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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)79号 判決 1998年9月22日

大阪市中央区道修町3丁目5番11号

原告

日本板硝子株式会社

代表者代表取締役

松村實

訴訟代理人弁理士

小山有

同弁護士

稲元富保

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

萩原義則

横田芳信

井上雅夫

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成7年審判第14657号事件について平成9年3月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年11月17日、発明の名称を「磁気ディスクの製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(昭和62年特許願第289778号)をしたところ、平成6年10月24日付で拒絶査定を受けたので、平成7年7月12日に審判を請求し、平成7年審判第14657号事件として審理された結果、平成9年3月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年4月2日、その謄本の送達を受けた。

2  本願発明の特許請求の範囲の記載

インライン式スパッタ法でディスク基板を対向する複数組のターゲット上を一方向に通過させながら前記ディスク基板上にCr下地膜、磁気記録膜及び保護膜を形成する磁気ディスクの製造方法であって、前記ディスク基板の搬送方向に2組配設されたCrターゲットを用いてほぼ同じ膜厚の2層膜となるように前記Cr下地膜を形成して、前記搬送方向に対して垂直な方向からみた膜断面における前記Cr下地膜の粒子構造を略直線的な柱状とすることにより、前記磁気記録膜の前記搬送方向の保磁力と前記搬送方向の垂直方向における保磁力との差を小さくしたことを特徴とする磁気ディスクの製造方法。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

別添審決書「理由」の写のとおりである。以下、特願昭62-170550号の願書に最初に添付した明細書(審決の「先願明細書」)を「引用例」という。引用例については、別紙図面2参照。

4  審決の取消事由

審決の理由1、2は認める。同3のうち、引用例記載の発明の「同一真空槽内で連続的にスパッタ形成」する方法、「磁性層」、「保護潤滑槽」がそれぞれ本願発明の「インライン式スパッタ法」、「磁性記録膜」、「保護膜」に相当することは認め、その余は争う。同4、5は争う。

審決は、本願発明と引用例記載の発明の同一性の認定判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、引用例の「Cr膜厚をそれぞれ2000ÅとしたCrバッファ層及び非磁性金属下地層」が本願発明の「ディスク基板の搬送方向に2組配設されたCrターゲットを用いてほぼ同じ膜厚の2層膜となるように形成されたCr下地膜」に相当すると認定した。しかし、Crバッファ層とCr下地膜は全く異なるものであり、審決の認定は誤りである。

(2)  下地膜は、保磁力を向上させる目的で形成されるものであり、特に、本願発明にあっては、垂直方向の保磁力と水平方向の保磁力の差を小さくすることを目的としている。これに対して、バッファ層は、基板を構成する材料中に含まれる水分やガスの悪影響を抑制することを目的として形成されるものである。

引用例記載の発明の樹脂基板は、水分やガスの含有量が多いので、バッファ層を設けることが必須であるが、水分やガスの含有量が少ないアルミ基板やガラス基板では、下地膜のみを設ける場合がほとんどであり、熱処理の温度が高い場合等、水分やガスの影響が問題となり得る場合にバッファ層が形成されるのである。

(3)  バッファ層は、基板中の水分やガスと反応して、これらが磁性層に悪影響を与えないようにするものであるから、純粋な金属Crのみから構成されるバッファ層は存在し得ない。引用例記載の発明のバッファ層も、バッファ層である以上、例えばCrOのように酸化物の形態で存在しているはずである。すなわち、引用例記載の発明のCrバッファ層は、樹脂基板の表面にインライン式スパッタ法により形成される最初の膜であるので、樹脂基板中の水分や酸素と結合し、Cr酸化物等となり、下地膜としての作用を発揮し得るような構造にはならない。

このことは、「IEEE Transactions on Magnetics VOL. MAG-22 No.5 SEPTEMBER 1986」(以下「甲第4号証刊行物」という。)と引用例の第2図とを比較することによっても明らかである。すなわち、甲第4号証刊行物には、Cr下地層の膜厚が厚くなると、それにつれて保磁力が高くなることが記載されているが、引用例の第2図においては、バッファ層の膜厚が約500Åを超えると保磁力は900(Oe)で一定になってしまい、これ以上向上しない。これは、引用例記載の発明のバッファ層は、純Crから構成されておらず、CrO等から構成されていることの証左である。

引用例には、「Crバッファ層」と記載されているが、これは、Crターゲットを用いて形成したバッファ層という意味であり、決して形成後のバッファ層が純Crから構成されているという意味ではない。

被告は、本願発明の基板は樹脂基板をも含むから、アルミ基板やガラス基板を用いた本願発明の実施例との相違を論じる原告の主張は失当であると主張する。しかし、樹脂基板に本願発明を適用する場合には、樹脂基板上にまずバッファ層を形成し、その上に柱状の粒子構造を持つCr下地膜を2層膜となるように成形することになる。本願明細書に「バッファ層」についての記載がないのは、本出願当時、原告が、樹脂基板についての本願発明の適用を予定していなかったからである。

(4)  審決は、引用例記載の発明のバッファ層が純Crから構成されているという前提で、インライン式スパッタ法によりCr膜を形成している点等から、引用例記載の発明のバッファ層が直線的な柱状構造となるはずであると認定判断した。しかし、引用例記載の発明の樹脂基板の表面に形成される層はバッファ層である以上、CrO等から構成されており、その結晶構造は柱状の結晶構造にはならない。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。審決の認定判断に誤りはない。

2  被告の主張

(1)  引用例記載の発明のCrバッファ層は、磁性層と基板との間に設けられており、磁性層の下地をCrからなる非磁性金属下地層とともに構成しているから、構成上「Cr下地膜」と解することに誤りはない。

(2)  原告は、本願発明の下地膜と引用例記載の発明のバッファ層とは、目的が異なると主張する。しかし、発明の目的は、主観的な課題の把握の相違にすぎず、両者の構成が同じである以上、実質的な差異ではない。

(3)  原告は、引用例記載の発明のバッファ層は、純Crから構成されておらず、CrO等の酸化物の形態で構成されていると主張する。しかし、本願明細書にも、Cr下地膜が純粋な金属Crであるという限定はない。また、引用例記載の発明のCrバッファ層がCrO等の酸化物の形態でのみ存在していることも、引用例に明示されていない。

原告は、甲第4号証刊行物と引用例の第2図の記載を引用例記載の発明のバッファ層がCrO等の酸化物の形態であることの根拠とする。しかし、甲第4号証刊行物は、スパッタ法で1層のCr下地膜を形成したものを対象としており、本願発明及び引用例のようにインライン式スパッタ法で2層のCr下地膜を形成したものを対象としたものではないから、基本的な実験条件が異なっており、原告主張の根拠とはならない。

原告は、引用例に樹脂基板を用いた実施例が記載されていることから、これとアルミ基板やガラス基板を用いた本願発明の実施例とを比較して、その相違について主張する。しかし、本願発明の基板は、樹脂基板をも含むものであるから、原告の主張は、本願特許請求の範囲の記載に基づくものではなく、失当である。

したがって、原告の主張は理由がない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

第2  本願発明の概要

甲第2号証の1中の本願明細書及び同号証の3(平成7年7月12日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。

1  本願発明は、インライン型スパッタ法により下地膜、磁気記録膜及び保護膜を形成する磁気ディスクの製造方法に関する。(本願明細書1頁12行ないし14行)

従来の磁気ディスクの製造方法にあっては、製造された磁気ディスクの膜断面は、第4図及び第5図に示すような粒構成となっていた。すなわち、第4図に示すように、ディスク基板の搬送方向(矢印A参照)に対して垂直な方向から見た断面では、Cr膜9のCr粒子9A及びCoNiCr膜10のCoNiCr粒子10Aは、弓状にそれぞれ湾曲した形状となっているが、これに対して、第5図に示すようにディスク基板の搬送方向(矢印B参照)から見た断面では、Cr膜9のCr粒子9B及びCoNiCr膜10のCoNiCr粒子10Bは、柱状の形状となっている。このように、Cr粒子9A、9B及びCoNiCr粒子10A、10Bのそれぞれの形状がディスク基板の搬送方向とその垂直方向において異なるため、磁気異方性が大きくなる。その結果、保磁力Hcは、ディスク基板の搬送方向とその垂直方向においてその差(△Hc)が大きくなり、再生時には再生出力が変動し、モジュレーションやノイズが大きくなるという問題点があった。(同3頁2行ないし4頁2行)

本願発明は、このような従来の問題点に鑑みてなされたものであって、少なくとも下地膜を形成するためのターゲットを複数組設けて多層となるように下地膜を形成することにより、粒子形状を柱状に近づくように変えて磁気特性の改善を図った磁気ディスクの製造方法を提供することを目的とする。(同4頁4行ないし10行)

2  本願発明は、本願特許請求の範囲1の項記載の構成を備える。(上記手続補正書2頁2行ないし10行)

3  本願発明によれば、少なくとも複数組のターゲットを設けて下地膜となるCr膜を複数組に分割するようにしたため、その粒構成を柱形状に近づけることができる。このため、磁気異方性は小さくなり、保磁力はディスク基板の搬送方向とのその垂直方向においてその差が小さくなり、再生時の再生出力の変動が小さくなる。その結果、モジュレーションやノイズを充分抑制することができる。(本願明細書10頁13行ないし11頁1行)

第3  審決の取消事由について判断する。

1  引用例に、「基板上にCrバッファ層、非磁性金属下地層、磁性層および保護潤滑層をこの順に連続的にスパッタ形成してなることを特徴とする磁気記録媒体。」(特許請求の範囲第1項)に関する発明が記載され、磁気記録媒体について、「本発明は磁気記録装置に用いられる磁気ディスクなどの磁気記録媒体に関する。」(引用例に係る特許出願公開公報である特開昭64-14715号公報(以下「引用例公報」という。)1頁左下欄19行ないし20行)、実施例として、「この記録媒体はまず基板材料にポリエーテルイミド樹脂の商品名ウルテム1200を用い、所定の表面精度をもった金型により成形して基板1aを作製し、この基板1a上にバッフア層6のCr、非磁性金属下地層3のCrを2000Å、磁性層4のCo-30at%Ni-7.5at%Cr合金を500Å、保護潤滑層5のカーボンを500Å同一真空槽内で連続的にスパッタ形成したものであるが、本発明に係るバッファ層6の膜厚についてはその効果を確かめるためにバッファ層を設けないものから2000Åまで変化させた。」(引用例公報2頁右下欄14行ないし3頁左上欄4行、第1、第2図参照)ことが記載されていることは、当事者間に争いがない。

以上の事実によれば、引用例記載の発明は、基板と磁性層との間に、ほぼ同じ膜厚のCrバッファ層とCrからなる非磁性下地層が形成され、上記Crバッファ層は、磁性層の下地をCrからなる非磁性下地層とともに構成していることが認められる。そうすると、上記Crバッファ層は、Cr下地膜ということができる。

2(1)  もっとも、原告は、下地膜は、保磁力を向上させる目的で形成されるものであるのに対して、バッファ層は、基板を構成する材料中に含まれる水分やガスの悪影響を抑制することを目的として形成されるものであるから、両者は異なると主張する。

しかし、本願特許請求の範囲には、「下地膜」と記載されているところ、同記載のごく一般的な解釈は、下地となっている膜といった意味であり、本願明細書には、それ以上に、これを限定するような記載はない。そうすると、本願特許請求の範囲中の「下地膜」の文言は、その有する普通の意味で使用されているものと解すべきであって、これを、バッファの目的ないし機能を有しているものを除いたものに限定して理解すべき必然性はないものといわざるをえない。

甲第11号証によれば、特開平3-73419号公報(以下「甲第11号証刊行物」という。)には、「非磁性支持体と保護層との間に磁性膜が介在した磁気記録媒体において・・・非磁性支持体の前記低融点物質が形成された面と前記磁性層との間に酸素トラップ層と磁性膜下地層が設けられていることを特徴とする磁気記録媒体」(1頁右下欄8行ないし15行)との記載があることが認められるけれども、上記事実をもってしても、一般に、「下地層」なる語が、酸素トラップ層ないしバッファ層の機能をもつものを除外したものを意味するものと認めることはできない。

したがって、原告の主張は、採用することができない。

(2)  また、原告は、甲第4号証刊行物に、Cr下地層の膜厚が厚くなると、それにつれて保磁力が高くなることが記載されていることを根拠として、Cr下地膜というためには、膜厚が厚くなればなるほど保持力も高くなるものでなければならない旨主張するものと解される。しかし、甲第4号証によれば、上記記載は、1層のCr下地層の上にCoフィルム、Co-20at%Niフィルム、Co-30at%Ni-7.5%Crフィルムを形成したという特定のものについての記述であることが認められ、上記事実に照らせば、甲第4号証刊行物の上記記載をもって、「Cr下地膜」が、膜厚が厚くなればなるほど保磁力も高くなるもののみに限定されていると認めることはできない。

したがって、原告の上記主張も理由がない。

3(1)  原告は、引用例記載の発明のCrバッファ層は、樹脂基板の表面にインライン式スパッタ法により形成される最初の膜であるので、樹脂基板中の水分や酸素と結合し、Cr酸化物等となり、下地膜としての作用を発揮し得るような構造にはならないと主張する。しかし、甲第2号証の1・3によれば、本願発明の基板の材料については、何らの限定もなく、したがって、樹脂基板も含まれることが認められる。そして、樹脂基板を材料として本願発明の下地膜を形成した場合には、その最下層の下地膜は、樹脂基板の表面にインライン式スパッタ法により形成される最初の膜であるから、やはり、樹脂基板中の水分や酸素と結合し、引用例記載の発明のCrバッファ層と同程度にCr酸化物等が含まれることになることは明らかである。したがって、引用例記載の発明のCrバッファ層にCr酸化物等が含まれているとしても、そのことをもって、上記Crバッファ層が、本願発明のCr下地膜に該当しないということはできない。

(2)  この点に関して、原告は、樹脂基板に本願発明を適用する場合には、樹脂基板上にまずバッファ層を形成し、その上にCr下地膜を2層膜となるように成形することになると主張する。しかし、甲第2号証の1・3によれば、本願明細書には、上記の点についての記載も示唆もないことが認められ、右事実に照らせば、原告の主張は採用することができない。

(3)  かえって、甲第11号証によれば、甲第11号証刊行物の酸素トラップ層は、ガラス基板を材料とした場合にも設けられて、基板からの酸素の上昇を防止していることが認められ、上記事実によれば、ガラス基板を材料として本解発明の下地膜を形成した場合には、最下層のCr下地膜も、基板を構成する材料中に含まれる酸素の上昇を防止するトラップ層ないしバッファ層の機能をも果たし、その結果、Cr酸化物が含まれることとなることが窺われるところである。

4  前記1の認定のとおり、引用例記載の発明のCrバッファ層においても、本願発明と同様にインライン式スパッタ法により、2層のCr膜を形成しており、かつ、Cr膜がほぼ同じ厚さの2層膜となっている以上、ディスク基板の搬送方向に対して垂直な方向からみた膜断面における粒子構造は、略直線的な柱状となっているものと認められる。そして、引用例記載の発明は、Crバッファ層及び非磁性金属下地層がいずれも、ディスク基板の搬送方向に対して垂直な方向からみた膜断面における粒子構造が、略直線的な柱状となっていることにより、磁気記録膜の搬送方向の保磁力と搬送方向の垂直方向における保磁力との差は小さくされているものと認められる。

もっとも、原告は、引用例記載の発明の樹脂基板の表面に形成される層はバッファ層である以上、CrO等から構成されそおり、その結晶構造は柱状の結晶構造にはならないと主張する。しかし、甲第5、第6号証によれば、インライン式スパッタ法により樹脂基板表面にCr層を形成したものの断面構造は、ガラス基板表面にCr層を形成したものの断面構造とは柱状の程度に違いがあることは認められるものの、やはり柱状といい得る形状になっていることが認められるから、原告の主張は採用することができない。

5  以上のとおり、本願発明は引用例記載の発明と同一であるとした審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張の違法はない。

第4  よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日・平成10年9月8日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)

別紙図面1

<省略>

別紙図面2

<省略>

理由

1. 手続の経緯、発明の要旨

本願は、昭和62年11月17日の出願であって、その発明の要旨は、前審で出願公告(特公平4-50652号)された後の、平成7年7月12日付け手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。

「インライン式スパッタ法でディスク基板を対向する複数組のターゲット上を一方向に通過させながら前記ディスク基板上にCr下地膜、磁気記録膜及び保護膜を形成する磁気ディスクの製造方法であって、前記ディスク基板の搬送方向に2組配設されたCrターゲットを用いてほぼ同じ膜厚の2層膜となるように前記Cr下地膜を形成して、前記搬送方向に対して垂直な方向からみた膜断面における前記Cr下地膜の粒子構造を略直線的な柱状とすることにより、前記磁気記録膜の前記搬送方向の保磁力と前記搬送方向の垂直方向における保磁力との差を小さくしたことを特徴とする磁気ディスクの製造方法。」

2. 引用例

これに対して、前審における特許異議中立人であるホーヤ株式会社が甲第3号証として提出した、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭62-170550号(特開昭64-14715号公報参照)の願書に最初に添付した明細書(以下、「先願明細書」という。)には、「基板上にCrバツフア層、非磁性金属下地層、磁性層および保護潤滑層をこの順に連続的にスパツタ形成してなることを特徴とする磁気記録媒体。」(特許請求の範囲第1項)に関する発明が記載されており、さらに、磁気記録媒体について「本発明は磁気記録装置に用いられる磁気デイスクなどの磁気記録媒体に関する。」(特開昭64-14715号公報の第1頁左下欄第19~20行参照)こと、実施例として「この記録媒体はまず基板材料にポリエーテルイミド樹脂の商品名ウルテム1200を用い、所定の表面精度をもつた金型により成形して基板1aを作製し、この基板1a上にバツフア層6のCr、非磁性金属下地層3のCrを2000Å、磁性層4のCo-30at%Ni-7.5at%Cr合金を500Å、保護潤滑層5のカーボンを500Å同一真空槽内で連続的にスパツタ形成したものであるが、本発明に係るバツフア層6の膜厚についてはその効果を確かめるためにバツフア層6を設けないものから2000Åまで変化させた。」(特開昭64-14715号公報の第2頁右下欄第14行~第3頁左上欄第4行、第1図、第2図参照)ことが記載されている。

3. 対比

本願発明(以下、「前者」という。)と先願明細書に記載された発明(以下、「後者」という。)とを比較すると、後者の「同一真空槽内で連続的にスパツタ形成」する方法、「Cr膜厚をそれぞれ2000ÅとしたCrバツフア層及び非磁性金属下地層」、「磁性層」、「保護潤滑層」は、それぞれ、前者の「インライン式スパッタ法」、「ディスク基板の搬送方向に2組配設されたCrターゲットを用いてほぼ同じ膜厚の2層膜となるように形成されたCr下地膜」、「磁性記録膜」、「保護膜」に相当することは明らかであるので、両者は「インライン式スパッタ法でディスク基板を対向する複数組のターゲット上を一方向に通過させながら前記ディスク基板上にCr下地膜、磁気記録膜及び保護膜を形成する磁気ディスクの製造方法であって、前記ディスク基板の搬送方向に2組配設されたCrターゲットを用いてほぼ同じ膜厚の2層膜となるように前記Cr下地膜を形成したことを特徴とする磁気ディスクの製造方法。」である点で一致し、Cr下地膜の粒子構造が、前者では、ディスク基板の搬送方向に対して垂直な方向からみた膜断面における前記Cr下地膜の粒子構造を略直線的な柱状とすることにより、前記磁気記録膜の前記搬送方向の保磁力と前記搬送方向の垂直方向における保磁力との差を小さくしたものであるのに対し、後者ではこのような規定がなされていない点において両者は一応相違している。

4. 当審の判断

上記相違点について検討する。先願明細書には、前者において規定されたようなCr下地膜の粒子構造は記載ないし示唆されていないものの、<1>インライン式スパッタ法によりCr膜を形成している点及び<2>Cr膜がほぼ同じ膜厚の2層膜となっている点において、両者には差異はなく、しかも、本願明細書の「本発明では、少なくとも下地膜を形成するためのターゲーットを複数組設けて下地膜が多層となるように形成したため、ディスク基板の搬送方向に対して垂直となる方向からみた断面において、下地膜を構成する粒構成が柱状に近づく。したがって、磁気異方性が小さくなり、ディスク基板の搬送方向とその垂直方向において保磁力Hcはその差が小さくなる。」(第4頁第18行~第5頁第5行)との記載からみて、上記<1>び<2>の点を満たせば前者において規定されたようなCr下地膜の粒子構造となることは明らかであるから、後者におけるCr下地膜の粒子構造が、前者のものと相違するとはいえない。

したがって、上記相違点により、両者の間に、実質的な差異が生じるものとは認められない。

5. むすび

以上のとおりであるから、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法第29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

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