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東京高等裁判所 昭和23年(ネ)239号 判決 1949年10月31日

控訴人 申請人 松本辰次郎 外二名

訴訟代理人 林徹

被控訴人 被申請人 株式会社小田原魚市場 外二名

訴訟代理人 岩田宙造 外三名

主文

本件控訴は何れもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す。被控訴人等は各自神奈川県足柄下郡片浦村米神地先別紙定置漁業図記載の漁場において、漁業時期毎年六月一日より十二月十五日迄の間控訴人等の右漁場使用の妨害となるべき漁網の張立、海浜の使用その他一切の行為を為し、又は第三者をして為さしめてはならない。執行吏は右仮処分決定を明確にする為適当な公示方法を為すべし。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の供述は控訴代理人に於て漁業権等臨時措置法第五条により漁業権の貸付契約は正当の事情ある場合を除き、その解除若くは解約をし又は更新を拒み得ないものと定められた結果、控訴人の賃借した漁業権は賃借期間たる昭和二十四年十二月十五日を以て終了せず将来も尚継続するに至つたものである。尚米神漁業協同組合は民法上の組合であつて、その組合員は何れも米神漁業会の会員であると述べ、後記の被控訴代理人主張事実を認め、抗弁撤回に異議がないと述べ、被控訴代理人に於て被控訴人小田原水産興業株式会社は昭和二十四年一月十八日その商号を株式会社小田原魚市場と変更した。被控訴人小田原水産興業株式会社即ち株式会社小田原魚市場と米神漁業会間の横浜地方裁判所小田原支部昭和二十三年(ワ)第一八号漁業権賃借権確認訴訟事件に付、米神漁業会は同支部にて昭和二十三年三月八日敗訴の判決を受け、東京高等裁判所に控訴したが同年七月二十四日控訴を取下げた。尚右訴訟事件終了する迄の間暫定協定があつた旨の抗弁はこれを撤回すると述べ、控訴代理人主張の米神漁業協同組合は民法上の組合であり、その組合員はいずれも米神漁業会の会員であることを認めると述べた外は原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。<疏明省略>

理由

本件漁業権は米神漁業会の有する所であるが、被控訴人株式会社小田原魚市場(以下被控訴会社という)が昭和二十年六月一日これを右漁業会より同日以降昭和二十四年十二月十五日に至る五漁期間賃借し、即日賃貸人たる漁業会の承諾を得てこれを被控訴人相海漁業経営組合(民法上の組合)と訴外米神共栄組合(民法上の組合)に転貸し、両組合は更に被控訴人米神秋網経営組合(民法上の組合)を組織し、同被控訴人にて漁業を経営し来つたことは、当事者間に争のないところである。而して当審証人鈴木勘右衛門の証言により成立を認め得る甲第一号証同第二号証の一、同第三号証(公文書の部分は成立に争がない)、同第九号証の三及び四、同第二十一号証の二、原審証人鈴木信吉、原審及び当審証人鈴木勘右衛門の各証言を綜合すれば、米神漁業会の会員の多数は終戦後、右漁業権により漁業を自営したい意向であつたが、前記の如く既にこれを被控訴会社に賃貸していたので、これが対策として昭和二十二年四月二十二日右漁業会は総会を開いて被控訴会社に対し右賃貸借契約解約の申入をなすこと及び米神漁業会の会員を以て米神漁業協同組合を組織し、これに右の漁業権を賃貸することを決議し、これによつて実質上米神漁業会に於て右漁業権による漁業を自営すると同様の目的を達せんと図つたこと、翌二十三日右漁業会は被控訴会社に対し漁業権賃貸借契約解除の意思表示をしたこと(この解除の意思表示ありしことは当事者間に争がない)、次いで同年同月二十七日右漁業会の会員は米神漁業協同組合(民法上の組合)を組織し、控訴人三名をその業務執行者と定め、同日控訴人三名と右漁業会との間にて、控訴人等が右漁業会より右漁業権を存続期間昭和二十二年六月一日より同二十四年十二月十五日迄、賃料金一万千百円賃借権の譲渡転貸を為し得る旨の特約付の賃貸借契約書を作成したこと、その後神奈川県庁に対し右漁業権賃借権の登録申請手続を為し、昭和二十三年四月五日その免許漁業原簿に登録の為されたことを認め得る。而して被控訴会社は右の如く米神漁業会より解約の意思表示を受くるや、同漁業会を被告として横浜地方裁判所小田原支部に漁業権賃借権確認の訴(昭和二十二年(ワ)第十八号)を提起して昭和二十三年三月八日勝訴の判決を得、右漁業会はこれに対し東京高等裁判所に控訴したが同年七月二十四日控訴を取下げたことは当事者間に争のないところである。

凡そ漁業権は物権と看做されて土地に関する規定がこれに準用される結果、その賃貸借は民法の規定中不動産の賃貸借に関する規定に従うこととなり、従つて漁業権の賃貸借を免許官庁に登録したときは、不動産の賃借権が登記された場合と同様の効力を生ずるのである。従つて右の如く控訴人等に於て米神漁業会との間に本件漁業権に関する賃貸借契約書を作成し、その賃貸借契約を神奈川県庁の免許漁業原簿に登録した以上、一見控訴人等の賃借権は爾後被控訴人等に対しても効力を生ずるものと考えられるのである。しかし前記認定の如く米神漁業協同組合は米神漁業会の総会の決議に基いて組織され、その組合員は総て米神漁業会の会員より成り、然も米神漁業協同組合の目的とするところは、正に米神漁業会の意図して自ら為し得ざるところを、これに代つて実行せんとするものに外ならない。換言すれば米神漁業協同組合なるものは、その背後に存在する米神漁業会の傀儡であり、藁人形たるに過ぎず、単に外部に対する関係に於て別個の存在の如く見えるものに止る。而して近時機関の観念を従来に於けるよりも広義に解し、一の団体が他の団体に対し全く従属の関係に立ち、その道具又は手段として用ひらるるときは、その支配団体と従属団体との間に機関関係ありと解する。而して斯る機関関係の存在する場合、その従属団体がその名に於て背後の支配者のため契約を締結したとき、この背後の支配者の責任を如何にして追求するかの問題を生じ、又従属団体と支配者との間に契約の締結せられたとき、これを如何に解するか等の問題を生じ、斯る機関関係は殊に近時企業集中の傾向の中にあつて、親会社がその支配下の機関会社に対する関係にて問題となるのである。

惟うに叙上の機関関係の存在する場合に於ては、たとえ、従属団体が背後の支配者と経済的に一体を為すときと雖も、両者間に法律上契約の締結せられ得ることを認めざるを得ず、決して簡単に両者間に於ける契約の存在を否定し去り得るものではない。しかしこの場合には機関関係に於ける支配、利用の関係の実体を究め、斯る観点よりこの契約の実質的内容を判断することを要する。

今これを本件について見るに、前示認定によるときは米神漁業協同組合なるものは米神漁業会に対し機関関係に立つものと認められ、且つ控訴人等は米神漁業協同組合の業務執行者である以上、これを前記機関関係について述べた所より判断すれば米神漁業会と控訴人等との間の右漁業権賃貸借契約書となるものは漁業権そのものの賃貸借を約したものとは認め難く、却つて斯る形式の下に、米神漁業会がその機関たる米神漁業協同組合の業務執行者たる控訴人等に対し、自己の為漁業権を行使すべきことを命じ、控訴人等に於てこれを承諾したものに過ぎないものと認めらるるのである。

果して然らば控訴人等は漁業権を米神漁業会より賃借したものと認むることを得ず、而して控訴人等が既に漁業権の賃借人にあらざる以上、漁業権を賃借したりとして免許官庁の免許漁業原簿に登録したとしても、その効力を生じないことは明である。従つて漁業権に付賃借権の存在することを前提とする控訴人等の本件仮処分の申請は爾余の点を判断する迄もなく、既にこの点に於て失当なること明白である。

仍て本件控訴はこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判長判事 松田二郎 判事 岡崎隆 判事 多田威美)

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