東京高等裁判所 平成9年(行ケ)216号 判決 1999年6月15日
アメリカ合衆国
マサチューセッツ州01821、ビレリカ、テクノロジー・パーク・ドライブ600
原告
ウォング・ラボラトリーズ・インコーポレーテッド
代表者
ロナルド・ジェイ・パグリーラニ
訴訟代理人弁護士
鈴木修
同
木村耕太郎
訴訟復代理人弁護士
深井俊至
訴訟代理人弁理士
大塚住江
東京都千代田区霞が関3丁貝4番3号
被告
特許庁長官
伊佐山建志
指定代理人
内藤二郎
同
井上雅夫
同
廣田米男
主文
特許庁が平成7年審判第1756号事件について平成9年4月25日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1983年10月4日の米国出願に基づく優先権を主張して、昭和59年10月3日に発明の名称を「パターン認識装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第207905号)をしたが、平成6年9月28日に拒絶査定を受けたので、平成7年1月23日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成7年審判第1756号事件として審理された結果、平成9年4月25日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年5月7日にその謄本の送達を受けた。なお、この審決に対する訴訟提起期間として90日が付加された。
2 本願発明の特許請求の範囲(第1項)
「基準キャラクタのうちのどれが1つの可視パターンに対応するかを示す、機械が読み取り可能な信号を発生するパターン認識装置において、
n次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段であって、基準微細アレイ値の各々が前記基準キャラクタのうちの1つに対応し且つ基準微細アレイ値が基準微細アレイ値のセットに編成され、基準微細アレイ値の各セットは少なくとも1つの基準微細アレイ値を含む、n次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段と、
mがnより小さい、m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段であって、基準粗アレイ値の各々が基準微細アレイ値のセットに対応し、単一の基準微細アレイ値を含む基準微細アレイ値のセットに対応する基準粗アレイ値の各々は、単一の基準微細アレイ値から導出され且つ非あいまい値と称され、複数の基準微細アレイ値を含む基準微細アレイ値のセットに対応する基準粗アレイ値の各々は、前記基準微細アレイ値のセット中の複数の前記基準微細アレイ値のうちの何れかから導出され且つあいまい値と称される、m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段と、
ワークピースのn次元の微細アレイ値を示す信号を提供するようにn個のフィールドの各々においてワークピースの可視パターンを光学計器で測定する手段と、該信号を記億する手段と、
前記ワークピースの前記微細アレイ値の信号から前記ワークピースのm次元の粗アレイ値を示す信号を形成する手段と、
前記ワークピースの前記粗アレイ値の信号と前記基準粗アレイ値のセットの前記基準粗アレイ値の信号とを比較し、非あいまい値である基準粗アレイ値又はあいまい値である基準粗アレイ値のいずれかで、ワークピースのパターンの識別を示す信号を生成する、第1比較手段と、
前記第1比較手段からの、非あいまい値をもって識別を示す信号に応答し、識別された前記非あいまい値と関連する前記基準キャラクタを示す信号を発生する手段と、
前記第1比較手段からの、あいまい値をもって識別を示す信号に応答し、識別された前記あいまい値と関連する複数の基準微細アレイ値からの、予め選択されたエレメントのサブセットの値を示す信号と、前記ワークピースの微細アレイの対応するエレメントの値を示す信号とを比較し、識別された前記あいまい値と関連する前記基準キャラクタのうちの特定の1つのものをもって前記ワークピースのパターンの識別を示す信号を発生する、第2比較手段と、
を備えるパターン認識装置。」
3 審決の理由
別添審決書の理由の写しのとおり(ただし、2頁下から4行及び3行の「この場合、この場合、t)」とあるのは明らかに「この場合、t)」の誤記であり、また、4頁末行に「ワーグピース」とあるのは「ワークピース」、5頁1行に「粕アレイ値」とあるのは「粗アレイ値」、9頁11行に「結合される」とあるのは「結合されている」、同行に「第4頁第5~19行」とあるのは「第4頁右上欄第5~19行」の誤記と認める。)
4 本願発明の概要
(1) 本願発明の概要は、次のとおりである。
<1> 本願発明に係るパターン認識装置には、m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段(第1のデータベース)とn次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段(第2のデータベース)とがある。mはnより小さい。
第1のデータベースには、m次元の粗いレベルの基準キャラクタに対応するm次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号が予め記憶されており、第2のデータベースには、n次元の微細レベルの基準キャラクタに対応するn次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号が予め記憶されている。
m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号とn次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号には、予め決まった対応関係があり、前者に対応する後者が1個のみである場合には、このような前者を「非あいまい値を有する」と称し、前者に対応する後者が1個より多い場合には、このような前者を「あいまい値を有する」と称する。(特許請求の範囲第1項第2段落、第3段落)
<2> まず、「ワークピース」(認識対象となる文字等)を光学的手段により測定し、信号化して記憶する。このとき、n個のフィールド(記憶領域の最小単位)からなる信号、すなわち、n次元の微細アレイ値を示す入力パターン信号を記憶する。(特許請求の範囲第1項第4段落)
<3> 次に、上記n次元の微細アレイ値の入力パターン信号から、粗いレベルの入力パターンに対応し、m個のフィールドからなる信号、すなわち、m次元の粗アレイ値を示す入力パターン信号を形成する。(特許請求の範囲第1項第5段落)
<4> そして、m次元の粗アレイ値を示す入力パターン信号と、予め第1のデータベースに記憶されたm次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号とを比較する(第1の比較)。(特許請求の範囲第1項第6段落)
その結果、m次元の粗アレイ値を示す入力パターン信号に最も類似するm次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号、すなわち、m次元の粗いレベルの基準キャラクタが選択される。
<5> 第1の比較において、前記<1>の「非あいまい値を有する」場合には、直ちに対応する基準キャラクタを示す信号を出力して、パターン認識は終了する。しかし、第1の比較において、前記<1>の「あいまい値を有する」場合には、当該m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号に対応する複数のn次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号の組合せを用いて比較を行うべく、第2の比較へと進む。(特許請求の範囲第1項第7段落)。
<6> 上記第2の比較においては、微細レベルの入力パターンと微細レベルの基準キャラクタとを直接比較するのではなく、個々のn次元の微細レベルの基準キャラクタごとに予め定められた特徴部分、すなわち、「予め選択されたエレメントのサブセットの値」を示す信号と、n次元の微細アレイ値を示す入力パターン信号の上記特徴部分と対応する部分、すなわち、「ワークピースの微細アレイの対応するエレメントの値」を示す信号とを比較する。(特許請求の範囲第1項第8段落)
第2の比較によって、n次元の微細レベルの基準キャラクタを1個に絞り込み、その信号を出力してパターン認識を終了する。
(2) 本願発明の目的は、パターン・マッチング部分の処理速度の向上にあり、この目的を達成する手段として、本願発明は、少なくとも次の3つの特徴を有している。
<1> 第1の特徴点
入力パターンを、粗いレベルと微細なレベルの2段階において生成し、まず粗いレベルの入力パターンと粗いレベルの基準キャラクタとの比較を行い(第1比較手段)、次に、微細なレベルの入力パターンと、第1の比較によって選択された範囲の微細なレベルの基準キャラクタとの比較を行う(第2比較手段)。
粗いレベルの基準キャラクタは、当然、微細なレベルの基準キャラクタよりも相当程度数が少ない。しかも、第1の比較においては、第2の比較に比べて、エレメント(1つのパターンを構成する最小区分)の数が少ないパターン同士を比較することになるという点においても、処理すべき仕事量が少ない。したがって、第1の比較により候補を絞り込んでから第2の比較を行うことにより、微細なレベルの比較のみを行う方法に比べて、処理時間を大幅に短縮することが可能となる。
<2> 第2の特徴点
粗いレベルの比較のみで、出力すべき基準キャラクタを1個に絞り込むことができた場合(第1比較手段の出力が非あいまい値である場合)は、微細なレベルの比較を省略し、直ちに基準キャラクタを示す信号を発生する。<3> 第3の特徴点
<3>第3の特徴点
第1の比較において、出力すべき基準キャラクタを1個に絞り込むことができない場合(第1比較手段の出力があいまい値である場合)の微細なレベルの比較においては、1個の入力パターンの全部と1個の基準キャラクタの全部とを単純に比較するのではなく、個々の基準微細キャラクタごとに予め定められた特徴部分を示す信号と、これと対応する位置関係にある入力パターンの部分を示す信号とを比較する(第2比較手段)。これにより、1個の入力パターンの全部と1個の基準キャラクタの全部とを単純に比較するよりも処理時間を短縮することができる。
5 審決を取り消すべき事由
審決の理由のうち、2頁3行の「本願は、」から4行の「であって、」までは認める。2頁4行、5行の「その発明は、」から3頁5行の「ことを目的・効果とし、」までについては、本願明細書中にそのような記載があることは認めるが、明細書中のこの部分を殊更に本願発明の目的・効果に関するものとして取り上げるのは適当でない。3頁6行から6頁2行までは認める。6頁4行の「これに対して、」から7頁1行までについては、特公昭51-36141号公報(以下、審決と同様に「第1刊行物」という。)の当該箇所にそのような趣旨の記載があることは認めるが、当該箇所は、「目的・効果」のみを記載したものではなく、その手段についても言及している。7頁2行から8頁3行までは認める。8頁4行の「同じく引用した」から9頁13行までは認める。9頁15行の「以下に、」から10頁11行の「目的・効果が相違し、」までは認める。10頁11行から12行の「他の点においては、格別の相違はないものと認める。」は否認する。10頁13行から11頁14行までは否認する。11頁15行から12頁8行までは争う。
審決は、本願発明と第1刊行物記載の技術との対比において、前記第3の特徴点に係る構成を看過し、かつ、相違点の認定判断を誤ったものであって、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本願発明の第3の特徴点に係る構成の看過)
(イ) 審決は、本願発明と第1刊行物記載の技術との対比において、識別の手順として、第1刊行物記載の技術では、識別を粗識別の後、微細識別に付するのに対して、本願発明では、粗識別で確定ができるものは第2段階の微細識別には付さずに確定させる点で構成及び目的、効果が相違し、他の点においては格別の相違はない旨認定している。
しかしながら、審決は、相違点として、第2の特徴点を備えていないことのみを取り上げて、第1刊行物記載の技術が本願発明の第3の特徴点に係る特許請求の範囲第1項の第8段落の構成を具備していないことを看過している。
(ロ) 本願発明の特許請求の範囲第1項の第8段落の「予め選択されたエレメントのサブセットの値を示す信号と、前記ワークピースの微細アレイの対応するエレメントの値を示す信号とを比較し」との記載は、個々の微細レベルの基準キャラクタごとに予め定められた特徴部分のみ(予め定められたエレメントの2進値(ビット値)のみ)を、入力パターンのそれと対応する(同じ位置にある)部分と比較するという意味である。
ここに、「エレメント」とは、マトリックスを構成する最小分解画素(セル)のことであり、「サブセットの値」とは、当該エレメントを表す2進値(ビット値)であり、「予め選択されたエレメントのサブセットの値」とは、全エレメントの中から選ばれた特定のエレメントの値を意味するものである。
本願明細書には、「さらに、微細分析において、基準キャラクタの微細アレイ表示の最も特有の部分のみが検査され、従って、特有の粗いアレイ表示を有さないワークピースキャラクタを識別する画素の数は、基準キャラクタの微細アレイ表示の最も特有の部分における画素の数に限定される。」(甲第6号証9頁8行ないし13行)との記載があり、また、実施例を用いての説明中にも、「各D2エントリは、D2RAMメモリの2個のワードにわたって7個のフィールドに編成される。D2エントリの第1のワードにおいて、第1と第3のフィールドは、あいまいセットの他のメンバに対して最も特有の、その基準キャラクタの48エレメントの微細アレイの2個のサブセットを識別するインフォメーションを含み、第2と第4のフィールドは識別されたサブセットの値を含む。」(同11頁14行ないし12頁1行)、「前述のように、基準キャラクタのためのD2RAMエントリの最初のワードは、あいまいセット中の他のメンバに対しての、その基準キャラクタの最も特有の部分の位置およびエレメントビット値を含む。」(同21頁9行ないし13行)、「詳しくは、D2エントリにおける第1と第3のフィールドの各々は、1つの基準キャラクタの12個のセルの中のどの2個が、あいまいセットにおけるその基準キャラクタと他の基準キャラクタとの間のあいまい性を分析するのに十分に特有的であるかを識別する0から11までの2進数を含む。第2と第4のフィールドは、前記特有的セルのエレメントのビット値を含む。」(同21頁16行ないし22頁3行)との記載があり、上記記載によれば、本願発明においては、個々の微細レベルの基準キャラクタごとに予め定められた特徴部分のみ(予め定められたエレメントの2進値(ビット値)のみ)を、入力パターンのそれと対応する(同じ位置にある)部分と比較するというものであり、前記「予め選択された」とは、個々の微細レベルの基準キャラクタごとに予め定められた特徴部分を意味するものである。
このことは、実施例において、更に具体的に記載されている。例えば、甲第6号証の21頁下から5行ないし22頁3行において、第13図(別紙図面参照)の例で、キャラクタ「D」を12の粗いエレメント(セル)に分けた場合について説明すると、微細レベル(48セル)での「C」や「O」との比較において、「D」の特徴を示すのは、粗い12のエレメントでは左上隅から順に数えて6番目(文字の右側中央)と7番目(文字の左下隅)のエレメントであり、この6番目と7番目のエレメントに含まれる4つの微細アレイのエレメントを「予め選択」するのであり、この6番目のエレメントに含まれる4つの微細アレイのエレメントの「サブセットの値」は「1010」、7番目のエレメントに含まれる4つの微細アレイのエレメントの「サブセットの値」は「1011」である。
一方、第1刊行物記載の技術は、未知パターンと標準パターンの双方の全絵素について比較を行うものであって、本願発明の構成とは全く異なるものである。
(ハ) 被告は、本願発明の特許請求の範囲第8段の「予め選択されたエレメントのサブセットの値」の技術的意味は、ワークピースの微細エレメントと基準微細アレイのエレメントとの比較すべきエレメント番地が対応付けられるように「予め選択」しておくものと解釈することができる旨主張するが、単に全絵素を比較することが、「予め選択されたエレメントのサブセットの値」の比較という意味にならないことは当然である。「選択」とは、その文言からして、複数のうちから一部を選ぶということである。
(2) 取消事由2(相違点の認定判断の誤り)
審決は、検索時間を短縮する目的で、ある段階で検索対象のものが唯1つに絞られればその段階で検索を打ち切り、その下の階層の微細検索を行わないことは、技術の分野に限らずに一般に慣用されているところであることを理由に、第2の特徴点が格別の発明力を要したとすることはできない旨認定判断している。
しかしながら、第1刊行物記載の技術では、「第1ステップでは未知パタンの大分類を行ない、第2ステップでは未知パタンの識別を行なう手段を提供する」(甲第3号証の3欄9行目から11行目)と記載されており、その文言上、「第2ステップ」を省略することは予定されていない。要するに、第1刊行物記載の技術では、「分類」と「識別」を行うのであって、「粗い比較」と「微細な比較」を行うのではない。
これに対して、本願発明では、粗い基準キャラクタに対応する微細基準キャラクタが1個である(非あいまい値を有する)場合もあるのであって、「第2ステップ」を省略することを予定していない第1刊行物記載の技術とは明らかに相違している。
したがって、第1刊行物記載の技術に、本願発明の第2の特徴点に係る構成を付加することは、パターン認識装置の技術分野における通常の知識を有する者が容易になしうることではない。
第3 請求の原因に対する認否及び主張
1 請求の原因1ないし3、4(1)<1>ないし<5>、(2)<1>、<2>は認め、4(1)<6>、(2)<3>、5は争う。審決の認定判断は、正当であり、取り消されるべき理由はない。
2 被告の主張
(1) 取消事由1(本願発明の第3の特徴点に係る構成の看過)について
(イ) 本件発明において、「エレメント」がマトリックスを構成する最小分解画素(セル)を、「サブセットの値」が当該エレメントを表す2進値(ビット値)を意味することは認めるが、「予め選択されたエレメントのサブセットの値」が全エレメントの中から選ばれた特定のエレメントの値を意味するものであるとする点は争う。また、第1刊行物記載の技術は、未知パターンと標準パターンの双方の全絵素について比較を行うものであるとする点も認める。
(ロ) 本願発明の特許請求の範囲第8段の「予め選択されたエレメントのサブセットの値」の技術的意味は、引用技術(1)の構成と相違しておらず、原告が本件相違点として主張する構成を第1刊行物記載の技術との一致点に含めた審決の認定に誤りはない。
本願発明の特許請求の範囲の第8段目にいう「第2比較手段」の構成は、本願明細書の「1つの基準キャラクタの12個のセルの中の・・・その基準キャラクタのために現在のD2RAMエントリが生成されている。」
(甲第6号証21頁下から4行ないし23頁下から3行)という実施例記載の構成を指すほか、基準微細アレイを構成するエレメントとワークピースの微細アレイを構成するエレメントの対応する位置のエレメント同士を比較させることにより正しい比較ができるものであるから、あいまい値であるワークピースのエレメントの番地に対して、基準キャラクタのどのエレメントが比較すべきエレメントかを予め選択して対応付けしておくという技術的意味をも表していると解することができる。この場合に、「予め選択」の技術的意味は、ワークピースの微細エレメントと基準微細アレイのエレメントとの比較すべきエレメント番地が対応付けられるように「予め選択」しておくものと解釈することができる。
したがって、本願発明にいう「予め選択されたエレメントのサブセットの値」は、上記実施例に記載されている原告主張の狭義の技術的意味のみならず、双方のエレメント全体の比較を行うという広義の技術的意味も包含することになる。
そうすると、上記のとおり、第1刊行物記載の技術は、未知パターンと標準パターンの双方の全絵素について比較を行うものであるから、本願発明の特許請求の範囲第8段の構成と第1刊行物記載の技術の構成とは相違していないことになるものである。
(2) 取消事由2(相違点の認定判断の誤り)について
第1刊行物記載の技術は、「分類用~」という用語を使用しているものの、それらを用いて「比較」し、その結果、次段の精密比較のための識別用標準パターンを抽出するものである以上、本願発明の第1比較手段の構成と何ら変わず、本願発明と同様に「粗い比較」を行っていることには変わりがない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)、3(審決の理由)、4(本願発明の概要)の(1)<1>ないし<5>、(2)<1>及び<2>は、当事者間に争いがない。
第2 審決を取り消すべき事由について判断する。
1 取消事由1(本願発明の第3の特徴点に係る構成の看過)について
(1) 原告は、審決は、相違点として、第2の特徴点を備えていないことのみを取り上げて、第1刊行物記載の技術が本願発明の第3の特徴点に係る特許請求の範囲第1項の第8段落の構成を具備していないことを看過しているとし、そして、上記段落にいう「予め選択された」とは、個々の微細レベルの基準キャラクタごとに予め定められた特徴部分を意味するものである旨主張するので、検討する。
(2) まず、本願発明の特許請求の範囲第1項の第8段落における「予め選択されたエレメントのサブセットの値を示す信号と、前記ワークピースの微細アレイの対応するエレメントの値を示す信号とを比較し」との記載において、「エレメント」とは、マトリックスを構成する最小分解画素(セル)のことであり、「サブセットの値」とは、当該エレメントを表す2進値(ビット値)であることは、当事者間に争いがない。
また、第1刊行物記載の技術は、未知パターンと標準パターンの双方の全絵素について比較を行うものであることも、当事者間に争いがない。
(3) ところで、本願発明の特許請求の範囲の「予め選択された」という用語については、特許請求の範囲の記載からは、その技術的意味が必ずしも明らかでないので、本願明細書の発明の詳細な説明の記載について検討することにする。
甲第6号証(平成5年7月19日付手続補正書)によれば、本願明細書中の本願発明の内容を説明する「発明の要約」の項において、「基準キャラクタのセットのメンバとして分類されたワークピースパターンの微細アレイ表示の少なくとも一部が、分類により識別されたセット中の基準キャラクタの微細アレイ表示の対応部分と比較される。」(5頁5行ないし9行)、「粗いアレイ表示により明瞭に定義されない各基準キャラクタに対して、第2のデータベースが設けられている。第2のデータベースの各エントリは、その基準キャラクタのための識別コードと、同じ粗いアレイにより表される基準キャラクタと他のキャラクタとの間のあいまい性を解明するために使用する基準キャラクタの微細表示の少なくとも一部と、を含む。」(6頁10行ないし18行)、「パターン学習システムは、同一の粗いアレイによって表される基準キャラクタの微細なアレイ表示の中の最も特有の部分を離隔するための特有性基準を用い得る。この最も特有の部分は、同一の粗いアレイによって表される基準キャラクタ間のあいまい性を解明するために、パターン認識システムによって使用される。」(7頁下から2行ないし8頁5行)、「微細分析において、基準キャラクタの微細アレイ表示の最も特有の部分のみが検査され、従って、特有の粗いアレイ表示を有さないワークピースキャラクタを識別する画素の数は、基準キャラクタの微細アレイ表示の最も特有の部分における画素の数に限定される。」(9頁8行ないし13行)との記載があることが認められる。
上記記載によれば、第2比較手段において比較されるのは、ワークピースパターンの微細アレイ表示の特定の一部分と、基準キャラクタの微細アレイ表示中の対応部分とであり、ここに「予め選択された」とは、上記微細アレイ表示のうちの予め選択された特定の部分を意味するものと認められる。
(3) この点について、被告は、「予め選択」の技術的意味は、ワークピースの微細エレメントと基準微細アレイのエレメントとの比較すべきエレメント番地が対応付けられるように「予め選択」しておくものと解釈することができる旨主張するが、本願明細書を精査しても、本願発明において、上記のような解釈を採用していることを裏付けるような記載はないから、被告の上記主張は、採用することができない。
(4) 以上によれば、本願発明は、微細レベルの入力パターンと微細レベルの基準キャラクタとを全エレメントにおいて比較するものではなく、個々の微細レベルの基準キャラクタごとに予め定められた特定の部分と、入力パターンのこれと対応する部分とを比較するものであるということができる。一方、第1刊行物記載の技術は、前記のとおり、未知パターンと標準パターンの双方の全絵素について比較を行うものであるから、本願発明と第1刊行物記載の技術とは、本願発明の特許請求の範囲第1項第8段の第2比較手段の構成について相違していることが認められる。
そうすると、本願発明と第1刊行物記載の技術との相違点について、識別の手順として、第1刊行物では識別を粗識別の後、微細識別に付するのに対して、本願発明は粗識別で確定ができるものは、第2段階の微細識別には付さずに確定させる点で構成及び目的、効果が相違し、他の点においては格別の相違はないとした審決の認定は、上記相違点を看過したものである。
そしてまた、本願発明は、特許請求の範囲第8段の第2比較手段に係る構成を採用したことにより、1個の入力パターンの全部と1個の標準パターンの全部とを単純に比較するよりも処理時間を短縮することができるという効果を奏することは、処理すべき仕事量が減少することによって当然に予想される事実であって、第1引用例記載の技術にない特段の効果を奏するものである。そうすると、審決の上記相違点の看過は、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるというべきである。
第3 よって、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年6月1日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面
<省略>
理由
(1)手続の経緯、本願発明の要旨
本願は、昭和59年10月3日の出願(優先権主張1983年10月4日 米国)であって、その発明は、補正された明細書及び図面の記載によれば
従来技術によるシステムに対する本発明のパターン認識システムの利点には、ワークピースキャラクタを非あいまいに(不明瞭さなく)識別するために必要なキャラクタの比較がより少なくて済むので、各キャラクタの認識分析のための処理時間が短いことが含まれる。特に、非あいまいな粗いアレイ表示を有する基準キャラクタに対しては、必要な粗い分析のみが行われる。さらに、同一の粗いアレイによって表される基準キャラクタは「あいまいセット」(ambiguousset)この場合、この場合、t)と称される基準キャラクタのセットに編成され、かつ、微細分析は、そのワークピースキャラクタと同じ粗いアレイ表示を共有する1つのあいまいセット中のメンバに限定されるので、そのあいまいセットのメンバの数は微細分析において検査されるキャラクタの最大数である(明細書第8頁第6~第9頁第1行記載から抽出)
ことを目的・効果とし、
その目的・効果を達成するため特許請求の範囲の第1項に記載された次のとおりの
「基準キャラクタのうちのどれが1つの可視パターンに対応するかを示す、機械が読み取り可能な信号を発生するパターン認識装置において、
n次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段であって、基準微細アレイ値の各々が前記基準キャラクタのうちの1つに対応し且つ基準微細アレイ値が基準微細アレイ値のセットに編成され、基準微細アレイ値の各セットは少なくとも1つの基準微細アレイ値を含む、n次元の基準微細アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段と、
mがnより小さい、m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段であつて、基準粗アレイ値の各々が基準微細アレイ値のセットに対応し、単一の基準微細アレイ値を含む基準微細アレイ値のセットに対応する基準粗アレイ値の各々は、単一の基準微細アレイ値から導出され且つ非あいまい値と称され、複数の基準微細アレイ値を含む基準微細アレイ値のセットに対応する基準粗アレイ値の各々は、前記基準微細アレイ値のセット中の複数の前記基準微細アレイ値のうちの何れかから導出され且つあいまい値と称される、m次元の基準粗アレイ値のセットを示す信号を記憶する手段と、
ワークピースのn次元の微細アレイ値を示す信号を提供するようにn個のフィールドの各々においてワークピースの可視パターンを光学計器で測定する手段と、該信号を記憶する手段と、
前記ワークピースの前記微細アレイ値の信号から前記ワークピースのm次元の粗アレイ値を示す信号を形成する手段と、
前記ワーグピースの前記粗アレイ値の信号と前記基準粕アレイ値のセットの前記基準粗アレイ値の信号とを比較し、非あいまい値である基準粗アレイ値又はあいまい値である基準粗アレイ値のいずれかで、ワークピースのパターンの識別を示す信号を生成する、第1比較手段と、
前記第1比較手段からの、非あいまい値をもって識別を示す信号に応答し、識別された前記非あいまい値と関連する前記基準キャラクタを示す信号を発生する手段と、
前記第1比較手段からの、あいまい値をもって識別を示す信号に応答し、識別された前記あいまい値と関連する複数の基準微細アレイ値からの、予め選択されたエレメントのサブセットの値を示す信号と、前記ワークピースの微細アレイの対応するエレメントの値を示す信号とを比較し、識別された前記あいまい値と関連する前記基準キャラクタのうちの特定の1つのものをもって前記ワークピースのパターンの識別を示す信号を発生する、第2比較手段と、
を備えるパターン認識装置」
を構成に欠くことの出来ない事項とする発明(以下、本願発明という)であると認められる。
(2)刊行物発明
これに対して、当審での拒絶の理由に引用した特公昭51-36141号公報(以下「第1刊行物」という)には、
その目的・効果として
パターンマッチング法の処理速度上の欠陥を解決することを目的とし、第1ステップでは未知パターンの大分類を行い、第2ステップで未知パターンの識別を行うことにより、識別用パターンの絵素数よりはるかに少ない絵素数の分類用パターンを用いて分類を行うため、識別用標準パターン全部と比較するのに比べ、はるかに少ない時間で未知パターンを少数の候補に絞ることができ、分類時における判断ミスが非常に少なくできる
(第2頁左欄第8~22行から要約)
というものであって、
その目的・効果を達成するため、第1図~10図とその詳細説明に関連して
未知パターンを複数の絵素に分割し、これらの絵素に対応した分類用未知パターン信号を発生する手段と、
上記分類用未知パターンの絵素数よりも多い絵素に対応した識別用未知パターン信号を発生する手段と、
分類用未知パターンを分類用標準パターンと比較し、その結果得られた少数の候補カテゴリイに応じて予め用意されている識別用標準パターンから所用個数の標準パターンを抽出する手段と、
この抽出された識別用標準パターンと識別用未知パターンとを比較して、未知パターンを識別する手段と
を備えたパターン認識装置(第1頁左欄第17~28行記載参照)
の構成を有する発明(以下、第1刊行物発明という)が記載されているものと認める。
同じく引用した特開昭58-48183号(以下、第2刊行物という)には、第1~21図とその詳細説明に関連して、
第1レベルの荒い認識で認識できなかったものについて、元の分解能に至るまでの細かい分析を行うようにした文字認識システム(第6頁右下欄第3行~第7頁左上欄第2行記載から要約)
であって、
具体的には
「システムは、未知の文字コードに帰着することを表しているデータを知られた文字コードを表しているデータと比較するための手段を含む。もし比較の結果として肯定的な識別がなされれば、処理装置は識別された文字を示す出力信号を提供する。
もし比較の結果として識別がなされなければ、システムは未知の文字の特徴を表しているデータをさらに次の処理のために識別されなかったデータとして送る。付加的な処理手段が、前記識別されなかったデータに応答して直接的に識別を試みるために、或いはそれの分析を行いかつ前記識別されなかったデータおよび前記分析からの情報を組み入れている修正されたデータを与えるために結合される」(第4頁第5~19行記載)
の構成を有する発明(以下、第2刊行物発明という)が記載されているものと認められる。
(3)対比
以下に、本願発明と第1刊行物発明とを対比する。
第1刊行物発明と本願発明とでは、共に、パターンマッチング法でのパターン認識に係り、
光学読み取り画像を粗アレイと微細アレイに区分し、
第1段階で、粗アレイを基準粗アレイと比較し、第2段階で微細アレイを基準微細アレイと比較して、識別を行うパターン認識装置では同じであるものの
<1> 識別の手順として、第1刊行物では識別を粗識別の後、微細識別に付すのに対して、本願発明は粗識別で確定ができるものは、第2段階の微細識別には付さずに確定させる点(以下、相違点という)
で構成および目的・効果が相違し、他の点においては、格別の相違はないものと認める。
(4)相違点に対する当審の判断
検索手法として、ある対象を大項目の下に中項目・小項目と階層的に分類しておき、大項目による粗検索から小項目による微細検索まで段階を追って階層的に検索を行うこと、それ自体は、一般に慣用されている検索手法であり、かつ、この場合、検索時間を短縮する目的で、ある階層で検索対象のものが唯1つに絞られればその段階で検索を打ち切り、その下の階層の微細検索を行わないことは、技術の分野に限らずに一般に慣用されているところである。
このような一般慣用の背景のもとに本願発明が属するパターン認識の技術分野において、具体的パターン認識手段の構成は本願発明や第1刊行物とは異なるもののこの一般慣用手法を適用した技術思想が上述の第2刊行物発明に示されている以上、第1刊行物発明においても粗識別の段階で候補が唯1つになれば、第2段階である微細識別に回さないようにすることで処理時間の短縮を図るようにすることに、格別の発明力を要したとすることはできない。
(5)意見書に対する検討
請求人は、意見書で本願発明と各刊行物発明との相違について上記相違点に相当する点を指摘してその相違につて主張をしているが、上記「(4)相違点に対する当審の判断」の項で述べたように、意見書での主張を採用することは出来ない。
(5)むすび
したがって、本願発明は、当審で示した第1・2刊行物に記載された各発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許をすることができない。
よって結論のとおり審決する。