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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)271号 判決 1999年11月09日

原告

テルモ株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

田倉整

松尾翼

奥野泰久

内田公志

西村光治

弁理士

【B】

被告

昭和電工株式会社

代表者代表取締役

【C】

被告

扶桑薬品工業株式会社

代表者代表取締役

【D】

被告ら訴訟代理人弁護士

中島和雄

弁理士

【E】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

「特許庁が平成8年審判第3318号事件について平成9年9月26日にした審決を取り消す。」との判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告らは、名称を「医療用袋」とする発明(特許第1844163号。昭和57年3月26日出願(特願昭57-47074号)。平成3年10月4日出願公告(特公平3-64139号)。平成6年5月12日設定登録。以下、その特許請求の範囲第1項に記載された発明を「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は平成8年3月12日本件特許につき無効審判を請求し、平成8年審判第3318号事件として審理されたが、平成9年9月26日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月8日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

1.内外層を密度0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレンとし、中間層をエチレン酢酸ビニル共重合体とする積層体からなり、積層体全体の厚みが0.15mm~0.6mmであって、そのうち中間層の厚みの割合が60%以上であることを特徴とする医療用袋。

(なお、本件特許の特許請求の範囲第2項に記載された発明の要旨は、次のとおりである。)

2.内外層を密度0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレンとし、中間層をエチレンプロピレン系エラストマーおよびエチレンブテン-1系エラストマーの中から選ばれた少なくとも1種のエラストマーとする積層体からなり、積層体全体の厚みが0.15mm~0.6mmであって、そのうち中間層の厚みの割合が60%以上であることを特徴とする医療用袋。

3  審決の理由の要点

(1)  本件特許に係る発明の要旨は、前項のとおりと認める。

(2)  これに対し、原告は、甲第1~第25号証(以上の書証の符号及び番号は、審判時と本訴とで共通である。)を提示し、(1)本件発明は発明未完成であるから、特許法29条1項柱書きの規定に違反していること、(2)本件明細書の記載は、特許法36条3、4項(昭和60年法律第41号による改正後のもの。以下同じ。)に規定する要件を満たしていないこと、そして(3)本件発明は、甲第1号証、第15ないし第22号証刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は特許法29条2項の規定に違反してされたものであることをもって、本件特許は同法123条1項1号及び3号の規定により無効とされるべきである旨、主張している。

(3)  未完成発明か否かの無効事由についての審決の判断

本件発明は、本件明細書の記載によれば、本件出願当時、医療用容器としてはガラス、ポリエチレン、ポリプロピレン等から成る硬質の容器と可塑剤を含むポリ塩化ビニルから成る軟質の袋が知られていたが、前者は内容物を滴下する際に通気針又は通気孔つきの輸血セットを用い空気を導入せねばならず汚染のみならず空気が静脈内に入って空気栓塞を起こすという非衛生的でかつ危険性もはらんでおり、後者は前記可塑剤の内容液への移行、塩化ビニルモノマーの毒性等の問題があったものを、上記特許請求の範囲第1項に記載されたとおりの構成を採用することにより、衛生性に優れ柔軟性に富み、透明性を有しさらに滅菌処理温度に応ずる耐熱性を備えた積層体から成る医療用袋を提供するものである(明細書1頁下から7行目ないし2頁17行、特公平3-64139号公報1欄下から6行ないし2欄23行)と認められる。そして内容物が充填された後の該袋の滅菌処理については、「次いで滅菌処理が施されるがこの方法としては高圧蒸気による方法が挙げられ、高圧蒸気滅菌の条件として特に限定される訳ではないが通常115℃×30min、121℃×20min等である。」(明細書5頁4行ないし7行、同公報4欄2行ないし5行)とし、実施例1~4では、115℃×30minの高圧蒸気滅菌処理を施したものについて、耐熱性、柔軟性、透明性、外観の各評価と総合判定の結果が比較例と共に示され、これによれば、本件発明のものは、外層に高密度ポリエチレン又はポリプロピレンを用いたもの(比較例1,2)には耐熱性に劣り、エチレン酢酸ビニル共重合体単層のもの(比較例3)には透明性に劣るものの、総合判定では、これら比較例のものより優れていることが理解される。

以上本件明細書には、この技術分野における従来技術とその問題点が示され、本件発明ではそれをいかなる手段で解決したか、その評価はどの程度であったかについて明確に記載されていると認められ、したがって、本件明細書をみる限りこれを未完成とすることはできない。

なお、原告は、この点における発明内容の開示に関し、本件明細書には当業者が容易に実施できるように記載されていないことが明白であると主張するが、上記理由によりこの主張は採用することはできない。

原告は、本件発明は未完成発明であることの根拠として甲第1ないし第14号証を提示しているので、以下これについて検討する。

甲第1号証(財団法人日本公定書協会監修「第十改正日本薬局方解説書」B-302~B-318、B-571~B-579頁(昭和57年、廣川書店発行))には、滅菌法の一つとして高圧蒸気法が記載され、「115゜30分間、121゜20分間、126゜15分間」の各条件が提示されているが(B-572頁)、この滅菌法は、「本法は、主としてガラス製、磁製、金属製、ゴム製、紙製若しくは繊維製の物品、水、・・液状の医薬品などで高温高圧水蒸気に耐えるものに用いる」と記載され(同頁)、プラスチック袋はこの処理の対象物に入っていない。また、その加熱条件も「通例、次の条件で行う。」としているとおり、必ず、その条件で行わなければ成り立ち得ないというものではなく、要するに滅菌対象物が耐えられる条件で行えばいいのであって、115℃以上の温度で行わなければ滅菌処理が不可能というならともかく、当該記載を根拠に本件発明を未完成とすることはできない。

甲第2号証(昭和電工(株)が頒布した「エースポリエチLD樹脂物性一覧表」のカタログ)には、各種低密度ポリエチレンの用途、特長に加え、各種物性値が記載され、例えば「F082」は密度0.921g/cm3、ビカット軟化点95℃と記載され、甲第3号証(特開平2-191458号公報)には、実施例1~3で、密度0.927g/cm3であり、融点が114℃である低密度ポリエチレンを内層とした3層の医療用袋が記載され、甲第4号証(特開平2-191459号公報)には、実施例1~3で、やはり密度0.927g/cm3であり、融点が114℃である低密度ポリエチレンを内層とした3層の医療用袋が記載され、甲第5号証(三菱化成(株)が頒布した「三菱ポリエチ-LD」のカタログ)には、各種低密度ポリエチレンの物性値と用途等が記載され、例えば「F531」は、密度0.927g/cm3で軟化温度101℃であることが示され、甲第6号証(東ソー(株)が頒布した「ぺトロセン」のカタログ)には、低密度ポリエチレンの一覧表が記載され、例えば「286」は密度0.927g/cm3、融点110℃、ビカット軟化点94℃と記載され、甲第7号証(三井石油化学工業(株)が頒布した「ミラソン」のカタログ)には、低密度ポリエチレンの物性値等が記載され、例えば0.927g/cm3の密度を有するものがビカット軟化点100℃、融点114℃であることが記載されている。そして、甲第8号証(【F】・【G】共著「活用ガイド・高分子材料」オーム社書店、昭和51年発行、78ないし79頁)には、エチレン・酢酸ビニル共重合体について記載され、「耐熱性は酢酸ビニル含量によって異なり、酢酸ビニル含有量の少ないものでも、無負荷の状態でせいぜい80℃どまりである」ことが記載され、甲第9号証(特開平5-4313号公報)には、本件の公開公報を示して「中間層に使われるこれらのポリマーは耐熱性が乏しいために滅菌時に袋にシワ状態が発生するなどの外観の劣る医療用袋が得られるなどの問題がある」と指摘され、甲第10号証(住友化学工業(株)が頒布した「スミテート」のカタログ)には、エチレン酢酸ビニルコポリマーの各種グレードの一覧表が記載され、例えばKA-20(酢酸ビニル含量25重量%)では、融点が76℃であることが示されている。

以上甲第2ないし第10号証の記載から、低密度ポリエチレンでは融点はせいぜい114℃、エチレン・酢酸ビニル共重合体に至っては、これより更に低い融点を有していることが明らかであるが、高分子材料は低分子のものと相違し、融点以上に加熱されたからといって直ちに全部が液状になるわけではなく、しかも本件の積層体は3層構造を有しているものであるから、これら甲号証の記載事項から、本件発明の3層構造の医療用袋が115℃の滅菌処理に耐え得ないとすることはできない。

原告は、本件出願後の被告ら自身の出願に係る特許公報である、甲第11号証(特公平6-22525号公報)、甲第3号証及び第12号証(特開昭62-57555号公報)において、先行する医療用袋は耐熱性に乏しいことを記載していると主張しているが、本件発明は前記したとおり、耐熱性のみを希求したのではなく、これに加え、衛生性、柔軟性、透明性等の全体のバランスを図ったものであるから、かかる主張を根拠に発明未完成とすることは妥当でない。

原告は、甲第13号証(【H】が作成した実験報告置)と甲第14号証(【I】の鑑定書)を提示し、本件実施例の1、4を追試した結果、本件袋は115℃、30分の高圧蒸気滅菌処理に耐えられないことを主張し、これに対し被告らは、審判乙第4号証の1(【J】他作成の実験報告書)、同号証の2(【K】の同上実験報告書についての証明書)、審判乙第5号証の1(【L】他作成の実験報告書)及び同号証の2(【K】の同上実験報告書についての証明書)を提示し、同滅菌処理は十分可能であることを主張している。

ところで、本件発明は、耐熱性医療用袋という「物」の発明であり、何ら熱処理の条件をその構成要件とするものではない。そして、その滅菌処理においては、本件明細書には上下端又は/及び左右端を固定するなどして行うと記載されているとおり、もともと耐熱性が十分ではない材料を用いるのであるから、熱処理に由来する不具合をできる限り回避する方策を講ずることは当業者にとっては当然行う事項であり、格別その措置をとらない場合に袋の変形等が起こったとしても、それをもって本件発明が未完成ということはできない。

原告は、甲第23号証((株)日阪製作所の「食品用高温高圧調理殺菌装置RCS型・医薬品用高温高圧減菌装置GPS型」のカタログ)、甲第24号証(【M】外4名による「熱水加圧方式による包装食品の品質保持に関する研究」と題する研究報告、昭和53年、徳島県食品加工試験場発行)を提示し、被告らの追試実験は高圧蒸気滅菌処理ではないと主張するが、審判乙第7号証(「薬剤学」40巻2号(1980)76ないし77頁)には、高圧蒸気滅菌法として、噴霧法に加えて水浴法が記載されているから、この主張は採用できない。

以上検討したとおり、本件発明には、発明未完成の報疵はないというべきである。

(4)  本件明細書記載不備の無効事由についての審決の判断

原告は、本件特許請求の範囲では密度について0.930g/cm3以下とするが、明細書の発明の詳細な説明には、0.927g/cm3の一点の実施例しかなく、かかる限定をしたことによる技術的意義、特有の作用効果の、それを達成する技術構成が発明の詳細な説明で明らかにされたことにならない、また、実質上発明の詳細な説明に開示せず、その支持裏付けのないことを特許請求の範囲の記載としたものであるから、本件は特許法36条3項及び4項に規定する要件を満たさないと主張している。

しかしながら、本件発明の医療用袋は、内外層を0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレンで構成するものであるところ、一般的に低密度ポリエチレンは密度が0.930g/cm3以下であることから単にその数値を用いて発明の構成を規定したものと解され、この数値限定に臨界性は必ずしも要求されるものではない。そして、実施例は、出願人が最良の結果をもたらすと思われるものを記載すればいいのであって、原告から実施例以外の密度を有する低密度ポリエチレンを用いたのでは所期の目的を達成し得ないことの具体的根拠が提示されているわけでもない以上、かかる原告の主張は採用することができない。

(5)  進歩性に関する無効事由についての審決の判断

甲第1号証には、輸液用プラスチック容器について、該容器は「ポリエチレン製、ポリプロピレン製又はポリ塩化ビニル製の容器」をいう(B-302頁)と記載されているとおり、それぞれのプラスチックの1層から成るものが記載されているにすぎない。

甲第15号証(特公昭39-6190号公報)には、容器、特に血液、代用血液等の生物液の受入、貯蔵、保管、注出用の容器について記載され、該容器は低圧ポリエチレン約10~20%を含む高圧ポリエチレン、低圧ポリエチレン混合物から製造することが記載されているが、該容器は三層構造ではなく、ましてエチレン・酢酸ビニル共重合体を使用するものではない。

甲第16号証(米国特許第3576650号明細書)には、血液等の低温貯蔵用のプラスチックフィルムから成る容器について記載され、該フィルムはポリオレフィンから製造されるとしているが、単層構造であり、本件発明の三層構造を示唆するものではない。

甲第17号証(特公昭55-44977号公報)には、冷凍温度において改良された物理的強度を持つ可撓性の潰れ得る血液冷凍容器について記載されているが、これを構成する材料は酢酸ビニル単位を約10~35重量%含有するエチレン・酢酸ビニル共重合体の単層であって、三層構造を有していない。

甲第18号証(特開昭56-76955号公報)には、電子線又はγ線で架橋した医療用樹脂成形物について記載されているが、該樹脂はエチレン-酢酸ビニル樹脂、若しくはエチレン-酢酸ビニル-一酸化炭素共重合樹脂であって、積層構造を採るものではない。

以上、甲第1、第15ないし第18号証には、医療用の容器について記載されているが、その構造は、プラスチックの単層から成るもので、本件発明の特定の三層構造から成る袋は記載も示唆もされていない。

甲第19号証(特開昭49-89782号公報)には、プラスチックの積層体の発明が記載され、該積層体はエチレン含量20モル%以上、けん化度90%以上のエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物及びポリオレフィンを共押出することにより製造されることが記載されているが、これは食品等の包装容器としてそのけん化物の優れたガス遮断性を利用するものであり、本件発明とは、別異の技術といわざるを得ない。

甲第20号証(特開昭51-100181号公報)には、ポリオレフィン系樹脂から成る少なくとも1層及びポリオレフィン系樹脂以外の極性を有する熱可塑性樹脂から成る少なくとも1層から構成される多層熱可塑性プラスチック構造物に関する発明が記載されているが、両層の接着性の改善のため、少なくとも1種の樹脂層に変性ポリオレフィンを含有させ、少なくとも1種に無機充填材を含有させるとしており、ポリオレフィン系樹脂として低密度ポリエチレン、極性を有する熱可塑性樹脂としてエチレン-酢酸ビニル共重合体がそれぞれ例示されてはいるが、「剛性、破壊強さなどの機械的強さに優れ」(3頁右下欄7行ないし8行)ることを特徴としており、本件の柔軟性が要求される医療用袋とは別異のものであって(当然ながら、低密度ポリエチレン-エチレン酢酸ビニル共重合体の各層から成る積層体の具体的記載は存在しない。)、本件発明を示唆する記載は見いだせない。

甲第21号証(特開昭54-159481号公報)には、外層が低密度ポリエチレン、中層がエチレン-酢酸ビニル共重合体から成る三層のフィルムについて記載されており、この点では、本件発明の袋の素材と格別相違しない。しかしながら、該フィルムはあくまで農業用フィルムとして記載されているにすぎず、医療用容器の素材として用い得ることの何らの記載も見いだせない。

甲第22号証(特開昭55-38126号公報)には、多層プラスチックフィルム製の輸液、輸血用袋についての発明が記載されているが、その層構造は、「内層がイソフタル酸と1,4シクロヘキサンジメタノールから誘導される共重合ポリエステル、テレフタル酸と1,4-シクロヘキサンジメタノールとシクロヘキサンジメチルカルボキシルアミドから誘導される共重合ポリエステル、テレフタール酸とポリテトラメチレンエーテルグリコールと1,4-ブタンジオールから誘導される共重合ポリエステル、テレフタル酸ジメチル又はテレフタル酸とエチレングリコール又はブチレングリコールから誘導されるポリエステルから誘導されるポリエステルから選択される」としているとおり剛性の高いものを指向するもので、本件の柔軟な袋とは別異の技術といわざるを得ない。

以上検討したとおり、甲第15ないし第22号証には、医療用袋として低密度ポリエチレン/エチレン酢酸ビニル/低密度ポリエチレンの三層から成る医療用袋は記載されておらず、わずかに甲第22号証において三層構造の医療用袋の記載はあるが、層構造は剛性の高いものを指向するものであり、これに代えて技術分野を異にする農業用フイルムとして知られている甲第21号証記載のものを転用することが当業者にとって容易になし得るとする根拠はいずれの記載からも見いだし得ないのであるから、これら刊行物の記載事項から本件発明が当業者にとっては容易に発明し得るとすることはできない。

原告は、平成9年6月22日付け無効審判上申書で、技術水準を示す証拠として甲第25号証(日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」23巻10号、41ないし49頁)を提示している。

該刊行物には、確かに、「高圧法ポリエチレンは汎用樹脂として、性能面、加工面で多くの有用性をもっているが、単独フィルムではこれら好ましい性質にも限界があり、積層化することによって、さらに、性能を向上させることができる」こと(43頁右下)、「タイプの異なる高圧法ポリエチレンの組合せ、あるいは、エチレン-酢酸ビニルコポリマーとの組合せによって改良すれば用途分野をさらに広げることができよう」(43頁右下から44頁左下欄)と記載され、具体的に「LDPE/EVA/LDPE」の三層フィルムの用途として「農業用フィルム・ホース重包装袋、液体充填用フィルム」が記載されているが、この記載からこのフイルムを医療用に用いることが示唆されていると認めることはできない。

したがって、甲第1、第15ないし第22、第25号証を併せ検討しても、これから本件発明が当業者の容易に発明をすることができるものと認めることはできない。

(6)  審決の結論

以上のとおりであるから、原告の主張する理由及び提示する証拠によっては、本件特許を無効とすることはできない。

第3  原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(発明未完成)

(1)  発明が発明として認められるためには、当該発明の技術内容が、当該の技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていなければならない。

本件発明の目的とする技術効果に、少なくとも、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に応じる耐熱性を備えることが含まれることは、本件特許公報の記載から明らかである。

すなわち、本件特許公報の発明の詳細な説明の項には、本件発明の目的とする技術効果は「衛生性、柔軟性、透明性、耐熱性に優れた血液、薬液等を入れる医療用袋(1欄17行ないし18行)」を得ることにあり、「本発明はこれらの問題を解決すべく種々検討の結果到達したものであり、衛生性に優れ柔軟性に富み、透明性を有しさらに滅菌処理温度に応ずる耐熱性を備えた積層体からなる医療用袋を提供」できる(2欄11行ないし14行)、「このようにして得られた医療用袋は……内容液が充填され……次いで滅菌処理が施されるがこの方法としては高圧蒸気による方法が挙げられ、高圧蒸気滅菌の条件としては……115℃×30min、121℃×20min等である」(3欄43行ないし4欄5行)と記載されている。また、その実施例においても、熱処理条件としてすべて「115℃×30minの高圧蒸気滅菌処理」(5欄7行)が採用されており、これ以外の条件による熱処理に耐えることの記載は一切ない。

そうすると、本件発明の「目的とする技術効果」の内容には、少なくとも、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に応ずる耐熱性を備えることが含まれるのは明らかであるから、本件発明は、この条件での高圧蒸気滅菌が反復実施できなければ未完成である。

(2)  しかるに、本件発明の医療用袋の積層体の中間層を構成するエチレン-酢酸ビニル共重合体の耐熱性は「無負荷の状態でせいぜい80℃」であり(甲第8号証79頁)、内外層を構成する密度0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレンの融点はせいぜい114℃であることから(甲第29号証の1=審判乙第4号証の1添付資料1及び2)、三層構成の積層体であることを考慮しても、本件発明による医療用袋がそのような耐熱性を有しないことは、当業者に自明である。

(3)  これに加えて、原告が、本件明細書(甲第27号証)の発明の詳細な説明中に記載された実施例に忠実に従って本件発明を追試したところ(甲第13、第14号証)、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理では、本件発明による医療用袋には著しい破袋・変形が起こり、実用に供することは全く不可能であった。本件明細書の発明の詳細な説明の項(本件特許公報4欄6ないし12行)及び実施例には、この破袋・変形は、袋の上下端シール部あるいは中央部を固定して高圧蒸気滅菌処理することにより改善される旨記載されているが、甲第13、第14号証の追試結果が示すとおり、このような処置を講じて高圧蒸気滅菌した場合にも、同様に破袋・変形が発生し、実用に供し得る医療用袋は得られなかった。

(4)  被告らは、被告らによる追試の結果を提出し(甲第30号証の1=審判乙第5号証の1)、本件発明の医療用袋は115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に耐え、良好な結果が得られる旨主張しているが、この追試は、本件発明の医療用袋を115℃×30分の高圧蒸気滅菌ではなく、それより緩やかな条件で水浴処理に付したにすぎず、しかもステンレス製仕切板を使用するなど、本件発明の構成要件外の技術を付加して実施したものであるから、本件発明の追試に値しないものであり、この結果をもって、本件発明の医療用袋が115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に耐えるとはいえない。

(5)  したがって、本件発明は、その目的とする技術効果を達成することができない未完成な発明であり、審決は、本件発明の認定を誤り、未完成発明を特許として認めた違法があるから、不適法なものとして取り消されるべきである。

2  取消事由2(記載不備)

(1)  (特許法36条3項違反)

本件発明における医療用袋に用いられる素材の融点は、外層の低密度ポリエチレンが114℃以下、中間層のエチレン-酢酸ビニル共重合体はせいぜい80℃と、いずれも低いことから、三層構造の積層体であることを考慮しても、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に耐え得ない。

原告が、実施例の記載に忠実に従って本件発明の追試を行ったところ(甲第13、第14号証)、袋を固定しなかった場合はもちろん、袋の上下端シール部あるいは中央部を固定して処理した場合であっても、袋は115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に耐え得ず、著しく破袋・変形し、実用に供し得る製品を得ることができなかった。

被告らは、被告らによる追試結果を提出し(甲第30号証の1=審判乙第5号証の1)、本件発明は当業者が実施可能である旨主張しているが、当該追試は、医療用袋を115℃×30分の高圧蒸気滅菌ではなく、それより緩やかな条件で水浴処理に付したにすぎず、しかもステンレス製仕切板を使用するという、本件明細書に記載されていない、発明の構成要件外の技術を付加して実施したものであるから、本件発明の追試とはいえない。

したがって、本件明細書には、本件発明が、その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえないから、特許法36条3項の規定に違反し、この点に関する認定・判断を誤った審決は違法なものとして取り消されるべきである。

(2)  (特許法第36条4項違反)

本件発明は、内外層に「密度0.930g/cm3以下」の低密度ポリエチレンを用いることを、その構成要件の一つとしているが、この数値範囲は、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではない。

すなわち、低密度ポリエチレンは密度が低くなるほど軟化点も融点も低くなることは周知である。また、原告による追試で証明したとおり、実施例で用いられた密度0.927g/cm3の低密度ポリエチレンを内外層に用いた医療用袋は115℃×30分の熱処理に耐える耐熱性を有していない。

そうすると、密度が0.927g/cm3より更に低い低密度ポリエチレンを内外層とした医療用袋は、耐熱性が更に劣り、115℃×30分の熱処理に耐え得ないことは明らかであるから、「密度0.930g/cm3以下」という特許請求の範囲の文言は、一方で明らかに目的を達成し得ない範囲(0.927g/cm3以下)を含み、他方で目的を達成し得る数値範囲を開示していない。

したがって、前記「密度0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレン」は、発明の構成に欠くことができない事項のみを記載したものではなく、特許法36条4項の要件を満たさない。審決は、この点に関する認定、判断を誤ったものであり、取り消されるべきである。

3  取消事由3(進歩性欠如)

(1)  本件出願時における技術水準は次のとおりである。

本件出願時には、柔軟性・衛生性・透明性の高い医療用袋をエチレン-酢酸ビニル共重合体樹脂で製造可能であったものの、耐熱性においては難点があった(甲第17及び第18号証)。そこで、これを克服するための耐熱性向上の試みがされていた (甲第18号証)。

また、ポリエチレンも医療用袋の素材として使用されていたが(甲第1、第15及び第16号証)、低密度ポリエチレンは耐熱性が十分でないので、例えば高密度ポリエチレンを混合することによって耐熱性を向上させる試みがされていた(甲第15号証)。

他方、プラスチックフィルム単体の弱点を克服する手段として積層化するという技術が周知となっており(甲第19ないし第22号証及び第25号証)、遅くとも昭和47年には、低密度ポリエチレンを内外層、エチレン-酢酸ビニル共重合体を中間層とする三層の積層体フィルムを液体充填用に使用することが、提案されていた(甲第25号証)。また、昭和54年には、同じく低密度ポリエチレンを内外層、中間層をエチレン-酢酸ビニル共重合体とする三層の積層体フィルムが、少なくとも機械的強さに優れ、透明性も良好であることが明らかとなっていた(甲第21号証)。医療用袋の分野においても、耐熱性の向上などを目的としてこの積層技術を適用する試みが既になされていた(甲第20及び第21号証)。

(2)  したがって、本件発明は、その出願よりも少なくとも10年近くも前から、様々な用途分野で積層体フィルムを用いることが提案され(甲第25号証)、これが医療用はもちろん(甲第20及び第22号証)、食品用(甲第19号証)、農業用(甲第21号証)などに具体化され、周知となっていた中で、その10年近く前に提案された「液体充填用フィルム」(甲第25号証)や、数年前に公開された「農業用フィルム」(甲第21号証)の構成と同一構成のフィルムを医療用袋に用いたものにすぎない。

(3)  もっとも、本件発明には、積層体全体の厚みが0.15mm~0.6mm、及び中間層の厚みの割合が60%以上との数値限定が存在する。

しかしながら、この数値限定は何ら臨界的な意義はなく、当業者ならば実験的に適宜決められる因子にすぎず、その効果も容易に予測可能であった。

(4)  したがって、本件発明は、この数値範囲を考慮しても、当業者ならば容易に発明することができたものであって、進歩性を欠如する。審決は、この点に関する判断を誤ったものであり、取り消されるべきである。

第4  審決取消事由に対する被告らの反論

1  取消事由1(発明未完成)について

(1)  医療用袋は、耐熱性、透明性、柔軟性、衛生性の特性のうち一つの特性に偏ることなく、各特性をバランスよく具備することが重要である。

従来の医療用袋は、例えば高密度ポリエチレン等の硬質のものは耐熱性に優れるが、柔軟性、透明性に劣り、エチレン-酢酸ビニル共重合体は、柔軟性、透明性に優れるが耐熱性に劣っているなどの問題があったところ、本件発明の医療用袋は、本件特許請求の範囲に規定する三層構成により、一つの特性に偏ることなくこれらの特性をバランスよく具備させたものである。実施例記載の115℃×30分の滅菌処理条件は、これら各特性の比較・評価に適する過酷な条件をあえて選定したものであって、実際の製品を製造する際には、滅菌処理の効率、滅菌後の袋の外観等をも考慮して条件を定めるべきものである。

本件発明が未完成である旨の原告の主張は、本件実施例の滅菌処理条件の意義を誤解し、115℃×30分の滅菌処理条件に耐えることが、本件発明の目的とする技術効果、すなわち不可欠の要件であり、該条件で滅菌された医療用袋は外観等を含めてすべて完全でなければ発明は未完成と主張するものであって、その前提において失当である。

(2)  しかも、本件発明の医療用袋は、当業者が当然行うべき適切な配慮を払いつつ滅菌処理すれば、115℃×30分という過酷な条件でも、良好な結果を得ることができることは、被告らが行った本件実施例の追試(甲30号証の1=審判乙第5号証の1)の結果から明らかである。原告による追試において破袋・変形が認められたのは、当業者が当然行うべき適切な配慮がなかったからであり、本件発明に未完成の瑕疵はないとした審決に誤りはない。

2  取消事由2(記載不備)について

(1)(特許法36条3項)

本件明細書の記載が特許法36条3項の規定に違反するとの原告の主張も、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に耐えることが本件発明の目的とする技術効果であり、本件発明の不可欠の要件であるとの誤った認識に基づくものであり、その前提において失当である。

しかも、被告らによる本件発明の実施例の追試(甲30号証の1=審判乙第5号証の1)の結果からも証明されるとおり、本件発明の医療用袋は、当業者が当然すべき適切な配慮を払いつつ滅菌処理を行えば、115℃×30分という過酷な条件でも、良好な結果を得ることができる。原告による追試において破袋・変形が認められたのは、当業者が当然すべき適切な配慮を払わなかったからにすぎない。

(2)(特許法36条4項)

低密度ポリエチレンの密度に関する原告の主張も、36条3項の主張と同じ誤った認識に基づくものであり、その前提において失当である。

3  取消事由3(進歩性欠如)について

本件特許の出願前の公知技術のうち、医療用袋に関するものは、フィルムの材料、構成、特性からみて、いずれも耐熱性、透明性、柔軟性、衛生性のバランスを重視し、薬液の自然排出性に富む柔軟な袋を指向する本件発明とは遠く離れており、本件発明を示唆するものではない。

医療以外の技術分野において、フィルムの層構成が本件発明と同じものが存在するが、技術分野、技術的課題を全く異にする農業フィルム等に関するものであるから、本件発明を何ら示唆するものではなく、審決の認定・判断は正当である。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(発明未完成)について

(1)  甲第27号証(本件特許公報)によれば、本件明細書に次のとおりの記載があることが認められる。

「本発明は衛生性、柔軟性、透明性、耐熱性等に優れた血液、薬液等を入れる医療用袋に関する。

現在医療用容器としてガラス、ポリエチレン、ポリプロピレン等からなる硬質の容器と可塑剤を含むポリ塩化ビニルからなる軟質の袋が知られている。しかし前者は……空気を導入せねばならず汚染のみならず空気が静脈内に入って空気栓塞を起こすという非衛生的で且つ危険性もはらんでおり、後者は……前記可塑剤の内容液への移行、ポリ塩化ビニルに含まれる塩化ビニルモノマーの毒性等の問題が残っている。

本発明は……衛生性に優れ柔軟性に富み、透明性を有しさらに滅菌処理温度に応ずる耐熱性を備えた積層体からなる医薬用袋を提供できその要旨は、内外層を密度0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレンとし、中間層をエチレン酢酸ビニル共重合体もしくはエチレンプロピレン系エラストマーおよびエチレンブテン-1系エラストマーの中から選ばれた少なくとも一種のエラストマーとする積層体からなり、積層体全体の厚みが0.15mm~0.6mmであって、そのうち中間層の厚みの割合が60%以上であることを特徴とする医療用袋である。」(本件特許公報1欄17行ないし2欄23行)

「得られた医療用袋は……内容液が充填され……次いで滅菌処理が施されるがこの方法としては、高圧蒸気による方法が挙げられ、高圧蒸気滅菌の条件としては特に限定される訳ではないが通常115℃×30min、121℃×20min等である」(3欄43行ないし4欄5行)

「各層の厚み割合は特に制限するものではないが、積層体に柔軟性を十分付与するには中間層の厚みを積層体の厚みの60%以上が好まし(い)」(3欄25行ないし28行)。

(2)  また、甲第27号証によれば、実施例、比較例について、本件明細書に以下の趣旨の記載があることが認められる。

エチレン-酢酸ビニル共重合体を中間層とし、低密度ポリエチレンを内外層とした積層体より構成される本件発明による医療用袋(実施例1及び4)、この医療用袋の外層の低密度ポリエチレン層をポリプロピレン層で置き換えた比較用の医療用袋(比較例2)、エチレンプロピレン系エラストマーを中間層、高密度ポリエチレンを外層、低密度ポリエチレンを内層とする積層体より構成される比較用のポリエチレン医療用袋(比較例1)等に内容液を充填した後、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理を施し、それらの耐熱性、柔軟性(弾性率及び自然排出性)、透明性(目視観察及び透過率)、衛生性、外観及び総合判定について評価した。

その結果(第1表)、本件発明に従う医療用袋(実施例1及び4)は、いずれも耐熱性では比較例1及び2のものに劣るものの、柔軟性、透明性、外観を加えた総合判定では比較例のものより優れていた。特に、実施例4のものは、透明性及び外観についてはやや不良であるものの、総合判定では、比較例のものより良好であった。

柔軟性・自然排出性の項目については、比較例のものがやや不良ないし不良であるのに対し、本件発明のものはいずれも非常に良好であった。

(3)  以上の本件明細書の記載によれば、本件発明の医療用袋は、特定条件での耐熱性をその目的とするものでなく、むしろ従来技術によるものより耐熱性が劣ることを許容した上で、衛生性、柔軟性、透明性、耐熱性等の諸特性の総合特性に優れた医療用袋の提供を意図するものであること、特に、柔軟性・薬液の自然排出性について優れた特性を達成したものであることが認められる。

(4)  原告は、本件発明の目的とする技術効果には、少なくとも、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に応じる耐熱性を備えることが含まれるにもかかわらず、本件発明の医療用袋は、115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に耐えられず、目的とする技術効果を反復実施することができないから、本件発明は未完成であると主張する。

しかし、前認定のとおり、本件発明は、特定の温度条件での耐熱性を目的とするものでなく、むしろ従来技術によるものより耐熱性に劣ることを許容した上で、総合特性、特に、薬液の柔軟性・自然排出性を高めたものである。しかも、本件発明の特許請求の範囲には、本件発明の医療用袋の滅菌処理条件に関する限定が含まれているわけではないから、「115℃×30分の高圧蒸気滅菌処理に応じる耐熱性を備えること」が本件発明の目的とする技術効果であるとする原告の主張は理由がない。

したがって、115℃×30分の高圧蒸気滅菌に耐えるか否かをもって、本件発明が反復実施可能であるかを決定することはできないのであり、本件発明の医療用袋が通常の滅菌処理に耐え得れば、本件発明は反復実施可能というべきであって、本件発明が未完成であるということはできない。

(5)  原告は、本件明細書の実施例、比較例について、115℃×30分の高圧蒸気滅菌に耐えるかどうかを判断基準とし、これより低い温度を基準とする優劣判断の記載は一切存在しない、と主張する。

しかしながら、本件明細書に記載の実施例、比較例は各種異なった物性を持つ医療用袋を総合的に評価し、115℃×30分はその一つの例として記載されていることは前記本件明細書の記載から明らかである。そして、115℃×30分における実施例が示されていれば、それより低い温度に耐えることは実験により示すまでもなく反復実施可能であることは、以下に判示するとおりである。

(6)  医療用袋の滅菌処理条件について検討するに、甲第1号証によれば、薬事法に基づき医薬品等の基準・標準を定めた日本薬局方の「高圧蒸気法」、「流通蒸気法」の項(B-572頁)に、滅菌について次のとおり規定されていることが認められる。

「(ⅲ) 高圧蒸気法」として、

本法は、主としてガラス製、磁製、金属製、ゴム製、紙製若しくは繊維製の物品、水、培地、試薬・試液又は液状の医薬品などで、高温高圧水蒸気に耐えるものに用いる。

通例、次の条件で行う。

115℃  30分間

121℃  20分間

125℃  15分間

「(ⅳ) 流通蒸気法」として、

本法は、主としてガラス製、磁製、金属製、ゴム製若しくは繊維製の物品、水、培地、試薬・試液又は液状の医薬品などで、乾熱法又は高圧蒸気法によって変質するおそれのあるものに用いる。

通例、100℃の流通水蒸気中で30~60分間行う。

「(ⅴ) 煮沸法」として、

本法は、主としてガラス製、磁製、金属製、ゴム製若しくは繊維製の物品、培地、試薬・試液又は液状の医薬品などで、乾熱法又は高圧蒸気法によって変質するおそれのあるものに用いる。

通例、沸騰水中に沈め、15分間以上煮沸して行う。

(7)  日本薬局方の上記規定は、プラスチック製物品について直接言及していないが、プラスチックと類似の特性のゴム、繊維製品に適用され、プラスチック製医療用袋にもそのまま適用されるものと解される。上記規定によれば、プラスチック製医療用袋を含め、医療用品の滅菌は、高圧蒸気法によることが必ずしも義務ではなく、医療用物品の滅菌処理は、115℃×30分等の高圧蒸気法に耐えるものには、その条件での高圧蒸気滅菌を適用し、これに耐え得ないものには、より緩やかな条件による高圧蒸気滅菌、あるいは他の滅菌処理法、例えば、流通水蒸気法、煮沸法による滅菌法が許容されるものということができる。

現に、甲第15号証によれば、特公昭39-6190号公報に、血液等の生物液を保存するためのポリエチレン製袋を101ないし102℃で流動水蒸気中で熱殺菌した製品が実用に供されている旨が記載されており、乙第7ないし第9号証(特開平4-303452号、特開平6-169974号公報及び特開平6-209981号公報。いずれも原告による特許出願の公報)に、プラスチックフィルム製の医療用袋を110℃で高圧蒸気滅菌した例が記載されていることが認められるところである。

そうすると、本件発明の医療用袋についても、例えば、温度101℃ないし102℃あるいは110℃での滅菌処理に耐え得れば反復して実施可能であるから、仮に他の条件次第で、115℃×30分の高圧蒸気法による滅菌処理に耐え得ない場合のあることをもってして、発明が未完成であるとすることはできない。

(8)  ところで、甲第13号証は、原告の主任技術員【H】による本件発明の追試結果を示す実験報告書であるが、その写真15ないし18によれば、追試対象の袋の一部が側方に膨れ、破袋していることが認められる。

しかし、原告の追試内容について具体的に検討すると、上記実験報告書に関する【H】の陳述書である甲第33号証の図3、図4に示されるように、原告の追試は、温度が実施例記載の115℃を上回り、加熱時間も実施例記載の30分を超えるものであったことが認められ、それにもかかわらず、甲第13号証の写真15ないし18に示される袋は、その表面積の大部分を占める、破袋部外の領域において、なお袋状積層体の形状をとどめているものと認めることができる。そして、その破袋部は、内部からの圧力にさらされて外側方に大きく膨らみ、その結果破袋にまで至ったものであって、積層体自体が熱溶解し形状をとどめなくなったものではないものと認めることができる。

この内部からの圧力の原因について検討するに、証拠によれば、引っ張り強度の小さい容器・袋類を高圧水蒸気により滅菌する際には、容器・袋類の内圧が外圧より高くなることがないよう、温度圧力の正確なコントロールが不可欠であることが広く知られていたものと認められる(甲第30号証の2(日本食品工業学会誌16巻3号(1969年3月)所収の【N】ほか「フィルム包装食品のレトルト殺菌」)118頁右欄15ないし18行、甲第31号証(薬剤学Vol.40,No.2(1980年)所収の【O】ほか「密封プラスチック容器用の缶内圧調節可能な高圧蒸気減菌器」)82頁の考察の項の11ないし15行、乙第4号証添付資料2(薬業時報6382号(昭和57年8月26日)所収の「輸液用プラスチック容器の現況(1)」)20頁中欄の耐熱性(耐オートクレーブ性)の項)。そして、前示のように、原告の追試においては、袋の内圧が外圧を相当程度上回ったため破袋に至ったことが明らかであるから、温度圧力のコントロールが不適切であったものと推認することができる。

他方、原告の追試における温度履歴を示す甲第33号証の図4を検討すると、原告の追試においては、缶体(滅菌器)内部の温度が、袋内の温度に先んじて降下し、袋の内外の温度が逆転したことが認められる。この温度の逆転はそのまま蒸気圧の差となり、袋の内外の圧力差を招くことは自明のことであるから、原告の追試は温度圧力の管理が不適切であり、不適切な温度圧力の管理が破袋を発生させた可能性を排除することはできない。

したがって、甲第13号証の実験報告書から、本件発明が未完成であるとすることはできない。甲第14号証は、甲第13号証の実験報告書に疑問の点はなく、信頼性の高いものであるとする東京女子医科大学教授【I】作成の鑑定書であるが、以上に判示したところからすれば、これをもってしても本件発明が未完成のものであると認めることはできない。

(9)  原告は、内外層を構成する密度0.930g/cm3以下の低密度ポリエチレンの融点はせいぜい114℃であることを前提にして、発明未完成の主張をしているところ、融点114℃のポリエチレンを外層とする本件発明の医療用袋が、101℃ないし102℃あるいは110℃での滅菌処理に耐え得ないことを認めるべき証拠はない。

したがって、本件発明が未完成であるとする原告の主張は理由がない。

2  取消事由2(記載不備)について

(1)  特許法36条3項違背

上記1の(8)で示したところによれば、甲第13号証の追試結果をもって、本件明細書には本件発明が当業者が容易に実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていないとすることもできず、他に、本件発明が当業者に容易に実施可能に記載されていないと認めるに足りる証拠はない。

本件発明には特許法36条3項違背の記載不備があるとする原告の主張は理由がない。

(2)  特許法36条4項違背

本件発明には特許法36条4項違背の記載不備が存するとする原告の主張は、本件発明の医療用袋は、115℃×30分の熱処理に耐える耐熱性を有することが必須の要件であることを前提としている。

しかし、本件発明がそのような特定の耐熱性を備えることを要件としていないことは前示のとおりであるから、原告の主張はその前提において理由がない。

3  取消事由3(進歩性欠如)について

(1)  甲第1号証、甲第15ないし第22号証、甲第25号証によれば、各書証に以下の事項が記載されていることが認められる。

<1> 甲第1号証(第十改正日本薬局方解説書、1981年)

「輸液用プラスチック容器」として「ポリエチレン製の容器」が使用される。(B-302頁)

<2> 甲第15号証(特公昭和39-6190号公報)

「本発明は容器、特に血液、代用血液等の生物液の受入、貯蔵、保管、抽出用の容器に係る。従来この目的には、殺菌した硝子壜が実際上使用されてきたが、種々の欠点があるため、近時に至り合成樹脂の薄壁容器例えば袋を、この目的のために使用することが提唱され、これに従って高圧ポリエチレン(=低密度ポリエチレン)の薄壁袋が供されているけれども、オートクレーブに於いて流動水蒸気中で温度101-102℃だけ(原文のまま)殺菌に附し得る欠点があり、この温度を超えれば不都合な変形が生じる。101-102℃の前記温度、2時間以上の熱存続時間で一定時間条件を維持しながら熱殺菌を行って初めて高圧ポリエチレン袋に確実な殺菌ができるのである。」(1頁左欄、発明の詳細な説明の第1段落)

「生物液保蔵用の合成樹脂製薄壁容器は、種々の要件に副つたものでなければならない。即ち囲壁は柔軟で曲撓性であって袋が折りたためるし、空の場合には自動的に縮まる必要がある。合成樹脂袋囲壁の厚さは一般に0.3mmから0.5mmまでの間とし……囲壁は充分に透明とし、従って袋内容品の制御に必要な検視が継続的にできねばならない。」(同第3段落ないし右欄第1段落)

「高圧ポリエチレン(=低密度ポリエチレン)を主成分とし、低圧ポリエチレン(=高密度ポリエチレン)含分が約10~20%の限界内にある重合物混合体又は共重合体を、有利な比重0.921~0.925に調整した上、袋形容器製造用に使用することができる。」(1頁右欄第3段落)

「上記重合体袋の殺菌は約110℃から115℃までの温度に於いて流動する水蒸気を用いて行うことができ、その際変形等の如き損傷を生じない。高圧ポリエチレン約85%、低圧ポリエチレン約15%を含有する重合体混合物から作った容器が特に優れていることが判った。」(同第5段落)

<3> 甲第16号証(米国特許第3576650号明細書。1971年発行)「エチレンのホモポリマー及び/又は少なくとも約50重量%のエチレンから成るポリエチレン共重合体のいずれかを含有する樹脂組成物から得られた2軸配向プラスチックフィルム袋が腐敗し易い生体材料の低温貯蔵包装材として使用される。」(1欄、開示の摘要の項)

「本発明のプラスチックフィルムは、ひび割れすることのない良好な柔軟性、熱シール容易性、耐久性のあるシール状態、耐殺菌性、安い製造コスト等の望ましい特性を示しかつ有している」(2欄54ないし57行)

低密度ポリエチレンないしエチレン酢酸共重合体を成分とするフィルムパッケージの厚さは0.7ミル(0.02mm)ないし9.0ミル(0.23mm)とされる。(TABLE 1)

<4> 甲第17号証(特公昭和55-44977号公報)

「酢酸ビニール単位を10乃至35重量パーセント含有しているエチレン-酢酸ビニール共重合体より実質上構成される壁で構成されており、該壁は0.254乃至0.635mmの厚さを有して……いることを特徴とする改良された、可撓性の、低温において改良された物理的強度を有している潰れ得る容器。」(特許請求の範囲第1項)

「本発明の血球冷凍容器は、冷凍温度において大いに増大した衝撃強度を持つ可撓性の潰れ得るバッグであって、一方血球の処理に好都合なように室温では良好な可撓性と潰れ性を保有している」(3欄27ないし30行)

<5> 甲第18号証(特公昭56-76955号公報)

「エチレン-酢酸ビニル系樹脂100重量部について酸化マグネシウム及び/又は酸化カルシウム0.1~10重量部を含有する樹脂組成物を所要形状の成型物に成形した後、この成型物に……の範囲で電子線又はγ線を照射して架橋させることを特徴とする医療用樹脂成型物の製造方法。」(特許請求の範囲第1項)

「塩化ビニル樹脂は、周知のように種々の添加物を含有し、特に、血液バッグのように柔軟で透明な成型物を得るためには多量の可塑剤が用いられている。……この可塑剤を含む成型物が血液や水に接触したとき、可塑剤が徐々に溶出することが知られており、生体内に入れば、何らかの障害を起こす可能性もある。」(1頁右下欄第2段落)

本発明方法により得られた樹脂は「可塑剤を含まず」かつ「耐熱性、透明性、柔軟性を損なうことなく、溶血性及び細胞毒性を実質的に完全に除くことができる」(2頁左上欄第2段落)

<6> 甲第19号証(特開昭49-89782号公報)

「エチレン含量20モル%以上、けん化度90%以上のエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物(A)及びポリオレフィン(B)を共押出成形するプラスチック積層体の製造方法において、(材料を特定比で混合し、特定条件で冷却することを特徴とする)方法。」(特許請求の範囲)

「上記共重合体けん化物(A)から成型されるフィルムは、その優れたガス遮断性により、食品等のように空気中の……酸素によって変質を受け易いもの……などの包装用に適することは良く知られて」おり、共重合体けん化物(A)とポリオレフィン(B)との共押出し積層フィルムも知られているが「ラミ強度が弱いために例えばヒートシールして袋として内容物を入れた際にAフィルム層とBフィルム層とのヒートシール部が加重のため剥離したり破けたりするという欠点をもつ」(1頁右下欄第2段落ないし2頁左上欄第1段落)

「本発明は、……非常に高いラミ強度を有する前記重合体A及びBから成る積層体を共押出法で製造する方法を目的とする。」(2頁右上欄第2段落)

「三層のインフレーション成形ダイスを用いてエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物……のフィルムを中間層とし、……低密度ポリエチレン……のフィルムを外側の二層とする三層フィルムを成形した」(3頁右上欄実施例1)

<7> 甲第20号証(特開昭51-100181号公報)

「従来からポリオレフィン系樹脂と……エチレン酢酸ビニル共重合体けん化物などの極性を有する他の熱可塑性樹脂を組み合わせて多層パリソンを連続的に形成し、これを吹込成形など行なうことにより多層中空容器などの構造体を製造することが提案されている。かかる構造体はポリオレフィンの優れた成形加工性および耐透湿性、耐化学的性質、低温における衝撃強さなどの長所を生かし、機械的、熱的性質、耐ガラス透過遮断性などのポリオレフィンの短所を、極性を有する他の熱可塑性樹脂で補ったものであり、単一プラスチック構造体では得られないすぐれた性質を有していることから極めて広範囲の用途に対して有用である。」(1頁右下欄第2段落)

「多層吹込成形容器に液体を封入し、フタ閉めして高所から落下させた場合層間の剥離、壁割れ、ピンチオフ部破壊などがおこることが時としてあるためかかる実用上の諸問題解決が望まれていた。特にこの方法から得た多層大型容器などにあっては上述の問題とともに剛性、破壊強さなど機械的性質の向上が、また、薬品及び食料品等の用途に用いる多層容器にあっては耐薬品劣化性、耐ガス透過遮断性の向上が切望されるところである。

そこで本発明者らはポリオレフィンと他の極性を有する熱可塑性樹脂との多層構造物において上記問題点を解決するため鋭意検討した結果、各層を形成する樹脂層の少なくとも1種に変成ポリオレフィンを含有せしめると共に、さらに樹脂層の少なくとも1種に無機質充填剤を含有せしめることにより、上記目的が効果的に達成できることを見いだし、本発明に到達した。」(2頁右上欄第1段落ないし左下欄第1段落)

「本発明の多層構造体は剛性、破壊強さなど機械的強さにすぐれ、耐薬品性およびガス透過遮断性も良好である。」(3頁右下欄第2段落)。

「本発明により形成される多層構造物はたとえばポリオレフィン系樹脂と他の極性を有する熱可塑性樹脂との二層構造物、極性を有する熱可塑性樹脂を中間層としてポリオレフィン系樹脂で中間層をサンドイッチ状にした三層構造物……が挙げられる。

本発明による多層構造物の形状としては、……中空吹込容器、……管状体……シート状物、シートを熱成型して得られる容器……などが挙げられ、これらは工業薬品、医薬品、農薬、食品、化粧品、水などをとり扱う用途において主として容器用としての適性を有している。」(4頁右上欄第2ないし第3段落)

<8> 甲第21号証(特開昭54-159481号公報)

「ポリオレフィン系樹脂フィルムを隣接する層が互に異なるように三層に積層してなるフィルムであって、外層が低密度ポリエチレン、中層がエチレン-酢酸ビニル共重合体若しくはオレフィン-ビニルアルコール系共重合体又は両者の混合物、内層が低密度ポリエチレン-若しくはエチレン-酢酸ビニル共重合体又は両者の混合物からなる農業用積層フィルム。」(特許請求の範囲)

「(本発明の農業用積層フィルムの)外層には、透明性および防塵性が良好で柔軟性もあり、かつ価格も比較的低廉な低密度ポリエチレン(密度0.925以下)が使用される。

中層には、保湿性、透明性、強靱性およびハウス密着性等を良くするために、エチレン-酢酸ビニル共重合体または……が使用される」(2頁左下欄第4段落ないし右下欄第1段落)

「本発明の積層フィルムの厚さは、一般的に使用されている農業用フィルムと同じく、50~200程度μであ(り)」(4頁左下欄第4段落)、「積層したフィルムの夫々の厚み割合は、外層/中層/内層の比で5~30%/90~40%/5~30%……である。」(同第3段落)

<9> 甲第22号証(特開昭55-38126号公報)

「内層が(4種のポリエステルから選択される未延伸のポリエステル)フィルムからなり、外層がポリウレタン(又はその他6種の樹脂から選択され)かつ内層よりも融点の高いフィルムからなり、必要に応じてポリ塩化ビニリデン(又はその他4種の樹脂から選択される)中間層を有してなる耐熱・耐寒性及び熱封緘性を有する輸液・輸血用袋。」(特許請求の範囲)

「(輸液・血液の容器の)塩化ビニル樹脂の代替として、ポリエチレン……等のポリオレフィン系樹脂の採用が検討されているが、耐熱性が低い事……などの欠点を有している。」(2頁左上欄第2段落)

「中間層……は、ポリ塩化ビニリデン、……又はポリブタジエンの1種のフィルムからなり、水蒸気あるいはガスの遮断特性を有するフィルムを必要に応じて用いれば良く、内層……と外層……の接着に寄与するものである。」(2頁右下欄第3段落)

「本発明品は、内層に厚い、耐熱性、耐低温性の良好なポリエステル系フィルムを採用している為滅菌時の耐熱性にすぐれ、他の耐熱性包材による外装が不必要(である。)」(3頁右上欄第2段落)

<10> 甲第25号証(日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」1972(昭和47)年10月号)

「高圧法ポリエチレンは汎用樹脂として、性能面、加工面で多くの有用性をもっているが、単独フィルムではこれら好ましい性質にも限界が有り、積層化することによって、さらに性能を向上させることができる。タイプの異なる高圧法ポリエチレンの組合せ、あるいは、エチレン-酢酸ビニルコポリマー(=共重合体)との組合せによって改良すれば用途分野をさらに広げることができよう。」(43頁右欄最下段ないし44頁左欄第1段落)

LDPE/EVA/LDPE(=低密度ポリエチレン/エチレン-酢酸ビニル/低密度ポリエチレン三層フィルム)の特長として、「耐衝撃性、開口性、耳裂け・角裂けの防止」。その用途として、「農業用フィルム・ホース、重包装袋、液体充填用フィルム」(48頁右欄LDPE/EVA/LDPEの項)

「接着性の悪い樹脂の組合せ、たとえば高圧法ポリエチレンとポリプロピレン、高圧法ポリエチレンとナイロン、高圧法ポリエチレンとポリスチレンのような場合には、中間層を接着剤層として、エチレン-酢酸ビニルコポリマー(EVA)……を用いることによって強固に接着した積層フィルムとすることができるし、酢酸ビニル含量の多いEVAは非常に耐衝撃性がすぐれているが、ブロッキングしやすい」(42頁右欄(a)の項)

(2)  原告は、(イ)ポリエチレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体を医療用袋の素材として用いることが本件出願の相当前から知られており、その耐熱性を向上させる試みが種々行われていたこと(甲第1号証、及び第15ないし第18号証)、(ロ)プラスチックフィルムの積層化により単体フィルムの弱点を克服できることは本件出願前に周知であって、医療用袋の技術分野においても耐熱性の向上などを目的として積層化が試みられており、その中には、低密度ポリエチレンを内外層、エチレン-酢酸ビニル共重合体を中間層とするものも含まれていること(甲第19ないし第22号証及び第25号証)、(ハ)医療用袋以外の医療一般分野、それ以外の様々な分野においても積層体フィルムは周知であり、本件発明と同一構成の三層積層フィルムも知られていたこと(甲第19ないし第22号証及び第25号証)によれば、本件発明は、これら公知の三層構成フィルムを適宜の厚さとして医療用袋として用いたにすぎず、当業者が容易に発明することができたものであって、進歩性を欠如する旨主張する。

(3)  そこで、検討するに、前示のとおり、本件発明の医療用袋は、ポリエチレン、エチレン-酢酸ビニル共重合体で特定厚の三層構造の積層体を構成し、衛生性、柔軟性、透明性、耐熱性等の総合特性に優れる医療用袋としたものであるところ、前記認定したところ及びその他甲第1及び第15ないし第18号証の記載によれば、これらの甲号証には、単に単層構成の医療用容器・袋について記載されているだけであることが認められる。そして、これら証拠の記載事項は、医療用袋の一般的な技術水準を示すのみであって、本件発明を何ら示唆するものではないことが明らかである。

(4)  その他、原告が進歩性欠如を裏付けるものと主張する刊行物によっても、本件発明が進歩性を欠如するものと認められないことは、前記(1)で認定した各文献の記載に照らして判断する以下の説示のとおりである。

甲第19号証には、三層構成のプラスチック袋が記載されているが、同号証に記載のものは、中間層に使用されるプラスチックがエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物であって本件発明とはその種類が異なるのみならず、食品の包装等を念頭に置いてガス遮断性の改善を図ることをその目的とするものにすぎないから、三層構成を有する点で構造上の共通点有するものの医療用袋とは別異の技術というべきである。

甲第20号証には、ポリオレフィン系樹脂とエチレン-酢酸ビニル共重合体けん化物などの極性を有する他の熱可塑性樹脂を組み合わせて成形した多層中空容器などの構造体は、ポリオレフィンの優れた成形加工性、耐透湿性、耐化学的性質、低温における衝撃強さ等の長所を生かし、機械的、熱的性質等のポリオレフィン短所を他の熱可塑性樹脂で補ったものであり、単一プラスチック構造体では得られない優れた性質を有していることから極めて広範囲の用途に対して有用である旨記載され、そのような構造体(容器)は、医薬品の容器用としても適性を有することが記載されている。しかし、同号証において具体的に開示されている容器は、変成ポリオレフィンと無機質充填剤を必須の構成成分とする点で、本件発明と使用素材が異なるのに加え、その特性においても「剛性、破壊強さなど機械的強さにすぐ」れるものであって、袋の総合特性、とりわけ柔軟性・薬液の自然排出性に優れる本件発明とは異なる方向を指向するものであるから、本件発明を示唆するものとはいえない。

甲第22号証の医療用袋は、中間層の素材が本件発明のものと一致するが、内層には剛直な厚いポリエステル製のフィルムが使用されるのに加え、中間層自体も、「(中間層として)水蒸気あるいはガスの透過遮断性を有しているフィルムを必要に応じて用いれば良く、内層と外層との接着等に寄与するものである」(2頁右下欄第3段落)とされていることから、本件発明の医療用袋とは各層の機能が異なるから、これに基づいて本件発明を想到することは、当業者といえども容易ではないものと認められる。

甲第25号証(日本プラスチック工業連盟誌「プラスチックス」1972(昭和47)年10月号)には、代表的な多数の多層フィルムについて、その特長、用途等が記載されており、LDPE(=低密度ポリエチレン)/EVA(=エチレン-酢酸ビニルポリマー)/LDPE(=低密度ポリエチレン)からなる三層構成のフィルムについても記載されているが、この三層構成のフイルムについては、その特長として、耐衝撃性、開口性、耳裂け・角裂けの防止が、用途として農業用フィルム・ホース、重包装袋、液体充填用フィルムが挙げられているのみであり、中間層のEVA(エチレン-酢酸ビニル共重合体)層の機能として、接着性と耐衝撃性を挙げるのみであるから、本件発明のように中間層の厚みを積層体全体の60%以上とする構成を採用すること、そのような構成を採用することにより医療用袋として優れた総合特性、なかんずく優れた柔軟性・薬液の自然排出性が達成されることについては、何ら示唆するところがなく、用途として液体充填用フィルムが記載されていても、本件発明が引用例から容易に想到できたものとはいえない。

甲第21号証には、複数の選択肢の中の一つとして、外層及び内層が低密度ポリエチレン、中層がエチレン-酢酸ビニル共重合体から構成されるものが記載されており、フィルム全体の厚み及び各構成層の厚みについても、本件発明のものと部分的に重複する範囲が開示されている。

しかし、そこには、このフィルムの用途として農業分野しか示されておらず、その特性についても、農業用途に関連して保温性、透明性、耐光性、防曇性、展張作業性、強靱性、ハウス密着性、防塵性、強靱性等について触れられているのみであって、このフィルムを他の用途、特に医療用用途と結び付ける記載は存在しないから、同号証が本件発明を示唆するものとはいえない。

また、この甲第21号証の記載と、甲第1号証、第15ないし第20号証、第22及び第25号証の記載を総合して検討しても、甲第21号証記載の農業用フィルムの医療用途への転用を動機づけるものは見いだすことができない。

(5)  したがって、本件発明は、上記甲各号証の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものであって、進歩性を欠如するとの原告主張の審決取消事由3は理由がない。

第6  結論

以上のとおり、原告主張の審決取消事由はすべて理由がなく、本訴請求は棄却すべきである。

(平成11年10月26日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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