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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)242号 判決 1998年7月21日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1) 専用使用権者による使用商標(A)の使用について

<1>  《証拠略》によれば、使用商標(A)の付された乙第八号証(審決時甲第二号証)に撮影の女性用バッグは、平成三年五月ころ、東京都新宿区新宿三丁目二六番一一号所在の株式会社高野において販売されていたものであるが、このバッグは、当時本件商標の専用使用権者であったシカタクリエイティブが製造して卸していたものであることが認められ、この認定に反する証拠はない。

<2>  原告は、上記認定に供した乙第五号証(遠藤晃規作成の陳述書)を本訴において提出することはできない旨主張するが、株式会社高野で販売されていた乙第八号証(審決時甲第二号証)に撮影のバッグがシカタクリエイティブの製造に係るものであることは審決時既に主張されていたところであり、この点を更に明確に立証するため、審決取消訴訟において、証拠を追加提出することが許されないと解すべき理由はなく、原告の上記主張は採用することができない。

<3>  そうすると、本件商標の専用使用権者であったシカタクリエイティブは、平成三年五月ころ、使用商標(A)を本件商標の指定商品である「かばん類」に使用したものであり、これと同旨の審決の認定(審決書三七頁一二行ないし一四行)に誤りはなく、原告主張の専用使用権者による使用商標(A)の使用についての取消事由は理由がない。

(2) 混同のおそれについて

<1>  使用商標(A)と引用商標との類似について

(a) 《証拠略》によれば、引用商標は、一九四五年、エレーヌ・ゴードン・ラザレフにより、フランスの女性ファッション雑誌「ELLE」のためにデザインされたものであり、文字が縦長であり、各文字の右端が縦方向に拡大された点に特徴があることが認められる。

(b) 本件商標は、審決書別紙(1)に記載のとおり、「ELLE-de-ELLE」と横書きしてあり、「ELLE」の各文字の右端を縦方向に拡大したとの特徴を有さないものであるが、使用商標(A)は、審決書別紙(2)に記載のとおり、「ELLE」の文字を二段に表して、その間に極めて小さく「DE」と記載し、二つの「ELLE」は、各文字が縦長で右端を縦方向に拡大したとの特徴を有する引用商標と同一の字体を採用したものである。

そうすると、使用商標(A)は、取引者、需要者によって引用商標を二つ上下に並べて表示したものと認識されやすいものと認められる。

(c) 原告は、使用商標(A)の構成中の「ELLE」の文字部分は、英語の教科書などにおいて広く用いられているありふれたものであると主張するが、そのように広く用いられていることを認めるに足りる使用例の証拠は提出されておらず、また公知の事実ともいえないから、これを認めることはできない。

<2>  引用商標の周知性について

(a) 《証拠略》によれば、日英仏独対照服飾辞典(昭和四七年二月二五日日比谷図書館受入れ)には、「エル」の項目に、「フランスのファッション・ブックを兼ねた大型女性週刊誌の名。現代感覚にあふれた若い女性向きの雑誌として知られ、ファッションに重点をおいた点に特徴がある。エル社は日本の帝人と提携し、一九七〇年よりファッション産業のシステム化をはかる一方、平凡出版ではその日本版として《アンアン・エル・ジャポン》を隔週刊で出版している。」と記載されていることが認められる。

《証拠略》によれば、増補版服装大百科事典下巻(昭和五四年七月二〇日増補版第二刷発行)の「エル」の項目に、「フランスの若い女性向き週刊誌。この雑誌はファッション中心の編集で、フランスの若い女性のおしゃれに多大の影響を与えているが、最近では「エル・ファッション」といわれて、全世界の若い女性たちの間に支持者を持つようになっている。そのデザインは、現代感覚に満ちあふれ、しかも親しみやすい点が特徴である。」と記載されていることが認められる。

《証拠略》によれば、一九八八年(昭和六三年)五月三〇日付けで発行されたフランス版雑誌「ELLE」が二二一二号であることが認められる。

《証拠略》によれば、被告から雑誌につき引用商標の使用許諾を受けた株式会社タイム アシェット ジャパンは、表紙に大きく引用商標を記載した雑誌「エル・ジャポン」を平成元年以前から発行しており、その内容も、ファッションを中心としたものであることが認められる。

(b) さらに、《証拠略》によれば、被告は、昭和六三年以前から、日本の会社を介して、次のとおり、引用商標につき使用権を設定し、引用商標を使用したライセンス事業を営んでおり、上記使用権の設定を受けた企業による引用商標を付した商品の総売上額は、昭和六三年において五六億円に達していることが認められる。

婦人服、子供服等 東京イトキン株式会社

婦人ハンカチーフ 川辺株式会社

婦人靴下類、子供ソックス等 福助株式会社

婦人エプロン 中西縫製株式会社及び株式会社サロンジェ

婦人水着等 株式会社岸田

婦人手袋 株式会社サンダイ

婦人ナイトウエア等 荒川株式会社

婦人帽子等 アルプス・カワムラ株式会社

婦人傘、子供傘等 ムーンバット株式会社

婦人バッグ類等 エル ファッション アクセサリー株式会社

(c) 以上に認定の事実によれば、引用商標は、少なくとも平成三年五月以前に、ファッションを主に扱う女性雑誌の商標として我が国において取引者、需要者間に広く認識され、さらに、引用商標を使用したライセンス事業により、婦人服、女性用バッグ等の商標としても、取引者、需要者間に相当程度認識されていたものと認められる。

<3>  混同のおそれについて

上記<1>、<2>において認定した事実によれば、平成三年五月当時、引用商標はファッションを主に扱う女性雑誌の商標として既に日本国内で周知であったと認められ、婦人服、女性用バッグ等の商標としても相当程度知られていたと認められるところ、ファッションに関連する商品である女性用バッグに、引用商標を上下に並べて表示したものと認識されやすい使用商標(A)を付して販売すれば、取引者、需要者によって、その商品が被告又は被告と経済的若しくは組織的に何らかの関係がある者の業務に係る商品ではないかとその出所について誤認混同されるおそれがあるものと認められる。

<4>  原告の主張に対する判断

(a) 原告は、商標法五三条一項は、登録商標権者にとって極めて厳しい責任を規定したものであり、商標法五一条一項との均衡上、他人の業務に係る商品との混同の有無の判断においては一層厳格な認定が求められるべきであり、単なる「混同のおそれ」を認定するだけでは足りない旨主張する。

確かに、商標法五三条一項は商標権者の行為ではない使用権者の不正使用行為により商標権消滅の効果を生じさせるものであるが、このことから、他人の業務に係る商品との混同のおそれの判断において特別な認定方法が要求されているものと解することはできず、また、商標法五三条一項にいう「混同」とは、同法が一般需要者の利益保護をも目的としていることに照らし、混同を生ずるおそれが具体的に認められる場合も含むものと解されているから、原告の上記主張は採用することができない。

(b) また、原告は、使用商標(A)は、「ELLE」という言葉を大文字で表示し、これを二段に列記し、この間に「DE」なる文字を挿入して外観上は三列の文字から成立しており、発音上も、「エル ドゥ エル」と発音し、その言葉の意味においても、「女の中の女」との意味を表すものであり、引用商標とは異なる旨主張する。

しかしながら、原告のこの点の主張は、使用商標(A)が本件商標どおり「ELLE-de-ELLE」と認識されることを前提とする主張であるといわなければならないところ、前記説示のとおり、使用商標(A)は、「ELLE」の文字を二段に表して、その間に極めて小さく「DE」と記載し、二つの「ELLE」は各文字が縦長で右端を縦方向に拡大したとの特徴を有する引用商標と同一の字体を採用したとの変更使用により、引用商標を二つ並べて表示したものと認められやすいものであるから、原告のこの点の主張は採用することができない。

(c) 原告は、「ELLE」なる文字が使用された登録商標が多数存在することから、その文字が他の文字とともに一列又は並列的に使用されたときは、それぞれが非類似の商標と特許庁において判断され、取り扱われている旨主張するが、本件での問題は、上記説示のとおり、「ELLE」を二段に重ねたものと認識されやすい使用商標(A)と「ELLE」商標(引用商標)との間の類似性の問題であり、「ELLE」に何かを組み合わせたものと認識される商標と「ELLE」商標(引用商標)との間の類似性の問題ではないから、原告のこの点の主張は、本件の争点とは無関係であるといわなければならない。

(d) さらに、原告は、引用商標はバッグに使用されるとき「PARIS」なる単語と一体として使用され(甲第二二号証)、渾然一体となって「エル パリス」との称呼を生じ、使用商標(A)とは異なった使用が行われていることを混同のおそれがないと解すべき一事情として主張する。

しかしながら、引用商標の「雑誌」での使用において「PARIS」なる単語と一体として使用されていることをうかがわせる証拠はなく、バッグ等の婦人洋品での使用においても、必ずしも「PARIS」がすべてに併記されているものではない上に、原告が指摘する甲第二二号証の例においても、「ELLE」の文字の大きさに比し、「PARIS」の文字の大きさはその四分の一にも満たない程度のものにすぎないことが認められ、このことからすると、「ELLE」と「PARIS」が渾然一体となって「エル パリス」との称呼が生ずる等と解することはできないから、具体的使用態様において、使用商標(A)が「PARIS」を併記していないことをもって、引用商標と混同のおそれがないと認めることはできず、原告の上記主張は採用することができない。

<5>  まとめ

そうすると、専用使用権者による商品「バッグ」についての使用商標(A)の使用は、請求人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがあるとの審決の認定、判断に誤りはなく、原告の混同のおそれについての取消事由は理由がない。

(3) 法条適用の誤り等について

<1>  原告は、本件商標権は、平成四年五月二五日、当時の商標権者であるシカタセントラルから専用使用権者であったシカタクリエイティブ(原告)に譲渡され、専用使用権は混同によって消滅したから、不正使用による商標権の取消しは、商標法五三条一項ではなく、商標法五一条一項の要件を満たすか否かによって判断されるべきであると主張する。

しかしながら、本件で被告が不正使用による取消しの原因として主張する行為は、シカタクリエイティブが本件商標の専用使用権者であった当時の専用使用権者としての行為であるから、被告の請求の当否の判断に当たり、商標法五三条一項の要件を満たすか否かが判断されるべきであることは当然であり、この点は、専用使用権者が不正使用の行為の後に商標権者となったことにより何ら左右されるものではないと解されるから、原告の法条適用の誤りの主張は理由がない。

<2>  さらに、原告は、仮に適用法条に誤りがないとしても、審判官はシカタクリエイティブの専用実施権の消滅を職権により探知し認識していたのであるから、審決においてはこの点に触れ理由を述べて判断すべきところ、審決は何らその理由を述べていないから、理由不備の違法を免れないと主張する。

しかしながら、上記<1>で説示のとおり、シカタクリエイティブが後に本件商標の商標権者となり、専用実施権が混同により消滅したとしても、商標法五三条一項が適用されることに変わりはなく、この点の解釈に判例学説上争いがあったわけではないから、審決が、適用法条の点について理由を述べなかったことをもって理由不備の違法があるとすることはできず、原告のこの点の主張は理由がない。

(4) 結論

以上のとおり、原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく、不正使用による取消しの要件の一つである登録商標との類似範囲の使用の点についての審決の認定(審決書三四頁一四行ないし三五頁一五行)にも誤りはないと認められるから、結局、原告の本訴請求は理由がないというべきである。

三  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する(平成一〇年六月二日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

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