大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)32号 判決 1998年7月16日

ドイツ連邦共和国ミュンヘン90・

ヘラブルンネル・ストラーセ 1

原告

パテントートロイハントーゲゼルシャフト・フュール・

エレクトリッシェ・グリューラムペン・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング

代表者

ダツシロ・ダウナー

ヨアヒム・ヴェルナー

訴訟代理人弁護士

ラインハルト・アインゼル

加藤義明

清水三郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

中川眞一

青山紘一

井上雅夫

廣田米男

主文

1  特許庁が平成6年審判第976号事件について平成8年9月27日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1985年12月19日にドイツ連邦共和国においてした出願に基づく優先権を主張して、発明の名称を「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための蓄積エレメント」(後に「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)につき、昭和61年12月28日特許出願(昭和61年特許願第300223号)をしたところ、平成5年9月24日付で拒絶査定を受けたので、平成6年1月14日に審判を請求し、平成6年審判第976号事件として審理された結果、平成8年9月27日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年11月6日、その謄本の送達を受けた。なお、出訴期間として90日が付加された。

2  特許請求の範囲1の項の記載

放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメントにおいて、圧搾体が、鉄と銅からなるか、またはニッケルと銅からなるか、または鉄、クロムとニッケルからなることを特徴とする放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための多孔性圧搾体め形の蓄積エレメント。

3  審決の理由

審決の理由は、別添審決書「理由」の写のとおりである。以下、特公昭45-39427号公報(審決の「第1引用刊行物」)を「引用例1」と、特開昭59-180956号公報(審決の「第2引用刊行物」)を「引用例2」とそれぞれいう。

4  審決の取消事由

審決の理由Ⅰ、Ⅱは認める。同Ⅲのうち、引用例1記載の発明の「多孔質金属」が、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」に相当すること及び引用例1記載の発明と本願発明とがこの点で一致することを争い、その余は認める。同Ⅳのうち、6頁下から2行から7頁12行の「されていないが、」までは認め、その余は争う。同Ⅴは争う。

審決は、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」の技術内容の認定を誤り(取消事由1)、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せの困難を看過した結果、相違点の判断を誤った(取消事由2)ものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」の技術内容の認定の誤り)

ア 引用例1記載の発明の「多孔質金属」は、本願発明の「圧搾体」ではない。

引用例1には、「多孔質金属」は、「アルミクラッドのような多孔質金属」(1欄21行ないし22行)であると記載されている。この「アルミクラッド」の「クラッド」とは、被覆の意味である。したがって、引用例1では、「多孔質金属」は、線状の補助電極(4)上にアルミニウムをメッキして被覆した薄層として、その構成が示唆されているにすぎない。通常、アルミニウムの被覆層の厚さは、これによって被覆される線の太さの約3~5%程度であり、引用例1記載の発明の被覆層の厚さは数ミクロン程度に止まる。そのため、この種の薄層は多孔質であっても、僅少量の水銀を収容し得るにすぎない。のみならず、引用例1では、多孔質金属に封入される水銀量の正確な調量をどのように行うかについても何ら示唆されていない。

イ<1> 本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」は、「圧搾体」として構成されており、水銀を含有する金属粉を圧搾してなり、多孔性金属粉の結合からなるものである。

「多孔性圧搾体」が粉から製造されていることは、例えば「レンプ化学辞典」(フランク・フェアラークスハンドルング出版社 シュツットガルト 1975年発行、以下単に「レンプ化学辞典」という。)に、「圧搾(Pressen)」とは「一般に固体や粉末を圧縮、成形すること。」とあり、また、本願明細書に、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」の製造に関して、「蓄積されなかった水銀ないしは蓄積されなかった水銀合金は瀘過し、残留する瀘過ケークを鋼シリンダの孔に充填し、過剰の水銀ないしは水銀合金をピストンを用い高圧下に搾出する。この場合、プレス圧を用いて圧搾体の水銀含量を変えることができる。こうして生ずる脆い圧搾物を次いで粉砕し、これから相応する寸法の圧搾体、たとえば丸薬状の圧搾体を製造することができる。」(9頁2行ないし10行)との記載があることから、明らかである。

また、本願発明における「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」は、圧搾体が、放電ランプ中へ液状水銀又は液状水銀合金を配量及び挿入するためのものであり、金属からなっている。したがって、圧搾体は、水銀を含有する金属粉の結合からなるものなのである。

<2> 本願発明の「蓄積エレメント」は、多孔性圧搾体として構成され、形成される圧搾体自体のサイズや形状を任意に設定することができるから、引用例1記載の発明とは異なり、封入可能な水銀量に制約が生ずることもなく、相当多量の水銀や水銀合金を含有させることができるのみならず、含有される水銀や水銀合金の正確な調量も、圧搾体の重量・寸法・形状の選定を通じて可能となるという特有の作用効果を奏するのである。

(2)  取消事由2(組合せ困難の看過による相違点の判断の誤り)

引用例1記載の発明と引用例2記載の発明は、以下のとおり、技術的思想において相反し、共通点は皆無であるから、両者の組合せを想定することは合理性がない。したがって、相違点は、引用例1及び引用例2に基づいて容易に想到し得たこととした審決の認定判断は誤りである。

ア 引用例1記載の発明の放電ランプは、グローランプであるから、ランプの容器内は不活性ガスで充填され、水銀の封入は必須の構成要件ではない。他方、引用例2記載の発明のランプは、水銀ランプであるから、水銀を必須の構成要件とし、しかも、多量の水銀の封入を必要とする。このように、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とは、同じランプとはいっても技術分野を異にし、それ故、グローランプへの水銀量の調量や挿入の発明に当たって、当業者が、水銀ランプの技術分野に属する引用例2記載の発明の存在に気付き、あるいは水銀ランプの技術的思想を転用し、ないしは組み合わせることなど、およそ想定し難いことである。

イ 引用例1記載の発明は有電極ランプであり、しかも、アルミニウムメッキで被覆された線状の補助電極を具備する。他方、引用例2記載の発明は、意図的に電極を取り去った無電極ランプであり、そのため高周波磁界で作動されるものである。このように、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とは、いわば相反する技術的思想の産物である。

したがって、引用例2記載の発明のランプにおいて、アルミニウムで被覆された線状補助電極を組み込むといった構成を想定したり、逆に、引用例1記載の発明のランプにおいて、補助電極として引用例2記載の発明の「保持体」を設けるといったことを想定することは、いずれも不合理、不自然な組合せ以外の何者でもない。

ウ また、引用例1記載の発明の「多孔質金属」は永久磁石ではないし、高周波磁界でランプが作動されることもない。これに反して、引用例2記載の発明では、「保持体」は永久磁石であって、ランプが高周波磁界で作動される。

このように、引用例1記載の発明の「多孔質金属」と引用例2記載の発明の「保持体」とは、その特性、性質において全く相反しており、このような相反する両者の組合せを想定すること自体、誤謬にほかならない。

エ 封入される水銀量に関しても、引用例1記載の発明のランプは、僅少量の水銀が封入されるにとどまる。他方、引用例2記載の発明のランプは、水銀ランプであるから、多量の水銀が充填される。これも、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明の組合せを想定することの不合理性を根拠付ける一事実である。

オ 更に、引用例2では、「保持体」が「芯の周りに巻かれたコイルの高さで芯と容器壁からの所定距離の容器内区域に位置」(2頁右上欄5行ないし7行)することが要件とされ、また、「アマルガムは、芯自体またはこの芯の周囲の壁部分上には配設されない。」(2頁左下欄9行ないし10行)といった要件が存在する。すなわち、引用例2記載の発明では、アマルガムが「放電内に位置」(2頁右上欄8行)することが重要となる。そうでないと、無電極放電ランプである引用例2記載の発明のランプは作動しないのである。

これに対して、引用例1記載の発明のランプは、グローランプであり、そのため、電極間の間隔は極めて小さい(数mm程度)。その結果、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明とを組み合わせても、引用例1記載の発明のグローランプの電極間には、引用例2記載の発明における「保持体」を構成するワイヤの網のせいぜい1つの網目が存在し得るにすぎない。それ故、引用例2における「保持体」の前述の位置的諸要件を充足することは不可能であり、引用例1記載の発明と引用例2記載の発明との組合せを想定するととは、不可能というほかはない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断に誤りはない。

2  被告の主張

(1)  取消事由1について

ア 本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」とは、本願明細書の記載からみて、「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための」(特許請求の範囲1の項)ものであり、水銀の正確な配量及びランプ中への水銀の簡単な挿入を可能ならしめる、液状水銀ないしは液状水銀合金を配量及び挿入するための蓄積エレメントと解すべきであって、原告のいうような「水銀を含有する金属粉を圧搾してなり、多孔性金属粉の結合からなるもの」に特定されることにはならない。したがって、本願発明は、この点で引用例1記載の発明の「多孔質金属」と異なるものではない。

イ レンプ化学辞典には、用語「Pressen」(ドイツ語)の説明がされているにすぎず、これが本願発明の「多孔性圧搾体」と同義であることは明らかでない。

また、原告は、本願明細書の「蓄積されなかった水銀ないしは蓄積されなかった水銀合金は瀘過し、残留する瀘過ケークを鋼リンダの孔に充填し、過剰の水銀ないしは水銀合金をピストンを用い高圧下に搾出する。この場合、プレス圧を用いて圧搾体の水銀含量を変えることができる。こうして生ずる脆い圧搾物を次いで粉砕し、これから相応する寸法の圧搾体、たとえば丸薬状の圧搾体を製造することができる。」(9頁2行ないし10行)との記載をその主張の根拠とするが、上記記載に係る製造方法は、製法のうちの一態様を示したものにすぎず、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」が、専らこの方法によって製造されたものに特定されることにはならない。

なお、本願明細書の上記記載において、原告の主張する「圧搾」が、「ピストンを用い高圧下に搾出する」をいうのか、「丸薬状の圧搾体を製造すること」をいうのか、あるいは、その他のことをいうのか明らかでない。

ウ 原告の主張する本願発明の作用効果は、本願発明の特定の実施態様を選択した場合のものであって、本願発明全体にいえる作用効果ではない。

(2)  取消事由2について

引用例2記載の発明のアマルガム保持体は、水銀を蓄積する金属部材である点で引用例1の「多孔質金属」と共通するものであり、また、引用例2記載の発明の「無電極放電ランプ」は、引用例1記載の発明の「放電管」と同様に放電ランプであることに変わりはなく、技術分野において共通するものであるから、引用例1記載の発明における「多孔質金属」の材料として、引用例2に開示された「クロムーニッケルー鉄の合金からなる金属材料」を用いることは、当業者であれば技術的に格別の困難性があるとはいえない。

なお、引用例1記載の発明のランプは、放電管として「パイロツトランプ」(1頁左欄33行)が例示されているように、光を発するランプであって、蛍光灯の点灯回路に用いる「グローランプ」ではない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

成立に争いのない甲第2(本願明細書)、第3(平成5年7月26日付手続補正書)、第4号証(平成6年1月14日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  本願発明は、放電ランプ中へ液状水銀又は液状水銀合金を配量及び挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメントに関する。(本願明細書4頁3行ないし5行、平成5年7月26日付手続補正書2頁7行ないし10行)

水銀は、ほとんどすべての放電ランプの作動に必要とされる。(本願明細書4頁7行ないし8行)

液体水銀の処理は、大きい環境ないしは作業場汚染を意味する。それというのも、水銀は比較的高い蒸気圧を有し、その際、蒸気は極めて有害である。水銀は、硬い台面に衝突する場合、微小滴にとび散り、これを再び集めるのは非常に困難である。(本願明細書5頁18行ないし6頁3行)

2  本願発明の課題は、水銀の正確な配量及びランプ中への水銀の簡単な挿入を可能ならしめる、液状水銀ないしは液状水銀合金を配量及び挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメントを提供することである。

発明を達成するための手段

液状水銀又は液状の水銀合金を放電ランプ中へ配量及び挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメントは、本願発明によれば、圧搾体が、鉄と銅からなるか、又はニッケルと銅からなるか、又は鉄、クロムとニッケルからなることを特徴とする。(本願明細書6頁5行ないし末行、平成5年7月26日付手続補正書2頁11行ないし14行、平成6年1月14日付手続補正書2頁3行ないし6行)

3  かかる圧搾体は、下記になお詳述するように、金属の単位重量当たり正確に決定可能量の水銀ないしは水銀合金を蓄積する。測定により、それぞれ同じ条件下で製造された異なるバッチからの圧搾体の場合、蓄積される水銀量は、最高10%だけ変動することが判明した。こうして、圧搾体の重量に依存して、所望量の水銀ないしは水銀合金をむしろmg単位で得ることができる。圧搾体は、非常に簡単に放電ランプ中へ挿入することができ、この場合、圧搾体は、中間貯蔵によっても接触によっても蓄積ロスを受けない。(本願明細書7頁9行ないし下から1行)

4  かかる圧搾体は、水銀又は水銀合金を、それぞれ異なる金属塩溶液及び相応する金属の陽極を有する1つ又は幾つかの水銀・金属懸濁体を生成させることによって製造される。複数の水銀・金属懸濁体である場合には、次いでこれらを特定の割合に混合し、生じた懸濁生成物を無水のグリセリン層で覆い、少なくとも100℃で熱処理する。引続き、グリセリンをデカントし、懸濁生成物を洗浄し、乾燥する。蓄積されなかった水銀ないしは蓄積されなかった水銀合金は濾過し、残留する濾過ケークを鋼シリンダの孔に充填し、過剰の水銀ないしは水銀合金をピストンを用いて高圧下に搾出する。この場合、プレス圧を用いて圧搾体の水銀含量を変えることができる。こうして生じるもろい圧搾物を次いで粉砕し、これから相応する寸法の圧搾体、例えば丸薬状の圧搾体を製造することができる。(本願明細書8頁11行ないし9頁10行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  取消事由1について

(1)  本願明細書の特許請求の範囲に、「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための」手段として、「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」が記載されていることは前示のとおりである。そして、「圧搾」とは、圧力でしぼることを意味する用語であるから、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」とは、多孔性であり、かつ、圧力でしぼられてなる蓄積エレメントを指すものと解される。

また、前記第2、4の認定のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、圧搾体の製造についての記載があることが認められるところ、上記記載によれば、発明の詳細な説明の欄に記載された圧搾体は、水銀・金属懸濁体から、過剰の水銀ないしは水銀合金を高圧下に搾出して生じたものであることが認められる。そうすると、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」が、多孔性であり、かつ、圧力でしぼられてなる蓄積エレメントであることは、本願明細書の発明の詳細な説明の欄の記載からも裏付けられているというべきである。

(2)  一方、成立に争いのない甲第5号証(引用例1)によれば、引用例1には、放電管内へ水銀を封入するために、「例えばアルミクラッドのような多孔質金属の細孔へ水銀を含有させた材料」(1欄21行ないし23行)を用いることが記載されているものの、多孔質金属が圧搾体であることについては、その構成及び作用効果も含め、記載も示唆もないことが認められる。

(3)  そして、前記第2、3認定に係る本願明細書の記載によれば、本願発明は、上記「圧搾体」の構成により、圧搾体の重量に依存して、所望量の水銀ないしは水銀合金をむしろmg単位で得ることができるというのであって、引用例1には記載のない、その発明とは異なる作用効果を奏するものと認められる。

(4)  したがって、審決が、引用例1記載の発明の「多孔質金属」が、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」に相当するとして、この点を両発明の一致点と認定したことは誤りであるといわざるを得ない。

(5)  もっとも、被告は、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」とは、「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための」ものであり、水銀の正確な配量及びランプ中への水銀の簡単な挿入を可能ならしめる、液状水銀ないしは液状水銀合金を配量及び挿入するための蓄積エレメントと解すべきであると主張する。しかし、本願明細書の特許請求の範囲には、「圧搾体」の構成が記載されているところ、その技術的意義は前認定のとおりであるから、本願発明の技術内容から「圧搾体」であることを除外する被告の主張は採用することができない。

また、被告は、前記第2、4の認定に係る本願明細書の発明の詳細な説明の欄に記載された「圧搾体」の製造方法について、製法のうちの一態様を示したものにすぎず、本願発明の「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」が、専らこの方法によって製造されたものに特定されることにはならないと主張する。しかし、上記製造方法により製造される圧搾体が製法のうちの一態様を示したものであるとしても、そのことは、本願明細書の特許請求の範囲に記載されている「圧搾体」を本願発明の技術内容から除外する理由とはならないから、被告の主張は失当である。

2  以上のとおり、審決は、取消事由1に係る本願発明と引用例1記載の発明の一致点の認定を誤ったものであり、この誤りが、本願発明について、引用例1記載の発明及び引用例2記載の発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、審決は、その余の点について判断するまでもなく、違法として取消しを免れない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年7月2日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

理由

Ⅰ、本願の発明

本願は、1985年12月19日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づいてパリ条約第4条の規定により優先権を主張し、昭和61年12月18日に出願されたものであって、その発明の要旨は、平成5年7月26日付け及び平成6年1月14日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメントにおいて、圧搾体が、鉄と銅からなるか、またはニッケルと銅からなるか、または鉄、クロムとニッケルからなることを特徴とする放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント。」

Ⅱ、引用刊行物記載の発明

当審において、平成7年12月15日付けで通知した拒絶の理由に引用した、本願の出願前に国内において頒布された、以下の各引用刊行物には、それぞれ次の事項が記載されている。

(1)特公昭45-39427号公報(以下「第1引用刊行物」という)

<1>「多孔質金属に水銀を含有させた材料を、放電管内に封入したことを特徴とする放電管」(特許請求の範囲の記載)

<2>「例えばアルミクラッドのような多孔質金属の細孔へ水銀を含有させた材料を、放電管1の電極2、3の一方に取り付けて補助電極4としたもので、又放電管1内へはネオンガス、アルゴンガス又はヘリュームガスのような不活性ガスを封入する。」(第1頁左欄第21~26行の記載)

<3>「この発明は水銀をその儘封入せづに、多孔質金属に含有させたものを使用したから、極めて微量で、しかも各放電管毎に等量の水銀を封入でき、又封入操作も、金属水銀或は水銀蒸気を封入する方法に比べて容易であり、安価に大量生産できるものである。」(第1頁左欄第36行~右欄第3行の記載)

(2)特開昭59-180956号公報(以下「第2引用刊行物」という)

「図のランプはガラスのランプ容器1を有し、このランプ容器は、真空密封され、或る量の水銀とクリプトンのような稀ガスが充填されている。更に、ランプ容器の内側には蛍光物質の層2が設けられ、ランプ容器内に発生した紫外線はこの層によって可視光に変換される。ランプ容器の内壁の管状凹部3内には磁性材料の棒状の芯4が配設されている。一部が円錐形をなし、スリーブ13を有するハウジング(合成樹脂が好ましい)内に配設された給電ユニット5によって、ランプの動作中、この給電ユニットに接続された(図には見えない)前記の芯に巻かれたコイル7により芯に高周波磁界が誘起される。前記のコイル7の高さで、ワイヤ状の支持部材8が管状凹部3の壁に設けられ、この支持部材には、ランプ容器の外壁及び芯からの所定の距離に保持体9が設けられる。この保持体は合金(例えばクロムーニッケルー鉄)のワイヤの網の形で、この中にアマルガム10が保有される。図面では保持体はコイルと同じ高さに位置している。けれどもこの保持体は、別の実施形態ではこの代わりにコイルの直ぐ下または上(例えばコイルの長さの値の略々10%)にある仮想水平面内にあるようにしてもよい。ランプがスイッチオンされると、保持体9は放電路内に位置し、放電温度(略々300℃)の影響を受け、このため保持体はランプの安定動作状態では最早や水銀を含まない。水銀の略々全量がアマルガムから遊離され、このため保持体にはアマルガム生成金属(例えばインジュームまたはインジュームとビスマスの合金)だけしかない。保持体9はランプ容器の外壁と円筒形凹部3の壁との間の略々途中(好ましくはその距離の1/5から4/5)に位置し、スイッチオンの直後にアマルガムから遊離された水銀が壁に凝縮するのが阻止される。ランプがスイッチオフされると水銀は保持体に戻り、再びアマルガムが形成される。」(第3頁左上欄第4行~同頁右上欄第20行の記載)

Ⅲ、本願の発明と引用刊行物記載の発明との対比

本願の発明と第1引用刊行物記載の発明とを対比すると、第1引用刊行物記載の発明における「多孔質金属」「放電管」は、本願の発明における「多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」「放電ランプ」にそれぞれ相当するものと認められるので、両者は、「放電ランプ中へ液状水銀または液状水銀合金を配量および挿入するための多孔性圧搾体の形の蓄積エレメント」の点で一致しているが、蓄積エレメントを構成する金属として、本願の発明は、鉄と銅、またはニッケルと銅、または鉄、クロムとニッケルから構成しているのに対して、第1引用刊行物記載の発明は、アルミクラッドから構成している点、で相違しているものと認められる。

Ⅳ、当審の判断

次に、前記相違点について検討する。

本願の発明は、放電ランプ中への水銀の正確な配量及び簡単な挿入を可能ならしめる蓄積エレメントを提供することを技術課題とし、この技術課題を解決するために、特許請求の範囲第1項に記載されたような技術手段を講じたものであるが、第1引用刊行物の多孔質金属も、放電管内に水銀を正確かつ簡単に封入できるものであり(前記Ⅱ-(1)-<3>参照)、また、放電ランプ中のアマルガム保持体として、クロムーニッケルー鉄の合金からなる保持体を用いることが、第2引用刊行物に記載されているように、この出願の出願前に公知の技術手段であり、さらに、第1引用刊行物には、多孔質金属として、アルミクラッドしか例示されていないが、多孔質金属の金属材料としてどのような金属材料を用いるかは、水銀との相性等を考慮すれば、当業者にとって適宜選択し得る事項であると認められるので、第1引用刊行物における多孔質金属の金属材料として、第2引用刊行物に開示されたようなクロムーニッケルー鉄の合金からなる金属材料を用いることは、当業者であれば、技術的に格別の困難性を要することなく、容易に実施し得ることと認められ、結局、前記相違点は、第1引用刊行物及び第2引用刊行物に基づいて容易に想到し得たことと認められる。

そして、本願の発明の構成によってもたらされる効果も、第1引用刊行物及び第2引用刊行物に記載された発明の効果の総和以上の格別な効果を奏するものとも認められない。

Ⅴ、むすび

したがって、本願の発明は、第1引用刊行物及び第2引用刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例