東京高等裁判所 平成9年(行ケ)332号 判決 1999年1月28日
原告 矢野穂積
<他35名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 中田康一
同 秋田瑞枝
同 戸取日出夫
同 江口公一
右原告ら訴訟復代理人弁護士 中村嘉宏
被告 東京都選挙管理委員会
右代表者東京都選挙管理委員会委員長 新井一男
右訴訟代理人弁護士 鎌田久仁夫
右指定代理人 大西又嗣
<他1名>
主文
一 平成七年四月二三日執行の東村山市議会議員選挙の当選の効力に関する審査の申立てに対し被告が平成九年一一月二六日にした裁決を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 原告
主文同旨
二 被告
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二事案の概要
平成七年四月二三日執行の東村山市議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)の当選人原告朝木直子(以下「原告朝木」という。)が住所移転により被選挙権を喪失したとしてされた原告矢野穂積(以下「原告矢野」という。)を当選人とする繰上補充(繰上当選)につき、選挙人らがその効力を争い、公職選挙法(以下「公選法」という。)二〇六条一項に基づく異議の申出をしたところ、東村山市選挙管理委員会(以下「市選挙管理委員会」という。)がこれを棄却する決定をしたので、選挙人らは更に同条二項に基づき審査の申立てをしたが、被告が棄却の裁決をした。そこで、選挙人らは公選法二〇七条に基づき、右裁決の取消しを求める訴えを提起したところ、最高裁判所は、平成九年八月二五日、右裁決を取り消す旨の判決(最高裁判所平成九年(行ツ)第七八号、平成九年八月二五日第二小法廷判決、以下「本件最高裁判所判決」という。)を言い渡した。これを受けて選挙会において平成九年九月二日後記第三決定がされ、これに対し原告らが公選法二〇六条一項に基づき異議の申出をしたが、市選挙管理委員会は右異議の申出を棄却する決定をしたので、原告らが同条二項に基づく審査の申立てをしたところ、被告はこれを棄却する裁決(以下「本件裁決」という。)をした。本件は、原告らが公選法二〇七条に基づき、被告のした右裁決の取消しを求めるものである。
一 争いのない事実
1 平成七年四月二三日に執行された本件選挙において選挙すべき議員の定数は二七名、立候補者は三四名であったが、原告朝木が四位で当選し、原告矢野は次点となった。同月二四日、選挙会は当選人二七名を確定(以下、「第一決定」という。)して市選挙管理委員会に報告し、同委員会は、同日、当選人の告示を行った。
2 本件選挙における東村山市議会議員の任期は、同年五月一日から平成一一年四月三〇日までである。
3 原告朝木は、平成七年四月二六日、東村山市長に対し松戸市紙敷への転出届を提出し、松戸市への転入手続を執った上、市選挙管理委員会に対し、右転出に関する転出証明書を添えて、松戸市に転出したため被選挙権を失った旨を記載した届出書を提出した。
4 市選挙管理委員会は、右届出書を受理した後、直ちに委員長名による公文書をもって、住民票管理者である東村山市長に対して「被選挙権の確認について(照会)」を行い、同日、同市長から「被選挙権の確認について(回答)」を受領したこと等により、同人が選挙区内に住所を有しなくなったことが確認できたので、原告朝木が被選挙権の喪失により当選人の資格を失ったと判断し(選挙人名簿にその旨の表示をした。)、同月二七日、繰上当選のための選挙会を翌二八日午後六時に開催することを決定、告示したが、右同日に開催した選挙会及び同年五月一一日に開催した継続選挙会では、当選人の決定がされず、同月二一日開催の継続選挙会において、次点者原告矢野を当選人とすることが決定された(以下「第二決定」という。)。そして、市選挙管理委員会は、その旨の選挙長からの報告に基づき、同日これを告示した。
5 これに対し、原告矢野を当選人とする繰上補充(繰上当選)につき、選挙人らがその効力を争って公選法二〇六条一項に基づく異議の申出をしたが、市選挙管理委員会はこれを棄却する決定をし、これに対する審査の申立てについても被告が平成七年九月四日に棄却の裁決をしたため、選挙人らは、公選法二〇七条に基づき、被告のした右裁決の取消しを求めて、東京高等裁判所に当選無効請求の訴えを提起したが、請求を棄却されたので、上告したところ、最高裁判所は、平成九年八月二五日、「原判決を破棄する。平成七年四月二三日執行の東村山市議会議員選挙の当選の効力に関する審査の申立てに対し被上告人が同年九月四日にした裁決を取り消す。」との本件最高裁判所判決を言い渡したが、その理由において、次のように判示した。
「仮に、朝木(原告朝木、以下同じ。)が、現実に平成七年四月二六日以降、松戸市紙敷で起居し、同年五月二九日以降は松戸市馬橋のマンションを生活の本拠としているとしても、松戸市紙敷の前記社宅は生活の本拠を定めるまでの一時的な滞在場所にすぎず、せいぜい居所にとどまるものと言わざるを得ない。これによって、従前の全生活の中心であった東村山市から直ちに松戸市に生活の本拠が移転したものとみることはできない。原審は、住所を移転させる強固な目的で転出届をしていることを、住居移転を肯定する理由の一つとして説示するが、前示のとおり、一定の場所が住所に当たるか否かは、客観的な生活の本拠たる実体を具備しているか否かによって決すべきものであるから、主観的に住所を移転させる意思があることのみをもって直ちに住所の設定、喪失を生ずるものではなく、また、住所を移転させる目的で転出届がされ、住民基本台帳上転出の記録がされたとしても、実際に生活の本拠を移転していなかったときは、住所を移転したものと扱うことはできないのである。結局、原審の認定する事実によれば、記録に現われたその他の事情を勘案しても、平成七年四月三〇日までに、朝木の生活の本拠が松戸市に移転し、朝木が東村山市内に有していた住所を失ったとみることは到底できないものというほかはない。
本件選挙による当選人朝木は、右に説示したとおり、平成七年四月三〇日までに東村山市の住所を失ったということができない以上、当選人としての地位を有したまま同年五月一日に至り、同日から東村山市議会議員としての身分を取得したこととなり、その後住所を有しなくなったために被選挙権を失ったとしても、もはや市選挙管理委員会又は選挙会において被選挙権の喪失を理由とする繰上補充の手続を執ることはできず、被選挙権を失ったことを理由として東村山市議会議員の職を失うかどうかは、東村山市議会の決定にゆだねられるものと解さざるを得ない。
したがって、本件繰上補充は、当選人である朝木が被選挙権を失っていなかったにもかかわらず、これを失ったものと誤認してされた点において違法であり、矢野(原告矢野)の当選には無効事由があるというべきである。」
6 そこで、市選挙管理委員会は平成九年九月二日に選挙会を開催し、同選挙会において「平成七年四月二三日執行の東村山市議会議員選挙における公職選挙法九六条により当選人の更正決定の選挙会を開催したところ、朝木直子(原告朝木)氏を当選人と決定すべきであるが、同氏は平成七年五月二九日以降、松戸市に住所を移転し被選挙権を失い、再び東村山市の被選挙権を得たとしても公職選挙法九八条により当選人とすることができないため新たな当選人は生じなかった。」とする第三決定がされた。
7 原告らは、平成九年九月二日市選挙管理委員会に対し第三決定の取消しを求める異議の申出をしたところ、同年一〇月三日これを棄却する決定を受けたので、同月二三日被告に対し右決定及び第三決定の取消しを求める審査の申立てをしたが、被告は同年一一月二六日右申立てを棄却する本件裁決をしたので、本件訴えを提起するに至った。
二 争点
本件の主要な争点は、本件最高裁判所判決の拘束力により、第三決定ひいては本件裁決が違法かどうかである。
1 原告らの主張
(一) 本件最高裁判所判決の拘束力(その一)
(1) 本件最高裁判所判決の拘束力とその法的根拠
① 行政事件訴訟法三三条とその効力
行政事件訴訟法三三条によって、取消判決は、行政庁に対して、処分又は裁決を違法とした判決の判断内容を尊重し、その事件について「判決の趣旨」すなわち判決理由中に示された裁判所の判断に従って行動し、これと矛盾する処分等がある場合には、適当な措置を執るべきことを義務付ける効力(=拘束力)を有する。
行政事件訴訟法三三条の趣旨は、行政庁に対して司法裁判所の判決に対する遵守義務を定めることによって、行政処分の司法審査制度を実効あらしめることにある。従って、行政庁は、取消判決の理由中に示された判断すなわち「判決の趣旨」に従って事後の処分等をしなければならず、「判決の趣旨」は行政庁に対する拘束力を有する。
② 本件最高裁判所判決の趣旨
本件最高裁判所判決の「判決の趣旨」すなわち当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する判決理由の中で示された判断は以下のとおりである。
「当選人の地位は、議員としての身分を取得した時をもって終了するから、その者がいったん議員としての身分を取得した後においては、被選挙権を有しなくなったことを理由として公選法九七条一項の規定による繰上補充を行うことはできず、右の者の被選挙権の有無については、議員の失職について定める地方自治法一二七条により、議会がこれを決定すべきことになる」
「本件選挙による当選人朝木は、平成七年四月三〇日までに東村山市の住所を失ったということができない以上、当選人の地位を有したまま同年五月一日に至り、同日から東村山市議会議員としての身分を取得したこととなり、その後住所を有しなくなったとしても、もはや市選挙管理委員会又は選挙会において被選挙権の喪失を理由とする繰上補充の手続を執ることはできず、被選挙権を失ったことを理由として議員の職を失うかどうかは、東村山市議会の決定にゆだねられるものと解さざるを得ない。」
(2) 第三決定の違法
以上のとおり、本件最高裁判所判決は、原告朝木がすでに東村山市議会議員の身分を取得したこと、議員の身分を取得した後の被選挙権の喪失については市選挙管理委員会又は選挙会に繰上当選手続を執る権限がなく、同人の東村山市議会議員の職を失わせるには、東村山市議会の決定(地方自治法一二七条)が必要であることを認定判断したのであるから、同判決後の手続はその趣旨に従って行われなければならないにもかかわらず、第三決定は、右判決の趣旨に従わず、行政事件訴訟法三三条及び地方自治法一二七条に違反した違法があり、ひいては本件裁決も違法である。
(二) 本件最高裁判所判決の拘束力(その二)
仮に、本件最高裁判所判決の前記認定判断について二記載のすべての拘束力が認められるわけではないとしても、以下に述べるとおり、第三決定の違法は明らかである。
(1) 本件最高裁判所判決と原告朝木の身分の確認
① 第二決定の趣旨
第二決定は、選挙録備考欄に「平成七年四月二六日付で、東村山市を転出したことにより、朝木直子氏の被選挙権の喪失があったので、矢野穂積氏を繰上当選とする」と記載されているとおり、第一に原告朝木の被選挙権の喪失があったこと、すなわち原告朝木の当選失格を確認し、第二に原告矢野を繰上当選とするとの二つの行政処分を含むものである。
原告朝木の被選挙権喪失すなわち当選失格を確認した行政処分は、原告朝木を当選人とした第一決定を取り消したものである。
② 本件最高裁判所判決の判断
本件最高裁判所判決は、「本件繰上補充は、当選人である朝木が被選挙権を失っていなかったにもかかわらず、これを失ったものとして誤認してされた点において違法であり、矢野の当選には無効事由があるというべきである。そうすると、この趣旨をいう上告人らからの審査申立てを棄却した被上告人の本件裁決には違法があることになる」と判示して第二決定を違法であるとした。
本件最高裁判所判決は、選挙会が「これ(被選挙権)を失ったものと誤認して(繰上当選が)された点において違法」であるとし、被選挙権喪失すなわち当選失格の誤認と繰上当選の決定は不可分かつ表裏一体の処分であるとしているのであり、その上で、これを違法として第二決定の全部(つまり二つの行政処分)を取り消したのである。
③ 原告朝木の身分
本件最高裁判所判決が第二決定中の選挙会が原告朝木の当選失格を確認した行政処分を違法として取り消したことによって、原告朝木の当選失格は取り消され、原告朝木を当選人とした第一決定の効力は復活し、右判決以降、原告朝木は当選人及び議員の地位にあるものである。
④ 以上のとおり、原告朝木は、本件最高裁判所判決の効力発生の日(平成九年八月二五日)以後、第一決定に基づき、議会で当選失格が議決されていない以上議員の職にあるのであって(地方自治法一二七条)、権限を有しない選挙会が行った第三決定は違法であり、ひいては本件裁決も違法である。
2 被告の主張
(一) 本件最高裁判所判決の拘束力について
(1) 判決が処分行政庁を拘束する範囲は、当該判決の請求の趣旨についてであって、それ以外の部分についてまで拘束力が及ぶということはあり得ない。したがって、本件において市選挙管理委員会又は選挙会が本件最高裁判所判決に拘束される範囲は、原告朝木について被選挙権が失われたとして原告矢野を当選人とした選挙会の第二決定が違法であるとされた部分に限られ、それ以外の部分すなわち前記「第二事案の概要二争点1原告らの主張(二)(1)②」において原告らが指摘する本件最高裁判所判決の判示部分は傍論であって、原処分庁を拘束しない。
(2) 選挙管理委員会は、本件最高裁判所判決の趣旨に従い公選法九六条に基づく選挙会の開催を告示し、平成九年九月二日選挙会を開催した。選挙会は右判決に基づき原告朝木を当選人と決定しようとしたが、同判決によれば原告朝木が平成七年五月二九日以降に松戸市に住所を移したことが強く推定されるところ、少なくとも、同原告が平成八年一〇月八日に松戸市を住所としていたことは明らかであるため、第三決定までに同原告が被選挙権を失ったことが確定しているから、公選法九八条に基づき、同原告を当選人とすることができず、やむなく当選人なしの決定をなさざるを得なかったものであり、この処分には何の違法もなく適法である。
(二) 地方自治法一二七条の適用について
被選挙権喪失による当選人としての地位の喪失の効力は、選挙管理委員会の事実の確認とこれに基づく繰上当選人決定のための選挙会の日時、場所の告示の時点以降発生する。
公選法九五条は、「有効投票の最多数を得た者をもって当選人とする。ただし、次の各号の区分による得票がなければならない。」とし、その三号で「地方公共団体の議員の定数をもって有効投票の総数を除した数の四分の一以上の得票を得なければならない。」と規定しており、法定得票数以上の得票を得た有効投票の最多得票者が当選人となるという、客観的事実に基づいて当選人が決定される原則をとりつつも、その効力発生については、選挙管理執行機関による確認手続を得た上発効させるという形式を採用している。すなわち、開票手続が完了し、各候補者の得票数が明らかとなった後、選挙管理委員会が開催を決定した選挙会においてこれを確認し、この選挙長の報告に基づき選挙管理委員会がこれを告示した日から効力が生ずる(公選法一〇二条)と規定しているところである。そうして、このことから公選法は、一般的に、一定の客観的事実により法律上当然に効果が生ずる旨規定していても、その事実の存否の確認を所定の選挙管理執行機関にゆだね、当該機関の確認があったとき所定の効果が生じるものとして扱う方式を採用しており、被選挙権の喪失により当選の効力が失われる場合も、法に特段の定めがない限り、右同様の取扱をするのが正しい法解釈といわなければならない。
当選の効力喪失について、公選法九九条は、「当選人は、その選挙の期日後において被選挙権を有しなくなったときは、当選を失う。」と客観的事実によることを明らかにしているが、その手続面について特段の規定は設けられておらず、他方繰上当選のための選挙会は、繰上当選者を確認決定する権能を有するのみであるから、この繰上補充の選挙会に当選の場合と同様の機能は認められない。ところで、実際の手続は、当選人につき被選挙権喪失を知った選挙管理委員会が、繰上補充のための選挙会の日時、場所を告示して、選挙会の開催へと進行するものであり、その選挙管理委員会には、もともと被選挙権喪失の一事由である住所要件を確認する権能が与えられている(同法二七条一項、二八条二、三号、二九条一項、四二条二項、四三条、六八条一項五号等)。そして、市選挙管理委員会は、乙八号証の届出書が提出された時点で同原告の母親朝木朝代も同原告が松戸に移転したことを承認していたことや乙一〇号証の回答が得られたことから、右権能に基づき当選人の住所移転を確認し(右確認行為は行政処分であり、公定力を有する。)、これにより被選挙権が失われたと判断した上、繰上補充のための選挙会の日時、場所を告示したものであるが、同告示は右確認手続を公表したものである。したがって、同法九九条に基づく当選失効の効果は、右市選挙管理委員会告示の時点より発効したものとして取り扱うべきである。
本件においては、原告朝木は、繰上当選のための選挙会の告示がされた平成七年四月二七日当選人の地位を失ったものであり、地方自治法一二七条が適用されることはない。
(三) 本件最高裁判所判決と第一、第二決定との関係について
原告朝木の東村山市議会議員の資格は本件最高裁判所判決を踏まえた選挙会の決定告示により同人に当選人としての資格が付与されてはじめて発生するものであって、原告朝木の当選失格(被選挙権喪失)を確認した行政処分を含まず、単に原告矢野の繰上当選を決定した行政処分であるにすぎない第二決定について、本件最高裁判所判決によって違法であると判断されても、繰上補充のための選挙会の告示によりいったん失われた当選人の資格が復活することはあり得ない。
(1) 行政処分は公定力を有する。したがって、たとえその処分に瑕疵があったとしても、右処分が取り消されるまでは有効に存在するものであり、本来瑕疵ある行政処分であっても、いったん有効に行政処分として存在する以上これを変更するには新たな行政処分が必要であり、新しい行政処分によって新たに一定の権利が付与されるに至るものであって、判決によって行政処分の違法が確定しても、右行政処分によって否定された原行政処分が復活することはあり得ないものである。
(2) 繰上当選人決定のための第二決定は、行政処分の一種であり、行政処分としての効力を保有する。本件最高裁判所判決時、原告朝木の当選人としての地位は、平成七年四月二七日の繰上補充のための選挙会の告示により、失効して不存在に帰しているから、たとえ、同判決により第二決定が同人の被選挙権喪失につき事実誤認をしており、原告矢野を当選人とする決定は違法と指摘されたからといって、いったん右告示により喪失した当選人の地位に変動はなく(第一決定は復活しない。)、原告朝木は右判決を踏まえて公選法の規定に従い選挙会が同人を当選人と決定し、これを選挙管理委員会が告示した時点で新たに当選人としての地位を取得するに至るものであり、当選人としての地位を取得しない限り東村山市議会議員の資格を取得することはあり得ず、公選法九六条は「第二〇六条(当選の効力に関する異議の申出及び審査の申立て)、第二〇七条(当選の効力に関する訴訟)第一項又は第二〇八条(当選の効力に関する訴訟)第一項の規定による異議の申出、審査の申立て又は訴訟の結果、再選挙を行わないで当選人(衆議院比例代表選出議員の選挙にあっては衆議院名簿届出政党等に係る当選人の数又は当選人、参議院比例代表選出議員の選挙にあっては参議院名簿届出政党等に係る当選人の数又は当選人。以下この条において同じ。)を定めることができる場合においては、直ちに選挙会を開き、当選人を定めなければならない。」と規定しているから、同人については更正手続により当選人となることが絶対条件であり、この手続による当選人とならない限り、東村山市議会議員の資格を取得することもあり得ないものである。
3 原告らの反論
(一) 前記「第二事案の概要二争点2被告の主張(一)(2)」について
公選法九六条は、当選の効力に関する訴訟の結果、最下位当選人の得票数が次点の得票数より少ないことが確定した場合のように、明らかに「再選挙を行わないで(選挙会が)当選人を定めることができる場合」に該当するときに適用され、当選人の欠如を可能な限り早期に填補し、法定の当選人の定数を確保することを趣旨とする。
本件最高裁判所判決は、その認定判断の不可欠の論理的前提(レイシオ・デシデンダイ)として、原告朝木が第一決定の効力に基づいて当選人となり、その後被選挙権を喪失することなく議員任期の開始(平成七年五月一日)によって議員となった、という認定判断をしており、その認定判断は、爾後(本件最高裁判所判決の確定後)の全ての法執行を拘束する(行政事件訴訟法三三条)。
仮にかかる拘束力がすべては認められないとしても、本件最高裁判所判決により第二決定が取り消され、第一決定の効力が復活し、これによって原告朝木は東村山市議会議員であることになる。
したがって、本件では、原告朝木の東村山市議会議員としての身分が復活するから、当選人を定める必要すらなく、公選法九六条の適用はない。また、公選法九六条の適用を前提とする公選法九八条の適用もまたありえず、かかる規定を適用した第三決定は違法、無効を免れない。
(二) 前記「第二事案の概要二争点2被告の主張(二)」について
選挙管理委員会が繰上補充の選挙会開催のための手続を執ることは内部的な意思決定にすぎず、それ自体公定力をもって当選人の資格喪失を確認する行政処分とみることはできず、また選挙会開催の告示についても、選挙人の参観の機会の確保を目的とするものにすぎず、告示を行うからといって、選挙会開催の理由の一つである資格喪失事由があるとの判断が行政処分の性質を有するものと解する根拠とすることはできない。したがって、右告示により原告朝木が平成七年四月二七日に当選人の地位を失ったとの被告の主張は理由がない。
また、仮に、被告の主張を前提にしても、被告自身、原告朝木が松戸市へ転居した時期は同年五月二九日以降であることを自認しているのであり、繰上当選のための選挙会開催の告示をした同年四月二七日には転居の事実がないのであるから、被告の右主張は理由がない。
第三争点に対する当裁判所の判断
一 裁決を取り消す旨の判決の拘束力については、行政事件訴訟法三三条一項が、「処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」と規定しているところ、右判決の拘束力は、判決主文及びこれを導くのに必要とされた要件事実(主要事実)について裁判所がした具体的な認定と判断について生じるものと解するのが相当である。
本件最高裁判所判決は、前記のとおり、市選挙管理委員会において、原告朝木が被選挙権の喪失により当選人の資格を失ったと判断し、繰上当選のための選挙会を開催することを決定、告示し、平成七年五月二一日開催の継続選挙会においてした、次点者原告矢野を当選人とする旨の第二決定を告示したのに対し、選挙人らがその効力を争って公選法二〇六条一項に基づく異議の申出をしたが、市選挙管理委員会はこれを棄却する決定をし、これに対する審査の申立てについても被告が平成七年九月四日に棄却の裁決をしたため、選挙人らが、公選法二〇七条に基づき、被告のした右裁決の取消しを求めて提起した訴訟において、「原審の認定する事実によれば、……本件選挙による当選人朝木は、平成七年四月三〇日までに東村山市の住所を失ったということができない以上、当選人としての地位を有したまま同年五月一日に至り、同日から東村山市議会議員としての身分を取得したこととなり、その後住所を有しなくなったために被選挙権を失ったとしても、もはや市選挙管理委員会又は選挙会において被選挙権の喪失を理由とする繰上補充の手続を執ることはできず、被選挙権を失ったことを理由として東村山市議会議員の職を失うかどうかは、東村山市議会の決定にゆだねられるものと解さざるを得ない。したがって、本件繰上補充は、当選人である朝木が被選挙権を失ったものと誤認してされた点において違法であり、矢野(原告矢野)の当選には無効事由があるというべきである。」として、右裁決を取り消したものである。
したがって、関係行政庁としては、本件最高裁判所判決によって、少なくとも、本件選挙による当選人朝木が、同年四月三〇日までに東村山市の住所を失うことによって被選挙権を失い、第一決定に基づく当選人としての地位を失ったということはできないこと、市選挙管理委員会又は選挙会において、東村山市の住所を失ったことによる原告朝木の被選挙権の喪失を理由として繰上補充の手続を執ることはできなかったものであり、これを理由として原告矢野を当選人に繰上補充した第二決定には無効事由があること、そのため右裁決には違法があるとして取り消されたことについて拘束され、これに反する措置を執ることは許されないものと解するのが相当である。
そうすると、選挙会としては、他の事由により原告朝木が同年四月三〇日までに被選挙権を喪失したものと認められるのでない限り、本件最高裁判所判決の趣旨に従い、同原告が、同年四月三〇日まで当選人としての地位を有し、同年五月一日に東村山市議会議員としての身分を取得したことを前提としなければならず、これに反する措置を執ることはできないものといわなければならない。したがって、たとえ同年四月三〇日より後に同原告が東村山市の住所を有しなくなり、そのために被選挙権を失ったものと認められるとしても、もはや市選挙管理委員会又は選挙会において公選法九八条を適用して、これに基づく手続を執るということはできないのであり、同年四月三〇日より後に同原告が被選挙権を失ったことを理由として東村山市議会議員の職を失うかどうかは、地方自治法一二七条により東村山市議会の決定にゆだねられるものと解さざるを得ない。それにもかかわらず、原告朝木が同年五月二九日以降に松戸市に住所を移転したことにより被選挙権を失ったものとして、同原告が再び東村山市の被選挙権を得たとしても公選法九八条により同原告を当選人とすることはできないとし、そのため新たな当選人は生じなかったとした第三決定は違法であり、第三決定の取消しを求める原告らからの審査の申立てを棄却した被告の本件裁決には違法があるといわなければならない。
二 これに対して、被告は、本件最高裁判所判決後においても、原告朝木を当選人として扱えないことの理由として、そもそも選挙管理委員会には、被選挙権喪失の一事由である住所要件を確認する権能が与えられているところ、本件においては、市選挙管理委員会が、乙八号証の届出書が提出された時点で同原告の母親朝木朝代も同原告が松戸に移転したことを承認していたことや、乙一〇号証の回答が得られたことから、同原告の住所移転を確認し(右確認行為は行政処分であり、公定力を有する。)、これにより被選挙権が失われたと判断した上、繰上補充のための選挙会の日時、場所を告示したものであるが、同告示は右確認行為を公表したものであって、右告示により平成七年四月二七日に、公選法九九条に基づく当選失効の効果が発生し、原告朝木の当選人としての地位が同月三〇日までに失われたから、原告朝木は同年五月一日に東村山市議会議員の身分を取得するものではなく、地方自治法一二七条が適用されることはない旨前記「第二事案の概要二争点2被告の主張(二)」のとおり主張する。
しかし、公選法九七条は、選挙会において当選人の決定がされた後に当選人の資格喪失事由が生じた場合には、繰上補充の手続をとるべきことを規定しているところ、右規定の趣旨に照らせば、選挙会による当選人の決定の後に生じた当選人の資格喪失事由を確認する権限は、繰上補充のための選挙会が有するものであって、市選挙管理委員会がする繰上補充のための選挙会の告示は、公選法八二条による選挙人の参観の機会を確保するための一般的措置にとどまり、公定力をもって当選人の資格喪失を確認する行政処分としての性質を有するものではなく、市選挙管理委員会はこれを確認する権限を有するものではないと解するのが相当である。本件においては、原告朝木に対する当選人決定(第一決定)は、繰上補充による当選人が右同日までに決定された場合には、その効力が失われるものであり、市選挙管理委員会による原告朝木の住所要件の確認や繰上補充のための選挙会の告示により失われるものではないというべきであって、右主張をもって本件第三決定の正当性を根拠付けることはできない。したがって、市選挙管理委員会の右告示がされた平成七年四月二七日に公選法九九条に基づく当選失効の効果が発生したから、原告朝木が同年五月一日に東村山市議会議員の身分を取得することはなく、地方自治法一二七条が適用されることはない旨の被告の右主張は採用することができない。
三 また、被告は、前記繰上補充のための告示により原告朝木の当選人としての地位は失われているのであり、第二決定は原告朝木の当選失格(被選挙権喪失)を確認した行政処分を含まず、単に原告矢野の繰上当選を決定した行政処分であるにすぎないのであって、本件最高裁判所判決により第二決定に無効事由のあることが確定しても、第一決定が復活することはなく、同原告が更正手続により当選人とならない限り、東村山市議会議員の資格を取得することはない旨前記「第二事案の概要二争点2被告の主張(三)」のとおり主張する。
しかし、前示のとおり、前記繰上補充のための告示により原告朝木の当選人としての地位が失われたということはできず、原告朝木は、平成九年四月二四日に第一決定を受け、当選人の告示を受けた後、同月三〇日までに東村山市の住所を失うことによって被選挙権を失ったということはできないのであるから、同原告が右同日までに他に被選挙権を喪失するなどの事由が認められない限り、同原告は、右同日まで当選人としての地位を有し、同年五月一日に東村山市議会議員としての身分を取得するとともに、当選人としての地位は終了したこととなる道理であるところ、右二で検討した以外に同原告が同年四月三〇日までに被選挙権を喪失するなどの事由があったと認めるべき証拠はないので、同原告は同年五月一日東村山市議会議員としての身分を取得したものというべきである。そして、その後、同月二一日に第二決定がされたが、本件最高裁判所判決により、同原告が、同年四月三〇日まで当選人としての地位を有し、同年五月一日に東村山市議会議員としての身分を取得するとともに、当選人としての地位が終了した後にされた第二決定には無効事由があったと認定判断されたのであるから、市選挙管理委員会又は選挙会においては、同原告が、同年四月三〇日まで当選人としての地位を有し、同年五月一日に東村山市議会議員としての身分を取得したことを前提とした措置を執るべきであることは、当然であるといわなければならない。被告の右主張は採用することができない。
四 以上の次第であるから、第三決定は公選法九八条の解釈適用を誤った点で違法があり、そうすると、第三決定に対する原告らの異議の申出を棄却した市選挙管理委員会の決定には違法があり、ひいては右決定に対する原告らの審査の申立てを棄却した被告の本件裁決にも違法事由があるというべきであり、当事者双方の主張中以上の判断に抵触する部分は採用し難く、その余の点については判断するまでもなく、本件裁決の取消しを求める本件請求は理由があるものというべきである。
五 よって、本件裁決を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 長秀之)