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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)2号 判決 1998年3月04日

東京都品川区東品川4丁目11番34号

原告

株式会社東洋製作所

代表者代表取締役

上林常夫

訴訟代理人弁理士

前田清美

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

小野寺務

田中弘満

大槻清壽

小川宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成6年審判第16446号事件について、平成8年11月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成元年5月26日に名称を「人工降雪装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平1-133571号)が、平成6年8月30日に拒絶査定を受けたので、同年9月29日、これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は、同請求を平成6年審判第16446号事件として審理したうえ、平成8年11月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月4日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

降雪室の上部に、下部が降雪室と連通する雪発生室を設け、この雪発生室内に、通風性のある可撓性材製にして上部が開口する筒体よりなる雪捕捉体と、この雪捕捉体内へその上部開口部から下に向けて水を噴霧させる雪種供給用ノズルと、雪発生室内を氷点下に冷却せしめる冷却器と、冷却器からの冷却空気を前記雪捕捉体内へ上部開口部から送り込み、かつ同捕捉体を透過した空気を前記冷却器へ再び送り込んで冷却空気を雪発生室内で循環せしめる送風機を備え、雪発生室内に設けた鉛直なラック杆の無ラック部に、モータと一体をなすキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめ、しかもモータの回転軸に固嵌したピニオンを前記ラック杆のラック歯に係合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杆を挟持せしめ、かつキャリアに、キャリアの上下動によって雪捕捉体の胴部を摺動するスクレーパを設けてなる人工降雪装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、本願出願日前に頒布された刊行物である実願昭58-146930号(実開昭60-54069号公報)のマイクロフィルム(以下「引用例1」といい、そこに記載された考案を「引用例発明」という。)及び実願昭56-160180号(実開昭58-65548号公報)のマイクロフィルム(以下「引用例2」という。)にそれぞれ記載された発明、並びに昭和30年11月30日株式会社技報堂発行の別役万愛編「メカニズム」(以下「引用例3-1」という。)、特開昭62-248954号公報(以下「引用例3-2」という。)及び特開昭63-243598号公報(以下「引用例3-3」という。)に見られるように周知のピニオンとラックとからなる往復動機構及び自走機構並びにその慣用の形態である「鉛直なラック杆の無ラック部とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杆を挟持すること」に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、各引用例の記載事項、本願発明と引用例発明との一致点及び相違点の各認定並びに相違点3についての判断は認めるが、相違点1、2についての判断は争う。

審決は、相違点1、2についての判断を誤った(取消事由1、2)結果、本願発明が引用例1、2に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に発明できるとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点1、すなわち、「前者(注、本願発明)の雪種供給用ノズルは雪捕捉体の上部開口部から下に向けて水を噴射し、また、冷却空気も上部開口部から送り込むのに対し、後者(注、引用例発明)では水は氷晶捕捉体6の下部から噴霧され、冷却(低温)空気は氷晶捕捉体6の下部から供給される点」(審決書8頁7~11行)につき、「本願発明において、雪種供給用ノズルは雪捕捉体の上部開口部から下に向けて水を噴射し、また、冷却空気も上部開口部から送り込むという技術手段を採る技術課題は、従来の下部開口からの噴霧では『ノズルの設置位置が限定され、またスペースもかなり広くとらねばならない』という問題・・・を解決することにあり、他方、引用刊行物2(注、引用例2)には、a)人工雪生成装置の冷却塔7を、槽6の上側の開口部の周辺部に取り付け、b)冷却塔7の内部の上方には冷却媒体噴射手段例えば液体窒素の噴射ノズル装置9を取り付けて塔内部の下方に向けて液体窒素Aを噴射し、c)冷却塔7の上部に水の微粒子の噴射手段例えば噴射ノズル装置10を取り付けて冷却塔7の上部開口部7a及び噴射ノズル装置9の環状パイプ9aの内側を経て塔内部に向けてノズル10aから水の微粒子を噴霧し、生成された雪を冷却塔7の下側部に設けた試験装置に案内する技術が開示されているから、この試験装置の反対側、即ち、冷却塔7の上部から水の微粒子と冷却用気体を吹き込む(噴霧する)技術を、引用刊行物1(注、引用例1)に記載された人工降雪装置の流体ノズルの位置に代えて応用することは引用刊行物2の記載技術に基づき当業者が容易になしうる設計変更に相当する。・・・水の微粒子の冷却気体が冷却空気か液体窒素かの点は冷却技術の当業者にとり適宜選択できる程度の設計的事項にすぎない。」(同9頁8行~10頁16行)と判断したが、誤りである。

(1)  本願発明は、下部開口からの噴霧ではノズルの設置位置が限定され、またスペースもかなり広くとらねばならないという問題の解決に止まらず、「スクレーパ装置を簡素化できて、製造コストを低減せしめることができ、・・・スクレーパによる氷層の掻き落しも効果的に行なえる」(本願明細書3頁末行~4頁6行)こと、及び「自然の雪に近い降雪が実現される」(同9頁9~10行)ことをも技術課題とするものであり、審決は、本願発明の技術課題の一部を捉えているにすぎない。

また、本願発明は、2流体ノズルから噴霧される水(雪種)が結氷した氷晶を通風性のある雪捕捉体において氷晶層(雪層)に成長させることをベースの構造とし、この氷晶層をスクレーパによって掻き取ることにより、雪片の自重で降下する自然の雪らしい人工雪を生成するものである。これに対し、引用例1には雪捕捉体において氷晶を成長させることをベースとした人工降雪装置が開示されているものの、引用例2に記載された発明には、雪捕捉体で氷晶を成長させる着想及び構造はなく、単に、冷却塔内で水の微粒子を液体窒素で冷却するにすぎないから、冷却塔内を飛翔する小さな氷晶が生成されるに止まり、氷晶層にまで成長させた自然の雪らしい人工雪を降らせることは不可能である。

したがって、引用例2に記載された技術を引用例発明に応用して本願発明の構成とすることが容易であるとする審決の判断は誤りである。

(2)  のみならず、引用例2に記載された発明のように、噴霧された水の冷却手段として液体窒素を用いる場合には、通常、液体窒素はボンベに充填されて供給されるので、運搬を含むボンベの交換作業が煩わしく、かつ交換の間、運転を中止しなければならないから、室内降雪場等で長時間降雪状態を持続させることができない。また、噴霧ノズル装置から噴霧される水の微粒子が液体窒素の噴射ノズル装置に直接噴霧されることのないよう調節する必要があるため、雪生成空間が制約され、室内の人工降雪広場等の広い空間に多量の人工雪を降らせることは困難である。さらに、冷却手段に液体窒素を使用すると、噴霧された液体窒素が窒素ガスとなり、降雪室内の空気中の酸素が窒素ガスと置換されて降雪室内の酸素濃度が低下し、酸素欠乏状態となることが明らかである。空気中には通常、体積比で20%強の酸素が含まれているが、その濃度が15%以下となると人命に危険を及ぼすものであり、室内降雪場のような設備において液体窒素を冷却に用いることは、安全性の面で到底採用できるものではない。

これに対し、本願発明において、噴霧された水の冷却に用いるのは冷却器によって生成された冷却空気であるから、上記のような問題は生じない。

したがって、「水の微粒子の冷却気体が冷却空気か液体窒素かの点は冷却技術の当業者にとり適宜選択できる程度の設計的事項にすぎない。」とした点においても審決の判断は誤りである。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点2、すなわち、「前者(注、本願発明)では、雪発生室内に設けた鉛直なラック杆の無ラック部に、モータと一体をなすキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめ、しかもモータの回転軸に固嵌したピニオンを前記ラック杵のラックに係合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杯を挟持せしめてスクレーパを上下動させているのに対し、後者(注、引用例発明)では殴打体を直線運動させるとしているものの具体的方向及び運動機構にまで言及していない点」(審決書8頁13行~9頁1行)につき、「引用刊行物3-1(注、引用例3-1)を例示した如くピニオン・ラックによる往復動機構は当業者によく知られた技術であり、ブラシを所要範囲に移動させる技術においてもピニオンとラックとからなる自走機構を備えたものは引用刊行物3-2及び3-3(注、引用例3-2及び同3-3)の記載にみられる如く・・・機械一般の当業者によく知られた機構であるから、ピニオン・ラックによる往復動機構をブラシの往復動機構として採る点に格別発明と言えるものはない。・・・さらに、本願発明の如く、鉛直なラック杆(の無ラック部)とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杆を挟持することは、ピニオンとラックによる往復動機構として慣用の形態・・・であり、これを採ることは当業者にとり適宜選択しうる程度の設計的事項にすぎない。・・・本願発明でいうピニオンとラックによる往復動機構を用いて人工雪発生装置のスクレーパの上下動を達成した点を総じてみても、当業者にとり、上記したブラシの移動技術及びピニオンとラックによる往復動機構の慣用の形態に基づいて容易になしうる設計変更の範囲を出ない。」(同10頁18行~12頁13行)と判断したが、誤りである。

すなわち、引用例3-1に示されたピニオン・ラックによる往復動機構が機構学上よく知られたものであることは認めるが、本願発明のスクレーパ上下動機構は、モータの正逆駆動によりピニオンが回転してラック杆をよじ登り、降りてくる自走式のものであり、筒状の雪捕捉体に生成された氷晶層を掻くことにより、自重で降下できる雪片の自然の雪のような人工雪を降らせることのできるものであって、雪捕捉体と一体不可分となって他に類例を見ない人工降雪装置を構成するものである。

これに対し、引用例3-2には排気ダクト及びその清掃方法、引用例3-3には気化器の自動清掃装置が開示されており、いずれも本願発明とは技術分野が異なるだけでなく、そのピニオン・ラックによる移動機構も本願発明のスクレーパ上下動機構と構造、機能を異にするものであるから、本願発明のキャリアに直ちに応用できるものではない。

さらに、審決が、キャリアの嵌合部とピニオンとでラック杆を挟持することがピニオンとラックによる往復動機構として慣用の形態であるとする根拠として引用する特開昭51-64016号公報、実願昭58-187745号(実開昭60-95294号公報)のマイクロフィルム、実願昭59-50984号(実開昭60-161680号公報)のマイクロフィルム、特開昭60-226962号公報、実願昭61-40298号(実開昭62-150944号公報)のマイクロフィルム、実願昭62-161408号(実開平1-68275号公報)のマイクロフィルムにそれぞれ記載されているピニオン・ラック機構も、いずれも人工降雪装置用のものではないうえ、スクレーパに相当する構成もなく、本願発明の人工降雪装置とは技術分野を異にし、これに応用できるものではない。

このように、審決が引用するピニオン・ラック機構は、いずれも人工降雪装置用のものとは無縁で、本願発明とは発明の属する技術分野を異にするものであり、当業者において容易に人工降雪装置に応用できるものではない。技術は、全く独創的なものは別として、従来技術の巧みな利用、積み重ねによって段階的に発展し、産業の発達に寄与できるのであり、本願発明には進歩性が認められるべきである。このことは、雪捕捉体をベースとした人工降雪装置の考案に係る実用新案登録出願の公告又は公開(甲第23~26号証)、及び雪捕捉体の周囲を上下のスクレーパが時間的位相差をもって往復動する人工降雪装置の発明に係る特許出願の公告(甲第20号証)の後に、雪捕捉体を備え、その周囲を、ラック杆に沿って自走するピニオン・ラック機構のキャリアによって保持される上下の胴スクレーパが時間的位相差をもって往復動する人工降雪装置の考案(甲第21号証)に係る実用新案登録出願がなされ、その設定登録がなされた事例があることに照らしても明らかである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  本願発明における「スクレーパ装置を簡素化できて、製造コストを低減せしめることができ、・・スクレーパによる氷層の掻き落としも効果的に行なえる」ようにするとの技術課題は、頂部用スクレーパ装置を不要とすることによって達成されるものである(本願明細書3頁17行~4頁2行)が、引用例発明においても、頂部用スクレーパ装置が不要とされているから、上記課題が解決されることが明らかである。また、引用例1に「出願人会社では、人工的に作出せしめた氷晶を捕捉体で集合拡大せしめて雪層を形成し、その雪層をスクレーパにて掻き落すことにより自然のものに近い状態の雪片に生成せしめて雪を降らせることができるようにした人工降雪装置をさきに開発した。本考案は前記装置をさらに改良することにより、・・・雪層を弾性材よりなる殴打体にて叩くことにより雪片状に剥離せしめて降雪せしめるようにした」(甲第9号証1頁末行~2頁10行)と記載されているとおり、引用例発明においても「自然の雪に近い降雪が実現される」との技術課題が達成されるものである。

本願発明が、雪種供給用ノズルを雪捕捉体上部開口から下に向けて水を噴霧させるように配置し、併せて冷却空気を雪捕捉体上部開口から送り込む構成をとるのが、従来の下部開口からの噴霧では「ノズルの設置位置が限定され、またスペースもかなり広くとらねばならない」(本願明細書3頁13~15行)という問題を解決するためであることは審決の認定のとおりである。そして、引用例発明の雪種供給用ノズルの設置位置及び方向、並びに冷却空気の送り込み方向に代えて、引用例2に記載された人工雪発生装置において、液体窒素の噴射ノズル装置及び水の微粒子の噴射ノズル装置を冷却塔の上部から下部に向け配置する技術を採用することは、当業者にとり容易になしうる設計変更に相当するものである。

また、原告は、引用例2に記載された発明は、冷却塔内で水の微粒子を液体窒素で冷却するにすぎないから、冷却塔内を飛翔する小さな氷晶が生成されるに止まり、氷晶層にまで成長させた自然の雪らしい人工雪を降らせることは不可能であると主張するが、審決が引用例2から引用するのは液体窒素の噴射ノズル装置及び水の微粒子の噴射ノズル装置を冷却塔の上部から下部に向けて配置する点のみであり、主張の部分を引用するものではない。

(2)  さらに、審決が「水の微粒子の冷却気体が冷却空気か液体窒素かの点は冷却技術の当業者にとり適宜選択できる程度の設計的事項にすぎない。」としたのは、冷却空気及び液体窒素による冷却技術は、共に当業者によく知られた技術であり、どちらを採用しても、噴霧された水を冷却するという機能に基本的な差異を有するものではないから、この点の差異をもって引用例2に記載された技術を引用例発明に応用できないというものではないという趣旨であり、審決のこの点の判断に誤りはない。

2  取消事由2について

審決が引用する引用例3-1のほか、昭和52年7月15日発行の社団法人日本機械学会編「機械工学便覧(改訂第6版)」(乙第1号証)及び昭和16年2月15日発行の芦葉清三郎著「機械運動」(乙第2号証)に記載されているとおり、動力伝動・移動機構としてピニオンとラックによるものは、人工降雪装置の分野を含めた機械分野の当業者によく知られた基礎技術の一である。

そして、引用例1には「殴打体6は直線運動させられる機構のものでよく」(甲第9号証5頁5~6行)と記載されており、殴打体(本願発明の「スクレーパ」に相当する。)の直線運動機構として、特に人工降雪装置であることによる特有の構成、構造を見出すことができず、また直線運動させられる機構として特に限定もないから、引用例発明における殴打体の直線運動機構は人工降雪装置以外の分野でよく知られた一般的な機構学上のものを使用することができると解される。

したがって、引用例発明における殴打体(ブラシ)の上下動機構として、ピニオンとラックによる上下動機構をとることが、当業者にとって格別の発明力を要するものということはできない。

原告は、引用例3-2、同3-3に開示された発明が本願発明とは技術分野を異にし、本願発明のキャリアに直ちに応用できるものではないと主張するが、審決は、同引用例から、ピニオンとラックからなる往復動機構をブラシの往復動機構として用い、かつキャリア(引用例3-2の「ブラケット10」、同3-3の「ガイドフレーム6」に相当する。)に自走のための駆動源を設けるという周知技術を引用したものである。そして、本願発明も、同引用例に記載された技術も、共に付着物の除去というブラシの機能を果たすためにブラシの移動機構を備えているもので共通しており、かつ本願発明のピニオンとラックからなる移動機構は特に人工降雪装置の上下動機構として格別の設計を加えたということもできないから、当業者にとって、機能及びそのための構成を同じくする技術を単に特定の分野に応用したというにすぎず、発明といえるものはない。

また、審決の引用する特開昭51-64016号公報、実願昭58-187745号(実開昭60-95294号公報)のマイクロフィルム、実願昭59-50984号(実開昭60-161680号公報)のマイクロフィルム、特開昭60-226962号公報、実願昭61-40298号(実開昭62-150944号公報)のマイクロフィルム、実願昭62-161408号(実開平1-68275号公報)のマイクロフィルムに記載されているとおり、ラックとピニオンからなる往復動機構の具体的な構成として、鉛直なラック杆の無ラック部とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめてキャリアの嵌合部とピニオンとで挟持する技術は、特定の用途あるいは技術分野に偏ることなく広く用いられており、機械設計の当業者によく知られている。

したがって、この技術を、本願発明の人工降雪装置のような特定の分野に単に応用することは、当業者にとって適宜選択しうる程度の設計的事項であるにすぎない。単に技術分野が異なることのみをもって、上記技術を人工降雪装置に応用することができないとする原告の主張は失当である。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について

(1)  本願明細書(甲第2号証)には、「従来技術とその問題点」として、「出願人会社がさきに開発した人工降雪装置は・・・雪捕捉体内へ下部開口部より氷点下の冷却空気を送り込むとともに2流体ノズルにて霧状に水を噴霧し、空気の断熱膨張作用にて霧を瞬時に凍結させ氷晶を形成せしめる。氷晶は雪捕捉体内の上昇気流によって雪捕捉体内面(内側面および頂部内面)に付着し、成長して氷層となり、この氷層を、雪捕捉体の外面で摺動するブラシ等のスクレーパで機械的に掻き取ることにより、ある程度の粒の雪粒子として剥離し、これにより降雪状態が実現される」(同号証2頁2~14行)こと、「この従来技術ではスクレーパに雪捕捉体の胴部用と頂部用のものが必要である。・・・スクレーパによる掻取作用は、・・・捕捉体が充分撓むことによりブラシが圧接して摺動すると、ブラシの毛の弾性によって捕捉体を叩く作用が生れ、氷層は氷片に剥離され、雪となって落下する。・・・頂部上面においては成形上充分に捕捉体が撓む状態は得られず、・・・雪の剥離落下が効果的に行なわれず、不充分な雪粒子となってしまう。また、ノズルの位置は、下方より雪捕捉体の下部開口を目がけて噴霧するようになるため、うまく噴霧が全部下部開口に入るように位置を決めねばならないため、ノズルの設置位置が限定され、またスペースもかなり広くとらねばならない。」(同頁16行~3頁15行)ことが指摘されたうえ、「発明の目的」として、「本発明は、・・・頂部用の水平摺動スクレーパは必要でなく、したがって、スクレーパ装置を簡素化できて、製造コストを低減せしめることができ、・・・スクレーパによる氷層の掻き落しも効果的に行なえる人工降雪装置を提供できるようにした。」(同頁17行~4頁7行)ことが挙げられ、さらに「発明の効果」として、「本発明によれば、・・・上部を水平回転等する上部摺動スクレーパは不要で、装置全体を簡素化でき、製造コストを低減できる。また、雪捕捉体内には上部開口部から下向きに雪種が供給されるが、雪種は霧として吹き出されるので、・・・瞬時のうちに氷晶となって雪捕捉体で氷層に成長し、この氷層が胴スクレーパによって氷片に掻き落されて、自然の雪に近い降雪が実現される。」(同8頁19行~9頁10行)ことが記載されている。

他方、引用例1に、「氷点下の温度の低温な雪発生室内に、浮漂する氷晶を捉えて雪層に生成せしめる可撓性を有する下部開口の筒状体よりなる氷晶捕捉体を設けて、この捕捉体に、これにて成長した雪層を弾性復元作用によって叩いて捕捉体から雪片状に剥離せしめて移動する弾性繊条の集合体よりなる弾性殴打体を設けたことを特徴とする人工降雪装置」(審決書4頁2~8頁)である引用例発明が記載され、その実施例において、雪発生室に「流体ノズル3、冷却器4、及び送風機5を設けてあり、水は氷晶捕捉体6の下部から噴霧され、冷却(低温)空気は冷却器4及び送風機5により氷晶捕捉体6の下部から供給され氷晶捕捉体6を透過して循環すること」(同頁13~17行)、「氷晶捕捉体6は、・・・筒状体(上部開口)としてあり下部は降雪室2と連通していること」(同頁末行~5頁3行)との記載があることは当事者間に争いがなく、引用例1(甲第9号証)には、さらに、「出願人会社では、人工的に作出せしめた氷晶を捕捉体で集合拡大せしめて雪層を形成し、その雪層をスクレーパにて掻き落すことにより自然のものに近い状態の雪片に生成せしめて雪を降らせることができるようにした人工降雪装置をさきに開発した。本考案は前記装置をさらに改良することにより、・・・雪層を弾性材よりなる殴打体(「殴打体」と本願発明の「スクレーパ」とが表現上の差異にすぎないことは当事者間に争いがない。)にて叩くことにより雪片状に剥離せしめて降雪せしめうるようにした」(同号証1頁末行~2頁10行)、「殴打体6は直線運動させられる機構のものでよく、したがって、殴打体の作動機構を簡素化できて、装置費用の低減化を期せる」(同号証5頁5~8行)との記載があり、その第1、第2、第5図には、捕捉体の胴部を摺動する殴打体が記載されている。

これらの記載及び前示本願発明の要旨に照らせば、本願発明は、雪捕捉体の上部(頂部)で水平摺動するスクレーパを不要とすることにより、「スクレーパ装置を簡素化できて、製造コストを低減せしめることができ、・・・スクレーパによる氷層の掻き落しも効果的に行なえる」との課題を解決し、また、噴霧した霧状の水を氷晶とし、雪捕捉体で氷層に成長させたうえ、胴スクレーパで掻き落とすことにより、「自然の雪に近い降雪が実現される」との課題を達成するものであることが認められるが、同様に、引用例発明においても、雪捕捉体の上部(頂部)殴打体を不要とすることにより、その装置の簡素化、費用低減化及び雪層の効果的な剥離が達成され、氷晶を捕捉体にて雪層に生成したうえ、殴打体で剥離させることにより、自然の雪に近い降雪が実現されることが認められるから、本願発明が、引用例発明との相違点である「雪種供給用ノズルは雪捕捉体の上部開口部から下に向けて水を噴射し、また、冷却空気も上部開口部から送り込む」との技術手段を採用したのは、「ノズルの位置は、下方より雪捕捉体の下部開口を目がけて噴霧するようになるため、・・・ノズルの設置位置が限定され、またスペースもかなり広くとらねばならない。」との問題を解決するためであることが認められ、審決のこの点の判断に誤りはない。

ところで、引用例2に「制動子制動試験用人工雪生成装置」(審決書5頁15行)が記載され、その実施例において、「冷却塔7の内部の上方には冷却媒体噴射手段例えば液体窒素の噴射ノズル装置9を取り付けてあり、塔内部の下方に向けて液体窒素Aを噴射できるようにしてあること」(同5頁20行~6頁3行)、「冷却塔7の上部に水の微粒子の噴射手段例えば噴射ノズル装置10を取り付け、冷却塔7の上部開口部7a及び噴射ノズル装置9の環状パイプ9aの内側を経て塔内部に向けてノズル10aから水の微粒子を噴霧出来るようにしてあること」(同頁5~9行)との記載があることは当事者間に争いがなく、引用例2(甲第10号証)には、さらに、「生成された雪Dは冷却塔7の下側部に設けられた案内部8や冷却塔の内壁に付着するのでこれら案内部8や塔壁を外部から振動させる等により案内部の排出口8aから制輪子3の近傍に雪Dを落して堆積させる」(同号証5頁17行~6頁1行)ことが記載されている。

そして、これらの記載によれば、引用例2には、冷却塔の上部に、水の微粒子を塔内部に向けて噴霧する噴霧手段と、液体窒素等の冷却媒体を搭内部の下方に向けて噴射する噴射ノズル装置等の噴射手段とを取り付け、水の微粒子を雪に生成させたうえ、排出口から落下させて堆積させる人工雪生成装置が開示されていることが認められ、噴霧及び供給を捕捉体下部から行う引用例発明の水噴霧装置及び冷却空気供給装置に代えて、引用例2に記載された水噴霧手段及び冷却媒体噴射手段を適用することは、当業者において容易に想到できるものと認められる。

原告は、引用例2に記載された発明には、雪捕捉体で氷晶を成長させる着想及び構造はない旨主張するが、氷晶を捕捉体において雪層に生成する技術手段が引用例発明で採用されていることは前示のとおりであり、審決が、冷却媒体の噴射ノズル装置及び水の微粒子の噴射ノズル装置を冷却塔の上部から下部に向けて配置する点のみを引用例2から引用するものであることは、その記載から明らかである。

(2)  また、原告は、噴霧された水の冷却手段として液体窒素を用いることは、ボンベの交換に伴う運転中止等の事態が生ずるほか、酸素欠乏の危険性があって室内降雪場のような設備においては採用できないから、「水の微粒子の冷却気体が冷却空気か液体窒素かの点は冷却技術の当業者にとり適宜選択できる程度の設計的事項にすぎない。」とした審決の判断が誤りである旨主張するが、引用例2(甲第10号証)に記載された発明は、「冷却搭と、該冷却搭内に水の微粒子を噴霧する噴霧手段と、前記冷却塔内に冷却媒体を噴射して該冷却塔内の雰囲気の温度を低下させよって前記水の微粒子を雪に生成せしめるための冷却媒体噴射手段と、これら生成された雪を車輛用制輪子部分に案内して積雪せしめるための前記冷却搭の下側部に設けられた案内手段とを配置して成る制輪子制動試験用人工雪生成装置」(同号証実用新案登録請求の範囲)というものであり、その実施例に「冷却塔7の内部の上方には冷却媒体噴射手段例えば液体窒素の噴射ノズル装置9を取り付けてあり」との記載があることは前示のとおりであって、これらの記載によれば、引用例2は、その実施例において、水の微粒子を雪に生成せしめるための冷却媒体として液体窒素を例示したものにすぎず、冷却空気等の液体窒素以外の冷却媒体を排除するものでないことは明らかである。

そうすると、前示のとおり、引用例1の実施例に「冷却(低温)空気は冷却器4及び送風機により・・・供給され」との記載があり、他方、引用例2の実施例において冷却媒体として液体窒素が例示されているからといって、引用例2に記載された前示技術手段を引用例発明に適用することの妨げとなるものとはいえず、審決の前示記載はそのことを注意的に述べた趣旨である。にすぎないものと認められる。

したがって、相違点1についての審決の判断に原告主張の誤りはない。

2  取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について引用例1に、引用例発明の「殴打体6は直線運動させられるものでよい」(審決書5頁12~13行)との記載があることは当事者間に争いがないところ、引用例1(甲第9号証)には、該記載を含んで、「本考案によれば、捕捉体6に生成された雪層は弾性殴打体7によって叩かれて、いわば振い落されるわけであるが、殴打体6は、移動時の変形に対する弾性反揆力に基く復元作用によって捕捉体を叩くので、殴打体6は直線運動させられる機構のものでよく、したがって殴打体の作動機構を簡素化できて、装置費用の低減化を期せる人工降雪装置を提供できる。」(同号証5頁1~8行、ただし、「弾性反揆力」が「弾性反撥力」の誤記であることは当事者間に争いがなく、また「殴打体6」とあるのは「殴打体7」の誤記であると認められる。)との記載があり、この記載と同引用例の図面第1図、第2図及び第5図(いずれも昭和59年12月21日付手続補正書による補正後のもの)とによれば、引用例発明において、弾性殴打体の直線運動の方向が捕捉体の配置に沿った上下方向であること、殴打体の作動機構としては、費用の掛からない通常一般の直線運動機構で足りるものであることが認められる。

他方、引用例3-1に示されたピニオンとラックによる直線運動機構が機構学上よく知られたものであることは当事者間に争いがない。

また、引用例3-2(甲第12号証)には、「両側に水平部及びフランジ部を連設して成る樋状の上半部分と下半部分とを上下に対向し、上下両部分のフランジ部分にて結合して所要長の円形ダクトとすると共にこのダクト内側面にガイド溝を形成し、かつこのガイド溝の少くとも一方に清掃機走行用の手段を配設してる排気ダクト」(同号証特許請求の範囲第1項)が記載され、その実施例に、「この清掃機Cは・・・ブラケット10と、このブラケットに設ける動力装置、清掃具、駆動装置などより構成される。・・・この動力装置12のモータは正逆転回転可能な方式を用い、・・・動力装置12にてピニオン13が駆動されるとこのピニオン13はガイド溝内のラック9に係止されているので清掃具Cを前進又は後進させるものである。」(同3頁左下欄1~末行)との記載があり、さらに、引用例3-3(甲第13号証)には、「並列する気化器パネル間に該パネル間を縫うように蛇行するレールを架設し、このレールにパネル面に当接する回転ブラシを有する清掃機を走行自在に設けたことを特徴とするオープンラック式気化器の連続レールによる自動清掃装置」(同号証特許請求の範囲)が記載され、その実施例に、「ガイドフレーム6内に走行用のエアモータ7を収納し、該モータ7に駆動用車輪8を連結する。・・・この車輪8は外周に歯を形成したピニオン形式のものであり、一方、レール3に長さ方向にラック9を・・・設け、前記車輪8はこのラック9に噛合させた。」(同2頁左下欄4~10行)、「エアモータ7を始動すれば、車輪8が回転し、・・・清掃機はレール3に沿ってパネル1面を横移動する。・・・1つのパネル1、1間を清掃したならば・・・今度は反対側から同様に清掃を行う。」(同3頁左上欄2~11行)との記載がある。

そして、これらの記載によれば、キャリア(ブラケット、ガイドフレーム)に一体に設けられた動力装置(モータ)によって回転駆動されるピニオンとラックとからなる自走式の往復動機構も、機械技術の各分野において応用される周知慣用の技術であることが認められる。

そうすると、引用例1に記載された人工降雪装置の殴打体の上下動機構として、かかるピニオンとラックとからなる自走式の往復動機構を採用することは、当業者において容易に想到することができるものと認められる。

さらに、審決が引用する特開昭51-64016号公報(甲第14号証)には糸条直接紡糸延伸捲縮加工装置が、実願昭58-187745号(実開昭60-95294号公報)のマイクロフィルム(甲第15号証)にはカメラ等の三脚のエレベータ装置が、特開昭60-226962号公報(甲第17号証)には仮設支柱の組立解体工法が、実願昭61-40298号(実開昭62-150944号公報)のマイクロフィルム(甲第18号証)には着座用シートの床面高さを調整する補助装置が、実願昭62-161408号(実開平1-68275号公報)のマイクロフィルム(甲第19号証)にはトレーラーの支持脚昇降機構がそれぞれ記載されているところ、そのいずれにおいても、ピニオン・ラック機構の具体的構成として、鉛直なラック杆の無ラック部とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめてキャリアの嵌合部とピニオンとで挟持する技術が開示されているものと認められる(甲第14号証2頁左下欄15行~右下欄4行・第3図、甲第15号証4頁16行~5頁1行・6頁8~13行・第4・第5図、甲第17号証2頁右下欄14行~3頁左上欄4行・同頁右上欄9~10行・同頁左下欄6行・第5図、甲第18号証5頁19行~6頁3行・7頁15行~8頁7行・同頁11~14行・第2・第3図、甲第19号証実用新案登録請求の範囲第1項・9頁4~11行・11頁5~8行・第3図)。

したがって、ピニオンとラックとからなる往復動機構において、鉛直なラック杆の無ラック部とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめてキャリアの嵌合部とピニオンとで挟持することが、種々の機械技術の分野において利用される慣用形態であることは明白であり、そうであれば、引用例1に記載された殴打体の上下動機構として、ピニオンとラックとからなる自走式の往復動機構を採用するに当たり、そのようにしてキャリアの嵌合部とピニオンとでラック杆を挟持する具体的構成を用いることは、当業者が適宜に設計しうる事項というべきである。

原告は、審決が引用するピニオン・ラック機構は、人工降雪装置である本願発明とその属する技術分野を異にしており、当業者において容易に本願発明に応用できるものではない旨主張するが、前示のとおり、引用例1の記載上、引用例発明における殴打体の作動機構としては通常一般の直線運動機構で足りるものであることが示唆されており、他方、審決の引用する各引用例によって、ピニオンとラックとによる直線運動機構、その自走式の往復動機構、さらにその具体的構成として鉛直なラック杆の無ラック部とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめてキャリアの嵌合部とピニオンとで挟持することが、ともに一般の機械技術の分野において周知慣用の技術であることが認められる(ピニオンとラックによる直線運動機構が周知であることは原告も争わない。)のであるから、引用例発明の殴打体の作動機構として上記の各周知慣用技術を採用して本願発明の構成とすることは、人工降雪装置の当業者において容易になしうるものといわなければならない。

なお、原告の主張する実用新案登録出願(甲第21号証)に対し設定登録がなされた事例は、本件と事案を異にするものであって、その設定登録がなされたからといって、本願の進歩性の有無の判断に直ちに影響を及ぼすものということはできない。したがって、かかる事例が存在するからといって、本願につき進歩性が認められるべきであるとする原告の主張は、それ自体失当である。

そうすると、相違点2についての審決の判断に原告主張の誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成6年審判第16446号

審決

東京都品川区東品川四丁目11番34号

請求人 株式会社東洋製作所

東京都台東区東上野2-18-7 共同ビル6F

代理人弁理士 前田清美

平成1年特許願第133571号「人工降雪装置」拒絶査定に対する審判事件(平成3年1月7日出願公開、特開平3-1063)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

平成6年審判第16446号

理由

本願は、平成1年5月26日の出願であって、その特許を受けようとする発明は平成8年10月1日付の手続補正書で補正された特許請求の範囲に記載された次のとおりのものにある。

「降雪室の上部に、下部が降雪室と連通する雪発生室を設け、この雪発生室内に、通風性のある可撓性材製にして上部が開口する筒体よりなる雪捕捉体と、この雪捕捉体へその上部開口部から下に向けて水を噴霧させる雪種供給用ノズルと、雪発生室内を氷点下に冷却せしめる冷却器と、冷却器からの冷却空気を前記雪捕捉体内へ上部開口部から送り込み、かつ同捕捉体を透過した空気を前記冷却器へ再び送り込んで冷却空気を雪発生室内で循環せしめる送風機を備え、雪発生室内に設けた鉛直なラック杆の無ラック部に、モータと一体をなすキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめ、しかもモータの回転軸に固嵌したピニオンを前記ラック杆のラック歯に係合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杆を狭持せしめ、かつキャリアに、キャリアの上下動によって雪捕捉体の胴部を摺動するスクレーパを設けてなる人工降雪装置。」

これに対して、当審において平成8年7月16日付で通知した拒絶の理由に引用され、本願発明の出願日前に頒布されたことは明らかな刊行物である実願昭58-146930号(実開昭60-54069号公報)のマイクロフィルム(以下、引用刊行物1という)、実願昭56-160180号(実開昭58-65548号公報)のマイクロフィルム(以下、引用刊行物2という)、別役万愛編「メカニズム」(株)技報堂(昭和30年11月30日)発行(以下、引用刊行物3-1という)、特開昭62-248954号公報(以下、引用刊行物3-2という)及び特開昭63-243598号公報(以下、引用刊行物3-3という)には次の発明が記載されている。

引用刊行物1

1.氷点下の温度の低温な雪発生室内に、浮漂する氷晶を捉えて雪層に生成せしめる可撓性を有する下部開口の筒状体よりなる氷晶捕捉体を設けて、この捕捉体に、これにて成長した雪層を弾性復元作用によって叩いて捕捉体から雪片状に剥離せしめて移動する弾性繊条の集合体よりなる弾性殴打体を設けたことを特徴とする人工降雪装置(実用新案登録請求の範囲)であって、

2.その実施例において、

a)雪発生室1は降雪室2の上部に設けること(第2頁第12~14行)、

b)流体ノズル3、冷却器4、及び送風機5を設けてあり、水は氷晶捕捉体6の下部から噴霧され、冷却(低温)空気は冷却器4及び送風機5により氷晶捕捉体6の下部から供給され氷晶捕捉体6を透過して循環すること(第2頁第15~19行、並びに、第1、2及び5図(昭和59年12月21日付手続補正書により補正))、

c)氷晶捕捉体6は、各種繊条を網状とか粗目布状に編組した通風性のものからなる筒状体(上部開口)としてあり下部は降雪室2と連通していること(第3頁第12~16行、及び、第1、2及び5図)、

d)殴打体7は、捕捉体7を雪層8面と反対側から叩き、雪層8が捕捉体7の内側に形成される場合には捕捉体7の外側に設けられること(第3頁第7~11行)、その「殴打」とは、殴打体6が強制移動させられると(例えば)ナイロン性ブラシの弾性に抗して曲成された繊条が復元力により反発転移することをいうこと(第4頁第6~20行)、及び、殴打体6は直線運動させられるものでよいこと(第5頁第1~8行)。

引用刊行物2

1. 制動子制動試験用人工雪生成装置であって、

2. その実施例において、

a)人工雪生成装置の冷却塔7を、試験装置の槽6の上側の開口部の周辺部に取り付けること(第3頁第13~18行)、

b)冷却塔7の内部の上方には冷却媒体噴射手段例えば液体窒素の噴射ノズル装置9を取り付けてあり、塔内部の下方に向けて液体窒素Aを噴射できるようにしてあること(第3頁第19行~第4頁第5行)、

c)冷却塔7の上部に水の微粒子の噴射手段例えば噴射ノズル装置10を取り付け、冷却塔7の上部開口部7a及び噴射ノズル装置9の環状パイプ9aの内側を経て塔内部に向けてノズル10aから水の微粒子を噴霧出来るようにしてあること(第4頁第6~13行)。

引用刊行物3-1

ピニオン・ラックによる往復動機構(第36~27頁、48及び49)。

引用刊行物3-2

清掃機Cに設けたピニオン13などの駆動手段をブラシ等の清掃具14の回動によって同時に駆動させ、このピニオンをラック9に係止させて清掃機Cをダクト内を走行させる排気ダクトの清掃方法。

引用刊行物3-3

(回転ブラシ13を昇降させる)ガイドフレーム内に走行用のエアモータ7を収納し、このモータ7にピニオン形式の駆動用車輪8を連結してレール3に設けられたラック9に沿って走行させるオープンラック式気化器の自動清掃装置。

本願発明と引用刊行物1に記載された技術を対比する。

後者の氷晶捕捉体6も、各種繊条を網状とか粗目布状に編組した通風性の筒状体(上部開口)からなり、冷却空気を透過させて氷晶捕捉体6に雪層を形成するものであるから、前者の雪捕捉体とその基本的構造・作用を同じくする。してみると、両者は、降雪室の上部に、下部が降雪室と連通する雪発生室を設け、この雪発生室内に、通風性のある可撓製材製にして上部が開口する筒体よりなる雪捕捉体と、この雪捕捉体へ水を噴霧させる雪種供給用ノズルと、雪発生室内を氷点下に冷却せしめる冷却器と、冷却器からの冷却空気を前記雪捕捉体内へ送り込み、かつ同捕捉体を透過した空気を前記冷却器へ再び送り込んで冷却空気を雪発生室内で循環せしめる送風機と、雪捕捉体の胴部に付着する氷雪層を剥離せしめる摺動体を設けてなる人工降雪装置である点で軌を一にし、次の3点で相違する。

相違点1

前者の雪種供給用ノズルは雪捕捉体の上部開口部から下に向けて水を噴射し、また、冷却空気も上部開口部から送り込むのに対し、後者では水は氷晶捕捉体6の下部から噴霧され、冷却(低温)空気は氷晶捕捉体6の下部から供給される点、

相違点2

前者では、雪発生室内に設けた鉛直なラック杆の無ラック部に、モータと一体をなすキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめ、しかもモータの回転軸に固嵌したピニオンを前記ラック杆のラックに係合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杆を挟持せしめてスクレーパを上下動させているのに対し、後者では殴打体を直線運動させるとしているものの具体的方向及び運動機構にまで言及していない点

相違点3

前者では、雪捕捉体の胴部を摺動するものをスクレーパとしているのに対し、後者では殴打体としている点

両者の相違点1、2、及び3について検討する。

相違点1について

本願発明において、雪種供給用ノズルは雪捕捉体の上部開口部から下に向けて水を噴射し、また、冷却空気も上部開口部から送り込むという技術手段を採る技術課題は、従来の下部開口からの噴霧では「ノズルの設置位置が限定され、またスペースもかなり広くとらねばならない」という問題(本願明細書第3頁第10~15行)を解決することにあり、他方、引用刊行物2には、a)人工雪生成装置の冷却塔7を、槽6の上側の開口部の周辺部に取り付け、b)冷却塔7の内部の上方には冷却媒体噴射手段例えば液体窒素の噴射ノズル装置9を取り付けて塔内部の下方に向けて液体窒素Aを噴射し、c)冷却塔7の上部に水の微粒子の噴射手段例えば噴射ノズル装置10を取り付けて冷却塔7の上部開口部7a及び噴射ノズル装置9の環状パイプ9aの内側を経て塔内部に向けてノズル10aから水の微粒子を噴霧し、生成された雪を冷却塔7の下側部に設けた試験装置に案内する技術が開示されているから、この試験装置のの反対側、即ち、冷却塔7の上部から水の微粒子と冷却用気体を吹き込む(噴霧する)技術を、引用刊行物1に記載された人工降雪装置の流体ノズルの位置に代えて応用することは引用刊行物2の記載技術に基づき当業者が容易になしうる設計変更に相当する。

なお、水の微粒子の冷却気体が冷却空気か液体窒素かの点は冷却技術の当業者にとり適宜選択できる程度の設計的事項にすぎない。

相違点2について

引用刊行物3-1を例示した如くピニオン・ラックによる往復動機構は当業者によく知られた技術であり、ブラシを所要範囲に移動させる技術においてもピニオンとラックとからなる自走機構を備えたものは引用刊行物3-2及び3-3の記載にみられる如く(人工雪発生装置に係る技術分野の当業者を越えて)機械一般の当業者によく知られた機構であるから、ピニオン・ラックによる往復動機構をブラシの往復動機構として採る点に格別発明と言えるものはない。

また、本願発明の具体的構成をみても、

直線運動の方向として上下動を採ることは本願発明の構成、特に筒状の雪捕捉体に鑑みれば当然想定しうる方向の一つであり、

さらに、本願発明の如く、鉛直なラック杆(の無ラック部)とキャリアに設けた縦孔の嵌合部を上下摺動可能に嵌合せしめて、キャリアの嵌合部とモータのピニオンとでラック杆を挟持することは、ピニオンとラックによる往復動機構として慣用の形態(必要なら特開昭51-64016号公報、実願昭58-187745号(実開昭60-95294号)のマイクロフィルム、実願昭59-50984号(実開昭60-161680号)のマイクロフィルム、特開昭60-226962号公報、実願昭61-40298号(実開昭62-150944号)のマイクロフィルム、レ実願昭62-161408号(実開平1-68275号)のマイクロフィルムを参照されたい)であり、これを採ることは当業者にとり適宜選択しうる程度の設計的事項にすぎない。

そして、本願発明でいうピニオンとラックによる往復動機構を用いて人工雪発生装置のスクレーパの上下動を達成した点を総じてみても、当業者にとり、上記したブラシの移動技術及びピニオンとラックによる往復動機構の慣用の形態に基づいて容易になしうる設計変更の範囲を出ない。

相違点3について

前者では雪捕捉体の胴部を摺動するものをスクレーパとし後者では殴打体としているが、具体的には両者ともブラシであり、前者でも「捕捉体が充分撓むことによりブラシが圧接して摺動すると、ブラシの毛の弾性によって捕捉体を叩く作用が生まれ、表層は氷片に剥離され、雪となって剥離する」(木願明細書第2頁第20行~第3頁第3行)というものであるから、前者を「スクレーパ」といい後者を「殴打体」とする点は表現上の差違にすぎない。

そして、相違点1、2、及び3を併せ検討しても、その作用効果は、引用刊行物1、2、及び3に記載された事項から当業者が予測しうる範囲を超えるものではない。

以上の通り、本願発明は、引用刊行物1、2、及び3に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成8年11月6日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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