東京高等裁判所 平成9年(行ケ)277号 判決 1998年12月28日
東京都港区浜松町2丁目4番1号 世界貿易センタービル
原告
カヤバ工業株式会社
代表者代表取締役
細見淳
訴訟代理人弁理士
後藤政喜
同
永井冬紀
同
松田嘉夫
同
戸塚清貴
同
樋口直篤
東京都千代田区霞が関3丁目番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
蓑輪安夫
同
清田榮章
同
田中弘満
同
小林和男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
1 原告
特許庁が、平成8年審判第4148号事件について、平成9年9月24日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年、12月27日、名称を「ベーンポンプ」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭61-311488号)が、平成8年1月31日に拒絶査定を受けたので、同年3月28日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成8年審判第4148号事件として審理したうえ、平成9年9月24日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年10月14日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨
ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持し、回転駆動されるロータの周囲に放射状に配設した複数のベーンの先端をカムリングのカム面に摺接させるとともに、回転するベーンにポンプボディに設けた摺接部とカバープレートとをそれぞれ摺接させてカムリング内部に複数の作動室を画成し、ポンプボディの摺接部の所定位置に吐出ポートを形成したベーンポンプにおいて、作動室に臨むカバープレートにカム面上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポートを形成し、これらの吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、吸込ポートに連続してカバープレートの表面にカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成したことを特徴とするベーンポンプ。
3 審決の理由の要点
審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭58-41288号公報(以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用例発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
1 審決の理由中、本願発明の要旨及び引用例記載事項の各認定並びに本願発明と引用例発明との相違点1、2の各認定及び相違点2についての判断は認める。本願発明と引用例発明との一致点の認定並びに相違点1及び本願発明の作用効果についての判断は争う。
審決は、本願発明の技術事項を誤認して、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り、本願発明の作用効果を看過した結果、本願発明が引用例発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。
2 取消事由(一致点の認定の誤り及び作用効果の看過)
(1) 引用例発明の「ポンプハウジング4」、「カバープレート6」、「カムリング5」、「ロータ2」、「ベーン1」、「カム面9」、「摺接面11A」、「吐出ポート12」、「吸込ポート29′」がそれぞれ本願発明の「ポンプボディ」、「カバープレート」、「カムリング」、「ロータ」、「ベーン」、「カム面」、「摺接部」、「吐出ポート」、「吸込ポート」に相当すること、引用例発明の「通路16′C」が本願発明の「吸込通路」と同様に吸込通路として機能するものであることはいずれも認める。
審決は、本願発明と引用例発明とが、「ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持し、回転駆動されるロータの周囲に放射状に配設した複数のベーンの先端をカムリングのカム面に摺接させるとともに、回転するベーンにポンプボディに設けた摺接部とカバープレートとをそれぞれ摺接させてカムリング内部に複数の作動室を画成し、ポンプボディの摺接部の所定位置に吐出ポートを形成したベーンポンプにおいて、作動室に臨むカバープレートにカム面上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポートを形成し、これらの吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、カム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートと連通して位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するポンプ部品の一部とで構成したベーンポンプ」(審決書8頁19行~9頁13行)である点で一致すると認定し、「本件出願の発明作用効果は、上記引用例の発明及び本件出願の出願前周知の上記技術によって得られる作用効果より予測しうる程度のものである。」(同11頁19行~12頁2行)と判断したが、いずれも誤りである。
(2) 本願発明は、カムリングをカバープレートとポンプボディの間に挟み込むいわゆる3分割タイプのベーンポンプではなく、ポンプボディ内にカムリング及びサイドプレート(摺接部)を収容するとともに、カバープレートをポンプボディに直接重ね合わせるいわゆる2分割タイプのベーンポンプを想定してなされたものである。このことは、本願発明の要旨に「吸込通路を、・・・カバープレートの表面に・・・形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」と規定されていることから明らかである。すなわち、吸込通路を形成し得る構成要素として、カバープレートに形成した溝状の凹部とともに、カムリングの一部とポンプボディの一部の両方が挙げられており、カムリングの一部とポンプボディの一部のいずれもが吸込通路を構成する可能性のある構成とされている以上、カバープレートとポンプボディとの間に吸込通路を構成することがあり得ない3分割タイプのベーンポンプは、本願発明の要旨の規定する前提を欠くものであって、本願発明に含まれるものではない。また、本願明細書には、3分割タイプのベーンポンプを従来例とし、本願発明の実施例では一貫して2分割タイプのベーンポンプについて説明がなされており、この点からも本願発明が2分割タイプのベーンポンプを前提とするものであることが明白である。
(3) 本願発明は、このような2分割タイプのベーンポンプにおいて、カバープレートに吸込通路の一部として溝状凹部を形成するとともに、この溝状凹部だけでは吸込通路に十分な領域が確保されないため、カムリング外周側面からポンプボディ内部にかけての広い領域を一体として、この全体で吸込通路を構成したものである。本願発明の要旨の「吸込通路を、吸込ポートに連続してカバープレートの表面にカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」とは、このような構成を意味するものである。
被告は、「カムリング外周側面とポンプボディ内部との間に吸込通路を構成する領域が存在すること」は本願発明の構成要件ではなく、本願発明の要旨の、溝状の凹部に「相対するカムリングまたはポンプボディの一部」は、これら自体で吸込通路を構成する溝状の領域を形成するものに限定されず、平坦な面をなすものを含むと主張する。しかし、溝状凹部に相対する部分が平坦面であって実質上吸込通路の形状と関係なく、単に吸込通路の1側面を塞ぐだけのものであれば、引用例の特許請求の範囲のように「低圧側通路の一部をカムリングの合せ面に形成した溝状の通路で構成した」(甲第4号証左下欄10~11行)などと記載され、本願発明の要旨のような「溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との表現が通常用いられることはない。また、本願明細書に「高圧室12の上方に吸込通路15が形成される。吸込通路15は上方をポンプボディ1に、下方を前記壁面12Aに遮られ、サイドプレート7及びカムリング3の上方を通ってカバープレート2に至るとともに、その途中においてサイドプレート7の吸込凹部10に連通する。」(甲第2号証7頁3~9行)と記載され、第4図にポンプボディ1側に吸込通路15が形成されていることが示されているように、本願明細書の発明の詳細な説明においては、一貫して、カバープレートの溝状凹部15Aとともに吸込通路15を構成する部分は平坦面でないことを前提として記述がされ、溝状の凹部に「相対するカムリングまたはポンプボディの一部」が平坦面であり得るとの積極的記載は一切ないから、特許請求の範囲の記載の内容が発明の詳細な説明の記載に基づいて解釈されるべきものである以上、本願発明の溝状の凹部に相対するカムリング又はポンプボディの一部が平坦面であるとの積極的判断を行う理由はない。さらに、カムリングがポンプボディ内部に収容されている2分割タイプのベーンポンプにおいて、本願発明の要旨に規定されているように、溝状凹部を「カム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成」した場合には、溝状凹部に相対する部分には、カムリングの外周面やポンプボディにおいてカムリングを収容する領域等が存在することになり、溝状凹部とともに吸込通路を構成するカムリング又はポンプボディの一部が平坦面となるものではない。したがって、被告の上記主張は誤りである。
(4) これに対し、引用例発明は、3分割タイプのベーンポンプである。また、引用例発明の溝状の通路16′Cに相対するカムリング5の面は平坦であって、引用例に、その内部にかけての領域を一体として吸込通路を構成することは記載されていないから、引用例発明の溝状の通路16′Cをカム面の周囲を囲むように形成したとしても、通路16′Cに相対するカムリング5又はポンプハウジング4の部分を吸込通路の一部として、吸込通路に広い領域を確保することはできない。
したがって、引用例発明は、本願発明の「吸込通路を、・・・溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成」するという構成を有するものではないから、本願発明と引用例発明とが「吸込通路を、・・・溝状の凹部と、これに相対するポンプ部品の一部とで構成したベーンポンプ」である点で一致するとした審決の認定は誤りである。
(5) 本願発明は、上記のような構成を採用することにより、中子を不要とするとともに、広い領域にわたる吸込通路を確保し、カムリングの楕円形の表裏両側、すなわちカバープレートの吸込ポートとサイドプレートの吸込凹部との双方から作動油を吸い込むことができ、これにより、作動油の流入抵抗を減少させてポンプの吸込特性の向上及び小型軽量化を図ることが可能となるという作用効果を奏するものであって、このような作用効果は、引用例発明及び周知技術からは得られないものである。
第4 被告の反論の要点
1 審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(一致点の認定の誤り及び作用効果の看過)について
(1) 原告は、本願発明が、ポンプボディ内にカムリング及びサイドプレートを収容するとともに、カバープレートをポンプボディに直接重ね合わせる2分割タイプのベーンポンプを想定してなされたものであると主張するが、本願発明の要旨は、「ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持し」と規定するだけであって、ポンプボディ内にカムリング及びサイドプレートを収容する点、カバープレートをポンプボディに直接重ね合わせる点はいずれも本願発明の構成要件ではない。原告主張の2分割タイプのベーンポンプも「ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持」するものとして、本願発明に含まれるが、カムリングをカバープレートとポンプボディの間に挟み込む3分割タイプのベーンポンプも「ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持」するものであるから、本願発明に含まれるものである。
原告は、本腰発明の要旨に、吸込通路を形成し得る構成要素として、カバープレートに形成した溝状の凹部とともに、カムリングの一部とポンプボディの一部の両方が挙げられており、カムリングの一部とポンプボディの一部のいずれもが吸込通路を構成する可能性のある構成が前提とされている以上、カバープレートとポンプボディとの間に吸込通路を構成することがあり得ない3分割タイプのベーンポンプは、本願発明の要旨の規定する前提を欠くものであると主張するが、本願発明の要旨は「吸込通路を、・・・カバープレートの表面に・・・形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」」と規定しており、「カムリング」と「ポンプボディ」とを選択的に挙げているのであるから、カバープレートに形成した溝状の凹部とカムリングのみを吸込通路の構成部材とする3分割タイプのベーンポンプを含むものである。また、原告は、本願明細書には、3分割タイプのベーンポンプを従来例とし、本願発明の実施例では一貫して2分割タイプのベーンポンプについて説明がなされているから、本願発明が2分割タイプのベーンポンプを前提とするものであるとも主張するが、出願に係る発明は明細書の特許請求の範囲に基づくものであって、実施例に2分割タイプのベーンポンプが記載されているからといって、出願に係る発明が2分割タイプのベーンポンプに限定されるものではない。
(2) 原告は、本願発明が、カバープレートに吸込通路の一部として溝状凹部を形成するとともに、この溝状凹部だけでは吸込通路に十分な領域が確保されないため、カムリング外周側面からポンプボディ内部にかけての広い領域を一体として、この全体で吸込通路を構成したものであると主張するが、「カムリング外周側面とポンプボディ内部との間に吸込通路を構成する領域が存在すること」は本願発明の構成要件ではない。本願発明の要旨の「吸込通路を、・・・カバープレートの表面に・・・形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との規定は、カムリング又はポンプボディの一部がカバープレートに設けられた溝状凹部と相対して吸込通路を形成できればよいのであるから、溝状凹部と相対するカムリング又はポンプボディの一部は、これら自体で吸込通路を構成する溝状の領域を形成するものに限定されず、平坦な面をなすものを含むものである。
原告は、溝状凹部に相対する部分が平坦面であれば、本願発明の要旨のような「溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との表現が通常用いられることはないと主張するが、本願発明の要旨において、カバープレートについては溝状の凹部が形成されていることが明瞭に規定されているのであるから、これと相対する「カムリングまたはポンプボディの一部」に「溝状の凹部」に相当する構成が存在するのであれば、その旨が明記されるはずであるが、そのようには規定されていない。「溝状の凹部」の1側面を塞ぐだけで吸込通路が十分構成できるからこそ上記「溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との表現が用いられたのであり、原告の主張は誤りである。また、原告は、本願明細書の発明の詳細な説明において、一貫してカバープレートの溝状凹部15Aとともに吸込通路15を構成する部分が平坦面でないことを前提として記述がされ、溝状の凹部に「相対するカムリングまたはポンプボディの一部」が平坦面であり得るとの積極的記載は一切ないと主張するが、出願に係る発明は特許請求の範囲の記載に基づくものであり、発明の詳細な説明の実施例や図面に記載されたものに限定して解釈することはできない。原告は、さらに、カムリングがポンプボディ内部に収容されている2分割タイプのベーンポンプにおいて、溝状凹部を「カム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成」した場合には、溝状凹部に相対する部分には、カムリングの外周面やポンプボディにおいてカムリングを収容する領域等が存在することになり、カムリング又はポンプボディの一部が平坦面となるものではないと主張するが、本願発明が2分割タイプのベーンポンプに限定されるものでないことは上記のとおりであるのみならず、2分割タイプのポンプにおいて、上記のような溝状凹部と吸込ポートを形成したカバープレートを用いた状況を想定した場合に、溝状凹部に相対するカムリング又はポンプボディの一部が平坦面であっても、必要な流量の吸込通路を形成することに何ら支障はない。
(3) 以上のとおり、本願発明は、3分割タイプのベーンポンプを含むものであり、また、溝状凹部と相対するカムリング又はポンプボディの一部が平坦な面をなすものを含むものであるから、本願発明と引用例発明とが「吸込通路を、・・・溝状の凹部と、これに相対するポンプ部品の一部とで構成したベーンポンプ」である点で一致するとした審決の認定に誤りはない。
(4) 原告は、本願発明が、広い領域にわたる吸込通路を確保し、カムリングの楕円形の表裏両側から作動油を吸い込むことができ、これにより、作動油の流入抵抗を減少させてポンプの吸込特性の向上及び小型軽量化を図ることが可能となるという作用効果を奏すると主張する。しかし、本願発明が広い領域にわたる吸込通路を確保することは、本願発明が、2分割タイプのベーンポンプであり、カバープレートに吸込通路の一部として溝状凹部を形成するとともに、カムリング外周側面からポンプボディ内部にかけての広い領域を一体とし、その全体で吸込通路を構成したものに限定されることを前提とするものであるところ、本願発明がそのようなものに限定されるものでないことは上記(1)及び(2)のとおりである。また、カムリングの楕円形の表裏両側から作動油を吸い込むことは、本願発明の要旨に規定されていることではない。したがって、原告の上記主張は、本願発明の要旨に基づかないものである。
本願発明の吸込特性の向上は、中子を不要としたことにより吸込通路に鋳砂が残留することがないことによる効果である。そして、引用例発明も、溝状の通路16′Cを設ける構造として中子を不要としたものであるから、この効果は、引用例発明から十分予測し得るものである。また、本願発明の小型軽量化を図ることのできる効果も、同様に中子を不要とした引用例発明においても奏するものと考えることができるから、「本件出願の発明の作用効果は、上記引用例の発明及び本件出願の出願前周知の上記技術によって得られる作用効果より予測しうる程度のものである。」とした審決の判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(一致点の認定の誤り及び作用効果の看過)について
(1) 原告は、本願発明が、カムリングをカバープレートとポンプボディの間に挟み込む3分割タイプのベーンポンプではなく、ポンプボディ内にカムリング及びサイドプレート(摺接部)を収容するとともに、カバープレートをポンプボディに直接重ね合わせる2分割タイプのベーンポンプを想定してなされたものであると主張する。
しかしながら、前示争いのない本願発明の要旨は、カムリング、カバープレート及びポンプボディについて「ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持し、」と規定する以外に、何らの限定もしていないのであり、この表現に照らせば、本願発明には、ポンプボディ内にカムリング及びサイドプレート(摺接部)を収容するとともに、カバープレートをポンプボディに直接重ね合わせる構成の2分割タイプのベーンポンプが含まれるとともに、カムリングをその両側面からカバープレートとポンプボディが挟み込み、カバープレートとポンプボディとの間にカムリングが位置する構成であって、カバープレートとポンプボディとを直接には重ね合わせることのできない3分割タイプのベーンポンプも本願発明に含まれるごとが明らかである。
原告は、本願発明が2分割タイプのベーンポンプを想定してなされたとする根拠として、本願発明の要旨が「吸込通路を、・・・カバープレートの表面に・・・形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」と規定し、カバープレートに形成した溝状の凹部とともに、カムリングの一部とポンプボディの一部のいずれもが吸込通路を構成する可能性のある構成とされているから、カバープレートとポンプボディとの間に吸込通路を構成することがあり得ない3分割タイプのベーンポンプは、本願発明の要旨の規定する前提を欠くものと主張する。しかし、前示「これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との規定は、吸込通路を形成し得る構成要素として、カバープレートに形成した溝状の凹部とともに、カムリングの一部とポンプボディの一部を選択的に挙げているのであるから、カバープレートとポンプボディとの間に吸込通路を構成するものと、カバープレートとカムリングとの間に吸込通路を構成するもののいずれもが、本願発明に含まれる構成であることを前提とするものであることが明らかである。そして、このうち、カバープレートとポンプボディとの間に吸込通路を構成するものは、カバープレートとポンプボディとを直接重ね合わせた2分割タイプのベーンポンプにおいて可能な構成であるものの、カバープレートとポンプボディの間にカムリングを挟み込む3分割タイプのベーンポンプにおいて、カバープレートに溝状の凹部を形成した場合に、その溝状凹部とカバープレートに接するカムリングとで吸込通路を形成することが可能であるから、該3分割タイプのベーンポンプも、カバープレートとカムリングとの間に吸込通路を構成するものとして、本願発明に含まれるものといわざるを得ない。したがって、前示本願発明の要旨の規定は、3分割タイプのベーンポンプを本願発明から排除する根拠とはなり得ない。
また、原告は、本願明細書に、3分割タイプのベーンポンプを従来例とし、本願発明の実施例では一貫して2分割タイプのベーンポンプについて説明がなされているとも主張するが、前示のとおり、本願発明の要旨において、3分割タイプのベーンポンプも本願発明に含まれることが明らかとされている以上、本願明細書の発明の詳細な説明における実施例として、2分割タイプのベーンポンプのみが記載されているとしても、本願発明が2分割タイプのベーンポンプのみに限定されるとすることはできない。
(2) 原告は、本願発明が、2分割タイプのベーンポンプにおいて、カバープレートに吸込通路の一部として溝状凹部を形成するとともに、カムリング外周側面からポンプボディ内部にかけての広い領域を一体として、この全体で吸込通路を構成したものであると主張する。
しかしながら、本願発明が2分割タイプのベーンポンプに限られないことは前示(1)のとおりである。のみならず、前示争いのない本願発明の要旨は、吸込通路の構成について、「吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、吸込ポートに連続してカバープレートの表面にカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」と規定するものであるところ、これによれば、吸込通路は、カバープレートの表面に形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングの一部又はポンプボディの一部とで構成されれば足りるものであるから、該溝状の凹部に相対するカムリングの一部又はポンプボディの一部は、それら自体が「溝状の凹部」に相当する構成を備え、カバープレートの溝状の凹部と一体となって通路の流路部分を構成するものに限られず、平坦な面をなすものであって、カバープレートの溝状の凹部によって構成された流路部分の1側面を構成するだけのものであっても、該溝状の凹部とカムリングの一部又はポンプボディの一部とによって通路が構成され、かつ、これが吸込ポートに作動油を導く吸込通路として機能することは明らかであるから、「吸込ポートに作動油を導く吸込通路を・・・カバープレートの表面に・・・形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」と規定される本願発明に含まれるものである。
原告は、溝状凹部に相対する部分が平坦面であって実質上吸込通路の形状と関係なく、単に吸込通路の1側面を塞ぐだけのものであれば、引用例の特許請求の範囲のように「低圧側通路の一部をカムリングの合せ面に形成した溝状の通路で構成した」などと記載され、本願発明の要旨のような「溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との表現が通常用いられることはないと主張するところ、引用例(甲第4号証)の特許請求の範囲には、低圧側通路の構成につき原告主張のとおりの記載(同号証1頁左下欄10~11行)があることが認められる。しかし、本願発明において、カバープレートの溝状の凹部に相対するカムリングの一部又はポンプボディの一部は、平坦面をなすものであっても、吸込通路の1側面を構成するものであるから、吸込通路の形状と無関係といえるものでないのみならず、「溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成した」との表現自体によって、該カムリングの一部又はポンプボディの一部が、「溝状の凹部」を備えたもの、その他特別の形状・構造のものに限定されることになるものとは到底解されないから、原告の該主張は採用することができない。
また、原告は、本願明細書の発明の詳細な説明において、一貫してカバープレートの溝状凹部15Aとともに吸込通路15を構成する部分が平坦面でないことを前提として記述がされ、溝状の凹部に「相対するカムリングまたはポンプボディの一部」が平坦面であり得るとの積極的記載は一切なく、特許請求の範囲の記載の内容が発明の詳細な説明の記載に基づいて解釈されるべきものである以上、本願発明の溝状の凹部に相対するカムリング又はポンプボディの一部が平坦面であるとの積極的判断を行う理由はないと主張する。しかし、前示のとおり、本願発明の要旨が、溝状の凹部に相対するカムリングの一部又はポンプボディの一部が平坦面をなすものであって、カバープレートの溝状の凹部によって構成された流路部分の1側面を構成するだけのものも、本願発明に含まれるものとする以上、本願明細書の発明の詳細な説明における実施例や図面に、該カムリングの一部又はポンプボディの一部が平坦面でないものが記載されているとしても、本願発明がそのようなものに限定されるとすることはできない。仮に、原告の主張が、該溝状の凹部に相対するカムリング又はポンプボディの一部につき、平坦面であるものを含まないものに限定して、本願発明の要旨の認定を行うべきであるとの趣旨であるとしても、発明の要旨の認定は、特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解できないとか、一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなど、発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される特段の事情のない限り、特許請求の範囲の記載に基いてされるべきであるところ、本願明細書(平成7年8月8日付手続補正書による補正後のもの、以下同じ。)の特許請求の範囲(甲第3号証別紙)の記載は、前示第2の2の本願発明の要旨と同一であり、その吸込通路の構成につき、かかる特段の事情が存在するものと認めることはできないから、該溝状の凹部に相対するカムリング又はポンプボディの一部につき、平坦面であるものを含まないものに限定して、本願発明の要旨の認定すべき場合には当たらない。
原告は、さらに、カムリングがポンプボディ内部に収容されている2分割タイプのベーンポンプにおいて、本願発明の要旨に規定されているように、溝状凹部を「カム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成」した場合には、溝状凹部に相対する部分には、カムリングの外周面やポンプボディにおいてカムリングを収容する領域等が存在することになり、溝状凹部とともに吸込通路を構成するカムリング又はポンプボディの一部が平坦面となるものではないと主張する。しかし、本願発明が2分割タイプのベーンポンプに限られないことは前示(1)のとおりであるのみならず、2分割タイプのベーンポンプの場合に、本願発明の要旨のとおり「カム面上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポートを形成し」、「吸込ポートに連続してカバープレートの表面にカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように」溝状凹部を形成したカバープレートの該溝状凹部に相対する部分には、カムリングの外周側面の一部又はポンプボディのカムリングを内部に収容する部分の外側側面の一部が接することになるが、該カムリング又はポンプボディの一部が平坦面となり得ないと解する理由はないから、原告の該主張も採用し得ない。
(3) 以上のとおり、本願発明は、3分割タイプのベーンポンプを含むものであり、また、溝状凹部と相対するカムリング又はポンプボディの一部が平坦な面をなすものを含むものであるから、本願発明と引用例発明とが「吸込通路を、・・・溝状の凹部と、これに相対するポンプ部品の一部とで構成したベーンポンプ」である点で一致するとした審決の認定に原告主張の誤りはない。
(4) 原告は、本願発明が、中子を不要とするとともに、広い領域にわたる吸込通路を確保し、カムリングの楕円形の表裏両側から作動油を吸い込むことができ、これにより、作動油の流入抵抗を減少させてポンプの吸込特性の向上及び小型軽量化を図ることが可能となるという作用効果を奏するものであって、このような作用効果は、引用例発明及び周知技術からは得られないものであると主張する。
しかしながら、本願発明が、広い領域にわたる吸込通路を確保するとの主張は、本願発明が、2分割タイプのベーンポンプにおいて、カバープレートに吸込通路の一部として溝状凹部を形成するとともに、カムリング外周側面からポンプボディ内部にかけての広い領域を一体として、この全体で吸込通路を構成したものであるとの主張を前提とするものであるところ、本願発明がそのような構成のものに限定されるものでないことは、前示のとおりであるから、該主張は、本願発明の要旨に基づかないものといわざるを得ない。
また、本願明細書には、「発明が解決しようとする問題点」として、「カバープレート2やポンプボディ1などの部材は一般に鋳造により製作されるが、このベーンポンプにおいては吸込通路31がカバープレート2の内部を貫通して形成されるため、カバープレート2の鋳造に当たっては吸込通路31を形成するための中子が必要になり、その分製造コストが高くなるという問題があった。また、カバープレート2の鋳造後にこの中子部分の鋳砂が完全に除去されないと、吸込通路31の流量が低下したり、残留鋳砂が作動室内に流入してベーン5の損耗を早めるため、鋳砂を完全に除去する必要があり、したがって鋳造後の鋳砂除去作業に手間がかかるという問題もあった。本発明は、カバープレート製作上のこのような問題点に鑑みて、より単純な形状のカバープレートを備えたベーンポンプを提供することを目的とする。」(甲第2号証3頁13行~4頁9行)、「作用」として、「カバープレートにカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように溝状に形成した凹部と、これに相対するカムリシグまたはポンプボディの一部とで吸込通路を構成するため、カバープレート内部を貫通して吸込通路を形成する必要がなく、カバープレートの形状が単純化される。また、吸込工程において、作動室は吸込通路の両端に設けられた一対の吸込ポートを通じてカムリングの両側から作動油の供給を受けるため吸込効率が高められ、ベーンポンプが小型軽量化される。」(甲第3号証補正の内容1頁下から12~6行)、「発明の効果」として、「本発明のベーンポンプは作動室に臨むカバープレートにカム面上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポートを形成し、これらの吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、吸込ポートに連続してカバープレートの表面にカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成したため、カバープレート内部を貫通して吸込通路を形成する必要がなく、カバープレートの鋳造に当たって中子が不要となり、鋳造後に中子部分に鋳砂が残留する恐れもない。そのため、ポンプの製造コストが低減され、また、残留鋳砂がポンプの機能に及ぼす悪影響も排除できる。さらに、吸込工程において、作動室は吸込通路の両端に設けられた一対の吸込ポートを通じてカムリングの両側から作動油の供給を受けるため吸込効率が高められ、またベーンポンプの小型軽量化が可能となる。」(同1頁下から3行~2頁9行)との各記載がある。そして、これらの記載によると、本願発明は、ベーンポンプの部材であるカバープレートの鋳造に当たり、その内部を貫通して吸込通路を形成する場合に、中子を使用することに伴う製造コストの上昇、残留鋳砂による流量低下、ベーンの損耗等を解消することを課題とし、「吸込通路を、・・・カバープレートの表面に・・・形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成」することにより、カバープレート内部を貫通して吸込通路を形成する必要をなくし、鋳造に当たって中子を使用することを不要としたことによって、その課題を解決したものであると認められる。
もっとも、前示本願明細書の「作用」及び「発明の効果」の項には、「作動室は、・・・カムリングの両側から作動油の供給を受けるため吸込効率が高められ、またベーンポンプの小型軽量化が可能となる。」旨の記載がある。そして、本願明細書には、「実施例」として、「サイドプレート7には・・・ベーン5の回転面に臨み、かつサイドプレート7の側面に開口する吸込凹部10が形成される。」(甲第2号証6頁3~10行)、「カバープレート2には、・・・凹部15Aの両端にはカム面3Aの内側に開口する吸込ポート21が形成される。」(同7頁13行~8頁3行)、「シャフト6を回転駆動すると・・・ベーン5に画成された作動室も容積を変化させつつ回転し、拡大過程にある作動室に吸込通路15の作動油が吸込ポート21及び吸込凹部10から供給され」(同8頁14行~9頁1行)との記載があり、カムリングの表裏両側、すなわちカバープレートの吸込ポートとサイドプレートの吸込凹部との双方から作動油を吸い込むことが記載されているが、これは実施例の記載に止まるものであって、本願発明の要旨に、カバープレートに形成した一対の吸込ポートのほかに、サイドプレートに吸込凹部を形成することが規定されてはいないから、本願発明は、カムリングのカバープレート側と、サイドプレート側の双方から作動油を吸い込むものに限定されるものではないといわざるを得ない。そうすると、原告の、本願発明がカムリングの楕円形の表裏両側から作動油を吸い込むことができるとの主張も、本願発明の要旨に基づかないものというほかはなく、したがって、本願発明の作用効果は、カバープレートの鋳造に当たって中子を不票としたことに伴うものに止まるものというべきである。
他方、引用例に、「カバープレートとポンプハウジングとの間にベーン付きのロータを包囲した状態でカムリングを挟み共締したベーンポンプにおいて、フローコントロールバルブからの余剰油と吸込口からの吸込油を合流しカバープレートの吸込ポートへと導く低圧側通路の一部をカムリングの合せ面に形成した溝状の通路で構成したことを特徴とするベーンポンプ。」(審決書3頁10~17行)が記載され、「カムリング5の合せ面に形成した溝状の通路16’Cを低圧側の通路の一部にしたので、従来のようにカバープレート6の内部に面倒な中子鋳造で通路16Cを中空形成する必要はなく」(同5頁末行~6頁4行)、「カムリング5に代えてカバープレート6もしくはポンプハウジング4の合せ面に環状の通路16’Cを形成しても同様の効果が得られる。」(同6頁7~10行)との各記載があること、また、引用例発明の「カバープレート6」、「カムリング5」がそれぞれ本願発明の「カバープレート」、「カムリング」に相当し、引用例発明の「通路16’C」が本願発明の「吸込通路」と同様に吸込通路として機能するものであることは当事者間に争いがない。そうすると、引用例においても、溝状の通路16’Cを設ける構造として、カバープレートの鋳造に当たって中子の使用を不要とすることが記載されているから、本願発明の作用効果は、かかる引用例の記載から十分に予測することが可能であると認められる。
したがって、「本件出願の発明の作用効果は、上記引用例の発明及び本件出願の出願前周知の上記技術によって得られる作用効果より予測しうる程度のものである。」とした審決の判断に誤りはない。
2 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)
平成8年審判第4148号
審決
東京都港区浜松町2丁目4番1号 世界貿易センタービル
請求人 カヤバ工業株式会社
東京都千代田区霞が関3丁目3番1号 尚友会館 後藤・永井特許事務所
代理人弁理士 後藤政喜
昭和61年特許願第311488号「ベーンポンプ」拒絶査定に対する審判事件(昭和63年 7月11日出願公開、特開昭63-167089)について、次のとおり審決する。
結論
本件審判の請求は、成り立たない。
理由
(手続の経緯・本願発明の要旨)
本件出願は昭和61年12月27日の出願であって、その発明の要旨は、平成7年8月8日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持し、回転駆動されるロータの周囲に放射状に配設した複数のベーンの先端をカムリングのカム面に摺接させるとともに、回転するベーンにポンプボディに設けた摺接部とカバープレートとをそれぞれ摺接させてカムリング内部に複数の作動室を画成し、ポンプボディの摺接部の所定位置に吐出ポートを形成したベーンポンプにおいて、作動室に臨むカバープレートにカム面上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポートを形成し、これらの吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、吸込ポートに連続してカバープレートの表面にカム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するカムリングまたはポンプボディの一部とで構成したことを特徴とするベーンポンプ。」
(引用例)
原査定の拒絶の理由に引用された、本件出願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である特開昭58-41288号公報(以下、「引用例」という。)には、次の事項が記載されているものと認められる。
すなわち、「カバープレートとポンプハウジングとの間にベーン付きのロータを包囲した状態でカムリングを挟み共締したベーンポンプにおいて、フローコントロールバルブからの余剰油と吸込口からの吸込油を合流しカバープレートの吸込ポートへと導く低圧側通路の一部をカムリングの合せ面に形成した溝状の通路で構成したことを特徴とするベーンポンプ。」(第1頁下左欄第5~12行)、「主にベーン1を備えたロータ2、ロータ2を回転させるポンプ軸3、ポンプ軸3を回転しうるように支持するポンプハウジング4、ロータ2を包囲するカムリング5、カムリング5とロータ2とを挟んだ状態でポンプハウジング4に図示しないボルト等の締付手段で締着されるカバープレート6とからなる。ベーン1は、第2図のようにロータ2に放射状に形成した溝部7に半径方向に進退しうるように収められ、溝基部8に作用するポンプ吐出圧とロータ2が回転するときの遠心力とでカムリング5のカム面9に常時押しつけられる(略)。カムリング5のカム面9は略だ円形をしており、このカム面9にベーン1が押しつけられつつロータ2が回転すると、ベーン1とロータ2とカム面9とで形成される作動室がロータ2の1回転につき2回づつ拡大(吸込行程)と縮少(吐出行程)をくり返す。ポンプハウジング4には、ベーン1との摺接面11Aに、ちょうど前記作動室の吐出行程域にあたる位置に吐出ポート72が開口している。」(第1頁下左欄第19行~同頁下右欄第20行)、「カムリング5には、既述のカム面9の他に、ポンプハウジング4の通路16Aと連通する通路16Bが貫通している。」(第2頁上左欄第19行~同頁上右欄第1行)、「ポンプ軸3の回転に伴ってロータ2が回転すると、ベーン1とロータ2とカム面9、さらにはポンプハウジング4とカバープレート6の向い合った摺接面11A、11Bとで画成された作動室がロータ2の回転に伴って拡縮し既述のように吐出行程と吸込行程とをくり返す。」(第2頁上右欄第17行~同頁下左欄第3行)、「カムリング5の合せ面には通路16A、16Bとともに低圧側の通路を構成する溝状の通路16’Cが形成される。すなわち、溝状の通路16’Cは通路16Aないし16Bと吸込ポート29’を連通し、第4図のようにカムリング5の合せ面でカム面9をとり囲むように環状に形成してある。この場合、環状の通路16’Cは油圧のバランスをとるためにカバープレート6との合せ面のほか、ポンプハウジング4との合せ面にも形成される。一方、カバープレート6の摺接面には、吸込ポート29’が窪み状に形成してある。」(第3頁上左欄第9~20行)、「カムリング5の合せ面に形成した溝状の通路16’Cを低圧側の通路の一部にしたので、従来のようにカバープレート6の内部に面倒な中子鋳造で通路16Cを中空形成する必要はなく」(第3頁下左欄第3~7行)、「上記実施例ではカムリング5の合せ面の両方に溝状の通路16’Cを形成したが、一方の合せ面にのみ設けるようにしてもよく、またカムリング5に代えてカバープレート6もしくはポンプハウジング4の合せ面に環状の通路16’Cを形成しても同様の効果が得られる。また、環状の通路16’Cは必ずしもカム面9をとり囲む環状に形成する必要はなく、要するに通路16Aないし16Bと吸込ポート29’を連通すれば足りる。」(第3頁下左欄第19行~同頁上右欄第8行)との記載があり、特にこれらの記載及び図面に注目して引用例をみると、引用例には、
<1>“ポンプハウジング4とカバープレート6との間にカムリング5を挟持し、回転駆動されるロータ2の周囲に放射状に配設した複数のベーン1の先端をカムリング5のカム面9に摺接させるとともに、回転するベーン1にポンプハウジング4に設けた摺接面11Aとカバープレート6とをそれぞれ摺接させてカムリング5内部に複数の作動室を画成し、ポンプハウジング4の摺接面11Aの所定位置に吐出ポート12を形成したベーンポンプにおいて、作動室に臨むカバープレート6にカム面9上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポート29’を形成し、これらの吸込ポート29’に作動油を導く通路16’Cを、吸込ポート29’に連通してカムリング5の表面にカム面9の周囲を囲みつつ形成した溝状の通路16’Cと、これに相対するカバープレート6またはポンプハウジング4の一部とで構成したベーンポンプ。”(以下「引用例の発明」という)、
<2>“カムリング5に代えてカバープレート6の合せ面に環状の通路16’Cを形成しても同様の効果が得られる”点、
<3>“環状の通路16’Cは必ずしもカム面9をとり囲む環状に形成する必要はなく、要するに通路16Aないし16Bと吸込ポート29’を連通すれば足りる”点、
が記載されているものと認められる。
(対比・判断)
1. 本件出願の発明と上記引用例の発明とを対比すると、
引用例の発明の“ポンプハウジング4”、“カバープレート6”、“カムリング5”、“ロータ2”、“ベーン1”、“カム面9”、“摺接面11A”、“吐出ポート12”、“吸込ポート29’”が、
それぞれ本件発明の「ポンプボディ」、「カバープレート」、「カムリング」、「ロータ」、「ベーン」、「カム面」、「摺接部」、「吐出ポート」、「吸込ポート」に相当し、
また、引用例の発明の“通路16’C”は本件発明の「吸込通路」と同様に吸込通路として機能するものであるから、
両者は、
ポンプボディとカバープレートとの間にカムリングを挟持し、回転駆動されるロータの周囲に放射状に配設した複数のベーンの先端をカムリングのカム面に摺接させるとともに、回転するベーンにポンプボディに設けた摺接部とカバープレートとをそれぞれ摺接させてカムリング内部に複数の作動室を画成し、ポンプボディの摺接部の所定位置に吐出ポートを形成したベーンポンプにおいて、作動室に臨むカバープレートにカム面上の相対する側面に位置するように一対の吸込ポートを形成し、これらの吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、カム面の周囲を囲みつつ一対の吸込ポートと連通して位置するように形成した溝状の凹部と、これに相対するポンプ部品の一部とで構成したベーンポンプ、
である点で一致するものの、
<1>溝状の凹部を、本件発明は吸込ポートに連続してカバープレートの表面に形成したものであるのに対して、引用例の発明はカムリングの表面に形成したものである点(以下「相違点1」という。)、
<2>溝状の凹部を、本件発明は一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成したものであるのに対して、引用例の発明は一対の吸込ポートが途中に位置するように環状に形成したものである点(以下「相違点2」という。)、
で相違するものと認める。
2. 次に上記相違点について検討する。
(1)相違点1について
上記引用例には、前述のとおり“カムリング5に代えてカバープレート6の合せ面に環状の通路16’Cを形成しても同様の効果が得られる”点、が記載されているから、引用例の発明における“通路16’C”を、カバープレートのこれに相対する位置に形成すること、すなわち溝状の凹部を吸込ポートに連続してカバープレートの表面に形成することは、当業者が容易に想到し得ることである。
(2)相違点2について
上記引用例には、前述のとおり“環状の通路16’Cは必ずしもカム面9をとり囲む環状に形成する必要はなく、要するに通路16Aないし16Bと吸込ポート29’を連通すれば足りる”点、が記載されており、また、吸込ポートに作動油を導く吸込通路を、吸込ポートに連続して吸込ポートがその両端に位置するように形成することは本件出願の出願前より周知の技術である(必要あれば、上記引用例の第1図及び第2図記載の実施例、実願昭55-22460号(実開昭56-124288号)のマイクロフィルム、実願昭56-183999号(実開昭58-87977号)のマイクロフィルム等参照)から、引用例の発明における“環状の通路16’C”に代えて吸込ポートがその両端に位置する通路とすること、すなわち、溝状の凹部を一対の吸込ポートがその両端に位置するように形成することは、当業者が容易に想到し得ることである。
3. 本件出願の明細書に記載された「カーバープレート内部を貫通して吸込通路を形成する必要がなく、カバープレートの鋳造に当たって中子が不要となる」点は上記引用例にも記載された作用効果であり、そして、本件出願の発明の作用効果は、上記引用例の発明及び本件出願の出願前周知の上記技術によって得られる作用効果より予測し得る程度のものである。
(むすび)
以上のとおりであるから、本件出願の発明は、上記引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
平成9年9月24日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)