東京高等裁判所 平成9年(行ケ)21号 判決 1998年10月13日
大阪市西区京町堀1丁目9番5号 第三安田ビル
原告
フジコーラル株式会社
代表者代表取締役
國田忠男
訴訟代理人弁護士
小西敏雄
同弁理士
浅野真一
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
谷口操
同
吉見京子
同
後藤千恵子
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成7年審判第11012号事件について平成8年11月27日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成3年7月19日、発明の名称を「酵素力価の安定した液体洗剤」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成3年特許願第271708号)をしたところ、平成7年4月25日に拒絶査定を受けたので、同年5月25日に審判を請求し、平成7年審判第11012号事件として審理された結果、平成8年11月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、平成9年1月13日、その謄本の送達を受けた。
2 本願発明の特許請求の範囲
直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤に、非水状態で酵素を配合してなり、ほぼ中性であり、かつ100%生分解性である、酵素力価の長期に安定した液体洗剤。
3 審決の理由
別添審決書「理由」の写のとおりである。以下、特開平2-93000号公報を審決と同様に「引用例」という。
4 審決の取消事由
審決の理由1、2は認める。同3のうち、「このような配慮を必要としない限り、直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤単独でも、あるいは、さらに、非イオン系界面活性剤を主成分とする非水系に「特に望ましい助剤」とされた酵素の配合だけでも洗剤として成立することは自明のことである。」及び「引用例の洗剤には、ビルダー等が配合されていて、生分解性の点に限れば、本願発明の方が勝るとしても、その差異は十分に予測可能であるし、洗剤に求められる上記の諸性質の良好なバランスという点からみて、本願発明が引用例のものに比較してとくに優れた効果を奏するものとすべき根拠は見いだせない。」との認定判断は争い、その余は認める。同4は争う。
審決は、ビルダー及び安定剤をなくすことの想到困難を看過し、本願発明の顕著な効果を看過した結果、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(ビルダー及び安定剤をなくすことの想到困難の看過)
審決は、「非イオン系界面活性剤を主成分とする非水系に「特に望ましい助剤」とされた酵素の配合だけでも洗剤として成立することは自明のことである。」と認定判断した。しかし、洗剤の業界においては、誰もが界面活性剤にどのような助剤を配合するか、また、いかなる安定剤を配合して洗剤の安定を図るかについて、苦心惨憺努力してきたのである。ところが、本願発明の発明者は、全く発想を逆にして、ビルダーをなくし、安定剤をなくし、直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤に、非水状態で酵素を配合することによって、従来の洗剤に比して顕著な生分解性を有し、しかも、現在望まれている環境に優しい洗剤を開発したものである。このように、発想を逆にしてビルダーをなくし、安定剤をなくすことは、想到困難であった。
(2) 取消事由2(顕著な効果の看過)
ア 審決は、「引用例の洗剤には、ビルダー等が配合されていて、生分解性の点に限れば、本願発明の方が勝るとしても、その差異は十分に予測可能であるし、洗剤に求められる上記の諸性質の良好なバランスという点からみて、本願発明が引用例のものに比較してとくに優れた効果を奏するものとすべき根拠は見いだせない。」と認定判断した。しかし、引用例記載の発明には、ビルダー及び安定剤が配合されている。そして、安定剤として使用するのに特に好適なものとして、ジイソプロピルナフタレンスルホネートがあげられている。このジイソプロピルナフタレンスルホネートの5000倍希釈液の生分解率は0.11%以下である。これに対して、本願発明の5000倍希釈液の生分解率は26.4%であるから、生分解性の点において、本願発明は、予測し得ない顕著な効果がある。
イ また、引用例記載の発明の表VIに酷似した配合の洗剤サンプルは、ノニオン成分の生分解性が87.1%、同洗剤サンプルからビルダーを除いた洗剤サンプルは89.9%であるのに対し、本願発明は、ノニオン成分の生分解性が99.9%である(いずれも、JIS-K-3363の方法による値)。これだけの差があるのは、引用例記載の発明に各種添加剤が多く含まれていることによるものである。本願発明は、この点において優れた効果があり、それが予測可能であったとはいえない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断に誤りはない。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
合成洗剤は、界面活性剤の洗浄機能により作用するものであるが、汚れの種類、被洗浄物の表面構造、あるいは洗浄水の性状などによっては、界面活性剤だけでは十分な洗浄効果が得られない場合があり、多様な使途に応じて、性能向上のための助剤を適宜に配合して製品とするのが通常である。しかし、界面活性剤の本質的な洗浄機能からして、ビルダーなどの付加的な助剤を添加しなくても、界面活性剤単独で洗浄剤として機能することは自明のことである。
特に、APE系非イオン界面活性剤は、洗剤のための汎用の界面活性剤として、また、その特性は、耐硬水性がよく、油汚れに強く、低温洗浄に強く、生分解性の点においても良好な部類に属する1つとしてよく知られていた。そうした特性に基づいて、ビルダーを極めて低減し、あるいは、ビルダー無添加としたAPE系非イオン界面活性剤配合洗剤が既に市場に流通している。
したがって、少なくとも、APE系非イオン界面活性剤を主成分とする洗剤においては、ビルダーを配合しなくても十分な洗浄力が得られることは、本願発明の出願前に当業者が熟知していたことは明らかである。
(2) 取消事由2について
ア 原告は、本願発明の洗剤と引用例記載の発明の安定剤ジイソプロピルナフタレンスルホネートを対比したうえ、本願発明の生分解率が顕著に優れていると主張する。しかし、原告がその根拠とする大阪市立工業研究所長の報告書(大工研報第575号、以下「甲第5号証報告書」という。)の供試物質である「フジコーラルⅢ」を本願発明の実施に係る製品とするには疑義がある。すなわち、本願発明は、特許請求の範囲に、「非イオン系界面活性剤に・・・酵素を配合してな・・・る・・・洗剤」と記載され、発明の詳細な説明中にも、その他の配合成分について何ら記載されていないことからみて、2成分系の洗剤と解される。ところが、上記「フジコーラルⅢ」には、界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル)80%と蛋白分解酵素(パパイン)0.1%のほかに、プロピレングリコール20%が配合されているのである。本願発明がプロピレングリコールのような通常の可溶化剤ないし溶剤を含むことができるというのであれば、本願発明は、ビルダー等、洗剤の通常の添加剤の配合をも許容することとなり、引用例記載の発明との実質的な区別がし難いものとなる。
また、生分解性は測定方法によって数値的に大いに異なるものであるところ、本願発明における「100%生分解性」の根拠となる測定方法は、明細書に示されていない。甲第5号証報告書における分解度の数値からみる限り、その測定方法が、本願発明にいう「100%生分解性」の根拠となる測定方法に当たらないことは明らかであるから、これを根拠とする対比は適正なものではない。
原告は、引用例記載の発明中の少量成分である安定剤ジイソプロピルナフタレンスルホネート自体の分解度を示すものであって、引用例記載の発明の分解度を示すものではないから、それと本願発明との数値差をもって、本願発明の生分解度が引用例記載の発明に対して顕著に優れるというのは妥当でない。
イ 衣料用合成洗剤に関して、JIS規格(JIS K3371)において、生分解度90%以上と規定されており、また、JIS K3363の生分解度試験方法における試薬として、生分解度99%以上のポリオキシエチレン-n-ドデシルエーテル(本願発明の直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテル系の非イオン界面活性剤に相当する。)が使用されている。これらの事実からすれば、少なくとも、直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテル系の非イオン界面活性剤が、100%に近い生分解性(JIS K3363の方法による値)を有することは当業者のよく知るところであった。
したがって、当該直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテル系の非イオン界面活性剤(及び微量の酵素含有)からなる洗剤であって、少なくとも、他に何らの物質が添加されていないものであれば、100%に近い生分解性(JIS K3363の方法による値)が得られることは、当業者が明らかに知り得たところである。
原告は、引用例記載の発明と対比して、本願発明はビルダー(炭酸ナトリウム)あるいは安定剤(ジイソプロピルナフタレンスルホネート)を含有しないため、生分解性が100%であると主張するが、物質の生分解性(JIS K3363の方法による値)が、共存する成分によって影響を受けることがあり得ることに何ら意外性はなく、引用例記載の発明におけるように、洗浄能力の向上、あるいは界面活性剤の低減等、諸々の目的で添加剤を加えた場合には、界面活性剤自体の生分解性(JIS K3363の方法による値)に若干の影響が生じることがあり得ることは十分に予測し得たものであり、逆に、生分解性のみを考慮すれば、添加成分を極力抑えることが、最も単純な選択であることもまた、当業者が十分に承知するところであった。
すなわち、本件発明が、引用例のものに比較して、生分解性の点に限れば若干勝るものであったとしても、そのことは、十分に予測可能であって、本件発明の特許性の裏付けとなるものではない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要
甲第9号証の1(本願公開公報)、2(平成6年11月16日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 産業上の利用分野
本願発明は、中性で、非イオン系と酵素力価の安定化による相乗効果を発揮した新しいタイプの液体洗剤である。
従来の技術
市販されている酵素入り洗剤は、粉末状のものが多いが、長期間の貯蔵とともに酵素力価が低下する。また、液状洗剤に酵素を添加配合したものもあるが、この場合、酵素力価は、貯蔵期間とともに劣化する速度が速く、洗浄効果の低下度も一層はげしいのが普通である。
発明が解決しようとする課題
解決しようとする問題点は、長期間の貯蔵中も酵素力価の低下しない液体洗剤の提供にある。(本願公開公報1欄11行ないし23行)
2 本願発明は、特許請求の範囲のとおりの構成を有する。(上記手続補正書下から3行ないし末行)
3 本願発明の洗剤は、pH(水素イオン濃度)が6.3程度のほぼ中性であるので、手や肌、特に、新生児、乳児の肌に対して極めて安全である。また、本願発明の洗剤には、水分がほとんど含まれておらず、しかも、系がほぼ中性であるので、パパイン酵素は貯蔵中も安定であり、力価も低下しないものと考えられる。更に、本願発明の洗剤は、高い希釈度でも洗浄力を発揮し、排水後の生分解性は100%であるので、環境を汚染することもない。(本願公開公報2欄10行ないし18行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
(1) 引用例に、「a)アルコキシル化非イオン界面活性剤から成る20~90%(重量)の液体部分と、
b) (ⅰ) 5~50%(重量)のビルダー及び
(ⅱ) 0~20%(重量)のオキシダント
から成る固体部分とから成り、該固体部分は
c)低級アルキル化縮合環ポリアリレンスルホネート、及び
d)0~5%の加水分解酵素
によって前記液体部分中に安定に懸濁されている、実質的に非水性で安定な液状洗剤」が記載され、本願発明と引用例記載の発明は、「直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤に、非水状態で酵素を配合してなる液体洗剤」である点で一致するが、後者は、ほかに、b成分としての固体部分、及びc成分としての低級アルキル化縮合環ポリアリレンスルホネートを含有する点で前者と相違することは当事者間に争いがない。
(2) 乙第1号証(奥山春彦=皆川基編「洗剤・洗浄の事典」株式会社朝倉書店1990年11月25日発行、以下「洗剤・洗浄の事典」という。)には、「合成洗剤は水質、地理的条件、洗濯習慣、洗濯機の機種、社会的背景などの相違によってその組成が大きく異なるが、洗剤主成分の界面活性剤は・・・アルキルポリエチレンエーテル(APE)などの非イオン界面活性剤など生分解性のすぐれたごく限られらたものが使用されている。」(25頁24行ないし30行)、「無リン重質液体洗剤ではビルダーの配合量がきわめて少なく、洗浄力を維持するために非イオン界面活性剤が多量に配合され、」(27頁5行ないし6行)、「ビルダーとは、“そのもの自体では洗浄力がないか、あってもそれほど著しくないが、いったん洗剤組成中に配合されると著しく性能を向上し、主要界面活性剤濃度を低下されることができるもの”ということができる。つまり、ひとことでいえば、洗浄強化剤または洗浄力増強剤ということになる。」(56頁4行ないし8行)、「米国では繊維処理剤の機能保持の目的で温和な洗浄条件を必要とするポリエステルが75%を占めること、省エネルギーの観点から低温洗浄がうたわれていること、耐硬水性にすぐれていることなどから、日本では塗布洗浄など粉末洗剤とは異なった機能を認めて非イオン界面活性剤を主成分としたビルダー無添加の衣料用液体無リン洗剤が伸張をみている。」(111頁25行ないし29行)との記載があることが認められる。そして、「洗剤・洗浄の事典」は、その書名からしても、最新の研究成果を報告するというよりも、洗剤・洗浄の技術分野での一般的な知見を広く紹介したものと認められるから、同書に記載された事項は、出版後7か月を経過した本出願当時には、既に当業者の技術常識となっていたものと認められる。
そうすると、本出願当時、上記記載事項は、当業者の技術常識であったものと認められるから、上記記載に係る事実、特に、「無リン重質液体洗剤ではビルダーの配合量がきわめて少なく」、「米国では・・・非イオン界面活性剤を主成分としたビルダー無添加の衣料用液体無リン洗剤が伸張をみている。」との事実からすれば、引用例の記載の発明からビルダーを取り除くことを想到することは、容易であったというべきである。
もっとも、乙第1号証によれば、上記「米国では・・・非イオン界面活性剤を主成分としたビルダー無添加の衣料用液体無リン洗剤が伸張をみている。」との記述に関する配合例は、本願発明とは異なり、含水のものであることが認められるけれども、ビルダーは、洗浄強化剤又は洗浄力増強剤というべきものであるから、ビルダーを添加するか否かと、洗剤が「含水」か「非水」状態かということは直接関係がない。したがって、右の相違は、前記認定を左右するものではないといわざるをえない。
(3) 甲第2号証によれば、引用例には、「2.固体部分」(5頁左上欄2行)、「本発明は・・・液体部分と、それに安定に懸濁された5~50%の実質的にすべてビルダーから成る固体部分とから成り、他方同時に0~20%のオキシダントを存在させることが好適である。」(5頁左下欄7行ないし10行)、「3.安定剤」(5頁右下欄3行)、「本発明の安定化系は、液状洗剤の物理的安定性の改良に通常でない劇的で予想外の効果を示した。・・・安定剤の陰イオン性が固形分の液体部分中における改良された分散に寄与しているものと考えられる。・・・この安定系は明らかに粒子の沈殿を防ぐことにより安定性を改良している。」(6頁左上欄1行ないし9行)、「これは、固形分(特に無機アルカリ性ビルダー)、界面活性剤及び水の間の相互作用であろう」(6頁右上欄4行ないし6行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の発明からオキシダントを除くことに想到することは容易であり、また、これとビルダーを除くことによって、引用例記載の発明においてb)成分である固体部分(固形分)を含まなくなった場合には、固形分を安定化させるための安定剤も不必要であることは明らかであるから、これを除くことに想到することも容易であったものと認められる。
(4) 以上のとおり、引用例記載の発明からビルダー及び安定剤をなくすことに想到することには困難はなかったものと認められるから、これが想到困難であったとする原告の主張は、採用することができない。
2 取消事由2について
(1) 原告は、引用例記載の発明には、安定剤として使用するのに特に好適なジイソプロピルナフタレンスルホネートがあげられており、その5000倍希釈液の生分解率は0.11%以下であるのに対し、本願発明の5000倍希釈液の生分解率は26.4%であるから、生分解性の点において、本願発明は、予測し得ない顕著な効果があると主張する。しかし、上記は、引用例記載の発明中の少量成分である安定剤ジイソプロピルナフタレンスルホネートと本願発明とを対比するものであって、引用例記載の発明と本願発明とを対比するものではないから、原告の主張は失当である。
(2) また、原告は、引用例記載の発明に各種添加剤が多く含まれているために、引用例記載の発明のノニオン成分の生分解性は87.1%であるのに、本願発明のノニオン成分の生分解性は99.9%であり、この点において本願発明には顕著な効果がある旨主張するので、検討する。
ア 甲第12号証(「日本工業規格 合成洗剤の生分解度試験方法 JIS K3363-1990」財団法人日本規格協会平成2年4月30日発行、以下「JIS試験方法」という。)によれば、「JIS試験方法」には、「この試験法において、非イオン界面活性剤の定量法として採用されているコバルトチオシアネート法による吸光光度法及び泡容量測定法は、共存物質の影響などの理由によって、下水や河川水などの非イオン界面活性剤濃度の定量にこのまま応用することは適当でない。」(12頁2行ないし4行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、物質の生分解性(JIS K3363の方法による値)が、共存する成分によって影響を受けることがあり得ることは、本出願当時、周知であったものと認められる。なお、「JIS試験方法」は、本出願の1年2月余前に発行されたものであるが、甲第12号証によれば、同書は、JIS規格による合成洗剤の生分解度試験方法を記載・解説したものと認められるから、同書に記載された事項は、本出願時において周知の事項であったことは明らかである。
イ 甲第12号証によれば、「JIS試験方法」には、「(h)ポリオキシエチレン-n-ドデシルエーテルエチレシオキシドの付加モル数7mol、生分解度99%以上、化学式量494.6、純分98%以上のもの。これを標準非イオン界面活性剤として用いる。」(1頁本文の下から5行ないし4行)との記載があることが認められるところ、上記「ポリオキシエチレン-n-ドデシルエーテル」がポリオキシエチレンアルキルエーテル系の界面活性剤であることは明らかである。したがって、上記記載によれば、直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテル系の非イオン界面活性剤及び少量の酵素からなる洗剤であって、他に何らの物質が添加されていないものであれば、ノニオン成分が100%近い生分解度(JIS K3363の方法による値)を示すことは、本出願当時、当業者に予測可能なことであったと認められる。
ウ したがって、引用例記載の発明からb成分としての固体部分及びc成分としての低級アルキル化縮合環ポリアリレンスルホネートを除いた場合には、ノニオン成分が100%近い生分解度(JIS K3363の方法による値)を示すことは、当業者に予測可能であったというべきであるから、原告の主張は、採用することができない。
3 以上のとおり、本願発明が、引用例記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。
第4 結論
よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成10年9月29日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
理由
1、本願は、平成3年7月19日の出願であって、その発明の要旨は、平成6年11月18日付けの手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載のとおりの、「直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤に、非水状態で酵素を配合してなり、ほぼ中性であり、かつ100%生分解性である、酵素力価の長期に安定した液体洗剤。」にあるものと認められる。
2、これに対して、原査定の拒絶理由に引用された、特開平2-93000号公報(平成2年4月3日公開)(以下、「引用例」という。)には、「a)アルコキシル化非イオン界面活性剤から成る20~90%(重量)の液体部分と、
b)(ⅰ)5~50%(重量)のビルダー及び
(ⅱ)0~20%(重量)のオキシダントから成る固体部分とから成り、該固体部分は
c)低級アルキル化縮合環ポリアリレンスルホネート、及び
d)0~5%の加水分解酵素
によって前記液体部分中に安定に懸濁されている、実質的に非水性で安定な液状洗剤」が記載され(特許請求の範囲)、この洗剤の液体部分に相当する非イオン界面活性剤は、通常100%活性成分を含み、水をほとんど含まないものであって(4頁右下欄下4~3行)、好適なアルコキシル化非イオン界面活性剤には、アルコール1モル当たりエチレンオキシド1~15モルのC6~18アルコール、アルコール1モル当たりプロピレンオキシド1~10モルのC6~18アルコール等があること(4頁右上欄下6~3行)、また、固体部分は、ビルダー、オキシダント、及びその他の粒状もしくは粒子状の助剤、例えば酵素、顔料から成ること(5頁左上欄2~6行)、そして、酵素の分解、変性を仲介する水の存在しないこの洗剤において、酵素は特に望ましい助剤であること(6頁右下欄9~3行)が示されていて、実験例には、特許請求の範囲の記載に対応するa~dの各成分を配合した洗剤の安定性についての試験成績が掲載されている。
3、そこで、本願発明と引用例に記載の発明とを対比すると、引用例におけるアルコキシル化非イオン界面活性剤は、本願発明におけるポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤に相当し、引用例の界面活性剤には上記のとおり直鎖のものが含まれるから、結局、両者は、「直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤に、非水状態で酵素を配合してなる液体洗剤」である点で一致するが、後者は、ほかに、b成分としての固体部分、及びc成分としての低級アルキル化縮合環ポリアリレンスルホネートを含有する点で前者と相違するので、この相違点について検討する。
界面活性剤が、自体洗浄剤の主たる成分であることは明らかであるところ、製品化される洗剤の多くは、洗浄力の向上、製剤の理化学的安定性、安全性(環境に対する影響を含む)、経済性等の諸観点から、界面活性剤の一部をビルダー等の助剤に替え、あるいは安定剤等を適宜配合する等の処方を行うのが通例である。引用例においても、洗浄力の向上と界面活性剤の低減を図るべく、b成分としてのビルダーあるいは必要に応じてオキシダントを配合し、また、相の物理的安定性を図るべく、c成分の配合が行われているが、このような配慮を必要としない限り、直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルを主成分とする非イオン系界面活性剤単独でも、あるいは、さらに、非イオン系界面活性剤を主成分とする非水系に「特に望ましい助剤」とされた酵素の配合だけでも洗剤として成立することは自明のことである。
そして、直鎖のポリオキシエチレンアルキルエーテルの化学構造からして、これを主成分とする液体洗剤がほぼ中性域にあることは明らかであるし、また、当該非イオン系界面活性剤が生分解性であることも、周知のことである(必要ならば、「洗剤・洗浄の事典」716~719頁、1990年11月25日、株式会社朝倉書店発行、参照)。引用例の洗剤には、ビルダー等が配合されていて、生分解性の点に限れば、本願発明の方が勝るとしても、その差異は十分に予測可能であるし、洗剤に求められる上記の諸性質の良好なバランスという点からみて、木願発明が引用例のものに比較してとくに優れた効果を奏するものとすべき根拠は見いだせない。
4、したがって、木願発明は、引用例に記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。