである(特開平6-76337号公報(乙第4号証)、特開昭63-86588号公報(乙第7号証)、特開平5-224206号公報(乙第8号証))。
そして、本願明細書には、実施例として、一点に集束する集束光束(図面第2図)、平行光束(同第3図)及び集束光束か平行光束かが限定されない光束(同第1図)が記載されており、「細く絞ったレーザビーム」の用語は、これら全実施例について入射レーザビームを表す用語と見ることが相当である。すなわち、本願明細書に記載された発明の目的、構成、効果からみると、入射レーザビームは、所定の径、所定のビーム強さをもって、半導体上面斜めから入射すればよいものであり、内部欠陥により散乱光を発生させるための照明光としての意味をもてば足りるのである。
原告は、レーザビームが数ミクロンまで集束したとすると、集束させない平行ビームに比べて、ビーム強度は100万倍にもなるから、微細な欠陥でも、必要な散乱強度が得られ、半導体ウエハの内部の欠陥の状態を1つずつ観察できるとの効果を奏する旨主張するが、同様のことは、幅広の平行ビームを細い径の平行ビームに圧縮した場合にもいえることであり、一点に集束するレーザビームに特有のことではない。また、散乱光は、数ミクロンに集束した集束点だけで得られるわけではなく、平行ビームや集束するレーザビームの集束点以外においても、不純物があれば散乱光が発生するのであり、この意味でも、一点に向かって集束するレーザビームと平行ビームとに格別の差はない。
また、原告は、引用例発明のレーザビームが、平行の赤外線レーザビームであって一定の幅を保って平行に進み、集光しないから、「細く絞った」レーザビームではないと主張するが誤りである。
すなわち、引用例1には、引用例発明の赤外線レーザビームが平行ビームに限定される旨の記載はない。のみならず、引用例発明は、赤外線レーザビームを試料表面上から試料表面に対して斜めに入射させるようにした点に特徴があるところ、引用例1には、「従来の技術」として、「第7図に示すように、コンデンサレンズ28によって細く絞った赤外線レーザビームIRを試料台5上の試料4の側面方向から試料内に照射し、試料内に介在する微少析出物等の散乱体によって散乱する光を、試料4の上方に設けた赤外線TVカメラ6の受光面に赤外線顕微鏡8を用いて結像し、」(甲第3号証1頁右下欄15行~2頁左上欄1行)との記載があり、赤外線レーザビームを試料表面上から試料表面に対して斜めに入射させるためには「平行ビーム」に限られるというような技術常識はないから、引用例発明においても、従来技術の「細く絞った赤外線レーザビーム」が使用されているものと見るのが相当であり、その「細く絞った赤外線レーザビーム」は、一点に向かって集光するレーザビームと平行レーザビームの双方を含むものである。
審決は、引用例1の記載事項の認定に当たり、一点に向かって集光する集束光も含めた入射レーザビームの意味で「細く絞ったビーム」としたものであって、以上のとおり、その認定に誤りはなく、本願発明と引用例発明とが、「被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程」を具備する点で一致するとした一致点の認定にも誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 本願発明の「入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程」との構成要件の技術的意義が、より精度の高い欠陥測定を行うべく、入射レーザビームの裏面に至ったレーザ光による散乱光ノイズを抑制することを目的として、入射レーザビームを裏面付近で十分に減衰させるべく、レーザビームの表面からの入射する深さを変化させるために、例えば入射レーザビームの波長を調整することによって入射レーザビームの被検物体中における減衰率を制御しようとするものであることは、本願明細書の「作用」の項の記載、実施例の項、とりわけ「被検物体の内部欠陥を測定する場合は、例えば波長900nm程度のレーザビームを用いて、被検物体の表面から入射したレーザビームが裏面付近で十分減衰するようにできる」(甲第2号証の1第21頁8~11行)との記載及び「発明の効果」の各記載によって明らかである。
原告は、上記構成要件が、第2表面(裏面)で反射する光のみを減衰させるものであり、第1表面(表面)から入射された光線が第2表面に到達するまでは被検物体中で減衰されずに第2表面に到達するものであって、これにより第1表面から第2表面までの間の欠陥の観察、特に第2表面付近の欠陥の観察を良好に行えるものであると主張するが、該主張は、本願明細書の上記記載に反するのみならず、被検物体等の一定の減衰を受ける媒体中を光束が進入し、その裏面で反射するとき、入射光束も反射光束も一様に媒体による減衰を受けるものであるから、表面からの入射光束は被検物体中で一切減衰されず、裏面反射光束のみが減衰されるということは物理法則に反し、およそあり得ないことである。
(2) 周知例1、2には、ともに裏面に至った光による散乱光の問題が指摘されたうえ、周知例1には、「欠点検出の入射光線として透明体による吸収波長域の波長を有する光線を使用して、透明体の裏面付近に散在する欠点による散乱異常光を、欠点に投射される前後の透明体通過時に吸収せしめて裏面付近の欠点が検出されないようにする」(甲第5号証2頁左上欄8~13行)との構成を採用することにより、「透明体1の裏面付近bにある欠点4に投射された光線は、この投射される前の透明体通過時に透明体1により漸次吸収され弱化し、更にこの欠点4による散乱反射異常光も透明体中を通過する間に吸収されるため、検出器3に向かうかかる反射異常光は透明体1を出るときには、透明体1により実質的に吸収され、消滅したりあるいは消滅しないまでも、検出器3により検出することが困難な程度に弱化し、検出器により欠点異常光として検出されない」(同頁左下欄6~16行)との効果を奏することが記載され、また、周知例2には、「シート状被検体の吸収波長域の光で被検体を照明する照明手段と、該波長域の光に対して感度を有し、被検体表面からの散乱光を検出する検出手段」(甲第6号証2頁右上欄11~14行)との構成を採用することにより、「このような被検体に吸収されて透過しない波長域の光を選択して照明することにより、照明光は全て被検ガラス板1の表面で正反射光3となって反射することとなる。そのため、表面にあるキズ6によってのみ照明光2が散乱されてTVカメラ5に到達する。・・・裏面にキズやゴミが存在したり、砂スリ面となっているものであっても、照明光2が届かないので散乱光を生ずることがなく、検出されることはない」(同頁右下欄5~18行)との効果を奏することが記載されている。
したがって、審決が「この種の相互に対向する表面及び裏面を有する被検物体の光を用いた欠陥検査において、『表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズを抑える必要があること』、そのためには、『表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること』は、いずれも周知の課題である」と認定したことに誤りはない。
そして、引用例2には、「被検物体中の表面から所定深さまでに存在する欠陥を検出することを目的に、被検物体の表面からレーザビームが入り込む深さを変化させるために、被検物体から入射されるレーザビームの波長を選択、調整することで、被検物体中での入射レーザ光の減衰率を制御するようにした内部欠陥検出方法」が記載されているから、この公知の技術手段を上記周知の課題を解決する手段として採用することは、当業者ならば容易に想到し得たことであり、相違点についての審決の判断にも誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 平成6年10月24日付手続補正書(甲第2号証の2)及び平成7年3月20日付手続補正書(甲第2号証の3)による各補正後の本願明細書(甲第2号証の1、以下単に「本願明細書」という。)には、本願発明の「相互に対向する第1表面および第2表面を有する被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程」との構成要件に係る「細く絞ったレーザビーム」の具体的技術内容を直接定義した記載は見当たらない。
しかしながら、本願明細書の発明の詳細な説明には、「発明が解決しようとする課題」として、「従来の90°散乱を用いて物体の内部欠陥の測定を行う方式では、その物体の側面からレーザビームを入射させるため、その側面はレーザビームが物体内部に入射する程度に平坦である必要がある。・・・そのため、側面を切断あるいはへき開したり、ポリシングする必要があり、被検物体を破壊しなければならない場合があるという不都合があった。・・・本発明は、上述の従来形における問題点に鑑み、被検物体を破壊することなく、任意の位置において内部欠陥を検出測定することができる内部欠陥測定方法および装置を提供することを目的とする。」(甲第2号証の1第7頁4行~8頁3行)との記載、及び「課題を解決するための手段」として、「この目的を達成するため本発明では、相互に対向する第1表面および第2表面を有する被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させ、この入射したレーザビームの前記第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制し、このレーザビームによる被検物体内部からの散乱光を、被検物体の前記第1表面の側から、かつ入射レーザビームの入射光軸と異なる方向から観察するようにしている。」(甲第2号証の1第8頁4行、甲第2号証の3補正の内容2)との記載があり、実施例として、「以下、図面を用いて本発明の実施例を説明する。第1図は、本発明の一実施例に係る内部欠陥測定装置の概略構成を示す断面図であり、また本発明の一実施例に係る内部欠陥測定方法を説明するための断面図である。・・・第1図の装置において、・・・被検物体101の内部に入射したレーザビームは、斜線部104のように被検物体101の内部を進む。この光束104中に欠陥102があると、その欠陥102において散乱光が発生する。」(甲第2号証の1第11頁5行~12頁16行)、「第2図は、被検物体に入射するレーザビームの光路を示す断面図である。・・・ここでは、一点に集束するタイプのレーザビームを入射する例を説明する。入射したレーザビームの光束204は、被検物体201の表面231にて屈折され、外郭線205、206で規定される光束207として被検物体201の内部を進む。この光束207は、位置208で一点に集束し、さらに発散光線束となって被検物体201の裏面232に至る。・・・入射レーザビームの光束207が集束する位置208に欠陥が存在したとすると、その欠陥により散乱光が発生する。」(甲第2号証の1第13頁1行~14頁14行)、「第3図は、第2図と同様の、被検物体に入射するレーザビームの光路を示す断面図である。第2図の入射レーザビームが一点に集束する集束光線束であったのに対し、第3図の入射レーザビームは平行光線束である。・・・入射したレーザビームの光束306は、被検物体301の表面302にて屈折され、光束307として被検物体301の内部を進み、被検物体301の裏面303に至る。・・・このように、被検物体301に入射したレーザビームは被検物体内の表裏の面で反射しながら被検物体内部を進む。このようなレーザビームによる散乱光を検出することにより被検物体内部の欠陥の測定ができる。」(甲第2号証の1第15頁11行~19頁10行)、「第8図は・・・入射レーザビーム804は位置805に集束するように被検物体801(断面を示す)に入射する。・・・入射レーザビーム804は・・・レーザビーム束806のように進む。レーザビーム束806中に欠陥807が存在しているとすると、この欠陥807により散乱光が発生する。」(甲第2号証の1第25頁10~20行)との各記載がある。
これらの各記載並びに図面第1~第3図及び第8図の表示によれば、本願明細書に記載された発明は、被検物体の表面(第1表面)からレーザビームを入射させることにより、その光束内に欠陥が存在すると、その欠陥より散乱光が発生するため、これを観察することにより被検物体の内部欠陥を測定するものであり、この表面から入射させるレーザビームには、一点に集束する集束光線束である場合(図面第2図、第8図)と、平行光線束である場合(図面第3図)とがあることが認められるが、本願発明の規定する「細く絞ったレーザビーム」を集束光線束と平行光線束とのいずれかに限定する趣旨であると認められる記載は見当たらない。また、集束光線束及び平行光線束は、いずれも被検物体内部を進む光束の範囲を限定局所化し、その範囲内に存在する欠陥をすべて検出する技術的意義を有することが認められ、さらに、集束光線束においては、レーザビームのパワーを被検物体内の一点に集束することにより、特に該集束点近傍に存在する欠陥による散乱光を増強し得ることが認められるが、平行光線束においても、その径をレンズ系により縮小することによって、レーザビームのパワーを集中し、欠陥による散乱光を増強し得ることは技術常識上明らかである。
そうすると、本願明細書の記載上、「細く絞ったレーザビーム」との規定を集束光線束又は平行光線束のいずれか一方のみに限定する根拠は何ら見い出すことはできず、むしろ、「細く絞った」との規定は、光束の範囲を限定局所化するという意味で用いられているものと考えることが自然である。そして、そうであれば、本願発明の「細く絞ったレーザビーム」との規定は、本願明細書に記載された集束光線束及び平行光線束の双方を含んで規定したものと解するのが相当である。
もっとも、大竹祐吉著「市販レーザ装置活用のためのレーザの使い方と留意点」(甲第14号証)には、「レーザ光はエネルギー集中度がよいので、絞ることによって、全エネルギーを1点に集めることができる。レンズを使用すれば簡単に絞り込むことができる。」(同号証38頁2~4行)との記載があって、「絞る」との説明を付して集束光線束が示されている図(同頁図2-16)が掲載され、また、大澤敏彦ほか1名著「レーザ計測」(甲第15号証)には、「レーザビームは時には深く絞り込むことがある。レーザ光は空間コヒーレンスがよいので、レンズを使えば簡単にしぼることができる。」(同号証49頁5~6行)との記載があって、一定のスポット径にまで集束させた光束が示されている図(同頁図3.3)が掲載されており、さらに、前示大竹祐吉著「市販レーザ装置活用のためのレーザの使い方と留意点」等の文献を添付して、原告の技術者が作成した報告書(甲第12号証の1)には、「レーザビームを『細く絞る』とは、応用物理学会日本光学会、レーザ学会では、レンズ等を用い、1点に向かって集光する事をいいます・・・なお、同意語としては、『集光』或は『集束』という言葉が使われます」(同号証1頁8~13行)との記載がある。
しかしながら、株式会社東芝の出願に係る特開平6-76337号公報(乙第4号証)には「ビームエクスパンダ20は、図2に示すように、複数のレンズ21a、21bを有し、径の大きな平行光を径の小さな平行光に絞るように・・・されている。」(同号証3頁左欄46~49行)との記載があって、その図2には2枚のレンズを用いて径を縮小した平行光線束が図示されており、株式会社小松製作所の出願に係る特開昭63-86588号公報(乙第7号証)には「コリメータ34は、第2図に示すように1組の凸レンズ34aおよび凹レンズ34bから構成されており、球面レンズ34aから34bに向かうレーザ光の光束を、エタロン33の有効径内を透過する程度の細さのビームに絞ってエタロン33に入射させる。」(同号証2頁右下欄1~6行)との記載があって、その図面第2図には2枚のレンズを用いて径を縮小した平行光線束が図示されており、セイコー電子工業株式会社の出願に係る特開平5-224206号公報(乙第8号証)には「図1において、紫外線レーザ発生装置1から出力される紫外線レーザ2は、レンズ3および4により絞られて、平行なスポット状の紫外線5となり」(同号証2頁右欄15~17行)との記載があって、その図1には2枚のレンズを用いて径を縮小した平行光線束が図示されている。そうすると、本願出願の前後を通じて、大径の平行光線束を小径の平行光線束に縮小することを「絞る」と表現している明細書が存在するのであるから、前示大竹祐吉著「市販レーザ装置活用のためのレーザの使い方と留意点」(甲第14号証)、大澤敏彦ほか1名著「レーザ計測」(甲第15号証)及び原告技術者作成の報告書(甲第12号証の1)の記載にかかわらず、当業者においては、レーザビームを「絞る」との用語が、集束光線束あるいは平行光線束のいずれであるかを問わず、所要の目的に応じてレーザビームの口径あるいはスポット径を縮小することを意味するものとして理解されていると解するのが相当であり、これらの証拠は前示認定を左右するに足りるものではない。
原告は、前示特開平6-76337号公報(乙第4号証)、特開昭63-86588号公報(乙第7号証)、特開平5-224206号公報(乙第8号証)の「絞る」の用語例は極めて稀であって、しかも誤った使用例であると主張するが、該各公報に係る出願が、それぞれ出願人を異にすること等に照らして、該主張は採用することができない。
(2) 引用例1に、「本発明は、例えば半導体ウエハ等の試料内に介在する結晶欠陥を、赤外線レーザビームを用いて観察する赤外線散乱顕微鏡に関する。」(審決書3頁5~7行)、「第1図は本発明の第1の実施例を示す構成図である。赤外線レーザ1(例えば波長10ミクロンのCO2レーザ)からの赤外線レーザビームIRは反射ミラー2、3によって試料台5上の試料4の上から試料表面に対して斜めに入射する。赤外線レーザビームIRは試料表面で第3図に示すように屈折して進み、試料内に不純物の塊P1、P2があると散乱光S1、S2を生じる。これを赤外線顕微鏡8の対物レンズ7で集光して赤外線TVカメラ6の赤外線検出器9で検出し、TVモニター11に表示する。反射ミラー3は赤外線レーザビームIRの試料入射角度調節の役目をしている。また、試料台5を移動してレーザビーム入射位置を調節できる。焦点調節機構12は赤外線顕微鏡8及び赤外線TVカメラ6を上下して赤外線検出器9の位置に結像するように焦点をあわせるためのものである。」(同3頁9行~4頁5行)との各記載があることは、当事者間に争いがない。
そして、引用例1に記載された「試料4の上から試料表面に対して斜めに入射する」赤外線レーザビームIRが、一点に向かって集光するレーザビームを含むか否かについては争いがあるものの、少なくとも平行レーザビームが含まれるとの限度では当事者間に争いがないところ、引用例1の前示記載に照らして、該レーザビームが試料内の一部の領域を照射するものであること、すなわちその径を縮小して光束の範囲を限定局所化したものであることは明白であるから、前示のとおり、該レーザビームは「細く絞った」レーザビームに当たるものということができる。
したがって、審決が、引用例発明のレーザビームIRにつき、「検査対象である半導体ウエハの一部の領域を照射するものであるから、当然に細く絞ったビームとされているものである」と認定したことに誤りはなく、また、本願発明と引用例発明との一致点の認定において、「被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程」を具備する点で一致するとしたことにも誤りはない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(1) 本願発明の「入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程」の技術的意義に関し、本願明細書には、「レーザビームの波長を変化させることにより、あるいは被検物体の温度を変化させることにより、被検物体の表面からレーザビームが入り込む深さを変化させることができる。これにより、被検物体の第1表面から入射し第2表面で反射する光を減衰させることができ、より強度の弱い散乱光をも検出できるようになる。」(甲第2号証の1第10頁10~16行)、「波長λ=890nmでは表面からの深さ1500μm付近で10-3/2まで減衰し、また表面からの深さ3000μm付近で10-3まで減衰する。このように、入射させるレーザビームの波長を適当に選択することにより、ガリウムヒ素からなる被検物体にレーザビームを入射させる深さを制御することができる。したがって、このような特性により、ガリウムヒ素からなる被検物体の内部欠陥を測定する場合は、例えば波長900nm程度のレーザビームを用いて、被検物体の表面から入射したレーザビームが裏面付近で十分減衰するようにできる。すなわち、第3図の光束307のみを用い、測定したい範囲のみに十分な強度の光束を照射し、一方、光束308、309は十分減衰させることができる。これにより、被検物体内部の反射光による散乱光のノイズを抑え、より精度の高い欠陥測定ができる。・・・また、被検物体の温度を変化させることにより、被検物体にレーザビームが入射する深さを変化させることもできる。したがって、レーザビームの波長を変化させる代りに、被検物体の温度を変化させて、上述したように被検物体にレーザビームを入射させる深さを制御してもよい。」(同20頁末行~22頁13行)との各記載があり、これらの記載によると、該構成の技術的意義は、被検物体の第1表面(表面)から入射したレーザビームが第2表面(裏面)に至ると反射して散乱光を発生させ、被検物体の内部欠陥を測定する場合のノイズとなるので、レーザビームの波長を変化させ、あるいは被検物体の温度を変化させることにより、被検物体の表面からレーザビームが入り込む深さを変化させて、被検物体の表面から入射し裏面で反射する光を減衰させ、これにより反射光による散乱光のノイズを抑えて、入射ビームによる強度の弱い散乱光を検出できるようにし、より精度の高い欠陥測定ができるようにすることを作用目的にしているものと認められる。
なお、原告は、該構成につき、第1表面から第2表面までの間の欠陥の観察、特に第2表面付近の欠陥の観察を良好に行うべく、第2表面(裏面)で反射する光のみを減衰させるものであり、第1表面(表面)から入射された光線が第2表面(裏面)に到達するまでは被検物体中で減衰されずに第2表面に到達するものである旨主張するところ、該主張は、被検物体中では指数関数的に減衰するレーザビームを、測定可能基準に則って第2表面までの入射光束は減衰によっても測定に十分な強度が保障されるようにし、第2表面からの反射光束は、反射率に従った減少も相俟って、基準以下に減衰するように、減衰率に対する侵入深さを設定する趣旨であるものと理解される(仮に、そうでないとすれば、物理的に不可能といわざるを得ない。)。
(2) ところで、周知例1(甲第5号証)には、「透明体の一側に設けた光源から光線を透明体の表面から裏面に向かって入射し、該入射光線の透明体に散在する欠点による散乱反射異常光を前記光源と同一側に設けた検出器により検出して欠点を検出する方法において、前記入射光線として透明体による吸収波長域の波長を有する光線を使用することにより、透明体の裏面付近に散在する欠点による散乱反射異常光を、欠点に投射される前後の透明体通過時に吸収弱化せしめて、透明体の肉厚方向における欠点を選択的に検出することを特徴とする透明体の欠点検出方法」(同号証特許請求の範囲)の発明が記載され、その発明の詳細な説明に、従来技術に関し、「欠点が透明体の裏面部にあっても、かかる欠点で発生した反射異常光は当然に検出器により検出されるので、欠点は検出される。」(同1頁右下欄6~9行)、「欠点検出の入射光線として透明体による吸収波長域の波長を有する光線を使用して、透明体の裏面付近に散在する欠点による散乱異常光を、欠点に投射される前後の透明体通過時に吸収せしめて裏面付近の欠点が検出されないようにする」(同2頁左上欄8~13行)、「第2図に示すように、透明体1の裏面付近bにある欠点4に投射された光線は、この投射される前の透明体通過時に透明体1により漸次吸収され弱化し、更にこの欠点4による散乱反射異常光も透明体中を通過する間に吸収されるため、検出器3に向かうかかる反射異常光は透明体1を出るときには、透明体1により実質的に吸収され、消滅したりあるいは消滅しないまでも、検出器3により検出することが困難な程度の弱化し、検出器により欠点異常光として検出されない。」(同2頁左下欄6~16行)との各記載があり、これらの記載及び図面第2図によれば、周知例1には、被検物体である透明体の表面から裏面に向かって光線を入射し、透明体の肉厚方向に存在する欠点による散乱反射光を表面から検出する技術において、透明体の裏面部については検出が無用であるにもかかわらず、従来は裏面部の欠点で発生した反射異常光をも透明対中の欠点と同様に検出してしまう課題が存在し、その課題を解決する手段として、透明体による吸収波長域の波長を有する入射光線を使用することにより、透明体の裏面付近に存在する欠点による散乱反射異常光を、欠点に投射される前後の透明体通過時に吸収弱化せしめ、欠点異常光として検出されないようにした技術が記載されているものと認められ、そうすると、「表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズを抑える必要があること」と、そのためには「表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること」の課題、すなわち入射光の被検物体中での減衰率を制御することにより裏面反射を規制する課題が開示されているといえるから、周知例2について検討するまでもなく、該課題は周知であるものといえる。
原告は、「表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること」は、裏面付近の欠陥の観察を必要とする本願発明の課題とは異質なものであると主張するが、第2表面(裏面)で反射する光のみを減衰させるとの原告の主張の趣旨が前示のとおりと理解され、また、本願発明も周知例1も、裏面あるいは裏面付近において、観察対象外の散乱反射光が発生することに対処すべく、この散乱反射光が観察されないように表面から入射された光線が被検物体中で減衰される必要がある点において共通するから、該主張を採用することはできない。
したがって、審決が、「この種の相互に対向する表面及び裏面を有する被検物体の光を用いた欠陥検査において、『表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズを抑える必要があること』、そのためには、『表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること』は、いずれも周知の課題である」と認定したことに誤りはない。
(3) 引用例2に「被検物体中の表面から所定深さまでに存在する欠陥を検出することを目的に、被検物体の表面からレーザービームが入り込む深さを変化させるために、被検物体から入射されるレーザービームの波長を選択、調整することで、被検物体中での入射レーザービーム光の減衰率を制御するようにした内部欠陥検出方法」(審決書6頁15行~7頁1行)の発明が記載されていることは当事者間に争いがない。
そうすると、前示の相互に対向する表面及び裏面を有する被検物体の光を用いた欠陥検査において、表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズを抑える必要があり、そのために、表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があるとの課題を解決するために、引用例2に記載された該技術を採用して、引用例発明に、本願発明の「入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程」を付加することは、当業者が容易になし得たものというべきである。
原告は、引用例2の技術では、レーザ光は裏面で反射せずに通過するものであるから、観察の阻害をする裏面反射を、被検物体内におけるレーザビームの減衰率を制御することにより規制する本願発明の構成とは本質的に相違する旨主張するが、前示のとおり、審決は、相互に対向する表面及び裏面を有する被検物体の光を用いた欠陥検査において、表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズ(本願発明の裏面反射に相当する。)を抑える必要があり、そのためには、表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があるとの周知の課題を前提として、引用例2記載の入射されるレーザビームの波長を選択、調整することで、被検物体中での入射レーザビーム光の減衰率を制御するようにした技術を採用したものであるから、該主張を採用することはできない。
また、原告は、「細く絞ったレーザビーム」が集束光線束のみを意味することを前提として、本願発明の「入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程」との構成が、細く絞ったレーザビームを第1表面から照射するという構成要件の副産物として生じた課題を解決するものであると主張するが、その前提を採用し得ないことは前示のとおりであって、該主張も失当である。
したがって、審決の相違点についての判断に誤りはない。
3 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成7年審判第2961号
審決
東京都中央区日本橋室町2丁目1番1号
請求人 三井金属鉱業株式会社
東京都港区虎ノ門二丁目8番1号 虎ノ門電気ビル
代理人弁理士 伊東辰雄
東京都港区虎ノ門2丁目8番1号 虎ノ門電気ビル 伊東内外特許事務所
代理人弁理士 伊東哲也
平成2年特許願第129182号「内部欠陥測定方法および装置」拒絶査定に対する審判事件(平成4年1月28日出願公開、特開平4-24541)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
1.手続の経緯、本願発明
本願は、平成2年5月21日の出願であって、その請求項1に係る発明は、特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものと認める。(以下、「本願発明」という)
「相互に対向する第1表面および第2表面を有す被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程と、この入射したレーザビームの前記第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程と、このレーザビームによる被検物体内部からの散乱光を、被検物体の前記第1表面の側から、かつ入射レーザビームの入射光軸と異なる方向から観察する工程とを具備することを特徴とする被検物体内の内部欠陥測定方法。」
2.引用例
これに対し、原査定の拒絶理由で引用された、特開平1-221850号公報(以下、「引用例1」という。)には以下の記載(1)、(2)がある。
(1)「本発明は、例えば半導体ウエハ等の試料内に介在する結晶欠陥を、赤外線レーザビームを用いて観察する赤外線散乱顕微鏡に関する。」
(1頁右下欄10~12行)
(2)「第1図は本発明の第1の実施例を示す構成図である。赤外線レーザ1(例えば波長10ミクロンのCO2レーザ)からの赤外線レーザビームIRは反射ミラー2、3によって試料台5上の試料4の上から試料表面に対して斜めに入射する。赤外線レーザビームIRは試料表面で第3図に示すように屈折して進み、試料内に不純物の塊P1、P2があると散乱光S1、S2を生じる。これを赤外線顕微鏡8の対物レンズ7で集光して赤外線TVカメラ6の赤外線検出器9で検出し、TVモニター11に表示する。反射ミラー3は赤外線レーザビームIRの試料入射角度調節の役目をしている。また、試料台5を移動してレーザビーム入射位置を調節できる。焦点調節機構12は赤外線顕微鏡8及び赤外線TVカメラ6を上下して赤外線検出器9の位置に結像するように焦点をあわせるためのものである。」(2頁左下欄12行~右上欄7行)
ここで、入射レーザビームIRは、検査対象である半導体ウエハの一部の領域を照射するものであるから、当然に細く絞ったビームとされているものである。
してみると、これら(1)、(2)の記載及び第1~3図から、引用例1には次の発明が記載されているものと認める。
「半導体ウエハに、細く絞ったレーザビームをその表面から入射させる工程と、このレーザビームによる半導体ウエハ内部からの散乱光を、半導体ウエハの表面の側から、かつ入射レーザビームの入射光軸と異なる方向からTVカメラにより観察する工程とを具備する半導体ウエハ内の内部欠陥測定方法。」
同じく、原査定の拒絶理由に引用された特開昭60-256033号公報(以下、「引用例2」という。)には、次の記載(3)~(6)がある。
(3)「透明材料の表面および/あるいは内部に存在する欠陥、特にガラスに含まれる異物質あるいは泡を被試験材料に電磁放射により走査し、その欠陥による反射強度が検知され、電気信号に変換され、解析されることにより検出する方法において、試験材料中への侵入深さを調整した単波長の電磁放射を使用して材料中のある深さまでの欠陥のみを検出することを特徴とする欠陥検出方法。」(特許請求の範囲第1項)
(4)「本発明の方法では、試験材料中への電磁放射線の深さは波長に依存するという事実を利用する。侵入深さEは吸収係数Kの感量値として決定される。・・・単一の侵入深さにおける強度は初期強度の37%に減少し、2倍の侵入深さでは13.5%に、そして3倍の侵入深さでは適用された強度の5%に減少する。この侵入深さを以下試験深さと称する。」(2頁右下欄15行~3頁左上欄12行)
(5)「・・・このように、走査光の波長から試験の深さを決める侵入深さを選択することが可能である。」(3頁右上欄8~10行)
(6)「第6図に、本発明の欠陥検出用のテストリグを示す。テストリグ1は試験する透明材料の所定の深さに侵入する1波長を有するレーザー光線を発生する光源2を含む。一般に、光線の波長がある範囲から自由に選択されるためにレーザーが使用される。」(4頁右上欄13~18行)
してみると、引用例2には、以下の発明が記載されているものと認める。
「被検物体中の表面から所定深さまでに存在する欠陥を検出することを目的に、被検物体の表面からレーザービームが入り込む深さを変化させるために、被検物体から入射されるレーザービームの波長を選択、調整することで、被検物体中での入射レーザー光の減衰率を制御するようにした内部欠陥検出方法。」
3.対比
本願発明と上記引用例1記載の発明とを比較する。
引用例1の被検物体である半導体ウエハは相互に対向する「表面」及び「裏面」を有するものであるから、引用例1の「表面」、「裏面」が本願発明の「第1表面」、「第2表面」にそれぞれ相当する。
してみると、両者は「相互に対向する第1表面および第2表面を有す被検物体内に、細く絞ったレーザビームを前記第1表面から入射させる工程と、このレーザビームによる被検物体内部からの散乱光を、被検物体の前記第1表面の側から、かつ入射レーザビームの入射光軸と異なる方向から観察する工程とを具備する被検物体内の内部欠陥測定方法。」で一致し、以下の点で相違する。
本願発明は「入射したレーザビームの第2表面における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を制御することにより規制する工程」を具備しているのに対し、引用例1記載の発明にはその工程が具備されていない点。
4.当審の判断
そこで、上記相違点につき検討する。
本願発明において、被検物体の第2表面すなわち裏面における反射を規制したのは、明細書19頁10~17行、21頁7行~22頁13行あるいは審判請求理由書3頁1~5行に記載されているように、「表面から入射されて裏面に至った光による裏面状態に基づく散乱光ノイズを抑え、ひいてはより精度の高い欠陥測定を行うため」と認められるが、この種の相互に対向する表面及び裏面を有する被検物体の光を用いた欠陥検査において、「表面から入射されて裏面に至った光による散乱光ノイズを抑える必要があること」、そのためには、「表面から入射された光線が裏面に到達するまでに被検物体中で減衰される必要があること」は、いずれも周知な課題である(例えば特開昭57-48644号公報、特開昭63-200043号公報参照のこと)。
そして、本願明細書の10頁10~16行にも記載されているように「被検物体の表面から入射し裏面で反射する光を減衰させる」ことは、「被検物体の表面からレーザビームが入り込む深さを変化させる」ことに他ならないから、引用例2に示された「被検物体の表面からレーザービームが入り込む深さを変化させるために、被検物体から入射されるレーザービームの波長を選択、調整することで、被検物体中での入射レーザー光の減衰率を制御する」という公知の手法を、上記周知な課題の解決のための手段として採用し、本願発明のように、レーザビームを用いた内部欠陥検出方法において「入射したレーザビームの第2表面(裏面)における反射を、被検物体内におけるそのレーザビームの減衰率を(例えばビームの波長を調整することで)制御することにより規制する」という工程を付加することは、当業者ならば容易に想到し得えたことである。
そして、本願発明の構成によってもたらされる効果も、引用例1、2に記載されたものから当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。
5.むすび
以上のとおりであるから、本願発明は、引用例1、2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年6月17日
審判長 特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)
特許庁審判官(略)