東京高等裁判所 平成9年(行ケ)238号 判決 1999年2月23日
愛知県日進市浅田町上納80番地
原告
マスプロ電工株式会社
代表者代表取締役
端山孝
訴訟代理人弁理士
石田喜樹
大阪府大東市中垣内7丁目7番1号
被告
船井電機株式会社
代表者代表取締役
船井哲良
訴訟代理人弁理士
役昌明
主文
特許庁が平成8年審判第11001号事件について平成9年8月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 請求
主文と同旨の判決
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「アンテナ装置」とする登録第2093657号実用新案(昭和63年8月25日出願、平成7年12月18日設定登録。以下「本件考案」という。)の実用新案登録権者である。
原告は、平成8年7月1日、本件考案の登録を無効とすることについて審判を請求をした。
特許庁は、この請求を同年審判第11001号事件として審理した結果、平成9年8月10日、審判請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同年9月11日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
パラボラ反射器と、前記パラボラ反射器によって反射された電波を受けるように前記パラボラ反射器に対向して配置されるフィードホーンと、前記フィードホーンからの電波を受ける導波管開口部が形成されかつ前記フィードホーンに接続されるケースと、前記ケースに収納されて前記導波管開口部から導かれた電波を周波数変換するための周波数変換回路部と、その一方端に前記パラボラ反射器が固着された支持アームとを備えるアンテナ装置において、
前記支持アームの他方端を前記フィードホーンと前記ケースとの接続部に固着し、
かつ前記ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させたことを特徴とする、
アンテナ装置。(別紙1第1図参照)
3 審決の理由の要旨
(1) 本件考案の要旨
本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
(2) 請求人の主張
請求人(原告)は、甲第2号証(実願昭59-8011号(実開昭60-119116号)のマイクロフィルム。審決時甲第1号証。以下、本訴における書証番号で表示する。)、甲第3号証(「BSアンテナの施工技術」50頁ないし53頁(昭和59年5月発行、テレビ受信向上委員会))、甲第4号証(原告が製造販売する衛星アンテナ「BSQ75・BSQ100・BSQ120」のパンフレット(昭和59年6月発行))、甲第5号証(「テレビ技術」7月号、’88/VOL.36第42頁ないし46頁(昭和63年7月1日発行、電子技術出版株式会社))、甲第6号証(甲第5号証の参考図)、甲第7号証の1ないし3(昭和63年4月27日付の納品書(株式会社ロケット発行)等)、甲第8号証(BSアンテナ「NE-BSA451」の取扱説明書(日本電気ホームエレクトロニクス株式会社発行))、甲第9号証(昭和63年4月21日、電波新聞抜粋)、甲第10号証(BSアンテナ及びBSコンバータ(NE-BSC200、NE-BSA451)に関する証明書(日本電気ホームエレクトロニクス株式会社映像メディア事業部発行))、及び甲第11号証(BSアンテナ及びBSコンバータ(NE-BSC200、NE-BSA451)に関する証明書(名古屋工業大学電気情報工学科教授池田哲夫発行))を提示するとともに、甲第9号証に掲載されたBSアンテナ「NE-BSA451」の構造の検証を申し立て、また、同アンテナが本件出願前に購入された事実を立証しようとして、検証申立書・証人尋問申請書を提出して、本件考案は、本件出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された考案及び公然知られた考案と同一であるから実用新案法3条1項の規定に違反して登録されたものであり、また、これらの考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであるから実用新案法3条2項の規定に違反して登録されたものであり、実用新案法37条1項の現定により、無効にされるべきであるべき旨主張している。
(3) 各甲号証
<1> 甲第2号証には、アンテナ装置に関し、「14はアーム7の先端部に取付けられた一次放射器本体を示す。この本体14は一次放射器要素15とコンバータ要素16とから構成されている。それらの要素は夫々左右に張り出すフランジ17、17、18、18を有しており、それらは相互に対向させた状態で止付ねじ19、19によって一体化されている。・・・21、21は挿入溝でフランジ17、17の元部において反射鏡5とは反対の側に形成してある。これらの溝21には前記二又片8が挿入され、その二又片8とフランジ17とが止付ネジ22で一体化固定してある。23は一次放射器要素15の内部に形成されている円形導波管で、図示はしないが円偏波を直線偏波に変換する変換器が内蔵されている。23aはステップアップアグプタ、24はコンバータ要素におけるケース本体16aに形成された矩形導波管を夫々示す。又コンバータ要素16において25は内部に備えられた回路基板で、マイクロ波の受信回路が備わっている。26は出力端子を示す。」(4頁8行ないし5頁7行)と記載され、また図面(別紙2第1図参照)には、コンバータ要素16のケースは直方体状でその長手方向一端面部に一次放射器要素が接続されるとともにその下側側面部から出力端子26が導出され、これらケースと一次放射器要素とが全体として直線上に配置される構造が示されている。
甲第3号証及び甲第4号証には、甲第2号証に示されたと同様な構造のアンテナ装置が示されている。
<2> 甲第5号証には、その「写真1」及び「第1図」(別紙3(甲第6号証)参照)に示された事項から、「パラボラ反射器と、フィードホーンと、ケースと、支持アームとからなるアンテナ装置であって、支持アームの他方端をフィードホーンに固着し、かつケースを扁平な直方体状とし、その偏平方向一端面部の中央付近にフィードホーンが接続され、その下側側面部から出力端子が導出される」構造が示されている。
甲第8号証、甲第9号証及びこれらに関係する甲各号証には、甲第6号証に示されたと同様な構造のアンテナ装置が示されている。
(4) 対比・判断
<1>(a) まず、本件考案と甲第2号証(ないし甲第4号証)に記載されたものとを比較すると、甲第2号証に記載された「反射鏡」、「一次放射器要素」、「コンバータ要素」、「回路基板」、「アーム」、「パラボラアンテナ」は、本件考案の「パラボラ反射器」、「フィードホーン」、「ケース」、「周波数変換回路部」、「支持アーム」、「アンテナ装置」にそれぞれ対応するから、両者は、
A.パラボラ反射器と、前記パラボラ反射器によって反射された電波を受けるように前記パラボラ反射器に対向して配置されるフィードホーンと、前記フィードホーンからの電波を受ける導波管開口部が形成されかつ前記フィードホーンに接続されるケースと、前記ケースに収納されて前記導波管開口部から導かれた電波を周波数変換するための周波数変換回路部と、その一方端に前記パラボラ反射器が固着された支持アームとを備えるアンテナ装置において、
B.前記支持アームの他方端を前記フィードホーンと前記ケースとの接続部に固着し、
たことを特徴とする、アンテナ装置、
である点で一致し、次のCの点で相違する。
C.本件考案では、前記ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させているのに対して、甲第2号証に記載されたものでは、前記ケース16は直方体状でその長手方向一端面部に一次放射器が接続されるとともにその下側側面部から出力端子26が導出され、これらケースと一次放射器とが全体として直線上に配置される点。
(b) そこで、この相違点について検討すると、本件考案における、「ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させる」は、本件明細書及び図面の記載から見て、「垂下」の用語から「ケースは長手ケースであり、その長手のケースの上部側面に導波管開口部が形成されており、ケースの下部から出力側端子が取り出されていて、垂下とは、このようなケースを逆L字状になるように配置させた」ものであると認められる。
一方、甲第2号証に記載された、「ケース16は直方体状でその長手方向一端面部に一次放射器が接続されるとともにその下側側面部から出力端子26が導出され、これらケースと一次放射器とが全体として直線上に配置される」ものは、「垂下」されるものではなく、両者の構成は異なるものである。
(c) そして、この構成上の相違によって、本件考案は、本件明細書に記載されるように、
比較的長手のケースが、例えば垂直(またはそれに近い姿勢)に垂下するように配置されるので、アンテナ装置の水平方向の寸法が、高価な曲がり導波管を用いなくても、従来に比べて大幅に小さくできる。
ケースを垂直に配置すれば、支持アームにかかる荷重が従来に比べて大幅に改善されるので、支持アームの構造的な強度があまり大きくなくてもよくなり、コストを低くできる。
などの効果を奏するものである。
(d) したがって、本件考案が、上記甲第2ないし第4号証に記載された考案と同一であるとも、また、これらの考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものともすることはでき参い。
<2>(a) 次に、本件考案と甲第5号証(ないし甲第11号証)に記載されたものとを比較すると、両者は、
A.パラボラ反射器と、前記パラボラ反射器によって反射された電波を受けるように前記パラボラ反射器に対向して配置されるフィードホーンと、前記フィードホーンからの電波を受ける導波管開口部が形成されかつ前記フィードホーンに接続されるケースと、前記ケースに収納されて前記導波管開口部から導かれた電波を周波数変換するための周波数変換回路部と、その一方端に前記パラボラ反射器が固着された支持アームとを備えるアンテナ装置、
である点で一致し、次のB、Cの点で相違する。
B.本件考案では、前記支持アームの他方端を前記フィードホーンと前記ケースとの接続部に固着しているのに対して、甲第5号証に記載されたものでは、前記支持アームの他方端をフィードホーンに固着している点。
C.本件考案では、前記ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させているのに対して、甲第5号証に記載されたものでは、ケースを扁平な直方体状とし、その偏平方向一端面部の中央付近にフィードホーンが接続され、その下側側面部から出力端子が導出される点。
(b) そこで、相違点Bについて検討すると、支持アームの他方端の固着は、甲第5号証に記載のものでは、その写真及び図面から、「フィードホーン」になされており、「フィードホーンとケースとの接続部」になされた本件考案とは相違する。
(c) 次に、相違点Cについて検討すると、本件考案における、「ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させる」は、前記<1>(b)のとおりである。
一方、甲第5号証に記載された、「ケースを扁平な直方体状とし、その偏平方向一端面部の中央付近にフィードホーンが接続され、その下側側面部から出力端子が導出される」ものは、「垂下」されるものではなく、両者の構成は異なるものである。
(d) そして、これらの構成上の相違によって、本件考案は、前記したような効果を奏するものである。
(e) したがって、本件考案が、甲第5ないし第11号証に記載された考案と同一であるとも、またこれらの考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものともすることはできない。
(5) むすび
以上のとおりであるから、請求人(原告)の主張する理由及び提出した証拠によっては、本件考案の登録を無効とすることはできない。
第3 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)(本件考案の要旨)、(2)(請求人の主張)、及び(3)(各甲号証)は認める。
同(4)(対比・判断)<1>中、(a)のうち、本件考案と甲第2号証(ないし甲第4号証)に記載されたものとはCの点で相違することは争い、その余は認める。(b)ないし(d)は争う。
同(4)<2>中のうち、本件考案と甲第5号証(ないし甲第11号証)に記載されたものとは、Cの点で相違することは争い、その余は認める。(b)は認め(ただし、相違点Bに対する判断として完結していない。)、(c)ないし(e)は争う。
同(5)(むすび)は争う。
審決は、本件考案の要旨の解釈を誤ったため、一致点を誤って相違点と認定し、かつ、相違点についての判断を誤ったため、本件考案は、甲第2ないし第11号証に記載されたものと同一でもなく、甲第2ないし第11号証に記載されたものからきわめて容易に推考できたものとも認められないと新規性、進歩性についての判断を誤ったものであるから、違法なものとして取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(新規性についての判断の誤り)
審決は、本件考案は甲第2号証に記載された考案と同一であるとは認められない旨(審決の理由の要点(4)<1>)判断するが、誤りである。
<1> 「垂下」の解釈
審決は、「垂下」の用語から「ケースは長手ケースであり、その長手のケースの上部側面に導波管開口部が形成されており、ケースの下部から出力側端子が取り出されていて、垂下とは、このようなケースを逆L字状になるように配置させた」ものであると認定するが(審決の珪由の要点(4)<1>(b))、誤りである。本件考案の要旨にいう「垂下」は、「ケースを前記導波管開口部が出力側端子の上にかつ出力側端子が導波管開口部の下になる」ことを意味するにすぎないものである。
(a) すなわち、本件明細書の考案の詳細な説明中の「垂下」についての記載を列記すると、次のとおりであるが、「垂下」の用語を定義付ける記載は見当らない。
「ケースを導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させた」(甲第15号証3欄15行ないし17行)、
「ケースは、導波管開口部が上になるように垂下させ」(同3欄28行、29行)、
「比較的長手のケースが、たとえば垂直(またはそれに近い姿勢)に垂下するように配置されるので」(同3欄34行ないし36行)、
「ケース18は、フィードホーン14との接続部が上になるように垂下される。」(同4欄22行、23行)、
「なお、上述の実施例では、ケース18を垂下するように配置したが、これに限定されず、ケース18を垂直またはそれに近い姿勢で配置されても、水平方向の寸法の小形化と重量バランスの改善とが同時に達成できるのはいうまでもない。」(同4欄42行ないし5欄2行)
また、ケース18自体の形状や導波管開口部の形成位置を明確に限定する記載も見当らず、せいぜいケースの形状に関しては、前記「比較的長手のケースが、たとえば垂直(またはそれに近い姿勢)に垂下歩るように配置されるので」(同3欄34行ないし36行)との記載が認められる程度である。
(b) また、本件考案の要旨にいう「ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように」は、「ケースを・・が上にかつ・・が下になるように」という文章の構成自体からすると、「上」は「下」に対する位置関係を、「下」は「上」に対する位置関係をそれぞれ示しているとみるのが自然であるし、従来のアンテナ装置においては導波管開口部と出力側端子とが水平方向に配置されていたこととの対比も、この点を裏付けるものである。
(c) さらに、導波管開口部をケース側面の上部又は中央部のいずれに形成したとしても、ケースを垂下させた場合のケース自体の重心の水平方向の位置は変らず、支持荷重の低減という効果に関しては同じであり(別紙4参考図D、参考図E参照)、ケース側面の上部に導波管開口部を形成することの意味は全くない。
(d) なお、本件図面の第1図及び第2図(別紙1参照)には、長手ケースやケースの上部側面に形成された導波管開口部が記載されているが、第1図及び第2図は本件考案の一実施例が図示されているにすぎず、これらの図面から、「垂下」の意義を限定して解釈することはできない。
(e) そうすると、本件考案の要旨にいう「垂下」は、「ケースを前記導波管開口部が出力側端子の上にかつ出力側端子が導波管開口部の下になるようにたれさげる」と認定すべきであって、「垂下」との用語を根拠に、「ケースは長手ケースである」とか、「その長手のケースの上部側面に導波管開口部が形成されている」とか限定して認定することはできないものである。
<2> 相違点Cの認定の誤り
審決は、本件考案と甲第2号証に記載されたものとは、相違点C、すなわち、本件考案では、前記ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させでいるのに対して、甲第2号証に記載されたものでは、前記ケース16は、直方体状でその長手方向一側面部に一次放射器が接続されるとともにその下側側面部から出力端子26が導出され、これらケースと一次放射器とが全体として直線上に配置される点において相違する旨認定するが、誤りである。
(a) 本件考案の要旨にいう「垂下」は、上記<1>のとおり、「ケースを前記導波管開口部が出力側端子の上にかつ出力側端子が導波管開口部の下になるようにたれさげる」と解すべきところ、甲第2号証に記載されたものも、一次放射器要素15の内部に形成されている円形導波管23と連通するケース本体16aに形成された矩形導波管24の開口部が、本件考案の導波管開口部に相当し(別紙2第4図参照)、導波管開口部が上にかつ出力端子26(出力側端部)が下になるように、本件考案のケースに相当するコンバータ要素16を一次放射器要素15に垂れ下げる構成を有しているから、本件考案と構成において同一である。
(b) なお、本件考案の「ケースの形状」については、本件明細書の実用新案登録請求の範囲において限定されておらず、本件考案の特徴とはいえないものである。
(2) 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)
審決は、本件考案は、甲第2ないし第11号証に記載されたものからきわめて容易に推考できたものとは認められない旨判断するが、誤りである。本件考案は、甲第2号証及び甲第5号証に記載されたものに基づいて当業者であればきわめて容易に想到することができたものである。
<1> 相違点Cの認定の誤り
審決は、本件考案と甲第5号証に記載されたものとは、相違点C、すなわち、本件考案では、前記ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させているのに対して、甲第5号証に記載されたものでは、ケースを扁平な直方体状とし、その偏平方向一端面部の中央付近にフィードホーンが接続され、その下側側面部から出力端子が導出される点において相違すると認定するが、誤りである。
本件考案の要旨にいう「垂下」の意味は、前記(1)<1>のとおりであるから、甲第5号証のケースが扁平な直方体状であることや、フィードホーンが接続される導波管開口部の位置が中央付近であることは、何ら相違点ではない。
<2> そして、「支持アームの他方端の固着個所」については、その固着個所をフィードホーンとケースとの接続部とすることは、技術の具体的適用に伴う設計変更であって、甲第2号証にも記載されているものであり、当業者がきわあて容易に想到し得たことである。
第4 審決の取消事由に対する認否及び反論
1 認否
審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。2 反論
(1) 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について<1> 「垂下」の意味について
「垂下」の用語から「ケースは長手ケースであり、その長手のケースの上部側面に導波管開口部が形成されており、ケースの下部から出力側端子が取り出されていて、垂下とは、このようなケースを逆L字状になるように配置させた」ものであるとの審決の認定に何ら誤りはない。
(a) 本件考案の要旨にいう「垂下」の意味するところは、本件明細書に記載された考案の技術的内容との関連において理解すべきである。
(b) 本件明細書の実用新案登録請求の範囲に記載のとおり、「パラボラ反射器によって反射された電波を受けるように前記パラボラ反射器に対向して」、フィードホーンが配置されている。パラボラ反射器は、衛星からの電波を受信するために設置されるものであるから、フィードホーンは水平又は水平に近い姿勢に配置させることが必要であり、このようなフィードホーンの配置を前提として、フィードホーンからの電波を導く導波管開口部を有するケースを「垂下させた」ものであるから、審決が認定したように「ケースを逆L字状に配置させた」ことになるのである。
(c) 「ケースが長手ケースである」という審決の認定は、ケースが長手のBSコンバータを内蔵することを前提としている。BSコンバータが長手であることは、本件考案の出願当時自明であり、本件明細書においても〔考案が解決しようとする課題〕において、「BSコンバータ4がフィードホーシ2より重くかつ長手であるということもあって(甲第15号証2欄10行ないし12行)、「従来の装置では、長手のBSコンバータ4が水平に配置されているので、水平方向寸法が長くなり、取り扱いが容易ではなかった。」(同2欄18行ないし20行)とその認識を示している。
(d) そもそも「垂下」とは、物体の支持状態を示す用語であり、支持する支点の垂直下方に物体の重心が存在することであり、かつ、支点において曲げモーメントがほとんど作用しない状態をいうものであるから、審決の認定は自然な解釈に基づくものである。
(e) 「垂下」を「ケースを導波管開口部が出力側端子の上にかつ出力側端子が導波管開口部の下になるように」と解すべきであるという原告の主張は、「電気信号の流れ」に関することで、ケースの構造とは無関係である。
<2> 甲第2号証に記載されたもの
甲第2号証に記載されたものにおいては、一次放射器とケースとが水平方向に直線状に配置されている。
したがって、甲第2号証には、本件考案の背景となる技術が開示されているだけであり、本件考案は甲第2号証に記載されたものと同一ではない。
(2) 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)
<1> 相違点Cについて
本件考案の要旨にいう「垂下」とは、上記(1)<1>のとおり、物体を支持する際に、支点の垂直下方に物体の重心が存在することであり、かつ、支点において曲げモーメントがほとんど作用しない状態をいうものであるところ、甲第5号証のように偏平な直方体状ケースを中央付近で支持した場合には、直方体状ケースの重心が支持部の垂直下方に存在しないので、「垂下」には当たらない。
<2> 相違点Bについて
甲第2号証及び甲第5号証に記載されたものは、支持アームの先端部にかかる曲げモーメントについては全く認識していないから、甲第2号証に記載された技術を甲第5号証に記載の考案に適用することは困難である。
理由
1 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について
甲第5号証に記載のものを主引用例とする進歩性の判断(審決の理由の要点(4)<2>)の当否について検討する。
(1) 争いのない一致点、相違点
本件考案と甲第5号証に記載されたものとは、審決認定の一致点で一致し、審決認定の相違点Bで相違していることは、当事者間に争いがない。
(2) 相違点C(垂下)の認定の当否について
<1>(a) 本件明細書の考案の詳細な説明及び添付の図面について検討すると、甲第15号証によれば、本件明細書の考案の詳細な説明には、次のとおり記載されていることが認められる。
〔考案の効果〕
「この考案によれば、比較的長手のケースが、たとえば垂直(またはそれに近い姿勢)に垂下するように配置されるので、アンテナ装置の水平方向の寸法が、高価な曲がり導波管を用いなくても、従来に比べて大幅に小さくできる。したがって、アンテナ装置の取り扱いが容易になる。
それとともに、ケースを垂直に配置すれば、支持アームにかかる荷重が従来に比べて大幅に軽減されるので、支持アームの構造的な強度があまり大きくなくでもよくなり、コストを低くできる。しかも、ケーブルが接続される出力端を下にすれば、従来のものと異なり、ケーブルの引き廻しに無理が生じないので、ケーブルやコネクタへのストレスが軽減されるという利点もある。」(3欄34行ないし4欄3行)
〔実施例〕
「第1図および第2図を参照して、この実施例のアンテナ装置10はパラボラ反射器12を含み、パラボラ反射器12によって反射された電波を受けるように、パラボラ反射器12に対向してその焦点またはその付近にフィードホーン14が略水平に配置される。」(4欄8行ないし13行)
「BSコンバータ16はたとえばアルミニウムからなる直方体のケース18を含み、このケース18の側面には導波管開口部20が形成され、フィードホーン14からの電波がこの側面の導波管開口部20を経て導入される。すなわち、フィードホーン14とケース18とは、たとえばL字状に略直交するように接続され、ケース18は、フィードホーン14との接続部が上になるように垂下される。」(4欄15行ないし23行)
「なお、上述の実施例では、ケース18を垂下するように配置したが、これに限定されず、ケース18を垂直またはそれに近い姿勢で配置されても、水平方向の寸法の小形化と重量バランスの改善とが同時に達成できるのはいうまでもない。」(4欄42行ないし5欄2行)
そして、甲第15号証によれば、本件明細書に添付された第1図及び第2図(別紙1参照)には、長手のケースを使用した実施例が図示されていることが認められる。
(b) しかしながら、本件実用新案登録請求の範囲には、「ケース」が「長手ケース」であると明示的に限定する記載はない。
また、本件実用新案登録請求の範囲には、「前記ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させた」との記載があるが、「垂下」は、一般に「たれさがること。また、たれさげること。」(甲第16号証)との意味を有するものであり、「垂下」との言葉から、垂下の対象である「ケース」が長手であることと解することもできない。
(c) そして、ケースについて長手という限定がなくとも、ケースの外寸のうち最も短い辺が水平方向になるように配置すれば、水平方向の寸法の最小化及び曲げモーメントの最小化という効果を奏するものと認められる。
また、ケースを垂直の姿勢に配置した場合、導波管開口部をケース側面の上部に形成した場合と、中央部に形成した場合とでは、水平方向におけるケース自体の重心の位置は変らず(別紙4参考図D、参考図E参照)、水平方向の曲げモーメントの最小化という効果において同様であると認められる。
(d) 以上によれば、本件考案の要旨にいう「ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させた」は、本件明細書の考案の詳細な説明及び添付の図面を参酌しても、水平方向の寸法の最小化及び曲げモーメントの最小化のために、ケースの外寸のうち最も短い辺が水平方向になるように配置し、導波管開口部が出力側端部の上になるように配置することを意味するものと認められるが、それ以上に、ケースが長手のものであることや、導波管開口部がケースの最上部に設けることを意味するものとは認められない。
(e) 被告はBSコンバータが長手であることは出願当時自明であり、ケースがこの長手のBSコンバータを内蔵することは本件考案の前提とされている旨主張するが、本件考案の要旨にいう「周波数変換回路部」はBSコンバータには限られないし、しかも、BSコンバータが長手の形態のものに限られることを認めるに足りる証拠はないから、被告の上記主張は採用することができない。被告のその余の主張も、上記に説示したところにより、採用することができない。
<2> 甲第5号証に記載されたもの
甲第5号証に記載されたものが、ケースを偏平な直方体状とし、その偏平方向一端面部の中央付近にフィードホーンが接続され、その下側側面部から出力端子が導出される構造のものであること(審決の理由の要点(3)<2>)は、当事者間に争いがない。
<3> まとめ
そうすると、本件考案と甲第5号評に記載されたものとは、「ケースを前記導波管開口部が上にかつ出力側端部が下になるように垂下させた」点においても一致しているものであり、審決の相違点Cの認定は誤りであるといわなければならない。
(3) 相違点B(接続部に固着)の判断の誤りについて
<1> 甲第2号証の記載事項の認定(審決の理由の要点(3)<1>)は当事者間に争いがなく、したがって、甲第2号証に記載されたものにおいても、支持アームの他方端をフィードホーンとケースとの接続部に固着するものであることは明らかであり、また、このことは公知の技術であると認められる(甲第3、第4、第21号証)。
そして、甲第5号証に記載のものに、同じアンテナ装置の技術である甲第2号証に記載の上記構成に係る技術を組み合わせて、相違点Cにおける本件考案の構成を採択することは、当業者にとってきわめて容易に推考できたものと認められる。
また、本件考案の奏する効果も、甲第5号証に記載のものに甲第2号証に記載の技術を組み合わせたものが奏すると予測される範囲のものと認められる。
上記認定に反する被告の主張は、上記に説示したところにより、採用することができない。
<2> したがって、審決の相違点Bについての判断は、誤りである。
(4) 結論
以上に説示の審決の認定、判断の誤りは、審決の結論に影響するものと認められるから、進歩性の判断の誤りをいう原告主張の取消事由2は理由があり、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がある。
2 よって、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成11年2月9日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
別紙1
<省略>
別紙2
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別紙3
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別紙4
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