東京高等裁判所 平成9年(行ケ)23号 判決 1998年10月01日
静岡県田方郡大仁町大仁570番地
原告
株式会社テック
代表者代表取締役
久保光生
訴訟代理人弁理士
鈴江武彦
同
村松貞男
同
坪井淳
同
河井将次
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
水野恵雄
同
内藤二郎
同
井上雅夫
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成7年審判第11783号事件について平成8年9月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和59年11月28日にした特許出願(昭和59年特許願第251143号)を原特許出願として、発明の名称を「バーコード読取装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について、平成3年11月26日に上記特許出願の一部を新たな特許出願(平成3年特許願第310294号)としたところ、平成7年4月24日に拒絶査定を受けたので、同年6月1日に審判を請求した。特許庁は、この請求を平成7年審判第11783号事件として審理した結果、平成8年9月24日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を平成9年1月13日に原告に送達した。
2 本願発明の特許請求の範囲
バーコードを付した未登録商品を収納した容器を載置する第1の容器載置部と、この第1の容器載置部に隣接して設けられ登録済商品を収納する容器を載置する第2の容器載置部と、第1及び第2の容器載置部間に形成された、未登録商品を収納した容器から登録済商品を収納する容器へ商品を移動させるための商品通過領域と、この商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設され、側面に光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナーとを設け、前記未登録商品が前記商品通過領域を通過するとき前記光学的バーコード読取部でバーコードの読取りを行うことを特徴とするバーコード読取装置。
(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別添審決書「理由」の写のとおりである(ただし、7頁12行の「操作者」は「操作者側」の誤記と認める。)。以下、特開昭59-195774号公報(審決の「刊行物」)を「引用例」という。引用例については、別紙図面2参照。
4 審決の取消事由
審決の理由(1)は認める。同(2)のうち、引用例に「従来のPOS用非接触タイプの」(4頁6行)から「操作者の便宜のためではなかった。」(同17行)まで、「該バーコード読取部は、」(5頁12行)から「取付台10に取り付けられ、」(同13行)まで、「また、バーコード読み取りの光線と」(6頁15行)から「右上欄第14行に記載されている。」(同末行)まで、「さらに、バーコード読取部の取り付け方の変形として」(7頁1行)から「認められる。」(同8行)までを争い、その余は認める。同(3)のうち、審決摘示の相違点があることは認め、その余は争う。同(4)のうち、また「目視する対象が」(8頁12行)から「記載されており、」(同15行)は認め、その余は争う。同(5)審判請求理由に対する検討、(5)(むすび)は争う。
審決は、「スキャナー」、「商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設し、」及び「側面に」の点で相違点を看過し、かつ、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(相違点の看過)
ア 取消事由1-1(「スキャナー」の相違点の看過)
<1> 引用例において、「物体14に付されたバーコード15の像は、光学系13によって、1次元固体撮像素子12に結像する。1次元固体撮像素子12によって、この結像されたバーコード15の光学像パターンは時系列の電気信号に変換される。」(3頁右上欄17行ないし左下欄1行)と説明されているとおり、引用例記載の発明では、バーコードの読取はスキャナーではなく、1次元固体撮像素子で行っている。
<2> これに対して、本願発明のスキャナーは、バーコード上を走査するレーザーなどの反射光を集光して、その光量強度変化からバーコードを読取るものであって、引用例記載の発明の光学系と1次元固体撮像素子とからなる読取部とは明らかに相違した技術である。すなわち、「スキャナー」と「走査方式」とは同じ意味である。したがって、本願発明のスキャナーを用いたバーコード読取装置は、走査方式のバーコード読取装置の意味でもある。バーコード読取装置において、スキャナーあるいは走査方式という場合の「スキャン」又は「走査」とは、ここで用いる光線をバーコードの上面に「スキャン」又は「走査」することをいうものである。そして、このように光線を用いてバーコードの上面を「スキャン」又は「走査」するようにしたものを、当業者は一様に「スキャナー」と称しているものである。
「スキャナー」に用いる光がレーザー光である場合、そのスキャナーを一般に「レーザースキャナー」というが、その意味はレーザー光を用いたスキャナーという意味である。もちろん、スキャナーに用いる光は、レーザー光でなければならない理由はないが、レーザー光は指向性、収束性などに優れていることから、現状ではバーコード読取装置の多くの場合にレーザー光が用いられているだけである。レーザースキャナーに代えて、本願発明の特許請求の範囲のように単に「スキャナー」といっても、ここで用いる光線がレーザー光に特定されないというだけで、ここで用いる光線を「スキャン」あるいは「走査」することは全く変わりがない。被告は、レーザースキャナーと、「レーザー」なる用語を落として単に「スキャナー」といったものとで動作原理が大きく相違するかのような主張をするが、上記は全く合理的理由のない見解である。
<3> 審決は、引用例にはスキャナーについて記載がないことを指摘していながら、その相違点について何も判断を示していない。
イ 取消事由1-2(「商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設され、」の相違点の看過)
本願発明のスキャナーは、バーコード読取装置の商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設されているものである。
これに対して、引用例記載の発明のバーコード読取装置は、引用例の第1図に示されているように、商品の移動領域の操作者側と反対の縁部に立設され、上端が操作者側に向けて水平に曲折し台7上方にせりだしたL字状の取付台10の先端に、バーコード読取部1が真下を向いて取付けられている。引用例記載の発明は、固体撮像素子のバーコード読取部1を真下に向けて取付けることができるようするため、取付台10の上端をL字状にしたものと考えられる。したがって、引用例記載の発明は、本願発明のように、単に「立設」したスキャナーではない。
審決は、上記相違点を看過した誤りがある。
ウ 取消事由1-3(「側面に」の相違点の看過)
本願発明のスキャナーは、「側面に光学的バーコード読取部が配置」されているものである。しかし、引用例には、「側面に」光学的バーコード読取部が配置されているとの点の開示がない。
審決は、上記相違点を看過した誤りがある。
エ 本願発明は、引用例記載の発明と比べて、上記構成上の相違に基づき、作用効果の面でも、次のような違いがある。
<1> 本願発明では、バーコードを読取る際に、バーコードが表面に付されているパック商品などを逆さにすることなく、商品に荷崩れや汁の漏れといったことを防止することができる。
<2> 本願発明では、操作者は、バーコードの読取操作を行うに当たって読取面をみることができ、その方向にバーコードの付された商品を向けて通過させることができるようになり、これによってバーコードの読取効率を上げるとともに読取ミスを最小限にできて、商品販売データの入力効率も向上する。
<3> 本願発明では、バーコードの読取に際して上部に障害物がないので、高さ方向で商品の十分な通過空間が確保される。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)
引用例の「なお、実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示したが、操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取るようにしても実施例同様な効果が期待できる。」(3頁左下欄14行ないし17行)の記載は、審決がいうように、バーコードの読取部の取付け方の変形例を示したものではない。しかも、審決は、上記記載の解釈も誤っている。
ア 上記記載の前段の「実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示した」状態は引用例の第2図に示すとおりのものである。ここでいう「鉛直方向」というのは重力の働く方向という意味である。なお、第2図では商品14は手前に傾けて示されているが、これは、本来は水平に配置されている商品14のバーコード15を分かりやすいように擬制して手前に傾けて示したものと解される。上記記載の後段は、前段の「……を示したが」を受けた記載であるから、第2図に示したようにしてバーコードを読取るのではなく、しかも「操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取る」場合のことを述べたものと解される。
そして、第2図に示したようにしてバーコードを読取るのではなく、しかも、「操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取る」状態になるには、バーコード読取部1はそのままにしておいて、商品14に付されているバーコード15の面を水平でなく、操作者の方向(手前の方向)に傾ければよく、それによって簡単にそのような状態になるものである。しかも、それは、普段のバーコードの読取操作において、店員が無意識的にしばしばやるような操作でもある。そして、商品を手前に傾ければ、商品に付されているバーコードは、操作者に更に一層見やすくなることは明白である。大きな商品の上面にバーコードが付されているような場合には、こうした操作は、なお一層、操作者が行う可能性が高い。
以上のとおり、上記「操作者の目視による認知」の対象は、商品の包装の表面に付されているバーコードである。すなわち、上記なお書きの記載は、引用例記載の発明のバーコード読取装置が、通常しばしば行われるこうした使い方をしても、引用例の実施例と同様な効果が期待できることを記載したものと解される。
イ 引用例の第2図は、引用例記載の発明のバーコード読取装置の基本的な使用形態として、商品に付されたバーコードを1次元固体撮像素子の素子列と直交させて素子列と平行に移動させる事例を図示したものである。同第1図は、その際にバーコード読取部1の取付台10に示した線3、4によって、バーコードを移動すべき上下の範囲(通常、これを「深度」という。)を示し、更に、同第3図は、1次元撮像素子の素子列とバーコードとの交差の水平面における許容範囲の関係を示したものである。
こうした上で、更に、上記なお書きは、バーコードを手前側に傾けた状態にした場合に言及し、この場合も実施例と同様にバーコードの読取を行うことができることを明示したものである。すなわち、上記なお書きは、引用例記載の発明のバーコード読取装置が、水平に位置されたバーコードを基準として、その変形例として左右の一定角度範囲内での水平方向に傾いたバーコード、更には別の変形例として、手前側へ傾いたバーコードなど、予想されるいずれの使用形態に対しても、読取が可能であることを記載したものと解される。
ウ 審決は、「読取面を操作側に向けて配置することで、その光線の照射範囲もしくは適切な読取り領域を操作者が目視により容易に確認できることは明らかである」と認定判断しているが、引用例には「読取面」という用語はない。引用例にあるのはバーコード読取部である。審決は、バーコード読取部のバーコードに面した部分を「読取面」といっているのかもしれないが、もし、仮にそうであるとしても、引用例には、この読取面を操作者側に向けて配置する旨の記載はなく、その図面にも示唆されていない。
また、引用例には「光線の照射範囲」や「適切な読取り領域」といった用語の記載もない。更に、「適切な読取り領域」の「適切」とは何をもって適切としているのかも全く不明である。
更に、読取面は、単にバーコードを読取るための面にすぎず、ここからは光は何も出ていない。したがって、読取面を操作者側に向けて配置することと、「光線の照射範囲」や「適切な読取り領域」を操作者が目視により容易に確認できるようにすることとは関係がない。
加えて、読取面を操作側に向けて配置することで、その光線の照射範囲もしくは適切な読取り領域を操作者が目視により容易に確認できるからといって、そのことにより、「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者に向けて配置したスキャナー」のように構成することが当業者に容易に想到し得るところとはいえない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決に誤りはない。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
ア 取消事由1-1について
本願発明の特許請求の範囲のうち、スキャナーに関する記載は、「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナー」及び「前記光学的バーコード読取部でバーコードの読取りを行う」である。これからスキャナーの構成自体に関する記載を抽出すると、光学的バーコード読取部でバーコードの読取りを行うスキャナーという構成となり、スキャナーの動作原理は、「光学的バーコード読取部」のみであって、それ以外の動作原理を特定する構成の限定はない。したがって、本願発明の「スキャナー」は、光学的にバーコードを読取るスキャナーという広義の概念である。
そして、本願明細書の実施例に記載されたレーザー型だけでなく、引用例記載の発明の1次元固体撮像素子も、光学的にバーコード読取りの作用をするものであるから、本願発明のスキャナーに含まれる。
審決では、スキャナーの構成を一致点に含め、相違点に掲げなかったものであり、この認定に誤りはない。
イ 取消事由1-2について
本願発明のスキャナーの「商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設され、」の構成は、引用例記載の発明の取付台10に対応するものであるから、この点を一致点とした審決の認定に誤りはない。
ウ 取消事由1-3について
審決は、「側面に」の構成について相違点において触れなかった。しかし、「側面に」の構成をとることにより、審決が相違点とした「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナー」の構成となるので、「側面に」の構成と「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナー」とは実質的に対応する構成であるため、審決では、「側面に」の構成も「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナー」の構成の表現に代表させて構成の相違点としたものである。したがって、審決の認定に誤りはない。
エ 原告主張に係る本願発明と引用例記載の発明との作用効果の相違のうち、<1>、<2>は、引用例に記載されている効果と同じである。そして、<3>は、本願明細書に記載されておらず、明細書の記載に基づかない作用効果の主張であって、不当である。
(2) 取消事由2について
ア 引用例記載の発明は、鉛直方向にバーコード読取部1を取付けたものであるが、鉛直方向にバーコード読取部1を取付けたために、商品に付されたバーコードの読取範囲が明確でなくなる。そのため、引用例には、商品に付されたバーコードの移動位置決め構成として「バーコードを正しく読取らせるためには、その範囲内にバーコードを位置させて商品を移動しなくてはならない。ところが店員にはその範囲が判りにくいので、読取り可能な上下範囲をそれぞれ第1図で示すバーコード読取部1の取付台10に線3、4を書いて明示してある。この線3、4によって、この幅の間に商品のバーコードを位置させ移動すればバーコード読取部1によって読取りが可能となる」(3頁左上欄1行ないし9行)として、位置決めを容易にするために工夫したことが記載されている。したがって、店員は線3、4間に商品に付されたバーコードを位置させる必要があり、これは、店員、すなわち、操作者が、商品に付されたバーコードを目で確認しながら線3、4間に位置させることを前提としている。そうすると、引用例記載の発明は、鉛直方向からバーコード読取りを行うものであるが、その場合でも、バーコードを目で確認することを前提としているのである。したがって、変形例を開示した「なお、実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示したが、操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取るようにしても実施例同様な効果が期待できる」との記載では、「目視による認知」の対象が「バーコード」であることを改めて記載する必要はないから、上記対象は、「バーコード」以外の構成であることは明らかである。
イ 上記「なお書き」の記載において、前段の「なお、実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示したが、」の「鉛直方向」はバーコード読取部の取付け位置を「鉛直方向」にしたという意味である。そうすると、後段の「方向」は、「鉛直方向」の対句であるから、バーコード読取部、すなわち、スキャナーの取付けの変形位置を開示したものでなければならない。したがって、その「方向」に関する後段の記載は、「鉛直方向」以外の「目視による認知ができる方向」に取付けてもよいということであり、これにより読取りのための照射範囲は、操作者の前方から操作者の手元側に向けて広がり、読取らせるための可能領域が目視により容易に確認できることとなるのである。
ウ してみると、「目視による認知ができる」のは、「バーコード読取部」、すなわち、「スキャナー」であるから、引用例記載の発明を「なお書き」の記載を基に変形して本願発明の構成を得ようとすることは、当業者が容易に想到し得たとした審決の認定判断は妥当である。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
第2 甲第3号証中の願書添付の明細書、甲第5号証(平成7年6月30日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 この発明は、商品データを入力処理するバーコード読取装置に関する。(上記明細書3頁13行)
従来のバーコード読取装置には、以下のような欠点がある。すなわち、バーコードを読取るための光が買物カゴを載置する面側から照射されるため、商品に付されたバーコードを載置台に一旦向けなければならない。果物や菓子類ではそれほど問題にならないが、パック商品、例えば、魚の切り身や肉類などは客に見えるように商品の上部にバーコードが付されており、これを読み取らせるためには、パックを一旦逆さまにする必要がある。これによりパックの内容物が崩れてしまい、見栄えが悪くなるとともに、客にも不快感を与えてしまう。(同3頁下から6行ないし4頁1行)
本願発明は、このような問題を解決するために考えられたもので、商品の見栄えを損なうことなく商品データの登録ができ、チェッカーの操作性も良いバーコード読取装置を提供すること目的とする。(同4頁8行ないし10行)
2 本願発明は、特許請求の範囲の構成を備えるものである(上記手続補正書1頁下から8行ないし2頁1行)。
3 本願発明によれば、未登録商品を収納した容器を載置する第1の容器載置部と、この第1の載置部に隣接して設けられ、登録済商品を収納する容器を載置する第2の容器載置部と、第1及び第2の容器載置部間の上方に未登録商品を収納した容器から登録済商品を収納する容器へ商品を移動させるための商品通過領域とを設け、この商品通過領域の側部上方に光学的バーコード読取部を配置することにより、未登録商品を逆さまにする必要がなくなり、キャッシャの登録効率が向上するとともに、パック商品の中身が崩れたりして商品の見栄えを損なうことのないバーコード読取装置を提供できるものである。(上記明細書13頁下から2行ないし14頁6行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1-1について
(1) 甲第9、第10号証によれば、「電子式金銭登録機用語 JISBO115-1991 平成3年8月1日改正日本工業標準調査会審議」(日本規格協会発行、以下「甲第9号証刊行物」という。)には、「バーコードスキャナ」という用語の定義として、「一般にバーコード情報の読み取り装置をいうが、光学的読取り装置を指す場合もある。バーコード上を走査(スキャンニング)することによって読み取ることからスキャナと呼ばれる。固定式、ペン式、ワンド式などがある。」(11頁の表の2段目)の記載が、「包装技術 1982年7月号」(社団法人日本包装技術協会発行)には、「バーコードやOCR文字がJIS規格通りで鮮明であれば、読取装置(スキャナと言う)にとって大変好ましいことである。」(13頁左欄19行ないし21行)との記載がそれぞれあることが認められ、上記記載によれば、「スキャナー」とは、光学的読取装置を指す場合もあるが、一般にバーコード情報の読取装置をいう用語であることが認められる。
一方、本願発明の特許請求の範囲には、「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナー」との記載があるから、上記「スキャナー」は光学的バーコード読取部を有していることは明らかであるが、本願明細書には、それ以上に上記「スキャナー」を限定するような記載は全くみられない。そうすると、本願発明の特許請求の範囲中の「スキャナー」の文言は、その有する普通の意味で使用されているものと解すべきであるから、バーコード情報の読取装置を意味するものというべきであり、本願発明においては、それが光学的バーコード読取部を有しているものと認められる。
そして、甲第2号証によれば、引用例記載の発明は、1次元固体撮像素子を用いたバーコード読取装置を備えていることが認められるところ、上記は光学的バーコード読取部を有するバーコード情報の読取装置であることは明らかであるから、本願発明の「スキャナー」に該当するものと認められる。
(2) もっとも、原告は、「スキャナー」と「走査方式」とが同じ意味であるとした上で、バーコード読取装置において、スキャナーあるいは走査方式という場合の「スキャン」又は「走査」とは、ここで用いる光線をバーコードの上面に「スキャン」又は「走査」することをいうと主張するので、検討する。
甲第9号証刊行物には、「バーコード上を走査(スキャンニング)することによって読み取ることからスキャナと呼ばれる。」との記載があることは前示のとおりであるが、そのことから、直ちに、上記走査(スキャニング)が、光線をバーコード上面に走査(スキャン)することに限定されるということはできない。そして、乙第4、第5号証によれば、特開昭59-35276号公報には、「本発明では、電子走査型の読取センサを備えた光学的読取装置」(1頁右下欄18ないし19行)、「レンズ8の光学系を通してイメージセンサ9のフォト素子が並んだ読取線上に各バーの直交方向のバーコード映像を結像させる。従って、このイメージセンサ9の電子制御回路による電子走査の読取作動によりそのバーコードを電気的に変換することができる。」(2頁左下欄15行ないし20行)との記載が、社団法人日本電子機械工業会編「総合電子部品ハンドブック」(電波新聞社昭和55年7月30日第1版第1刷発行、昭和61年11月30日第1版第4刷発行)には、1次元固体撮像素子について、「定義 半導体基板表面に光電変換層があり、それが1次元アレイ状に複数個配列してある。光電変換層と並置して半導体基板表面に一体化集積された走査回路により、光電変換アレイを走査し、電気出力を取り出すデバイス。」(472頁左欄1行ないし6行)との記載がそれぞれあることが認められ、以上の記載によれば、引用例記載の発明の1次元固体撮像素子は、電子走査型の読取センサによってバーコードを読取っていることが認められる。そうすると、引用例記載の発明の1次元個体撮像素子を用いたバーコード読取装置が、バーコードに対して走査(スキャン)をしていないということはできない。
したがって、原告の主張は、採用することができない。
(3) 以上の事実によれば、本願発明と引用例記載の発明は、「スキャナー」の点で一致するものと認められる。
ところで、被告は、上記「スキャナー」の点は、一致点と認定した旨主張するけれども、審決は、引用例記載の発明には、本願発明の「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナー」の構成について明確な記載がないと認定して、「スキャナー」の構成も含めて相違点にあげているから、審決はこの点の判断を誤ったものといわざるを得ない。しかし、上記の点は一致点であるから、審決の上記誤りは、結局のところ、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断には影響を及ぼさないものというべきである。
2 取消事由1-2について
(1) 甲第2号証によれば、引用例の第1図には、引用例記載の発明のバーコード読取装置において、バーコード読取部1及びその取付台10が商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設されていることが図示されていることが認められる。したがって、「商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設され」との点を一致点とした審決の認定に誤りはない。
(2) もっとも、原告は、引用例記載の発明のバーコード読取装置は、上端が操作者側に向けて水平に曲折し台7上方にせりだしたL字状の取付台10の先端に、バーコード読取部1が真下を向いて取付けられているから、本願発明とは異なる旨主張するものと解される。しかし、引用例記載の発明のバーコード読取装置が原告の主張するような形態で取付けられているとしても、そのことにより「商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設され」との構成を失うものではないから、原告の上記主張は、採用することができない。
3 取消事由1-3について
甲第2号証によれば、引用例記載の発明には、光学的バーコード読取部の配置に関して、「側面に」配置することについて明確な記載がないことが認められる。したがって、上記「側面に」を相違点としてあげなかった審決は、相違点を看過した誤りがある。
しかしながら、甲第2号証によれば、引用例の第1図において、光学的バーコード読取部であるバーコード読取部1を、「その読取面を操作者側に向けて配置した」場合には、バーコード読取装置の側面に配置したといい得る状態になることが認められる。そうすると、審決における上記相違点の看過が審決の結論に影響を及ぼすか否かは、結局、「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置した」との相違点についての審決の認定判断が正当か否かによって決まるものというべきである。
4 取消事由2について
そこで、上記相違点についての審決の認定判断に関する取消事由2について検討する。
(1) 甲第2号証によれば、引用例には、「なお、実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示したが、操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取るようにしても実施例同様な効果が期待できる。」(3頁左下欄14行ないし17行)との記載があることが認められる。
上記「操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取るようにしても実施例同様な効果が期待できる。」との記載は、前段の「鉛直方向からバーコードを読取る装置」に対応するものであるから、鉛直方向以外の方向からバーコードを読取る装置のことを指すものと解される。
そして、甲第2号証によれば、引用例には、「光学系を有する場合には被写体に焦点があう範囲即ち結像可能範囲は通常有限な長さとなり、バーコードを正しく読取らせるためには、その範囲内にバーコードを位置させて商品を移動しなくてはならない。ところが店員にはその範囲が判りにくいので、読取り可能な上下範囲をそれぞれ第1図で示すバーコード読取部1の取付台10に線3、4を書いて明示してある。この線3、4によって、この幅の間に商品のバーコードを位置させ移動すればバーコード読取部1によって読取りが可能となる。」(2頁右下欄下から2行ないし3頁左上欄9行)の記載があることが認められ、上記記載によれば、鉛直方向からバーコードを読取る装置の場合には、操作者である店員は、線3、4の幅の間に商品のバーコードを位置させて商品を移動しなければならない関係上、バーコードを見ているものと解される。
そうすると、鉛直方向以外の方向からバーコードを読取る装置の場合について、「操作者の目視による認知が可能な方向」との記載における目視の対象は、バーコードではなく、バーコード読取部のうちの実際にバーコードを読取る面であると認められる。
したがって、引用例の上記記載は、引用例記載の発明において、スキャナーを、「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置した」ように構成することを示唆するものというべきであるから、上記構成は、上記記載から当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(2) もっとも、原告は、上記記載は、操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取る場合のことを述べたものであり、「操作者の目視による認知」の対象は、バーコードである旨主張するけれども、上記記載は、装置の変形例についての記述であり、「操作者の目視による認知」の対象は、バーコード読取部のうちの実際にバーコードを読取る面であることは、上記(1)の認定のとおりであるから、上記主張は採用することができない。
また、原告は、読取面は、単にバーコードを読取るための面にすぎず、ここからは光は何も出ていないから、読取面を操作者側に向けて配置することと、「光線の照射範囲」や「適切な読取り領域」を操作者が目視により容易に確認できるようにすることとは関係がないと主張する。しかし、読取るための面を操作者側に向けて配置し、操作者がこれを目視により認知できるようにすれば、操作者が適切な読取り領域を認識しやすくなることは明らかであるから、上記主張も採用することができない。
(3) したがって、「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置した」との相違点についての審決の認定判断に誤りはない。
5 取消事由1-3については、上記相違点についての審決の認定判断に誤りはないから、「側面に」の点について審決が相違点を看過したことは、審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。
6 以上のとおりであるから、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとした審決の認定判断は、その結論において正当であって、審決には、原告主張の違法はないといわざるを得ない。
第4 結論
よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成10年9月24日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
<省略>
別紙図面2
<省略>
理由
(1)(手続の経緯、本願発明の要旨)
本願は、平成3年11月26日に特願昭59-251143号(昭和59年11月28日)を基に分割出願をしたものであって、その発明は、補正された明細書及び図面の記載によれば
「商品の見栄えを損なうことなく商品データの登録ができ、チェッカーの操作性も良いバーコード読取装置を提供」(段落番号【0005】参照)することを目的とし、
「未登録商品を収納した容器を載置する第1の容器載置部と、この第1の載置部に隣接して設けられた登録済商品を収納する容器を載置する第2の容器載置部と、第1及び第2の容器載置部間の上方に未登録商品を収納した容器から登録済商品を収納する容器へ商品を移動させるための商品通過領域とを設け、この商品通過領域の側部上部に光学的バーコード読取部を配置することにより未登録商品を逆さまにする必要がなくなり、キャッシャの登録効率が向上するとともに、パック商品の中身が崩れたりして商品の見栄えを損なうことのないバーコード読取装置を提供」(段落番号【0035】より抽出)という効果を得るもので、その目的・効果を達成するための構成に欠くことができない事項として特許請求の範囲に記載された次のとおりの
「バーコードを付した未登録商品を収納した容器を載置する第1の容器載置部と、この第1の容器載置部に隣接して設けられ登録済商品を収納する容器を載置する第2の容器載置部と、第1及び第2の容器載置部間に形成された、未登録商品を収納した容器から登録済商品を収納する容器へ商品を移動させるための商品通過領域と、この商品通過領域の操作者側と反対の側縁部に立設され、側面に光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者側に向けて配置したスキャナーとを設け、前記未登録商品が前記商品通過領域を通過するとき前記光学的バーコード読取部でバーコードの読取りを行うことを特徴とするバーコード読取装置」であると認められる。
(2)(刊行物発明)
これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された特開昭59-195774号公報(以下「刊行物」という)には、
従来のPOS用非接触タイプのバーコード読取装置の欠点としてバーコード読取面が下になるという点があった。読取方向が下となっているため商品を逆さにしなくてはならない。しかし調理食品・刺身等の商品は逆さにすると、中身の商品の配列が崩れたり液体が散ったりするような不都合を生じるため、やむを得ず品名・価格・バーコードを印刷したラベルを下面にも添付するようにしてきたという欠点があった。このように従来のPOS用バーコード読み取り装置がバーコードを下方から読み取っていたのはもっぱら技術的な理由からであり、操作者の便宜のためではなかった。
そのため、この発明では上方からの読み取りが可能で安価なPOS用バーコード読み取り装置を提供する。(第2頁左上欄第1~17行ならびに左下欄第13行~右下欄第2行記載参照)
という目的・効果を有するものであって、
その目的を達成するための構成として、第1図~第4図とその詳細説明に関連して
バーコード読取装置において、
バーコードの像を結像させる光学系と、結像された光学像パターンを時系列の電気信号に変換する1次元固体撮像素子から成るバーコード読取部と、
該バーコード読取部は、操作者と反対方向の側縁部に立設された取り付け台10に取り付けられ、かつその取り付け位置は、未登録商品の入ったバスケット5と登録済み商品を入れるバスケット6の間の商品の移動範囲よりも上方にあり、且つ前記1次元固体撮像素子の素子列の方向が操作者による商品の移動方向と直角に近い角度をなしている
バーコード読み取り装置(主に第1図・第2図とその詳細説明参照)
上記構成に関連して、詳細な説明に次のような記載がある。「このように光学系を有する場合には被写体に焦点があう範囲すなわち結像可能範囲は通常有限な長さとなり、バーコードを正しく読み取らせるためには、その範囲内にバーコードを位置させて商品を移動しなくてはならない。ところが店員にはその範囲が判りにくいので、読取り可能な上下範囲をそれぞれ第1図で示すバーコード読取部1の取付台10に線3、4を書いて明示してある。」(第2頁右下欄第19行~第3頁左上欄第7行)
また、バーコード読み取りの光線とバーコードとの位置関係が垂直でなく、ある角度範囲にあれば読取り可能であることも第3頁左上欄第18行~右上欄第14行に記載されている。
さらに、バーコード読取部の取り付け方の変形として「実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示したが、操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取るようにしても実施例同様な効果が期待できる」(第3頁左下欄第14~17行)
の発明(以下、刊行物発明という)が記載されているものと認められる。
(3)(対比)
以下に、本願発明と刊行物発明とを対比する。
刊行物発明には、本願発明の「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者に向けて配置したスキャナー」の構成について明確な記載がないことのみで異(以下、相違点という)なり、目的・効果を含め他の点での相違はないものと認める。
(4)(相違点に対する当審の判断)
刊行物発明には、バーコード読取部の取り付け方の変形例を記載した「実施例では鉛直方向からバーコードを読取る装置を示したが、操作者の目視による認知が可能な方向からバーコードを読取るようにしても実施例同様な効果が期待できる」(第3頁左下欄第14~17行記載)の記載がある。
此の記載では、バーコード読取り光線とバーコードとの位置関係が必ずしも鉛直の関係になくともバーコード読取りが可能であるということである。また「目視」する対象が何であるのか明確でないが、バーコード読取りのための範囲が視認しにくいということは刊行物発明の上記詳細説明に記載されており、またバーコード読取技術においてバーコード読取りのための光線の照射を視認しながら読取操作するということは一般に行われていることで、文献でも本願出願以前の特開昭51-58826号公報に開示されているごとく、古くからの当該技術分野の技術者にとってはその設計に当たって考慮すべき技術事項の一にすぎない。
これらの技術事項を背景として上記記載事項を判断すると、「操作者の目視による認知」とは、バーコード読み取りのための光線の照射範囲もしくは適切な読取り領域を操作者が目視により認知すると解するのが妥当であり、操作者と反対方向の側縁部に立設された取り付け台10に取り付けられているバーコード読取部を有する刊行物発明にあっては、続取面を操作側に向けて配置することで、その光線の照射範囲もしくは適切な読取り領域を操作者が目視により容易に確認できることは明らかであるので、刊行物発明においても、鉛直でない操作者が目視による認知が可能な方向すなわち本願発明でいうところの「光学的バーコード読取部をその読取面を前記操作者に向けて配置したスキャナー」のように構成する事は当業者が該記載から容易に想到し得るところと認める。
(5)審判請求理由に対する検討
なお請求人は、審判請求理由第4頁第16行~21行において、刊行物発明の変形例について主張をしているが、該主張記載は文意不明であり、主張内容について理解できない。したがって上記「(4)(相違点に対する当審の判断)」の項の理由により該主張を採用することは出来ない。
(5)(むすび)
したがって、本願発明は、刊行物に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許をすることができない。