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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)58号 判決 2000年2月17日

原告

ダニスコフレキシブルリミテッド

代表者

【A】

訴訟代理人弁理士

【B】

【C】

被告

特許庁長官【D】

指定代理人

【E】

【F】

【G】

【H】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成7年審判第25116号事件について平成8年11月12日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

出願人コートウルズ フィルムズ アンド パッケージング(ホールディングス) リミテッドは、1988年(昭和63年)7月15日に英国においてした特許出願(出願番号8816950.3号)に基づく優先権を主張して特許出願(特願平1-180680号)をしていたが、平成4年1月30日、その一部について、発明の名称を「植物資材入りパッケージ」として新たな特許出願(以下「本件出願」という。)をし、その後、特許を受ける権利を原告に譲渡し、平成6年4月6日にこれに伴う名義変更の届出をした。

原告は、本件出願につき、平成7年8月22日に拒絶査定を受け、同年11月20日に拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、これを平成7年審判第25116号事件として審理した結果、平成8年11月12日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年12月4日にその謄本を原告に送達した。

2  特許請求の範囲

上記分割出願の願書に添付された明細書(平成7年5月15日付け、同年12月19日付け及び同年同月20日付け各手続補正書で補正されたもの。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲第1項には、次の記載がある(以下、特許請求の範囲第1項に係る発明を「本願発明」という。)。

「開孔率が3.14×10-7~7.85×10-4%であって、その平均孔径が100μm以下の微細孔を1㎡当り10~1000個有し、それによりフィルム全体の物性として25℃、相対湿度75%の条件下で測定して800gm-2d-1以下の水蒸気透過率及び200,000cm3m-2d-1atm-1以下の酸素透過率を有する高分子フィルムを用いたパッケージ中に植物資材が密封されていることを特徴とする植物資材入りパッケージ」

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、本願発明は、特開昭63-119647号公報(以下「引用例1」という。)記載の技術(以下「引用発明1」という。)と特開昭62-148247号公報(以下「引用例2」という。)記載の技術(以下「引用発明2」という。)とから当業者が容易に本願発明に想到することができたものであって、特許法29条2項に該当し、特許を受けることができないとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、2頁2行目~3頁19行目の「本審判請求に係る・・・を参酌すると、」の部分、4頁8行目~6頁18行目の「また、本願明細書中の・・・記載があることから、」の部分、7頁1行目~8頁17行目の「さらに、引用例1には・・・記載されているから、」の部分、9頁9行目~16行目の「ところで、本願・・・比較することはできないが、」の部分及び10頁17行目~11頁末行の「次に上記相違点について・・・相違点である。」の部分は認め、3頁19行目~4頁7行目の「本願特許請求の範囲・・・に他ならない。」の部分、6頁19行目~7頁1行目の「青果物の包装袋・・・開示されている」の部分、8頁18行目~9頁8行目の「前記記載と総合して・・・20℃・90%RH」の部分、9頁16行目~10頁16行目の「水蒸気透過率、・・・所望の値とした点。」の部分及び11頁末行~12頁18行目の「したがって、・・・審決する。」の部分は争う。

審決は、引用例1の記載内容を誤認し(取消事由1)、本願発明の要旨認定を誤り(取消事由2)、引用発明1と本願発明との相違点についての判断を誤り(取消事由3)、本願発明の構成に基づく顕著な作用効果を見落して(取消事由4)、その結果、進歩性の判断を誤ったものであり、違法であるから取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用例1の記載内容の誤認)

審決は、引用発明1について、「生理作用の激しい青果物を包装する場合は別として、そうでない青果物を包装する場合は、包装袋に開孔を設けず、そのフィルム素材により水蒸気透過率、酸素透過率等を適正な範囲の値にした包装袋が有用であり、その適正な範囲とは以下のとおりであることを、引用例1から窺い知ることができる。」(審決書8頁18行目~9頁4行目)としたうえ、生理作用の激しくない青果物の場合におけるフィルム素材の水蒸気透過率、酸素透過率等の適正な範囲は、水蒸気透過度が15~200g/㎡・24hr・atm・40℃、酸素透過度が3000~35000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHであることが引用例に記載されている旨認定しているが、引用例1には、そこで採用する包装材料が上記のような物性を有するとの記載は存在しない。

したがって、審決は、引用例1に記載されていないことを記載されているとして、これを引用例1記載の発明(引用発明1)とするものであり、出発点において既に誤っている。

2  取消事由2(本願発明の要旨認定の誤り)

本願発明に係る青果物は、引用例1の「生理作用の激しい青果物」に相当するものである。ところが、審決は、引用発明1について、「生理作用の激しい青果物を包装する場合は別として」(審決書8頁18行目、19行目)として、勝手に、本願発明の対象を生理作用の激しくない青果物に限定し、これを前提に進歩性の認定判断をしているのであるから、本願発明の要旨認定を誤った違法がある。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用発明1との相違点について、「引用例2を参酌すれば、前記引用例1記載のものにおいて、水蒸気透過率、酸素透過率を当該所望の値とするための手段として、フィルムに孔を設け、その大きさと分布密度を調整するという手法を用いることとし、平均孔径を例えば50μmとすることは当業者が容易になし得たことと認められる。そして、平均孔径をそのような値に選択したとき、孔の分布密度をどうすればよいかは、実験等によって容易に得られることである。」(審決書11頁末行~12頁9行目)と認定し、この認定を前提に、「したがって、上記相違点は、引用例2を参酌することによって、当業者が容易になし得たことであると言わざるを得ない。」(審決書12頁10行目~12行目)と判断した。しかし、審決の上記認定は誤りであり、この誤った認定に基づく上記判断も誤りである。

(1)  まず、引用発明1のフィルム(孔を開けていないフィルム)は、引用例1において、「生理作用の激しい青果物」の場合、酸素透過率が低くて不都合であるとされているのであるから、このような不都合な物性をもつフィルムを製造するために、わざわざ引用発明1とは異なる引用例2記載の発明(引用発明2)の手段を用いようとすることはあり得ない。その意味で、両発明を組み合せる動機が生じることはない。

(2)  次に、引用発明1と引用発明2は、一方がフィルムに孔を開けない技術であるのに対し、他方は孔を開ける技術であるから、両者は、この点において根本的に異なっているのであり、このように異なる両者を組み合わせるという動機は生じない。

(3)  引用発明2は、フィルムに通気性を与えることを目的とし、液は通さないが空気や酸素等の有用な気体は通過させるフィルムを提供するものであるのに対し、引用発明1は、空気量を制御するという技術である。このように、両者は、発明の方向性が正反対であるから、これらを組み合わせるという動機は生じ得ない。

(4)  本願発明と引用発明2とでは、平均孔径については50~100μmの範囲で重複するものの、孔数をみると、引用発明2における孔数は、1平方メートル当たり50万~300万個であるのに対して、本願発明における孔数は、1平方メートル当たり10~1000個であり、引用発明2に比べて桁違いに少ない。当業者が引用例2を参酌して実験したとしても、そこから得られる孔数は、1平方メートル当たり50万~300万個の範囲あるいはせいぜいその近傍の値にとどまらざるを得ず、本願発明の孔数には到底達し得ない。

4  取消事由4(顕著な作用効果の看過)

本願発明は、開孔率をはじめとする発明の構成要件を設定することにより、植物資材を良好な状態で保存するうえで、明細書記載の顕著な作用効果を奏するものである。また、本願発明によれば、任意の包装用樹脂フィルムに本願発明の構成要件を適用すればよいのであるから、自由度が極めて高く、かつ、安価であるなどのよい点もある。また、本願発明は、このような開孔率をもつフィルムが青果物の貯蔵に最適であることを初めて発見して、MA包装の先駆となったものであり、このことは本願発明の公開後に本願発明と同じ技術課題を達成しようとする出願が甲第13~15号証にみられように一流会社から出願されており、その技術内容は、本願発明に極めて近い点をみても明らかである。また、本願発明の開孔率の重要性は甲第16号証(実験報告書)をみても明白なところである。

第4被告の反論の要点

審決の認定判断は、正当であり、取り消されるべき理由はない。

1  取消事由1(引用例1の記載内容の認定の誤り)について

審決が引用例1に記載された発明として本願発明との比較の対象とした発明(引用発明1)は、引用例1に係る特許出願の対象とされた発明自体ではなく、同引用例の挙げる先の特許出願により出願された発明を構成するフィルム(開孔の設けられていないフィルム)である。そして、同引用例に係る特許出願は、そこで好ましいとされる水蒸気透過率と酸素透過率を具えた複層フィルムである先の特許出願に係るフィルムを基本とし、その欠点を補うためこれに所定の開口面積の開孔を設けるという改良を加えたものであるから、引用例1に係る特許出願の対象とされた発明を構成するフィルムが持つ水蒸気透過率及び酸素透過率と、先の特許出願の対象とされた発明を構成するフィルムが持つそれらとが、異なる範囲のものであるとは考えられない。したがって、引用例1には、先の特許出願の対象とされた発明を構成するフィルム(引用発明1)として、同引用例に係る出願の対象とされたものと同じく、水蒸気透過度が15~200g/㎡・24hr・atm・40℃、酸素透過度が3000~35000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHの物性を有するフィルムが記載されているものとした審決には、何ら誤りはない(乙第1号証参照)。

2  取消事由2(本願発明の要旨認定の誤り)について

引用発明1が生理作用の激しくない青果物だけを対象とするのだとしても、本願発明の植物資材には生理作用の激しくないものも含まれるのであるから、その範囲で両者は共通である。また、引用発明1は、一般に生理作用が激しいといわれる青果物を対象とすることもあり得るのであるから、本願発明が対象とする植物資材と引用発明1が対象とする青果物とを区別すべき理由はない。したがって、審決は、勝手に、本願発明の対象を生理作用の激しくない青果物に限定し、これを前提に進歩性の認定判断をしているとする原告の主張は、失当である。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)について

(1)  原告は、引用発明1が「生理作用の激しい青果物」には不都合であるとされていることを挙げて、このような不都合なものに引用発明2の手段を用いる動機は生じないというが、引用発明1は、少なくとも生理作用の激しくない青果物に対しては不都合はないのであるから、失当である。

(2)  引用発明1と本願発明とは、植物資材に良好な貯蔵寿命を与えるという課題あるいは包装袋内の青果物が呼吸を維持するための酸素を必要最低限の状態に制御するという作用効果において共通するものであるから、引用発明1と本願発明とが根本的に異なっているとする原告の主張は、当を得ない。

(3)  審決は、引用例2から、通気性を高める技術を引用したのではない。同引用例からは、酸素透過率及び水蒸気透過率の値を包装フィルムに設ける孔の大きさと分布密度によって調整する技術を知ることができる。審決が同引用例から引用したのはこの技術である。引用発明2の方向性が引用発明1のそれと正反対であるとする原告の主張は、引用例2についての審決の認定を誤解するものであって、当を得ない。

(4)  引用例2には、「孔数は、前述の通気度(透気度)、透湿度を満たすように孔径に応じて決める。」(甲第9号証2頁右下欄)と記載されているから、酸素透過率と水蒸気透過率の値は、孔径を変えることによっても変化するし、また孔数すなわち分布密度を変えることによっても変化することが明らかである。そして、孔径が小さいほど、また分布密度が小さいほど通気性が低いことは、引用例2や乙第2号証(特開昭63-55075号公報)の記載から容易に理解することができる。そうだとすると、所望の酸素透過率や水蒸気透過率を得るため、孔径を定め、それに応じて孔数を調節することに格別の困難はあり得ない。孔数の相異を強調する原告の主張は失当である。

4  取消事由4(顕著な作用効果の看過)について

必要最低限の酸素を取り込むという本願発明の作用効果は、その酸素透過率に基づいていえることである。一方、フィルム全体の物性として本願発明と同等の酸素透過率を有することは、引用例1にも記載されている。そうだとすれば、上記作用効果を本願発明が奏して引用発明1が奏しないとすべき理由はない。

また、フィルムに微孔を穿孔して本願発明の数値範囲に属する酸素透過率を得ることは、引用発明1及び同2に基づいて当業者が容易になし得たことであるから、微孔を穿孔する方法によった場合の効果もまた当業者が容易に予測し得た事項であるということができる。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例1の記載内容の認定の誤り)について

甲第8号証によれば、引用例1には、「包装袋に開口やカット処理等を施さなくとも青果物の生理作用に好適な水蒸気透過性、酸素及び炭酸のガス透過性を発揮し、且つ内面に曇り現象を生じることのない様な複層フィルムを開発すべく研究を行った。その結果、複層フィルムの水蒸気透過性、酸素透過性及び炭酸ガス透過性を夫々適正範囲に特定すると共に、複層フィルム構成材中に適量の防曇剤を配合しておけば、上記の難点が一応解消されること確認し、こうした知見を基にして先の特許出願を済ませた。」(3頁左上欄7行目~17行目)、「ところがその後更に研究を進めるうち、次の様な事実が明らかとなってきた。即ち上記先願発明に係る複層フィルムで作成した袋を用いた場合、収穫後の生理作用が比較的おだやかな青果物に対しては鮮度保持の目的が有効に発揮されるが、収穫後も激しい生理作用を営む青果物(例えば、きゅうり、えだ豆、えのきだけ、いんげん豆等)の包装に使用した場合、・・・当該青果物の激しい生理作用に適したガス雰囲気を保持し得なくなって、鮮度保持の目的を十分に果たせなくなることが分かった。」(3頁左上欄18行目~右上欄11行目)、「本発明はこの様な問題点に着目して更に研究の結果なされたものであって、その目的は、生理作用の激しい青果物の包装に適用した場合でも、またその包装物が急激な温度変化を受けた場合でも、該包装袋内を青果物の生理作用にとって好適な雰囲気に保持し得るばかりでなく、結露水による水腐れの問題も生ずることのない包装袋を提供しようとするものである。」(3頁右上欄16行目~左下欄3行目)、「上記の目的を達成する為の要件として規定される本発明包装用フィルムの構成は、水蒸気透過度が15~200g/㎡・24hr・atm・40℃、酸素透過度が3000~35000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RH・・・であり、」(3頁左下欄5行目~14行目)、「本発明の包装袋を構成する複層フィルムは、まず第1の条件として水蒸気透過度、酸素透過度、炭酸ガス透過度を特定すると共に、包装用途等で用いたときの青果物に接する側の表面層に防曇剤を存在せしめたところに特徴を有するものであるから、以下上記各特性を定めた理由について説明する。」(3頁右下欄4行目~10行目)、「水蒸気透過度:15~200g/㎡・24hr・atm・40℃ 水蒸気透過度は、青果物に付着している水分の蒸発及び蒸散作用により放出される水分による袋内湿度を適正に保ち、湿度過剰によるむれ現象を防止して腐敗を抑制すると共に、湿度不足による青果物の萎凋、変色(黄変又は褐変)、軟化、弾力性喪失等を防止するうえで重要な特性であり、水蒸気透過度が15g/㎡・24hr・atm・40℃未満では湿度過剰によるむれ現象によって青果物が腐敗し易く、一方200g/㎡・24hr・atm・40℃を超える場合は包装袋内部が湿度不足となって青果物が萎凋、変色等を起こし易く、何れの場合も満足のいく鮮度保持効果を得ることができない。良好な鮮度保持効果を確保するうえでより好ましい水蒸気透過度は20~150g/㎡・24hr・atm・40℃の範囲である。」(3頁右下欄11行目~4頁左上欄7行目)、「酸素透過度:3,000~35,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RH 酸素透過度は、呼吸作用による酸素濃度の低下を外部空気の透過侵入によって補い、生理作用を持続させるうえで極めて重要な特性であり、該透過度が3,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RH未満の場合は特に呼吸作用の著しい(酸素消費量の多い)青果物を包装したときの内部酸素量が欠乏し、窒息状態となって十分な鮮度保持効果が発揮されない。一方、35,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHを超えた場合、酸素欠乏状態を生じる恐れはないが、外部からの細菌類の侵入が著しくなってかび等が生じ易くなり、鮮度保持効果はかえって低下する。酸素透過度のより好ましい範囲は4,000~20,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHである。」(4頁左上欄8行目~同頁右上欄4行目)、「炭酸ガス透過度:12,000~130,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RH 炭酸ガス透過度は、包装袋内の出す組成を適正に保ち、青果物の呼吸作用を保証すると共に炭酸ガス阻害を回避し、更には菌体の侵入・繁殖による腐敗を防止するうえでも有効な特性であり、該透過度が12,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RH未満では包装袋内の炭酸ガス濃度が高くなり過ぎて青果物の呼吸作用が阻害され、鮮度及び味覚が急速に低下してくる。一方、130,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHを超えると、包装袋内部のCO2 濃度が低くなりすぎて腐敗防止効果及び劣化抑制効果が有効に発揮されなくなる。炭酸ガス濃度のより好ましい範囲は15,000~100,000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHである。」(4頁右上欄5行目~左下欄2行目)、「以上の様な諸特性を有する複層フィルムは、夫夫の要求特性に合致し得る合成樹脂の共押出しあるいはインラインラミネート法等によって製造することができるが、前述の要求特性との関係を考慮して最も好ましい基層構成材及び表面層構成材について説明すると次の通りである。」(5頁右上欄18行目~左下欄3行目)、「このようにして得られる複層フィルムは、防曇剤を含む層が内面側となるように且つ少なくとも3方を閉じて包装袋とされるが、この袋に生理作用の激しい青果物を装入して密封した場合は、先に述べた如く該フィルムのガス透過性能だけでは青果物の激しい生理作用に伴う内部ガス組成の変化及び湿度の増大に十分対応することができず、酸欠状態となって青果物が生理作用を喪失したり、あるいは急激な温度変化があった場合は内部の水蒸気が結露して袋内に水がたまり、水腐れの原因となる。そこで本発明では包装袋内のガス組成の変化を内外の換気促進によって即座に平均化し得るよう、包装袋のフィルム面の一部もしくは全面に適当な大きさの開孔を設けることとしている。」(6頁右下欄18行目~7頁左上欄12行目)との各記載があることが認められる。

上記各記載を総合すれば、引用例1には、生理作用の激しい青果物を装入して密封した場合を除き、青果物の包装袋のフィルム素材として、水蒸気透過度が15~200g/㎡・24hr・atm・40℃、酸素透過度が3000~35000cc/㎡・24hr・atm・20℃・90%RHの諸特性を有する複層フィルムが有用であるとの技術が記載されていると認められる。そして、審決が本願発明との比較の対象(引用発明1)として引用したのが上記フィルムであることは、審決の記載自体で明らかである。

これが記載されていないとする取消事由1は採用できない。

2  取消事由2(本願発明の要旨認定の誤り)について

原告は、本願発明に係る青果物は、引用例1の「生理作用の激しい青果物」に相当するものであるとの前提で、審決は、勝手に、本願発明の対象を生理作用の激しくない青果物に限定し、これを前提に進歩性の認定判断をしている旨主張する。

しかし、本願明細書を精査しても、本願発明の適用範囲を、引用例1にいう「収穫後も激しい生理作用を営む青果物(例えば、きゅうり、えだ豆、えのきだけ、いんげん豆等)」に限定するとの記載はなく、また、本願発明の対象を「生理作用の激しい青果物」に限るべきことを示唆する記載もないから、本願発明は、引用発明1にいう生理作用の激しい青果物か否かを問わず、青果物一般に適用される発明というべきである。

本願発明と引用発明1は、同じ技術分野に属し、生理作用の激しくない青果物を対象とするという点で共通しているものであるから、審決が、引用発明1と本願発明とを比較し、これを前提に進歩性の認定判断をしたことに何ら誤りはない。

したがって、原告主張の取消事由2は採用できない。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り)について

(1)  引用例2には、審決認定のとおり、生花や野菜の包装に用いる穿孔樹脂フィルムが記載されていること、同じく、この穿孔樹脂フィルムは、孔径が50~300μmの孔が1c㎡当り50~300個(1㎡当り500,000~30,00,000個)の割合で穿孔されて通気性を有し、透湿度が1000g/㎡・24時間・1気圧以上、透気度が30秒以下であるように孔径、孔の数、孔の間隔を選択するものであることも記載されていること、ここに、透湿度は水蒸気透過率に相当し、透気度は酸素等のガスの透過性を示す指標であることは、甲第9号証から明らかであり、原告も認めるところである。

また、甲第9号証によれば、引用例2には、具体的に、「従来技術およびその問題点」の「生花や果物等の包装フィルムとしては、水分の逸散の防止と通気性の両方の相対する要求性能のバランスを考慮して水分の逸散防止を若干犠牲にして約5㎝間隔に直径4~5㎜φの円形の孔を穿った樹脂フィルムが使用されている。しかし、この穿孔フィルムは孔径が大きいので、強風下あるいは高温下においては容易に水分が逸散し、生花がしおれたり、果物がしなびたりする欠点がある。」(1頁右欄14行目~2頁左上欄2行目)との、「問題点を解決する具体的手段」の欄に、「本発明は、液防漏性と通気性を有する穿孔樹脂フィルムを提供するものであって、孔径と孔の数とを調整することにより通気性は有するが水は透過させない穿孔樹脂フィルムを提供する。」(2頁左上欄8行目~11行目)との、「穿孔」の欄に、「孔径が50ミクロン未満のものを得るのには現技術では困難であり、また、300ミクロンを超えては液防漏性をフィルムに付与させることが困難である。孔数は、前述の通気度(透気度)、透湿度を満たすように孔径に応じて決める。」(2頁右下欄4行目~9行目)との各記載がなされていることが認められる。

引用例2の上記記載には、生花や野菜の包装に用いる穿孔樹脂フィルムにおいて、何をもって所望の透湿度、透気度とするかとの技術と並んで、所望の透湿度、透気度を得るために、孔径、孔の数、孔の間隔を選択するという技術も開示されていることが明らかである。そして、引用例2の上記認定の記載から、具体的に所望のものとされている透湿度、透気度を離れて、より一般的に、所望の透湿度、透気度を得るために孔径、孔の数、孔の間隔を選択するとの技術を把握することが困難であると考えさせる資料は、本件全証拠を検討しても見出すことができない。審決が引用例2記載の技術(引用発明2)として採用しているのが、一般的なものとして把握されたこの技術であることは、審決の記載自体で明らかであり、引用例2にこれが記載されているとした審決の認定に誤りはない。

(2)  本願発明と引用発明1とで相異するのは、所望の酸素透過率(透気度)及び水蒸気透過度(透湿度)を実現するための手段となる技術のみであり、本願発明の採用した技術が引用発明2として公知である以上、両者を組み合わせることを妨げる特別な事情が認められない限り、本願発明は、引用発明1と同2とを組み合わせることにより、当業者が容易に想到し得たものということができる。

ところが、上記事情は、本件全証拠を検討しても認めることができない。

(3)ア  原告は、引用発明1のフィルム(孔を開けていないフィルム)は、引用例1において、「生理作用の激しい青果物」の場合、酸素透過率が低くて不都合であるとされているのであるから、このような不都合な物性を持つフィルムについて、わざわざ引用発明1とは異なる引用発明2の手段を用いるという動機が生じることはないと主張する。

しかし、「生理作用の激しい青果物」には不都合であっても「生理作用の激しくない青果物」にとって好ましいものであるならば、それだけでも有用性は十分であることは明らかであるから、引用発明1の有する効果を別の手段で獲得しようとの動機は生じ得る。原告の主張は採用できない。

イ  原告は、引用発明1と引用発明2は、一方がフィルムに孔を開けない技術であるのに対し、他方は孔を開ける技術であるから、両者は、この点において根本的に異なっているとの理由で、引用発明1に引用発明2を組み合わせるという動機は生じない旨主張する。

しかし、包装紙のフィルムの素材に所望の気体透過性を与えるという課題とそれを素材の特定によって実現する手段とが所与のものとして存在する場合、所望の透過性を得るための別の手段を求めようとすること自体は、当業者にとって普通のことというべきであり、そこに格別の困難があるとは認められない。そして、フィルムの素材に気体透過性を与えようとするとき、素材に孔を開けるという発想は、極く自然に出てくる範囲のものと考えられ、現に、甲第2号証によれば、本願明細書には、孔を開ける技術を採用するという発想が困難であったことを示す記載はなく、逆に、「直径が50~300μmの孔を1平方センチメートル当り50~300個有する極めて高い透水性を有するフィルムが日本特許公告62-148247号に提案されている。」(甲第2号証2頁24行目~26行目)として、フィルムに孔を開ける技術を記載した引用例2を掲げていることが認められ、甲第8号証によれば、引用例1中にも、所望の結果を得るためフィルムに孔を聞ける技術が記載されていることが認められることを考慮すると、植物資材の貯蔵用あるいは包装用に用いられる高分子フィルムの技術分野においても、所望の透過性を得るためフィルムに孔を開けること自体は、格別珍しいことではなかったと認めることができる。原告の主張は、採用することができない。

ウ  原告は、引用発明2は、フィルムに通気性を与えることを目的とし、液は通さないが空気や酸素等の有用な気体は通過させるフィルムを提供するものであり、引用発明1のように空気量を制御するという技術ではないのであるから、発明の方向性が引用発明1と正反対であるとの理由で、引用発明1に引用発明2を組み合わせるという動機は生じない旨主張する。

しかしながら、引用例2に記載されているフィルムにおいても、フィルムを通過する気体の量に着目し、それを一定範囲に制御する技術が採用されているのであり、その限度においては、引用発明1におけると相異するところはない。相異するのは、それぞれにおいて所望とされる気体通過量にすぎない。気体通過量を一定範囲に制限するかしないかの観点からみれば、両者は正反対どころか同一である。原告の主張は採用できない。

エ  原告は、本願発明と引用発明2とでは、孔数が著しく異なっていることを理由に、本願発明の当業者が引用例2を参酌して実験によって容易に想到し得るものではない旨主張する。

しかしながら、原告の主張は、引用発明1の存在を忘れた議論である。引用発明1の存在を離れて引用例2の記載のみから本願発明の孔数に想到し得たか否かを論ずる場合であるなら、引用例2に記載された孔数から本願発明のそれに達するのは困難であったとすることも可能であろう。しかし、引用発明1が存在し、そこに、実現すべき課題として所望の気体透過性が呈示されている以上、孔数の違いは、本願発明に想到することを困難にするものとはいえない。この主張も採用できない。

(4)  以上のとおりであるから、取消事由3も採用できない。

4  取消事由4(顕著な作用効果の看過)について

前述のとおり、フィルムの水蒸気透過率と酸素透過率を引用発明1のものとすることにより青果物の鮮度を良好に保持できることは、引用例1に記載されている。本願発明のフィルムは引用発明1のフィルムと同一の水蒸気透過率と酸素透過率を具えたものであるから、青果物の鮮度を良好に保持できることは、本願発明の効果として引用例1の記載から容易に予測できることである。本願発明の現実の効果がこの予測される範囲を超えることは、本件全証拠によっても認めることができない。また、自由度が高いことなど、原告の主張する他の効果は、本願発明の構成を採用することに伴う自明の効果というべきものである。結局、特許性の根拠としての顕著な効果を認めることはできない。

取消事由4も採用できない。

第6以上によれば、原告主張の審決取消事由は、いずれも理由がなく、その他、審決の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵が見当たらない。よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担、上告及び上告受理の申立てのための付加期間について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条、96条2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

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