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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)254号 判決 1999年10月20日

原告

日本化薬株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

被告

特許庁長官【C】

指定代理人

【D】

【E】

【F】

【G】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成9年異議第71385号事件について、平成9年9月4日にした特許異議の申立てについての決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年11月5日、名称を「光ディスク用オーバーコート組成物」とする発明につき特許出願をし(特願昭62ー278272号)、平成8年7月8日に設定登録(特許第2537644号)を受けた。

【H】は、平成9年3月25日、本件特許につき特許異議の申立てをした。

特許庁は、同申立てを平成9年異議第71385号事件として審理したうえ、同年9月4日、「特許第2537644号の特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同月22日、原告に送達された。

2  本件発明の要旨

別紙記載のとおり

3  本件決定の理由の要点

本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、本件発明が、特開昭60ー152515号公報(以下「刊行物1」という。)及び特開昭61ー144744号公報(以下「刊行物2」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものであり、同法113条1項2号に該当し、同法114条2項の規定によりその特許を取り消すべきものであるとした。

第3  原告主張の本件決定取消事由の要点

本件決定の理由中、本件発明の要旨の認定、刊行物1の記載事項(1a)~(1g)の認定(決定書4頁4行~7頁6行)、刊行物2の記載事項の認定(同7頁11行~9頁13行)、刊行物1の記載事項(1a)、(1c)に記載された化合物が本件発明の化合物(A)と一致すること、同記載事項(1d)に記載された併用モノマーが本件発明の化合物(B)と一致すること、同記載事項(1f)に記載された開始剤及び/又は増感剤が本件発明の光重合開始剤(C)と一致すること、並びに相違点の認定は認める。一致点の認定及び相違点についての判断は争う。

本件決定は、刊行物1に記載された発明を誤認したために一致点の認定を誤り(取消事由1)、さらに相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本件発明が、刊行物1、2にそれぞれ記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)

(1)  本件決定は、本件発明と刊行物1記載の発明とが、「下記一般式[Ⅰ]で示される化合物(A)

R O   O R

| ∥ ∥ | [Ⅰ]

CH2=C-C-O-CH2 CH2-O-C-C=CH2

(式中、R は水素原子またはメチル基を意味する。)と、分子中に1個以上のエチレン性不飽和基を有する一般式[Ⅰ]以外の化合物(B)及び任意成分として光重合開始剤(C)を含有することを特徴とする光ディスク用の組成物」(決定書13頁4行~下から5行)の点で一致すると認定したが、それは誤りである。

すなわち、本件決定は、上記一致点の認定の根拠として、刊行物1に「本発明の光学材料は、例えば・・・ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料として好適に用いられる」(決定書7頁3~6行)との記載があること、及び本件発明における「光ディスク」が上記「ビデオディスク等のディスク類」を含むことを挙げており(決定書12頁14行~13頁1行)、このことからすると、刊行物1に、本件発明の記録膜用オーバーコート組成物を含む光ディスク用のすべての部材が開示されているとの前提で、本件発明と刊行物1記載の発明とが「光ディスク用の組成物」である点で一致するとの認定をしたものと認められる。しかしながら、後記(2)、(3)のとおり、刊行物1には、ディスク基板としての材質が開示されているにすぎず、記録膜用オーバーコート組成物という用途については記載も示唆もなされていないというべきである。

(2)  刊行物1には、そこに記載された発明が「プラスチック光学材料」であることが示されており(甲第5号証1頁右下欄6行等)、また、「本発明における重合方法は、特に限定されず、公知の重合方法、例えば注型重合法が用いられる。この方法によれば、・・・モールド間に、ラジカル重合開始剤を含む前記モノマー成分を注入して重合させる。」(甲第5号証3頁左上欄13~18行)、「モノマー溶液を、2枚のガラス板とシリコンラバー製ガスケットで組まれたモールド中に注入し、」(同頁左下欄12~14行)との記載があって、その発明が注型重合法によって重合されることが記載されている。これらの記載によれば、刊行物1に記載された発明は、レンズやプリズムなど、一定の体積を有する物体としての光学材料であり、ディスク類でいえば、ディスク基板が記載されていることが明らかである。

もっとも、刊行物1には、紫外線照射等の手段を用いて硬化させることも記載されている。そして、本件明細書に「現在、民生用のコンパクトディスク記録媒体用オーバーコート剤として紫外線硬化型オーバーコート剤が使用されている。」(甲第4号証2欄9~11行)との記載があるように、オーバーコート膜などの膜形成樹脂としては、紫外線硬化樹脂が好ましいが、逆にすべての紫外線硬化樹脂が記録膜用オーバーコート組成物に適している訳ではない。このことは、本願明細書の比較例の記載(甲第4号証8欄12~21行)中に、紫外線硬化樹脂であっても、記録膜用オーバーコート組成物としては不適当なものが記載されていること、また、原告が行った実験(甲第8号証)で、記録膜用オーバーコート組成物として不適当な紫外線硬化樹脂が存在したことからも明らかである。

(3)  光ディスクは、片面のものの場合は、表面から順に基板の保護層、光ディスク基板、記録膜(金属膜)及び記録膜用保護層からなり、両面のものは、このような構成が記録膜用保護層を内側にして両面になっているものである。そして、片面及び両面の双方の光ディスクに関し、光が投射される表面から見て記録膜の反対側にある記録膜用保護層においては、光の透過や反射は行われないから、記録膜用保護層の組成物、すなわち本件発明の記録膜用オーバーコート組成物は、光を透過又は反射させる光学的性質が要求されるものではない。市販されている光ディスクの代表的存在であるCD-ROMの片側、すなわち、記録膜用のオーバーコート膜に通常は模様や写真が印刷されていて、透過性を備えていないことは、このことを示している。したがって、記録膜用オーバーコート組成物は、刊行物1に記載されたような「ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料」に含まれないのである。

被告は、特開昭59ー198549号公報(乙第1号証)に記載された光磁気ディスクを挙げて、保護膜の側から光を照射して記録又は再生を行う光ディスクも、本件出願前から周知であると主張するが、同公報に記載された光磁気ディスクの保護膜は、保護膜側からの読み書きを可能にするために、保護膜としての機能よりも、むしろ光を透過させるための基板と同一の光学特性を有していることが重要とされている極めて特殊なものであり、このようなものが存在するからといって、通常の記録膜用オーバーコート膜に基板と同様の光学特性が要求されるというものではない。

(4)  したがって、本件発明と刊行物1に記載された発明とが、「光ディスク用の組成物」の点で一致するとした本件決定の一致点の認定は誤りである。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)

(1)  本件決定は、本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点である「本件発明は、光ディスクの記録膜用オーバーコート組成物であるのに対して、刊行物1には、記録膜用オーバーコート組成物として適用することの明示がない点」(決定書13頁下から4~1行)について、刊行物2に、そこに記載された光ディスクの1種である光磁気記録素子の紫外線硬化樹脂膜からなる保護膜(本件発明の記録膜用オーバーコートに相当する。)の性質として、「吸湿性及び抗傷性等に着眼すべきことが挙げられている」(決定書14頁8~9行)としたうえ、刊行物1に、「樹脂組成物に紫外線、放射線を照射して重合すること、及び光ディスクに適用することが記載されており、しかも、得られた重合体が優れた屈折率、分散率、縮合収縮率、複屈折及び熱変形温度を示すことに加え、さらに表面硬度、吸水率及び耐衝撃性において優れていること」(同頁10~16行)が記載されているから、「刊行物1に記載の当該樹脂組成物を、上記刊行物2に記載のように吸湿性及び抗傷性等が優れていることが要求される光ディスク用の保護膜として適用し、もって本件発明における記録膜用オーバーコート組成物として採用することに、格別の困難性があるものとは認めることができない。そして本件発明の効果は、特許明細書の記載をみても、当業者が予期し得なかったほど格別に顕著であるとは認めることができない。」(同14頁17行~15頁6行)と判断した。

この判断のうち、刊行物1に、「樹脂組成物に紫外線、放射線を照射して重合すること」、「得られた重合体が優れた屈折率、分散率、縮合収縮率、複屈折及び熱変形温度を示すことに加え、さらに表面硬度、吸水率及び耐衝撃性において優れていること」が記載されていることは認めるが、その余は誤りである。

(2)  すなわち、刊行物2には、「この光磁気記録方式は・・・非常に耐環境特性に劣り、長期に亘って安定した磁気記録特性を維持することができず、長期信頼性に問題がある。この為、吸湿性、耐酸化性及び密着性の観点から基板材料、保護膜材料及び記録媒体自身の改善が試みられてきた」(決定書7頁18行~8頁3行)と記載されているとおり、保護膜材料に必要とされる性質として、本件決定が認定した「吸湿性及び抗傷性」ではなく、吸湿性、耐酸化性及び密着性が挙げられており、しかも「及び」との接続詞が用いられているので、この各性質のいずれもが必要であるとしているのである。そうすると、本件決定は、刊行物2の記載事項の認定に当たり、耐酸化性及び密着性が保護膜に必要な性質とされていることを看過したものというべきである。しかも、刊行物1には、そこに記載された重合体が耐酸化性及び密着性に相当する性質を有していることは記載も示唆もされていない。

したがって、本件決定の、保護膜の性質として「吸湿性及び抗傷性等に着眼すべきことが挙げられている」とした判断が誤りであることは明らかである。

(3)  さらに、本件決定は、「刊行物1に記載の当該樹脂組成物を、上記刊行物2に記載のように吸湿性及び抗傷性等が優れていることが要求される光ディスク用の保護膜として適用し、もって本件発明における記録膜用オーバーコート組成物として採用することに、格別の困難性があるものとは認めることができない。」とするが、この判断は、刊行物1記載の樹脂組成物よりなる重合体が、吸湿性及び抗傷性に優れている場合に成り立つものである(保護膜材料に必要とされる性質として「吸湿性及び抗傷性」を挙げた本件決定の判断が誤りであることは上記(2)のとおりであるから、正しくは、上記判断は、刊行物1記載の樹脂組成物よりなる重合体が吸湿性、耐酸化性及び密着性に優れている場合に成り立つものである。)。

しかしながら、刊行物1には、そこに記載された重合体が、吸湿性、抗傷性に優れている旨の記載又は示唆はない。また、耐酸化性及び密着性に相当する性質を有しているとの記載も示唆もないことは、上記(2)のとおりである。

被告は、刊行物1に、そこに記載された光学材料につき吸水率あるいは耐吸湿性に優れた旨が記載されていることを取り上げ、吸水率が優れているということは、吸湿性が優れていること(光ディスクにおいては吸湿に対して強いこと)であるとか、耐吸湿性は湿度に対しての耐性を表す点で本件発明における耐湿性と共通する概念である等と主張する。

しかしながら、刊行物1記載の吸水率は、一定の体積を有する成型品の水に対する特性の試験方法であるASTM-D570の方法で測定したものであるが、オーバーコート膜の厚さは1~50μ程度であって、成型品に対するこのような吸水率の値が、このようなオーバーコート膜の適否に関係するものではない。なお、原告が行った実験(甲第8号証)により、ASTM-D570による吸水率の値が良好であっても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないもの(同実験に係る組成物C4、C5)の存在が明らかとなっており、ASTM-D570による吸水率の値と記録膜用のオーバーコート組成物に必要とされる特性とが直接的な関連性を有していないことを示している。

また、本件発明につき本願明細書に記載された「耐湿性」(甲第4号証4欄6行、8欄24行)とは、記録膜が湿気におかされにくいことをいい、「耐湿性試験」(同号証6欄49行~7欄2行)は、本件発明のオーバーコート膜を用いれば、湿気にさらされても、記録膜が湿気におかされて異常を発生することを防止することができること、すなわち、湿気に対する記録膜の総合的な安定性を試験したものであり、単にオーバーコート膜の材料の「耐吸湿性」のみの試験を行ったものではない。記録膜の異常の発生は、単にオーバーコート膜の材料の耐吸湿性のみに依存するものではなく、湿気中での記録膜との密着性や、材料の硬度の変化など、未知のものを含めた種々の物性によるものであり、そのことは当業者にはよく知られていることである。したがって、単に湿気を吸収する性質に対して耐性があるという意味にすぎない「耐吸湿性」と、本件発明における耐湿性とが共通する概念であるとする被告の主張は失当である。

さらに、被告は、表面硬度が優れていれば、抗傷性も優れているかのように主張するが、かかる判断には根拠がない。原告が行った実験(甲第8号証)により、硬度(ショアD硬度)が本件発明の組成物(同実験に係る組成物A1、A2)より高くても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないもの(同実験に係る組成物D6~D9)の存在が明らかとなっており、硬度と記録膜用のオーバーコート組成物に必要とされる特性とが直接的な関連性を有していないことを示している。

なお、被告は、該実験において、組成物C4、C5及びD6~D9には、トリジクロデカン構造を有する特定のモノマーや、刊行物1に記載された併用モノマーが配合されていないことを問題とするが、該実験は、吸水率、硬度及び接着性とオーバーコート膜との関係を明らかにするための実験であり、トリジクロデカン構造を有する特定のモノマーを配合したものの物性を検討するものではない。

第4  被告の反論の要点

本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  原告は、刊行物1に、そこに記載された発明が「プラスチック光学材料」であることが示され、また、その発明が注型重合法によって重合されることが記載されており、これらの記載によれば、刊行物1に記載された発明は、一定の体積を有する物体としての光学材料であり、ディスク類でいえば、ディスク基板が記載されていると主張する。

しかしながら、刊行物1には、「本発明に用いられるラジカル重合体は、例えば・・・紫外線、放射線を照射して重合する方法等の公知のラジカル重合法により重合することにより得られる。」(決定書6頁14~17行)、「光または紫外線照射等の手段を用いて硬化する場合には、必要に応じて開始剤および/または増感剤を使用することができ」(同6頁19行~7頁1行)との記載があり、紫外線を照射して重合する方法が示されているのであって、注型重合法のみが記載されているわけではない。そして、紫外線照射による重合法は、紫外線に照射された材料の表面から急速に重合・硬化するので、光ディスクのオーバーコート及び保護膜のような薄い膜の製造に適したものである(もっとも、本件決定が、すべての紫外線硬化樹脂が記録膜用オーバーコート組成物に適していると判断しているものでないことは明らかである。)。

(2)  原告は、光ディスクが、片面のものの場合は、表面から順に基板の保護層、光ディスク基板、記録膜(金属膜)及び記録膜用保護層からなり、両面のものは、このような構成が記録膜用保護層を内側にして両面になっていると主張したうえ、片面及び両面の双方の光ディスクに関し、光が投射される表面から見て記録膜の反対側にある記録膜用保護層においては、光の透過や反射が行われないから、記録膜用オーバーコート組成物には、光を透過又は反射させる光学的性質が要求されるものではなく、「ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料」に含まれないと主張する。

しかしながら、光ディスクには、原告が主張する4層構造を有するもののほかに、種々の構造のものがあり、記録膜用保護層が光の投射される面から見て記録膜の反対側にあって光の透過や反射が行われない構造の光ディスクのみならず、特開昭59ー198549号公報(乙第1号証)に記載されたような、保護膜の側から光を照射して記録又は再生を行う光磁気ディスク(光ディスクの一種)も、本件出願前から周知である。そして、本件発明の「光ディスク」は、記録膜用保護層が光の投射される面から見て記録膜の反対側にあって光の透過が行われない構造のものに限定されているわけではないから、記録膜用オーバーコート組成物には、光を透過させる光学的性質が要求されないとの主張は誤りであり、したがって、「ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過する機能を要求される材料」に含まれるものである。

原告は、特開昭59ー198549号公報(乙第1号証)に記載された光磁気ディスクが特殊なものであると主張するが、同公報に記載されたものは、特許出願に係る発明としての性格上、その発明に係る特定の構成部分を包含しているものの、そうであるからといって、保護膜を通して記録・再生が行われることが本件出願前から周知であったことに変わりはない。

(3)  光ディスクは、光の透過及び反射等における光学的性質を利用した記録媒体であり、光ディスクの記録膜用オーバーコートも、光ディスク基板と同様、光を透過することが要求されるものである。

そして、刊行物1には、光学材料を、光ディスクのオーバーコート及び保護膜のような薄い膜の製造に適した紫外線照射によって重合することが記載されており、また、「本発明の光学材料は、例えば・・・ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料として好適に用いられる」ことが記載されているのであるから、刊行物1は、その光学材料が、光ディスクの基板のみならず、光ディスクの保護膜用の材料として適用できることを示唆しているということができる。

したがって、本件決定の一致点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  原告が認めるとおり、刊行物1には、そこに記載された光学材料が、表面硬度、吸水率及び耐衝撃性において優れていることが記載されている。そして、吸水率が優れているということは、吸湿性が優れていること、すなわち、光ディスクにおいては吸湿に対して強いことと軌を一にするものである。なお、本件明細書には、本件発明が「耐湿性」に優れていることが記載され(甲第4号証4欄6行、8欄24行)、刊行物1には、「本発明は・・・耐吸湿性に優れた光学材料に関する」(決定書5頁1~3行)との記載があるが、湿度に対しての耐性を表す点で耐湿性と耐吸湿性とは共通する概念であり、刊行物1の該記載は、そこに記載された光学材料が耐湿性に優れていることを示唆するものである。また、表面硬度が優れているということは、傷に対して強いこと、すなわち抗傷性に優れていることを示唆しているといえる。

そうすると、光ディスクの保護膜の性質として吸湿性及び抗傷性に着眼すべきことが挙げられている刊行物2の記載に基づいて、表面硬度、吸水率及び耐衝撃性が優れた刊行物1記載の樹脂組成物を、光ディスク用オーバーコート組成物として採用することに格別の困難性があるとはいえず、したがって本件決定のその点の判断に誤りはない。

(2)  原告は、刊行物2には、保護膜材料に必要とされる性質として耐酸化性及び密着性が挙げられている旨主張する。しかし、刊行物1には、そこに記載された光学材料について、耐酸化性及び密着性が劣るとの記載はなされていない。密着性については、本件発明においても、本件明細書に「接着性に優れ」(甲第4号証8欄24~25行)との記載がある程度にすぎないから、格別顕著な効果とはいえない。のみならず、刊行物2には、「熱硬化性樹脂を用いる場合・・・加熱が十分に行えない。低温硬化性の熱硬化性樹脂を用いても、或いはガラス基体(1)を用いても樹脂から発生する有機ガスのため基体が変質したり、このガスが各々の薄膜を浸透して基体と薄膜との密着性を顕著に劣化させる」(甲第6号証3頁右下欄6~12行)、「本発明に係る保護膜(5)を第2誘電体薄膜(4)の全面に亘って形成することにより湿気の侵入・・・が原因となる孔食の発生及びその進行を防ぐことができる」(同4頁左上欄11~15行)との記載があり、この「本発明に係る保護膜(5)」とは「紫外線硬化樹脂膜」のことであるから、刊行物2には、紫外線硬化樹脂膜を採用することにより、熱硬化の場合にみられる密着性の劣化がなく、したがって基体と薄膜との密着性に優れたものとなること、及び湿気の侵入による孔食の発生及び進行を防ぐことができ、したがって光ディスクの耐湿性が改善されることが示されているのである。したがって、刊行物1に記載の耐湿性に優れた特定の樹脂に対し紫外線硬化を行うことにより、刊行物2に記載されたように耐湿性と接着性とが共に優れた薄膜が得られることは、当業者が容易に予測できる程度のことである。

原告は、刊行物1記載の吸水率が、一定の体積を有する成型品の水に対する特性の試験方法であるASTM-D570の方法で測定したものであって、オーバーコート膜の適否に関係するものではないと主張するが、この吸水率は、水の侵入量を全重量の割合で示したものであり、その値は、測定試料の厚さと直接関係するものではなく、測定試料と同じ厚さの物品に対してのみ当てはまるというものではない。したがって、ASTM-D570の測定結果が、保護膜とした場合の吸水率と無関係であるということはできない。

また、原告は、原告が行った実験(甲第8号証)により、ASTM-D570による吸水率の値が良好であっても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないもの(同実験に係る組成物C4、C5)、硬度(ショアD硬度)が本件発明の組成物より高くても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないもの(同実験に係る組成物D6~D9)の存在が明らかとなっていると主張するが、該実験に係る組成物C4、C5及びD6~D9には、本件発明の化合物(A)(すなわち、本件発明の一般式[Ⅰ]、刊行物1の一般式[Ⅱ])に相当するトリジクロデカン構造を有する特定のモノマー(原告の実験に係る報告書(甲第8号証)表1では、SA-1002及びR-684Mがこれに当たる。)も、本件発明の化合物(B)に相当する刊行物1に記載された併用モノマー(決定書6頁3~12行)も配合されていないから、該実験は、組成物の吸水率又は硬度の差異の要因を特定できるものではなく、本件発明の効果を立証するものでもない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  本件決定のした前示本件発明と刊行物1記載の発明との一致点の認定、並びに「刊行物1には、光学材料へ適用することが記載されており・・・そして当該光学材料については、例えばビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料として好適に用いられることが記載されており・・・そして本件発明に係る光ディスクは、上記の”ビデオディスク等のディスク類”を包含するものである。」(決定書12頁14行~13頁1行)との認定を上記一致点の認定の前提としたことに照らせば、本件決定は、刊行物1に、ディスク基板、記録膜用オーバーコート等、特定の構成物に限定されない一般的・包括的な意味における光ディスク用の合成樹脂部材が開示されているとの趣旨で、本件発明と刊行物1記載の発明とが「光ディスク用の組成物」である点で一致するとの認定をしたものと認められる。

(2)  原告は、刊行物1には、そこに記載された発明が「プラスチック光学材料」であること、注型重合法によって重合されることが記載されており、これらの記載によれば、ディスク基板としての材質が開示されているにすぎず、記録膜用オーバーコート組成物という用途については記載も示唆もなされていないと主張する。

しかしながら、刊行物1に、「本発明に用いられるラジカル重合体は、例えば・・・紫外線、放射線を照射して重合する方法等の公知のラジカル重合法により重合することにより得られる。」(決定書6頁14~17行)、「光または紫外線照射等の手段を用いて硬化する場合には、必要に応じて開始剤および/または増感剤を使用することができ」(同6頁19行~7頁1行)との各記載があることは当事者間に争いがなく、したがって、刊行物1には、そこに記載された重合体(光学材料)が、原告の主張するような注型重合法によって重合されるだけでなく、紫外線照射の方法によって重合・硬化されることが記載されていることが明らかである。また、刊行物1(甲第5号証)には、そこに記載された発明が「プラスチック光学材料」であることを前提とする記載(同5号証1頁右下欄6行、14行)があるが、ディスク基板以外の光ディスク用の組成物、特に記録膜用オーバーコート組成物が、光学材料ではないといえないことは後記のとおりである。

そうすると、原告の前示主張は誤りであるといわざるを得ない。

なお、原告は、オーバーコート膜などの膜形成樹脂としては、紫外線硬化樹脂が好ましいが、逆にすべての紫外線硬化樹脂が記録膜用オーバーコート組成物に適している訳ではないとも主張するが、本件決定は、刊行物1に、紫外線照射の方法によって重合・硬化されることが記載されていることを、該重合体が記録膜用オーバーコート組成物となり得ることの根拠の1つとして挙げているのみであって、すべての紫外線硬化樹脂が記録膜用オーバーコート組成物に適している旨の判断をしたものでないことは明白であり、また、被告も、かかる本件決定の判断に沿った主張をしていることが明らかであるから、原告の該主張も失当である。

(3)  原告は、光ディスクが、片面のものの場合は、表面から順に基板の保護層、光ディスク基板、記録膜(金属膜)及び記録膜用保護層からなり、両面のものは、このような構成が記録膜用保護層を内側にして両面になっていると主張し、さらに、片面、両面の双方の光ディスクに関し、光が投射される表面から見て記録膜の反対側にある記録膜用保護層においては、光の透過や反射が行われないから、記録膜用オーバーコート組成物には、光を透過又は反射させる光学的性質が要求されるものではなく、「ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料」に含まれないと主張する。

確かに、構造及び光の投射側が原告主張のとおりの光ディスクにあっては、記録膜用オーバーコート組成物に光を透過又は反射させる光学的性質が要求されるものではないが、光ディスクの構造及び光の投射側が必ず原告主張のとおりであるとする証拠はなく、却って、特開昭59ー198549号公報(乙第1号証)に、「透明高分子基板上に光磁気記録媒体膜よりなる第1層、誘電体膜よりなる第2層、金属反射膜よりなる第3層、誘電体膜よりなる第4層、光磁気記録媒体膜よりなる第5層、透明高分子保護膜よりなる第6層を形成する」(同号証特許請求の範囲1項)構成による「両面を用いて情報の記録・再生・消去が可能な光磁気ディスク」(同号証1頁右下欄9~10行)が記載され、該光磁気ディスクは、「第4図中実線は基板面側から情報を再生した場合の感度、破線は保護膜面側から情報を再生した場合の感度を示してある。」(同2頁右下欄14~16行)との記載により、透明高分子の記録膜用保護膜の側から光を照射して情報の記録・再生等を行うもの、すなわち、本件発明の記録膜用オーバーコートに当たる記録膜用保護膜に光を透過させる機能が要求されるものと認められることに照らせば、本願出願当時、構造及び光の投射側が原告主張のものとは異なり、記録膜用オーバーコートに光を透過させる機能が要求される光ディスクが周知であったというべきである。原告は、該光磁気ディスクの保護膜は、保護膜側からの読み書きを可能にするために、保護膜としての機能よりも、むしろ光を透過させるための基板と同一の光学特性を有していることが重要とされている極めて特殊なものであると主張するが、記録膜用オーバーコートに光を透過させる光学材料であることが要求される場合があること自体は否定することができない。

したがって、記録膜用オーバーコート組成物には、光を透過又は反射させる光学的性質が要求されるものではなく、「ビデオディスク等のディスク類等の、光を透過または反射する機能を要求される材料」に含まれないとの原告の前示主張は誤りといわざるを得ない。

(4)  そうすると、刊行物1に、ディスク基板、記録膜用オーバーコート等、特定の構成物に限定されない一般的・包括的な意味における光ディスク用の合成樹脂部材が開示されているとの認定を前提とした本件決定の前示一致点の認定に、原告主張の誤りがあるということはできない。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り)について

(1)  「刊行物2には、光ディスクの一種である光磁気記録素子において、紫外線硬化樹脂膜からなる保護膜(5)を設けることが記載されており・・・この保護膜は本件発明における記録膜用オーバーコートに相当するものである」(決定書14頁3~7行)こと、また、刊行物2に、「この光磁気記録方式は・・・非常に耐環境特性に劣り、長期に亘って安定した磁気記録特性を維持することができず、長期信頼性に問題がある。この為、吸湿性、耐酸化性及び密着性の観点から基板材料、保護膜材料及び記録媒体自身の改善が試みられてきた」(同7頁18行~8頁3行)、「本発明によれば、保護膜(5)を第2誘電体薄膜(4)を覆う如く延在せしめて被覆しているため、次に述べるような作用効果が得られる。・・・・本発明に係る保護膜(5)を第2誘電体薄膜(4)の全面に亘って形成することにより湿気の侵入やハンドリングによる指紋、汗等の汚れの付着が原因となる孔食の発生及びその進行を防ぐことができることを確認した。・・・・密着力不足のために生じる膜脹れや膜剥れを実用上支障のないレベルまでに防止することが可能となった。更にかかる保護膜(5)がないと第2誘電体薄膜(4)が露出されているため外傷を受け易くなるが、これに起因してこの箇所に記録ピットを書き込むと熱拡散状態に不均一を起こし、ピット形状が歪んでしまうことが判った。従って、この保護膜(5)を用いるに際して熱伝導率が小さく且つ熱容量が大きくなるような膜厚に設定して被覆すれば抗傷性を有するのに伴って書き込みピット形状の安定性は顕著に優れることを確認した。本発明者等の実験によれば前記保護膜(5)の膜厚を5~15μmの範囲に設定するのが望ましいことが判った。」(同8頁12行~9頁12行)との各記載があることは当事者間に争いがない。

この各記載によれば、刊行物2には、光ディスクの保護膜に必要とされる性質として、一般的に、吸湿性、耐酸化性及び密着性が挙げられているほか、特に吸湿性及び抗傷性について具体的に記載されていることが明らかである。したがって、本件決定が、光ディスクの保護膜の性質として「吸湿性及び抗傷性等に着眼すべきことが挙げられている」とした判断自体に誤りはない。そして、前示記載によれば、ここでいう吸湿性とは、湿気の侵入を防ぐことであることも明らかである。

他方、刊行物1に「本発明は光学材料に関し、さらに詳しくは低分散、高屈折率を有し、注型重合時の収縮が少なく、しかも耐吸湿性に優れた光学材料に関する」(決定書5頁1~3行)との記載があり、「得られた重合体が優れた屈折率、分散率、縮合収縮率、複屈折及び熱変形温度を示すことに加え、さらに表面硬度、吸水率及び耐衝撃性において優れていること」(同14頁13~16行)が記載されていることは当事者間に争いがない。

そして、刊行物1の第1表(甲第5号証4頁右上欄)の吸水率欄に掲記された各実施例の値と各比較例の値とを対比すれば、刊行物1記載の光学材料において耐吸湿性、吸水率が優れているとは、水分の吸収率が少ないこと、すなわち、湿気の侵入を防ぐことを意味するものと解されるから、刊行物2にいう吸湿性において優れていることと同趣旨であるものと認められる。

また、刊行物1記載の光学材料において表面硬度、耐衝撃性が優れていることは、抗傷性に優れていることの重要な要素であることが明らかであり、少なくとも抗傷性に優れていることを示唆しているものと認められる。

そうすると、前示のとおり、刊行物2に保護膜の性質として吸湿性及び抗傷性等に着眼すべきことが挙げられており、刊行物1には、そこに記載された光学材料が、耐吸湿性又は吸水率、すなわち吸湿性において優れていることが記載され、かつ、抗傷性に優れていることが示唆されているのであるから、かかる刊行物1記載の光学材料を光ディスク用の保護膜として適用し、記録膜用オーバーコート組成物として採用することが、当業者にとって格別困難であるものといえないことは明らかである。

(2)  本件明細書(甲第4号証)には、本件発明が「耐湿性」(同号証4欄6行、8欄24行)を備えていることが記載されているところ、被告は、この耐湿性と刊行物1記載の耐吸湿性とは、湿度に対しての耐性を表す点で共通する概念であると主張し、原告は、この耐湿性とは、記録膜が湿気におかされにくいことをいい、それは単に耐吸湿性のみに依存するものではないと主張するが、刊行物2の記載に基づいて、刊行物1記載の光学材料を光ディスク用の保護膜として適用し、記録膜用オーバーコート組成物として採用することが当業者に容易であるかどうかを検討するに当たって、前示のように刊行物1に記載された耐吸湿性と刊行物2に記載された吸湿性との同一性を判断する必要があることはいうまでもないが、刊行物1に記載された耐吸湿性と本件明細書に記載された本件発明の耐湿性とが共通するものであるかどうかを判断する必要が必ずしも存在するものではないから、原、被告の主張とも採用しない。

また、刊行物1(甲第5号証)には前示第1表に係る吸水率がASTMD570の方法で測定したものである旨が記載されている(同号証4頁左下欄1行)ところ、原告は、ASTM-D570の方法が、一定の体積を有する成型品の水に対する特性の試験方法であり、このような吸水率の値が、厚さ1~50μ程度のオーバーコート膜の適否に関係するものではないと主張するが、同一の重合体の吸水率自体がそのものの厚さによって大きく変動するものとは解されないから、刊行物1記載の吸水率が、オーバーコート膜とした場合の吸水率と全く関係しないものと認めることはできない。

さらに、原告は、原告が行った実験(甲第8号証)に基づき、ASTMD570による吸水率の値が良好であっても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないもの(同実験に係る組成物C4、C5)、あるいは硬度(ショアD硬度)が本件発明の組成物(同実験に係る組成物A1、A2)より高くても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないもの(同実験に係る組成物D6~D9)の存在が明らかとなっており、ASTM-D570による吸水率又は硬度が、記録膜用のオーバーコート組成物に必要とされる特性と直接的な関連性を有していないと主張する。そして、原告が行った実験に係る実験報告書(甲第8号証)には、同実験に係る組成物C4、C5について、ASTMD570-81の方法に従った硬化膜の吸水率が比較的良好であるが、耐久加速試験において硬化膜の表面に凹凸が発生する(C4についてはさらに一部白化する)異常が生じた旨が、また、同実験に係る組成物D7~D9について、本件明細書の実施例1、2に相当するとされる同A1、A2よりも硬化膜のショアD硬度が高いが、耐久加速試験において反りやクラックが発生する(D8については硬化膜が剥がれる)異常が生じた旨が、それぞれ記載されている。

しかしながら、光ディスクの保護膜に必要とされる性質として、吸湿性及び抗傷性が挙げられ、ASTM-D570の測定によると否とにかかわらず吸水率に優れ、かつ、表面硬度の優れたものが、一般にこれに当たると判断されることと、吸水率の比較的良好な特定の組成物、あるいは表面硬度の良好な特定の組成物の中に、光ディスクの保護膜として適さないものがあることとは、およそ次元の異なる問題である(例えば、前示実験報告書(甲第8号証)には、同実験に係る組成物C4、C5、D7が密着性において優れていることが示されており、したがって、密着性の優れた組成物であっても、記録膜用のオーバーコート組成物としては適さないものの存在が認められるが、だからといって、密着性が光ディスクの保護膜の性質と無関係であるとすることが不合理であることは明らかである。)。のみならず、刊行物1記載の光学材料について、それが吸水率、表面硬度の優れたものであることが開示されていることにより、刊行物2の記載に基づいて、光ディスク用の保護膜として適用することが容易であるかどうかを判断するに際して、刊行物1記載の光学材料に当たらないものの該保護膜としての適否を論じることの意義が乏しいことは明らかであるところ、刊行物1の光学材料の一般式[Ⅱ]で表される化合物が本件発明の化合物(A)に相当することは当事者間に争いがなく、かつ、前示実験報告書(甲第8号証)には、その実験に係る組成物C4、C5、D6~D9のいずれもが、本件発明の化合物(A)に相当する「SA-1002」を含まないことが記載されているから、結局、該組成物C4、C5、D6~D9はいずれも一般式[Ⅱ]で表される化合物の配合がないと解され、したがって、刊行物1記載の光学材料に当たらないものと認められる。

そうすると、原告の行った実験の結果が、刊行物1記載の光学材料を光ディスク用の保護膜として適用し、記録膜用オーバーコート組成物として採用することが、当業者にとって格別困難であるものといえないとの判断を左右するに足りるものということはできない。

(3)  刊行物2に、光ディスクの保護膜に必要とされる性質として、前示の吸湿性及び抗傷性のほか、一般的に、耐酸化性及び密着性が挙げられていることは、前示(1)のとおりであるところ、本件決定は、刊行物2の記載事項としても、刊行物1に記載された光学材料の性質としても、この点に特に言及してはいない。

しかしながら、刊行物1に、ディスク基板、記録膜用オーバーコート等、特定の構成物に限定されない一般的・包括的な意味における光ディスク用の合成樹脂部材が開示されていることは前示1のとおりであるところ、かかる刊行物1記載の光ディスク用部材(光学材料)を、特に光ディスク用の保護膜として適用し、記録膜用オーバーコート組成物として採用することが、当業者にとって容易であるかどうかを判断するに当たり、前示のとおり、刊行物2に、光ディスクの保護膜に必要とされる性質として、吸湿性及び抗傷性に着眼すべきことが挙げられており、かつ、刊行物1には、そこに記載された光学材料が、吸湿性と同義と解される耐吸湿性、吸水率及び抗傷性を示唆する表面硬度、耐衝撃性に優れていることが記載されているのであるから、その適用の容易性の基礎となる、いわば動機付けに当たる事項としては、それをもって十分であるということができ、これに加えて、刊行物1に、そこに記載された光学材料が耐酸化性及び密着性に優れている旨の記載又は示唆がなければ、刊行物1記載の光学材料を、光ディスク用の保護膜として適用し、記録膜用オーバーコート組成物として採用することが、当業者にとって困難であると到底いうことができない。

したがって、本件決定が耐酸化性及び密着性に特に言及しなかったことが、誤りであるということはできない。

(4)  そうすると、本件決定の相違点についての判断に原告主張の誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、その他本件決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

<省略>

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