東京高等裁判所 昭和18年(ネ)130号 判決
被控訴人の昭和二十八年七月九日附書面による口頭弁論期日指定申立後の訴訟費用は、被控訴人の負担とする。
二、事 実
被控訴代理人は、右主文掲記の書面を以て、本件訴訟につき、口頭弁論期日の指定を求める旨申立て、その事由として、被控訴人は、本件訴訟につき、原審に於て勝訴の判決を受けたので、建物収去による土地明渡を求めることを決意して、和解に応ずる意思はなかつたところ、本件記録によると、被控訴代理人板倉初太郎は、昭和二十七年三月八日の当審口頭弁論に於て、控訴代理人秋草愛一との間に、裁判上の和解をした旨の口頭弁論調書が作成されて居る。しかしながら、被控訴人は板倉初太郎に和解の権限を与えたことは絶対になく、このことは右和解成立後当裁判所から被控訴人に対し委任状の提出を催告した事実によつても明白である。従つて、右和解は無効であるから、本件訴訟の審理を受ける為め、本件期日指定の申立に及んだと述べ、控訴人の末尾添附の準備書面記載の事実を認めた。<立証省略>
控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、
(一) 被控訴人の代理人として、本件の和解をした弁護士板倉初太郎は、焼失前の記録に、被控訴人から和解の権限のある委任状を提出したもので、同弁護士は本件和解締結について適法な代理権を有していた。
(二) 被控訴人は、記録焼失後の口頭弁論及び和解期日に数回出席して、板倉弁護士の代理権を承認して居る。
(三) 被控訴人は、控訴人に対し、和解が適法に成立したことを前提として、和解の履行を求めて来た事実がある。
と述べ、尚末尾添附の準備書面記載のとおり陳述した。<立証省略>
当裁判所は、弁論を本訴が終了したかどうかの点に制限した。
三、理 由
本件記録によれば当審の昭和二十七年三月八日の本件口頭弁論に於て、控訴代理人秋草愛一と被控訴代理人板倉初太郎との間に、次の和解条項の下に、和解が成立した旨の口頭弁論調書が作成されて居る。
和解条項
一 控訴人は被控訴人に対し従来賃借中の被控訴人所有の土地横浜市鶴見区生麦町字貝助九百四十七番の三、同所九百四十七番の四、同所九百四十五番の一、同所九百五十六番にまたがる計百八十七坪の内三十坪を返地すること。但し本件賃借の範囲及び返還すべき土地の部分は別紙図面赤線の範囲通りのこと。
二 被控訴人は控訴人に対し前項返地部分を除きたる百五十七坪を左記条件を以つて引続き賃貸すること。
(一) 賃料は公定価格による(昭和二十六年十月改正)ものとし一カ月坪当り金二円九十九銭とする。
賃料は被控訴人において振替口座を設け控訴人において毎月末日限り右口座に払込むこと。
(二) 期間は和解成立の日より向う二十カ年とする。
三 控訴人において前項賃料の支払を三カ月以上滞つた場合は、控訴人は被控訴人より本件賃貸借契約を解除せらるるも異議なきこと。
四 控訴人は被控訴人に対し左記延滞賃料を昭和二十七年四月十日迄に支払うこと。
左記
(一) 金五十円也 昭和十三年度下半期
(二) 金九百七十五円也
昭和十四年一月一日より昭和二十三年九月末日迄(一カ年金百円の割)
(三) 金九百十九円四十六銭也
昭和二十三年十月一日より昭和二十四年五月末日迄を八カ月間(公定賃料一カ年一坪八円二十六銭の割)
(四) 金五千五百十円二十銭也
昭和二十四年六月一日より昭和二十六年九月末日迄(一カ月一坪一円二十三銭の割)
(五) 金二千八百七十円也
昭和二十六年十月一日より昭和二十七年三月末日迄(一カ月一坪二円九十九銭の割)
合計金一万三百二十四円六十六銭也
五 被控訴人は本訴その余の請求を放棄すること。
六 訴訟費用は各自弁のこと。
以上
(但し、別紙図面は省略する)
しかしながら、被控訴人は、板倉初太郎に和解締結についての代理権を与えてなかつたから、本件和解は無効であると主張するから判断するに、記録(第四十七丁参照)によれば、本件記録は昭和二十年三月十日の空襲により庁舎罹災の際焼失したこと、双方代理人(控訴代理人秋草愛一、被控訴代理人板倉初太郎)は、昭和二十二年一月二十五日の当審口頭弁論に於て相互に当審に於ける各委任状の提出のあつたことを承認したことは、明白である。
而して、控訴人提出の末尾添附の準備書面記載の事実は被控訴人の認めるところであり、又本件和解条項第四項によれば、控訴人は被控訴人に対し昭和二十七年四月十日迄に延滞賃料合計金一万三百二十四円六十六銭を支払うべきことに定めてあり、第二項によれば、昭和二十七年四月以後の賃料は一坪につき一カ月金二円九十九銭の定めであることは、前記和解条項により明かであるところ、
(一) 成立に争のない新乙第一号証の一、二によれば、控訴代理人秋草愛一は昭和二十七年四月十日右一万三百六十六円を小為替で被控訴代理人板倉初太郎へ送金した事実が、
(二) 成立に争のない新乙第二号証、新乙第四号証によれば、被控訴人は昭和二十八年一月十八日と同年二月二十八日の両度に亘り、右一万三百六十六円が板倉初太郎から被控訴人へ手渡しされなかつた為め、控訴代理人秋草愛一に対し、これが送金の有無の問合せ並に履行の催告をした事実が、
(三) 又成立に争のない新乙第三号証によれば、被控訴人は昭和二十八年一月二十日控訴代理人秋草愛一に対し、和解条項による昭和二十七年四月から同年十二月迄の地代支払の履行を催告した事実が夫々存在することが認められる。
そして、以上の各事実を綜合して考えれば、被控訴人は本件和解成立以前から本件和解条項の内容を略々知悉して居て本件和解契約が締結されることに異存がなく、又和解成立後もこれを承認していたものと認められるから、弁護士板倉初太郎に対し和解の権限をも含めて訴訟代理を委任し、焼失前の被控訴人から同弁護士に対する委任状にはその旨の記載があつたものと認めるのを相当とする。
尤も、成立に争のない新甲第一号証によれば、当裁判所から昭和二十七年六月十三日被控訴人に対して、板倉弁護士に対する訴訟の委任状の提出を求めたことは認められるが、以上の事実からすれば、当裁判所の書記課に於て、記録の整理上、委任状の存在する方が形式上完備すると考えた結果に基くものであることが認められ、毫も法律上はその必要がなかつたものと考えられるから、同事実は何等前記認定を覆し難い。
然らば、本件和解は、弁護士板倉初太郎に於て、適法に被控訴人を代理する権限に基いて締結したもので、これを無効とする何等の原因も存在しないから本件訴訟は右和解によつて終了したことは明かである。
よつて、右と異なる見解の下に、本件和解が無効であるとの前提でなされた本件期日指定の申立はその理由がない。
されば、当裁判所は、本訴が和解成立の結果終了した旨の終局判決をなすべきものとし、尚期日指定申立後の訴訟費用につき民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺葆 牛山要 野本泰)
準備書面(控訴人)
一、被控訴人は昭和二十八年七月九日付で本件につき、昭和二十七年三月八日成立したる和解は被控訴代理人板倉初太郎氏に和解の権限が与えてなかつたから無効であると申立たけれども、板倉弁護士は第一審以来被控訴人の訴訟代理人であつて本件控訴の当初に於て訴訟委任状が記録に添付されてあつたのであるが、戦災のため記録が焼失したので記録に添付されてないけれども、其の後引続き同弁護士に於て代理人として訴訟を担当し来り、本件和解の場合も十数回に亘り当事者双方折衝し、其の際被控訴本人も板倉弁護士と同伴出頭したることも数回に及んでいる。其の間何等訴訟委任については異議を述べなかつたのである。
本件の各和解の条項についても被控訴人は板倉弁護士と同行出頭の際、主要なる条項は本人も諒解の上決定し、項目の整理、文案等について同弁護士に一任して和解調書作成の時は被控訴人本人は列席しなかつたけれども、本件和解の条項については充分諒解して居つた筈である。
和解調書作成の際裁判所に於て念の為め和解の委任状を双方当事者から出してもらうようにと云う希望があつたのであるけれども、それは唯希望として述べられたので必ずしも必要はなかつたのである。
二、本件和解後被控訴本人は和解条項に基き控訴人より被控訴人に支払う可き地代(和解条項協定に基く)を控訴人に請求し、又板倉弁護士にも請求しておつたと云うことである。
従つて本件和解は被控訴人に於て認諾しておつたものと云わざるを得ない。
以上