東京高等裁判所 平成9年(行ケ)188号 判決 2000年3月30日
原告
セコム株式会社
代表者代表取締役
【A】
訴訟代理人弁護士
宇井正一
同弁理士
【B】
被告
日本電気株式会社
代表者代表取締役
【C】
被告代理人弁護士
松本重敏
同
美勢克彦
同弁理士
【D】
同
【E】
被告補助参加人
綜合警備保障株式会社
代表者代表取締役
【F】
訴訟代理人弁護士
永井津好
同
佐藤優
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成7年審判第28109号事件について平成9年6月20日にした審決(「訂正を認める。」の部分を除く。)を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、発明の名称を「異常通報装置」とする特許第1582766号発明(昭和57年5月24日出願、昭和63年7月26日出願公告、平成2年10月22日設定登録)の特許権者である。
被告は、平成7年12月27日、原告を被請求人として、上記特許の願書に添付した明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本件第1発明」という。)について特許無効の審判を請求し、特許庁は、これを平成7年審判第28109号事件として審理した。原告は、審理の過程で、平成8年4月30日、上記明細書につき訂正請求をした。
特許庁は、上記審理の結果、平成9年6月20日に「訂正を認める。特許第1582766号発明の明細書の特許請求の範囲第1項に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は、被請求人の負担とする。」との審決をし、同年7月9日、その謄本を原告に送達した。
2 本件第1発明の要旨
本件第1発明の要旨とされた前記訂正後の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲第1項の記載は、次のとおりである。
「電話回線を利用して異常情報、警備モード情報等の発呼要請情報を監視局へ通報する異常通報装置において、
前記電話回線の話中を検出する話中検出手段と、
前記発呼要請情報を検出する検出手段と、
回線を閉結する回線閉結手段と、前記監視局を呼び出すダイヤルパルス発生手段と、前記ダイヤルパルス発生手段からのダイヤルパルスを停止する時間を設定する計時手段とを有し、前記発呼要請情報を検出する手段の発呼要請情報に応答して前記回線閉結手段を異常通報装置側へ切り換えるとともに前記話中検出手段が電話回線の話中を検出した場合に、前記計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより話中の回線を強制的に開放する回線開放手段とを備え、
話中であっても前記発呼要請情報を検出すると話中回線を強制的に開放した後、前記監視局と回線接続することにより前記発呼要請情報を前記監視局へ通報するようにしたことを特徴とする異常通報装置。」
3 審決の理由
審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本件第1発明は、審決の甲第1号証(本訴の甲第4号証。米国特許第4,284,849号明細書。以下「引用例1」という。)記載の技術(以下「引用発明1」という。)に係る電話状態監視装置を、審決の甲第3号証(本訴の甲第6号証。米国特許第4,086,434号明細書。以下「引用例3」という。)記載の技術(以下「引用発明3」という。)のように話中検出手段とすることによって当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に該当し、特許を受けることができない、というものである。
第3原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、Ⅰ(手続の経緯)及びⅢ(引用例1及び3の記載)は認める。Ⅳ(本件第1発明と引用発明1との比較)のうち、本件第1発明の要旨、本件第1発明と引用発明1との一致点、相違点に関する部分は認め(ただし、相違点は他にもある。)、その余は争う。Ⅴ(相違点に対する判断)及びⅥ(むすび)は争う。
審決は、本件第1発明と引用発明1との相違点を看過し、認定した相違点についての認定判断を誤り、さらに、同相違点に基づく顕著な作用効果を看過した結果、当業者が引用発明1及び同3から本件第1発明に容易に想到することができたとの誤った判断をし、しかも、重大な手続上の違背をしたものであり、上記誤りは、いずれも審決の結論に影響を及ぼすものであるから、取消しを免れない。
1 取消事由1(相違点の看過)
審決は、本件第1発明と引用発明1との相違点としては、引用発明1には、電話回線の話中を検出する話中検出回路を設けることが明示されていない点を認定するだけである。
しかし、本件第1発明と引用発明1との間には、審決認定のもののほかにも相違点がある。
すなわち、本件第1発明と引用発明1は、前者における回線開放手段が、話中検出手段が電話回線の話中を検出した場合に、計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより話中の回線を強制的に開放するものであるのに対し、後者の回線開放手段は、話中検出手段が電話回線の話中を検出するか否かに関係なくダイヤルパルスを所定期間停止することにより話中の回線を強制的に開放する動作を行う点でも相違している。
このことは、審決が認定した両発明の一致点と本件第1発明とを対比すれば、一目瞭然である。
2 取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)
(1) 審決は、引用例3には、火災検出器接点が閉じたとき電話回線が使用中であるかを調べ、使用中であれば、使用者から回線を捕捉し回線切換を起動し、使用中でなければ通常の電話と同様に、異常を通報することが記載されている旨認定し、この認定を根拠に、引用発明3も本件第1発明の「話中検出手段」を有すると判断している。
しかし、審決が行った上記認定は誤っている。
引用発明3は、本件第1発明や引用発明1と異なり、電話回線が常時は装置側に接続されており、異常信号を通報するときには、電話回線を調べ、回線の使用中が検出されないときは、電話回線が装置側に接続されているので、電話回線をそのままにして(電話回線の切り換えを行わず)異常通報の処理を進め、回線の使用が検出されたときは、電話回線が電話機に接続されているので、電話回線を電話機側から装置側に切り換えてから異常通報の処理を進めるものである。つまり、引用発明3は、電話回線を調べて、回線が使用中であるときには、異常信号を送信するために、単に、電話回線を電話機側から装置側へ切り換えるというものにすぎないのであって、本件第1発明におけるように、切換え機能が直ちに強制開放を行う機能を随伴するものではない。
なお、引用例3には、ステップ201について、「使用中である場合、その使用中の呼が装置設定の家からのものであると仮定すると、回線は使用者から捕捉(seize)される。」との記載があるが、同記載は、使用中の呼が装置設定の家からのものであれば回線は使用者から捕捉(seize)できるから、使用者に接続されている回線を装置側に切り換えるという意味に解すべきものであり、しかも、引用例3には、強制開放に必要な時間的要素がまったく示されていないから、上記のような記載があることのみをもって、一定時間だけダイヤルパルスを停止して直流ループを所定期間開放する強制開放が開示されていると解することはできない。
(2) 審決は、引用例1の「電話状態監視装置」を引用発明3のように「話中検出手段」とすることによって本件第1発明に想到することに格別の推考力を要するものではないとの判断をしているが、同判断は、誤っている。
すなわち、引用発明1は、話中の有無に関係なく強制開放を行うものであるのに対し、引用発明3は、(1)で述べたとおり、そもそも強制開放を行わないものであるから、引用発明3を引用発明1に適用したとしても、「話中検出手段が電話回線の話中を検出した場合に、前記計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより回線を強制的に開放する回線開放手段」という本件第1発明の特徴を導き出し得るものではない。したがって、引用発明3を引用発明1に適用して本件第1発明を導き出すことは、当業者といえども容易にできることではない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
(1) 本件第1発明は、電話回線につき話中が検出された場合は、計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止して話中の回線を強制開放する回線開放手段を具備して、これにより、回線が話中であっても、発呼要請情報を確実に監視局に送信することができ、一方、話中が検出されない場合(非話中)は、回線閉結手段を電話機側から異常通報装置側へ切り換えてから、本件特許の出願前より公知の技術と同様に、一定時間、つまり、強制開放に必要な所定時間を待つことなくダイヤルパルスを送信することができ、発呼要請情報を迅速に監視局に送信することができるという優れた作用効果を奏するものであって、このような作用効果は、本件第1発明に係る異常通報装置によってはじめて達成できることになった格別のものである。
(2) 被告は、非話中の場合に関する構成が本件第1発明の特許請求の範囲第1項に明示されていないことを根拠に、非話中の場合の作用効果は同発明とは関係がない旨主張する。しかし、特許発明の技術的範囲の解釈に当たっては当該発明の目的や作用効果をも考慮して実質的に解釈すべきであり、これを前提にみた場合、本件第1発明の特許請求の範囲第1項には、「話中検出手段が電話回線の話中を検出した場合に、一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより回線開放手段が話中の回線を強制的に開放する」ことが明記されており、その意味するところは、「話中検出手段が話中を検出しない場合は、強制開放動作を行わずにダイヤルパルスを送出する」ということであり、非話中であれば回線開放手段は回線の開放動作をする必要がないので、強制的な回線の開放を行わないことを、間接的にではあれ、規定しているのにほかならない。
4 取消事由4(手続の瑕疵)
特許庁は、本件の審判手続において、被告から、平成8年8月23日付けで審判事件弁駁書(甲第11号証の1)が提出され、これに引用例3の翻訳の追加部分(甲第11号証の2)が添付されていたにもかかわらず、それらの副本を原告に送達せず、しかも、審決において、上記引用例3の翻訳の追加部分に係る引用例3の3欄3行目~12行目、5欄19行目~29行目及び7欄3行目~42行目を引用して、引用発明3の内容を認定した。このように、審決の結論に決定的影響を及ぼしたと認められる上記審判事件弁駁書及び引用例3の翻訳の追加部分につき、原告に何ら反論、防禦の機会を付与することなく、原告に不利な結論の審決をすることは、当事者である原告の防禦権を不当に剥奪するものであって、デュープロセス保障の見地から許されるべきものではなく、審決は取り消されなければならない。
第4被告の反論の要点
審決の認定判断は、いずれも正当であって、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点の看過)について
審決が看過したと原告の主張する相違点は、本件第1発明が電話回線の話中を検出する話中検出手段を有するのに対して、引用発明1がそのような話中検出手段を設けていないことから生ずる、単なる前記話中検出手段の動作の有無に過ぎないものであって、実質的に審決の認定した相違点に含まれているものである。
すなわち、引用発明1においても、発呼要請情報を検出する手段の発呼要請情報に応答して回線閉結手段を異常通報装置側へ切り換えるとともに、計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより話中の回線を強制的に開放する回線開放手段を備え、話中であっても前記発呼要請情報を検出すると話中回線を強制的に開放した後、監視局と回線接続していることは明らかであるから、審決が、原告主張の相違点を相違点として認定しないのは、引用発明1が話中検出回路を備えていないことを相違点として認定している以上、特にその理由を説明するまでもなく当然のことだからである。
2 取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)について
(1) 引用例3には、火災検出器接点が閉じたとき電話回線が使用中であるか否かを調べ、使用中であれば使用者から回線を捕捉し回線切換を起動し、使用中でなければ通常の電話と同様に、異常を通報することが記載されており、引用例3のFIG.4Dのフローチャートには、ステップ200において回線が使用中であるかどうかを検査し、使用中でない(非話中)場合には使用者からの回線捕捉を行うことなく即座にステップ202のオフフック動作に移行することが記載されており、この動作は、本件明細書に記載されている非話中時の動作と同じである。
また、引用例3においても、電話回線が不使用の場合には電話回線が電話機側に接続されていることは明らかであり(甲第6号証6欄46~52行の「回線スイッチ116は、呼出しを開始するオフ・フック信号と、電話接続を終了するオン・フック信号を実際上制御するデータ選択回線33による制御が可能なように接続される。もちろん、緊急状況で割込みが許容されることを除き、家の居住者による電話の通常の手動動作が回線スイッチ116によって影響を受けることはない。」との記載参照)、また、話中検出手段によって電話機が使用中であることが検出されているときに緊急発呼要請があった場合には、話中の電話機を捕捉即ち話中回線を強制的に開放した後に、異常通報装置を監視局と回線接続していることは明らかである。
(2) 引用発明1と引用発明3とは、いずれも本件第1発明と同じ異常通報装置という技術分野に属するものであるから、引用発明1に対して引用発明3の話中検出手段を適用して本件第1発明の構成とすることに格別の困難性はなく、当業者であれば容易に想到実施し得る事項である。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
本件第1発明は、その特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの事項をその要旨とするものであって、前記話中検出手段が話中を検出しない場合すなわち非話中の場合の機能については全く規定されておらず、また、本件明細書をみても、原告が主張している非話中の場合の作用効果については記載されていないから、原告の非話中の場合の作用効果の相違についての主張は、本件第1発明である特許請求の範囲第1項に記載された発明とは関係のない主張であり、失当である。
仮に、本件第1発明において、前記話中検出手段が話中を検出しない場合の機能についての規定がされていたと認められるとしても、原告主張の非話中時の機能及びその作用効果は、引用例3の記載から必然的に予測できる事項にすぎないものである。他方、引用発明1は、話中検出手段あるいは話中検出回路の有無の点で本件第1発明と異なるとはいえ、話中の場合の回線強制開放動作そのものについては、その作用効果において本件第1発明との間に格別の差がない。したがって、原告主張の顕著な作用効果は、引用発明1、3から明らかなものであり、これを顕著なものとする原告の主張は理由がない。
4 取消事由4(手続の瑕疵)について
審決は、その結論を導き出すための判断において、引用例3について、「引用例3には、火災検出器接点が閉じたとき電話回線が使用中であるかを調べ、使用中であれば、使用者から回線を捕捉し回線切換を起動し、使用中でなければ通常の電話と同様に、異常を通報することが記載されているから、引用例3のものも本件発明の「話中検出手段」を有するものである。」(審決28頁8行目~13行目)と認定している。
この認定は、実質的に、無効審判請求時に提出された引用例3の翻訳の抜粋(甲第6号証)に示されている内容である図面4A及び4Dのフロー図と、明細書9欄47行目~60行の記載に基づいてされたものである。また、引用例3が話中を検出する手段を備えていることは、被告が無効審判請求書において主張している事項(甲第3号証12頁9行目~15行目参照)であって、平成8年8月23日付けの審判事件弁駁書において新たに主張した事項ではない。したがって、審決の結論を導き出すための判断(訂正の容認は除く)は、無効審判請求書の主張及びこれとともに提出された証拠に基づいてなされたものであるから、上記弁駁書及び引用例3の翻訳の追加部分が審決の結論に決定的影響を及ぼしたとする原告の主張は理由がないものである。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点の看過)について
本件第1発明と引用発明1とは、電話回線を利用して異常情報、警備モード情報等の発呼要請情報を監視局へ通報する異常通報装置において、前記発呼要請情報を検出する検出手段と、回線を閉結する回線閉結手段と、前記監視局を呼び出すダイヤルパルス発生手段と、前記ダイヤルパルス発生手段からのダイヤルパルスを停止する時間を設定する計時手段とを有し、前記発呼要請情報を検出する手段の発呼要請情報に応答して前記回線閉結手段を異常通報装置側へ切り換えるとともに、前記計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより話中の回線を強制的に開放する回線開放手段とを備え、話中であっても前記発呼要請情報を検出すると話中回線を強制的に開放した後、前記監視局と回線接続することにより前記発呼要請情報を前記監視局へ通報するようにしたことを特徴とする異常通報装置である点で一致することは、当事者間に争いがない。
審決は、上記一致点を認定したうえで、両発明の相違点としては、本件第1発明においては、電話回線の話中を検出する話中検出回路が設けられているのに対して、引用発明1には、「話中検出回路を設けることは明示されていない」点のみを認定している。なお、上記「設けることは明示されていない」は、結局「設けられていない」の趣旨であることは、審決が、引用発明1が「電話状態監視装置」を備えていることは認めつつ、これを「話中検出手段」とは別のものとし、本件第1発明のものと同じ「話中検出手段」を有するものとしては引用発明3を引用していることからも、明らかである。
原告は、両発明には上記のもの以外にも相違点があるとして、これを挙げない審決を攻撃するが、失当である。原告主張の相違点は、「本件第1発明と引用発明1は、前者における回線開放手段が、話中検出手段が電話回線の話中を検出した場合に、計時手段が設定した一定時間だけダイヤルパルスを停止することにより話中の回線を強制的に開放するものであるのに対し、後者の回線開放手段は、話中検出手段が電話回線の話中を検出するか否かに関係なくダイヤルパルスを所定期間停止することにより話中の回線を強制的に開放する動作を行う点でも相違している。」というものであるから、両発明ともに話中検出手段を備えていることを前提にして初めて独立の相違点として把握され得るものというべきであるのに、引用発明1が話中検出手段を備えていないことは、上述のとおりであるからである。換言すれば、原告主張の相違点は、審決認定の相違点の中に包括されているのである。
2 取消事由2(相違点についての認定判断の誤り)について
(1) 原告は、引用発明3は、電話回線がチェックされ回線が使用中であるときには、異常信号を送信するために、単に、電話回線を電話機側から装置側へ切り換えるというものにすぎないのであって、切換え機能が直ちに強制開放を行う機能を随伴するものではない旨主張する。
しかし、原告のこの主張は、本件第1発明の容易推考性との関係では、主張自体失当というべきである。なぜなら、仮に、原告主張のとおりであったとしても、①引用発明3が、警報状態発生に応じて、話中であるか否かを調べ、話中でないときは、話中の強制解放に関係するいかなる手段も経ることなく、異常を通報し、話中であるときは、それが正確にはどのようなものであるにせよ、いずれにせよ、話中でないときとは異なる手段をとる(少なくとも、使用中の電話が装置設定の家からのものであるときは、使用者から回線を捕捉(seize)する。)ものであることは原告も認めるところであり、他方、②話中であることを前提にした場合、その強制解放に関しては、本件第1発明と同じ手段が引用発明1に存在することも、当事者間に争いがない前記一致点から明らかであり、さらに、③引用発明1、3のいずれも同じ異常通報装置という技術分野に属することも明らかである以上、両発明を組み合わせて原告主張の本件第1発明(本件第1発明が話中でない場合にも係わるか否かについては争いがある。)と同じものにすることは、当業者の容易にできることというほかないからである。
(2) ためしに、原告の上記主張自体の当否につき検討してみると以下のとおりである。
(イ) 甲第6号証によれば、引用例3には、「このシステムは、警報状態に応答して消防署、警察署などの適当な当局への呼出しを自動的にかつ速やかに開始することもできる。」(表紙右欄15行目~18行目)、「本発明による遠隔状態報告システムの動作を、図4からなるフローチャートを参照して説明する。」(8欄43行目~46行目)、「参照符号160によって指定された開始点から、ステップ161で火災検知器接点に問い合わせ、ステップ162で強盗警報接点に問い合わせ、ステップ163で電力障害接点に問い合わせ、ステップ164で水圧接点に問い合わせる。これらのステップのうちのどれかで接点が閉状態である場合、点Aで以下で説明する適当な呼出しサイクルが開始される。」(8欄65行目~9欄4行目)、「ステップ161ないし164のうちのいずれかで結果が肯定的であったために点Aへの分岐が行われた場合、発呼サイクルが開始される。ステップ200で電話回線がチェックされ、回線が使用中であるかどうかが調べられる。使用中である場合、その使用中の呼が装置設定の家からのものであると仮定すると、回線は使用者から捕捉(seize)される。ステップ202で、回線切替えが起動され、ステップ203で、ダイヤル・トーンが受信できるように、所定の時間間隔、たとえば3秒間、待機する。次いでステップ204ないし207で、ステップ161ないし164のうちのどれで呼出しサイクルが開始されたかに応じて、消防署、警察署、電力会社、または水道会社がダイヤルされ、フロー経路はこれらに対応してそれぞれ、実線、破線、点線、およびセンターラインで示されている。」(9欄47行目~60行目)との記載があることが認められる。また、FIG.4Dには、ステップ200で「電話回線は使用中か」が調べられ、回線が使用中の場合には、ステップ201で「ユーザ」から回線を捕捉する」を起動したうえで、ステップ202に行き、「フックスイッチを上げる」を起動し、続いて、ステップ203で「ダイヤルトーンをタイムアウトさせる」の作業に移り、消防署、警察署、電力会社又は水道会社にダイヤルすることが示されている。
上記記載によれば、引用例3の遠隔状態報告システムは、火災検知器接点、強盗警報接点、電力障害接点、水圧接点のいずれかで接点が閉状態となった場合には、発呼サイクルが開始され、ステップ200で電話回線が調べられ、回線が使用中である場合には、これを使用者から捕捉(seize)し、続いて、ステップ202で回線を切り替え、ステップ203で待機した後に、消防署、警察署、電力会社又は水道会社にダイヤルされるというものであり、したがって、引用発明3は、電話回線が使用中であるときには、その回線を強制的に開放するものと認められ、本件第1発明にいう話中検出回路を有するものである。
(ロ) この点についての原告の主張は、次のとおり、いずれも採用することができない。
原告は、引用発明3は、回線を強制的に開放するものでなく、単に回線を電話機側から装置側へ切り換えるに過ぎない旨主張する。しかし、上記認定のとおり、ステップ203で待機した後に消防署、警察署、電力会社又は水道会社にダイヤルされるというものである以上、その前に、電話回線から話中の電話機が切り離され、強制解放されていることは明らかであるから、原告の上記主張は、採用することができない。
また、原告は、話中の回線を強制開放するためには所定の時間が必要であるのに、ステップ201には時間的要素の記載がないから強制開放されない旨主張する。
しかし、甲第12号証及び弁論の全趣旨によれば、話中の回線を強制開放するために、電話施設提供業者の定めるところなどとの関係で、所定の時間が必要であることは当業者に周知の事項であると認められ、それを前提にすると、引用例3が、ステップ201の捕捉の説明において時間的要素について言及していないからといって、これが強制開放に当たらないということはできない。
その余の、引用発明3が強制開放を行わないことに関する原告の主張も、採用の限りでない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
仮に、本件第1発明が、原告主張のとおり、話中でないときについても規定するものであったとしても、その本件第1発明の構成が引用発明1、3から容易に推考できるものであることは既に述べたとおりである。そして、原告主張の作用効果は、本件第1発明の構成の自明の効果にすぎず、特許性の根拠となるべきいかなる顕著性も、そこには認めることができない。
原告の主張は採用を得ない。
4 取消事由4(手続の瑕疵)について
原告は、特許庁が、被告提出の平成8年8月23日付けの審判事件弁駁書及び引用例3の翻訳の追加部分の副本を原告に送達せずに審判をしたとの理由で、審判手続に違背があって取り消されなければならない旨主張する。
(1) 甲第11号証の1、2、甲第13号証によれば、特許庁が、被告が平成8年8月23日付けで提出した審判事件弁駁書(甲第11号証の1)及び引用例3の翻訳の追加部分(3欄3行目~12行目、5欄19行目~29行目及び7欄3行目~42行目)(甲第11号証の2)の副本を原告に送達せず、原告に意見を申し立てる機会を与えないままに審決をしたことは、明らかである。
(2) 平成8年6月26日法律第110号による改正前の特許法151条が準用する同日法律第109号による改正前の民事訴訟法311条は、「書証ノ申出ハ文書ヲ提出シ又ハ之ヲ所持スル者ニ其ノ提出ヲ命セムコトヲ申立テ之ヲ為スコトヲ要ス」と規定し、平成8年12月17日最高裁判所規則第5号による改正前の同規則139条は、「文書を提出して書証の申出をするには、同時に、その写2通(相手方の数が2以上であるときは、その数に1を加えた通数)を提出しなければならない。」と規定している。特許法134条1項は、「審判長は、審判の請求があったときは、請求書の副本を被請求人に送達し、相当の期間を指定して、答弁書を提出する機会を与えなければならない。」と規定し、同法施行規則4条は、「書面を提出する場合において、相手方があるときは、相手方に送付するために必要な数の副本を提出しなければならない。」、同2条2項は、「委任状、国籍証明書その他の書面であって、外国語で書いたものには、その翻訳文を添附しなければならない。」と規定している。
以上の諸規定によれば、無効審判の手続において、請求書の副本が被請求人に送達され、被請求人から答弁書が提出されていても、その後、請求人から新たな無効理由等の主張を記載した書面ないしこれに関する証拠が提出されたならば、特許庁は、上記書面等は審判請求書の一部となるものとして、その副本を被請求人に送達し、これに対する意見の陳述や証拠の提出等防御の機会を与えなければならず、このことは外国語で書かれた書証の翻訳文が提出された場合においても同様であり、これを怠った場合には、審判手続に瑕疵があり、その瑕疵は、一般的にみて審決の結論に影響を及ぼすものであったものというべきであり、審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであるといった特別の事情がない限り、審決は、取消しを免れないものというべきである。
(3) そこで、次に、本件において上記特別の事情が認められるか否かを検討する。
審決において、審判事件弁駁書(甲第11号証の1)が検討され、引用例3の翻訳の追加部分(甲第11号証の2)が、他の証拠と相まって、本件第1発明の容易推考性を認定する判断の資料の一部とされていることは、審決の理由の記載自体から明らかである(審決の理由中に、引用例3の翻訳の追加部分に係る引用例3の3欄3行目~12行目、5欄19行目~29行目及び7欄3行目~42行目が引用されている。)。
しかしながら、審決の理由を精査すると、審決は、無効審判請求時に提出された引用例3の翻訳の抜粋(甲第6号証)と上記引用例3の翻訳の追加部分から、引用例3には、火災検出器接点が閉じたとき電話回線が使用中であるかを調べ、使用中であれば、使用者から回線を捕捉し回線切換を起動し、使用中でなければ通常の電話と同様に、異常を通報することが記載されているから、引用発明3も、本件第1発明の「話中検出手段」を有すると認定しているが、同認定は、前記2(2)で認定したとおり、無効審判請求時に提出された引用例3の翻訳の抜粋(甲第6号証)によって優に認定し得るものであって、甲第11号証の2は、いわば、無効審判請求時に提出された引用例3の翻訳の抜粋(甲第6号証)をより詳細に説明している部分であって、上記審決の認定に必要なものであったとはいえない。
のみならず、本件第1発明は、引用発明3の構成として原告自身も認めるものと引用発明1から容易に推考できるものであることは、先に2の(1)で述べたとおりである。
そうすると、いずれにせよ、前記瑕疵は、審決の結論に影響を及ぼさないことが明らかであると認められるから、取消事由4は、審決を取り消す理由として採用することができない。
5 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。
よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)