東京高等裁判所 昭和23年(ネ)366号 判決
控訴人の有する日本国籍は、日本人との婚姻によるものであることを確認する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、事 実
控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴指定代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において、原判決の摘示に、控訴人が国籍回復許可の申請をした日時が「昭和十九年八月十五日」とあるのを、同年七月十五日と訂正する。控訴人が本件の国籍回復許可の申請をするについては、憲兵から拳を振り上げて毆打せんとする姿勢を示して国籍の回復をしなければ監禁すると強迫された、と述べ、被控訴指定代理人において、控訴人が昭和十九年七月十五日に国籍回復許可の申請をしたことは認める。控訴人が日本の国籍を有していることは、被控訴人においても爭つていないのであるし、また、控訴人の有する日本国籍は、日本人との婚姻によるものであることの確認を求めるのは、過去の法律関係の確認を求めるものであるから、控訴人の請求は確認の利益を欠き却下さるべきである、(最高裁判所昭和二十四年十二月二十日言渡、同年(オ)第二四号事件判決参照)と述べた外は、原審判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。(各立証省略)
三、理 由
控訴人が大正六年三月二十日アメリカ合衆国で出生して同国の国籍を取得したが、出生の時その父松田米雄が日本人であつたため、同時に日本の国籍をも取得したこと、控訴人は合衆国に住所を有していたので昭和九年十月中志望により日本の国籍を離脱し、合衆国の国籍のみを有するに至つたこと、控訴人はその後日本に住所を有するに至つたが、昭和十九年七月十五日東京都長官に国籍回復許可の申請をなし、同年八月二十四日その許可を受け同日戸籍吏にその届出をし、本籍東京都京橋区明石町三十二番地に一家を創立した旨戸籍簿に記載されたこと、及び控訴人はその後昭和二十一年一月八日日本人佐野完と婚姻したことは、いずれも当時者間に爭ないところである。
控訴人は、控訴人のなした右国籍回復許可の申請は、その主張のような強迫に基いてなされたものであるから当然無効である、と主張するから、この点につき審按するに、当審における証人山村義雄の証言及び控訴本人佐野アヤ子の訊問の結果によると、控訴人は昭和十九年中女医として東京都内築地聖路加病院に勤務していたが、同年六月頃受持の入院患者が召集延期願をするにつき、延期の証明書を書いてやつたため、憲兵隊から召集延期に協力したのではないかとの嫌疑を受け、同年七月初め頃九段の憲兵隊に呼出され連日三日にわたり朝八時から夜の十時頃まで將校二名から取調べを受け、「お前は敵国人だ。敵国人がどのような待遇を受けるか知つているだろう。軍事裁判にかけてやる。」「お前は日本人の血をうけていながら、なぜ日本の国籍を回復しないか。国籍を回復しなければ監禁するぞ」などゝいつて強迫され、控訴人が両親も兄弟も米国におるのだからいずれはアメリカに帰りたい。今後決して惡いことはしないから、このまゝにしておいてもらいたい、と哀訴歎願するや、將校の一人は、「だめだ」と拳を振上げて控訴人を毆打せんとしたが、他の一人が制止したので事なきを得たけれども、執拗に「米国に帰れる見込は絶対にないから早く日本の国籍を回復しろ」と国籍の回復を強要し、控訴人がその命令に從わなければいかなる処置をとられるかもわからない情況にあつたので、控訴人は恐怖の余りついに本件国籍回復の申請をなすに至つたものであること、当時憲兵隊では控訴人を取調べた結果、控訴人が証明書を書いてやつた患者が召集延期のやむを得ない事情にあつたことは判明したが、控訴人が米国人で女医である関係で多数の人と接触するため防諜上そのまゝ放置しておくこともできないものとして、結局控訴人を形式的に日本人としておくことが最も適当であるということになり、その結果控訴人に対し右のように国籍回復を強要してその目的を達したものであること及び憲兵隊としては当時二世の米国人に対する防諜の方針として、その監察取締については徹底的にこれを処理すべきことを定め、控訴人の場合もこの方針の下に処理されたもので、控訴人が国籍の回復申請を肯んじなければいかなる処置をとられるかも測りがたい情況にあり、控訴人としてその強要にさからうがごときことは到底不可能であつたことを認めるに足り、これを覆すべき証拠はない。從つて控訴人は憲兵の右強迫により、全く意思の自由を抑圧された結果、本件国籍回復の申請をなしたものと認定するのが相当である。然らば右国籍許可の申請は、控訴人が憲兵の強迫により全く自己の意思に基かないでなされた無効のものであるというの外なく、從つてかゝる無効の申請に基いてなされた控訴人に対する内務大臣の国籍回復の許可は当然無効であつて、これにより国籍回復の効力を生ぜしめるに由ないものといわなければならない。
然るに控訴人が右国籍回復の許可があつた後である昭和二十年一月八日日本人佐野完と婚姻をしたことは前記のとおりであるから、その間に控訴人が日本の国籍を取得したことの主張立証のない本件においては、控訴人は国籍法(改正前)第五條によつて右婚姻により日本の国籍を取得したものというべきである。
依つて控訴人が現に有する日本の国籍が右のように日本人との婚姻によるものであることの確認を求める法律上の利益があるかどうかを審究するに、控訴人が現に日本の国籍を有することは当事者間に爭ないところであるが、控訴人の有する日本の国籍が右のように日本人との婚姻によるものであれば、アメリカ合衆国の国籍法によつて、控訴人の同国の国籍はそのまゝ存続するし、これに反し国籍回復の許可によるものであれば同国の国籍は失われるという関係にあつて、そのいずれによるものであるかは、控訴人がアメリカ合衆国の市民権を有するか否かという現在の身分に直接関係があるのみならず、控訴人はさしあたり日本国家から国籍回復により日本の国籍を取得したものとして取扱われその国籍取得の経過は前記のように戸籍簿に記載されているのであるから、控訴人の国籍取得の原因が前記のように国籍回復の許可によるものでなく日本人との婚姻によるものであるとすれば、控訴人としては少くとも判決によつて戸籍の訂正をなすの必要があるから、(この場合の戸籍訂正は、国籍回復の許可行爲の効力に関する判断を含むから、戸籍法第百十三條の家庭裁判所の許可によつて戸籍の訂正をすることはできないものと解すべきである)控訴人の有する日本の国籍がそのいずれによるものであるかについて本件当事者間に爭がある以上、控訴人は前記婚姻によつて取得した日本の国籍を現に有するものであることを即時に確定すべき法律上の利益を有することは多言を要しないところである。
被控訴人は、控訴人が日本の国籍を有していることは、被控訴人においても爭つていないし、また控訴人が有する日本国籍は日本人との婚姻によるものであることの確認を求めるのは過去の法律関係の確認を求めるものであつて、控訴人の請求は確認の利益を欠くものであると主張するけれども、たとえ控訴人が日本の国籍を有しているという現在の法律関係について爭がないとしても、前記のように控訴人がその国籍を有するに至つた原因につき爭があり、しかもこれによつて前記のように他の法律関係に直接影響がある場合には、特定の原因に由來する現在の法律関係の確認を求めることができるものと解するのが正当であつて、これをもつて現在の法律上の地位に関係のない過去の法律関係の確認を求めるものということはできないから、被控訴人の右主張はこれを採用することはできない。
然らば控訴人の本訴請求は爾余の点に対する判断をするまでもなくこれを正当として認容すべきである。從つて控訴人の請求を排斥した原判決は不当であるからこれを取り消すべきものとし、民事訴訟法第三百八十六條、第九十六條、第八十九條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川昌勝 浜田宗四郎 菅野次郎)