東京高等裁判所 昭和19年(オ)704号 判決 1948年7月12日
上告人
片山雅雄
被上告人
吉田正雄
外一名
主文
原審決を破毀して、本件を特許標準局に差戻す。
理由
上告理由第二点は「原審決は実用新案法に所謂『公知公用』の解釈を誤りたる違法あり。
原審決は其『審決の理由』後段において『然るに中空卵形の外周に透孔を点設したる助燃器が昭和十二年頃既に公知に属したることは証人高橋芳吉の供述に徴し之を認むるに十分なり本件実用新案は右公知の助燃器を木節、粘土、硅石、「カリオン」等の耐火性資料を以つて作成したるものなりと雖も斯くの如きは極めて当然のことに属するが故に結局本件実用新案の助燃器の構造はその登録出願前公知に属したるものと謂うべく従つて本件登録実用新案は実用新案法第三条第一号に該当しその登録は同法第一条の規定に違反して為されたるものにして同法第十六条第一項第一号の規定により之を無効と為すべきものとす』と判定したり然れども証人高橋芳吉の供述を以てしては本件登録実用新案の中空助燃器がその『登録出願前帝国内において公然知られ若しくは公然用いられたるもの』(実用新案法第三条一号)と謂うを得ざるなり即ち高橋証人の供述を検するに『その頃吉田正雄はその卵形助燃器を作つて持つてきたので証人は自分の家でそれを見ました吉田正雄は証人が預つた子供ですが当時彼は赤い土や黒い土を混ぜ合せて何か作つていました』……『吉田正雄はそんな事をして自分の家で二、三回は作つたようですが証人はよく外に働きに出て家を明けたから実際作つている所を見ませんでした』……『作つたものは売つたと聞いていますが何処へどうして売つたか知りません、それは何にするものかと尋ねたところが木炭の代用になるものだと言つていました』……『吉田正雄が作つた助燃器の数量は当時大体十箇位でした十箇位づつ二、三回作りました』……『証人は吉田正雄が中空助燃器を作つてる最中は見たことがありません、作つて置いてあるのを見ました』と証言せるものにして斯かる瞹昧なる供述即ち「作つて居る所を見ぬ」といい「製品は売つたとの事を聞いた」といい自身見たのに非ず又個数は最初「十箇位」といい誘導訊問により「十箇位ずつ二、三回作りました」というが如き到底本件登録実用新案中空助燃器が公知公用なりしというを得ざるなり、元来『実用新案法第三条第一項に所謂公然知られたるもの即ち所謂公知とは多数人が公然知り又は知り得べき状態にありたることを指称するものなるを以つて工業的考案が公知なりや否やは当該案件に付事実承審官の具体的に判断すべき事実認定の問題に属し事実に即せずして抽象的にこれを判決すべきものにあらざること勿論』(昭和十六年(オ)第一、一五〇号昭和十七年五月十八日判決)にして前記の如き供述事実を以つてしては未だ以つて公知公用の域に達するものというを得ざるなり、殊に証人高橋は被上告人吉田正雄の幼時よりの育て親(俗に養父と呼ぶ)にして同居し(昭和十八年審判第一六四号の乙第一号証寄留簿抄本参照)家族として生活し居りたる者に係り家族の一員の行為を他の家族が了知したればとて斯かる事実を以つて実用新案法に所謂公知というを得ざるなり(昭和三年(オ)第四五八号同年九月十一日判決参照)殊に高橋証人の供述は頗る瞹昧にして審判長の問に対し前後矛盾し収拾し得ざる情況なりき(其の供述が全然虚偽なることは第一点に詳述せり)従つて審判廷の空気にては到底証言は採用するに由なきものと領せられたるなり然るに突如原審は右高橋証人の供述を唯一の証拠として判定を下したり要之原審決は実用新案法を誤解したるか或は審理不尽、理由不備の違法あるものなり」というのである。
原審は、本件登録実用新案の助燃器が、中空卵形の外囲に透孔を点設した構造を有するものであるとし、かような構造を有する助燃器が本件実用新案登録出願前である昭和十二頃既に公知に属していたことは証人高橋芳吉の証言に徴してこれを認めることができると判示した。しかし実用新案法第三条第一号で「公然知られ」とあるのは、必ずしも不特定多数人に認識されたことを要するものでないとしても、少くとも不特定多数人が認識できる状態に置かれたことを必要とするものと解しなければならない。しかるに、原審が採用した証人高橋芳吉の証言の要旨は「証人は中空助燃器を知つています、卵形のもので穴が明いていました、それは何で作つたのか分りませんでしたが、何か混ぜ合せて作つてあつたということが分りました、それを見ましたのは確か昭和十二年のお盆過ぎでしたから昭和十二年八月頃だと思います」とある外、論旨に引用してある通りであつて、同証人の証言によつても、同人が自分が預つた子である吉田正雄が昭和十二年八月頃家の内で中空卵形のもので穴が明いている助燃器を作つて持つていたのを見たというに過ぎないのであつて、かような家族同様の者が家内で中空助燃器を製作所持していたのを目撃したからといつてそれだけで、右助燃器が当時不特定多数人によつて認識せられ得る状態に置かれたものということができないのは勿論である。尤も同証人は吉田正雄が右助燃器を他に販売したことにも言及しているが,その供述の内容は「その後吉田正雄は証人の家で作りませんでした、作つたものは売つたと聞いていますが、何処へどうして売つたか知りません」という甚だあいまいなものであつて、かような供述内容の程度では、右助燃器が不特定多数人が知り得るような取引状態に置かれたかどうか不明であるといわなければならない。その他同証人の証言内容を精査しても、右助燃器について、如上の状態が生じたものと認定するに足りる資料を発見することができない。果して然らば、原審が証人高橋芳吉の証言だけで、本件登録実用新案の助燃器と同一又は類似の構造を有するものが、その登録出願前既に公知であつたと判示したことは、実用新案法の適用を誤つたか又は証拠によらないで事実を認定し、これに基いて判断したか、いずれかの違法があるものとせられても致し方がない。論旨は理由がある。
原審判決は既に右の点で破毀を免れないから、他の論旨に対する判断を省略して、実用新案法第二十六条、特許法第百十五条、民事訴訟法第四百七条によつて主文の通り判決する。