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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)272号 判決 1998年7月14日

アメリカ合衆国

カリフォルニア州 94025メンロー・パーク

ボーヘネン・ドライブ 4200番

原告

ネットワーク・ジェネラル・コーポレーション

代表者

スコット・シー・ニーリー

訴訟代理人弁護士

鈴木修

木村耕太郎

同弁理士

中村仁

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

今井信治

小池隆

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を30日と定める。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第6733号事件について平成9年6月10日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年5月30日、別紙目録(1)記載のとおり「スニファー」の片仮名文字と「SNIFFER」の欧文字とを2段に横書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を第11類(平成3年政令第299号による改正前のもの)「電子計算機、電子計算機用プログラムを記憶させた磁気テープ、磁気ディスク、電子回路、光ディスクその他本類に属する商品」として商標登録出願(平成2年商標登録願第61299号)したところ、平成4年12月10日拒絶査定を受けたので、平成5年4月9日審判を請求し、平成5年審判第6733号事件として審理された結果、平成9年6月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年7月9日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本願商標の構成、指定商品及び出願日は前項記載のとおりである。

(2)  これに対し、登録第1396696号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙目録(2)に表示する構成よりなり、第11類(平成3年政令第299号による改正前のもの)「電子応用機械器具(医療機械器具に属するものを除く)その他本類に属する商品」を指定商品として、昭和43年11月22日に登録出願、同54年10月30日に設定登録され、その後、平成2年5月23日に商標権の存続期間の更新登録がなされているものである。

(3)<1>  よって判断するに、本願商標と引用商標は、それぞれ前記の構成よりなるものであるから、その構成文字に相応して、前者からは「スニファー」、後者からは「ソニファー」の称呼が生ずるといえるものである。

そこで、本願商標より生ずる「スニファー」の称呼と引用商標より生ずる「ソニファー」の称呼とを比較するに、両称呼は、共に4音より成り、語頭音において「ス」と「ソ」の音の差異を有するが、その他の配列音をすべて同じくするものである。

<2>  しかして、異なる「ス」と「ソ」の音は、その子音が共に舌端を前口蓋に寄せて発する摩擦音の無声子音(s)であり、母音も(u)と(o)で近い関係にあって調音方法及び調音位置(歯音)を同じくする近似した音といえるものである。

してみれば、該差異音が称呼上、比較的重要な要素を占める語頭に位置するとしても、この差異が両称呼の全体に及ぼす影響は決して大きいものとはいうことができず、該差異音に続く第2音目以下の「ニファー」が比較的明瞭に発音されることを合わせ考えると、両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは、語調、語感が近似したものとなり、彼此聴き誤るおそれがあるものといわなければならない。

<3>  したがって、本願商標と引用商標とは、外観及び観念の類否について論ずるまでもなく、称呼において類似する商標であり、かつ、その指定商品を同じくするものであるから、本願商標は、商標法4条1項11号に該当し、登録することができない。

<4>  なお、請求人(原告)は、過去の既登録例を挙げて本願商標についても引用商標とは非類似であると判断されるべきである旨主張しているが、本件については上記の認定を妥当とするところであるから、請求人の主張は採用することができない。

3  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)<1>のうち、本願商標より生ずる「スニファー」の称呼と引用商標より生ずる「ソニファー」の称呼が、共に4音より成るものであることは否認し、その余は認める。同(3)<2>のうち、「ス」と「ソ」の子音が共に(s)であり、母音がそれぞれ(u)と(o)であることは認めるが、その余は争う。同(3)<3>は争う。

審決には、称呼の類否判断の誤り、外観及び観念の非類似の看過、既登録例に関する理由不備の違法がある。

(1)  称呼の類否判断の誤り(取消事由1)

文字商標の語頭の音は、聴者の感覚に最も強く印象づける部分であるから、称呼の類否を判断するにあたっては、語頭音に差異があることは決定的に重要であって、特に、少ない音数からなる語においてはなおさらである。

本願商標より生ずる「スニファー」の称呼と引用商標より生ずる「ソニファー」の称呼とでは、語頭音において「ス」と「ソ」の明確な差異を有し、しかも両者とも3音という僅かな音数であるから、語頭音の1音の相違が全体としての称呼に及ぼす影響は極めて大きいというべきであって、互いに非類似であることは明白である。

審決は、「「ス」の音と「ソ」の音とは調音方法及び調音位置(歯音)を同じくする近似した音といえる」と説示しているが、商標の類否判断において音が近似するか否かは社会通念に基づいて判断されるべきであって、音声学に基づいて判断されるべきではない。音声学上、音が近似するとされることは、両称呼を聴き誤るおそれがあるか否かとは直接の関係はないのである。また、審決は、「第2音以下の「ニファー」が比較的明瞭に発音される」と説示しているが、本願商標と引用商標において、「ニファー」の部分が「ス」又は「ソ」の語頭音よりも明瞭に発音されるという根拠は何もないのであって、明らかに誤りである。本願商標は「スニファー」の「ス」の部分にアクセントをおいて発音され、「ニファー」はアクセントのある「ス」に続けて、比較的弱く発音される部分である。このことは引用商標も同様で、「ソニファー」の「ソ」の部分にアクセントをおいて発音され、これに続く「ニファー」の部分は比較的弱く発音されるのである。したがって、本願商標も引用商標も語頭にアクセントがあり、これに続く部分は弱く発音きれ、印象は弱いものとなる。

(2)  外観及び観念の非類似の看過(取消事由2)

商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。商標の外観、観念又は称呼の類似は、その商標を使用した商品につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず、したがって、これら三点のうち類似する点があるとしても、他の点において著しく相違するか、又は取引の実情等によって、何ら商品の出所を誤認混同するおそれが認められないものについては、これを類似商標と解することはできないというべきである。

したがって、第一に、審決は、称呼の類否のみを判断し、外観及び観念の類否については一切考察せずに本願商標と引用商標とが類似するとの結論を出すという態度を取っている点において、そもそも誤りである。

第二に、審決は、本願商標と引用商標とでは字体が全く異なり、外観において全く類似しないこと及び観念を異にすることを看過している点においても誤りである。

本願商標は特徴のない活字体の「スニファー」の文字と、単にゴシックのブロック体が等間隔に並んだ「SNIFFER」の文字とからなる純粋な文字商標であるのに対して、引用商標は勢いのある独特の筆記体の「Sonifer」であって、しかも文字の下に横方向の直線を手書き風に配してなる、デザイン的要素をも含むものである。また、前者の「SNIFFER」はすべて同じ大きさの大文字であって、特定の一文字が強調される構成ではないのに対し、後者の「Sonifer」は頭文字の「S」のみが大文字であって、あとは小文字であり、しかも頭文字の「S」は、通常の大文字と小文字の大きさの比率よりも極端に大文字「S」を大きくしていることから、頭文字の「S」を殊更に強調する構成であることが理解される。してみれば、本願商標と引用商標とは、外観において全く類似しないというべきである。

また、本願商標は「臭いをかぐ」という意味「sniff」に「er」を付したもので、臭いをかぐ人から意を転じて「探知するもの」、「探知器」を意味する英語である。これに対して、引用商標は造語と認められ、特定の観念を生ずるものではないから、本願商標と引用商標は観念を異にするものである。

(3)  既登録例に関する理由不備

審決は、登録第2409100号の商標「Sniffers」(甲第2号証の1、2)の存在について、「本件については上記の認定を妥当とするところであるから」との理由にもならない理由で、請求人(原告)の主張を退けている。

上記登録商標「Sniffers」は、引用商標の出願より後で本願商標の出願より前の平成元年2月27日の出願にかかるものであるから、これが登録となったということは、特許庁が引用商標「Sonifer」と商標「Sniffers」とは非類似であると判断したことを意味するのである。この判断が本願商標と引用商標との類否判断にも直接影響することは明らかであり、この点につき何ら合理的な説明をしないのは理由不備の違法があるというべきである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1及び2は認める。同3は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

本願商標より生じる「スニファー」の称呼と引用商標より生じる「ソニファー」の称呼とを比較検討するに、審決認定のとおり、両称呼は、共に4音よりなり、第2音以下の「ニファー」の音を同じくし、異なるところは、第1音における「ス」と「ソ」の音にあるものである。

そして、両称呼の当該差異音「ス」と「ソ」とについてみるに、「ス」と「ソ」の音は、いずれも「サ行」に属すう同行音であり、子音「s」を共通にし、かつ、その帯有母音「u」と「o」は、母音三角図に示すとおり、近い位置にある奥舌母音であって、その調音位置が近似するものであるので、音それ自体としてみても近似性の高い音ということができる。

してみれば、両称呼における当該差異音の前記した差(帯有母音の差)がそれらの第1音にあるといえども、当該差異が両称呼の称呼全体に及ぼす影響は大きいとはいえず、両称呼をそれぞれ一連に発音したときは、両称呼の全体より受ける印象が似かよったものとして認識されるものである。

したがって、両称呼は彼此聴き誤るおそれがあるものとした審決の認定、判断に誤りはない。

(2)  取消事由2について

原告は、審決には、本願商標と引用商標における外観及び観念の非類似を看過した誤りがある旨主張している。

しかしながら、審決は、原告(審判請求人)が、審判手続において、本願商標と引用商標とが非類似であるとする理由として、両商標から生じる称呼が類似しないことのみを述べていた点を踏まえ、両商標がその称呼の近似性だけでも明らかに類似する商標といえるものであることから、原告が述べていない両商標の外観、観念については言及しなかっただけのことである。換言すれば、審決においては、両商標の外観及び観念について判断しなかったのではなく、当然に判断をした上で、それに触れなくても、すなわち、称呼のみの類似に言及することで、両商標が類似するとするに足りるとしたものである。

(3)  取消事由3について

原告は、審決には、既登録例に関する理由不備がある旨主張するが、原告指摘の登録第2409100号商標は「Sniffers」の欧文字を書してなるものであって、本願商標とはその構成文字において異なり、それぞれより生ずる称呼においても異なるものである。そして、商標の類否判断は、比較の対象となっている両商標について、個別具体的にされるべきものであるから、当該登録商標の存在が、本願商標と引用商標との類否判断を左右するものでないことは明らかである

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)、並びに審決の理由の要点(2)(引用商標の構成、指定商品及び出願・登録関係)については、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1(称呼の類否判断の誤り)について

本願商標からは「スニファー」、引用商標からは「ソニファー」の各称呼が生ずること、両称呼は、語頭音において「ス」と「ソ」の音の差異を有するが、その他の配列音をすべて同じくするものであることは、当事者間に争いがない。

ところで、商標より生じる称呼の類否は、対象となる商標が時と所を異にして称呼された場合に、全体的印象として互いに相紛れるおそれがあるか否かによって判断されるが、その判断にあたっては、当然、音声学上の知識も重要な要素ないし基準として考慮されるべきである。

そこで、本願商標から生じる称呼である「スニファー」と引用商標から生じる「ソニファー」の類否について検討すると、右各称呼は、共に長音を含む4音より成ること、語頭音において「ス」と「ソ」の差異を有するが、その他の配列音をすべて同じくするものであること、差異音である「ス」と「ソ」の音はいずれも50音図の「サ行」に属する同行音であって、子音「s」を共通にし、かつ、その母音である「u」と「0」は調音位置が近接するものであること(この点は乙第4号証により認める。)から、音質自体としてみても近似性の高い音と認められること、差異音である「ス」と「ソ」の後に続く「ニファー」のうちの「ニ」の音の母音「i」及び「ファ」の音の母音「a」は、いずれも明瞭に発音されるものであって(この点は乙第3号証により認める。)、「ニファー」の部分は明瞭に発音されるものと認められることを総合すると、上記差異音が、称呼の類否判断にあたって比較的重要な要素を占める語頭に位置するとしても、上記差異が両称呼の全体に及ぼす影響は大きいものとはいえず、両称呼をそれぞれ一連に称呼するときは、全体から受ける印象(語感、語調)が互いに相紛れるおそれがあるものと認められる。

したがって、両称呼は彼此聴き誤るおそれがあるとした審決の認定、判断に誤りはない。

原告は、審決には称呼の類否判断の誤りがあるとして請求の原因3(1)のとおり主張するが、上記認定、説示したところに照らして採用することができず、取消事由1は理由がない。

<2> 取消事由2(外観及び観念の非類似の看過)について

原告は、審決が、「本願商標と引用商標とは、外観及び観念の類否について論ずるまでもなく、称呼において類似する商標であり、かつ、その指定商品を同じくするものであるから、本願商標は、商標法4条1項11号に該当し、登録することができない。」と説示した点をとらえて、審決は、両商標の称呼の類否のみを判断し、外観及び観念の類否について一切考察せず、外観及び観念が異なることを看過している点において誤りである旨主張している。

しかしながら、弁論の全趣旨によれば、審判手続において、原告(審判請求人)が、本願商標と引用商標とが非類似であるとする理由として、両商標から生じる称呼が類似しないことのみを述べていたことや、特許庁審判官において、両商標はその称呼の近似性だけでも明らかに類似する商標といえるものであり、そのことについて言及するだけで足りるものと判断したことから、上記のとおりの説示がなされたものと認められ、外観及び観念の類否について一切考察していないとまでは認められない。そして、上記(1)において認定、説示したとおり、本願商標と引用商標とは称呼において類似する商標であって、両商標が付された商品について出所混同のおそれがあり、外観及び観念において類似していないことを考慮しても、両商標は類似するものと認められる。

審決の上記説示の表現は、本願商標と引用商標との外観及び観念の類否について検討を加えることなく両商標の類否判断を行ったものとも受け取られかねないものであって、措辞必ずしも適切ではないが、上記の次第であるから、原告の上記主張は採用することができない。

したがって、取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3(既登録例に関する理由不備)について

原告は、審判手続において、登録第2409100号の商標「Sniffers」を挙げて本願商標と引用商標とは非類似である旨の主張をしたのに対し、審決が「本件においては上記の認定を妥当とするところであるから、請求人の主張は採用することができない。」とした点について理由不備の違法がある旨主張する。

しかしながら、出願商標と引用商標との類否判断は、両商標につき個別具体的に行えば足り、既登録例をその判断要素としなければならない義務は存しないから、審決の上記説示に理由不備の違法があるとは認められない。

したがって、取消事由3は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間の定めについて、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成10年5月29日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

目録

(1)本願商標

<省略>

(2)引用商標

<省略>

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